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【投稿版】不朽のモウカ

第二十九話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「追われれば逃げるさ。普通の人間ならね」

 普通とは逸脱した存在であるフレイムヘイズが普通という言葉を声高々に言った。
 彼の存在は見る人が違えばまるで変わって見えてしまう。
 戦うことに誇りを持ち、戦いから逃げることを卑怯と捉える者がいたなら、彼は指を指されて笑われるような生き方だろう。意地汚いとさえ言うかもしれない。生きることに意地を張り、死を拒む姿を滑稽と感じて哀れみの視線すら向けるかもしれない。
 だが、彼は指を指され笑われて、哀れみを受けたとしてもその生き方を変えることはない。誰に何と言われようとも『生』を選ぶ。たとえ醜くともね、と彼は胸を張って答えるだろう。
 自身の生き様を貫き通すことに美を感じる者がいたならば、その者の目からは素晴らしい生き方に見えるだろう。これも一つの偉人だと称えるかもしれない。生にしがみつく姿を美と捉え、そこがいいと褒めるのかもしれない。
 けれども、これはまだ彼の経験したことのない事。自分の生き方が人から見て美しいものに見えるだなんて考えたこともない。
 彼はただただ生きるのに必死で、がむしゃらで、それだけで精一杯で、外見なんて気にすることすら出来ないのだから。

「追われなくても逃げるんでしょ? 貴方の場合」

 フレイムヘイズの中で彼の一番の理解者が、彼の性質を十分に分かった上できっぱりと言った。その言葉に彼は一も二もなく即答でそうだよ、と彼女の正解に満足そうに笑顔で答える。
 でも、最善は追われるまでに先に逃げることだけどねと付け足して。
 彼は何よりも先手必勝というのを行動にする。
 どんなことも敵よりも先に動くことが出来れば、事前の対策で簡単に命の危機を脱出することが出来ると彼は語る。
 忘れてはいけないのは、彼にとって逃げるというのはあくまで生きるための手段で過ぎないことだ。生きるということに一番重きを置いている彼は、自分が生きるためにはどうすればいいかを考えた末に、最も簡単で現実的だと思った逃げるという手段を選択した。
 いつだって念頭におくのはどうやって生きれるかで、そのためにはどうやって逃げればいいかを考える。
 逃げるものはいつだって同じ。単純に生の反対──死だ。
 でも、彼は人並みに強欲で、我侭だった。
 ただ死から逃げるというのも人間味もないと言うのだ。

「モウカはさ、結局はどのフレイムヘイズと変わらないほど我侭で、自分のことを貫き通そうとするんだよ。あ、違うね。他のフレイムヘイズ以上に、傲慢だ。でも、そこが私にとってモウカが私の契約者たる理由だね」

 最初は生きられればいいって言う。生を求めた。
 次はそれなりにスリルも欲しいって言う。危険を求めた。
 次は命の危険があると怖いから危険から逃げるって言う。安全を求めた。
 逃げる隠れるじゃ人間味がない、つまらないからやっぱり面白味が欲しいと言う。変化を求めた。
 
「ほら、こんなにも強欲で、いつも心が移ろいでばっかしだよ」
「しかも、その度に何かに巻き込まれる。自分の事ながら悲しい性だ……」
「自業自得だけど思うけどね。でも、だから面白いよね。だって、こんな経験は」

 他のフレイムヘイズでは絶対に出来ないんだからさ。本当に嬉しそうにウェルはそう言うのだ。
 フレイムヘイズは生を求めない。フレイムヘイズは危険を求める必要もないぐらいに危険に常で身を置く。フレイムヘイズは安全を要らぬものだとする。フレイムヘイズは不変者だ。
 そんなフレイムヘイズと比べれば、モウカの在り方はフレイムヘイズとは遠く、むしろ普通の人間に近い在り方。
 だが、それ故に、

「そうね。貴方は見ていて飽きないわ」

 彼は人間としては強かった。

 



◆  ◆  ◆





「何故逃げるのかな。私には少し、理解出来ない」

 『不朽の逃げ手』を追いかけ始めた数時間前に『愁夢の吹き手』ドレル・クーベリックが虚空に呟いた。その声色には理解の色はなく、疑問の色が強かった。彼は少しと言ったが、実際には全くもって理解できていない。
 若き御老人である彼は、つい十数年前までは協力しあわなければ生きていけない人間の輪の中で生きていた。人間は人間同士で貶め合うことも多いことを、音楽団という少し色の違う集団の中ではあったが彼はよく知っていた。
 音楽の世界は一つ舞台に上がるために個々で必死の努力をし、相手を蹴落としてでもスポットライトを浴びなければならない。その世界の中では貶め合うのはむしろ普通の事だった。
 しかし、相手を蹴落とすばかりでは決して自分たちが上に行けるわけではなく。時には協力し、一つの音楽を作ることも必要であった。
 ドレルの理念で言えば、その協力こそが人間の強みの一つであると信じている。
 人は一人では生きていけないを地で行く考え方だった。人はもちろんのこと元人間である超越者とも言えるフレイムヘイズだって例外ではないと考えていた。一人で出来ないことは二人で、二人出来ないことは三人で、少数で無理なら集団で、組織で、と。
 フレイムヘイズの実態を身を持って知った今でもその理念は変わらず、ドレルとしては変えていかなくてはならないとさえ思っていた。
 これはその足掛かりともなる一歩でもある。

(彼に協力してもらえれば、心強いだろうね)
(んー、でも噂だけじゃ分からないわよ)

 ドレルの心の声に律儀に彼に異能の力を与えた``虚の色森``ハルファスは、耳に残るような高い声で返す。

(そうだろうね。復讐を手伝ってもらうには強くなくてはならないから、噂が一人歩きしてしまったなら、心強くないだろう。でも、私にとっては同時にそれは理由にならないんだよ)

 フレイムヘイズという存在概念は強さというに大きな意味を持たせている。
 強ければ正義という言葉は、ドレルには好きになれそうにはないが、そういった社会性を持ってしまっている理屈には十分に理解はできる。
 簡単に言えば弱肉強食の世界だ。
 強ければ``紅世の徒``を撃退、もしくは討滅して名を馳せることができる。弱ければ``紅世の徒``に殺されて存在を失ってしまう。とても単純でこれ以上無いほど分かりやすい世界観。
 悪いとはドレルは思わない。
 単純であれば簡単に生きる意味を見つけられるだろうし、強ささえあればいくらだって生きられるのだから。まさに強者にとっては理想的な世界だろう。
 だが、弱者はどうすればいいのだろう。
 ドレルはそこに一石を投じる。
 どうやって生き残ればいい?
 一回目の戦闘を乗り切って生き残っても、二回目には死んでしまうかもしれない。
 自分のような攻撃性に欠けたフレイムヘイズはどうやって復讐を果たせばいい?
 復讐をしたくて``紅世の王``と契約したのに肝心の力は復讐に向かず、自己矛盾を抱えたらどうすればいいのだ。
 復讐相手をどうやって見つければいい?
 この世界中を隅から隅を探したって見つからない可能性だってあるんだ。
 これは決して弱者だけに当てはまるものではない。
 ドレルはあまりにも低水準なフレイムヘイズの構築する社会に言いたいことがたくさんあった。

(どういうこと?)
(未来(さき)のことだよ。それよりも先にやるべきことが私にはあるからね。両方協力してもらえれば、私にとっても願ってもいないこと)
(もーッ、どうして逃げるのかしらね!)

 逃げるという行為に全く理解は出来てはいないが、名前からしてそれが彼──『不朽の逃げ手』の本質なのではないかと熟考する。
 仮にそれが本質なのだとすれば、逃げるという分野において特質した能力の持ち主である可能性が高い。ならば、ここまで自在法を使い巧みにモウカを追っているが捕まえるのは至難の業の域を超え、不可能の領域へと達するかもしれないと、最悪の事態までドレルは予想しだす。
 幻術による広域探索によって、ちょくちょくモウカの気配を察知して近づけば、『不朽の逃げ手』はドレルが更に近づくよりも遠ざかる。
 『不朽の逃げ手』が今まで一度も得意の自在法を使っていないことは確認済みだった。
 有名なあの自在法はその強力さの反面、あまりにも目立つため使わせれば逆に近づき、見つけるチャンスが増えると睨んでいたのだが、それすらも使わずに逃げられてしまっている。
 ドレルが自在法を駆使し巧みに扱ってもなお埋まらない距離感に、フレイムヘイズとしての格の差をドレルは今感じていた。
 『不朽の逃げ手』を探してはいたが、見つけることが出来たのは完全なる偶然だった。最も困難であると考えていた存在の目撃情報を手に入れることが出来てからは、これはいよいよ風が自分に向いて来ていると思っていたので、この展開は流石に予想外だった。
 
(まさか近づこうとしただけで逃げられるとはね。まるで人間から逃げる猫。いや、鳥のようだ)

 予想だにしない展開ではあったが、素早く頭を切り替え、逃がさないように自在法を使い現在に至った。
 見つけてご対面するのも時間の問題だと当初は考えていたというのに、ドレルの予想をはるかに上回る逃亡にドレルは苦笑いを隠せない。
 考えてみれば、自身の考えの右斜め上をずっと突っ走られているような気さえもしてきていた。
 だからと言って、逃すつもりは微塵もなかったが。
 
(向こうの動きがこちらの考えを超えてくるということは、非常に辛い状況だ)

 本来は追う側は逃げる側の意図を察して、道を塞ぐというのが最も有効な手段となる。どこかに目的地があるなら目的地に先回りをして、待ち伏せをする。行き当たりばったりで逃げるのなら、逃げる方向を誘導して徐々に追い込んでいき、行き止まりへと誘い込む。
 どちらも相手の動きを予測するというのが重要になるのだが、ドレルの現在追っている相手はその予測を平然と上回っていくので、予測事態が成り立たず、追う側も行き当たりばったりになってしまいがちだった。
 それだけではなく性質が悪いことにご丁寧に障害物まで設けている。それは時に人であったり、直接的な壁であったりと、ドレルの追いかけ方が巧みなら、相手の逃げ方もまた匠だった。どう考えたって、逃げ慣れているとしか言いようがない。
 
「ねー、ドレル」

 ドレルがどうやって捕まえるべきかと悩んでいると、神器『ブンシュルルーテ』より声がかかる。
 いつもの高揚した言葉ではなく少し落ち着いた声だった。

「もう諦めた方が……」
「いや、それは出来ない」
「でも、別に『不朽の逃げ手』じゃなくちゃいけないというわけじゃないわよね? なら!」

 ハルファスからするとドレルがここまで『不朽の逃げ手』にここまで固執する理由が分からない。
 フレイムヘイズはこの世に数多といるのだから、中にはドレルに協力的な者がいてもおかしくないじゃないかと思っている。だったら、わざわざドレルから逃げるような腰抜けではなくてもかまわないじゃないか、と。
 仮に捕まえることが出来たとしても、ここまで猛烈に逃げて、ドレルと会うことを拒絶しているフレイムヘイズが、いざ会ってみてドレルの頼みに協力してくれるとは思えない。断られるのが眼に見えている。
 そして、ドレルには頼み事を無理矢理聞かし、行動を起こさせられるような力もなければ、そんな性格でもない。
 力に関してはハルファスの力不足な部分もあるので、彼女は申し訳なくは思っているが、それとこれとは話が別だ。ドレルが武器を片手に相手を脅している姿など、ハルファスには想像がつかない。
 考えれば考えるほど、今ドレルが行っている行為が、無意味なものに変わってしまうのではないかと疑念を抱えずにはいられなかった。
 ハルファスはドレルがこの追いかけるという行為に少しでも弱音を見つければ、止めるべきだと強く押そうとだいぶ前から決心していた、が実際にはその様子は一切見せず、逆にヒートアップしているようにさえ見えた。

(ドレルったら、意地になってるのかしら)

 フレイムヘイズになってからの十数年間という月日は、初々しかった者にプライドを与えるのには十分な期間であり、またそれに見合う力をつけるのにも十分な時間であった。
 ドレルの場合は戦闘力という力にこそは恵まれなかったものの、ハルファスの特性である幻術を駆使した力には優れた能力を発揮した。
 復讐者であるドレルはその幻術の力をまずは捜索能力へと発展させた。復讐するためにはまずは敵を見つけることから始めなければならない。その道理を考えれば力を注ぐ部分が探索分野になるのは当然の結果。堅実な考え方とも言える。
 自在法とはまさに音楽のように自由だ。その自由の中にも、ある一定の方式や決まり(限界)がある。フレイムヘイズや``紅世の徒``が己が望む形に自在法は形作られていき一つの音楽が完成する。
 生を望む者が自在法を編めば逃げる手段に。未練を残した者が自在法を操れば未練を追う手段を。全てを恨み復讐を望む者が自在法を扱えば殲滅をする力に。
 自在法は``紅世の徒``の本質に大きく左右されはするものの、最後に形にするのは結局は契約者たるフレイムヘイズであり``紅世の徒``自身でもある。
 ドレルが望んだ形は多いものの、その中でも特に形になっている幻影の自在法は探索や撹乱に使える非常に優れたもの。それを駆使すれば、何も『不朽の逃げ手』に限らずフレイムヘイズを見つけることは容易いだろう。まして、最も困難であると考えていた相手を今もこうやって膠着状態とは言え、五分に渡り合っているのだ。数百年を生きて、名も十二分に知れ渡っているフレイムヘイズ相手にはこれ以上はないほどの十分な成果だ。
 だから、未だに諦めずに執拗にドレルが追いかけているのは意地が絡んでいるのではないかとハルファスは思った。

「いや、彼じゃないといけないんだ。私はこうやって数時間も追いかけて確信したよ」
「え、それはどういう……」

 ハルファスはドレルの言葉に全く理解が追いつかない。
 ドレルはそんなハルファスの様子を分かっていて、あえて無視する形で自分の確信を言う。

「彼は決して戦いを望んでいない。もしかしたら、唯一のフレイムヘイズなのかもしれないのだからね」

 ハルファスはまだその言葉の意味を理解出来ない。

「それに、どうやら運命の女神もこちらを味方してくれているようだ」

 追っていた『不朽の逃げ手』の動きが止まった。

第三十話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 天は俺に味方することなんて絶対にないのだ。これから過去の経験という偉大な実証を持って、断言できる、大変認めがたい現実ではあるが、俺は受け入れなくてはいけない。都合のいい時だけ神頼みをしてきた俺だが、こればっかりは自分の実力でなんとかしなくてはいけない。ああ、なんと慈悲のないことか、とは思うまい。
 古来より、神や悪魔といった非現実的な生き物、もしくはありえない存在というのは存在していた、とウェルは言う。その多くは自分たちのような``紅世の徒``であったとしても。
 キリスト教の神であるイエス・キリスト(キリスト教内では、キリストを神と崇める宗派とただの使いであるとしている宗派がいる)は奇跡を見せたというが、ウェルの言うことが正しければイエスはただのフレイムヘイズであったか、人化した``紅世の徒``であったかもしれないということになる。
 ここで驚きの歴史の裏側の暴露。イエスがフレイムヘイズであったという信憑性は甚だ怪しいが。
 しかし、ウェルたちが神や悪魔と称されるのは、なんとなくではあるが納得しやすい。
 人に駆け寄り、その者の全てを代償に力を与える『契約』といった行為なんて悪魔の『契約』と大差ない。また、人の存在を食らう行為も俺の知っている悪魔の行為を変わりない。自在法を扱い、ありとあらゆる現象を起こす姿など神と讃えられてもおかしくはないではないか。
 となると、神頼みなんて行為は、自己中心的で自身の興味や関心ばかりに注意がいくどうしようもない奴らである``紅世の徒``に、無償でお願いすることと同義になるではないか。
 なんという無意味さ!
 そりゃー慈悲だってないさ。
 だって普通の人間のことなど``紅世の徒``は歯牙にもかけないのだから。
 
「モウカ、待ち伏せするって言うけど作戦はどうするの?」
「作戦って言う程のものじゃないよ。簡単な話、地の利をこちらに働かせればいい」

 本当なら待ち伏せという方法は取りたくなかった。あくまでも最後まで逃げ切りたかったのだが、そうもいかない状況へと追い込まれてしまった。リーズが限界に達したというのもあるが、その程度の理由なら俺は足を止めることはない。
 気配が増えた、というのが答えだ。
 もう一つの気配はフレイムヘイズではない別の気配、つまりは``紅世の徒``である。こちらは和解が出来ない正真正銘の敵だ。
 ずいぶんと長い距離を通常ではありえないスピードで逃げまくってたせいで、エンカウントしてしまったようだ。
 軽く言ってはいるけど、内心では``紅世の徒``との遭遇かフレイムヘイズとの邂逅かの二択を強制的に強いられて、うつ状態とも言える。
 なんでいつもこうなるんだよと、己の運の無さに文句を言いたい。
 前を向けば``紅世の徒``で後ろを見ればフレイムヘイズ。ならば右か左を選択するというのもありなのだが、どうもきな臭い。いや、俺が下手に考え過ぎなのかもしれないが、罠の臭いがする。
 相手のフレイムヘイズはこの俺を相手にずっと追いかけてきた奴だ。この``紅世の徒``との遭遇だって実は偶然ではなく、ここにまんまと誘導されたということだってあり得るかもしれないのだ。
 これでは疑心暗鬼になってしまいそうだ。
 こんな事なら最初からウェルの言うとおりに、『嵐の夜』でふっ飛ばして解決の方が楽だったかもしれない。
 後悔しても仕方ないが。

「地の利をこちらにねー? リーズを上手く使うの?」
「それもあるが、ちょっと試したいこともある」
「試したいことって何? 私も関わってくることなんでしょ?」
「ふむ、お主に一計があると?」
「説明はちゃんとするさ。でも、あまり時間もないしね」

 俺を追っているフレイムヘイズとの距離はそこそこに開いているが大した距離ではない。フレイムヘイズならほんの数分で埋めることの出来る短い距離だ。呑気に作戦を教えている暇はないので、ささっと準備をして見て理解してもらうほうが早い。

「それじゃ、始めるか」

 リーズが興味深そうな目をこちらに向けている中で『嵐の夜』を発動させる。いざとなれば、近づいてきているフレイムヘイズも、この先に居る``紅世の徒``をも巻き込むことが出来る大規模な自在法だが、そんな無茶なことはもちろんしない。
 存在位の力を最小限に節約すると、小規模な高さ二メートル程の小嵐(こがらし)が発生する。小嵐というものの、俺の『嵐の夜』の性質をしっかりと受け継ぎ、雨と風の双方が発生して、雨に当たったモノの存在認知をさせないこうかもしっかりと発揮している。小規模故に公開範囲は極狭だが。
 小嵐という名前より超局地的な台風と言える。
 普段の『嵐の夜』の発生範囲なら、その雨量と風によって相手の視界をも塞ぐことが出来るが現状のものではそれが出来ない。ただ、その分目立つことがないというメリットが増える。
 この小型の『嵐の夜』を複数を一度に発動させる。
 
「へぇ、そういうことも出来るの。器用じゃない」
「制御が少し難しいんだけどね。なんとか出来るようにはなったよ」

 リーズは驚きの声とは裏腹に「で、これでどうするの」という顔をする。
 確かに、このままでは単なる曲芸だろう。こんな小さな嵐が幾つ発生しようとも、フレイムヘイズの前には大した弊害にはなりもしない。『嵐の夜』の本来の性質は妨害というのが一番顕著だ。大規模な自在法を展開することにより、相手の自在法を関係なしにこちらの存在を分からなくする、と同時にこちらは相手の位置を把握できる。さらに、視界も封じ、動きも多少は制限させて、味方が敵を奇襲させ易くするという補助効果がある。だが、このちっちゃな『嵐の夜』ではどれもあまり期待できそうにはないとリーズは思ったんだろう。
 そうだ。そう思うだろう。
 だがな、こうやって小規模にすることにだってしっかり意味がある。
 自在法というのは、存在の力を消費し、自在式に則った形で構築される。言わば、存在の力の塊そのモノだ。フレイムヘイズもまた同様に``紅世の王``を内側に灯した存在の力そのもの。
 ならば、自在法とフレイムヘイズの気配をごちゃ混ぜにすることは容易い事ではないのだろうか?
 例えるなら、フレイムヘイズが他のフレイムヘイズや``紅世の徒``を感知できるのは自身と同じような存在の力、血の匂いを感じることが出来るからで、その血から構築された自在法もまた血そのものというわけだ。分かりにくかったかもしれないが。
 隠蔽の自在法がその血の匂いを消す自在法なら、俺のやろうとしていることはその真逆。木を隠すなら森の中と一緒で、周囲一帯を気配だらけにすればいい。
 そのための複数の自在法の発生。それも同じ自在法だ。
 それだけではない。
 『嵐の夜』の特性も受け継いでいることで、相手をコレで囲ってしまえば、元の規模には多少劣るが同様の効果がみられるだろう。相手を雨に当たらせていることになるので、複数ある小さな嵐の雨一粒でも触れれば相手の位置の特定も可能だ。相手だけでなく、俺とリーズも『嵐の夜』で囲んでしまえば隠蔽度も増す上に、守りにも使えるだろう。自分の周りを囲っている嵐に近づけば相手の気配も察せられる。
 大規模で目立ってしまうというデメリットを解決し、地の利をこちらにつける有効な手となる。
 これが俺の作戦だ。

「この小さい嵐を予めリーズと俺を囲っておき、周りも小さい嵐だらけにする。その嵐の一つにでも追ってきているフレイムヘイズが引っかかれば、そこを囲いこちらの気配を察知できないようにする。そうなれば」
「私たちは奇襲し放題ってことよね? 貴方の自在法って本当に便利ね」
「モウカが百年もかけて完成させて、常日頃から改良を試みている努力の結晶体だからね」

 ウェルの言うとおりだ。
 俺には他にも自在法があるとは言うものの、ここまで重用しているものはないだろう。そして、これ以上に逃げに適した自在法もないと俺は自負している。過去の俺にこれを考えたことを褒めてやりたいほどだ。
 何度も窮地を脱してきた心強い力でもある。

「正確には奇襲し放題ではなく」
「逃げ放題だ、だよね? モウカ」
「ああ、その通りだ」

 きっと俺はいい笑顔をしていただろう。
 リーズはそんな俺の顔を見ながら、つられたのか面白そうな顔を浮かべて一言。

「ええ、とても貴方らしいわね」

 ここに一つの作戦の決行が決まった。





◆  ◆  ◆





「罠に引っかかるとは」
「キーッ、こんな小細工に! ドレル何とかならないの!?」

 釣り餌に引っかかったのは初老と言っても差し支えない男だった。おそらくはこの甲高い声の持ち主が彼に異能の力を授けた``紅世の王``だろう。男の名前はドレルというらしい。
 小細工だなんて言われようだが、間違いではないので修正する必要もないな。うん、これは作戦というよりもせこい小細工以外の何物でもないだろう。でも、それに引っかかったのはお前らなのだから、素直に捕まっててほしいな。出来れば敗北宣言もして、俺たちを追わないで欲しい。

「噂に聞く自在法とは少し形が異なるようだが、同分類のものっぽいね」
「早く術者出てきなさいよッ!」

 沸点が低そうな契約した``紅世の王``とは違い、契約者の方はかなり聡明な方のようだ。あっという間に小細工の正体にたどり着いている。自在法の性質も見破っていることから自在師なのも間違いなさそうだ。
 厄介な相手は嫌だな。
 この自在法の正体を完全に見破り、拘束を解くことが出来る可能性だって低くない。最悪の場合を考えて長期の拘束は不可能であると考えていたほうが良さそうだ。
 となれば、一目散に逃げるのが最も賢い選択だろう。
 別に悪いとも思っていないが悪いなドレルさん。どんな理由で俺を追ってきたかは分からないが、あんたの追跡もここまでだ。俺はすぐにでもあんたの手の届かない場所へと逃げさせて貰うよ。
 俺はドレルに別れの言葉も言わずに、リーズへと撤退の言葉をかけようとしたとその時だった。
 
「私は``虚の色森``ハルファスの契約者『愁夢の吹き手』ドレル・クーベリックだ。私はこの世界に名高い``晴嵐の根``ウェパルの契約者『不朽の逃げ手』に会いに来た。ただそれだけなんだ」

 ドレルが先ほどの自身の契約した``紅世の王``との会話でみせていた落ち着いた声ではなく、近くにいるであろう俺に呼びかける叫び声を出した。
 鬼気迫る。必死さを顕著に表すような声だった。
 その内容は自己紹介と、俺を追っていた理由。
 俺にただ会いに来ただけ、という言葉だ。
 なんだ、そうだったのか。必死に逃げたのが馬鹿みたいだったよ。もっと早く話し合う選択肢を選んでいれば、余計な労力を使っちまったじゃないか、あはは。
 とでも言うとでも思ったか。
 ただ会いに来ただけ? それが本当なら俺だって喜んで彼とは会おうじゃないか。一晩使って色々な情報を交換してもいいし、なんだったら命に関わらないことなら何かを協力をしてあげてもいいじゃないか。その場合はもちろんギブアンドテイクだけどね。ファンならサインだって握手だっていくらでもしてあげよう。
 だがしかし、その『会いに来ただけ』という言葉を証拠付けるものはあるのか。俺にその言葉を信じさせるほどの信頼は俺と彼の間にはあるのか。
 どちらも無いと即答できる。
 今まで自在法を使ってまで強引に追いかけてきた敵の言葉の『会いに来ただけ』なんて言葉は信用できないし、初対面なのだから俺と彼の間に信頼なんて育まれているはずもない。むしろ、追っかけてきた分だけマイナス印象だ。
 俺がドレルの言葉に耳を傾ける必要はない。
 俺がすでにドレルを見限ってこの場を離れようとしていることは、彼は気付くことはできないので彼の心からの叫びは更に続く。

「私は貴方に協力してもらいたいことがあって、貴方に会いに来た。一つは復讐のため」
(復讐を協力してくれだってさ)

 ウェルが懸命に笑いを堪えながらドレルの言葉に毒づいた。
 俺からすれば、ほらねって内容だ。
 復讐を協力は流石に予想外だったけど。それに準じた俺にも危険が及ぶ内容であるのは予想が出来ていた。
 復讐は個人の私怨の問題であるため、他の人物が復讐に横槍を入れられるのを普通は快く思わない。特にフレイムヘイズはその傾向が強いというのは必然の結果か。俺のような特異の性格のフレイムヘイズやリーズのような特殊なケースを除き、フレイムヘイズは``紅世の徒``への深い憎しみによって生まれるのだから。復讐自体が存在意義みたいな連中だし。
 その存在意義を他人に任せることなんて復讐者(フレイムヘイズ)はしない。それを目の前のドレルはするというのだ。俺が少し驚いたのもしようがないというもの。
 それにしても、復讐者たる彼が俺にこうやって協力を求めるということは一体どういう経緯があったのだろうか。
 パッと思いつく理由は、復讐相手が自分より圧倒的に強くて協力を求めたからと俺のようにフレイムヘイズらしからぬフレイムヘイズであるからの二つ。
 前者はプライドもクソも関係なくなるほどの敵が復讐相手という可能性がある。俺はせいぜい頑張れよと投げやりな言葉を送るしかないな。いや、言葉すらもかけずにこの場から退散するが。
 後者なら、復讐はしたいがとりあえず成せばいいとだけ考えているフレイムヘイズにしては奇特な考えを持っている御仁である可能性。珍しいねとは思うけど、俺ほどじゃないな。たぶん。
 どちらにしろ復讐が前提に来ている時点で、数多くいるフレイムヘイズたちとそこまで色が違う訳じゃないな。俺なんて契約した当初から今も復讐という言葉は頭のどこにもないんだし。
 俺の思考と逃げようとする行為を知らないドレルの語りは止まらない。

「一つ目は協力してもらわなくても最悪構わない」
「え、ドレル!?」

 俺の足が止まり、ウェルが興味深そうにへぇ~と言ってる。
 相方の驚きなんて知ったこっちゃないとばかりにドレルは最後の言葉を言う。

「二つ目、貴方には『外界宿』の再建に協力してもらいたい! 私が貴方に会いたかった理由はこの二つだ。どうか話し合いの場を設けて欲しい……」

 どうやら彼も復讐者という仮面をつけているだけで俺と同じ部類の変人らしい。
 『外界宿』の再建か。果たしてどんな内容なのかな。
 
「ねえ、モウカ」
「うん? どうした?」

 一呼吸間を開けて、ウェルは久々にとても愉快そうに言った。
 
「面白そうじゃない?」

 いやはや、数百年一緒にいるとあれなのかな。
 犬が主人に似るのと一緒で、フレイムヘイズと契約した``紅世の王``も、

「そうだな。俄然興味が湧いてきた」

 似るのかもしれない。

第三十一話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 モウカにとってこの状況はかなり敗北に近い形と言えた。というのも、今までの経験から逃げることへの自信はそれ相応にあったのに、今回に限って言えばただ単に逃げるだけではなく、一度相手を罠に嵌めて、自ら近づいて処理しなければならないほどに追い詰められたからだ。相手に近づくことの意味は、単純に命の危険が増すのだから、モウカとしてはあまり使いたくない手段だった。それはたとえ、逃げている時にお得意の自在法を使っていないという事実があったとしても変わらない。
 昔であれば、どんな時であっても『嵐の夜』というとても便利な自在法を使って力技で逃げ出すことが出来ただろう。こと逃げ出すだけなら今回も出来たに違いなかった。しかし、今と昔ではモウカの立場が違っていた。
 名が知れていなかった過去と名が知れてしまった現在では、『嵐の夜』の影響力が違う。過去ならば、どんな自在法を使おうが誰が使ったなどと特定もされず、追う者だっていなかっただろうが、現在ではモウカの代名詞と言えるこの自在法を扱ってしまえば誰が使ったかなど一目瞭然。使えば自分の居場所を暴露するようなものだ。『嵐の夜』という自在法が逃げることに有利な大規模な自在法である利点が、同様に欠点へと変わってしまう。
 モウカからすればバレたとしても逃げ切る自信はあるし、未だ知れていないリーズという切り札だってある。つまりやりようはあるのだが、安易に居場所を晒す必要だってないのだ。
 これが過去に自身が追われた経験がなければ、名が知れて居場所を暴露したところで、フレイムヘイズをやっかみして追いかけてくる``紅世の徒``は滅多に居ないのだから(とは言うもの、少数とはいえ居るのだからモウカは使用に躊躇う)追い詰められれば、多少は考慮するものの『嵐の夜』を使うことになっただろう。
 だが、実際には多くの``紅世の徒``に追われた経験があり、また自身の名がいい意味でも悪い意味でも知れ渡ってしまっている。
 『嵐の夜』という自在法を使うことにより、相手がモウカに畏怖の感情を抱くだけならまだしも、そうではなく逆に強い敵対心などの命の危険に関する気持ちを抱かないとも限らない。
 下手に名が知れてしまったメリットとデメリットであったが、このデメリットは普通のフレイムヘイズにとってはデメリットになりえず、そのまま利点や美徳(名が知れた事自体に誇りを持つため)とも言えるのだが、モウカという生きることにのみに執着する変わり者には要らぬ要素そのものだった。
 そして、この要らぬ要素が決定的で、モウカが現在あまり『嵐の夜』を使えない苦しい状況であった。
 今回のドレルに追われたことに関しても、ドレルが相手に『嵐の夜』を使わせて特定させたかったことからも、モウカの『嵐の夜』を使わずに逃亡するという行動は苦肉の策ながらも適していたと言える。
 けれども、今回に限って言えば相手が悪かった。
 追うことに特化するという奇特なフレイムヘイズを相手で、相手は自在法をいくら使っても構わない(居場所がバレても問題ない)のに対して、モウカは自在法は使ってはいけない(居場所がバレては駄目)。
 最初からモウカに不利。ビハインド状態。ハンデを負った状態では、流石のモウカも逃げるのは厳しいの一言に尽きた。無論、常の相手なら逃げられただろうが。
 追うプロフェッショナルと追われるプロ──逃げるプロフェッショナル。天秤はどちらにも傾きかけたが、やはり最初から重りの付いているモウカには勝ち目がなかった。トドメになったのは、未だモウカ以外の誰も気づいていない新たな存在ではあったが。
 勝機をしっかりと見極めていたモウカは、天秤自体を取り除く、つまり『嵐の夜』を使えないという前提自体を覆す結果により、最終的にはこの追う追われるという現状に終わりをもたらした。
 何も前提を覆してきたのはモウカだけではなかった。

「詳しい話を聞かせてもらうか」

 モウカの逃げるという前提は、相手が害ある存在であるというものが成り立つゆえである。害というのは、当然のことながら命の危険という風に訳すことが出来るが、ドレルは己の内に秘していたことを公開することによって、己の身が無害であることを強調、ないしは利ある者であることを公言した。
 さしも極度の逃げ腰のモウカとて自身にとって有益であるならば、その逃げそうになる腰を抑えつけ、我先にと逃げ出そうとする足を止め、耳を傾ける。
 自分が安全に生きれる可能性がそこに見出すことが出来るのであれば、協力だって命の危機がない限りはする。
 リーズをこちらに呼び寄せてから全ての自在法を解く。
 
「どういうこと? 作戦はどうしたの?」

 モウカの不可解な行動にリーズは驚愕し困惑するものの、疑問の色を強く宿した目をモウカに向けながら言われたとおりにモウカの傍らへと立ち、目の前の存在へと目を向ける。 

「どうやら信用してもらえたみたいだね」

 リーズは深く皺のある老人の姿にまたしても驚きながらも、これが追ってきたフレイムヘイズであることを確認する。
 見たところは覇気なんてものは存在せず、見た目ではただの老人にしか見えないが、異様な存在感がただの老人であることを否定していた。その上、その存在感があまり年老いた雰囲気も感じさせない。
 モウカの逃げる特性や逃げる実力の一部を垣間見ているリーズは、老人のモウカを追うという無謀に近い行動力に舌を巻きつつ、それが功を奏した現状にもやはり驚いた。
 モウカとはここ百年来の付き合いとなっているリーズだが、それだけモウカを近くで見る機会は多分に多かった。
 モウカが話していたかつての大戦や、リーズ自身が契約するハメになった教授の強制契約実験などの大きな事件に巻き込まれることもなかった。かといって全く``紅世の徒``との接触がなかったわけではなかったが、比較的平和な百年だったと言えるだろう。少なくともリーズがモウカという一人のフレイムヘイズを理解するには十分な時間ではあった。
 その時間を通してモウカの力や人柄を語ることはいくらでも出来るが、どれを語るにしろ色んな意味で言葉や尊敬は尽きない。
 そのモウカをよく理解している唯一のフレイムヘイズのリーズをして、逃げるモウカを追うことの無謀さはよく分かっていた。
 だが、同時にモウカを追いかけ見事に捕まえることが出来た目の前の老人の執念深さに驚愕をせざるを得ないだろう。なんといっても捕らえたのだ。フレイムヘイズとしてのありったけの力を逃げることに費やしているあのモウカを。
 二重三重にも驚いたが、すぐに現状を理解しようと冷静に努め、頭を回転させようとするが。

「で、どういうことなの?」

 結果、考えることを放棄した。
 だって私は学を学んだわけでもなければ、知識を持っているわけでもないから、考えられるわけないじゃない。と、いっそ清々しいほどに開き直る。
 その態度は誰の目にも傲慢にも我儘にも見えなかったが、怠慢には十分に見えた。
 リーズのその当たり前の態度に、モウカも当たり前のように理解を示し、現状の説明をしようと口を開いたが、

「説明するのは面倒だから、後でだな」
「そ、後ででも教えてくれるなら別にいいわ」

 面倒になり説明を放棄した、というよりも今は他に聞くべき優先順位、先にやるべき行動があるからリーズへの説明を後回しにしたに過ぎない。
 リーズも興味はあるものの、そこまで急を要する訳でもないからいいかと楽観的に捉え、ちょうどいい木陰を見つけると一人で歩いて行く。

「それじゃ、話が終わったら起こして。ずっと走りっぱなしで疲れちゃったから少し休憩してるわ」
「はいよ、ゆっくり休みな」
「風邪引かないようにねー」
「フレイムヘイズが風邪引くわけないじゃない。おやすみ」

 すやすやと眠りに落ちていった。
 その姿は見かけ通り十代前半の少女のものと何ら変わらない。こうやって寝ている姿は百年も生きたフレイムヘイズであることを全く感じさせなかった。
 尤も、大人っぽさや色気というものから程遠く、むしろ未だ子供っぽさの残る言動が多いリーズに百年の貫禄を出せという方が無茶な話ではあるが。
 リーズが寝る様子を子供を見守る親のような気持ちで見送ってから、珍しい真剣な眼差しをドレルへと向ける。さてと、といういつもに比べて幾分重い声色で前置きをしてからモウカがだいぶ前のドレルの言葉に返答する。

「まだ信用したわけじゃない。けど、面白そうな話だとは思ったから話だけは聞いてみようかなって」
「あのフレイムヘイズの吹き溜まりのような外界宿の再編しようなんて、変人の考えだよね」

 モウカは限界に協力するかどうかは分からないと言いつつも、具体的な内容をドレルにするように促し、ウェパルはいつもと変わらない調子で、思ったことを適当に口にした。
 ドレルは眉間に皺を作りながらも、温和な顔を保ちながら、キーキー言い出しそうな自身の相方を抑えつつ、まずはゆったり話そうじゃないかと、近くにある椅子の代わりになりそうな丸太と大きな石に座るように進めた。
 モウカはそれに逆らわずに、石よりは座り心地が良さそうな丸太に腰を下ろす。その様子を確認してからドレルも残ったでこぼこの石へと座る。気遣いの節々に紳士の心得を感じる瞬間だった。

「ようやっと落ち着けたね。まずは失礼ながら追い掛け回したこと詫びさせて欲しい」

 落ち着いた丁寧な謝罪だった。
 言葉には気持ちがしっかりと込められていることが、モウカの心にまで届く。
 言葉に含まれた力と意味にモウカは、礼節を忘れないドレルに好感を覚えた。

(英国紳士の嗜みってやつか。英国出身かどうかなんて知らないけど)

 眼の前のジェントルマンに感心を抱きつつ、日本男児たるもの意には好意を返さなくては。と、よく分からない張り合いをする。
 モウカが行った時の英国は産業革命の最盛期で、とてもじゃないが落ち着いた雰囲気ではなかったので、ジェントルマンを見るのが初めてだった。
 ドレルの対応に、どう返せばいいかよく分からず、いえいえこちらこそかたじけないと、これまたよく分からない対応を返すと、ドレルはモウカの行動に笑わずに、許しをもらえたことに感謝をした。

(これがウェルならここぞとばかりに笑うのに……いい人だなあ)
(プッ……く、く、かたじけないって……どこの言葉よ、くふふッ)
(ほら、これだよ!)

 ウェパルの予想通りの行動に若干嫌気がさすも、顔の表情にはおくびにも出さないところが流石の一言だった。
 ウェパルとの絡みもほどほどにして、和やかになった雰囲気そのままにモウカは件の話を持ち出す。
 
「モウカ、君……というのは失礼か」
「あー、呼び名は自由に。フレイムヘイズに歳は関係なし、だ」
「歳を気にしたらモウカをおじいちゃんって呼ばなくちゃいけないからねー」
「そういう訳だ。俺はドレルと呼び捨てにするから、ドレルも俺のことは好きに呼べばいいよ」

 モウカはそう言うと愛想よく屈託の無い笑顔を向けた。
 敵意のない証明。
 ドレルの今までの態度を見れば、警戒心が人の数倍も高く、極度の臆病者のモウカとて、ドレルがモウカに敵対するような人物ではないことは見抜くことが出来る。否、それほどまでに慎重だからこそ、相手の身なりを見抜くのは経験を含めて、それなりに得意ではあった。
 絶対ではなく、時折外すこともあるが、それならそれでしょうがないと割り切っている部分もある。この笑顔は、とりあえず現状は問題なく接することが出来るであろうという心の表れだった。
 多少は信用したということでもある。

「ならば──」

 モウカのスマートなやり取りにドレルも意外とモウカに好印象を持ち、どう呼びかけるべきか悩む。
 相手が正確にはいくら上かは分からないが、かなりの人生の先達者で有ることは間違いなく、見た目通りの年齢ではない。年上に対して礼節を忘れず、というならさん付けなどの敬称をつけるべきだが、なんとなく似合わない気がする。
 歳のいったドレルが、さん、で呼ぶにはモウカの見た目の年齢が少し幼い。だからと言って、見た目通りなら君付けが非常に似合うのだが、実際には年上だ。
 この2つのジレンマに悩まされていると、それに気がついたのかモウカが自ら手を差し伸べる。

「少し意地悪だったかも。君でいいよ。年齢なんて気にしないし、どうせ精神年齢はそう外見と変わらないから」
「そうそう。モウカはあの頃からまーーっったく成長してないからね!」

 それにしては肝が座っていると、さらにモウカの評価を内心であげた。と同時に、彼のフレイムヘイズらしからぬ殺気や好戦的な感情を全く見せない気さくなやり取りにもドレルは好意を抱く。
 自分自身も復讐者の代名詞にこそは外れてはいないものの、フレイムヘイズとして多々外れていることは認識していたが、目の前のフレイムヘイズはそれを軽く凌駕していた。
 らしからぬ、という言葉では足りない。本当に復讐を願って契約したフレイムヘイズなのかと疑問をもつほどだ。先の自在法や、逃げる際の手際を見ていなければ信じる事は出来なかったであろう。

(やはり、これは運命というなの思し召しかもしれないね)
(ドレルの希望通りの人だったのかしら?)
(まさしく、その通りだよ。ハルファス)
(そう! それは良かったわね、ドレル!)

 今この時ばかりは、ドレルはモウカとの出会いに感謝して、今まで内に秘めていた思いをモウカに明かす。
 
「モウカ君。君にこれから話すのは、外界宿の再建、もとい全てのフレイムヘイズの安全と復讐が叶うかもしれない革命だ」

 フレイムヘイズの安全という言葉にモウカは目を光らせた。

第三十二話 

【投稿版】不朽のモウカ

「起きろ、リーズ」
「ん……ぅうん? 終わったの?」
「無事に終わったよ」

 眠そうな目を指でこすりながらリーズが目を覚ます。
 それほど長く話をしていたわけではないが、そろそろ日も沈みだす頃合い。 木に腰をかけているリーズに手を差し伸べて、立ち上がらせる。リーズは「ん~」と言いながら、一度思い切り背伸びした。

「それで、話の内容ってなんだったの?」
「話はそれなりに長くなりそうだから、宿でゆっくりとしたいんだけど……」
「モウカの大嫌いな``紅世の徒``が近くにいるんだよねー。どうする?」
「ふむ、それならいつも通り逃げに徹するのではないのか?」
「いつもなら我先に逃げるけど、今回はそこまで焦らなくて平気なんだよね」

 ここから近くにいるというものの、俺の気配察知の感覚がさっきまでの鬼ごっこのおかげか鋭敏化されているので、``紅世の徒``はまだ気付けない距離のはずだ。動く気配もないため、現状維持でも十分に危険は少ないと言えるが、念には念を入れたい。
 まあ、自らを復讐者と名乗っているドレルにもこの情報を渡しているので、あわよくば彼が頑張ってくれるだろう。持つべくは友人だな、うん。
 ドレルが倒す倒さない関係なしに、早いところ休むためにも宿には行きたい。俺もなんだかんだ言いつつも、久々のハードワークだった。肉体的疲労もそこそこに、それ以上に精神面に休憩が欲しい。
 追われる側にとって最も辛いのは、追われているという緊迫感。プレッシャーだ。
 俺が絶対というほどの自信があるわけではないが逃げ切れる自信があっても、追われていると思うだけで精神的負担は増える。ましてそれがすぐに振りきれずに絶えず、数時間にも及んで追いかけ続けられれば、追われ慣れている身でもきついのだ。最近はこんなこともあまりなかったので、余計に。
 一風呂浴びて、極楽気分になりたいが、欧州にお風呂の概念はない。お湯ではなく水につかる文化はあるが、やはり気持の良いお湯に程よくつかるあの気分が懐かしい。温泉入るためだけに日本にでも飛んで行こうか真剣に悩むぐらいに。
 お風呂は身体を清めるのが本来の用途だが、それだけなら『清めの炎』で十分。俺が温泉に求めるのは癒しだ。
 いざとなとなれば、俺の力をフル活用すれば温泉ぽくすることはできる。『青い世界』で、水の性質を温泉にすればいいだけの話。なんという自在法の無駄遣い。強いて言うなら、天然ではないのが惜しまれるところだ。

「それなら焦らずにのんびり宿に向かうの? 日没までそう時間もないようだけど」
「うーん、リーズもそれなりに疲れてるだろ?」
「それなりに。でも大丈夫よ。さっきはぐっすり眠れたから一日ぐらい歩き続けても」

 俺は一睡もしてないけどね。
 寝てないからすぐにに倒れてしまうような柔な身体をしているわけでもないし。歩きながらも体力は回復できるから、リーズに不満がないようなら問題はない。不満があっても俺が聞くかどうかは別問題だけどね。
 ウェルの「それじゃ近くの街に出発!」という言葉を合図に夜通しで街へ歩いて向かう。
 木々生い茂る中、ここは整備された道でもなく獣道のような鬱蒼とした道なので、灯り一つもない。フレイムヘイズの強化された眼なら多少の暗さは全くもって障害とならないが、ここはやはり灯りがあるに越したことはない。自らの手のひらに少量の存在の力を集めて、炎弾を構築する要領で手に炎の塊を作る。俺の炎の色は海色なので、青色の炎がそこに灯りちょっとした提灯代わり。
 景色の全てが黒で塗りつぶされる自然界では、青色の炎は十分に明るい。
 俺はこの炎の色は普通の赤色の炎より風情を感じるので、ちょっとした自慢だったりする。俺の色というよりはウェルの色なんだけど。
 炎の色と言えば、例えば七色の炎を持つ``紅世の徒``なんていればどうなるのだろうか。炎弾を作ると、その炎弾は七色に光るっていうことだよな。うん、綺麗な炎弾になりそうだな。七色の炎弾なんて、見るからに特殊能力が付いてそうだけど。
 ちょっと面白そうなので見てみたい。危険がない程度に。
 炎を見ながらも歩みを止めず、俺たちは無言で道を進んでいく。やがて森が開いていき、人の通る道が出来ている場所へと出る。道があるということは街があると同義だ。あとはこの道を頼りにひたすら歩いていけばどこかしらの街にたどり着くことが出来るだろう。
 地図は目的があるときにだけ用いればいい。どうせ、そんなに正確ではないのでコンパスがあれば十分だ。
 気分はまさに旅人。
 ``紅世の徒``やフレイムヘイズじゃない限り、獣に教われても身の安全がほとんど保証されているのだから、これほど気楽な度もないだろう。いざとなれば食べ物も飲み物も要らず、疲労知らず。歳に負けることもない。
 コロンブスが聞いたら泣くほど羨むに違いない。
 船だって要らないだろうしね。飛べばいいから。
 人間がフレイムヘイズの力を知ったら羨ましむことを列挙しながら、無我夢中に歩いていると日が昇り始める。

「いい天気になりそうね」

 リーズが曇一つない金色に染まり始めている空を見上げてボソリと呟いた。
 俺もつられるように空を見上げる。
 この日が昇りは落ちて行く様を何度も何度も何度も見送って、過ごしてきたと考えると実に感慨深い。数えるのも鬱陶しいほどの日時を俺はあの頃より命を落とさずに過ごしてこれた。
 願わくはこれからも見送ってきた数の倍、許される限りの日々を生きていきたいものだ。
 まだまだ生きることに満足はしてない。死にたくはないものだ。

「もうこれはいらないね」

 近辺一帯が明るくなり、容易に見渡すことができることを確認してから、手のひらに灯していた炎を消す。

「見て! モウカ!」
「持ったより近くにあったみたいだね」

 街がある証拠である煙が立つ場所を見つけて、はしゃぐウェルの声。
 煙は高く、街の城壁も関所もまだ見えないだろうが、予想よりも早く街を見つけたことが出来た事実に変わりはない。
 リーズがふうと息を零して気を抜いた。特に張り詰めていたわけじゃないが、いつ着くか分かったもんじゃないからな。場所が明確に決まってリーズもホッとしたんだろう。書く言う俺も、思ったよりも早く安息できることに一安心だ。
 
「それじゃ改めて、あの街に向かって」
「ふむ、行くとしよう」

 うわ、私のセリフ取られたというウェルの声が街に着くまでやけに耳に残ったのは余談だ。





◆  ◆  ◆





「外界宿についての知識? どこまで教えてもらったか忘れたわ」

 ドレルとの話で何よりも重要になるのは外界宿という一応はフレイムヘイズ唯一の組織だ。一応とつけるのは、組織として成り立っているかもかなり微妙な線であり、存在そのものの意義もあやふやだからだ。
 組織という言葉よりも、変わったフレイムヘイズの集まり場所、復讐を終えたフレイムヘイズのたまり場所と言ったほうがピンとくるかもしれない。
 俺の記憶では百年前に説明した記憶が微かではあるがもあるので、面倒な説明を省くため、フレイムヘイズのたまり場であることを簡単にリーズに説明する。
 すると、リーズもそんなこともあったわね、と懐かしい記憶を掘り起こしたような表情をした。多少は覚えていたようだ。

「そのたまり場であるところの外界宿は、本来秘匿の場所だ」
「``紅世の徒``に襲われないためってことよね。仮にもフレイムヘイズの組織なんだから襲われたらたまったものじゃないってことでしょ?」
「そう。仮にも組織だからね。仮にも」
「変なやつらばっかり居るところだったよねー」

 私たちが言えたセリフじゃないのかも知れないけどね、とウェルは愉快に笑いながら言う。
 彼らからすればそれでも俺たちのほうが異端だろうけどな。
 外界宿が組織として機能しているかは微妙とは言え、そこにはしっかりと世界各地のフレイムヘイズの情報やら、``紅世の徒``やらの情報が集まる。それだけでなくフレイムヘイズだってそこに居るのだから、外界宿の場所が簡単に``紅世の徒``に漏れればフレイムヘイズに復讐の念を抱く``紅世の徒``にとっては絶好の狩り場と化してしまう。もちろん、秘匿とするのは敵である``紅世の徒``からだけでなく人間からも隔離するためでもある。``この世の本当のこと``を知られるのを防ぐための手段でもあるということだ。
 となれば外界宿の存在がバレてはいけないのは、もはや語るまでもないこと。実際、俺も全ての外界宿の場所を把握できているわけではない。
 西欧ではイギリスとイタリアにあるのは確認しているがその他は未知数。どうやって知ったかといえば人伝えにという非効率な方法だった。
 ここから言えるのは他の存在の気配に鋭い俺ですら、数多のフレイムヘイズが居るであろう外界宿の場所を察知できないという事実だ。無論、自在法を使っても見つけられる保証はどこにもない。
 それほどまでに隠密性の高い場所が外界宿だ。

「どうやって隠しているかは分かるか?」
「自在法か宝具ってところでしょ」
「自在法を使って秘匿しているなら常に存在の力を放出していないと無理だよ」

 そんなことが出来るのは、かの有名な『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の片割れのミステスが宿す宝具『零時迷子』くらいなものだろう。存在の力を一定時で回復させる永久機関でもないと、いくらフレイムヘイズでも毎日自在法を維持し続けるなんて無理だ。
 つまり、答えは宝具を使っているということになる。
 所持することによって存在そのものを隠すことが出来る秘匿の宝具『テッセラ』。

「ふーん、そんな便利なものがあるのね。平和を求むどっかの誰かさん向けじゃない?」
「それがそんなことがないのさ。世界で最も数が多いとされている宝具である『テッセラ』は、秘匿を維持するには幾つかの条件が必要なんだよ」

 一に断続的な力の供給。
 この条件は複数のフレイムヘイズがいれば容易にクリアできる条件だし、強大な存在の力を持つ者が一人でもいればそれだけクリアできる緩いものだ。これだけなら、確かに俺でも扱うことが出来るだろう。自在法ほどの消費もなく、効率的に存在を隠すことが出来る。
 だが、もう一つの条件が厄介なものだ。
 ニに一箇所に据えておかなくてはならない。
 発動させたら絶対に移動させてはならず、もし片方でも条件を破れば、再起動まで相当な時間を使ってしまう。その時間は数十年にも及ぶとも言われている。
 ニつ目の条件は論外だ。一箇所に据えるということは、俺の行動が縛られるどころか、一箇所に留まるということは危険性が高まることに比例する。
 いかに高性能な隠匿とはいっても、所詮は存在を隠しているに過ぎない。バレる時にはバレてしまうのだ。とは言うが、バレたら逃げればいいだけの話なのだが。組織なら逃げるのは至難の業ではあるが、個人での所有ならそれが容易い。まあ、それならわざわざ道具に頼らず、隠匿の自在法でも覚えてたほうが効率的だろうな。
 色々と俺が使うには躊躇する理由があるが、結局のところは行動制限がかけられることが使わない決定打。道具を使うために不便を強いられるなんて冗談じゃない。
 隠居を決めた時には便利かもしれないが、俺はまだまだ若いよ、現役だよ。

「それを聞くと貴方向けじゃないわね。それで、その話がさっきまで話してた老人の話とどう繋がるのよ」
「焦るなって。知識はちゃんとないと理解出来ないだろ? 特にリーズの場合は」
「バカにしないで頂戴。知識があっても理解できるかは別よ」
「……威張るなよ。分からなかったらその度に、声に出さない会話でフルカスに解説してもらいな」
「ふむ、任された」

 フルカスの援護射撃に期待して、外界宿自体の説明もほどほどに本題へと入ることにする。
 ここまでは前座。
 
「ドレルが目指したいといったのはこの外界宿という組織を使って、フレイムヘイズを援助や補佐をすることだった」
「機能をしていない現状の打破ってこと……?」

 自信なさ気に答えたリーズに首を縦に振って肯定する。
 ドレルは非常に人間らしい考え方をするフレイムヘイズだった、なんて言うと普通のフレイムヘイズがまるで人間らしくないように聞こえるが、どいつもこいつも脳内が復讐という言葉でいっぱいなヤツらばかりだからな。``紅世の徒``が現れたら頭の中の選択肢には、殺す・殴り殺す・ブチ殺す・皆殺し、しかなさそうだし。
 ドレルの言う協調性や尊重性なんてものは欠片も持ち合わせていない者たち。いや、それらを捨ててしまった者たちか。
 そんな自分のことしか考えられないような奴らの中で、ドレルは一人孤独に叫ぶのだ『助けあい、励まし合い、手をとりあって殺しあいましょう』と。
 ドレルの話を端的に摘んで話すならこういうことになる。
 彼は俺には『フレイムヘイズの安全と復讐が叶う』と言ったが、どうしたって対象がフレイムヘイズならメインは復讐になってしまうだろう。
 けれど、これが組織だって復讐をするというのなら話は別となる。
 復讐の援助とは、復讐相手を見つけて舞台を設置するということ。それは``紅世の徒``の行動を予測し、それを援助して、``紅世の徒``の討滅を目指すということになる。

「ドレルが言った理想の外界宿の役割は『復讐の手助け』をすることが出来る組織にすること」
「それだと、復讐なんて些事にもかけない私たちにとっては関係ないことじゃない?」
「ところがどっこいそうじゃないんだ」

 復讐相手を見つけられ行動が予測できるようになるということを逆手にに取る──``紅世の徒``の居場所を予め予測でき、回避できるようになることになる。
 それ則ち平和への道しるべ。
 そして、ドレルの第二の目的でもある。
 ``紅世の徒``を知ることにより、味方の安易な死を避けることが出来るようになる。新人のフレイムヘイズが順調に成長させることができ、後には一騎当千の完成ができる。
 考えてみれば誰でも思いつきそうなことだった。
 簡単にまとめると。
 外界宿は復讐を成功させるために金銭援助などをし、情報提供をする。援助を受けたフレイムヘイズは、復讐を達成できるようになり、援助をしてもらった外界宿に恩が出来る。ここに協力関係が築かれ、さらに情報の幅が増え、協力者や復讐達成者が増える。それと同時に、フレイムヘイズの育成にも手を出すことによって強力な討ち手の誕生が出来るようになり、ますます強力な協力者が増える。
 そのまま外界宿が発展することが出来れば、当然、平和にも近づくという訳だ。
 ほら、俺にとっても美味しい話になった。
 
「これは……すごいわね。あの老人って実は賢者だったの?」
「ふむ、言い得て妙だな」
「……この時点だと理想論でしかないけどね」

 ここに至るまでには大きな壁が幾つも存在するが、どれも前提が『協力』がきている。そもそも、フレイムヘイズが協力し合えていたのなら、現状のようにはなっていない。
 俺も当然そう思ったので、ドレルにもそう指摘した。
 フレイムヘイズは単純なヤツらばかりだが単純じゃない。ほとんどの奴らが自分のことをにだけ重きを置くし、それが当然だと思っている。むしろ、他人の都合に手出しをすることこそ邪道と思っているような奴らだと。
 そう言ったらドレルは不敵に笑い、俺に向かって言った。
 『だから貴方の存在が必要になる』と。これは失礼かもしれないがと先に謝辞をしてから、『厳格には貴方の名が重要だ』先の言葉に付け足すように言ったのだ。
 一体何をどう考えたら、こういう結論にたどり着くんだ。疑問が沢山思い浮かんだ。
 リーズもこの話をすると訳がわからないわ、と即答。考える素振りすら見せてくれなかった。彼女にはもう少し教養という言葉と、考えるという意味を知ってもらった方がいいかもしれない。
 でも、こればかりは仕方ないことか。俺にだって答えを聞かされるまで分からなかったのだから。
 このままだとあまりにもリーズが不便なので、俺がドレルに言われたことと同じヒントを出す。
 まんま答えなような気もしなくもないヒントだが。
 
「フレイムヘイズ内では強い者や名を多く知らしめている者の発言力が増すといった風潮があるのは知っているよな?」

 俺のこの言葉を聞くとリーズは閃いたかのように、ぱあっと明るい笑顔になった。
 これはさすがに分かったのかな。
 リーズの次の言葉を期待して待つと、間を十分に置いてからリーズは言葉を発した。

「全然、分からないわよ。その風潮がなんなの? どう関係するのよ?」

 閃いたのではなく開き直ったようだった。
 心のどこかでやっぱりなと思ったのは、リーズには内緒だ。ウェルはもちろん隠そうともせず、ここぞとばかりに大爆笑だが。
 なんか、もうこの子はこのまんまでもいい気がしてきた。
 ウェルの大爆笑がうるさいので、強引に神器を握り強制的に発言権を無くす。
 声に出せないからって、声にならな声で俺に話しかけるな。ウェルを無視をして話を進める。

「俺は実態はどうあれ、噂はなかなかにすごいだろ?」
「そうね、噂はすごいわね」
「ふむ、我も噂を聞いた時にはかなり驚いた」
「ドレルはそれを利用させてくれと協力を頼んだんだよ」

 どんな噂があったかな。
 『大戦の立役者』や『荒らし屋』だっけ。他にも色々な噂があったとドレルは言っていたが、少し呆れて口も閉まらない状態だったので覚えていない。
 ただ、これは使えるとドレルは睨んだのだ。
 これほどまでに『強力な討ち手』として、知名度の高い俺がドレルに協力を煽ったと知れれば。どうなることか。
 暗に有名なフレイムヘイズが『協力』の有効性を示したようなもんだ。
 少なくとも弱小なフレイムヘイズはドレルに頼ってみようと考えだすに違いない。
 弱い彼らは(俺も含めだが)他人の力を借りないと復讐の一つも完成させることができない。だが、決してそれは悪いことではない。時には手段を選び、より有利な方法を選択するのは、臆病のやり口ではなく、賢明な判断。英断にだってなり得るのだ。
 最初、自らを強者だと思っているもの、雑魚が慣れ合っているとしか思わないだろう。だが、時間が経てば徐々にその風潮は広がっていくことは間違いなしだ。
 確信できる。
 だって、当たり前じゃないか。
 フレイムヘイズは皆、復讐するためにフレイムヘイズになったんだろ。なら、その復讐が簡単に出来るようになるとなれば、食い付かないはずがないのだから。
 かくして、ドレルは俺に協力を求めた。
 
「なるほどね。それで貴方の返事は……」
「もちろん──」

 ──未来の平和を拾うため。努力も止むなし。

第三十三話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 道を間違えてはいけない。一歩間違えれば戻ることすら叶わず、永遠の迷宮へと迷いこむことになるかもしれない。迷宮へと迷い込んでしまえば、もう二度と太陽のある明るみのある世界への帰還は叶わず、ついには目覚めることすら出来なくなるだろう。
 道とは生であり、判断を間違えれば簡単に生を失ってしまうということ。
 俺が今まで生きていけたのは、道を完全に踏み誤ったことがないから。常に一歩一歩を確認するように前進し、臆病風に吹かれては歩みを止める。ひたすらそれの繰り返しだった訳だ。
 だから、ドレルに協力すると言ったのも、俺が道を違えないことを必要に考えた上での判断。この判断が正解だと判るのは数十年後、もしかしたら数百年後にもなるかもしれない。けども、未来への投資と考えれば、悪くない選択だったと俺は断言しよう。
 世界平和が欲しいわけではない。俺一人分の安全が保証される程度の未来があればいい。
 こんな俺の大前提の基で、ドレルの協力要請に承諾したに過ぎない。
 安全、安泰、平和、平穏を目指す鉄壁の意思があればこそ俺は長生きできたんだと、俺の数百年の人生を回想する。決して崩されることない俺の第一優先順位でもある。
 ドレル本人にこのことを話してはいないのだが、彼もそれとなく勘づいたのか、話の最後に『特別にモウカ君に動いて貰う必要はない』という言葉で締めくくった。
 これはいい。
 俺はいつも通りの行動と判断で、生きていけば勝手に将来的に安息の地が出来上がるというのだ。にやけずにはいられないな。気分が高揚していれば高笑いもしたいほどだ。
 無論、安息の地が確約されたわけではないので、油断は禁物なのは分かっている。それでも、今までの途方も無い危険から、毎日逃げのびる生活に比べたら救いのあるというもの。暗闇に見えた一筋の光なんだ。縋りたくなるさ。
 ドレルとは、まるで外交が成功した時の握手のように堅い握手をしてしまった。もしかしたら、涙も見せていたかもしれない。
 それほどまでに嬉しいことだったのだ。
 ……まあ全部ドレルに丸投げしといて、勝手に喜ぶ俺は何なんだという感じなんだが。それはそれ、先輩フレイムヘイズだからいいよね。
 あれだよ。ドレルは軍師みたいなもので、現場で必死にいそいそと働く実行者なんだ。俺はでんと構えていればいい殿様みたいなものさ。そう考えれば、俺が勝手に動くのはドレルに迷惑かけるからな。大人しくしているに限るね、うん。
 俺ってなんだか、歩くたびに厄介事に絡まれているような気もしなくはないし。考えすぎだよな?
 兎も角、俺は今まで通りに目立たないように慎重に行動する。
 ドレルが俺の噂を利用して、体制を整えると言っていたのだ、しばらくの間は俺の名前だけは目立ってしまうだろうが。致し方あるまい。この際、デメリットよりもメリットのほうが遥かに上なのだから。この程度の危険は承知で了承したのだからな。
 危険、と言っても所詮広がるのは俺の名前だけだ。
 俺の風貌を知っている人物はかなり少数だろうし、知らない人物が俺を『不朽の逃げ手』だと認識できる唯一の方法は、俺の代名詞たる『嵐の夜』ぐらいだろう。つまり、『嵐の夜』を使わなければ周りは俺のことを『不朽の逃げ手』だと認識できないわけだ。
 ここに来て名ばかりが先行して広がったのが功を奏したと言える。全く予想外だったが。
 しかし、『嵐の夜』が使えないとなると俺は脆弱なフレイムヘイズとなる。いや、使えたからと言って強くなる訳でもないけど、ないよりはあったほうがいいに決まってる。
 目立たないことを考慮しすぎるあまり、自分の首を少し絞めてしまったかもしれない。窮屈な想いをするのは本当に、誠に嫌なんだが……
 これも明るい未来のためだと思えば頑張れる。
 目先の幸ばかり追ってても、幸になれるとは限らないのだし、ここは思い切って自重しまくるしかないな。
 ただ、そうなると自衛という面で大いな問題が浮上する。
 普段は敵よりも早く察知して逃げれればいいのだが、そうはいかないこともある。俺がいくら鋭敏な感覚を持っているとは言え、俺が一番であるわけでも無いし、そもそもフレイムヘイズに見つからぬように、気配察知に何らかの対策をしているのが``紅世の徒``の大半だ。だからこそ、フレイムヘイズはトーチを頼りにして``紅世の徒``を追ったりする。横柄に気配を隠さない自信家の方も少なくはない。俺としては逃げやすいので大いに結構だしね。
 という話は前にもしたことがるので、結論から言えば、

「そんな訳で、しばらくリーズが俺の代わりに頑張ってくれ」

 そのために今まで面倒も見てきたもんだしね。
 今の彼女の実力はどれほどかは分からない。俺がフレイムヘイズ全体の能力の平均を知らないのだから当たり前だ。一番上と一番下は知っているが。一番上はどっかの『炎髪灼眼の討ち手』さんだ。今は亡き人だから、その相方である『天衣無縫』さんが現在一番かな。その他の候補にはサバリッシュさんなども上がる。一番下は……言うまでもないだろう。
 正直に言えば、上を見上げればキリがないし、下を見下せば俺が居る。この事からもリーズは俺よりは上であるのは分かる。比べるまでもなかったね。
 現実逃避するつもりはさらさらないので俺はこの現実を知っても泣きはしない。いいじゃん、最弱でも生きていられるんだから。それで。

「いいわ。任せといて」

 艶のある甘い声で自信満々に即答した。

「あれ、理由は聞かないの?」

 自分で言うのもなんだけど、かなりのムチャぶりだったと思う。
 俺の心の声なんて聞こえているはずないし、彼女からすれば『今日晩飯何食べる?』という俺の発言の後の全く脈絡のない会話だったから、唐突に何を言ってるの? という呆けた表情になるのを期待したのに。
 あまりの順応性に俺が驚いてしまったではないか。
 腰に掛かりそうなほど長い少し焦げたような金色の髪を一度掻き上げてから、何を今更という表情をする。

「理由なんて必要ないわ。それに貴方が私に頼るなんて思い当たることが一つしかないじゃない」

 ``紅世の徒``でしょ?
 見事に俺の核心をついた言葉を言う。俺は言葉を失ってしまったよ。
 ウェルは、若い子の成長っていいもんだねーなんて呑気なことを言っているが、これは成長しているというか、俺を正しく理解しているというか。いや、どちらにしろ俺にとっては素晴らしいことか。
 彼女との旅は俺にとっては苦難の連続だったが、なるほど。俺はどうやら得難い仲間を手に入れた良き旅だったようだ。
 これからはもうこんなことは思えないな。
 俺のお財布だなんて……
 うん、我ながらひどい事を密かに思っていたわけだな。
 仕方ないんだよ。やっぱり逃げるなら一人のほうが楽ちんだし、そういう意味じゃ彼女が俺に付いて来て生まれる俺のメリットなんて、旅費に困らないことぐらいだったんだから。

「うん。俺の盾や矛となって頑張ってくれると助かるよ。『堅槍の放ち手』リーズ・コロナーロさん?」
「ええ、存分に楽をさせてあげるわよ」

 思わず見惚れる程のリーズの満面の笑みを浮かべる。
 かなり上から目線ぽかったのに、こんな笑みを浮かべられるリーズが謎だった。
 ウェルは横から物好きだねーなんて言ってるが、確かに俺の手足に成れと言って喜んでるリーズは物好きだな、とウェルの発言に肯定しとく。
 俺にずっと付いて来ている時点で、物好きなのが今更の話だと気付いたのは次の街についてからだった。




◆  ◆  ◆





「あら、懐かしい方に会いましたね」
「懐かしいというよりも、珍しいという方が少々適していますかな?」

 ドレルは十年という時を使うことにより、スイスにある外界宿の管理者となった。彼がどのような策や思惑で、そういうことになったのかは知らないが、ドレルがスイスの外界宿の座に座ったというのを耳にしていた。
 彼とはあの日──協力を結んだ時以来、会うことはなく成果を知ることはなかった。風評ではどこかのフレイムヘイズが面白い事、変なことをのたうちまわっているというのは聞こえたが、それが果たしてドレルのことだったかどうかは確証はない。なかったが、十中八九は彼だろうなと俺は睨んだ。
 上手く行ってるのかさえ分からないが、俺としては失敗しても今まで通りに生きて行くだけなので問題はないのだが、成功するに越したことはない。いや、出来れば成功を収めてほしいが、それが難しいことであることは、なんだかんだで自分もフレイムヘイズ社会で生きてきたのでよく分かっているつもりだ。
 それでも一体どこまで進んでいるのか、興味は非常にあった。リーズを盾にして十年。いい加減に戦いから身を遠ざけまくった日々も飽きてきたので、ドレルに顔見せがてらスイスの外界宿へと出向いた。
 
「これはお久しぶりです。サバリッシュさんに、タケミカヅチさん」
「懐かしい顔ぶれだね」

 俺はなんとか嫌な顔をせずに受け答えをすることが出来た。
 ウェルになんとか「まだ生きてたんだ」という言葉を飲み込ませるのに成功した。
 俺だって、思わず『げッ』なんて言いそうだったよ。
 サバリッシュさんに会うのはあのトラウマに近い大戦以来。特に知人でも友人であるわけでもないので、当然だろう。会ったのが奇跡のようなもんだった。
 そして、俺にトラウマを産みつけたのも遠まわしにはサバリッシュさんのせいとでも言える。総大将として、躊躇なくこの俺を死地へと追いやったのだからある意味当然だろう。
 ああ、嫌な記憶が蘇る……

「お隣りのお嬢さんは誰かしら?」

 サバリッシュさんの疑問に答えるべく俺がリーズを紹介しようとしたら、俺の言葉を遮って毅然とした態度で自己紹介をリーズが始める。
 一通り自己紹介を終えると、サバリッシュさんも改めて自己紹介をした。
 サバリッシュさんに関しては本人が言うまでもなく、リーズは知っているんだけどね。現代のフレイムヘイズを語る上で外せないフレイムヘイズの一人のため、リーズには教えてある。
 俺がフレイムヘイズの引き合いによく出す一人でもあるしね。
 とはいっても、知っているのは名前と偉業の数々や力ぐらい。調べようと思えば簡単に調べられるような内容だけ。俺だって個人的な付き合いがあったわけじゃないから、それ以上のことは知る由もない。
 数いる戦友の一人でトラウマな人というのが俺のサバリッシュさんにおけるイメージだ。
 なんとなく、本当になんとなくなんだが、嫌な予感がするのは気のせいかな。
 たぶん、前回までの人をこき使うイメージが払拭しきれていないから、勝手に身体が拒否反応を起こしているだけだとは思うのだが、俺の勘とか嫌な予感は当たるのが怖い。
 当たらないでくれよ。
 
「そういえば、聞いてますよ。モウカさん」

 え、何? 何を聞いているだ。
 次の言葉がすごく怖いぞ。
 内心でビクビクしながら、背中には冷や汗を流して、何をですかと尋ねる。
 サバリッシュさんはふふと母性あふれる笑みを浮かべる。

「あの大戦以降、活躍しているそうですね」
「例の教授の妙な実験の暴露はあまりにも有名な話ですぞ」

 あーやっぱりそう来たか。うん、予想通りだよ。
 聞いているといえば数ある噂のことだと思ったが、中でも群を抜いているのは教授の強制契約実験であることは眼にも明らかだ。あれはフレイムヘイズの長年の歴史の中でも、奇っ怪な事件として有名らしい。
 そして、その事件に深く関わったフレイムヘイズの名として俺の名前が上がるのも度々だとか。迷惑極まりない。別に暴露したのではなく、教授に勝手に巻き込まれただけだし。
 ちなみにその事件で真っ先に名の挙がるフレイムヘイズは、実験によって生まれたフレイムヘイズ。リーズ・コロナーロの名──ではなく、名を馳せている『鬼功の繰り手』サーレというフレイムヘイズ。相当のやり手らしいが、もしかしてあの時に俺が教授の相手を押し付けたやつかな。才能があるとは思ったが、まさかそこまで行くとは。サーレは俺が発掘したと言っても過言ではないな。正確には俺ではなく契約させた教授だが。
 リーズはずっと俺に付き添ってきていたので無名のままだ。俺は事件に巻き込まれて名が知れているだけだから、事件に巻き込まれていない時に仲間になったリーズが無名のままなのは頷けることだ。特に有名な``紅世の徒``を討滅したわけでもないしね。

「それは、恐れ入ります。でも、サバリッシュさん程じゃありませんよ」

 あははと苦笑しながら答えた。
 ついでに謙遜もしておく。これ以上の過剰認知されたらたまったものじゃないからね。
 サバリッシュさんは謙虚ですね、と温かい笑みを俺に向ける。
 あれ、まさか逆効果?
 
「大戦での経験が役に立ちましたよ、ええ、本当に」

 主に戦闘には碌なことがないということと、変なモノは見つけるべきじゃないということをね。教授の時は、いや、教授を例に上げるのは間違いだな。色々と規格外すぎるから。あれは避けようとして避けられるようなものじゃない。自然災害のようなもんだ。どんな対策も無意味になる。
 けれど、それを除いたらあの大戦のような追い詰められた死地は経験していない。しょっちゅうあったらフレイムヘイズがとうに滅んでいるし、俺も死んでいることだろうが、いやはや、本当によかった。
 戦闘は、戦闘になる前に逃げるもの。戦闘そのものを避ける。自らは戦わずに、他の者に戦わせるなどなど、教訓は多かったね。
 
(いい経験だったよね)
(本当に、全くな!)
(モウカも心から楽しんでたもんね)
(ウェルがの間違いだろ)

 ケラケラとおどけて言うウェルはどこまで言ってもウェルだった。
 リーズはというと、会話にあまり興味がないのか周りをうろちょろしている。初めての外界宿で落ち着かないんだろう。
 特に変わった点がある場所でもないが、存在の力がそこらに満ちているから雰囲気が違ってみえるんだろうな。
 俺の言葉にうんうんとサバリッシュさんは頷き、何かを思いついたのかポンっと手を叩いた。
 ウェルが言う、面白い事が起きそうな予感がすると。ウェルにとって面白いこと、俺にとっては面倒なこと。嫌な予感が絶えない。

「大戦の時はカールの部隊にいましたよね」
「あの危なっかしい『極光の射手』を見事に手綱とっていましたな」
「いやいや、カールさんが一人で頑張ってくれたお陰ですよ」

 軍としては猪突猛進だと、いかに優秀なフレイムヘイズでも突っ込んでばかりでは死んでしまう。カールさんはその典型例だったが、俺としてはまさにうってつけの前戦兵だった。カールさんが矢面に立っていてくれるおかげで、俺が戦場を嵐に巻き込むだけでなんとなかってしまっていたのだから、感謝してもしきれない。
 バカとハサミは使いようというが、猪も使いようだと心底思った。こんなことを思っては失礼だが、事実そうなのだから仕方ない。
 俺は助かったんだけどね。

「その戦友のカールが最近行方不明になったとか」
「え、そうなんですか?」

 大戦のような団体での戦いならいざしらず、個々の戦いになる常の戦いではカールさんような強いフレイムヘイズが負け知らずだと思ってた。搦め手には絶対に弱いだろうけど、それをもろともしないほどの実力者でもあった。
 上には上があるという言葉が示す通り、カールさんより強いものも居るとは思うが、それを差し引いてもそんな話は初耳だった。
 誰が死のうが別に構いやしないが。

「死んだのかどうかすらも分からない。しかし、いなくなった場所は特定できたのでしたな」
「ええ、東の島国。日の本の国」

 なんとなく言いたいことが分かった気がする。ウェルのテンションが上がっていることから、さらによく。
 嫌だな。何言われるのかな。
 俺の顔が見る見る青くなっているだろうに、そんなことは知らないとばかりにサバリッシュさんは言葉を続ける。
 
「そういえば、貴方の容姿はその国特徴に似ていますね」
「ほう! これは奇遇ですな」
「ぐ、偶然ですね!」

 そりゃ似てるよ。元その国の出身だもの。本当は未来人だけど。
 タケミカヅチさんがどんどん芝居くさくなっているな。
 まるで予めこういう展開になると予測されていたかのような。
 それはないと思うけどね。よもや、俺の行動を予測できる人がいるとは思えない。音に聞こえたフレイムヘイズであるサバリッシュさんでも流石に無理だろう。

「これは全く関係ないですけど、最近面白いことを風説している『愁夢の吹き手』さんの意見に賛成しているだとか」

 全く関係ない? 嘘をつけよ!
 あれ……この人、まさかここで張ってたんじゃないよね。
 すごく怖いな。さっきまでの自愛に満ちていた顔が、いつのまにかどす黒いオーラを纏い始めているのは錯覚だよね。
 あと、ウェル。高笑いやめて。
 これは日の本行き確定ね、なんて言わないで。まだ、それだけならいいけど、本当にカールさんが死んだ──殺されたとしたら、その付近に相当の強者がいるということになるんだぞ。
 日本が第一級危険地帯である可能性があるんだ。

「協力をし合うでしたかな? 実に良きことではあるが、我らフレイムヘイズには些か難儀なことですぞ」
「そうですよね、タケミカヅチ氏。でも、それは素晴らしいことでもあります。私も出来れば協力をしてあげたいのですよ。あの、大戦で立役者となったモウカさんのように、ね?」

 終わった。
 これはどっちの選択肢を選んでも終わったよ。
 カールさんの真相を解きに行けば俺の人生が終わる可能性があるし、拒否すればドレルの作戦が終わる可能性がある。ドレルと一緒に協力し合うことを掲げている俺が協力を拒否したのだから当然だろう。
 結果、未来の安全が終わる。
 逆に、俺がカールさんの真相を時に日本に行けばサバリッシュさんの名まで借りることが可能となる。それは俺の名なんかとは比べものにならない効果を及ぶだろう。
 結果、未来の安全の可能性が非常に高まる。
 今一時を取るか、遠い未来を取るかを迫られた訳だ。
 サバリッシュさん。
 貴方はやはり俺にとっては嫌な人だよ。
 最高に、最悪にね。

第三十四話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 嫌々ながらも移動手段を考える。
 時は未だに十九世紀前半。海を渡る手段と言えば、船が一般的だ。少しの距離なら気球を使って空路もありだったのかもしれないが、どう考えても今に時代の技術が日本まで届くことはないだろう。となると選択肢は船一択となるの。
 海は危険がいっぱいだ。何を常識的なことを言っているだと思われるかもしれないが、想像している以上に危険であるのを理解してほしいところ。
 船の技術は、現代社会に比べれば劣ってしまうのは当たり前なのだが、すでに蒸気機関は完成しているのだ。沈没などの、船の技術そのものによる危険性というのは薄い。
 危ないのは、そう、``紅世の徒``だ。
 海を縄張りとしている総称``海魔(クラーケン)``と呼ばれる``紅世の徒``たちが、海には放たれている。クラーケンは海の怪物という意味合いなので、まさにそのまんま。奴らは人間の乗る船を襲うことを主としている、海賊紛いのような厄介な奴らだ。
 船が沈没しようが、俺は無傷でいられるだろう。何と言っても『水』という性質の濃いことが、海色という炎の色にまで反映されているフレイムヘイズなのだし。過去、数年にも渡って水の中を棲家にしていたことだってある。正直な話、船に乗らずに海の中を歩いて行くなんてのも容易な訳だ。
 『色沈み』を使えば比較的安全に日本に渡ることだって夢じゃない。
 ならば何故そうしないかといえば、理由は一つ。リーズを連れていくことが出来なくなる。俺一人なら、確かに海の中を行進しようが、浮遊の自在法で空を飛ぼうが安全策は幾つも練られる訳だが、リーズがいるとどうしても交通機関に頼らざるを得ない。
 海の中はまだしも、空ならリーズをずっと背負っていくのも出来なくはないのだが、不慣れな空をいきなり荷物を背負ってというのは危なすぎる。リーズの安全、だけなく自分にとっても安全性を求めるならやはり空はないだろう。長距離を移動するのにも向かないしな。
 これで海路で行くのは決定的。
 残すはリーズの問題だ。
 今回、俺が日本に行く理由は謎の失踪をしたフレイムヘイズ──大戦の時にも大変世話になった戦友『極光の射手』カール・ベルワルドの行方と原因を調べるためだ。
 大戦では一番槍として、勇猛果敢に戦い。フレイムヘイズの中でも指折りの一人だ。俺なんて足元にも及ばない強い人、である。
 それほどまでに名を馳せた強い人の行方が知れないということは、ほぼ確実に殺されたと考えるのが普通だ。フレイムヘイズを殺し得る存在は間違いなく``紅世の徒``。人間の可能性もあるが、彼ほどのフレイムヘイズなら手違いがあってもその可能性はゼロだろう。
 残るは必然と``紅世の徒``になる。それも``王``である可能性が極めて高い……というか絶対そうだろう。他に考えられない。
 ドレルにも``紅世の王``で確定だよと意見を申し立てたのだが、彼が言うには、

『現在、日の本において強力な``紅世の王``が出現したとの情報は得られていない』

 とのことだった。
 ドレルの情報網が、今現在どの程度のものか分からないが、嘘を言っているようには見えなかった。
 ここから分かるのは、如何様なフレイムヘイズを相手にしても隠匿し得る実力を持つ``紅世の徒``がいる可能性と、それ以外の可能性だけ。
 そして、ドレルはそれ以外の可能性が高いだけに、調査をして欲しいとのことだった。これは外界宿からの命令のようなものだった。
 あれ、ドレルは俺に余計なことをしなくていいと言ったじゃないかと俺は彼に異議を唱えたが、これは余計なことじゃない、必要なことだと押しきられてしまった。
 俺がゾフィーさんに究極の二択を突き付けられて、どうしようもなくて困ったから軍師のドレルに解決策を教えてもらおうと思った矢先の裏切り。つまり、俺にとってトドメみたいなもの。
 
(これだからフレイムヘイズは! もうリーズしか信じられない!)
(あれ? 私は?)
(何を言ってるんだ、ウェル。お前が一番信用は出来ないんだぞ?)

 信頼関係はあるけどね、と言外にだけ匂わせておく。余計なことを言うと調子づくから暗喩しかしないのさ。
 信用ならない人ばかりで、疑心暗鬼になってしまうのもしょうがないことだ。
 とはいえ、ドレルの言うことだって本当は理解している。
 今回の件で、有名なフレイムヘイズ(誠に遺憾ながら俺のこと)が外界宿の言う通りに動いて、成果を残した暁には、外界宿の有能性というのをこの世界に示すことが出来る。
 ドレルの野望にまた一歩近づき、俺の平和な未来への一歩ともなる。
 だから、日本行きはかなりの危険は孕んでいるとは言え、将来に向けた有効打でもあったわけだ。ハイリスクハイリターン。虎穴に入らずんば虎児を得ず……は、少し違うかもしれないが、虎穴というのは絶妙だな。一騎当千のフレイムヘイズを食う虎なんて相手にしたくないが。
 とりあえず、日本に行って無理そうならでっち上げでもいいから、危険地帯からの早期撤退が俺の生存への道だ。
 そして、ここでリーズの問題が出る。
 十九世紀前半。千八百年代ということは、

「日の本って、鎖国してなかったかな」
「さこくってなによ? 食べ物じゃないことだけは分かるけど」

 聞いたこともない言葉に頭を傾げるリーズ。
 少し考える素振りをしてもすぐに諦める様子を見て、諦め癖がリーズにつき始めてるんじゃないかと、育ての親(フレイムヘイズとしての)はすごく不安だ。
 全く、誰を手本にして生きてきたんだか。

「政策であることまでは察せなくてもいいけど、もうちょっと察せるようになろうな」

 鎖国とは日本の江戸幕府が日本人の海外への流出を禁止し、外交や貿易を制限した対外政策の事。外国が日本へ行くには江戸幕府が許可した国からいくしかない。どちらにしろ、海路で行くなら陸繋ぎで中国に行ってから海に出るので、入国制限はあまり気にする必要はない。
 ドレルもこの事については、コネがあったのか問題ないと言っている。むしろ、交通手段までも援助できる、というのを宣伝できるので是非とも利用して欲しいとも言われたぐらいだった。
 安全が確保されているなら海の旅も大歓迎なんだけどね。
 ドレルのおかげで入国自体に問題はない。だが、リーズはここからが問題なのだ。本人が船がダメかも知れないと弱音を吐いていることがじゃない。鎖国という閉ざされた空間においての外国人という存在が問題なのだ。
 俺が欧州にいると容姿に違和感を感じられるように、リーズが日本へと行けば同じようなこと、もしくはそれ以上のことが予想される。
 欧州内では、肌が黄色のは珍しいが、黒い髪はさほど珍しいわけではない。普通にありえる髪の色だが、日本ではリーズのような金色の髪をした人などまずいない。いや、絶対いないかと聞かれても俺には答えられないが、俺が知っている限り金色が地毛の日本人は見たことがない。
 これが国際化された日本なら、リーズの髪の色に多少は興味の対象で見られるかもしれないが、今の日本だとどうなるか分かったものではない。
 物珍しいで済めばいい。目立つだけならまだいい。個人的には良くないけど。
 奇異の目で見られるのは当然として、異国の民と言われ数々の問題が怒るかもしれない。
 俺が知っている江戸時代の日本では、外人と日本人の間で大きな事件が幾つも起きている。それも外交に影響が出るだけでなく、歴史に影響が出るほどの、だ。
 リーズが今の日本に行き、どういう扱いを受け、どういう影響を日本が受けるかだなんて想像つかない。
 ある意味``紅世の徒``よりも危険性が高いかもしれない。
 
「リーズはここに残った方がいいかもし──」
「断るわよ」

 俺が言い切る前に、リーズが確固たる意志を含んでいる言葉で俺に迫った。
 リーズの行動に眼を丸くしていると、リーズが言葉を続けた。

「絶対に連れて行ってもらうわよ」

 リーズは離さないとばかりに俺の手を握る。

(ありゃりゃ、モウカもずいぶん好かれたもんだね)
(茶化すな)

 愛着、みたいなもんなんだろうな。
 百年間以上も一緒というのは、半永久的に生きることが出来るフレイムヘイズとはいえども、十分に長い期間だ。
 愛着の一つや二つ湧いてもおかしくはない。
 俺は頭を掻きながら、

「……うん、よし、分かったよ」

 リーズを連れて行くことにする。
 まあ、足手纏いになるようなら、愛着だとか今までの思い出だとか関係なしに容赦なく置き去りにするけどね。生きるためにはどんな非常な選択だってするさ。
 だが、元より俺にとってリーズは戦力として必要なのだ。今回はもしかしたら回避の出来ない争いが起こるかもしれない。俺はなんとしても回避しようと行動をするが、任務が任務だけにそうはいかない。
 ……最悪は途中で任務を投げ出すということまで考えてあるので、万が一にはならないようにはするが。
 戦闘になる恐れを考えれば、やはりリーズの存在は欠かせない。俺の盾にも矛にもなる貴重な存在だ。決して捨て駒じゃないよ?
 本人も断固として着いて行きたいようだし、ここは彼女の意思を通してもいいだろう。
 そうなると、現地での対応を考えなくてはいけない。
 髪の色を誤魔化す自在法でもあればいいのだが、そんな需要のないような自在法はないだろうな。あとは姿そのものを誤魔化す自在法か。幻術を得意とするドレルの自在法にはその手のものがありそうだが、日本にいる間ずっと保持は不可能だろう。となれば、帽子を被ったりして隠すしか、そもそも人目につかないように行動するか。
 カツラでは今の技術じゃ完全に隠蔽は無理か。上から被せる程度のものだろう。髪の色を染めるのは、こっちのほうがカツラより完成度が低いかな。

「あー、そうか。隠すなら瞳の色もか」
「モウカの言う通りに、黒黒な人ばかりだったら、リーズの青い瞳も目立っちゃうね」
「目立っちゃ駄目なの? ……って、聞くまでもなかったわね。貴方は目立つの嫌いだったわね」
「あってるけど違うぞ」

 会話が一応成り立っているので、訂正は面倒なのでしないでおく。リーズに一から理由を説明してたら日が暮れてしまう。
 瞳の色を誤魔化す方法なんて、自在法かカラーコンタクトしか思いつかないよ。サングラスはまだないし、かけてたらかけてたで目立つし。
 俺の頭では八方塞がりだ。
 こうなったら諦めてお忍びの旅をするしかないようだ。闇に紛れ、人の目を欺く、隠密の旅。なんだか忍者みたい。久々に新しい経験出来そうだな。
 あんまり楽しみじゃないけど。そんな無謀な事はしたくなかったけど。
 しょうがないなとボソリと呟いてから、リーズに真剣な表情を向ける。

「大変な旅になるけど、それでも?」
「行くわよ。どこにだって、どこまでだって」
「ふむ、今更だな」
「そうそう、いまさらいまさらー」

 とは言うものの、すぐに出発できるというわけではない。
 船の準備などの手続きや、そもそもその船の出航する港までいかないといけないし、海に出た後の対策だってまだ決まっていないのだ。やるべき事が多々あって、それら全てが完了してようやく日本へと旅立つことが出来る。
 今までのお気楽な旅ではなく、今回は正式な外界宿からの任務、依頼だ。言うなれば、確たる使命を持って、目的と目標を持った旅だ。
 手続き自体はドレルに任せて、俺は海上での``紅世の徒``の対策を考える。
 無論、撃退ではなく逃げることを前提に考えた対策だ。
 一に遭遇しないように工夫し、二に出会っても逃げられるように作戦を練り、三に最悪のケースにおける対策を考えておく。
 遭遇しないようにするには存在の存在そのものの秘匿が最も適切だろう。船自体が奴らにバレなければ襲われることは絶対にない。だが、俺にはそのような自在法はない。『青い世界』と『色沈み』の連続技を使えば隠匿率は高いのだが、実物を消す訳ではないので視認されれば関係ない。なおかつ船は一応人間の物。自在法に巻き込んでいい通りはない。巻き込むのは自分のみが本当に危なくなった時の最終手段だ。
 ドレルから、船の責任者の中にフレイムヘイズ側の人間も仕込んでおくので、ある程度は許容できるという話は聞いている。となれば、俺が敵の位置を知らせて、予め迂回するというのは無難なところだろう。
 燃料や海流の問題もあるので絶対に迂回できるとは限らないし、向こうが本気で襲ってくれば回避は不可能。
 そうなれば逃げるための手段に出るしか無い。
 船を巻き込むわけにはいかないので『嵐の夜』の複数発生型で、対応するしか無いだろう。この場合は、``紅世の徒``だけに被害を被るような精密なコントロールを必要とするが、自身があるから大丈夫だろう。
 海上じゃなければ、リーズに打って出てもらうのが一番の安全策なのかもしれなかったが、出来無いものはしょうがない。
 そして、最悪のケース。『嵐の夜』で防ぎきれなかった場合は……何もかも捨てて、単身逃走。
 これしかないね。
 これなら絶対の自信を持って言える。逃げ切れると。
 リーズは余裕があれば回収する。
 たぶん、こんな状況にまで追い込まれるようなことがあれば、リーズの生死は分からないと思うが。
 しょうがないんだよ。生きるためには多少は意地汚くならないと駄目なんだ。そうしないと、この不条理な世界では、あまりにも死は近すぎるのだから。
 無論、日本についても厄介事が起きそうなら、率先してリーズに押し付けるよ。
 今回の旅は、それほど切羽詰っているし、危険なんだと俺は思っている。
 なんで、わざわざ強敵がいる場所へと突っ込まなくちゃいけないんだか……
 ため息ばかりしてしまう。

「何も起きなければいいけど」

 俺の言葉にこの場にいる全員が頷いた。





◆  ◆  ◆




「最近おっかねえだよ」
「んだ、どうしたんだ?」
「いんやさ、偶然耳にしたんだけんども、人を斬っては捨てる鎧武者がいるという話があったんだ」
「侍様かね?」
「違う違う。なんでも、今の将軍様の繁栄を恨んで現れた織田信長の怨念だとか言うんださ」
「ほほお、怖かね、怖かね。それよか、俺んの娘のちかちゃんが可愛かねー」

 畑の耕す作業の休憩中に世間話に花を咲かす二人の影で、スカーフのような物を付けた老境の男が盗み聞きをしていた。
 所々に出てくる名刺の将軍や鎧武者という言葉には首を傾げつつも、人を斬るという鎧武者の話に必要以上の興味を示していた。

(軍師殿の命令が来たと思ったらこんな極東にまで飛ばされるとは。いや、それでも軍師殿直々の命令。ようやく回ってきたこのワタクシどものチャンス)

 逃すわけにはいかないと胸中で決死の思いを込めて呟く。
 『三柱臣(トリニティ)』の一角であり、彼らのような役割の直属の上司からの命令で、彼はこの地へとやってきた。わざわざ、その軍師が気にしなくてはならないほどの事件がこの辺境の地で起ころうとしている。
 命令を受けた男は正しくその意味を理解し、そしてその危険性をも理解していた。
 それ故に、慎重に慎重を重ね、いつも以上の警戒を持って、その五体にまでなる自分自身を利用し尽くして情報を得ようとしていた。
 
(それにしても、何が起きるというのですかね)

 彼は知らない。
 後に起きるであろう``紅世の徒``とフレイムヘイズの双方を巻き込むことになる、嵐が起きることを。何も、まだ……

第三十五話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 時は江戸幕府。将軍は家斉公。
 家斉公って誰だっけ。全く覚えていない。第何代目かもさっぱり分からないし、今の江戸幕府がどういった時代に突入しようとしているのかは予測もできない。俺が覚えている将軍なんて、せいぜい家康、家光、家茂ぐらいなものだ。あとは異名で、犬将軍とか言われた将軍がいたのを知っているぐらいだった。
 よくもこんなに悪政も続いていたのに長く続いたものだと感心する。
 なんて言っているが、江戸幕府は現在進行形で盛んであり、俺の知っている歴史とは異なる可能性だって少なからずある。この江戸幕府がどうなるかは正確には分からない。
 さて、江戸幕府や将軍はどうでもいいとして、ようやく辿り着くことが出来た俺の生まれ故郷の日本である。文明の発達具合が違うので、いまいち懐かしいという気持ちは湧いてこないのだが、特別な感情がないわけでもない。
 ただ、今はまだここに留まる訳にはいかない。今の俺達は彼ら日本人にとっては異邦人であり、人間にとっては異能者だ。
 いずれ近い未来、昔のように穏やかで平和な日常が訪れるのを期待して、その時を待つしか無い。その時がくれば、俺も再び日本に返り咲いて生きていきたい。なんだかんだで、一番肌に合う生活は未来の日本にある、そう信じて。
 日本までの長旅だったが、``紅世の徒``に襲われずに来れて本当に良かった。
 船の上の旅は決して居心地の良いものではなかった。
 船が転覆するような荒れ狂う波はなかったが、船の揺れ自体はかなりのもので酔うのが普通だった。リーズも夜な夜な酔っては俺が看病するという日が続いた。かれこれ一ヶ月近くの航海で、ずっと、ずっとね。
 この借りは大きいよ。いつかリーズには身体で返してもらわないといけないね。深い意味はないさ。単純にその身を犠牲にしてね、とラブコールに過ぎない。
 俺はというと、ドレルが気を遣ったのかフレイムヘイズには専用の個室を用意してくれたので、人目の付かない個室にいる時は常時浮遊していた。ほんの少しだけ浮くことに寄って存在の力を極力省エネして、無駄を省く。硬いベッドで横たわっているリーズの恨めしそうな視線が痛かったが、そんなのお構いなしだ。リーズの分も浮かせてたら存在の力が通常の二倍も使ってしまうからね。そんな余裕は俺にはない。
 その代わりに寝ずに看病してやったのだから、感謝される覚えはあっても恨まれる筋合いはない。
 これを言葉にして言ったら、リーズは苦しそうな顔をしながらも『そうよね、貴方はそういう人だったわね』と納得してくれた。なんか俺がリーズを苦しめているような罪悪感が、沸々と湧き出るような言葉だったが、その程度では俺の鋼の心は傷つかない。
 こんな平和な日々が続いて、日本に辿り着いたわけだ。
 幕府のある江戸が遠い場所であるここは長崎。今回は中国の商船を介しての日本への上陸だったので唐人屋敷に通された。
 唐人屋敷とは鎖国対策で幕府が中国人のために作った住居地区である。オランダで言う所の出島みたいな存在だと説明されて、簡単に理解することが出来た。簡単な歴史は覚えてても、こういうことは全然分からんね。
 この時代の長崎は、外国人をそこに押しこむための鳥かごのようなものだ。中国人はキリシタンではないので、オランダ人ほど束縛はされていないが、かなり窮屈な思いをしていそうだ。
 こういった不平不満が、後の開国騒ぎに乗じて爆発したりするんだろうなと思ったのだが、案外そうでもないらしい。彼ら商人からすれば、現状の鎖国状態なら、貿易を中蘭朝の三ヶ国だけで牛耳切っているので、利益としては十分で不満はないという。
 商人は逞しいな。
 
「俺も君たちみたいにお金を稼ぎたいよ」

 お金に困らない生活は憧れだ。ロマンとも言う。
 フレイムヘイズはいざとなれば、お金とは無縁の生活も送れるだろうが、そこには人間味なんてないだろう。食事も取らず、寝る場所を選ばず、娯楽もなく、ただ生きているに過ぎない。
 俺ならそんな人生、つまらんの一言で蹴散らしてくれる。きっとウェルも同意見だろう。
 
「お金を稼ぐのは大変ですが、商人になるのは簡単ですけどね」

 身につけてるものを売って捌いて買うそれだけですからな。
 俺を船からここまで案内してくれた商人が苦笑しつつも答えてくれた。
 しかし、と商人は前置きをしてからやや真剣な顔で俺に忠告をした。

「ことこの国ではそうはいきますまい。士農工商という言葉はご存知で?」
 
 リーズは分からないという顔を隠さずに俺に向け、視線だけで知っているかと聞いてきた。
 もちろん、これくらいの知識なら覚えている。
 これもまた江戸幕府とは切っても切れない政策の一つで、もはや俺が語る必要もないくらいに有名なものだ。
 いちいち説明されるのも面倒なので、知っているとだけ答えると、商人は一度大袈裟に頷いてから、嘆かわしいことかのように言う。

「ええ、これがあるとこの国では商人に成ることは出来無いのです。生まれながらの格差のせいで。本当に、この国で生まれなくて良かった。かく言う私も──」

 このあとは、ひたすらこの商人のこれまでの人生話が始まったので、適当に相槌を打ちつづも受け流す。最後には彼の家にまで通されて『──で、この娘が私の自慢の娘です。可愛いでしょ?』と親馬鹿まで発揮された。可愛かったけどね。
 家の中に通され、お茶を啜りながら舌っ足らずな商人の娘の相手をしていると、商人が巻物を手にとってこちらに差し出す。

「こちらが地図です。驚くほど完成度の低いものですが、無いよりはいいでしょう」

 何の目的もなくこの商人に案内されていたわけではない。
 日本での行動を少しでも無駄なく、無茶無く行えるように地図を貰いにきたのだった。
 さぞお高いのでしょう、と聞くとお題はすでに貰っているのでと笑顔で答えてくれた。追加報酬なら喜んで承りますが、と言う当たりすごく商人らしいなという感想を抱く。このちゃっかり物め。
 娘の相手をしてくれたお礼としておにぎりを貰い、いい笑顔で手を振ってくれる商人の娘に手を振り返しながら商人の家を後にした。
 予め援助で貰っていた金銭、国に馴染むように用意された衣類、そして今貰った地図と食料。旅の準備は大方終わったと言ってもいい。本当なら移動時間を短くするための馬なども用意したかったが、あいにくと今回はお忍びの旅。頼りになるのは己の足だ。
 馬を貰ったところで乗れないのでリーズ専用か、リーズの背中に乗ることになっただろうし、馬の分の食料を考えると馬を養うほどの余裕もない。
 今の備えが最善であると言える。文句は言ってられない。

「うし、準備も出来たから、行くか」
「ええ、それで目的地ってどこなの?」
「『極光の射手』が居なくなった場所に行くんだよね、モウカ」
「そう。場所は土佐」

 四国は土佐藩。
 幕末、動乱の中心の一角となるあの国である。





◆  ◆  ◆





 道中は険しい。
 常に人の気配に敏感になり、人目を避けるように移動しなくてはならない。そうなると、自然に通る道は道ではなくなってしまう。人の手が入っていない自然の中を通る。慣れているのでどうってことはないが。
 これが現代社会ならどこへ行っても人の視線を感じようものだが、今は現代から程遠い時代。まして閉鎖され時代の行き遅れた日の本の国は真に大地の国と言えよう。
 欧州ではすでに蒸気機関がもっとも有力とされている技術なのに対して、こちらは絡繰人形で唸されるというのでは比較のしようがない。
 いやね、絡繰人形も思わずおー唸ってしまう逸品ではあるのだが、蒸気機関車を見た時の感動に比べると些細なものだ。迫力や物量があまりにも違うので比べる対象が間違っているのかもしれないが、致し方あるまい。
 現代ほどではないにしろ、かなり開拓された欧州よりは日本は非常に忍び易い。いずれこの国も大都市に変わってしまうんだなと思うと言い知れぬ思いがこみ上げるが、果たしてどちらの方がいいのが。
 俺としても人間として生きやすいのは現代だが、フレイムヘイズとして忍び易いのは今だな。忍ぶと言ってる時点で今よりも、普通に生きれる現代を選びたいのだが、当時の社会問題を知っている身としてはいかんともしがたい。
 当時からすれば、自分はいずれ死ぬんだからそこまで深く考える必要ないと思って、先よりも今の問題を解決しようと必死だったが、フレイムヘイズになったこの身だと未来のことも視野に入れざるを得ない時が来るだろう。
 フレイムヘイズの力を使って環境問題を何とかできないだろうか。
 誰か考えてくれないかな。
 他人行儀だが、悪く思う事無かれ。俺は今だって自分が生きるのに必死だ。未来のことも当然ながら考えるが、それ以上に自分可愛さ故に現状打破について考えなくてはいけないのだ。
 その現状打破の一つとなる土佐、後の高知県への行き方だが、主に二種類ある。一度海に出て中国地方より入る方法か、このまま九州から行く方法の二つだ。俺は至極当然ながら最短距離を選ぶ。つまりは九州から土佐へと入る方法だ。九州から行くには、豊後国、後の大分県を拠って、海を渡り四国へと入ることになる。

「海か、どうやって渡るか」
「船じゃないの?」
「残念ながらドレルの援助はここまでさ」

 ドレルの援助は日本に来るまでと、日本に着いてからの下準備までだ。
 本当に割の合わない仕事だな。これで本当に将来的に安全が手に入らないものなら暴動ものだ。全世界に脅威の嵐を振りまいてやる。困るのはフレイムヘイズじゃなくて、人間だけど。
 ドレルの援助を受けられない日本国内の移動では、各自の責任となっている。つまり俺に全てが丸投げされているわけだ。
 これは俺が下手なことをすれば俺の名誉(別にどうでもいい)やドレルの今後の作戦(かなり大切)に響いてしまうという事。そうなれば今までの努力だって水の泡になってしまう。
 そんなのは絶対に嫌だ。
 嫌なのだが、背に腹は代えられない。本当にこの依頼が不可能だと判断した時は、素直に帰国する手筈になっている。触らぬ神に祟りなしということ。馬鹿な行動は慎めよと受け取ることが出来る。
 これが、日本に外界宿があるのならば、ドレルとしても何かしらの対応が出来たのかもしれないが、日本に外界宿があるという話は聞いたことがない。
 そもそもよくいる西欧の外界宿の場所すらも正確に把握していない俺が、『日本に外界宿がない』と言っても、何の証明にもならないが、知らないのだから利用しようもないのは事実なのだ。
 探すということも視野に考えたりはしたけど、アテがないのでは見つけるのは不可能に近い。せめて、地元のフレイムヘイズがいれば変わってくるんだけど……日本で有名なフレイムヘイズは聞いたこと無いしな。
 逆に厄介事の種にだってなり得る諸刃だし。下手に行動しないほうがいいと判断した。
 どちらにしろ、``紅世の徒``を警戒するために常にアンテナは張っているので接触しそうになった時に改めて考えればいいだろうと結論づける。

「それじゃ、どうやって海を渡るの?」
「ふむ、察するにお主の自在法か?」
「本当なら渡船を使いたいところなんだけどね」

 俺一人なら行けただろうが、リーズ連れだとそうは行かない。
 俺だけ船に乗って、リーズだけを浮かすなんて手段も考えたが、船が九州から四国まで数時間で行ける保証もないので、無茶な自在法の扱いはしたくはない。この先、どんな強敵が待ち受けているか分からないので、存在の力を一滴も無駄にしたくないところだ。

「自在法の使用は却下したいところ」
「モウカはケチだからね。もう、泳げばいいじゃん」

 ウェルの言葉の語尾にはププッという笑い声が追加される。
 こいつはいつも通り真面目に考える気が全くない。最初からアテにもしていないので無問題。もはや溜息すらもでない領域だ。

「こればかりは仕方ないか」

 ケチケチ言っててもしょうがない。進展がなければずっと立ち往生を食らってしまうのだから。それは、早く帰国したい俺にはあまり好ましくはない。
 自在法を使う方針に切り替えて、どうすればお金なり存在の力なりを一番節約できるかを考える。
 最初に浮かんだ渡船の方法か? それともリーズを背負って飛んでいくか。しかし、飛ぶとなると人目に付く可能性も考慮すると、少々選びづらい判断だ。人の完全に視界外まで飛ぶとなると超高度となるが、こちらは危険性を考慮すると厳しい。何よりも、俺は空の旅は全然全く毛程にも慣れていない。
 すると残るのは、海路となる。
 うーん、渡船のお金ぐらいは妥協するべきか。そもそも、俺が渡船に乗っている間にリーズを安全に運べるかと言われると疑問だし。途中で落っことしそうだし。
 こうなったら思い切って泳いでいくか? 正気の沙汰とは思えないけど、お金は使わないし、存在の力もいらない。ただ、精神力と体力はたくさん削られそうだ。俺に限って言えば、泳ぐよりも海の中を歩いたほうが楽だし。

「泳──」
「嫌」
「……だよね」

 取り付く島もなく断られてしまった。
 俺だって嫌だ。
 リーズの言葉に不満の声を上げるのはウェルだけだ。何が面白そうなのにー、だ。お前自身は泳がないだろうが、苦労するのは俺たちなんだ。たまには自己欲求以外のことも考えて欲しい。

「たく、しょうがないな。最後の手段に出よう」
「あるんじゃない」
「ふむ、それを何故もっと早く言わなかった」
「いやね。これを真っ先に最初に挙げてたら俺の人間性が疑われるじゃないか」

 俺だってなるべくしたくなかったんだよ。

──人の船を奪って行くだなんて、非人道的行為じゃないか

 リーズの貴女って結構外道よねという言葉がやけに耳の中に残った。
 リーズの言葉に少々傷つきながらも、渡船(和船)を無事にお借りすることに成功する。和船の素材は木製で、大きさは人間が数十人ほど乗れる程度。特別大きいものではないが、小さいとは決して言えないサイズだ。
 どうやって借りたかというと、嵐を局地的に発生させて人間を避難させ、沖にある和船にリーズを侵入させて帆を張り、風を操作してちょちょいっと人目の付かないところまで移動させ、乗り込んだ。とても鮮やかな手際だった。もしかしたら、船泥棒として名を馳せられるんじゃないかと思ったぐらいに。
 あとは時々風を操作して土佐へと入れるようにすればいいので、目的地に到着するのは時間の問題だ。
 海賊や巡回船は全て『嵐の夜』で誤魔化すつもりだ。いざとなれば、相手の船を沈ますことだって考えている。
 帰りもこの船を使いたいので、隠す場所も見つけなくちゃいけないな。
 まだまだ『極光の射手』が死んだ原因探しのスタート地点にすら立っていないというのに、苦労しっぱなしだ。
 本当に嫌になるな。
 日本に来てから、溜息が癖になりそうだった。





◆  ◆  ◆





「帰りの船が用意出来ない可能性がある?」
「えーッ、どういうこと!?」

 スイス、チューリッヒにある外界宿の専用の執務室にて、その外界宿の主が苦渋の顔をした。
 この外界宿に就いたのも、全ては全てのフレイムヘイズのためという奇特な考えの元であったドレルにとって、この事実は非常にまずいものであった。
 ここまで築きあげてたのですら十年という月日、さらにはその前からの下積み時代があってのこと。それが一瞬で水の泡になる可能性を含む内容と聞けば、苦い顔もするもの。
 それ以上に、あの『不朽の逃げ手』に無理言ってまで頼んだのに、こちらに不手際があって失敗したとなれば申し訳が立たない。
 日の本に行く前に、彼のフレイムヘイズは『震威の結い手』にも渡りをつけてくれるという協力までしてくれたのにも関わらずだ。

「はい。その……今の江戸幕府の将軍、家斉公の先も長くないのは知っているでしょうか?」
「話には」
「ええ、清との貿易には比較的問題はなかったのですが」
「次の将軍候補に問題があると?」
「いいえ、幕府ではなく。他の国が動き出すおそれがあるということです」
「それがどう繋がる? いや、待て」

 いまいち要領を得ない部下の言葉であったが、他の国が動き出すと言われ、思考に入る。
 日の本は現在鎖国をしている。貿易が許されているのは数少ない国ではあるが、ドレルはその国の全てと友好を結ぶことには成功していた。だから、行きこそは清に頼ったが、それが無理なら朝鮮やオランダに頼ることも出来る。二段、三段構えの姿勢のはずだった。
 それが今崩壊しようとしている。
 
「他の国の侵攻……武力による開国を迫っている?」
「はい……」
「なんと……愚かな……」

 ドレルは状態の悪さに嘆いた。
 
「つまりはそれに恐れた商船が」
「船を出すのを渋ってることね! ドレル!」

 ハルファスの明るい声とは裏腹に、低い声でハルファスの言葉にドレルは肯定した。
 部下はそのドレルの様子を見て、深い皺がまた増えそうだと同情する。
 ドレルは苦しい思考の果てで、溜息をして虚空に呟く。

「上手く行かないものだな」

 深い皺と同時に、溜息癖が付きそうだった。

第三十六話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 日の本における刀とは、一種の芸術品と言ってもなんら遜色の無い日本刀を指す。日本刀は人を斬るためだけに作られた武器であり、その切れ味は脆さを引き換えにして世界でも最高峰。まさに人を殺すためだけに生まれた道具だった。
 刀に誇りを持って振りかざす者を武士と言えば、魂を込めて刀を打つものを刀匠と言う。武士は刀を扱う者で、刀匠は刀を作るもの。この関係は揺るがないもので、これこそが理想的な関係だった。
 本来であれば刀匠が刀自体を振りかざし、人を殺すことなどはしない。狂気に触れない限りは。
 筑前の国は全国で幾つかある鍛冶町の一つがあった。
 鍛冶町には大量の鍛冶屋が寄り集まり、お互いに切磋琢磨して名刀を作ろうと、日々鉄の打つ音が鳴り止むことがない。
 とある鍛冶屋もその例に漏れなかった。






◆  ◆  ◆





 土佐は四つの国が集まる四国の一つ。南部に位置し、四国の中では最も大きい領地がある。東西南北を海に囲まれた島でもあり、西には九つの国、北と東には日の本で最も大きい島である本州が広がっている。
 花の京都、将軍のお膝元である江戸などに比べると、どうしようもなく活気が少なくはあるが、四季彩豊かな森や、綺麗な海はこの土地が十分に素晴らしいところであることを教えてくれる。
 その土佐の国にとても似つかわしくない男が居た。
 髭を生やし、浅くない傷が多くある時代遅れの西洋甲冑を着けた男。彼は自らの傷がついた甲冑に自身が騎士であることの誇りを持ち、戦いには我先にと馳せんじる騎士道が刻み込まれている。知らぬ者でも、一目見ただけで彼のことを歴戦の勇士であると分かるだろう。そう感じさせる重みもあった。

「カール」

 艶っぽい女性の声でカールと呼ばれた男は無愛想に問い返す。

「なんだ、ウートレンニャヤ」

 カールは傍目から見れば独り言をしゃべっているようにしか見えない。
 しかし、カールの声には彼以外のウートレンニャヤと言われた異性の声が返事を返す。
 
「なんだって、こんな辺境の地に来たの?」
「そうそう。全然面白いものなんて無いじゃない。つまらない」

 今度はウートレンニャヤに続いて、意気消沈しているような少女の声が聞こえる。
 普段ならはしゃいでいるように明るく聞こえるはずの声に、カールは疑問を抱きつつも、ウートレンニャヤの問いに答えた。

「最近つまらないと思わないか? ヴェチェールニャヤ」
「つまらない。すごくつまらないわよー」

 神器『ゾリャー』から発するヴェチェールニャヤの少女の声は、不満気なのを隠そうともせずにカールの言葉に直ぐに反応した。
 その言葉にカールは、そうだろとどこか得意げに頷き返す。その傲慢にも見える動作がやけに堂に入って、彼の為人を見事に表しているかのようだった。
 それも当然のことだった。
 実際に彼は歴戦の勇士であり、神速を得意とする『極光の射手』カール・ベルワイドと言われればフレイムヘイズと``紅世の徒``の中で知らぬものがいないほどの強者の一人。``紅世の徒``の撃破数だけを見れば、かの有名な『炎髪灼眼の討ち手』や『万条の仕手』を上回るほどの打ち手である。
 まして、かつては欧州最強とまで呼ばれた『炎髪灼眼の討ち手』が消え、その相方の『万条の仕手』が行方不明の今、彼は己が欧州最強と呼ばれても何ら不思議ではないと自負している。この自負は決して自信過剰なものではない。大戦での戦果も考えれば至極当然とも言えるもの。
 だから、そんな彼が多少は鼻が高くなっていても可笑しくはなかった。
 むしろ、典型的なフレイムヘイズとしてこれが普通のフレイムヘイズの姿とも言える。
 
「そうだ。俺たちに敵う``紅世の徒``はそうはいない」
「全然見ないよね」
「私たち強いからねー!」

 圧倒的速度を誇る鏃型の神器『ゾリャー』に乗っての高速戦闘をし、極光の翼を築き、攻守ともに優れている自在法『グリペンの砲』と「ドラケンの哮』の連続攻撃を必殺戦法とすれば、``紅世の徒``は逃げることは叶わず『極光の射手』の贄となる。
 この二つの自在法の前には多くの``紅世の徒``の屍が築きあげられてきた。その中には、``紅世の徒``の一大組織であった``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``が九蓋天秤の将もある。
 彼の戦い方は攻撃が最大の防御を地で行く自在法と共に空を駆けるもの。元来、そのような猪突猛進な戦い方では、いくら強いと言ってもいくら命があっても足りないものなのだが、カールの実力はそんな世間一般論を軽く覆す程に圧倒的だった。
 『極光の射手』が自分自身を強いと称しても、誰もそれを否ということができない。自他共に認める強さ。
 そこまでの強さを持っていれば、敵は畏怖するものだ。
 彼が縄張りとしている欧州では、彼の名はあまりにも広まりすぎ、弱小の``紅世の徒``は名を聞いただけで怯え、強力な``紅世の徒``は無傷で済まない戦いを避けようとする。
 その結果、戦いを愛してやまないこの男にとって欧州はつまらない場所となり得た。
 戦いを望んでいるのに戦えずにいる。

(俺の強さが招いちまったものはしょうがないが、戦えないのはちっとばっかしつまらない)

 自分を避ける``紅世の徒``に舌打ちしながらそう思った。
 罪深きは俺の強さか。
 高慢とも取れる考えの元でカールは思考する。
 カールが求めるのは血沸き肉踊る戦いではなく、``紅世の徒``の一方的な虐殺。カールが自分の全てを``王``に捧げる前、フレイムヘイズとなる切っ掛けになったのはやはり復讐心からである。
 人間であった時は、自慢の万人に好かれる顔で幾多の女性を公司として誑かしていたが、一人の女性と出会うとカールの心は変わった。
 カールにとって愛しの女性。

(強く、美しく。彼女の奏でた自在法もまた芸術であったな)

 カールが生まれて初めて愛した女性は、人間ではなくフレイムヘイズと呼ばれる異能力者。カールの持っていない力で``紅世の徒``をも魅了するその力強い存在にカールは惚れたのであった。
 ありとあらゆる感情をすっ飛ばして、稲妻が走ったかのようにカールはそのフレイムヘイズとの恋に目覚めた。
 どんな縁からだったのか、カールはそのフレイムヘイズの女性とそれとなく近づくことが出来るようになる。少しずつ、少しずつ、牛歩の歩みではあったが確実にカールとフレイムヘイズの距離は縮んでいった。
 一定の距離感になると、彼女はカールに``この世の本当のこと``を話した。それを話すに値するほど、彼と彼女の距離が縮まったということの証明。
 フレイムヘイズと人間では生きる時間が違うこと、生きる世界そのものが違うことをフレイムヘイズは優しくカールへと諭す。カールはその言葉の一つ一つに頷きながらも、それでも彼女と共に短い時間を過ごすことを告白する。
 フレイムヘイズはそのカールの告白に驚きこそはしなかったが、何度もそれでいいのかと尋ね、カールは尋ねられるごと真摯に返した。
 この一時、その一時がこの二人にとって幸せな時間であったのは間違いなく、復讐者であるフレイムヘイズもすっかり争いということを忘れそうになってしまうほどの、ほろ甘い時間だった。
 だったのだが、

(そうだ。忘れてはいけない。アイツらが彼女を殺したということを)

 フレイムヘイズが``紅世の徒``を殺すのも摂理であれば、その逆もまた摂理だった。
 自在師とまで謳われたフレイムヘイズは``紅世の徒``の前に散る。
 カールという片割れを残して。
 ``この世の本当のこと``を知っているカールが黙っていられるだろうか。そんな理不尽な現実に。残酷な結末に。
 ありえない。
 彼は強烈なまでに抱く。
 殺意を。
 この世界に限らず、この世の歩いていけない隣にまで届くほどの殺意を。
 そうして、また一人``紅世の王``と契約したフレイムヘイズ──復讐者が生まれた。

「極東なんかに来たのは、カールを知らない``紅世の徒``を殺すためね」
「また楽しい日常が私たちを待ってる……愉しみねー!」
「おう! 実に楽しみだ」

 この身を``紅世の徒``の返り血で染めてやる。
 カールは内心で舌なめずりをした。





◆  ◆  ◆





──人が魅せられるのはフレイムヘイズの奏でるその力だけではない。

 元人間だったフレイムヘイズに、自分も彼らのように強く成れたら、そう思って拳を強く握りしめた者も居ただろう。
 強さとは一つの魅力であることは、古今東西変わらぬ事実。強さがあれば、大切な人を守ることができるかもしれない。強さがあれば、それに魅せられた人物が自分に寄ってくるかもしれない。これらの幻想はとどまる事はない。
 幾つも思い浮かんで羨望しては、結局は叶わぬ夢であることを悟り、後悔をするのは眼に見えているとというのに。
 人とは夢をみる生き物である。それは愚かなことではなく、夢をみることはある意味では幸せなことかもしれない。目覚めてしまう夢だったとしてもだ。
 しかし、中には夢から目覚めることをよしとせず、後悔をしても諦めない者もいるのもまた事実だった。

──人が魅せられるのはフレイムヘイズだけではない。

 彼らと同様に存在の力を自由自在に操り、自らの夢を我侭に叶えようとする輩も存在する。
 フレイムヘイズとは基本的に敵対関係にある``紅世の徒``である。
 その刀匠は``紅世の徒``を偶然目にした。
 その強さを目にしてしまった。
 彼らの強さは、``この世の本当のこと``を知らない人間にとっては幻想的な世界だ。自在法という不可思議な現象は魔法のように見え、なんでも出来るのではないかという妄想をさせる。妄想はいずれ憧れへと変化し、過ちを犯すことも少なからずあった。
 刀匠の場合は憧れではなかったが彼らの強さには見事に魅せられた。

(あのような強き者にこそ我が刀を使って欲しい)

 職人として、自分の作品をそれに見合う人に扱って欲しいというのは正当の願望だ。
 刀匠と言う武器を取り扱う職人にとっては、それが最も強いもの、最も上手く扱えるものこそに使って欲しいという欲望になる。
 そして、彼は知ってしまったのだ。
 本来であれば、その扱う者は人間で十分だったのに、それを凌駕する存在が居ることを。不幸にも知ってしまった。
 一心不乱に彼は刀を打つ。
 最高の刀を、最強の刀を。
 いつしかそれを作るのに興味を持った彼らの一人が近づき、協力を申し出た。
 勿論、断ることなどするはず無く、その``紅世の王``を相槌に刀を打つ日々は続く。
 やがて彼の元に一つの宝具が完成する。
 ``紅世の王``は契約通り、その宝具が完成したと同時に刀匠を、隻眼鬼面を付けた人ではない``ミステス``へと変化させた。
 これは刀匠は望んだのだ。自らが、この作った刀『贄殿紗那』に相応しい人物を見極めると。
 こうして生まれた``ミステス``はその立会人となった``紅世の王``自らが日の本の神を用いてこう呼んだ。

──``天目一個``と

 ``天目一個``が求めるは強者。
 最初は兎に角、誰彼構わず襲ったが後に気付く。やはり人間では己の武器を渡すに値しないと。
 そうして彼は見つけた。一人の甲冑を付けた他を圧倒する存在を。




◆  ◆  ◆





「ここらで不可思議なことは起きてないか?」

 カールの姿に村人は訝しながらも、そういえばこんな噂を聞いたことがありますと恐々としながら答えた。
 
(人を斬る鎧武者ね)

 果たしてそれは``紅世の徒``による犯行なのかを検討する。
 怪しいといえばこれ以上なく怪しい噂ではあるが、この国の普通というのを知らないカールにはこの噂の異常性を見極めきれない。もっと極端な不可思議現象、人が誰もいない村が存在するなどがあれば確定的で、文化の知らない国でも``紅世の徒``による犯行と断言できるものを、と苦笑。
 とはいえ、他に有力な情報も無く、周囲に``紅世の徒``やフレイムヘイズの気配すらもないので、この噂を頼りにするしかないと判断し、行動しようとしたその時。

「わざわざ向こうからの出迎えとはね。恐れ入るな」

 隻眼鬼面の鎧武者が音も無くいきなり木の影より現れた。
 周囲に``紅世の徒``の気配がないかどうかを調べたばかりだというのに、そんなのを無意味だと言わんばかりの登場だった。
 雰囲気は人間とは程遠く、鎧武者が常のモノではないことを表している。

「カール、こいつは``紅世の徒``じゃないね」
「でも、フレイムヘイズでもないわよー!?」
「確かにそのようだ。が、しかし」
「私たちには関係ない」
「``紅世の徒``じゃないって言うなら、こんな雑魚には付き合ってられないわよ!」
「気配すら『感じられない』雑魚には俺にとっても用なしだな」

 それは完全なる油断だった。
 普通の手段では倒せないと気付いた時には時すでに遅く、警戒心を最大にし、己の最強の自在法を用いたものの鎧武者は一本の刀で平然と振り払い、そのまま……
 
 
 


◆  ◆  ◆





 カールの失踪から一年の間、鎧武者は己の欲望を満たすものを見つけられずにいた。
 僅かな可能性の元、人間にも手を出したりもするが、全くもって話しにならず。むしろ、ますます強者への想いは強くなっていく一方であった。
 そんな時だった。
 一つの巨大な存在の力の気配を察知したのは。それも自ら``天目一個``の方へと向かってきているではないか。
 ``天目一個``はこれ幸いとこの巨大な存在の力の主へと力を試すことを決行する。
 忍び寄るわけでもないのに、静かに素早く、目標へと近づいていく。
 そして``天目一個``は旅人風の青いローブを着た軽装の男に『贄殿紗那』を振りかざす。

第三十七話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 迂闊だった。
 警戒を怠っていた訳ではない。
 いつも通りに気配をできる限り悟られないように薄く儚くし、物音や周囲にだって常に気を張り巡らせてはいた。俺の大本の生まれ故郷である日本とは言え、四国へは一度も来たことがなかったから、慎重に行動はしていたはずだ。
 それでも、接近を許してしまったという事実は覆らない。
 土佐で早速、『極光の射手』の情報を得ようと人間の気配を辿り、幾人かに聞くと、実際に見たという人物に会うことが出来た。
 西洋かぶれの甲冑を来た男だったからよく覚えていたらしい。
 カールさん、そりゃあ未だ鎖国で武士が徘徊する中で西洋のような分かりやすい別物の甲冑を着てたら目立ちますよ、もっと考慮してくださいな。
 あまりにも都合のいい展開にお調子づいて、こともあろうにあの『極光の射手』にダメ出しするほど気分が良かった。思ったよりも早く消息が掴めそうで気持ちが高揚してしまっていたのだ。気持ちは分かってほしい。
 リーズもこの時は『しょうがないわね』と言いながらちょっと優しげな視線を俺に向けるぐらい、ほのぼのとした空気だったんだから。
 とは言っても、たった一人の目撃情報、ましてやそれが一年以上も前のものとなると、他にも多数の情報を見つけない限りは消息はつかめない。あくまでも、一番難しいと思われていた第一歩を踏めたにすぎない。ここからはリーズを人目から隠しながら、俺が地道に人伝えに消息を探すしかない。
 リーズはともかく、俺は未来人的な立場とは言え、日本人だからさほど怪しまれずに済むだろうと考えた。これは、もしかしたらすぐに消息が掴めるのではないかと甘く考え、厄介事に巻き込まれる危険性を無視してでも、速度を重視した結果だった。
 おそらく、結果的にはこれが失敗だったのだろうが怪我の功名で``紅世の徒``の気配を見つけることが出来たのも事実だった。
 一箇所では有力な情報を得られないので、もっと範囲を広くして情報を集めようと、周りの村の人間の気配を探そうと、少し集中した時に違和感を感じる気配があった。
 数にして五つ。
 同じような性質の気弱な存在が感じられた。
 似たような気配は珍しいものではないのだが、全く同じというのはありえないのだ。
 存在の力は人の個性や姿と同じように、人それぞれが完全に別物であり、同じものなど通常はありえない。
 もし同じような個性と姿を持つもの実際に見たら少なからず違和感を感じるのと同じで、俺にも似たような現象が起きた。
 つまり、ありえない現象がその場に起きたということ。
 ありがたい事にありえない現象というのはとても分かりやすい。人間には到底不可能なことが起きたのだから、逆に考えて、人間以外には引き起こすことが出来るであろう現象が起きたと認識することが出来る。
 ``紅世の徒``かフレイムヘイズによるありえない現象が。
 
「五つの同一人物。確実に自在法の類と考えるべきだろうな」

 五つ内、三つはかなり近いところに存在があるので、警戒を最大限に上げる。いつ戦闘が起きてもおかしくないので、戦闘服である青いローブを着て、いつどんなことが起きても対応できるような体制になる。
 偶然なのか、ここは山の中の唯一の細い道だというのに人通りが少ないので、リーズも人目を気にせずに、盾と槍を構えて守りの姿勢に入る。

(偶然……と考えるよりは、ここに誘動されたと考えた方がいいか)
(楽観は死に直結だもんね。私は常に楽観的に捉えるように努力してるけどね)
(だから、ウェルの言葉はいつも俺にとっては意味が無いんだな)

 俺の慢心のせいで、最初から不利を強いられてしまったのだ。三つもの同一存在が近くにいるという不自然さも考えると、すでに敵の術中である可能性もある。
 相手がこちらに気付いていないと言う可能性もあるし、フレイムヘイズなら戦闘を避けられる望みだってあるかもしれないが、この場ではウェルの言うとおり楽観的に捉えるよりは最悪の事態を想定する方が理にかなっている。
 幸い、今感じれる``紅世の徒``の存在の力はかなり少なく、五つの全ての希薄な存在の力をかけ合わせても俺に到底及ばない。
 弱小の``紅世の徒``の可能性もある。
 無論、俺のように存在の力を薄くバレないようになるべく隠蔽しているのなら、この予測は全く当てはまらない。存在の力の総量を欺いているとも限らない。
 数ある憶測が飛び交う。
 相手の力量、人物像、立場。どれもこれも戦闘を有利に運ぶには知っておくに限る情報だが、やはりそんなことよりも、

「リーズ、いつでも逃げられるように準備しておくように」

 どんなことよりも逃げることが最優先。
 戦わずに、怪我をせずにいられるならそれに越したことはない。
 勝利は名誉や栄光を手にすることが出来るのかもしれないけど、同時に危険も手にすることにもなる。勝利して討滅した``紅世の徒``の知り合いや組織が報復に出たり、変な名が売れて知名度が上がって、追い掛け回されたり。
 勝利が良いことばかりではない。
 敗北は考えるまでのない。
 死が目の前に転がってくるだけだ。
 それに比べ、引き分け。痛み分けと言う意味の引き分けではなく、戦わずに終わると言う意味に引き分けはいい。双方共に現状維持状態。保留状態。恨み言も妬みごとも一切なしだ。

「分かってるわ。分かってるけど……敵は弱そうじゃない? これなら私にだって」
「弱そうじゃ駄目なんだ。絶対に弱いって保証があるなら、リーズだけで戦ってもらうのも吝かでもないんだけど」
「ふむ、未情報の相手に立ち向かうのは、危険だから、というところか?」
「つまりモウカはどんな相手でも臆病風に吹かれてるということよね」
「間違いじゃないねー。書く言う昔にも」
「昔話をしている暇はないよ。俺たちに気付いているのはほぼ確実だ。近づいて来てる。それもさっきまで近かった三つだけじゃなくて、囲むように五つ全てで」

 実を言えば現状はそこまで最悪の状況ではない。
 俺が想定した最悪は俺が気配も察することが出来ずに、相手の全力の奇襲を受けること。これに関して言えば、偶然とは言え相手の気配に遅れながらも気付けたのは御の字だ。
 ただ、ここで問題になるのは俺に気付いたから奇襲を止めたのか、それとも奇襲する気自体が端から無かったのか。ここに到るまでの成り行きが重要だ。
 これが分かれば、相手の性格と性質を見極めることも出来るかもしれないのだが、圧倒的な情報不足だ。予測は立てられても見極めることが出来るは出来そうにない。反対に変な憶測は、相手の予想外の行動に出た時に隙となるので考えないほうがいいだろう。
 それでも一つだけは分かる。

「敵も慎重な人物のようだ」
「……なんで、そんなの分かるのよ?」
「俺の知っている``紅世の徒``やフレイムヘイズで慎重じゃない奴は、敵が誰だろうがなりふり構わず突進してくるよ」
「ちょうど私たちが探している『極光の射手』みたいな奴らのことね」
「ふむ、``紅世``においても思慮が足りんのが多いからな」
「私も貴方に会ってなければそうなっている自信があるわね」

 首を縦に振って納得をするリーズ。
 どこか開き直っているようにも見えるが、きっと気のせいじゃないだろう。
 どこからその良くもない自信が出てくるのかは知らないが、俺も納得するぐらいリーズは考えなしであるのは確かだ。
 バカとかアホとか、天然だとかじゃなくて、浅慮。考えることをあまりせずに、本能のまんまに動くタイプなんだろう。
 フレイムヘイズに限って言えば慎重なようのほうが、希少種だったりするので、笑い事ではないんだけど。
 浅慮な奴が多いわけじゃない。『正面から戦って勝てばいい』と考える奴が多いだけだ。猪突猛進バカが多いというのだろうね、こういうのは。
 どちらにしろ、俺から言わせれば浅はかで、死にたがりにしか見えないが。

「ここは一つカマをかけてみるのもいいかもしれないな」

 敵が慎重な性格であっていれば、こちらと向こうで実力差があれば、慎重な敵のことだ戦闘を避けてくれるかもしれない。
 これは、俺のほうが存在の力が大きいことが前提ではあるが、戦闘を避けるのには逃げるに匹敵する有効な手段であると思う。
 敵のほうが存在の力が大きく強いと『思われる』なら、俺なら一目散に逃げる。
 俺の場合は、今みたいに敵の存在の力が低かろうが、逃げるの一択、戦闘回避の一つ覚えなんだけどね。存在の力が少なくても、リャナンシーのような自在師だったりすれば、厄介なことこの上ないというもの。

「『嵐の夜』の知名度で脅すということよね」
「惜しいが違う。『嵐の夜』は使えないよ」

 あれは周囲に人がいなくても、文字通り嵐を起こすのだから予想以上に目立ってしまう。だからと言って、この間のような小規模にしてしまえば『威厳』がなくなり、『脅し』になりえない。それに、俺のことを知らなければ、自在法の無駄遣いにもなり得る。その場合はしっかり逃げ切れるだろうが、このあとの日本での行動がかなり制限されると言える。
 あまり使いたくない手だ。
 これに対し、存在の力の開放なら、ここに来るまで全く``紅世の徒``の気配を感じなかったことからも、国内に``紅世の徒``が非常に少ないと考えられる。最低でも、九州・四国間においては。
 となれば、目の前に居るのが唯一の``紅世の徒``なら、逆に存在誇示だけで、向こうが去ってくれるのではないだろうか。何かしらの使命や野望があり、すでに計画に出ているのなら、それは無理だろうがその場合は最終的にはぶつかるのだ。それは今の状況となんら変りない。
 自分を大きく見せて、相手が怯えて消えてくれるならそれで良し。それが無理で、ぶつかり合うのなら四国は諦めよう。
 諦めて『嵐の夜』で確実に逃げてしまおう。
 四国を諦めるとなると、『極光の射手』の探索は難航極まるが……しょうがない。命と比べたら背に腹は代えられない。

「ならどうやって?」
「こうやって、さ!」
「久しぶりの全力全開だね!」

 普段は身の内に隠している存在の力を、これでもかと我侭に、大胆に自己主張をする。
 俺はここに居るぞ、どうだ強いだろとハリボテの脅し。
 これで敵が引いてくれば、万々歳なんだけど。
 相手の位置を精密に計算して、動きを正確に図ろうと、先ほどまで感じていた五つの存在に集中する。
 まだある。
 動かない。様子を見ているのだろうか。
 少し遠ざかった……か?
 上手くいったのか?
 そう考えた時、リーズがいる反対側。存在の力の察知に集中していて、死角となっている左側から、

「も、モウカさん!?」

 リーズが初めて俺の名前を呼んだことが、分からないぐらいの激痛が俺を襲った。





◆  ◆  ◆





 後に、``仮装舞踏会(バル・マルケ)``の構成員であり、捜索や情報収集の担当を司る兵種の捜索猟兵(イエーガー)である、当時日の本において失踪事件を任されていた``聚散の丁``ザロービは、五つの体とトレードマークの五色のスカーフをそれぞれ着けて自身の身に起きたことを、人生で最大の修羅場と位置づけた。

 ──``紅世の徒``の失踪は、``紅世の徒``に限らずフレイムヘイズにも及んでいた。それも``紅世の徒``とフレイムヘイズの両者とも決して弱小とは言えない、実力者すらも無抵抗に殺されている。その内、一人は自身の最大の自在法を活用したにも関わらず、自在法を物ともしないどころか、術者ごと斬ってみせた。
 これはザロービ自身が見たことではないが、不思議な光を刀が斬ったとの情報で判断する。この時の様子を、熱烈と語った人間の様子からも証拠として十分と判断するに至った。
 その後、失踪事件の犯人であると思われる人物が現れた周辺を調査しているところに、巨大なフレイムヘイズを認知した。
 自己主張の激しく、ザロービの過去の経験では最も巨大な海色の存在の力にザロービは畏怖し、戦線の離脱を図ろうとしたところに奴が現れる。
 気配は全く感じられないのに、その雰囲気から分る存在感。まさに異物といったそれは、``紅世の徒``でもなく、フレイムヘイズですらないことを即座にザロービは理解する。
 これらのことからザロービは、失踪事件はこの異物、おそらくはミステスであろう物の犯行であることを確信した──

「つまらんな」

 自身の執務室にて、右目に眼帯をした三眼の妙齢の女性、``仮装舞踏会(バル・マルケ)``の軍師であるベルペオルは報告書に一瞥して呟いた。

「信憑性も何もかも不確定だらけではないか」

 書かれていることが事実だとすれば、これは勲章物の仕事ぶりだった。
 だが、実際には書かれていることがどれもこれもが簡単に信じられるようなものでもなく、信じさせてくれるようなものもなかった。
 しかし、と彼女は前置きをし、

「頑張った部下には褒美をやらねばな。なに、これをまた策へと昇華されるのには面白味は感じる」

 これは私の娯楽のようなもんだがな、とベルペオルは愉快気に一人笑った。
 彼女にとってはこれはまだ遊びの範疇。
 彼、ザロービは駒にすぎない。それも所詮はポーン程度の。
 ``紅世の徒``の間では、ベルペオルの策によりこのミステスの話は半信半疑に広がった。
 今、その真相を知っているのはたった二組のフレイムヘイズと弱小な一人の``紅世の徒``のみである。

第三十八話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 隻眼鬼面の鎧武者が俺に一太刀入れる姿が、一瞬一瞬が細切れのような時間でとてもスローに明確に見える。
 これがスーパースローってやつか、貴重な体験だな、うん。なんて言う余裕こそはないものの、思う余裕だけは残されているこの数瞬は、俺にとっては万の時間にも値するほど長い時間だった。
 懐かしきは死の体験というところだろうか。
 嫌だな。こんな体験はもうしたくなかったというのに。その為に逃げて、その為に生きる事にしがみついていたのに。これではまるで無意味だったみたいじゃないか。
 こんなにもあっさりと、数百年ぶりの感覚に襲われるなんて、夢にも思っていなかったよ。
 痛いのは嫌いだし、怖いのも好きじゃない。
 平和と安全をなによりも愛するのに、なんでこんな目に遭うんだろう。
 本当に嫌になる、この世の中。
 ただフレイムヘイズの世界に限らず、生と死は必ずつきものであり、始まりがあれば終わりもあるのは宇宙の真理とも言うべきものだ。半永久的存在のフレイムヘイズもその理に漏れることはない。
 常日頃から、この世界は弱肉強食であることを知っている俺は、好みが弱肉に入る方であることも正しく理解はしていた。
 その上で、生きる術を必死に模索した挙句に『死から逃げる』の結論に至り、危機から身を離すために『逃げる』という手段を用いた。
 間違っていた選択ではなかった。この選択を選んだからこそ、今まで生きてこれたんだと胸を張れるし、俺の本当に目指すところの平和な日常は未だに手に入れていないのだから、それを手に入れるまでは生きていたい。というか、むしろそれを手に入れてからこそ生きていきたい。
 あ、だったらこのまま死ぬ訳にはいかないじゃないか。
 鉄と鉄がぶつかり合う音がしてから、すぐに音を追うように痛みが脳へと伝わってくる。
 左の脇腹がとても熱く、身体を多少動かしただけでも痛みが全身に伝わる。痛みは尋常ではなく、早く気絶してしまったほうが楽に思え、それが甘美な響きなのだがここで気絶する訳にはいかないと、必死に意識を保つ。
 倒れそうになる体に鞭を打ち、脇目に見える刀を持った恐ろしいやつからなんとか距離を取る。

「だ、大丈夫だ」
「大丈夫には見えないわよ!」

 我ながら消え入りそうな声で、よくもいけしゃあしゃあと大丈夫なんて言葉が出たなと思う。
 リーズの少し甘い優しい声の響きでさえも、左の脇腹の怪我に響きそうだ。そんなことはさすがにないとは思うが、そう思わせるほどに痛かった。
 こんな状態でも思考を保っている自分に驚きながらも、冷静に逃げるを事を考える。

「ふむ、早く逃げたほうがよかろう」
「どうやって逃げるのよ?」
「ウェル……」
「炎弾くらいはできると思うけど、『嵐の夜』を含む、繊細な自在式が必要な自在法は出来ないよ。モウカは今意識保つので精一杯なんだから」

 手っ取り早く『嵐の夜』で引き上げようと考えたのに、ウェルはそれは不可能だと否定した。
 ウェルの言っていることは珍しく正しい。今の俺の状態では思考を保ち、立っているのがやっとであるのは間違いない。本当は痛くて痛くて、泣きたいんだ。本当に打たれ弱いんだから……でも、事態がそれを許してくれない。
 隻眼鬼面の見るからに怪しい雰囲気を醸し出している何かから、なんとか膠着状態を保っているに過ぎない。
 口々に「──強者、望む──」とか言っているが、そんなのは俺は望んでいない。そういうのは俺の役目じゃなくて、欧州一位を名乗っていたりした『極光の射手』とかにしろよ。何を勘違いしたのかしらないが、俺は強者じゃない!
 ここに断言しよう。
 だから俺を逃してよ、ね?
 心内でそう愚痴るも届いているはずもなく、また言っても見逃してくれないのは、あのリーズの刀とは違ってすごく切れ味のよさそうな刀を構えていることからも予想できるけどさ。

「……ああ、どうしてこうなっちゃったのかな」

 どうしようもない後悔が口に出る。
 どうしてこうなってしまったのだろうか。たぶん、最も戦場では口にしてはいけない言葉かもしれないが、これぐらい身の内から吐き出さないとやっていられない。

「だから、日本行きは嫌だったんだよ」
「なに? この状況に面して愚痴? 弱気? そういうのって最低だと思うわ」

 リーズから心抉るような正論を俺に言う。どこか非難めいた声色を含んで。
 肩を貸してもらっていて、こういう事言うのは……最低なんだろうな。でも、許して欲しい。過去に幾度も命の危機があったといえども、本当に死の淵に立たされたのはこれで四度目。内二度は本当に死んだようなもんで、残りの二度は奇跡の生還のようなものなんだ。
 あの大戦でだって、俺は致命傷は負ったことはない。それどころか大怪我すらもしなかった。小さな怪我はいくつもあったし、泣きたくなるような場面は数多くあったけど、本当の意味で死が迫ったのは今回は初めてだった。
 本心では、もう二度とこんな目に遭うまいとしてたのに。
 
「反省も後悔も後にして頂戴。それよりどうするのよ」
「逃げたいけど、リーズは戦える?」
「貴方に傷一つ付けられないフレイムヘイズが相手になると思う?」
「ふむ、それにあの者、強者を求めているようだからの。我が契約者では些か力不足じゃないか?」
「モウカだって十分力不足だよ。ね?」
「ああ、全くその通りなんだけどな」
「──我、強者、求む──」
「ほら、相手してあげなよ、モウカ」
「だから、俺は違うって! ぐっ」
「馬鹿。大声出しちゃ駄目じゃない。もう、世話が焼けるわね」

 リーズがそう言って、自在法で作った鉄で傷口を強引に塞ぎ出血を抑えた。
 正直、硬いのが痛い。せめて、その着ている服の裾とかを破って止血じゃないのか。
 行為自体はありがたいので、甘んじて鉄の塊を受け付けるけど。
 こういうやりとりをしながらも、ジリジリと交代していき、距離を開いていく。
 まるで熊にあった時の対応法みたいだなと、我ながらの苦肉の策に苦笑する。
 というか、一撃加えたんだから、分かるものじゃないのか。俺が強いかどうかなんて。どうやって俺が強いかどうかを判断してるかしらないが、どうにか俺が弱いことを証明して、去ってもらうか。
 もう一つは……逃げるしかない。
 逃げる、しかない。
 ……逃げたいな。
 逃げて早く傷の手当てをして、この生々しい痛みとはおさらばして、剣と自在法の世界からもバイバイしたい。
 あと一歩、もう一歩、さらに一歩、もっと一歩。
 本当に少しずつ、少しずつだが距離を取る。隻眼鬼面の鎧武者は、こちらが飛び掛ってくるのを待っているのか、未だに刀を構えたままで、襲ってこない。
 はて、おかしい。これは一体どういうことなんだ。
 疑問が思い浮かぶものの、これ幸いとどんどん距離を離していく。

「──我、刀匠なり、我──」

 そこから始まったのは、自白だった。
 この鎧武者がなぜこうなったのかを示すヒントがあるであろう、語り。
 だが勿論、俺にとっては、

「今だ、逃げるぞ!」
「りょーかーい」
「言うと思った。貴方はしっかり捕まってなさいよ」
「ふむ、彼の者の過去を知れるまたとない機会で名残惜しいが去るとしよう」

 こうして、謎の危険な鎧武者、辻斬りとの邂逅は意外とあっさりとした膜引きであった。

「──我、逃げる者、追わず──」

 去り際に聞こえた、その声はどこか寂し気だった……気がする。





◆  ◆  ◆





 鎧武者から和船まで逃げた後、俺は傷の治癒のために身体を横にして安静にした。
 傷は思ったより深くはなかったが、出血が酷く、なんとか布で縛って止血をする。消毒することも出来ないので、傷口から入ってくるであろう細菌に対しては、ウェルが定期的に『清めの炎』で身体を清めて、いい状態を保つ。傷に対しては、存在の力が人間より並外れているフレイムヘイズなので、治癒能力が高いので、自然治癒に任せた。
 その横になっている間。リーズが甲斐甲斐しく世話をしてくれたのは本当に助かった。フレイムヘイズは特に食事を必要としてはいないが、気力の補充という点では食事は十分な意味を持つ。
 
「どう美味しい?」

 少し自信の見える笑みで、優しく俺に聞いてきた。
 美味しいとは言えない生の野菜に塩を振り掛けたものだが、食べられないことも無いのでまずくないと無難に答える。
 美味しくないと言っているようなものだが、リーズはその言葉を聞くと『そう、じゃあ次はもっと美味しい野菜を取ってくるわ』としっかり言外の意味を理解して答えた。
 農家の人には済まないと思いながらも、もっと美味しいのを作ってくれと俺は自分勝手に鼓舞した。
 リーズには料理という概念はないのか疑問に思ったが、口には出さない。世話になってるから文句は言えない。だけど、せめて怪我が治った後、少し料理を教えたほうがいいなとは思う。
 俺も特別出来るわけではないが、さすがに煮る焼くして、簡単な炒め物やスープの類は出来る。
 サバリッシュさん辺りなら、世界各国の料理とか教えてもらえそうだ。
 こんな目にまであわされたのだ。一つ二つは、俺の我儘を聞いて欲しい。リーズが旅先で美味しい料理を振舞ってくれれば、さぞかしこれからは楽しい旅になるだろう。
 でも、そうすると材料にも拘らないといけなくなるな。
 ……そうだ。それはドレルに頼むとしよう。こんな危険な目にあう可能性があって送り込んだのだ、いくら未来のユートピアの為とは言え、この代価は大きい。足りない分の代価は現金で払ってもらうか、何れ繋がるであろう各地の外界宿から名産品を集めてもらおう。
 それがいいな。
 
(さて、そろそろ反省会だな)

 一日目には、昨日までの直視したくない現実から逃避するように、明るい未来を想像し。まだまともに身体を動かせないが出血が止まった二日目には、現実を見つめる。
 こうやって熟考する機会は多いが、せっかくつい最近に貴重な経験を出きたのだから、それを生かさない手はない。

(別に過去に無理に向き合わなくてもいいのに)
(それじゃ駄目だろ。同じ目にあわないようしないと、いつか死んでしまう)
(そう言われると、私も真面目に考えないと駄目かな。モウカにはまだ死んで欲しくないし)
(嬉しいことを言ってくれるじゃないか)
(え? だって、モウカほど面白い生き方して、無残な死に方しそうな人いなさそうだし。今はまだ、モウカで楽しみたいかな)

 ウェルに感動して、少し出た俺の涙を返して欲しい。
 たまには、心温まる言葉をかけてくれてもいいじゃないか。
 そうは思うものの、こいつがこいつらしいことを言うのが、どこかホッとする自分がいるのを否めない自分が憎たらしい。
 声に出して反省会をしないのは、今は夜。俺もいい加減、怪我を負っているとは言っても寝疲れて、もしくは寝すぎて目を覚ましてしまったからであるのと。
 リーズは付きっきりで看病してくれていて、疲れたのか俺の足を枕がわりに寝ているから。太股部分とは言え硬いのによく寝れるものだ。
 お互いに旅用のござのようなものを敷いているので一応ざこ寝ではない。
 すやすやと幸せそうに寝ているリーズを起こしてしまわないように、考慮した結果、音にならない声で反省会をすることにした。
 反省会、とは言うものの一方的な俺の反省にすぎない。ウェルには何かを求めるようなことをしても、まともな答えは返ってこないのは知っているので、俺が一人で考え、反省するだけ。
 一応、形の上ではウェルも参加しているので反省会だ。
 
(実は反省することも決まってるんだけどね)
(どんなこと?)
(やっぱりね、相手を脅すというのは良くなかったよ)

 どこか甘えた考えがあったんだろう。
 こうしたほうが楽だと分かった瞬間に、いつもの警戒心や慎重さが欠如してしまった。
 誰しも、楽な道があれば楽な道を選びたくなってしまう。俺にとっては、あのとき``紅世の徒``に対して行った行動は、逃げるための手段ではなく、ただその場を助かるためだけの偽りの平穏だった。その場しのぎ。この後のことを顧みない、あまりにも危険な行為。
 それが楽な道に見え、選んでしまったことが、今回の鎧武者による死の危機を招いてしまった。
 あの時、それこそ己の存在を誇張するなら、自在法を使って逃げるべきだったのだ。
 『嵐の夜』を使えば、自分の力を相手に思い知らせることも出来たし、逃げることも出来た。もしくは、リーズと協力して一点突破による逃げに徹すればよかった。
 思えば、この旅自体、どれもこれもが俺らしくないものだった。
 ``紅世の徒``に気付くのが遅れたのもそうだが、それ以上に日本に来るという選択を選んだこと。
 俺は選んだ時こそは、明るい未来に生きるためだと言ったが、結局それは俺の力の本質とは違った選択。却って真逆。攻めの姿勢。
 自分自身の手で未来を掴みとろうとする、逃げという後ろ向きとは逆の方向である前向きの方向性。
 この選択が間違っていた。
 俺は勘違いしていたんだ。
 自分が思ったよりも長く生きて、自分にはある程度の力があると。少なくとも大抵の敵から生きながらえる力も付いていると。
 調子に乗っていたんだ。
 やはり名を馳せることが出来たことで、メリット・デメリットを考える冷静な部分とは別に、心は嬉しかった。男にとっては一つのロマンのようなものだから、しょうがないといえばしょうがないが、それでは長生きは出来なくなる。
 
(俺に出来るのはやっぱり逃げること。逃げて逃げて、死から逃げること。生を掴みとるんじゃなく、しがみつくんじゃなくて、死から逃げる)

 もう一度、心を引き締めなくてはいけない。
 俺がなぜ『不朽の逃げ手』であると言われるのであるのかを、理解しなくてはいけない。
 俺が今まで、どうやって生きてきたのかを思い出さなくてはいけない。
 
(そうだよ。モウカはそうやって──)

──愉快に逃げ惑う姿が、私にとっては一番魅力的だよ

 ケラケラ笑うウェルの声を聞きながら、俺は再び眠りにつき、次に目を覚ましたら、身体はだいぶ楽になっていた。
 出血が止まり、まだ体は重いが寝たきりからは解放された。
 身体を起こした俺の姿を見て、ある程度落ち着いたのが分かり、ホッと胸を撫で下ろす動作をしてから、俺に尋ねる。

「気になってたことが一つあるんだけど、いい?」
「うん、なんでも聞いてくれ。答えられる限りは答える」

 ちょっとした恩返しのつもりで。

「あの鎧武者に斬られた時、もうだめだと正直私は思ったのよ」
「ふむ、それは我も思った」
「なのに貴方は平気だった。それに、その時に」
「鉄の音が聞こえた、か?」

 リーズの疑問は尤もだった。
 俺もあの時は、身体の上半身が下半身に別れを告げるとばっかし思っていた。だというのに、実際には平気だった。平気……じゃなかったが、死にはしなかった。
 その理由はリーズも聞いていた、鉄の音。

「これ、だよ」

 青いローブを取り出し、その鉄の音の原因を見せる。
 見事に真っ二つになって、元来の使い方などできなくなっているその鉄の塊。

「なんだ。じゃあ貴方の命の恩人は私みたいなものじゃない」

 かつて、リーズと初めて出会ったときに貰った不器用な刀が真っ二つになっていた。

「全くその通りだ」

 危機一髪の所で命を救われてばっかしだ。
 死に直面する己の不運に嘆くべきか、それでも生きていられる悪運に喜ぶべきか、俺には分からなかった。
 だが、この時の俺は知る由もなかった。
 この後に俺に船がないという不運が降り掛かる帰ることを。

第三十九話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 ``螺旋の風琴``リャナンシーは遠くは``紅世``、近きはこの世界においての最高の自在師である。彼女の織り成す自在法は、彼女の存在の儚さとは比べものにならない程の効率性と効果性を生み出すことが出来る。かつて、その優れすぎた力によって``王``に目を付けられ、啼くことしか出来ぬ鳥籠の中の鳥へとなってしまったが、今はその籠から自ら飛び出し、この世界を一つの目的を達成するために飛び回っていた。
 過去に響いた``螺旋の風琴``の名を隠してでも、その一つの目的を達成しようとしていた。
 その目的には大きく人間が関与している。
 鳥籠に捕まえられるよりも、更に昔の話。それは、自在に存在の力を操り、小さい存在の力しか持っていないのにも関わらず強大な``紅世の王``にも引けを取らないはずの彼女が、捕まってしまった原因となる話。
 一人の人間の男性に恋慕の感情を寄せていた我侭で、天真爛漫だった``紅世の徒``の話である。
 人間の美術家、絵師ドナートと人間を喰らい生きる``紅世の徒``リャナンシー。古くはこの二人の恋物語が、彼女の今の生きる全てとなっている。
 そんな彼女が、その自在法を編み出したのは必然ともいえる結果だった。

「『封絶』? それは自在法の名だよね?」
「そう。是非とも広めて貰いたい自在法の名だ」

 ユーラシア大陸は極東部に位置する中国の地にして、二人にして四人と一人が長い歴史のあるシルクロードの道を歩いていた。
 ここからヨーロッパにある外界宿にいる『愁夢の吹き手』ドレル・クーベリックに、今回の件を直接問い正すべく、モウカは日本からなんとか和船で中国へと上陸し帰路に着いていた。
 彼が少し遠回りになるシルクロードを通っているのは、単に彼の趣味である各地の観光がてらであった。日本ではまともな観光も出来なかったので、せめて中国ではという思いからの行動だった。
 シルクロードは今も定期的に貿易に使われていたり、多くの旅人が利用することからも、なかなかに整備された道のりで、今までの道無き道を行く隠れ身の旅とは違ってかなり楽な旅になっていた。これは、道がいいだけでなく、人が通ることからも宿屋が一定の距離感であるのも理由の一つであった。
 人が多い分、``紅世の徒``との遭遇率やら、厄介事に巻き込まれる危険性の高さも無視出来るものではなかったが、今回の旅に限って言えば強力な旅のお供がいることからも、モウカは比較的安心してシルクロードの道を堪能していた。
 その度のお供は、リーズは当然の事ながら、モウカに全く存在を気付かせずに現れた、モウカの唯一の``紅世の徒``の友。``紅世``最高の自在師である。
 モウカは、どこから湧いたかも分からない友がいきなり現れて、先の経験から心臓に手痛いダメージを受けつつも、暫くの時を一緒に旅をするのを笑顔で歓迎した。
 リャナンシーは武闘派とは言いがたいが、あらゆる自在法を使いこなせる彼女がいれば、逃げることも容易いという心算の基でモウカが許可したことは、リーズはもちろんのこと、リャナンシーも理解している。
 
(分かりやすいフレイムヘイズではあるのだが)

 あらゆる情報に飲まれ苛まれているモウカという人物は、真実の姿を見つけるのも、そしてその思考を正しく理解するのも難しいフレイムヘイズではあるのだが、分かって理解さえすれば、これほど分かりやすいフレイムヘイズもいないとリャナンシーは思う。

(その噂に違わぬ程度の実力も持っているわけだ。そうではなくては、こうも長生きは出来まい。本人は否定しているが)

 『不朽の逃げ手』が強いわけではないことを過去の邂逅でも知っている。それと同時に、弱いだけのフレイムヘイズではないことも。
 そんな不可思議なモウカへのリャナンシーの評価は、我が友人に次ぐ愉快な思考の持ち主である。
 内心で、友人とモウカが同列に並べられていることをモウカが知れば、顔を真っ赤にして否定するだろうことをリャナンシーは想像して、心の中だけで笑う。
 心の中で笑っていることなど、おくびにも出さずにリャナンシーはモウカとの会話を続ける。

「かの私の友人が開発し、私が昇華させた自在法なのだが、興味はあるかな?」
「あるさ。だって自在師で有名なその二人が関わったならね。ただ、前者の人物の自在法という時点で少し怖い……」
「あの``王``の自在法には悩まされ続けたもんね」
「私も被害者よ。そのキチガイの」
「ふむ、我もだな」

 モウカとリーズは共に、どこか遠くの思い出を思い出すかのように、遠くを見つめる。ウェルからはやれやれといった雰囲気が言葉からも滲み出ていた。
 この一連の仕草だけで、この一行があの``王``と浅からぬ関係を持っていたことを知らせている。
 リャナンシーはそんな彼らに苦笑だけをして、多少強引に話を進める。このままだと彼らのトラウマスイッチが入って、話が進まなくなる可能性を恐れての判断だった。

「友人のことはさておきだ。この自在法に危険性はない。いや、むしろ安全性に特化しているといえばいいか」

 リャナンシーは言葉を巧みに選ぶ。
 モウカがより興味の持つ方向へと、自ら率先してこの自在法を宣伝してくれるように誘導しようとした。
 当然、モウカはそんなリャナンシーの思惑など知らず、安全性に特化という言葉にこれでもかというほどの喰い付きを見せる。

「乗った! その話乗った!」
「ちょっとモウカ! そんな簡単に決めて問題ないの?」
「この人は本当に『安全』だとか『平和』なんていう安い言葉に釣られるわよね」

 リーズは「はぁ」と自然に溜息が出る。言葉には呆れ以外の成分は含まれていない。
 ただ、リーズはだからこそ彼らしいとも思う。
 ここまでの愚直さこそが長生きをしてきた秘訣であるのは、百年の付き添いで証明されていた。
 そして、彼女はそんな彼の相方であり、良き理解者である。自分以上に彼を理解できている人間はいないであろうとも思っている。
 だからこそ、彼女の次の行動は、

「全く貴方は単純なんだから。それでその『封絶』とやらはどんな自在法なの?」

 モウカに同じく、リャナンシーの言葉に釣られてやることだった。
 そもそもモウカより頭が回らないことも、頭がよくないことも分かっているリーズに、モウカの行動を否定したり、妨害するという選択肢は存在しない。
 どうしても気にくわない時のみ、口を出す程度だった。
 リャナンシーはモウカとリーズの言葉を聞き、心得たとばかりに首を縦に振る。

「では、言葉で説明するよりも先に実演したほうがいいだろうな」

 リャナンシーは一度目を閉じて、呟く。
 『封絶』と。
 地面には深い緑色の火線の紋章が引かれ、リャナンシーの付近から炎の壁が現れ、三人を包む程度の小さなドームを形成した。深い緑色の混じった世界がドーム内に構築され、深い緑色の炎が舞い散っている。
 まるで現実と隔離されたような世界であり、モノが時が止まっているように見えた。
 それも一瞬のことで、瞬きをしたら元の世界へと戻っていた。
 モウカたちがその一瞬の出来事に呆然としている最中、リャナンシーは少し使いすぎたかと反省の言葉を零してから、自信に満ちた声で彼は言った。

「これが『封絶』。フレイムヘイズと``紅世の徒``、そして人間の有り様を大きく変化させるかもしれない、自在法だよ」





◆  ◆  ◆





 海色の火線が地面に現れドーム型に世界が覆われる。先ほどのリャナンシーが構築したものに比べ、大きさは比べるまでもなく大きく、自在式は非常に荒かった。それでも簡単に形を成すことが出来た『封絶』という自在法はリャナンシーの言う通りに、誰でも簡単に出来ると銘打てる代物だった。
 海色の炎の散る世界の中で、モウカは改めて周囲を見渡して唸る。
 風で靡き聞こえるはずの木々の囁きもなく、風の音もない。遠くに見える人は動く気配を見せずに、止まっていて、時間の止まった世界のようだった。

「封じて、絶するか」

 漢字で書けば、なるほどとても分かりやすいとモウカは吐露した。
 本来の世界とは絶され、封鎖された世界。それがこの『封絶』の世界。
 モウカたちはそれを身をもって、感嘆と一緒に感じていた。

「その通り。この『封絶』内では、元の世界との隔離を可能として、隠匿と修復を行うことが出来る」
「隠匿は分かる。つまり、この世界で動けるのは俺たちだけ」

 眼の前の光景を見れば動くことが出来ているのが自分たちだけであることは、モウカも認識できている。
 止まっている彼らの意識はどうなっているかは分からないが、少なくとも認知は出来ていないことは目に見るよりも明らか。止まった時間を把握できる者はいない。仮に出来る者がいれば、それはきっと人間を止めた何かだ。

「それは私にも分かるわ。でも、修復って?」

 開発者であるリャナンシー以外が持つ疑問をリーズが口にした。
 モウカもそのリーズの疑問に、首を縦に振って同意の仕草をする。
 リャナンシーはその疑問を当然のことだと受け止め、良い質問だねとリーズに賞賛を送ってから、どこか楽しそうに疑問に答え始めた。

「では、リーズ・コロナーロ。そこの木でも貫いて見せてくないか?」

 リャナンシーの言葉にリーズは「お安い御用よ」と肯定して、一振りの鉄の槍を手に出現させる。
 女子の筋力ではとてもじゃないが、振り回すことも持ち上げることすら出来ないであろう大きさと重量を見た目からも分かる重槍だったが、リーズは軽く持ち上げ、槍を木へと容赦無く投げ込む。
 結構な速度で飛来する槍は、見事に木の幹の中心を貫き、ポッカリと丸い穴を作る。大量の葉と枝を芯を失った木が支えらられるはずもなく、めきめきと音を立てながら木が倒れる。
 その様子をしっかりと眺め、リーズはモウカに振り向き、どうよと自慢気な顔を見せる。
 その顔にモウカは、フレイムヘイズの師として褒めてやればいいのか、それとも自身の自在法『嵐の夜』を使えば木なんて軽く薙ぎ倒せるという現実を教えてやるべきか悩むが、見て見ぬふりをすることに決める。
 リャナンシーは木を倒すまでのリーズの動作や鉄の生成の自在法の様子を目を細くして見つめ、倒れた木を見て、「ほう」と感心し、リーズの成長を見て取る。

「それでは修復をお見せしよう」

 そう言ってリャナンシーは人差し指を空に向けて突き出す。
 すると、指の先にモウカが封絶を作った際に溢れ、無駄になったと思われる海色の存在の力が収束する。一度収束した炎は癒すように木の周りへと近づき、木を元の形へと戻した。
 その光景はまさに修復というの名に相応しいものであった。

「ふむ、素晴らしき光景だな」
「なるほど、確かに修復だ」

 フルカスは賛美の声を、モウカは納得の声をあげた。
 リーズはその光景に目を奪われ、ウェルは感嘆の声を漏らす。
 リャナンシーは彼らのリアクションに満足しながら、どうかねといった視線を無言で送る。
 モウカはその視線を受け取り、思ったことを口にする。

「『封絶』という自在法の意味は分かった。さっきリャナンシーが言った通りだね」

 フレイムヘイズと``紅世の徒``、そして人間の有り様を大きく変化させる。この言葉にモウカは得心を得ていた。
 
「この自在法によって、フレイムヘイズと``紅世の徒``の争いは今後は人の目に映ることはない。それどころか」
「時や場所を選ばず戦えるようになるねー。それこそ、モウカの『嵐の夜』が人間に気を使わなくなるように」

 モウカの言葉に続けてウェルが答える。
 その二人の言葉に、リャナンシーはその通りだよと肯定の意を示す。
 モウカに限らず、元より人の目につかないように、人の世に干渉しないように生きてきたフレイムヘイズにとっては、うってつけの自在法であった。この自在法によって人間への``この世の本当のこと``に対する隠秘性はより高まることは想像に難くない。
 これは流行る、とモウカは確信する。簡単に習得でき、なおかつその有用性の高さを考えれば、この自在法が主流になることは時間の問題だろうとモウカは考える。

「いくつか質問があるわ」

 リーズが手を上げてリャナンシーに質問を提案し、リャナンシーはそれを無言で促す。

「封絶内の修復ってどの程度まで可能なの?」

 リーズらしい単純な質問ではあったが、意外といい質問だった。
 モウカもその質問の答えに興味があり、自然とリャナンシーに目線が行く。
 リャナンシーは教え子の質問に答えるかのように、優しく微笑んでから、質問に回答する。

「魂無き物から生きているモノの修復までは可能だ。ただ、トーチとなったものの人間の復元は今のところ不可能だ」
「建物や人間の修復まで出来るのか。木みたいな生き物を修復できるのだから、当然と言えば当然なのかもしれない」
「微妙な境界線だね。でも、人間も修復できるのは予想以上の効果だよね」
「そうね。あと、もう一つ。なんで、私達なの? これほどの自在法なら別に」

 この話に飛びつくものはゴマンといるはず。
 リーズの最後の問いに、先ほどまでの優しい微笑みが消え、リャナンシーは少し自嘲気味に苦笑しながら言う。

「私は……友人が少ないからね」

 他人事とは思えないモウカは、リャナンシーと共に遠いどこかを見つめた。

第四十話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 メリットとデメリット。リターンとリスク。利益と損害。頭の中で張り巡らされる思考の輪の中では、常にそれらを考えている。損得を図るというのはいかにも人間的な思考であるのだが。何故だろうか。それを考えずに行動するフレイムヘイズは多い。
 彼奴らの頭は実に直情的。それは愚直という言葉が実に似合うほどに、真っ直ぐな奴らなわけだ。彼らの目指す先には、栄光だとか地位だとかの人間にとって価値のあるものがあるわけではない。
 あるのは『勝利』と『復讐』のみ。
 潔い考え方とも言えるのかもしれない。
 俺にとっては高尚な考え方である。
 利益とは『勝利』であり、勝利とは『復讐』である。損害は存在せず、『敗北』というなの死が待つのみ。負けが死というのも極端な話であるのは承知しているが、俺に限って言えば間違いではない。
 俺の中の心持ちでもある。
 『逃げるが勝ち』なんて言葉があるが、まさに俺の人生そのものを謳っているようではないか。辞世の句、モットー、座右の銘に当てはまるだろう言葉だ。
 なれば、フレイムヘイズの本来の利益と俺の利益では異なってくるのも当然。俺はいつだって損害の方に目を奪われるのだから。
 目先のリスクを考えれば、復讐どころか戦うことすら出来ず、戦った上のデメリットを考えれば、逃げることしか考えられない。
 今回もまたそんな選択肢やら、判断が必要になってくる。
 そう、全ては逃げて平和に、平々凡々で安全な生活を手に入れるために。

「封絶は、確かに優れた自在法だ。これは間違いないね」
「うん、私もこれほどの自在法は素直に賞賛するよ。空間の隔離なんて、それこそ格違いの自在法」

 この自在法の真にすごいことは、誰でも扱えるといったキャッチコピーだ。全世界の``紅世の徒``やフレイムヘイズの共通の自在法と言えば、俺ですら扱える『炎弾』以外には考えられない。フレイムヘイズに限って言えばそこに『清めの炎』『達意の言』が並び立ち、``紅世の徒``には『人化』の自在法が存在するが、それを含めたとしても僅か四つしかない。
 この封絶が、五つ目に入り込むと言えばどれほどの偉業であるかは、語らずも分かる。それも、他の2つと比べた際の自在法の高度は圧倒的に高く、それなのに自在式は簡易にまとめられている。
 ``紅世``最高の自在師の名に恥じない仕事ぶり。天才の二文字以外に当てはまる言葉のない自在師だ。
 つくづく敵ではないことにホッとする。

「でも、だからと言って俺が広めるかどうかは別の話だ」

 さっきまでの軽い雰囲気を吹き飛ばすように、少し重くした声で俺は言う。
 いくらリャナンシーと俺には先ほど得た、悲しい親近感があったとしても、判断を鈍らせてはいけない。
 日本での経験を思い出せ。
 もっと目を凝らし先を考えて、今を見ろ。
 この『封絶』の話はあまりにも旨すぎる話だ。
 リャナンシーがおそらくは冗談で他に教える相手がいないと言ったのは理解できる。彼女には彼女なりに、俺に接触することへのメリットを考えていたはずだ。聡明な彼女が、自身の偉業を自慢したいがためだけに自在法を俺にみせるはずがない。
 一番に考えられるのは、俺を介してフレイムヘイズに広めるのが最も手早いと考えたから。
 フレイムヘイズ内において『不朽の逃げ手』の名は、残念ながらにそこそこのものを誇ってしまっている。それに、俺の名だけなく、今もネットワークを広めている外界宿を使えば、更に封絶の認知度は高くなるだろう。
 そうすると、外界宿にあらゆるメリットが生まれるのは明白だ。
 『封絶』という革命的な自在法を世界へと広める役割を務めることによって、外界宿が一つの歴史を刻むことになるのだ。
 これはドレルはもちろんのこと、後の平和を勝ち取りたい俺にとっても有益な話だ。
 俺自身が何も広める必要はない。外界宿が広めれば結果的には、俺にも利益が回る。俺が直接手を出さないことによって、これ以上の知名度の上昇も抑えられるだろうし、これが封絶を広めるための最善の方法だろう。
 これは意図的に封絶を知れ渡した場合の話であり、これほどの自在法はそんなことをしなくとも世界中に知れ渡るのは時間の問題なのは承知済み。
 危険な橋を渡らないどころか、目にも留めない行動を重視するなら、下手に手を出さないのが無難なところだろう。
 たとえ、目の前に転がっている平和への足がかりと言う名のメリットを無視してでも、だ。
 
(俺自身が広めることへのメリット・デメリットはデメリットよりもメリットのほうが多い。だけど、それだけじゃなくて、この自在法の存在がどう影響するかも考える必要がある)
(慎重だね。いつにも増して慎重だよ、モウカ)

 馬鹿みたいに慎重だ、と嘲笑するかのように言う。
 おどけた調子のウェルとは違って、俺は真剣に言い返す。

(慎重にもなるさ。あんな出来事の後でもあるんだから)

 痛い思いはもう懲り懲り。
 痛い思い出を作らないためにも、熟考は大切だ。
 まだ、過去のことを思い出と言える余裕があるだけマシなのかもしれないが。

「勿論、無理にとは言わない。君には余計なお世話だったかな」
「いや。リャナンシーの言うところの、安全性についても理解できた。さっきはああは言ったけど、広めることには特に異論はない。それに……言われた通り、安全性には特化しているよ。この自在法は」

 フレイムヘイズにとってではなくて、人間にとって、だけどね。言葉にせずに胸中で呟く。
 この自在法におけるフレイムヘイズ最大の利点は、もう人目を気にして戦う必要がなくなること。封絶一つ張ってしまえば、外部からの余分な干渉を防ぎ、内部はフレイムヘイズのための戦場へと早変わり出来ること。
 これ自体のメリットは俺にも十分に当てはまるものであるのは間違いないのも確認済みだ。
 となると、重要なのは封絶の対策方法。
 パッと思いつくデメリットは、目立ってしまうこと。
 人の目には分からなくとも、俺たちのような異端者には、封絶を張りドーム型のバトルフィールドを築いてしまえば外から丸分かりとなってしまう。分かった所で干渉はできないのだが、逃げを第一とする俺には大問題だ。
 居場所がバレてしまうことも、問題ではあるのだが、内部から外部へと逃げる時により大きな問題が発生する。
 外部の情報を内部からも察知できないことから、外で待ち伏せされ、連戦なんてことも起こりえるのではないかと一考する。
 実際に封絶が流行り、誰もが戦闘をする際に形式的に張るようにならない限りは、こんな懸念など必要ないのだが、俺は流行すると睨んでいるし、なってから対策を考えてからは手遅れとなることだってあるのだ。
 ……なんて、先の展開を予測した所でどうなるわけでもないし。俺がそこまで正確に未来を読めるとも思えない。全く考えないのにも問題はあるが、結論のでない考えは無意味だ。
 なら、単純に。それこそシンプルに俺が考えることは、封絶を張られた時の対策と、張られないようにする対策の二つ。
 考えることは多そうだ。

「それなら任せてもかまわんか」
「俺が断ってもね、連れがさ」

 さっきから何度も封絶を張ったり消したり、修復をしたりと忙しない相方のフレイムヘイズを横目に見る。
 顔は新しい玩具を手に入れたかのように、生き生きした笑顔をしている。
 リーズは、今までほそぼそとした地味な自在法ばかりだから、空間系の自在法を扱う感覚を楽しんでいるのだろう。
 気持ちはわからないこともないが、そろそろ止めたほうがよさそうだ。

「お気に召したようでなによりだ」
「いや、リーズのこと抜きにしても感謝するよ。それにようやく、貴女が俺の元に来た理由の一つも分かったことだし。何よりも最初に俺の元に、『封絶』を教えてくれたことの意味が、ね」
「さて、なんのことやら。私は単に、広めてもらおうと思っただけだ」
「本人がそう言うなら、そう言うことにしとくよ」

 広まると確信している自在法を、わざわざ俺の元に教えてくれた友。
 友達って本当に大切だよね。





◆  ◆  ◆





 西欧へと向かうのにシルクロードの道から逸れるため、リャナンシーとは別れを告げる。最悪な出会いの次には、最高の再会があった、此度の中国の旅は有意義なものだった。
 その最高の再会をしに来てくれた友の気遣いにも答えるためにも、俺は封絶が広まる前になんとしても対策を考えなくてはいけない。
 一に内部から脱出した後の外部との問題。
 内部は『嵐の夜』によっての強引な脱出が主な方法になるだろう。``紅世の徒``と正面切って立ち会うことになったら、この方針自体に変化はない。封絶が張られる、張らないといけないという状況になること自体が、すでに俺にとっては最悪な状況なので、そうならないように立ち回るのが一番の対策か。
 だが、外部の情報をどのように手に入れるか。
 外は外で中の様子は見えないので、敵がいても対応しきれないかもしれないが、最初から『逃がす』作戦だったり、内部にいる時に外部から内部を丸ごと攻撃されるなんて手段に出られればひとたまりもない。
 封絶内部にいる時に、即座に外部へとスムーズに逃げ、外部の接触も封じる手段が欲しい。
 ニに封絶そのものを張られないようにする。
 これが一番の対策といえる。
 封絶を張られない状況を作ることもそうなのだが、いざ、敵が封絶を張ろうとした時に防ぎ、なおかつこちらが有利になるような状況を作りたい。
 実は言うと、これに関しては一つ考えがある。だいぶ昔から、考えてはいたのだ。
 俺の持ち得る自在法には、敵の自在法に対抗する術がない、と。
 これは教授や、俺のように空間を支配するような巨大な自在法を使う敵にはとことん免疫がないことになる。相性でなんとかなることはあっても、それは運でしかない。
 まあ、教授は対策を考えた所で、どうにもならないことの方が多いけど。
 しかし、それでも対策を考えずにいられないのが、生きるために必死な俺だ。全ての自在法の対策を考えることも、対抗しうる自在法を編み出せなくとも、出来る限りの力を注ぐ。
 そうやって考えて生まれた理論が、相手の自在式を一時的に無効化とすること。
 自在法は基本的には自在式というモーターを使って発動させる。そのモーターである自在式がなくとも、非常に燃費が悪く、要領も得ないながらも、存在の力で無理矢理に自在法を発動させることも可能ではある。
 だが、やはり大規模で、優れた自在法には自在式が存在する。
 かの教授の発明においても自在式は確認されてるし、今回の課題になっている封絶にも自在式が存在している。
 自在式が確認されていないものでも、自在法と成すための媒介があったりするものだ。
 例で言うなら、『万条の仕手』ヴィルヘルミナさんが自在に操る白いリボンを使った自在法などがそれの代表格だろう。
 つまり、多かれ少なかれ自在法を扱う時には、それの要因となる元が存在する。
 その要因を妨害することによって、一時的にでも自在法を封じるというのが俺の考えた方法だ。
 ここまではずっと前から理論的には完成していた。この自在法もほとんど完成状態であり、あとはどういった形で敵の自在法を封じるかだけが問題だった。
 自在式にも色々と変わった刻み方がある。
 俺のように頭の中で構築するタイプもあれば、先ほどのようにモノを媒介にしたタイプもある。
 だが、どう考えても頭の中で構築される類のものは、相手の思考を妨害するという手段以外は考えつかなかった。超音波のようなものならあるいは、と思いついてやってみたのだが、

「全然ダメじゃない。それに超音波って何のことか分からないけども、私の身には何も起きないわよ?」

 実験に参加していたリーズは、呆れ混じりの声でそう言った。
 実物タイプには効果が現れなかった。そもそも、超音波自体もあまり上手く発生させられなかったのも、原因の一つだが。
 自在法は、自在だなんて言葉があるくせに、一癖も二癖もある。
 使用できる自在法はある程度、契約している``紅世の王``の性質に左右されてしまう。必死の努力や力尽くで、出来無い事もないのかもしれないが、その代価に見合った自在法が完成するとは言い難い。
 リーズはその手に持っている槍と盾こそが自在式を埋めこまれ、自在法により構築されたものである。一つの物として存在させている。
 あの鉄を使えないモノへと変える。
 
「……ん?」

 眉間に皺を寄せて、その鉄の塊を見る。そして、頭の中では手をポンと叩く。
 大きなヒントを見つけた。
 これなら俺とウェルの属性的にも問題はないし、他の自在法との組み合わせも可能だ。
 ただ……

「これだと、物理的な自在式の妨害のみか」

 封絶を未然に防ぐ、という最大の課題はクリアはしたが果たして。
 やはり、万事に対する備えというのは、中々に難しいものだった。
 それでも無いよりはマシ。超音波などという不確定のものよりは、目に見える結果を優先したい。改良の余地はあるだろうが、この自在法で行くことにする。
 
「となれば、あとは実験あるのみだ」
「決まったの?」
「一応ね。リーズのおかげになるのかな。その鉄の塊で思いつけた」
「どんなものなの?」
「それはね……まだ内緒だ」

 新しい自在法が日を浴びる日が来ないことを祈って、その自在法の構築に着手した。

第四十一話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 この欧州の地から、古き故郷日本へと不本意ながらも赴き。その赴いた地で、史上最悪の危機と、不幸に巡り合ったものの、生には見事にしがみつことに成功する。
 帰りの船がないと聞かされ、ドレルに一言物申そうと、再び欧州の地へ返り咲くために中国はシルクロードの道を辿った。その道中に数百年振りに、本来では決して手を取り合うことの出来ぬ``紅世の徒``の友人と再会した。
 そこで教わったのが封絶だった。
 封絶への対策に頭を悩ませながらも、真っ直ぐにドレルの居る外界宿へと歩み、数ヶ月というのんびりした旅をした。
 そうして帰ってきた西の地、西欧に。
 長かった。帰ってくるまで本当に長かった。
 俺のここまでの旅は涙無くしては語ることは出来ないし、ウェルの笑い声無くしては語れないだろう。
 山越え、谷超え、海渡り、死地を跨ぎ、生死を彷徨った。
 生死を彷徨ったのは、ちょっと過剰描写な気がするけど、いいんだ。これぐらいの脚色をしてなにか問題があろうか。いや、ない。少なくとも、あの地へと強制的に向かわせたドレルには文句を言わす権利はない。
 ドレルは黙って俺の話(愚痴)と文句を聞いて、それ相応の物を対価として寄越すべきだ。食べ物ならよし。金貨でも喜んで。
 と、古汚い机の上に幾つもの書類を載せているドレルの執務室で、本当にそう言った。そうしたら報酬として、しばらく野盗紛いの事をしなくて済むようにと、金銭の援助と食糧の補助をしてもらうことになった。
 要望が素直に通って拍子抜けしたのだが、ドレルが言うには最初からそうする予定だったとのこと。
 それはつまり、俺が帰ってきたら報酬を渡す予定だったのか?
 疑問を口には出さなかったのだが、俺の表情から察したのか、ドレルは理由について簡単に教えてくれた。

「外界宿はフレイムヘイズのための組織。金銭面の援助や、その他の支援などをする予定だったのは君も知っての通りだろう。これもそれの延長線上のことだと考えてくれ」

 報酬を貰ってしまっては、文句も言いづらくなってしまう。けれど、報酬を貰わずに文句を言ってずらかるのも、どうかと思うし、ならばと素直にその報酬を頂いたのだが、非常に文句の言いづらい状況になってしまった。
 いやね。どうしても文句が言いたいかといえば、対価が貰えたんだから別にいいか、なんて気持ちもあるんだ。我ながら安いとは思うが、目に見える得があれば拾ってしまうものだろう。
 それに、

「こちらに不手際があってすまない……」

 心のこもった謝罪の言葉を聞いてしまっては、文句など言えないじゃないか。
 そういった行為をされてまで糾弾できるほどの地位や勇気を持っていないし。何よりも、結果的には命を失ったわけじゃないからね。
 俺もかなりおかしな部類に入るとはいえ、フレイムヘイズの一員。自分の行く先々に危険が待ち受けていることこそ常であり、覚悟だってある。直視したくない現実ではあるんだが、さすがにこの俺とて現実からは逃げることはできない。せいぜい目を逸らせるだけ。
 目を逸らせば一時的に平穏は保てるかもしれないが、その後に待っているのは生との永遠の別れ。本当に生き残りたければ、確りと現実を見て『逃亡』を達成するしかない。
 故に俺は目の前の現実とは毎日戦っている。

(という風に言うと、逃げてるだけなのにカッコよく聞こえるから不思議だね)

 ドレルの封絶拡大化の詳細を語ってくれているのだが、俺は封絶の対抗策をリャナンシーの先駆けのおかげで生み出している。なので、あまり話に興味がなく、ドレルの話を話半分にウェルに話しかけてみる。正直な話、そういう込み入った話は俺ではなく、副官とかにしてくれと思う。俺はなるべく関わりたくないのだし。
 リーズは久しぶりのこの外界宿に、どうやら気に入った場所があるようで、俺のことを置いてすたこらと行ってしまった。
 ドレルが言うにはここが欧州最大の外界宿──にしたらしく、規模はなかなか大きいので雰囲気のいい場所の一つや二つはあるのかもしれない。

(私には必死に『逃げる』行為をカッコよく装飾しているようにしか見えないよ)

 語尾には人を馬鹿にしているような笑い声と共に、ウェルは軽やかな声で言った。最後には、だけどそこがモウカらしくて実にいいよ、最高だよ! と褒められてるのかどうか判断しにくい言葉を残して。
 いや、ウェルが発声源なんだから、この場合は前提材料を考慮せずに、俺をからかっていると判断するのが妥当なところか。
 経験を元に、ウェルの言葉の意味を紐解いていると、

「だが! 予期せぬことが起きた」

 ドレルが急に声を荒らげて、強引に自身に注目を集めようとした。
 俺とウェルはいきなりのことで、訳が分からず『は?』と気の抜けた声を出してしまう。
 その言葉が引き金となり、俺とウェルが話を聞いていない証明となった結果、ドレルの契約した``虚の色森``ハルファスが耳に触るような高い声で、怒りを顕わにする。

「もーっ、なんなのこの二人! 全然ドレルの話を聞いてないじゃない!」

 その言葉は否定できなかったが、興味のない話を延々と聞かされるのは、こちらとて遠慮したいところだった。報酬を得た今、他にやりたいことは特にはないけれど、長旅から帰ってきた後なので少し落ち着きたいところだ。
 だというのに、ドレルときたらずっと話ばかり。世界情勢の大切さ、情報の大切さは身に染みてはいるけれど、今は急を要する時じゃない。そんなのは暇な時間な時にでもやればいいんだ。
 ……今が暇な時間と聞かれればそうかも知れないけど、とりあえず気分ではないので後に回して欲しい。
 俺は言葉には出さずとも、顔にそれらの思いを浮かべていた。所謂、不満そうな顔。

「ハルファス落ち着いてくれ。すまなかった。そちらも旅の後だというのに、こんな長話を。ただ、早急に小耳に挟んで欲しいことがあって、このような話をしてることは理解して欲しい」

 極めて真面目な表情でドレルはこちらを見た。
 早急に、なんて言うぐらいだから想定外の問題が起きたのは間違いないことだろう。
 それを俺に話すということは……え、まさかとは思うが、また俺が何かしなくちゃいけなかったり、問題解決に俺を当てるなんて事はないよね。
 そんなことなら俺は逃げるよ? この場から全力で。

「早急に、ね」

 それでも、話だけは聞いとくべきだ。
 もしかしたら、重要な情報がそこにはあるかもしれないし。問題というからには、問題となっている場所もあるはずだ。逃げるにしてもその場所を聞いて、避けやすくしてからでも遅くはあるまい。
 早計は死を早めることに繋がりかねないからね。

「封絶のフレイムヘイズへの使用推奨の件に関しては、先ほどまで話した通りだが」

 俺たちはあまり聞いていなかったわけだが。
 彼の契約した``紅世の王``にまた怒られかねないから、俺は横槍の言葉は口にしない。
 今も『聞いてなかったくせに』『ドレルのこと無視してたくせに』と恨みがましく言っているし、これ以上の刺激はよくないのだけど、こういった状況を彼女が見逃すはずが、

「私たちは聞いてなかったけどね」
「クーッ! ドレル!!」

 ないよね。
 絶好のからかう相手が目の前に転がっているのに、時と場合と人(?)を選ばないウェルが我慢できるはずがなかった。
 あーあ面倒くさい、と俺は思わず頭を抱える。
 これでは一向に話が進まないので、お互いに苦労しているなと顔を見合わえてから、俺はウェルに黙っているように言い、ドレルはもう一度ハルファスに落ち着けとなだめた。
 場に静寂が戻って、ドレルが咳払いをして話を再開する。

「幾つか問題がある。一つは君にも協力をしてほしいところなんだが……そう嫌そうな顔をしないでくれ」

 協力の文字を聞かされて瞬時に嫌な顔を浮かべてしまったようだ。
 それもしょうがないだろう。というか、そもそもの要因は目の前の人物のせいだ。俺は何もしなくてもいいはずだったのに、日本へと半強制的に飛ばされて……
 駄目だ。また話が戻ってしまう。
 ウェルに我慢しろといっておいて、俺が出来なかったら支離滅裂だ。ここは顔に出しても、言葉にはせずにドレルに先を促す。

「``海魔(クラーケン)``と言えば、君なら理解してくれるかな」
「……まあ、ね」

 俺が日本へ、しいては海を渡ることへ渋った理由の一つである``海魔(クラーケン)``の存在。
 海を縄張りとする``紅世の徒``の通称であることは、いいとして彼奴らは人間の船を襲う。時には形振り構わずフレイムヘイズがいても襲ってくるが、彼らも馬鹿じゃないのでフレイムヘイズが船に乗っていれば大体は見過ごすらしい。最近知った常識である。
 俺はてっきり、水の中に住んでた時の常識から、襲ってくるもんだと思っていたのだが、そうではなかった。中途半端に知ってたので、正しい情報を知ることが遅れてしまった。反省せねば。
 どおりで日本の往復の経路では遭わなかったはずだよね。
 フレイムヘイズが居れば、あまり襲われず、居なければかなりの確率で人間の船が襲われるという事態を無視するには、やや多きすぎる問題だとドレルは言うのだ。
 そこで、近年囁かれているのは彼らの殲滅戦をしようとの話。
 その話を俺に振るのは納得の出来ることだ。
 俺の力と特性を生かせば、海上戦はほぼ制することができるだろう。イレギュラーが起きない限りは。
 それに、この話も悪い話じゃない。
 俺自身も海の上を自由に行き来出来るようになるなら、行動の範囲は自然と増えるし、海上戦自体も俺はただ自在法を使って安全圏にいればいいだけ。殲滅戦と称するなら、それなりのフレイムヘイズたちも集うだろうから安心と言えば安心かもしれない。
 それでも俺は保守的な考えの元にドレルには、考えとくとだけ返事をしておく。
 俺の返事に頷くと、次が本命なのだがと前置きをしてから、眉毛を八の字にし不機嫌そうに言う。

「予期せぬ事態。口に出すのも腹立たしい出来事が起きそうになっている」
「腹立たしい出来事?」
「そう。遠からず、いや、近い内に起きると私は見ている」
「もーっ! なんで皆してドレルの邪魔をするのかしらね」
「しょうがないことだよ。それにこれは、封絶の拡大にも決して無視できない出来事だしね。予期せぬ事態とは──」





◆  ◆  ◆





 大航海時代は、だいたいルネサンスと同時期に起きた世界の大変動の一つだ。
 俺がこの世界へと逆行した十五世紀も、その大変動のまっ最中ではあったのだが、俺は当時から生きるためだけに必死であり、今以上に余裕もない頃だったので、周りを見ている余裕もなく、特にこれといって歴史を垣間見る機会もなかった。
 ルネサンスは一言で言えば宗教革命であり、大航海時代を一言で言えば新大陸の発見だ。そう、かのコロンブスが発見したというアメリカ大陸の発見はこの頃の出来事だ。コロンブスと言えば、コロンブスの卵の話でも有名だろう。
 彼は元々はインドへの別ルートの発見のために航海に出ていたのだが、その折に偶然にも新大陸を発見しまった。その為に原住民は、初期はインドだと思っていたコロンブスたちがインドにあやかってインディアンと名付けられた。
 原住民からすれば、その名も不名誉であるし、新大陸などと言われるのも侮辱に値することだろう。原住民が怒らないはずもない。そして当然、そんな原住民の中にもフレイムヘイズは居た。
 古くは``紅世の徒``を神と敬い、神(``紅世の王``)と契約して神の使いと自らを名乗り、大地の子を守ってきたと自負する強大な力を持つフレイムヘイズだ。
 彼らが自分たちが守ってきた子らを侮辱されて、怒りを顕わにしないはずがないのだ。
 だが、人の世の流れに関与することはフレイムヘイズとしては、禁忌に当たること。
 フレイムヘイズは``紅世の王``と契約したことで、人間を超越する異能者であるのだが、契約の際に人間の世の理から外れることを条件の一つとしている。契約者は己が一生の全て``紅世の王``に与え、捨て去る。つまり、人間社会との完全な死別と同義なのである。
 それに例外など無く、例外など許されない。
 俺の知らないほどの過去は分からないが、少なくとも今は禁止されている。
 よって彼ら、アメリカに古くからいるフレイムヘイズは、我が子のために人間社会へと牙を向くことを許されず、他のフレイムヘイズたちの懸命な説得により、彼ら不承不承ながらも牙を削いで解決した……はずだった。
 ドレルが言うには今は一発触発の危険な状態だというのだ。
 一体何がきっかけで、沈静化していたことがぶり返したのか。

「一人の人間の懇願、とでも言うべきなのか。詳してくは、まだ把握していない」
「人間が助けてくれ! って、命を捧げたらしいわよ」
「命を……ねぇ」

 考えさせられる出来事だ。
 アメリカで起きたインディアンとの諍いは現代では、白人と黒人の差別という形に変わって、未来でも社会問題でもなっていた出来事。
 未来でこそ、そう言った問題はデモなんていう形で比較的平和的な抗議になるのだが、いまはそうはならない。もっとっ直接的に、暴力的に解決しようとしかねない。
 そして、その先導に立ちかねないのが、彼ら神とまで呼ばれたフレイムヘイズたち。
 俺は彼らの心情など知ったこっちゃない。
 だが、彼らが人間との戦いに出て、アメリカ合衆国を潰す行動に出るならば、同じフレイムヘイズが止めなくてはならない。
 その様子を第三者から見れば、ただの身内同士のいざこざ。
 全くもって馬鹿馬鹿しいこと。
 世間一般的には身内の恥さらしとも言うべきこと。
 俺はドレルの言葉を聞いて、やれやれと言った感じに呟く。

「ああ、これだからフレイムヘイズってやつは……」
 
 嫌なんだよ。
 無論、俺のこの言葉の後にはウェルの口から『モウカもその一員でしょうが』との正論が飛び出すことになった。

第四十二話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 十九世紀末。フレイムヘイズにとっては、最悪の事柄がついには起きてしまった。フレイムヘイズの誰もが避けようのないことだと分かってもいたことでもあった。
 俺がその話を聞いたのが約半世紀前であり、俺が思ってたよりは状況が持った印象があるものの、やはり起きては欲しくなかった出来事。
 南北アメリカの地で古来より神と謳われたフレイムヘイズ、『大地の四神』の反乱である。
 神と呼ばれるだけあってその力は強大であり、他のフレイムヘイズとは一線を画した特異性の持つフレイムヘイズである。
 古来より、と言うように彼らの歴史は長い。本当の年数を俺は知らないが、俺がこの世界に逆行した頃には、フレイムヘイズの基礎知識としてウェルに教わったことがあることからも、最低でも三百以上の時は生きていることは分かるだろう。
 三百とは理屈上の数字で、実際には千歳は軽く超すだろうと俺は見ている。他のフレイムヘイズらが彼らに寄せる非常な尊崇の念を考えれば、千の時を生きると言われても簡単に信じられるというものだ。
 フレイムヘイズの実力を簡単に推し量るには、生きた年数が一番分かりやすい目安であるため、彼らの実力を想像すると背筋が寒くなる。俺のような例外もいるがこの際は置いておく。
 尤も、『最古の』なんて呼ばれ方をするフレイムヘイズも居ることから、『大地の四神』は彼らに比べたら若いのかもしれないが。
 アメリカに旅立ったことがないので『大地の四神』とは、面識がないものの『最古のフレイムヘイズ』とは、一度だけ面識があったりはするのだが……うん、その『最古のフレイムヘイズ』の破壊力は、背筋が寒くなるの言葉だけでは全然甘く。背筋が凍りつく、むしろ背筋が氷河期と言ったほうが正しいのかもしれない。それほどまでに圧巻の光景であり、圧倒的な戦闘力であった。
 その彼らに追従する力を持つとされているのだから『大地の四神』も十二分に化物だ。神などと呼ばれている時点で、察しろよと言われるかもしれないけど。
 言葉や文字だけで表せるような彼らの実力じゃないが、数値に表すならフレイムヘイズ百人分の力と言えば、想像しやすいのではないだろうか。このフレイムヘイズたちは、俺のようなひ弱な者でも、ましてやひよこのような生まれたばかりの者たちでもない。
 厳しい戦いを生き残ってきた猛者と言われる類のフレイムヘイズ百人分の力。
 たった四人のフレイムヘイズに猛者百人分の力が内蔵されているのだ。空恐ろしいなんて次元は超えている。彼らに反乱される側の人間が哀れに見えてしまう。人間など、彼らにすれば蟻以下のような存在の持ち主なのだから。
 人間の強さは銃器などを使った戦闘力だけではないが(ドレルに言わせれば組織力だとかになるだろう)、あまりにも大地の四神とは存在そのモノの差がありすぎるのだ。人間の抵抗は無意味と化すだろうことは分かりきっている。
 被害は人間だけじゃない。
 人間の作った物も見境なく破壊され、住んでいた場所は跡形もなく消えさってしまう。
 こんな事態が歴史の表側に出てしまえば、一大事。その事態を防ぐためにも、百を超えるフレイムヘイズが現地へと飛んだ訳だが。

「リーズ、紅茶淹れてー」
「……はあ、いいわ。ちょっと待ってて」
「よろしく」

 俺は飛ぶこと無く、欧州の外界宿の一角に居座っていた。それも結構偉そうにふんぞり返りながら。これが今、俺のすることである。
 強さ関係なしにフレイムヘイズの多くは欧州に居る。当たり前だが、その数多い中でも強者に値するフレイムヘイズは一握りである。
 フレイムヘイズの数に比例するように``紅世の徒``の数も多いのが欧州だが、有名なフレイムヘイズがいるだけでも``紅世の徒``の暴走の抑止力になる。普段はそうやって、欧州の平和──俺としてはそれでも危険地帯だと思ってる──は守られているのだが、今はそうはいかない状況にある。
 数少ない猛者たちは、大地の四神の暴走を止めるために、アメリカと渡ってしまっている。
 それも彼らを説得するために行っているのだから、大地の四神とも縁深い者たち……つまりは古くより共闘している猛者たちが行ってしまっていることになっている。
 結果、今の欧州には選りすぐりのフレイムヘイズは極僅かであり、残っているのも生まれたてのひよこばかり。
 まして、アメリカで起きているのはフレイムヘイズ同士の喧嘩。そこに``紅世の徒``が関与する意味はない。``紅世の徒``からすれば、勝手に欧州からアメリカへとフレイムヘイズが渡って、なんだか知らないが欧州ががら空きになったように見えるだろう。
 これをチャンスと思わない``紅世の徒``はいない。
 しかし、フレイムヘイズとして、``紅世の徒``の欧州での暴挙を見過ごすわけにもいかない。
 今の状況とは、欧州で``紅世の徒``を抑えなくてはならないのに、アメリカの同胞の暴走も抑えなくてはならない板挟み状態であった。
 誰がどう見ても危機的状況である。
 だが、ドレルはこの状況を危機とは捉えず、好機と見た。ピンチがチャンスとはよく言うもので、ドレルは『こんな時だからこそ、組織の真の力を示すことが出来る』と嬉々として言った。
 いやいや、この爺さん何を抜かすんだよ。厄介ごとを俺に回すんじゃないだろうなと、俺は心底恐怖に震えていたと思う。だって、ドレルの眼の奥がすごく光っていて、にやりとこちらを見ながら笑うんだ。嫌な予感しかしない。

「『弔詞の詠み手』や『儀装の駆り手』などの屈指の打ち手が居なくても、こちらにも天に轟く名前を持つフレイムヘイズはいるからね。君が偶然この外界宿に来てくれ助かったよ」

 見た目には似つかわない、悪戯を思いついた少年のような笑みを俺の目の前でして、きっと俺以外の誰かに言ったのだ。
 天に轟く名前を持つ者? はて、一体誰のことですかね。俺には想像つかないです。あっ、もしかして雷鳴のごとく鳴り響くかの『紫電』の方ですか?
 偶然って、呼び出したのは貴方でしょうに。俺は、ドレルに一時的にだが平和な場所が見つかったとの連絡を受けて、嵐のごとくドレルの居る外界宿に訪ねてきたのに、聞かされたのは先程の言葉だった。

「大地の四神の怒りをを治めろと言われるよりはマシなのかもしれないけど」
「どっちもどっちでしょそんなの。はい、紅茶」
「お、ありがとう」

 数枚の書類だけが並ぶこじんまりとしたテーブルの上に、食器独特の高い音を立てながら紅茶とミルクが置かれる。
 ミルクを適量入れてから、香りを味わうことなく一口。
 紅茶の味に詳しいわけではないので、率直な感想を言葉にする。

「ん、うまいね」
「普通よ、ふつう」

 顔の表情を珍しく変えずに、普段の少し甘い声も抑えた淡々とした声でリーズは自然に答えた。

「そんなもんか?」
「そんなもんよ」

 そんなもんらしい。
 
「…………」
「…………」

 静かな時間が少しだけ訪れる。
 部屋に響くのは、紅茶を飲む音と菓子のクッキーを食べる音だけだった。
 いつも騒がしいウェルの声は今この時はない。彼女の意思を表出させる神器『エティア』を、寝室に置いてあるからだ。手元に戻そうと思えば、俺の意思一つで戻せるが、今はその必要はない。俺にだって気の休まる時は欲しいのだ。
 クッキーと紅茶に伸ばしていた手を、テーブルの上の資料に向けて手に取る。
 その資料にはすでに慣れ親しんだ英語で、俺への仕事の依頼が書かれている。
 まとまっている資料の一枚目にはタイトルが書いてある。
 『フレイムヘイズの効率的な運搬と守護』、と。

「確かにどっちもどっちだよ」
「でしょ?」

 リーズが少しだけ自信に満ちた顔をする。ほらね、と言外に言っているようだった。
 
「大地の四神を説得に行くか、こちらで守りの要となるかの二択を突きつけてくるなんてね」

 ドレルと知り合わなければよかったと本気でそう思った瞬間である。
 大地の四神の説得に行くを選択した場合、俺は文字通り戦場行きが確定しただろう。化物を相手取った戦いに参戦するのは初めてのことではない。過去には、史上でもたった二度しか起きていない『大戦』を仮にも経験して、生き残っている。それに比べれば今回のほうが、生存率は高いだろうが、だからといって自ら出向くような真似はしたくない。
 俺の自在法である『嵐の夜』の集団戦においての有効性は、不本意ながら知れ渡っていて、俺が居ればないよりはマシ程度の活躍はできるとは思うが、俺は戦いで活躍するなんていう自殺願望は持ちえていない。
 よって、自然と消去法になるのだが、残ってしまった選択肢もまた危険な選択肢であることを俺は知っていた。

──守りの要

 多くの猛者が居なくなった欧州の穴埋めといった意味である。
 言葉の通りに守りとは欧州の地を``紅世の徒``から守ることそのものを指し、要とはその主戦力になる事を言う。
 以上のことを踏まえて、ドレルの言葉を意訳するなら『お前が欧州守ってくれ』になる。
 無茶ぶりだなんてもんじゃない。無謀。破茶滅茶。俺にとっては死の宣告とも言えた。
 決まりきっているいるが、俺の回答は否。絶対に否だ。
 喚いて叫んで泣いて怒って意思表示をする。絶対に嫌だと我侭ではない。
 暴れたさ。俺が暴れれば嵐だって引き起こすさ。
 俺の暴走によってドレルの居た外界宿は崩壊し、ドレルは泣く泣く俺を自由の身へと返上することになった──わけもなく、どおどおとドレルに落ち着くように言われ、リーズにしがみつかれて、まさかのウェルにまで諭されて、外界宿は事無きを得た。 
 リーズに腕を組まれて拘束され、ウェルが俺の暴走した様を笑ってくるが、落ち着きを取り戻した俺にドレルは詳しい説明をした。
 その説明した内容が、手元にある書類にも書いてある。

「最初にこの話を聞いた時は、俺は一体どうなることかと思ったよ。死ぬことを覚悟したぐらい」
「あの時の貴方の慌てようはすごかったわね」

 リーズがその時のことを思い浮かべたのか、コロコロと笑いながら言った。

「ふむ、我にはその様がなんだか似合っているように思えたがな」
「まるでウェルみたいなことを言うんだな、フルカスは」
「ふむ、それは遠慮したいな。先の言葉は撤回しよう」

 ウェルと同類にみなされるのを嫌ってか、自分の発言をなかった事にしようとしたが、言った時点ですでに俺の中では同類扱いだぞ、フルカス。口は災いの元だと覚えていおくんだな。
 たった一言で人が傷つくことを知るべきだ。特に、普段は悪口(?)を言わないような人物に言われると余計にね。
 リーズはフルカスの早変わりな発言に苦笑しながら、こちらをその青い瞳で見つめる。

「でも、本当はあそこで私を振りきってでも逃げたかったでしょ?」

 分かってるわよ、と言いたげな表情だ。
 分かられてしまったか、と俺は表情で返す。伝わったかどうかは分からない。
 本当なら、そんな狭められたたった2つの選択肢からではなく、第三の選択肢の全てから逃げるのコマンドを選びたかったのだが、俺はついにはそれを選択することが出来なかった。
 ドレルが強制した所で、俺が逃げ延びることは出来るだろう。過去に追いかけっこをして追い詰められた相手ではあるが、ドレルの正体を知り、自在法の制限を課していない今であれば逃げることぐらい訳ないはずだ。
 だのに、何故このようなことになってしまっているか。
 その理由は、もう一人のフレイムヘイズの存在だった。

「でも、まあやっぱり主戦場よりはマシだよ、ここは。こうやって紅茶が飲めるぐらいには余裕があるわけだし」
「うまいが抜けてるじゃない」
「あれ、普通じゃなかったの?」
「うまいと言ったのは貴方でしょ」
「そうだったかな?」
「そうだったわ」

 そうだったらしい。
 にこやかにリーズに断言されてしまった。
 こういうやりとりもまた平穏を感じる一時と言える。
 今こうやって過ごしている間にも、アメリカでは壮絶な戦いが起きているというのに、この温度差。俺は自分の選択が正しかったと胸を晴れるというもの。二択問題だけど。正解率は二分の一だけど。
 さりとて、この平穏もそうそう長く続くものでもない。
 まだ多くのフレイムヘイズがアメリカへ渡り始めて日が浅く、一年と経っていない。``紅世の徒``も違和感を感じているとは思うが、動き出すのにはまだ時間がかかるだろう。だが、もしも``紅世の徒``が動き出したとしても、俺の力を必要とするような緊急事態に陥らなければ問題はない。
 そう、何も起きなければいいんだ。何も起きなければ、ね。
 それに、

「俺の仕事は守りの要といっても、撤退のための切り札。逃げる道の防衛が役割だしね」
「ええ、貴方にピッタリの役だと思うわ」

 ドレルと並ぶ外界宿のもう一人の顔役。フレイムヘイズの行く道を支援する``珠漣の清韻``センティアの契約者、『无窮の聞き手』ピエトロ・モンテベルディの本拠地──イタリアはジェノヴァの外界宿。
 ピエトロ率いる『コーロ』の補佐をする為に、俺はアメリカの死転がる戦場ではなく、ここに居る。

「そもそもピエトロが、俺がドレルから逃げようとしたときに文字通りに道を塞いだ張本人だけどな」

 行く道を照らすはずのフレイムヘイズに、生きる道を塞がれた俺は外界宿にクレームを言っても許されると思う。

第四十三話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 ピエトロ・モンテベルディはその整えられた黒髪と口元の髭を歪ませ、端整な造りの垂れ目に疲労を感じさせ、顔全体には苦渋の色を多分に表しながら、心の中で何度も『話が違う』と反芻していた。
 ピエトロの率いてる『モンテベルディのコーロ』と呼ばれる集団は、復讐を終えたフレイムヘイズによって主に構成されている。復讐を終え、やるべき事をなくした彼らは、基が気さくで、気のいい性格だったことから、彼らは気づけばまとまって後進の援助を買うようになっていた。
 彼らの援助の殆どの内容は、``紅世の徒``への復讐の手助けだ。
 しかし、そこには直接的な個々の介入などは無く。そこに行き着くまでの、つまりは復讐対象の``紅世の徒``と戦える環境を作ることが、この『モンテベルディのコーロ』の存在意義だった。
 その環境を整えることも、時代が変わり、在り方を変え、今では『クーベリック・オーケストラ』と協力体制を取りながらも、復讐への綱渡り的な役割を果たすようになっていた。
 此度のアメリカでの反乱でも、『モンテベルディのコーロ』のやることは変わらない。
 自分たちの支援を待つ、若輩のフレイムヘイズ達を補佐、指導をして導きながらも``紅世の徒``への復讐できるように手を差し伸べ、時には身を呈して守り、フレイムヘイズの現象を阻止する。幾多の強力な討ち手の庇護が無くなった今だってそれには変わりない。
 そう、こんな状況下であっても、こんな状況下だからこそ、彼らは自分たちの責務を果たさなくちゃいけない。

(人手が欲しかったさ。最初に名前を聞いた時は、まだこの地に残っていたのかと驚いたくらいだ)

 『不朽の逃げ手』の名は、この欧州の地では特に名高い。その名を一躍広めさせた出来事言えば、大戦での立役者とまで言わせるほどの働きが主な要因だろう。
 尤も、ピエトロも『不朽の逃げ手』の噂については、外界宿を取りまとめる一人として数多くの情報を持っていた。

(数十年単位で消えたりするのに、ひょっこり大きな事変と共に再び現れる。なんとも奇っ怪な人物じゃないか)

 大戦で衝撃的なデビューを果たし、暫く噂を聞かないと思ったら教授の企みを暴き現れ、再び消える。次に噂を聞いときには、当時では変わり種として復讐者たちに蔑まれていた、ドレル・クーベリックの計画の一端を担う。そして今度は、『封絶』とかいう革命的な自在法を引き連れて。
 ピエトロは噂を聞く限りでは、まるでこのフレイムヘイズの立つ場所こそが、世界の出来事の中心に居るようにしか思えなかった。
 この他にだって、戦闘は多分に行われている。
 『輝爍の撒き手』が爆発で``紅世の徒``をバラし。『弔詞の詠み手』が``紅世の徒``を食い荒らす。このようなことが世界各地行われ、強力な討ち手によって強力な``紅世の徒``を狩り狩られる日々。
 その一つ一つが小さくない争いではあったが、彼が巻き込まれた大事に比べれば小さなものになってしまう。

(というよりはむしろ)
(そういう星の下の生まれってことじゃないのかい?)

 ピエトロの持つ懐中時計から明るくも野太い女性の声が、ピエトロの内心の声に続けるように言った。

(それはどういうことかな? 僕のおふくろ)

 ピエトロに僕のおふくろと呼ばれた、彼に異能の力を与えし``紅世の王``である``珠漣の清韻``センティアはこれまた明るい声で、「そのまんまさ!」と答えた。
 ふむ、と少しだけ考える素振りをしたピエトロは、すぐにポンと手を叩き、その綺麗な顔に納得の表情を浮かべる。

(そうか! 彼は数奇な運を背負ってるんだね)
(果たしてそれが幸運なのか不運なのかは、本人のみぞ知るってことさ!)

 モウカがピエトロの居る外界宿に馳せ参じることが決定し、出会う前までは二人して『不朽の逃げ手』というフレイムヘイズきっての有名人の話に花を咲かせていた。
 その話の中には多分な期待が寄せられており、その期待はモウカに実際に初めて会ったチューリヒの外界宿の会合では、尊敬の念となって言葉の節々に現れていた。
 ピエトロが言葉を発する度に、何故か苦笑をするモウカと、反対に爆笑をするそのモウカの契約相手の``晴嵐の根``ウェパルが妙にピエトロの印象に残った。
 『不朽の逃げ手』が発する存在感は、猛者特有の威圧感や圧迫感こそはないものの、幾多の戦いをくぐり抜けていきた先達者の貫禄を醸し出してはいた。
 『不朽の逃げ手』を目で見て、肌で感じて、期待通りだとピエトロは内心で微笑んだ。
 これで欧州もなんとかなる、と。
 ピエトロは自分でそう思いながらも、この表現もまた大袈裟であることも理解していた。強力なフレイムヘイズとはいえ、たった一人で欧州の地が守りきれるはずはない。常識ではなく、道理。現実である。 ははは、と軽く笑いながらピエトロの指示を否定する討ち手本人に、

「モウカに護衛なんて無理無理! 柄じゃないというよりは、全くの実力不足だよね。だってさ。自分の身を守ることすら出来ずに、逃げるの選択肢しか選べない情けない男なんだから」

 自らの契約者を侮辱するようなことを笑いながら平然と言う``紅世の王``。一人にして二人組の口から出る言葉の一言にピエトロは胸中では、言葉の意味を確りと吟味して、理解している自分がいながらも戸惑いの反応しか返せないでいた。
 彼のフレイムヘイズは噂に違わぬ強力な討ち手ではなかったのか。彼が役に立つと若いあの爺さんは言っていたのに。そう思わざるしかない言葉に、彼は『話が違う』と心の中だけで反芻していたのだった。
 ウェパルとモウカのやりとりには、ピエトロにとって幾つか理解に苦しむところがあったが、それ以上に、いや待てと言いたくなる衝動にかられる。
 
「ウェルの言葉は兎も角、それなら俺よりもリーズ向けだな」
「私に仕事を押し付けるきよね」
「いや、僕はそこの麗しいお嬢さんにではなくてね」

 あまり好ましくない展開だと考えたピエトロは慌てて二人の会話に口を挟んだ。
 ``篭盾``フルカスの契約者『堅槍の放ち手』リーズ・コロナーロ。彼女の名をピエトロが初めて耳にしたのは、モウカとの初対面の時と同じであり、必然と彼女の力をピエトロは知らない。けれども、そこにいる『不朽の逃げ手』と比べれば劣ることは容易に想像できる。何よりも、今この時発している存在の力の物量が全然違っている。
 存在の力が全ての力を示すものではないが、最も簡単に測れる物差しではある。
 それに今の比較対象は、先の発言で非常に怪しい力の持ち主であるが、有能で有名な『不朽の逃げ手』だ。彼より優れている者は数少なく、劣っている者は圧倒的に多い。だから、リーズのほうがモウカより劣っていると考えるのは当然であった。
 
「今回の護衛は、新人フレイムヘイズの訓令と``紅世の徒``討滅の鍛錬なんだ。アメリカで暴動が起きて初めてで、どの程度``紅世の徒``が勢いづいているか分からない。そのためにも」
「こちらの持つ、最大戦力を投下したいってことさ!」
「``紅世の徒``の勢いを挫かせ、味方の士気を上げるためにもね」

 最悪、『不朽の逃げ手』が優れた力を持っていなかったとしても、その名前があるだけでも十分に効果はある。``紅世の徒``とフレイムヘイズに欧州には未だに『不朽の逃げ手』が健在であることを表明できれば、名前だけでも十分な効果が発揮できるであろう。

(ただ、戦ってその力を存分に発揮してもらえれば、それ以上の効果も期待できるのだけどね)
 
 普通のフレイムヘイズなら``紅世の徒``との戦闘を用意すれば、両手を上げて喜ぶだろう条件なのだが、ピエトロはここまでのモウカとのやり取りで、彼が従来のフレイムヘイズの在り方とかけ離れていることを理解していた。
 その在り方が顕著に現れていたのが、この外界宿での彼の生活だ。
 緊急時の為に、出歩くことをなるべく禁じて、自由を半ば強制的に部屋へと押し込んでいるのに、文句の一つ、我侭の一つもピエトロに言ってこない。
 唯我独尊、自己中心的の言葉を地で行くフレイムヘイズにとって自由を奪われたのにも関わらず、このような謙虚な生活態度は、今もこの世で大暴れしているフレイムヘイズとは一線を画している。あまりにも品行優秀であった。
 この頃から、少し違和感を感じていたが、先の会話でようやくその違和感が取り除けた。
 
(彼はあまり戦いを望んでいないのかな)

 ありがちの戦闘狂とは違う、平和に生きたいフレイムヘイズ。
 そういったものをピエトロは感じていた。
 『不朽の逃げ手』の力を目にしたことは一度もない。噂では誰もがすごいフレイムヘイズであると称え、中でも彼の紡ぐ自在法──荒らし屋の代名詞ともなっている『嵐の夜』は大戦での活躍もあって名高い。
 だというのに、実は大した力を持っていないと言われても、にわかには信じがたい事実であり。ピエトロも一人のフレイムヘイズとして、彼の戦いを実際に目にしたいものだと考えていた。
 モウカの実力を自分の目で確かめて、噂の真実とやらも見抜こう。
 そういった意図もあり、より一層に彼には今回の護衛の任について欲しいと思っていた。
 あえて、モウカが戦いを好まないことに気付きながらも。
 しかし、その期待は簡単に、

「だから何さ?」
「モウカに事情を説明してなんとかなるとは思わないほうがいいよ?」

 裏切られてしまう。





◆  ◆  ◆





 オンとオフを完全に使い分ける。
 自分の行くべき道を確りと見据えている。
 どんなことがあってもブレない。
 リーズ・コロナーロは新人フレイムヘイズの訓練している片隅で、モウカとピエトロの問答を思い返して、モウカに対する評価を改めて認識した。
 全く動じないモウカと初っ端からずっと笑っていたウェパルのコンビを、ピエトロはついには崩すことが出来なかった。
 リーズにとっては当然の結果。
 見えに見えていた、分かりきっていた結論。

(無駄なことなのにね)

 途中に何度か話を振られたとき以外はずっと聞いていたリーズは、常にそう思っていた。
 無駄。時間の浪費。無価値な会話。こんなのは最初から分かっていたではないか。モウカに何かをやらせたいなら、平和と安泰を保証する以外に有効な手段はない。

(でも、今度は私が来なくてはならない事情ができてしまった。成果を……結果を出さなくてはならないのよ)

 リーズだって、本当は来たいわけじゃなかった。
 モウカが自身の代わりに、とリーズを指名した時にはモウカを責める言葉を発したし。ピエトロがモウカを諦めた際に、リーズに目線が来た時にはすぐに拒否をした。

「嫌。その仕事が面倒そうなのも嫌な理由だけど、ここを離れるのが嫌」

 こことは外界宿ではなく、モウカの隣を指す言葉である。
 本当はこの言葉で押し切るつもりだった。この後に、誰に何と言われても『嫌』を貫き通して、絶対にここに居残る算段。例え、モウカに行けと命令されたとしてもだ。とはいっても、モウカの性格を熟知していると自負するリーズは、モウカがそんなことを言うとは思わない。命令調ではなく、嘆願くらいはしてきそうだとは思っても。
 リーズの読み通りにモウカはリーズに無理難題を押し付けることはなかったのだが、その代わりに聞きたくもない言葉を聞いてしまった。
 ピエトロがリーズとモウカの両者に依頼を断られ、哀愁に満ちた背中を見せながら退場した後、リーズとモウカも各々があてがわられた部屋へと戻り、一夜寝て次の日の朝を迎えた。
 聞きたくない言葉は、その朝、モウカの部屋の前を通った時に偶然耳にしてしまう。

『そういえば、リーズと一緒に居る価値ってあんまりなくなったよね。だって今までリーズは資金面で掛け替えのない存在だったけど、今ではドレルから資金調達は出来るし』

 いつもの呑気な調子の声から出るとは思えない、リーズにとっては恐ろしい言葉。
 モウカの事をよく知っているが故に、リーズがこの言葉の意味を深く理解することはたやすかった。
 だから、リーズは直ぐに行動に出た。
 リーズの足は自分の部屋へと戻らずに、真っ直ぐとピエトロの元へ向かった。
 こうして、護衛の任に着かなくてはいけない理由ができてしまった。
 居心地の良い場所を自ら確保するために。今の居場所を保持するために。そして何より、モウカが自分に利用価値を見出させるために。

「はあ……面倒なことこの上ないじゃない」
「ふむ、我がフレイムへいむヘイズも、どこかの誰かに似て『面倒』なんて言葉をよく使うようになったな」
「しょうがないでしょ。ずっと一緒にいたんだから。私にとっては、もう生まれた時から一緒に居るように自然なの。あの人にとっては分からないけど」

 無条件では決して隣に歩ませてはくれない、誰かに文句を言うように言った。
 そこが彼らしいといえば彼らしいのだが、もう少し身内にも甘くなってほしいものだと。

「ふむ、フレイムヘイズとなって生まれた瞬間からずっと一緒だからな。生まれた時からというのも、あながち間違いじゃないと見る」

 フルカスの少し的外れな言葉の後には、もう一度リーズが深いため息をする。

「悩んでてもしょうがないわよね。いつも通り私もあまり考えずにお気楽にいきましょ。自分の力を存分に振るえるいい機会だと思って」
「ふむ、それがよかろう。あの者の下では、力を発揮するのは難しいからな」
「そうよ。あの人はいつも自分一人で何事からも逃げてしまえるんだもの」

 リーズは今も訓令を受けているフレイムヘイズ達を守るように一つの自在法を発動させている。
 封絶を張っていない彼女と彼らを囲むようにして見えない盾が囲み、彼らを``紅世の徒``の急襲から守ってくれる。見えない盾は相手の攻撃を防いでくれるだけに留まらず、盾に接触したものを槍で迎撃し、射出する。攻撃と防御の異なる2つの要素の両立を成した。『堅槍の放ちて』の代名詞となるはずの自在法。
 全てはモウカの足りない防御力を補い、足りない攻撃力を満たすために生まれた自在法。
 モウカのために使う日は未だに訪れていない。





◆  ◆  ◆





「成功したみたいだ」
「みたいだよ。良かったね! 自分が行くことがなくなって」

 リーズが護衛のために出立した後、モウカは自室でほくそ笑んでいた。
 何が何でも、これ以上の厄介ごとを頼まれたくなかったモウカは、どうにかして誰かに仕事をなすりつけなくてはいけなかった。
 護衛なんて仕事は、モウカの自在法と自身の特性を考えたら全然適さない。逃げに特化した力は、自分の命を守ることこそ得意としているが、他人のことは省みていない。少数を守ることは、『嵐の夜』の力を考慮すれば、ある程度は出来ると考えても、やはりその使用目的は自身の身であり、危険となったら他者の命など考えるはずもなかった。
 ようするに、なにか問題が発生すれば護衛の仕事を投げ捨てて、新人のフレイムヘイズを見殺しにしてでも、自分だけが生きようとする。
 こんな男に護衛が出来るだろうか。
 考えるまでもなく、出来るはずがない。となれば、この仕事は誰のためにもならない。
自分が無理なら誰かに押し付けるよりほかない。自ら率先してやってくれて、守りに自信を持つ者が好ましい。
これは、モウカの代役となったフレイムヘイズが失敗すると、また話がモウカに転がり込む可能性を考慮し、失敗しない人材を選ぶ審査基準である。
するとどうだろうか。お手頃そうなのが一名いるではないか。
モウカはこの瞬間からリーズに白羽の矢を立て、一計を用いた。

「リーズに向けた言葉は嘘じゃいけどね。身一つのほうが逃げるのも楽なのは事実だし」

罪悪感を感じない楽しそうな声。
これが『不朽の逃げ手』の生き方。
三百年以上の長い時を弱い力で生きてきた弱者の在り方だった。

「だけど、今すぐ見捨てるなんてこともない。だってさ彼女も一応――」

――世にも珍しい俺の理解者だから
利用する時は最大限に利用するけど、と一人部屋の中で、本人には決して聞かさない言葉を漏らした。

第四十四話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 モンテベルディを仲介して送られてきたドレルからの書類。定期的に送られてくるこれには、現在の欧州の世情が多分に書かれていて、申し訳なさ程度に個人への世間話が書かれている。欧州の世情については、モンテベルディや俺の代わりに度々遠征に出ているリーズから直接話を聞いているが、欧州を取り仕切ろうとしているドレルの情報網のおかげか、その書類には誰からも聞いたことがない情報が幾つもあった。
 さしもの俺は名目上こそこのコーロを守り手だが、実態は引きこもりのような生活をしているに過ぎない。自堕落すぎる生活は誰にとっても何も生み出さないので、密かには活動しているものの表向きはほとんど現代のニートのような生活だ。
 だいたい、俺が必死に活動しなくてはならない状況に陥ってしまうほうが現状では問題だ。俺の今の立場には色々と思うことはあるが、現在の立場は俺がここの最後の砦のようなもの。俺が動く時は最悪の事態が発生した時。最弱のフレイムヘイズを酷使しなくてはいけないほどの、どうにならない絶望が押し迫って来た時だ。
 そう考えれば、なるほど。俺が変に動かないほうが平和で安全じゃないか。
 コーロにやってきて、ここに居る妥協点をそうやって俺は見付け出した。
 本音を言うならば、外界宿はフレイムヘイズにとって最も安全な場所と言われていようが、一箇所に留まることの危険性があるし。ここ最近で有能性を見せつけている外界宿に危険視した``紅世の徒``が襲ってきかねない。いくら気配隠蔽の宝具『テッセラ』があるといっても、どんな不祥事から何が起きるかなど分からないのだ。
 それに、ここはあまりにも死から遠すぎるのも問題だ。
 死から遠いのは、死から逃げる俺にとってはまるで好都合のように思えるが、実はそうではない。過ぎた平和は争いへの抵抗力を失うように、死から遠ざかれば死への抵抗力を失う。俺の今までの不遇によって積まれてきた経験を失い、勘を無くしてしまう。そんなことがあるかもしれない。
 一日二日、一週間や二週間で容易く無くなるような軽いものではないが、その場で甘んじてしまえば、何れは無くなってしまうだろう。
 でも、それ以上にそんな生活は耐えられないだろう。
 ウェルがではない。ウェルもである。
 ようするに、俺が耐えられない。
 完全な平和なんかよりは多少の荒事があり、波乱が含まれる不完全な平和を俺は望む。
 と言いつつ、波乱は波乱でも命に別状ない適度な刺激がベストであると、俺は常々そう思う。何事も適度と適当こそが楽で楽しい充実した生き方だね。
 外界宿に寄りかかっている現状に甘んじること無く、時が来ればまたここを去る。けれども、今はここに居るしかない。どうしても嫌になった時、その時は力尽くでも抜け出せばいいだけなのだから。

「さてと、暇だからいつも通りにドレルの報告書でも読むとしよう」
「本当に退屈だよね。あーあ、何か面白い事起きないかな。例えば、ここに``紅世の徒``が襲ってくるとか」
「洒落にならないことを言うな」
「モウカが涙を流して逃げるのが眼に浮かぶよ。うん、いい目の保養だね」
「今から涙流していいか」

 それに目の保養ってどうなんだ。
 俺の内に納まっている``紅世の王``的には。そもそも目の保養の使い道はあっているのか?
 暇だからウェルの軽口に付き合いつつ、相変わらずこいつの感覚はよく分からないとため息を吐いてから、ようやく書類に目を通し始める。
 いつもと変わらない真っ白とまでは呼べない紙の色に、癖のある文字が書かれている。その書類を一ページ、ニページと進めて読んでいく。
 始めに書かれていたのは、世界各地の外界宿の状況。前に聞いたのと大きくは変わりなく。``紅世の徒``との小競り合いなどの小さな問題こそ尽きないようだったが、危険視していた``紅世の徒``の組織だっての行動は見られていない。あくまでも、普段よりは活発になっているくらいの変化にすぎない。
 これは俺がここでのらりくらり出来ていることこそが証明になるだろう。うん、平和でよろしい。
 知っている情報が載っているページはさらりと流し読みしつつ、ページをめくっていく。いつもなら、ここらでページが途絶えてもおかしいのだが、余っている紙の枚数がいつもの数倍もあることにここで気づく。
 気付くの遅いと思う事なかれ、何気ない動作で暇つぶし程度で読む行動は、朝の新聞と同じ要領で読むのに等しい。つまりは新聞のページが上下したとしても、それに気付く人間は数少ないのと同じ事。
 何か面倒事でも起きたんじゃないだろうな。
 訝しながらもここで読まないなんて選択肢があるはずもなく、少しだけ緊張した趣きでページを捲った。BGMのつもりなのか、ドクンドクンと声に出して俺の心臓音を見事に再現して言うウェルが鬱陶しい。楽しそうに言うのが、とても嫌らしい。
 ウェルの言葉のおかげか少しだけ緊張が解け、ページを進めると真っ先と目についた文字は、

「神?」
「うわー、しかもあの噂好きの神だね」

 神と呼ばれる``紅世の徒``と、封絶に関するレポートだった。





◆  ◆  ◆





 神の存在は多種多様である。
 世界の最大宗教であるキリストだって、イエスを神にしたりしなかったりとすでに割れていたり。二番目、三番目に大きな宗教であるイスラムやヒンドゥーといったように、神と一言言っても崇拝する相手が異なっていたりする。日本を例にあげてしまえば、八百万の神と称し、ありとあらゆる全てのものを神に仕立て上げてしまっている。
 あまりに多すぎる神の定義のために、神の存在は人間にとっては偶像的で、人間が及びもしない遠い存在のように感じるが、とても身近な存在であるともいえる。
 とはいえ、多すぎるために存在も曖昧で定まっていないのも神の特徴といえるだろう。
 これが人間における神だと俺は思っている。

「``紅世``にも神はいるよ」

 とウェル。
 いつだったか、``紅世の徒``の数や種類について問うた時に聞いた言葉。ウェルのような快楽主義、愉快主義でフレイムヘイズの使命をなんのそのとかっ飛ばす``紅世の王``もいれば、そればかりに固執する``紅世の王``だっている。楽しいからの一言でこの世に顕現し、好き勝手に人を食い荒らす``紅世の徒``だっている。彼らがどの程度存在していて、どれほど危険で、どんな可能性を満ちているのか興味を持たない方がおかしいし、敵になる可能性のあるモノの情報を事前に体に入れようとするのは当然の成り行きだ。
 俺の問いにウェルは楽しそうに答えた。

「無駄だよ。無駄。私たちは常に消えたりするけど、常に生まれもする。人間と同じ。だから、全ての私たちを特定し、全てを知ることなんて無理」

 そう言われてしまえば、不可能なのだろう。
 だが、この言葉には続きがあった。
 ウェルは、だけどと言ってから、

「ある種の区別はある。``王``と``徒``は種別ではないけど``神``と``徒``は少し在り方が異なる」
「それは``紅世の徒``が神と崇拝しているってこと?」

 神の存在が``紅世``にある事自体に驚きを隠せなかったが、あると言うのならばあるのだろう。人間は超常的な存在を神と仮に称している節があるが、``紅世``でもその法則が一緒なら、一体どれほどの力を持ってして、崇拝され神と呼ばれているのか。
 空恐ろしくて考えが及びもしない。
 ただの人間に力を与えて、これほどまでの奇跡を呼び起こしているというのに。
 ウェルはあははと軽快に笑う。

「崇拝なんてするわけ無いじゃん」

 ですよねーと思わず言ってしまいそうだった。
 ウェルが誰かを敬い、奉っている姿なんてとてもじゃないが、``紅世``の神様以上に想像できない。
 崇拝してたとしてもそれはきっと、お笑いの神様とかそんな存在だろうな。少なくともまともな神ではない。

「人間の神みたいにいるのだかいないのだか曖昧ではない。``紅世``で神と呼ばれる``紅世の徒``は確かに存在しているんだよ。姿もあって形もある。意思もあれば意義もある。実際にどこまでも現実的に存在している存在」

 人間の信ずるところの神とは根本的に違うらしい。
 今までも言っての通り、人間の神は不確定。存在自体が怪しすぎる存在。はっきり言うならば、いると言えば、居るのかもしれない。居ないと言えばいないのかもしれない。誰もその存在を証明できないものだ。
 ``紅世``の神はそれとは完全に違うとウェルは言っているのだ。
 不確定どころか明確。確定情報しか無い。
 それが神であると定まっている。
 一つの存在、一つの種別として。

「だから、人間の神とは在り方が違う。私達にとっては神は崇拝するものなんかではない。私だからって崇拝してないってわけじゃないんだから、勘違いしないで」
「でもさ、ウェルの場合はその``紅世``の神が人間と同じように崇拝するような存在でも崇拝しないでしょ」
「もちろん!」

 自信満々に、声高々に、威張って言った。
 なら勘違いもクソもないじゃないかと俺は突っ込むことはしなかった。
 今更、分かりきってることだしね。彼女の為人は。

「ん、待てよ」

 ウェルのさっきの言葉に一つ違和感を感じた。
 ``紅世``で神と呼ばれる``紅世の徒``? 神は神であって``紅世の徒``とは違うのでないか?
 俺の疑問をあっさり見抜いたウェルが一言。
 その二つの関係は``王``と``徒``の関係にほぼ等しい、と。
 この2つの関係は、語るまでもないだろうが、単なる知名度と持ち得る存在の力の差にすぎない。種別でなく区別であり、他より多くの力を持ち、その力を奮って名をある程度馳せたものには称号として``王``と呼ばれるようになっているだけ。
 種としてはどちらも変わりなく``紅世の徒``である。
 それと同じというならば、``神``は名からして``王``よりも更に優れた存在。ぞんざいな言葉なら``王``のすごいバージョンとでも言うべきか。
 かなり雑な解釈であることを承知しながらも、ウェルに確認を取る。

「間違ってないかな。うん、間違いじゃない。確かにあいつらは強い。その力の一端はモウカも見たことがあると思うけど」
「見たことが? うーん……」
「あと、付け足すと。神を簡単に言うなら、ちょっと変わった『特殊能力を持つ``紅世の徒``』っていう感じかな」

 なんだか易い表現だけど、分かりやすい。特殊能力持ちね。
 ウェルが俺も神を見たことがあるというので思い出してみたが、すぐに結論が出る。
 俺は神を直視した記憶はないはずだ。
 いや、神と言っても``紅世の徒``とそこまで変わりないのなら、敵として、または味方(フレイムヘイズ)として見たことがあるのかもしれない。
 敵として印象に残っているのは……やっぱりあの迷惑王だが、強さとして記憶に残るのはあれしかいない。
 大戦の発端である``棺の織り手``アシズ。
 あれの存在の力の量は俺の現在過去を通して最大級である。他に類を見ない膨大さであった。

「すごかったけど、忘れてるよね。``棺の織手``は『都喰らい』によってあそこまで上り詰めたんだよ」

 そういえばそうだった。あれさえなければもう少し、楽に生き残れたし、俺の知名度がここまで上がることがなかったのだろうな。
 ならば、味方として圧倒されたのはあの人しか居ないだろう。欧州最強の名を誰もが認める天上天下最強のフレイムヘイズ。
 最古のフレイムヘイズと呼ばれたあの巨神兵もどきも、劣らないと俺は思うのだが、なんというか悩むがオーラが違う気がする。あの人は雰囲気だけでも圧倒される覇気を纏っていた気がするんだよ。
 出会った中で神に値しそうなのは、彼女。

「『炎髪灼眼の討ち手』……死んじゃったけどマティルダさんとか? あの人とタッグを組んでた『万条の仕手』の方も強かったけど、マティルダさんは雰囲気で格が違うイメージがあるんだけど」
「せーかーい! そう、『炎髪灼眼の討ち手』は``紅世``真正の魔神。``天壌の劫火``アラストールは天罰神と呼ばれる神。『炎髪灼眼の討ち手』が``棺の織手``を倒すことが出来たのは、その契約したアラストールの天罰神たる力のおかげだしね」
「天罰神?」

 役職のような名前だな。
 名の通りに天罰を司っているのだろうけど、この言い方ならば他にも何かしらを司っている神がいるってことになる。
 これは神が複数いることを示めしている。

「天罰神は数ある神の一柱に過ぎない。私がさっき言った噂好きの神は、堅物の天罰神とは違う神。導きの神と呼ばれてる」
「導きの神、ね。天罰神に比べて随分分かりづらいね。それが今回現れたのはどういう意図なのか」
「それを報告したのがその書類なんじゃないかな」
「あ、そっか」

 すっかり忘れていたよ、書類の存在を。
 俺が書類の存在を忘れてしまい閉じてしまったので、一枚一枚捲りながら、先ほどのページまで遡っていき、ようやっと神の文字が初めて出てきたページまで戻ってきた。
 まず最初に書いてあったのは簡素な結末だった。
 アメリカにて導きの神``覚の嘨吟``が神威召喚される可能性がある、というもの。
 以下には、その理由が幾つも書かれている。
 一番の理由には、アメリカでの戦いが上げられている。
 封絶が存在しなければ、アメリカでのフレイムヘイズ同士の戦いで、こちら側は人間社会に手を出すな、報復するなと言っているにも関わらず、多くの人間を巻き込んでいたことが簡単に予想される。
 しかし、封絶があるおかげで人間への干渉を妨げられ、今に至るまで人間への被害は全く出ていなかった。
 奇跡に等しいこの『封絶』の活躍は、あの珍しがりの目につくものであろうと書かれているのだ。
 ウェルはその文を見て、うんうんと肯定して、いきなり「あ」と声をあげた。

「分かったよ、モウカ! あの``螺旋の風琴``がモウカだけに『封絶』の自在法を教えた理由が。そうか、うん、それなら予想がつく。いやー、なんていうかこの展開まで予想してたのかな?」
「おい、ウェル。一人で納得してないで教えてくれないか」
「いいけど。そうだねー。簡単に言うなら……モウカは、利用されたんだよ。友人だから特別に教えたのではなく、心算と打算の下でそうなったに過ぎないってことだね」

 意味が分からないぞ、ウェル。
 俺はこう頭脳派に見えて、全然そんなこと無いのだから、遠まわしに言われてもうんともすんとも引っかからない。
 訳が分からないの一言で終わってしまうぞ。
 俺が全く理解できていないのを分かってか、ウェルはまあまあと言って宥めてくる。

「結論から言うよ。``螺旋の風琴``はモウカにはフレイムヘイズに『封絶』の知名度を上げて欲しかったのは事実だよ。ただ、それだけじゃ革命に至るまでにはならない」
「そりゃね。一介のフレイムヘイズに出来ることなんて限られてるし。例え、フレイムヘイズに広まっても``紅世の徒``にも広がるかなんて分からない」

 封絶はどちらかと言えばフレイムヘイズの方が得をする自在法のように思える。
 勿論``紅世の徒``にも利便性はあるのだが、それを理解するのにはそれなりの時間を要するだろう。その時間はたった数十年ではなく、もっと大きな時間が必要だ。
 変革を起こすまでにはそれほどの時間がかかり、常識とするには更に時間のかかること。
 だから、俺が「便利だよー」「戦闘の度に必ず張ってね」と言った所で、それが守られるようになるのは、果たして何時になるか。下手すれば守られるようになる日が来ないかもしれないのだ。
 封絶は革命を起こすことを確信しているが、それがどれほど難しいことかも知っている。

「そう。だからね、``螺旋の風琴``はモウカには広めるための下地作りをしてもらうことにしたんだよ。ある人物が目をつける程度になるまでの下地作り──噂作りを、ね」

 ここまで言われて、ようやく分かった。
 ``螺旋の風琴``にまんまと利用されたと理解した。
 何が「さて、なんのことやら」だ。完全な俺の勘違いじゃないか!
 俺はこのやり場のない気持を沈めるために、部屋を勢い良く飛び出してどこかへ走りだした。
 寂しいテーブルの上には、くしゃくしゃになったドレルからの書類だけが乗っていた。

第四十五話 

【投稿版】不朽のモウカ

 頭を冷やして冷静に考えれば、利用されていたとしても所詮は命には関わらない事。裏切りと表現するにはいくら何でも大袈裟すぎるし、最初に教えてもらったメリットは確かにあった。
 そのおかげで、誰よりも早く『封絶』の対処法を生み出すことが出来たので、それで利用したことはチャラにしようではないか。
 なんて言うと、とっても小物臭がする。
 大丈夫、間違ってない。
 少なくとも俺は大物や大器とは言えないような人間だし、生き様をひたすら晒すような人生なので、小物と言われても否定しない。いつも逃げ腰なのは真実そのもの。
 ただやっぱり、リャナンシーの真意を俺の頭では理解出来そうにはない。ウェルはどことなく理解したふうな発言だったが、果たしてそれがどこまで合っているものか。甚だ怪しい。
 俺もあの神を喰い付かせるように仕向けたのは、間違い無いとは思う。これが本当の神頼みとかいうやつなのかもしれないな。
 俺も願ってみようかな。平和な世界にしてくださいって神に。

「叶うはずもない願いはさておき、続きを読むか」
「紙はもうくしゃくしゃだけどねー」

 むしゃくしゃしてやってしまったくしゃくしゃの紙を、破けないように丁寧に皺を取りながら広げてページをめくる。所々に、穴が開いてしまって読みにくかったが、自業自得なので文句の言いようはない。
 神について書かれている項目まで飛ばし、その先に書いてあったのは封絶の成果。
 欧州のフレイムヘイズの浸透率ははっきり言えばいまいち。封絶を推奨しているのは外界宿であり、そこに定期的に通うようになっていたり、積極的に利用しているフレイムヘイズの絶対数がまだ少ないため、これはどうしようもない結果だ。
 やはり古くからの一人一党のフレイムヘイズの悪しき風習の改善の難しさが垣間見える。尤も、ドレルが協調性を唱え始めた時の絶望的な状況に比べれば、順調といえる成果ではある。
 今のところのドレルが上げた最大の成果といえば、各外界宿との連携が不完全ながらも出来始めていることだろう。
 その結果、ただのフレイムヘイズの溜まり場と化していたものが、徐々にだが組織として機能するようになっている。ここに至るまでの努力は何もドレル一人に限らず、俺が現在務めているコーロの協力も大きなものだっただろうと思う。
 その見事な連携プレイの結果、俺がこうして巻き込まれているのも欠かせない事実だ。
 くそぉ覚えてろよ! と愚痴をこぼすのも忘れてはいけない。本人達のいない所でしか愚痴を言う事を出来ないこの無力な身が恨めしい。
 すっかり外れてしまった思考を戻すためにも、紙に書かれている内容に集中する。
 欧州での成果とは別に、アメリカでの成果は多大なものであることが示されていたが、これ自体は神の項目にて既出のため割愛された内容だった。
 その内容にも書かれていたのは、人間への隠蔽と不干渉の徹底化に成功した事。かつての大戦の時のように、戦場の被害が人間に及ぶ事無く、地殻変動も起きない、ある意味では人間に平和な戦いとすることが出来ていたようだった。
 身内の暴走を止めに行ったのに、結局人間にも被害を出してしまいましたでは笑い話になってしまうから、この成果は``紅世の徒``にとってはどうでもいいかもしれないが、フレイムヘイズには大きな成果。これからの戦いの吉兆を表すものになる。
 あとは……

「あとは、あの神が``紅世の徒``に宣伝するだけと」
「うん。それについてだけどもう問題ないよ。今まさに」

 ──受信した
 なんともまあタイミングの良い神だ。
 今、この世界に居る``紅世の徒``と``紅世の王``と契約したフレイムヘイズが歴史の立会人となった瞬間であった。
 かくして、神様のありがたーいお言葉により、全世界の``紅世の徒``とフレイムヘイズに『封絶』の存在が認知され、これが戦闘における際の常識的な自在法になるだろう。
 ここに至るまでは大した時間を必要とはしないはずだ。それこそほんの数年、もしかしたら数ヶ月で常識になるかもしれない。
 ``紅世``の神の影響力はそれほどまでにすごいもの、とウェルは言う。
 街一つの存在の力を全て吸い上げて肥大化しすぎた``紅世の王``を、顕現さえすれば一撃で倒せるほどの力を持つような神々だしね。その影響力は確かにすごいのだろう。
 今も常識となっている幾つかの自在法も、かの神の御触れによって成されたというのだから、これでリャナンシーの目的も達成できたことだろう。
 封絶の形式化によって世界がもう少し平和になれば、俺も願ったり叶ったりだ。

「これで、モウカもまた一躍有名になるね」
「は? なんでよ?」

 ウェルの唐突な言葉にうっかり何も考えずに言葉を返してしまった。
 しかし、俺のその言葉にはあえてウェルは答えを返さず、ふふふと気味の悪い含み笑いをするのみ。暗に、面白い事だから自分で考えてみろと言っている。
 うーむ、と唸りながら考えてみる。
 何故一躍有名になるか。
 封絶自体を考えついたのはリャナンシーだ。当然のことながら、その事についても神が直接公示した。俺はリャナンシーに直接封絶を教えてもらい、それを少数のフレイムヘイズに教えただけ。たったそれだけだ。
 いやまあ、多少教えただけでアメリカでの戦闘は大きく様変わりしたり、おそらくは神に興味を持たれる要因の一つとなった訳だから、これが理由と言えば理由なのか?
 だが、その事について神の言葉で触れるようなことはなく、単に封絶という自在法がリャナンシーによって編み出されたよ。これで人間との不干渉がより効率的に保たれるね。と言った、単純といえば単純なものだった。
 これは俺が分かりやすく簡略化したもので、実際はもっと重々しく、中々に理解しづらい言葉だった。なんで偉い人の言葉って、そう難しくする必要があるのだろうか、と場違いな感想を抱いたりもしたが、今は関係ない。
 
「分からないならいいよ。そのうち分かると思うし」
「分かりたくないな」

 これ以上の知名度は正直いらない。全くいらない。全然いらない。
 本当は今ある知名度だっていらないのだ。
 利用できる分には利用しているが、将来的に身も心も疲れ、楽しみはなんてどうでもいいから隠居したいなんてことになった時に支障をきたす恐れがある。
 そうでなくとも、色々と危ういのだ。変な期待をされたり、会う人会う人に勘違いを解いたりしなくてはいけなくなるかもしれない。余計な手間だし、話をするのが気まずくなったりするのは目に見えている。
 
「まあいい。まあいいさ。今はそれよりも早く終わらないかな、アメリカでの戦いは」
「自由に旅に出てた日が懐かしく思えるよね」
「ドレルに会ってからか……こうも縛られてるのは」

 彼が並のフレイムヘイズであれば、俺は力技なりなんなりと、魔の手から逃げ果せることが出来たのに、ドレルはいろんな意味でやり手。俺にあの手この手で仕事を押し付けたり、言いくるめられたりされて、いいように利用されている気がするのは気のせいじゃないはずだ。
 どうして、俺の居場所が分かるのだろうか。すごく疑問だ。
 俺は``紅世の徒``だけでなく、フレイムヘイズに対してだって身を隠すように生きているのに、彼からの連絡はちゃんと行き届く。もしかしたら、俺専用の監視網でもあるのだろうか。
 本当にありそうな所が怖い。
 もうちょっと未来なら、発信機やらGPSやらで居場所を掴める機会があるが、今の時代にはない。あるとすれば、監視するような自在法か……ありそうだ。とてもありそうなのが、更に怖い。

「頼られるのは悪い気はしないんだけどね」

 この身は人外なれど一人の人として。他の人に頼られるのは、中々どうして心地の良いものだ。自分自身で、他の人の役に立てられるような実力がないと思っているから、余計に。
 それでも、厄介ごとが含むのであればなるべく遠慮したい所ではあるのだけど。
 気まぐれで、気分転換に。その程度の気持ちで挑めるような依頼やらお願いごとなら、喜んでとまでは言わないが、暇つぶし程度に手伝うのもやぶさかじゃない。
 だというのに、俺の力が頼られるのは何を間違ったのか戦場やそれに準ずるものばかり。もっとおじいちゃんの肩たたき的な和むお手伝いはないものか。
 ……でも、これでは頼られてもあまり喜べないかもしれないか。お小遣いは貰えそうだけど。
 そうか。部活動の助っ人的なお手伝いが実に良い。命の危険もない、頼られ甲斐もある。達成感まで付いて来そうだ。

「それは命の危険がなければいいんだもんね?」
「ああ、それなら何でもいい。命さえ失わなければね」

 ある程度のリスクならば望むところさ。





◆  ◆  ◆





 一八八○年。いよいよ十九世紀もあと少しで終わりを告げようしている。だのに、未だにアメリカでは戦い──戦いに名をつけるのも馬鹿らしいとされ、単純にアメリカでの身内同士の戦いは内乱と呼ばれるようになり。終わりの兆しを見せつつもまだ終わっていない。
 遠いここ、欧州の地では、今も忙しなく『モンテベルディノコーロ』と『ドレル・パーティ』が平和の為に身を尽くしている。俺も一応は、パーティとコーロの双方の位置に立つ特殊な立場にいる。
 一応、俺がここに居る意義としては、欧州の重鎮たる『不朽の逃げ手』がどんと構えていること自体に意味合いがあるので、何か急用がない限りは特にこれといってする必要はない。
 ここに着任当時は、ピエトロに例外のお願いをされたが、それを俺は難なくかわすことには成功した。
 そのお願いを事を率先して受けたリーズが帰ってきてから、仕事でのエピソードを楽しそうに、自慢するように語っていたのは比較的記憶に新しい。
 女の子らしいというか、子どもらしいというか、「ねえねえ」と笑いながら甘えるその姿は歳相応で、無骨な武者が多い、外界宿では俺の癒しの対象だった。
 だって、フレイムヘイズには女性も多いが、誰も彼もが女傑と言った感じだし、レベッカなど一人称からして俺。特技は爆破。女の子らしさの欠片もない。美人ではあるのだけど。
 そんな彼女らとリーズを見比べれば、そりゃあ天と地ほども差があるというものだ。
 無論、そんなことを猛者たる彼女らに直接言ってしまえば、身を滅ぼされてしまうので言わないが、俺からすればもう少し花を持って欲しい。お淑やかさを身に付けて欲しい。
 ピエトロならそんな彼女らは、戦場に咲き乱れる花もまた美しいとか言うのかもしえないが、彼女らは戦場にしか咲かない花。戦場でこそ咲く花。
 戦場では、散っていくことしか出来ない枯葉のような俺とは相容れないのかもしれない。
 その戦場とは程遠い、この執務室暮らしももう慣れたもので、テーブルやら本棚やらに愛着が付きそうだった。
 十五年。
 このコーロを補佐するためにやって来て、着任した年数でもあるし、内乱が続いている年数でもある。俺の歴史に比べたら非常に短いが、戦闘期間としては非常に長い。つくづく、アメリカに向かわなくてよかった。あの時のドレルの二択で、猛者がたくさんいて俺を守れそうな人がたくさんいるからとアメリカを選択していたら、そんなにも長居時間を戦いに囚われていたらと思うとゾッとする。
 この十五年で、俺の身に危機が訪れることはなかった。
 ウェルなんかは「つまらなーい」なんて駄々をこねる。肩透かしと言われればそうなのかもしれないが、俺はそこにはさすがに待てと突っ込む。そう毎回毎回、何かに巻き込まれていたら身が持たないどころか、命が持たない。
 日常が平坦すぎるのは俺も問題だとは思うが、この時期にわざわざ身を危険に晒す必要もないだろう。今は休息日。戦いに明け暮れた日々で酷使した身体を休めるいい機会だ。
 俺の場合は酷使しているのは、身体よりも精神面かもしれないが。
 リーズはというと、

「平和ね」
「ああ、そうだな」

 俺と平和であることの喜びを共有していた。
 ウェルとは大違いだ。
 アメリカでは内乱だ、ここでは平和だなんだと言っているが、たった十五年で世界は大きな様変わりを見せている。この世界とは人間社会ではなく、フレイムヘイズと``紅世の徒``の世界だ。
 理由は言うまでもなく一つの自在法。封絶によって。それも良くも悪くも。
 封絶によって一般的にフレイムヘイズと``紅世の徒``の双方に良い影響が出たのは、本来の用途通り人間社会との隔離が上手くいき``この世の本当のこと``の露見をより確実に防げるようになったこと。``紅世の徒``は人間にその暴挙を気付かれなくなるし、フレイムヘイズは人間への影響を減らすことが出来る。
 これらが一番に現れた成果であり、封絶の存在意義が証明されたことにもなった。
 これは俺にとっても、悪く無い話ではある。
 何と言っても、これで『嵐の夜』で人に被害を出すことが無くなるのだから。人目を気にせず気負わずに使えるようになる。使う場面かこれからも、厳選していくけど。
 しかし、良いことばかりではなかった。
 一種の宗教とでも言うべきか。
 彼らは自らを『革正団(レボルシオン)』と名乗り、運動を始めた。
 
──反封絶運動

 人間に、世界に自らの存在を知らしめようとする``紅世の徒``の大集団である。

「俺にとってはどうでもいいんだけどね」

 平穏を望む俺にとっては、実はそんなのはどうでもいい些事に過ぎないとこの時は思っていた。

閑話3(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 欧州はスイス一番の都市、チューリヒ。その地には欧州の総元締めといえる外界宿がある。その外界宿の中でもこじんまりとした会議室。会議室の室内には、古ぼけた長方形型のテーブルが二つ向き合って存在するだけであり、一応会議室としての機能を果たしていた。

「お互いご苦労様だったね」

 その会議室で、皺を鋭く刻んだ老人が、向かいに座っている垂れ目の美男子に労いの声をかけた。その声は到底老人のものとは思えないほど凛々しく、相手に向けている眼にはエメラルドグリーンの強い光が宿っている。
 親と子以上の歳の差を感じさせる見た目の二人だが、その老人の言葉に美男子は気さくに『お互い様さ!』と若く元気な言葉を返した。

「もーっ、ドレルったら今回無理ばかりしたのよ! いくら不眠の出来るフレイムヘイズの身でも、もう少しばかり寝て欲しかったわよ!」

 たった二人しかいないと思われた会議室に、彼ら以外の声が響く。
 耳に残りそうな甲高い声。この声は、ドレルがテーブルに支えて置いてあるステッキ──神器『ブンシュルルーテ』と言われる、この老人……フレイムヘイズであるドレル・クーベリックの内に宿す``紅世の王````虚の色森``ハルファスの意思を表出する器物である。

「その分、平和のありがたみが分かるってものだよ!」

 美男子──ピエトロ・モンテベルディの持つ懐中時計型の神器『ゴローザ』から``珠漣の清韻``センティアの明るくも野太い女性の声が言った。
 この会議室には二人にして四人が集っている。
 それも各人が、『ドレル・パーティ』と『モンテベルディノコーロ』という外界宿の顔役。現在のフレイムヘイズの組織のほぼ全てを体現する二人が揃っていた。
 労った内容は言うまでもなく、

「ようやく内乱も終わって、実に良かった良かった」

 終結した内乱のことだった。
 ピエトロの陽気な声はいつものことではあったが、その言葉には心から安堵の色が混じっている。ドレルは無言で頷き、ハルファスとセンティアは声を出して同意した。
 フレイムヘイズの誰もが疲弊した内乱。誰の得にもならない無意味な戦い。当事者たる『大地の四神』こそは大層な意義があったかもしれないが、欧州に居るフレイムヘイズ──それも『大地の四神』とは縁が遠く、実力者たちとも疎遠な者には余計に意味のない戦いであっただろう。
 そんな無縁な彼らが何故、疲弊したか。
 その要因もまた内乱にあるのだから、欧州のフレイムヘイズ全てに縁が全く無いと言えば嘘になるのかもしれない。
 数少ない猛者が説得にアメリカへ渡ったために、ポッカリと空いた欧州の穴を誰かが埋めなくてはならない。無論、埋めるのは残っているフレイムヘイズを他においていない。
 実力乏しき彼らでは、猛者あってこそ仮初の均衡が保たれていた欧州の地を守り切ることなどできない。それでも、守らなければいけないのはフレイムヘイズの使命というもので、無理をしてでもなんとかしなくてはならなかった。
 だが彼らだけでは、無茶をしても守り切ることは出来ない。ここぞとばかりに``紅世の徒``が、己が欲望を満たすために欧州は混沌の地となり下がっていたはずだった。けれども実際にはそうはならず、猛者たちの留守の間をしっかりと番してみせた。
 その理由は間違いなく『ドレル・パーティ』と『モンテベルディのコーロ』にある。
 残った弱小のフレイムヘイズたちを守護し、組織することにより、欧州の地に均衡を保ってみせた。
 
「これで私も安眠できる」

 今では欧州で知らない者がいないと思われるドレルの本音。
 健康とは程遠い生活をここずっと強いられて、身も心も老人のように枯れ果てそうだった。
 ドレルの不用意な発言に、彼のパートナーたる``紅世の王``は『死ぬみたいな発言はやめて』と少々気にし過ぎな声をあげ、これにドレルは苦笑しつつもごめんと謝る。その一連のやりとりにピエトロは声を出して笑って言った。

「平和なことは善きかな!」

 平和という単語にドレルはぴくりと眉毛を動かす。

(そういえば、平和を愛して求めて止まないあの男は今どうしているのだろうか)

 こちらの勝手な都合上、今回のこの内乱に巻き込んでしまった友人のことを思い出し、すまない気持ちになりながらも、『不朽の逃げ手』についてドレルはピエトロに尋ねる。
 ピエトロは、その名前に『ああ、彼ね』と朧気ながらに反応しつつも、ドレルに丁寧に答える。

「結局、彼の実力を拝む機会はなかったよ。残念ながら」

 ピエトロはフレイムヘイズとしての気持ちを踏まえた答えを返した。
 
(本人にとっては喜ばしいことなんだろうね)
(ねーっ、あの人なら今頃手放しで喜んでいそうよね!)

 簡単に目に浮かぶことの出来るその光景にドレルは心の中で、孫の微笑ましい有り様を見ているかのように優しく温かい笑いを浮かべる。歴戦のフレイムヘイズらしからぬ、それ以上にフレイムヘイズらしからぬ、見た目通りの精神年齢の青年。
 なんだかんだで大変な目にあっては慌て、助かっては全身で喜びを表すその姿が、実はドレルはお気に入りだった。
 ドレルは自己分析する。
 もしかしたら、その様を見たいがためにモウカを厄介ごとに巻き込んでいるのかもしれない、と。
 
「いや、それでも十分に驚かせてもらったよ」
「そうさ! あの珍しい物好きよりも先に『封絶』を知らしめ」
「フレイムヘイズに教示したんだからね」

 ``紅世の徒``を介して世界中にその存在を広めたのは導きの神。
 その存在を創造せしめたのは``紅世``最高の自在師``螺旋の風琴``。
 これは導きの神により断定された事実である。
 内乱の影の立役者は、誰もが口を揃えて外界宿であると言うだろうが、内乱の被害そのものをここまで食い止めたのは何のおかげかと議題に上がると、誰もが『封絶』であると断言する。
 ならその成果はどこにあるか。
 封絶を作った``螺旋の風琴``だろうか?
 そもそも彼女は創造者とはいえ、敵対関係の``紅世の徒``だ。
 ならば彼らは自尊心、プライドを含め、あくまでも自分たちの中から英雄を作り上げようとする。
 『封絶』を最初に教示したのは誰だろうか。
 元を辿っていくと、とあるフレイムヘイズへと辿りついた。
 そのフレイムヘイズは『大戦』でも活躍し、数多の事件において中心となり解決にあたった歴戦のフレイムヘイズ。欧州にて名高いそのフレイムヘイズは今回の英雄として祭り立てるには十分なビッグネームだった。
 誰よりも早くフレイムヘイズに実用させようと流行の最先端を行き、『内乱』で人間に被害を出させなくし、アメリカの地で間接的に人間を護ることとなった。そのフレイムヘイズの名は『不朽の逃げ手』モウカ。
 ここに、内乱での表と裏の立役者が揃うこととなった。
 その事実にドレルは一言、

「難儀なものだ」

 同情にも似た言葉をドレルは呟いた。
 ドレルはモウカを自分以上の変人であると認識している。それはフレイムヘイズとしてでもあるが、人間として考えても、やはり異なっている。生への執着は確かに凄いものがある。それこそフレイムヘイズの中ではトップに君臨するほどの執着心だ。他に類を見ないと言っても過言ではない。
 これらの要素は十分に変人の域に達しているが、実際に凄いのはそれを実現し、生きていることだ。
 生きたいと思う人物ほど死んでいき、死に場所を求めている人物が死に切れない。このような暴挙が、理不尽が平然とまかり通る世界で、我を貫き通して尚も曲げずに潰えない。
 世の理不尽さに抵抗する力はもはや天井知らず。
 その力にドレルは異常性を見出していた。
 
(神に愛されてこうなのか。それにしては、彼にはいつも神が憎しみを込めているとしか思えない事柄が起きるが)

 やはり奇っ怪だ、とドレルはモウカに対する感想を締めくくる。

「確かに難儀だ。封絶なんて便利なものが出来たのに、それを否定するものが現れるなんて」
「全くありえないってわけじゃなかったさ」

 ドレルが吐露した難儀を全く違う意味で捉えたピエトロは、世を嘆くように言った。ピエトロがおふくろと言って敬っているセンティアは、息子を慰めるようにピエトロに言葉を返した。
 導きの神が肯定した封絶を否定する者たち。
 封絶とはこれまで以上に人間と``紅世の徒``が離別するきっかけにもなる自在法。これは幾つかある封絶の利益の一つだ。人間と離別されることにより``紅世の徒``と人間が接触す機会が減る。また、人間が``紅世の徒``を認知することも減る。これにより人間の歴史とこちらの歴史が混じり合うことが無くなる。
 これは``この世の本当のこと``を隠蔽するにはこれ以上ないほどに都合の良い事だ。発覚するきっかけがなくなれば、発覚そのものが困難なものになるのだから。
 そこに異議を唱えたのが自らを『革正団(レボルシオン)』と名乗った``紅世の徒``の集団。
 新興宗教といって差し支えない彼らは、自らの存在が隠蔽され、人間の歴史から消えることをよしとしなかった。
 彼らの訴えは、それまでにあった``紅世の徒``とフレイムヘイズの暗黙の了解を平然と破るような奇行そのものだ。
 そんな彼らからすれば『封絶』の自在法は邪魔そのものであったという訳だった。
 今は小規模ながらで、大した騒ぎではない。ボヤ騒ぎ程度。まだまだ大火事にはなっていない。
 
(しかし、それも時間の問題)
(どんどん、報告が増えて……またドレルが眠れなくなっちゃうよ!)

 ドレルは見当外れな相方の言葉に苦笑をしつつも、心配をしてくれたことに礼を言う。
 ドレルとしては寝れなくなる程度で終わるなら大万歳と考えていた。不眠で働いて無事に終わるのであれば、寝ないで頑張るまで。だが、今回のこの一件は、どう考えても争いになる未来しか見えない。
 過去、現在。いくつもの宗教が生まれて入るが、宗教間の争いは絶えぬものだし、下手をすれば宗教内でも派閥や考え方、捉え方の違いで争いが当たり前のように起きる。
 『革正団(レボルシオン)』は封絶を悪しきと唱える宗教なら、フレイムヘイズは──しいて言うなら『外界宿』は封絶を良しと唱える宗教。お互いがお互いの主張を取り下げることはなく、これの決着は昔からのお決まりである戦いで決めるより他はない。どちらかが滅ぶまでの。
 内輪もめとはいえ、一つの大きな戦いが終わったばかりだというのに再び訪れようとする争いの火種。
 避けられそうにない全面戦争。

「本当に難儀だ」

 今度はピエトロと同じ意味で同じ言葉を零した。

「これこそ、彼らにも協力を得たいものだったよ」
「しょうがないじゃないか。彼ら、『大地の四神』は討ち手としての意欲を失い、外界宿の管理者となることで矛を収めた。これ以上の結果があるかい?」
「分かっているさ、僕のおふくろ。これ以上はない。彼らを失わずに済むには、これ以外はなかったのだから」

 内乱は『大地の四神』が自らの矛を収める事によって終息を得た。
 外界宿管理者の器に収まったのには、説得をしていたとある調律師の発案によるものだ。調律師とは、世界の歪みを均して修復し調律を行うフレイムヘイズのことであり、彼らは総じて長年の戦いで復讐心をすり減らしたフレイムヘイズがなっている。
 自らの意義に疑問を抱き立ち上がった『大地の四神』の説得役としては、これ以上ない先達者ということになる。
 だから矛を収めるだけで事を収めることが出来たとも言える。
 『大地の四神』はもはやフレイムヘイズの戦力とは言い難いものになってしまった。
 もし、『革正団(レボルシオン)』との抗争が始まっても、強力すぎる彼らの力を頼ることは出来ない。
 ピエトロはその事実に嘆いていた。
 とは言え、嘆いてばかりはいられない。

「彼らの力は借りられないにしても、『革正団(レボルシオン)』を脅威とみなしているのは僕らだけじゃないのが救いか」
「封絶の利益は``紅世の徒``にもある、ってことは」

 ピエトロの言葉にセンティアが続け、

「``紅世の徒``もみすみす見過ごすこともないだろうね」

 ドレルが締めた。
 封絶を否としているのは``紅世の徒``ではあるが、これはあくまで今の主流に外れた思想。導きの神が封絶の存在を告知したのだから、この使用する流れに乗ることこそが正しいものになっている。
 その流れにあえて逆らうような『革正団(レボルシオン)』の活動は``紅世の徒``にとっても鬱陶しいもの。
 これの表すものは『革正団(レボルシオン)』は完全なる異教徒であること。
 フレイムヘイズと『革正団(レボルシオン)』の全面戦争とは言うが、実際には彼ら少数派を多数派が潰す殲滅戦にもなりえる。
 ``紅世の徒``との一時的な休戦関係を築ければ、この果て無い戦いにも終止符を打てる可能性を高まる。
 ドレルとピエトロは組織の運営者として、どのフレイムヘイズよりも先を見通していた。
 何よりもフレイムヘイズの将来のために。





◆  ◆  ◆





 ピエトロが退室した会議室にドレルは一人で冷めた紅茶を傾けていた。
 内乱が終わったばかりとはいえ、未だ片付けなければならないことは多い。その中でも、早急に、それでいて手早く片付けることの出来ること。それについて考えていた。
 それについてはドレルは、自分よりもピエトロが深く考えているだろうと予測する。欧州とアメリカを行き渡る際には何度も議題に上がっていたであろう、交通の便の話題。海の上の交通。
 『海魔(クラーケン)』の問題。
 ドレルの持つ情報には、彼らは封絶を未だに使わないことが確認されている。
 『革正団(レボルシオン)』と同じ思想であるかどうかは確認されていないが、以前から問題視されていたものだ。今更彼らの排除には否定の声は出ない。
 それの対応に思考を張り巡らしている時だった。
 
「失礼します」
「ん、どうしたのかな。パウラ・クレツキー」

 パウラ・クレツキーと呼ばれた女性は彼女は『ドレル・パーティ』の一員のフレイムヘイズである。
 彼女は『あ、あの』と相手の様子を伺うような声を出しながら、言葉を紡いだ。

「この子を預けられるフレイムヘイズを紹介して欲しいのです」

 そう言って、パウラの背後から出てきたのは十五・六歳ほどの女の子。二つに纏めたブラウンの髪を前に垂らしている。
 見た目はどこにでもいそうなごく普通の女の子だった。
 髪を纏めている二つの髪飾りから、少女のような声と色っぽい女性の声が聞こえなければ。

「本当は私の知り合いに頼もうと思ってたのですが、どうも捕まらなくて。見つかるまでの間を、その場凌ぎだけでも、と。本当は私が預かれればいいのですが、新米とはいえこの子の方が力が……」

 しゅんとしょぼくれた雰囲気を醸し出すパウラに、ドレルは苦笑しつつも、少女の方に視線を送る。
 女の子の年頃から浮かぶのは、ある友人のフレイムヘイズにいつも付き添っている少女。
 眼の前の少女ほど、彼の付き人は強い存在は感じさせないが、御するのは眼つきやその察する性格からは向こうの方が上。
 ならば、すでに一人の少女を育てだ実績からも、彼が適任だろう。

「分かった。私に一人心当たりがある。何、彼なら難なくこなしてくれるさ。すでに少女を一人連れていることだしね。大丈夫、命に関わらない仕事だ。彼も断りはしないだろう」

 ドレルがそう言うと、パウラとその少女ともども、声を揃えて笑顔で礼を言った。
 その様子をハルファスただ一人が、ここにいない彼に無言で同情した。その事実を知る者は誰もいない。

第四十六話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 最近というよりは、だいぶ昔。それこそ現代に生きていた頃より思うのだが、俺はもしかしたら不幸属性なのだろうか。いや、思い込みが激しいだけもしれないし、俺のように次々と面倒事やら厄介事やらが矢継ぎ早に訪れるのは意外と普通なのかもしれない。
 俺が不幸属性かどうかなんて他の人と比べてみなければ分からないことであるし、例え分かったとしてもどうしようもないことなのかもしれない。
 奴らは突然やってくるものではない。
 いきなり、忽然と現れたかのように思えるかもしれないが、それはとんだ大間違いだ。俺の知っている限りでは、意外と前振りや伏線があったりする。けども、その伏線に気付ける人はそうそういない。厄介事に慣れている俺でも、怪しいなと経験則から感づくことはあっても明確に感じ取ることはできない。
 出来ているなら俺の人生はどれほど平和なものだっただろうか。これはなんでも出来るなんちゃって魔法の自在法で、厄介事を感知出来るようなものを開発した方がいいのか。
 ……無理だね。
 あまりにも抽象的すぎるものを表現することは出来ない。『自在』だなんてけったいな名前が付いている癖に出来ないことが多いのだから、名前負けもいいところだ。『せかいをへいわにするじざいほー』とか作れたら良かったのに。
 何度目かも分からないありえない自在法のことを考えながら現実逃避を続ける。
 いつだったか、命が関わらない仕事ならいいのにとか言った自分が憎い。
 誰だよそんな事言った奴、出て来いよ。過去の自分を粛清してやりたいよ。と、思っても現実が変わることもなく、そんな伏線みたいなことを言ってなくてもきっと同じ事が起きていたであろうことは薄々ながらも分かる。
 あれだよね。
 俺は逃げる逃げるとか言っておきながらも結局は肝心な所では、逃げ切れていないのかもしれない。逃げ手の名は伊達じゃないとは思うけど、全ての事象からは逃げることは出来ないみたいだ。
 実力不足ではない。これはきっと……世界の法則なんだね。
 草原の地方線の先を遠くに見つめ世界の法則に嘆いていると、『大丈夫?』とリーズが背中をさすってくれる。その優しさに思わずほろりとしそうな程に俺の精神は参っていた。たぶん、俺の精神が参る原因の一端を担っているのは、心配そうな顔をしているリーズとは対照的に、ゲラゲラと笑うウェルにもあると思うんだ。
 ウェルの耳障りな笑い声は置いておいて、ようやっと内乱が終わり、軽い監禁状態であった俺も自由となった矢先のことだった。
 最近、世間が色々と騒々しいなとか思ってたら、光のごとく一人の女の子が来訪した。
 空を素早く飛んで現れた。
 凄いな。俺も嗜みとして空をとぶことは出来るが、あれほどのスピードは怖くて出せない。現代の高速道路で速度が百を超えただけでヒィヒィ言っていた俺には絶対に出来ない所業。足のつかない空ならなお怖い。
 ちなみに飛行機は大丈夫だった。離陸から着陸まで寝てればいいだけだからね。
 空から落ちてくる少女、ではなく空から降りてくる少女だ。空を飛んでいる時点で、異常者──まあフレイムヘイズか人化の自在法を使った``紅世の徒``であることは確定しているのだが、彼女はフレイムヘイズだな。``紅世の徒``独特の禍々しさというか、悪意を感じない。
 はてさて、フレイムヘイズの主な移動手段は人間と変わらない。何故かといえば、空を無闇に飛び人間の目につくことを恐れるためだ。それでもどうしようもない時はやむを得ず使う訳だが。この時点ですでに厄介事であることが決まったことになる。
 『空を高速で飛ぶ少女が俺の元に舞い降りた』。ほら、全てが面倒事のような塊じゃないか。俺の元に舞い降りるのはいつも面倒事って決まっているし。面倒事じゃない可能性になんて今更賭けないよ。もう、ズピピーンと分かるよ。不本ながらも、ね。
 嫌なことばかり予想が当たるのだから、自分の勘が憎いね。
 俺が現実から目を背けていたせいか、来訪した少女は首をかしげて困った顔をしている。
 肩の前で少し古風な鏃型の髪飾りで二つに纏めたブラウンの髪。威圧感を感じさせない少女の雰囲気は、いかにも普通の女の子だが、同じ異常者である俺には彼女の内に篭る強い力を感じる。
 俺とは比べものにならない様な力強さを秘めた力。
 それだけで分かる。彼女は猛者となり得るフレイムヘイズだ。これこそ経験に基づいた、それ以外に根拠のない理由だが、確信に近いものがある。
 ちなみにリーズにはそういったものは感じない。成り行きや本来とは違った理由で契約してしまったのだからしょうがないのかもしれない。
 少女は、俺がようやく自身に目線を送っていることに気付き、慌てて頭を下げて挨拶しながら自己紹介してくれた。

「初めまして、私はキアラ・トスカナって言います。称号は『極光の射手』です。二代目、だそうです」

 ああ、『極光の射手』か。なるほど、それなら納得だ。そりゃあ猛者になることが確約されているようなものじゃないか。
 その称号は前の、初代『極光の射手』が広めた名。俺が日本に行くことになった理由でもある。
 二代目が現れたということは、やはりカールさんは死んでしまっていたのだ。
 
「私たちの紹介はいらないわよね?」

 片方の髪飾りから聞こえたのは艶っぽい女性の声。
 俺の記憶が正しければ、『極光の射手』の``紅世の王``は一つの体に2つの意思がある珍しい一風変わった``紅世の徒``だったはず。姉妹の``紅世の王``で、比較的落ち着いてるっぽいのがウートレンニャヤで、

「お久しぶり。また会う日が来るとは思わなかったよー。あの時の『不朽の逃げ手』はどうも弱々しいイメージしか無かったからね!」

 軽くはしゃいでいるような少女の声。
 ウェルのように楽しいことが全てと思わせるような子どもっぽいのがヴェチェールニャヤだったよね。
 我ながらよく覚えていたと思う。それほどまでに『大戦』の時の記憶は鮮烈だったのだろう。あの頃のことは今でも明瞭に思い出せる。その全てがトラウマ級だから、本当は思い出したくもないのにね。
 俺が「そっかぁ、『極光の射手』かぁ、何しにきたんだろう」とまたトリップしそうになっていると、リーズが俺の服を引っ張り現実に引き戻させた。リーズは目線だけで言っている。いい加減に現実を見ろと。
 しょうがないな。話を進めよう。気が進まないけど。
 溜息を隠すこともせずに溜息をして、彼女らに自分とリーズの紹介もした。
 
「さて……では、本題に入って。なんで君たちはここに来たのかな?」

 『極光の射手』などという無駄に有名なフレイムヘイズを俺の元へと寄越した意味。何かの戦いにでも参戦させるつもりなのだろうか。
 それならば、『極光の射手』をわざわざ送ってきた理由も分かる。
 俺の知っている限り、『極光の射手』は最速のフレイムヘイズだ。先にここにやってきた時もそうだが、俺が存在を感知したのに、逃げることが出来なかった。
 俺の感覚も鈍っていたのだろう。だが、それだけではない。光の如くと表現しては少し大袈裟かもしれないが、俺の持っている全力疾走でも、決死の逃亡でも逃げ切れないかもしれないと思わせるほどの速度があった。確実に逃げるには自在法が必須だっただろうが、俺は隙をつかれてしまい自在法を発動することすら出来なかった!
 いや、うん。単純に不抜けてたら気付いたらそこに少女が降りてきたというのが真実だけど。
 でもね。今時、フレイムヘイズが空からやって来るのは珍しいことなんだよ、と自己弁護をさせてもらう。
 何はともあれ、こうやって面と向かって自己紹介までしたのだ。何をしに来たのかは知らないが、話を聞くだけ聞いてから逃げようじゃないか。逃げるのはそれからでも遅くないはず。
 ちなみにだが、先程からウェルが何も口出さないのは笑いを堪えるのに必死だから。時々、笑いが漏れてくるのが、どうもうざったらしい。
 キアラ・トスカナは、申し訳なさそうな顔をしながら答える。

「ごめんなさい……私のせいなんです。私がちゃんと力が扱えないから」
「私達のキアラはね、契約の時のショックからから『極光の射手』としての力を十分に扱えないのよ」
「今までキアラを担当してた人には『極光の射手』の暴走を止められなくて、そこで貴方に出番が回ってきたってわけ」
「俺が君を預かれと? 俺が『極光の射手』の暴走を止めて、暴走しないよに教育しろと?」

 正直言うなら、俺もとてもじゃないが『極光の射手』の暴走なんて止める自信がないぞ。欧州きっての猛者だった過去の功績からも図れるし、実際に見た彼らの強さは正しく強者だ。勘違いや何やらで固められた俺の偽の強さではない。
 実力伴う『極光の射手』の本物の強さが暴走して、俺が止められるかどうかなんて甚だ怪しい。まして、担当が投げ出すってどういうことだよ。
 頑張れよ。それが仕事だろ。俺に投げるなよ!
 人に教えられるほどの技量がないのだから当然、教育だってしたことない。

「いえ、暫くの間だけ世話になれって言われました」
「もう一人教育したようなもんだから出来るって思われたんだと思うよ」
「もう一人……リーズのことか」

 他人からそういう目で見られていたのか。
 俺はリーズにフレイムヘイズとして何かを教えたことはほとんどない。常識程度なら何度か言ったことはあるが、基本的にはフルカスとウェルが、戦闘面に関しては全く関わっていない。それこそ、師匠はもしかしたらリャナンシーになるのかもしれないな。彼女に自在法を教えてもらっていたわけだし。贅沢なことだ。
 こうしてみると、リーズが優秀だってことが分かる。
 俺は何もしていないのに、気付いたらフレイムヘイズとして一人前だ。
 俺なんて自分がフレイムヘイズとして名乗っていいかも微妙なのに。立派なものだな、リーズは。

「教育はしてもらったかどうかは微妙だけど、色々教わりはしたわね。生き方とか、生き様とか」
「うんむ、中々に一途な生き方で、面白い輩だ」

 そうか、リーズは俺から色々教わってたのか。
 でも、生き方とか生き様を教わったって、それって主に逃げ方じゃないのか?
 いいのか、それは教わったに入るのか? あれかな、反面教師ってやつなのか?
 俺が複雑な疑念に包まれていると、それを察したのか、俺をその疑念から解き放つために誰にも聞かれないように耳元で囁いた。

「良い生き方だと思うわよ。私は尊敬してる」

 え、すごく、ものすごく嬉しいんだけど。
 今まで俺の生き方を褒めてくれたのはウェルだけだった。しかし、それはウェルがウェル自身にとって楽しいと感じるからであって、なんだか利用されているような言われようだった。
 真っ直ぐな賞賛はこれが初めて。
 身近な人に認めてもらうってこんなにも嬉しいことだったのか。
 あーやばい、リーズに抱きついてしまいそうだ。
 その感情を無理やり押し込むためにも、隠すためにも、リーズにはありがとう、とお礼を言ってから改めてキアラ・トスカナに向き直る。

「兎に角、知人の『極光の射手』云々は置いといても、俺が誰かに何かを教えることは出来ないけどいいんだね」
「本命は別の人だから。それまでの中継ぎだってー」
「暫く預かる『だけ』でいいってことね」

 預かるだけね。
 簡単に言うが、俺はこれといった拠点を持っているわけではない。いつも気紛れに、されど危険なことには巻き込まれないように慎重に行動しながら旅をしているだけ。
 その旅にに見ず知らずの少女を巻き込むのもちょっと、と思うがそんな行方知らずな俺に預けて、いざ本命を見つけた時に連絡のしようはあるのだろうか。
 ん、そういえば彼女は真っ直ぐ俺の方へ飛んできていたな。
 どういうことなんだ。何故、来れた? どうしてここに辿りつけたんだ?
 これは本当に……対俺用の自在法があることを疑ったほうがいいかもしれない。俺と鬼ごっこをして追い詰めた奴が過去にも居ることだし、不可能ではないだろう。
 俺の炎の色を知っている者も多いし、たった一人のフレイムヘイズを探知するためだけの自在法なら無理なく作れそうでもある。
 ただの被害妄想かな。それならいいんだけど。
 一応確認のためにこの仕事の依頼主を聞くとしよう。
 この無茶ぶりからしてある一名、鬼ごっこをしたやんちゃなおじいちゃんしか思い当たらないけど。

「ええと、ちなみにさ。俺のことは誰に紹介してもらったの?」
「ドレルさんに」
「アハハハッ!」

 だよね。そうだよね。
 ここで、ウェルがはちきれんばかりの大笑いが炸裂した。耳が痛い。というか、ただの基地外にしか見えないぞ、ウェル。

「いや、ごめんごめん。あのおじいちゃんは本当に愉快だね! モウカ、楽しくてしょうがないよ! あの時がきっと運命の出会いだったんだよ!」

 ウェルの言葉についていけない『極光の射手』はぽかーんとしている。何が何だか分からない顔だ。
 当たり前の反応だろう。
 ウェルの言っている意味は全く分からないだろうからね。俺とドレルの出会いを知っているのはそれこそたった四人だけ。
 それでも、俺は断言できるね。
 俺は運命なんて言葉が大嫌いだよ!
 にしても、ここまではっちゃけたウェルは久々だったかもしれないな。ずっと大人しくしてればいいのに。
 ついでに気になることをもう一つ聞いてみる。

「ちなみに、もう一回ちなみにさ。空から飛んできたのって」
「ええと……ドレルさんが」
「『不朽の逃げ手』に逃げられないようにするためだ、って言ってたよー」
「貴方も苦労しているのね」

 ウェルの笑い声がより一層、大きくなった瞬間だった。

第四十七話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 昔と比べ今がどれほど逃げにくい世界であるかを知っているフレイムヘイズはこの世界でただ一人、俺だけに違いない。俺以外にもそのことを知っているフレイムヘイズが居るならば、是非とも交友関係を持ちたいものだ。
 俺が厄介事から逃げにくくなった理由ならそれはきっと、ドレル・クーベリックとか言う厄介事が服を着たような人物のせいであると断言できるのだが、何も逃げにくくなったのはそれだけではない。
 ``紅世の徒``から事前の逃げが出来にくくなってしまった。
 原因は封絶である。
 封絶はこの世とは世界を隔絶し、修復可能で内外部からの干渉を難しくする自在法。簡単に言い換えると、フレイムヘイズと``紅世の徒``ための戦闘フィールドであり、人間を巻き込まないように考慮された結界のようなものになる。
 こうやって何度も何度も封絶に関して思考してきた訳だが、実際にしょっちゅう使われるようになったのはここ最近になってから。神がこの自在法の存在を公知させ、その有用性を世界に知らしめたほんの十数年に広まったばかりの新出の自在法。これが公の封絶の認識だ。
 俺の場合は少し特異な経緯から、知れ渡る十数年前から知っていただけでに過ぎない。
 よって、封絶の対策をと考えてから、実際に封絶を使った戦闘に巻き込まれるようになったのはつい最近、先日のことだった。
 戦闘フィールを大きく張れば、逃げようとしている俺、しいては逃げようとしている場所までもが戦闘フィールドになってしまったり、封絶によって存在の力が感知しづらくなったりとやりにくい世の中になってしまったよ。
 十九世紀も残すところはあと十年と差し迫った今日この頃。十九世紀は俺にとって、今までの人生で最も波乱に満ちて、嫌気の指す日々だったよとリーズに愚痴をたらしている日のことだ。
 ドレルに新たに押し付けられた仕事は一組のフレイムヘイズの面倒を見ること。そのフレイムヘイズは、大戦を知るものには蛮勇を思い浮かばせる『極光の射手』その人。初代『極光の射手』は、契約した``王``──``破暁の先駆``ウートレンニャヤと``夕暮の後塵``ヴェチェールニャヤの証言により、油断と自己の力の過信から``天目一個``によって滅されてしまったことを教わった。
 懐かしくも嫌な記憶しかない``天目一個``の名に俺は冷や汗と苦笑を返すしかなかく、もう跡形も無くなっているが奴に斬られた箇所が、その名を聞いただけで疼く錯覚を微かに感じた。
 あの大戦ですら大きな怪我をしなかった俺に、色んな意味で傷をつけたそのミステス(ウートレンニャヤとヴェチェールニャヤの経験談によりミステスと判明した)。
 気配察知の出来ない彼にはもう二度と会いたくないものだ。ああ、そういえばこの経験も十九世紀か。本当に最悪の一世紀だ。あと十年残っているけど。
 俺と同じく嫌な記憶なのか憎々しげながらウートレンニャヤとヴェチェールニャヤは``天目一個``について語っていた。
 初代の時の活かすつもりのようで、二人はキアラに慎重にフレイムヘイズとしての在り方やらなんやらを教えている。しかし、その教えはあまり上手くはいっていないようだった。
 その原因はキアラが俺に預けられた『極光の射手』の暴走のようだ。
 キアラ本人も上手くいかないことを悔やみ、どうすればいいのか分からずに困惑している。フレイムヘイズの大先輩というだけで俺にどうすればいいか教えを請おうとするぐらい。
 いや、これは普通なのか。一応、経歴上は大先輩に当たるっちゃ当たるから。
 命に関わらない相談事くらいなら乗らないことはない。それに可愛らしく『困りました、どうしましょう』みたいな顔で頼られてしまうと、男として、先輩としてどうにかしてあげたい気持ちにはなるのだが、対応策が全く思い浮かばない。それ以前に、フレイムヘイズの力の暴走って何よ。俺は全く身に覚えがないのだが。

(暴走っていうのは、契約時のショックから起きるパニックの事なんじゃないかな)

 契約時のショック。
 自分が死にそうになった時に、または信じたくないような絶望的な光景を目にした時に高まった感情を``紅世の王``が``紅世``で感じ取り、状況を打開する力を、復讐をするための力を与える。これが一般的な人間が``紅世の王``と契約することになる経緯。これは奇しくも俺も同じだ。
 つまり契約時とは、その人物にとって最も最悪の出来事が起きた瞬間とも置き換えることが出来る。ウェルはその瞬間をフラッシュバッグしたことによって起きるのが暴走であると俺に教えてくれた。
 単純に言うと、嫌なことを思い出して困惑した状態。それが目に見える形となったのが暴走状態と言ったところだろうか。
 でも、それって、

(本当にそうなのか?)
(どういうこと?)
(いやさ。過去の嫌な事を思い出して、慌てふためくというか、思い出しただけで涙がでるというか、気持ちはね、痛いほど分かるんだよ)

 他のフレイムヘイズが``紅世の徒``と戦闘したり、遭遇したりした程度ではトラウマにはならないだろう。むしろ血気盛んに討たんと行動する。しかしながら、俺はその逆で涙を流しながら必死こいて逃げるんだ。俺からすれば``紅世の徒``との遭遇は不幸であり嫌な事で、戦闘はトラウマへと早変わり。
 だからもし仮に、キアラが契約するきっかけとなった``紅世の徒``に襲われた出来事がトラウマで、暴走しているんだとすれば、それこそ俺にも当てはまるのではないだろうか。
 キアラは女の子だし、精神的に俺より余裕がなかった、それこそ個人差といわれれば、そういうものだと納得するしかないかもしれないけど、``紅世の徒``への恐怖を抱いている度合いで言えば、絶対に負けない自信がある。
 うん、威張って言うことじゃないのは分かってるよ。

(モウカは、原因は他にあるって言いたいんだよね?)
(そういうことになるのかな)

 とは言え、じゃあそれはなんだと問われても答えようはなく、結果は分からないとなる。ショックが原因で暴走にあると仮定しても、その対処法はと聞かれたって分からない。どっちにしろ、俺がキアラにしてあげられることはなかった。
 だいたい、悩みの解決どころか世話を出来るかさえも怪しいところなんだ。
 ドレルは俺がすでに女の子と旅をしているからという理由でキアラを任せたらしいが、俺はほとんどリーズに何もしていない。
 フレイムヘイズになった生い立ちさえも普通とは違い、本来であれば心のケアとかも俺がしなくてはならなかったはずだが、放置してた。
 そう考えると、リーズは意外と出来た子だ。頭は少々残念なところを時折見せるが、それを除けば自分のことは自分で出来るし、お金が無い時はよくお世話になった……て、俺がお世話になってないか?
 過去のことはさておき、俺からキアラに言えるのは、

「ごめん。解決策は見当たらない」
「あ、いいんです! 私が自分で解決しなくちゃいけないことなので」

 キアラはそう言うとしゅんと縮こまってしまった。
 彼女の首飾りからは、「もう、そんなに気にしなくたっていいんだから!」と明るい声と「すぐに力を振るえる人はいないから、私達のキアラも焦る必要ないよ」と落ち着いた声が、キアラを励ます。
 彼女は契約した``王``に恵まれているようだ。
 彼女らの声で多少は元気を取り戻したキアラに、俺も先輩として何か出来ることはないかと考えてみる。
 俺が他のフレイムヘイズに胸を張って教えられるようなこと。人より優れいて、簡単に教えられることといえば、すぐに浮かぶのは一つのワード。

「でも、そうだね。俺がキアラに教えてあげらることといえば」

 ウェルが俺を面白いと言う原因であり、ある意味では良好な関係を保っている秘訣。
 最弱の力しかない俺がこの弱肉強食の世界で、生きてこられた理由。
 気づけば数多の戦いをくぐり抜けてきたその判断力の元。

──逃げることの大切さ

 これをおいて他にはあるまい。





◆  ◆  ◆





 嵐の渦中。雨と風が紅の世界内で猛威を振るい視野を完全に遮る。視野が遮るのみならず、``紅世``の者なら必ず持っているであろう気配の感覚をも鈍らせ、敵の位置を把握させない。暴風と豪雨はただの人間の身では脅威ではあるが、``紅世の徒``にとってはなんら問題のないはずのものだ。しかし、それも長期に渡れば身体の疲労を誘い、普段あるはずの気配の感覚を無くされた初体験と違和感によって心の疲労を誘う。
 それだけではなく、この自在法に敵対する``紅世の徒``は身に覚えがあるのか焦燥の色を隠そうともせずに呟く声が俺の耳元まで聞こえる。

「これが『嵐の夜』……くっ、討滅の道具め!」

 中心部。日本で言えば台風の目とも呼ばれる場所、嵐の発生源に俺たちは居る。
 嵐の発生源とは俺のことだが。
 久方ぶりの『嵐の夜』の発動だったが、相手の悔しそうな言葉を聞いて無事に発動できていることを確信し、俺は胸をなでおろしたところだった。
 戦う気がなかった俺に、遠い彼方から何を間違えたのか飛んできて『封絶』を張ったお馬鹿な``紅世の徒``にいい気味だと心の中で愚痴た。
 最初から言動がおかしかったのだ。
 ``紅世の徒``はいきなり、『俺を討滅する気だろ!?』と最初から差し迫ったように怒気を漏らし、『俺の計画がどこで漏れてしまったのだ!?』と意識過剰な言葉を残した。
 お前の計画なんて知らんし、俺は討滅する気もない。感じる存在の力はリーズの内蔵されているそれよりも少ないし、発言からも俺以上の小物臭しかしなかった。
 普段ならこんな状況を愉しんで大爆笑するウェルですら、失笑と苦笑を零した上に、

「モウカ、こいつ、つまらない臭いしかしない。とっとと退散しよう」

 あのウェルをしてここまで言わした程の敵だった。ある意味称賛に値する。
 俺も珍しくウェルの言葉に同意し、そそくさと退散しようと思ったら、キアラが少しびっくりした表情をしつつ俺に尋ねた。

「討滅しなくていいんですか?」
「……え?」

 俺が逆にびっくりした。
 討滅する必要あるの? と問い返しそうになった。

「それが普通の反応だと思うわよ」
「うむ、お主がちと特例なだけだ」
「そうだった、そうだったよね」

 リーズとフルカスの言う通り、フレイムヘイズって本当は``紅世の徒``を滅することが仕事の職業だったね。お兄さんすっかり忘れてたよ、なんて口に出すことはせず、キアラになんて言葉を返そうか悩む。
 俺が戦えないからと正直に言ってもいいのだが、ここは一つ見栄を張って偉いことを言うのもいいかもしれない。
 いや、待て。慌てるな。
 ここでしっかり俺が戦えないことを表明することが出来れば、何故か聞く度に増えていいく勘違いの連鎖を止めることが出来るかもしれない。
 そうと決まれば言う言葉はこれしかない。

「モウカさんは普通じゃないんですか?」
「そう、何と言っても俺は``紅世の徒``とは戦えないからね」

 言った。
 ついに言ってやったぞ。
 これが真実だ。
 知る者がほとんどいない貴重な真実だ。紛れも無い真実だ。
 分かっただろ。俺は色々と噂されているが実は強い弱い以前に、戦えないか弱い生き物だったのだ。『極光の射手』とは比べるべくもなく、隣で俺の発言にびっくりしているリーズにも及ばないほどのちんけな虫けら風情だ。
 だから、戦うなんて冗談じゃない。
 さっさとこの場から撤退して、生き長らえるためにも──

「──モウカさん、敵が目の前にいるのに冗談を言うなんて、すごい余裕ですね」
「これが余裕ってやつなんだねー。カールにも余裕と油断の判断ができたら」
「カールですら一斬りで殺された敵から、生き残っただけはあるわけね」

 冗談。
 いやいや、冗談じゃないよ。本当のこと。これが現実で、事実だ。戯言でも虚言でもない、たった一つの真実だよ。
 何故それを全否定しているんだ。
 ``紅世の徒``がやってくると気付いた時の俺の鬼気迫った追いつめられた顔を見たか? ひどいもんだっただろうに。体中からは冷や汗が止まらず、頭の中では逃げることしか考えてなかった。封絶が発動されてからも、いち早くに『嵐の夜』を発動させて防衛線を張ったんだぞ。自分の命可愛さに。
 それが何故、余裕だなんて言われるんだ。
 俺の数百年の心理状況で、余裕だった時は十分の一もないというのに。

「……ま、この自在法を見せられたらそう思われるのは当然じゃない」
「うんむ、普通は理解し難いだろうな。お主の心情は」

 俺の相方たちは、自分たちの感想をただ言うだけで、

「モウカったら、冗談が上手いよね。そんなに強いのに戦えないだなんて」

 プークスクスと語尾につくウェルの言葉はもはや感想ではなく、俺への追撃だった。
 中々に理解してくれない一行だが、まだ諦めるつもりはない。ウェルに笑われようとも、俺は勘違いを止めてみせる。

「余裕じゃないよ。だからこうやって『嵐の夜』を使って逃げるんだよ」

 逃げるという部分を強調して、そのまま実行に移す。
 リーズとキアラの手を無理やり取り、強引に封絶外へと移動する。それはもう全速力で、油断も隙もなく。
 封絶内からは封絶外の情報は掴めないが、そんなことを気にすることも出来ず、力いっぱい逃げた。封絶の外へ出てからも、``紅世の徒``が気配を感じれる圏外へ出るまで、逃げ足を止めることなく速度を上げて逃げる。
 言葉で理解されないなら、行動で理解されるしかない。
 俺がいかに戦いに恐れているかを、キアラに教えたかった。





◆  ◆  ◆





「お世話になりました。フレイムヘイズはただ戦うだけが使命ではないことを知ることが出来ました」
「時には逃げることも大切……か。カールの時じゃ考えもしなかったもんねー」
「``紅世の徒``は全て俺様が討滅! だったからしょうがないわよ」

 来た時は違って、ゆったりと歩いて行くキアラたち『極光の射手』。姿が見えなくなるまで手を大きく振り続けるキアラを俺たちは見届けた。
 一年の時を使ってようやっと探し人である人物が見つかったようだった。
 ``紅世の徒``を追い求めて、見つけては討滅するしかないフレイムヘイズをたった一年で見つけられるようになったのは外界宿の連携がとれてきた証なのかもしれない。

「行っちゃったわね」

 どこか寂しそうにリーズは小声で言った。
 俺が世話を出来無い代わりに、世話と言うか仲良くしていたのはリーズだった。同じ女の子同士からか、後年になると仲良くしゃべってるところをよく見られた。女の子同士の会話のため、話題はどんなのかは知らないが、女の子二人が普通にしゃべってる姿を見ていると、二人がフレイムヘイズであることを忘れてしまいそうだった。
 ついていけばよかったのに、とさり気なく呟いただけだったのだが、リーズはそれに素早く反応して、「行かないわよ、行くわけない……じゃない」と俺を真っ直ぐ見つめて言った。
 その反応にどう返していいか分からず、お互い無言になりどことなくむず痒い雰囲気になる。
 雰囲気を打破したのはやはりウェルだった。

「結局、誤解は解けなかったね」
「お前がそれを言うか」

 ウェルの助け舟に突っ込む形で乗る。
 誤解を解こうと俺は必死だった。少しでも勘違いが緩和されればと半ば妥協していたが、最終的には何も成すことは出来なかった。
 ウェルは勘違いが相乗するようなことばかり言っていたが、リーズが弁護してくれていたのか、途中からキアラは俺が``紅世の徒``の討滅を第一としていない変わったフレイムヘイズであることを理解してくれた。
 しかし、キアラは俺のことを『使命に囚われない自由奔放なフレイムヘイズ』と受け取っただけ。
 戦闘の出来無い、非戦闘要員であることは最後まで理解を示してくれなかったのは残念だった。

「素直でいい子だったじゃない」
「そうだけどね。もうちょいウェルの言葉に騙されないようにして欲しかったね」

 賢い子だったよ。
 それは間違いない。
 フレイムヘイズはその出生故に復讐者の代名詞で、``紅世の徒``を目の前に逃げるなんて言語道断。ありえないことだ。
 俺はそれを平然と行い、その大切さをキアラに説いたら、キアラもその大切さを理解してくれた。
 頭の硬い連中、というか復讐の一点張りの奴らでは出来ないその判断と選択肢を持つことの有効性を理解できる柔軟性は、賢いと言えるものだった。
 そして、幅広い考え方を出来るものは、

「あの子は将来有望だ」
「『極光の射手』の時点で確約されてるけどね」

 有望な若手が出れば、フレイムヘイズ全体の生存率も上がるというものだ。
 早くに暴走の弱点を治し、第一線で戦える日が来るのを俺は期待する。
 俺が``紅世の徒``と出会うこともないくらいの活躍を、ね。

短編集(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

・本編とは関係ないと思ってください
・作者の妄想が入り交じってます
・本編の雰囲気を破壊する可能性があります
・ネタです
・ネタなのです
以上のことが含まれるので、それでも良いと思う方だけお読みください。

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第四十八話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 出来ることなら今回のこの戦いには『極光の射手』の助力があればとつくづく思う。何を隠そう、『極光の射手』とは最速の名を自他共に認められるほど、素早いフレイムヘイズだ。その速度は脅威で、時には攻めにも守りにも活用できるほどの汎用性がある。俺が着目しているのは、その速度があればあっという間に戦闘区域からの離脱が可能になる。助力があればと思うのは、いざという時には戦線離脱を容易に図れてしまう安全に基づくものだった。
 速さは俺にはない要素である。
 『嵐の夜』は逃げるために編み出した自在法だけあって、俺が逃げる際には十二分な効果を齎してくれるが、それ以上の安全性があるなら、それを求めるのもまた俺にとっては当たり前のこと。命は一つ、尊く儚い。簡単に消えさってしまうもの。ならば、その安全策は二重でも、三重でもいくらあってもいいものだし、いくらあっても足りないものだろう。
 保身に保身を重ね、念には念を入れて安全を確保する。これがフレイムヘイズとして長生きする秘訣であることは、俺の存在によって証明されている。
 危険な場所には近づかないことも大切なのだが、今回に限って言えば、戦いの助力も悪く無い話だった。

「``海魔(クラーケン)``の一斉討伐の日がついにやってきたか」
「モウカも待ち遠しそうだったもんね」
「危険なイベントはとっとと終わらせたかったからね」

 でも、待ち遠しかったわけじゃない。待ち遠しい訳が無い。
 戦いが起きるんだよ? 戦いが起きるということはつまり、そこには危険が伴うんだよ?
 それを間違っても楽しみに待つわけがない。むしろ、その状況を楽しみにしていたのは間違いなくウェルの方だろう。正確には、戦いに巻き込まれて慌てふためく俺の姿を楽しみに、だけど。ウェルが俺をおちょくる姿がもうありありと眼に浮かぶよ。

「貴方は今回は必死な形相で『絶対に逃げる!』って言い出さないじゃない? 珍しいわね」

 リーズが不思議そうに目を細めてこちらを見る。
 不思議に思う気持ちは分からないでもない。
 いつもの俺なら、それこそ安全第一を常日頃より心がけている俺なら、こんな危険な仕事を引き受けようとはしないだろう。俺のことをよく知っているリーズだからこそ出る疑問。
 当たり前だ。
 誰が好き好んで``紅世の徒``の殲滅になどに出張るものか。俺は最弱のフレイムヘイズ。そんな実力ドベの俺が大層な戦いに巻き込まれれば、川辺の貝殻のごとく簡単に波に飲み込まれて消えてしまう。気付いたら存在が消えてしまうよ。危険を多分に含める戦いに、自ら率先して参戦するはずがない。どんな弱小の``紅世の徒``からも逃げているこの俺がだ。
 リーズがどれほど``紅世の徒``への恐怖を抱いているかは知らない。俺と一緒に付き合ってきて、安全やら平和やらの大切さは骨の髄まで染み込んでいるだろうが、それが``紅世の徒``への恐怖へと繋がるかは別だ。
 もしかしたら、真に``紅世の徒``を恐れているのは数多くいるフレイムヘイズたちの中で俺だけかもしれない。
 リーズは俺が逃げるといえば、一緒に付いて来てくれるだろう。そして、今回もそう言うと思ってただけに、珍しがっている。

「珍しいなんてもんじゃないさ。もう二度とない機会かもしれないよ」
「大戦の時は八方塞がりで嫌々戦うしかなかった時だったしねー」
「じゃあ、今回が初めってことじゃない。自分から戦いに参戦するの」
「そうなるね。うん、そう考えると感慨深いな」

 逃げに逃げてきた俺がついにというか、やっとというか、戦闘らしい戦闘に参加する。俺のふゅーちゃーぷらんにはこんな予定はなかったが、その時がやってきてしまったということだ。
 参戦自体は、だいぶ前から決まっていたこと。この件に関しては外界宿からの正式な依頼でもある。念のために言っておくが、今回は強制参加ではなかった。ドレルからは、俺が参戦したほうが俺の持つ特性ゆえに、優位によりスムーズに事が進むとは言われたが、強制はされなかったのである。珍しいことに。
 ならば、何故今回だけは逃げずに、参戦したか。
 これには非常に複雑な事情と、将来性を見越した一つの拙い戦略であった。
 そうでもなければ、誰がこんな面倒なことに首を突っ込むか。

「参戦する価値があるんだ。そして、この戦いには大きな意義がある。今この一刻を身を危険に晒してでもね」
「貴方にしては随分強気に出るじゃない」

 こんなに強気になったのは長いフレイムヘイズ人生で初めてかもしれないな。

「うむ、今日は珍しいことが続くな。嵐が来なければいいが」
「大丈夫。だって、私たちが嵐みたいなもんだから。それにもう……嵐はすぐそこ」

 この身に宿る力を存分に扱う日は近い。





◆  ◆  ◆





 ``海魔(クラーケン)``の一斉討伐には大義名分がある。討伐案に関してだけ言えば、だいぶ昔からあったことだが、これがついに通ったのには幾つもの理由がある。と、同時に俺が参戦するに至るまでの理由もある。
 そもそも血気盛んなフレイムヘイズにとっては大義名分なんて要らず、相手が``紅世の徒``というだけで十分な気もするが、それだけでは外界宿が命を出して従わせるには少々薄い理由になる。やれと命令されるのは皆嫌なもので、卑屈で性根曲がりのフレイムヘイズは命令をされれば、中学生の反抗期のように嫌だと反射的に答えるだろう。俺だって仕事を外界宿(ドレル)から押し付けられるのは不平不満を覚えているくらいだ。
 外界宿が機能するようになり、はるか昔に比べれば手を結ぶことを覚えたフレイムヘイズであるが、まだまだ浸透しきっていない部分が大きい。また``海魔(クラーケン)``自体はそれほど強い``紅世の徒``の集団ではないのも影響している。
 ``海魔(クラーケン)``は所謂、海を縄張りとする``紅世の徒``の総称であり、中にはもしかしたら``紅世の王``も紛れている可能性もあるが、あくまで可能性としか言えずに断定できないので、実質は分からないのと同じ。それでも``海魔(クラーケン)``に襲われてフレイムヘイズになった例は聞くけれど、``海魔(クラーケン)``に襲われて死んだフレイムヘイズの話を聞かないことから、強力な``王``はいないのではないかと言われている。
 ``海魔(クラーケン)``は非常に慎重でもある。人間はよく襲うくせに、フレイムヘイズが人間と居合わせていると襲ってこない事が多い。賢いのか、それとも俺のように臆病なのかは定かではないが、そういった小物臭漂う行動からも``紅世の王``がいないと言われる所以であった。
 そう、フレイムヘイズにはそれほど被害が出ていないのだ。たとえ、襲われたとしても``海魔(クラーケン)``は諸説として弱いとされているから軽く露払い出来ると安直に考えるフレイムヘイズも多い。よって危険性の薄さから、『``海魔(クラーケン)``を殲滅せよ』と誰かに言われた所で、わざわざ殲滅するほどの相手でもない。取るに足らない相手と考える輩が多い。そういった考えを持つものは、主に復讐者としての面が強いフレイムヘイズたち。つまり大多数に渡る。
外界宿が中々、一斉討滅に踏みきれなかった理由に一つである。
 その安易な考え方──``海魔(クラーケン)``を舐めるような考え方に異を唱え、今に至るまで声高々に殲滅を主張する者もいた。
 ``海魔(クラーケン)``はフレイムヘイズに被害を出すことがほぼ無いだけで、人間に手を出さない訳ではない。``海魔(クラーケン)``を殲滅しなければ人がこれからも襲われ続け、世界のバランスが崩れてしまうと危惧する者たち。フレイムヘイズの使命に燃えるフレイムヘイズたちが、愚直に``海魔(クラーケン)``の危険性を説いていたのだ。
 俺が知るだけでも、この両者の意見の食い違いは百年以上は続いている。
 そして、それがようやく最近になり外界宿が``海魔(クラーケン)``の危険性に警鐘を鳴らし、誰もがそれに納得させられるだけの大義名分を手にすることが出来た。
 たった一つの判断に百年以上の時を費やすことを冷静に考えれば、失笑ものだと俺は思うわけだが、それでも結論が出ただけマシだとドレルは言っていた。
 外界宿が機能する前のフレイムヘイズの堅い頭のままなら、いつまでも己の主張を曲げずに、平行線を辿ってた未来がありありと浮かぶ。それを考えたら、確かにドレルの言う通りだった。

「大義名分なんて関係なしにやっちゃえばいいのに」

 オランダのとある港へ向かう途中、ここまでの流れを一緒に見て来ていながら全く理解していなかったようだったので、あらかたの流れを教えてあげれば、リーズはそんなことを言った。さらには、それまでの過程が必要になるフレイムヘイズに、面倒くさい奴らばっかりと評価して締めくくった。
 ホント、面倒な奴らばかりだよ。フレイムヘイズも``紅世の徒``も。

「おいおい、リーズ。君はいつからそんな物騒な考え方になったんだよ」
「別にいいじゃない。それに、貴方は自分の関係ないところなら何が起きたって問題ないでしょ?」
「本当に俺に関係ないならいいんだけどな」

 残念ながら世の中は、そう上手くはできていない。どこかしらかで関係性が出てきてしまい、巻き込まれるなんてことはザラに起きる。それこそ、外界宿と深く関わりがあり、俺個人の名もそれなりに知れ渡ってしまっているから、完全に無関係でいられる出来事があるか存在そのものが怪しいものだ。
 完全に蚊帳の外というのもどこか寂しいような気もするが……

「リーズこそどうなんだ? 今回の一件ならやっぱり逃げるか? それとも積極的に関わるか?」
「私は貴方に着いて行くだけよ。全部貴方任せ」
「……楽でいいね」

 考えることを完全に他人に任せきってしまっている。
 これを気楽と言わずになんというのか。

「貴方に頼っていると言って欲しいわ」
「物は言い様なんだな」
「本当のことじゃない。それで」
「うん?」
「それで、その大義名分って一体何?」

 リーズが改まって疑問を口にした。
 
「大義名分なんて関係ないんじゃなかったのか?」
「自分の戦う理由ぐらいは知りたいわよ」
「うむ、道理だな」

 リーズの言葉に、彼女と契約した``王``フルカスが同意した。
 そうだね。
 ここまでは大前提の話。肝心の内容には全く入っていない。どのようなの部分が抜け落ちている。では、その部分についても教えておくとしよう。かなりの部分はドレルとウェルからの受け売りだけどね。
 大義名分──常識を知らないとばかりに自分本位に戦うフレイムヘイズが、指向性を持って戦わせるにまで至る理由であり、フレイムヘイズにとって``海魔(クラーケン)``を倒すことに意味が生まれさせるにいたった経緯。それを一言で言うなら、

「時代。大義名分は時代が変わったからこそ出来た」
「貴方はあれね。もっと直接的に言うべきよ。私にはさっぱり分からないわ」
「リーズはあれだ。もう少し考えようよ、自分で」
「その役は貴方が居るからいいの。それより、早く早く」

 言葉は淡々としているが、青い瞳を輝かせて続きを迫ってくる。
 俺はリーズの将来を考えて、物事を考える癖をつけてほしいから意味ありげに言っているのに、簡単に一刀両断してくれる。
 俺も考えるのはそこまで得意じゃないんだけどなと、ぼやいてから本題に入る。
 昔と今とで変わったこと。人間社会を基準に考えると、それこそ文明やら文化やらと挙げられるものはキリがないが、不変の存在のフレイムヘイズを基準とした時、その数はぐんと減る。細かい変化ではなく、時代の変化と言うほど大きい変化ならなおさら当てはまる事項は少ない。
 俺がここで言う時代の変化とは、結局のところある一つの自在法のこと。

「封絶によって起きた常識の変化とでも言うべきかな」
「あの噂好きのせいとも言えるよね。あいつが、あの神が現れるのは一種の新しい時代への宣言のようなものだから」

 またあの封絶なのねとリーズが呟きを零した。
 そうなんだよ、またなんだよ。
 いや、またという言い方は間違っているかもしれない。封絶が広く認知されるようになった、動乱がまだ収まりきっていないだけの話だ。どんな常識知らずのフレイムヘイズであっても、すでに常識と化している部分がある革命的な自在法。これが本当に、フレイムヘイズ限定ではなくこの世界の全ての常識となるにはまだ時間がかかる。
 秘匿を秘する役割として、人間を守る手段として、何より都合の良い自在法を一刻も早く世界に完全に行き渡らせたい。
 そんな意思がフレイムヘイズと``紅世の徒``の双方である中で、現れたのはそれを否定する者たち。彼らは『革正団(レボルシオン)』と名乗った。今まで暗黙の了解として、両界で``紅世``を秘することをしていたのに、それを公にしようと暴挙に出る者たちだ。
 そんな彼らが、さらに秘することになる封絶を許すはずもなく、戦いの際には封絶を張ろうともしない。
 彼らの存在について、今まさにフレイムヘイズと``紅世の徒``を困らせている。年々その数が増えていくのも悩みの種だ。これ以上増えていくようなことがあれば、小規模な小競り合いではなく戦争が起きる。数百年ぶりの大きな戦いが。
 それを避けたいと考えるのは俺に限った話ではなく、ドレルを始めとする外界宿の面々が中心となり、今はその予防策に忙しい。
 その一環として都合よく挙がったのは``海魔(クラーケン)``の一斉討伐だった。

「``海魔(クラーケン)``の特徴は、海にいる``紅世の徒``であることと、未だに封絶を使わずに人を喰っていること。これの意味する所が分かるかな?」
「 『革正団(レボルシオン)』と``海魔(クラーケン)``の共通点ってことでしょ? 封絶を張らないっってことじゃないの?」
「そのとおり! リーズちゃんも賢くなったねー」
「あんたに言われても小馬鹿にされているようで嬉しくないわ」

 ウェルに褒められても少しも嬉しくしなさそうなリーズに苦笑しながら、説明を続ける。

「これで大義名分が揃ったわけだ。``海魔(クラーケン)``討伐は『革正団(レボルシオン)』への警告。このまま続ければフレイムヘイズを揚げて一声討伐をするぞという脅迫、見せしめな訳だ」
「一見してみれば``海魔(クラーケン)``も『革正団(レボルシオン)』もやってることは変わらないんだよね」
「こじつけみたいじゃない」
「戦いなんてそんなもんだよ。やられる側にとっては、理不尽な暴力でしかない。俺がよく知ってる」
「……説得力が桁違いね」

 長生きは伊達じゃないんだよ。長い年月で色々と経験してきた。貴重な体験、興味を唆られることも多かったが、そのどれにも危険が伴い、リスクを背負わなくてはならないことばかりだったな。
 リーズを助けた時だって、本当は見捨てようとしたのに、あの名前も言いたくない奴に因縁付けられて巻き込まれた。
 当時は半ば自暴自棄だった気がする。
 
「大義名分とやらは分かったわ。でも、それって貴方が参戦する理由にならないんじゃない? 貴方は『革正団(レボルシオン)』なんてどうでもいいと言ってたし」
「今でもどうでもいいよ。変な宗教活動は勝手にやればって思ってるし」

 布教活動だかなんだかしらないが、封絶を張らない事自体の不利益は俺にはほぼ皆無だ。俺も``この世の本当のこと``の秘匿が人間に露見されれば面倒な事になるだろうが、俺はそうはならないだろうと楽観視している。これに関して危機感を持っているのはフレイムヘイズに限らないのだし、俺以外が頑張れば済むことだろう。まるで他人事だが、実際にはドレルなどが頑張っているのだしなんとかなると踏んでいる。
 問題なのはそれで大規模戦闘が起きて巻き込まれることだが、今回はその戦闘に巻き込まれないための予防策と言えるだろう。
 ようするに今回の参戦は、未来の逃亡経路を作るためのもの。
 俺には俺の思惑があって参戦する。

「俺には究極の二択しかなかったんだ」
「どういうこと?」
「今の戦いに巻き込まれるか、未来の戦いに巻き込まれるか、だよ」

 本当は両方共避けることなのだが、どうせ無理だろうと達観している。
 無論、足掻くことを忘れるわけではないが、人生時には諦めも大切。ただ、命を投げ捨てるようなことは絶対にない。

「よし、ついたぞ」

 オランダの大きな港へとたどり着く。
 時間はすでに夕暮れで、俺たちの乗る船は明日の早朝出発の予定となっている。今夜はどこかの宿で旅疲れを少しだけでも癒し、明日へと備えることになるのだが、

「ここで一人待ち合わせをしてるんだけど……」

 ハワイで共に戦うことになるだろう心強い仲間。俺の護衛役。
 その人物とはオランダで落ち合う予定になっている。だが、周りを見渡してもその人物の姿は見つからない。その雰囲気と美しい容姿のため、またかなりきつい眼光と荒い性格をしているから、付近にいれば気付けないはずはないのだけれど。
 俺があたりをキョロキョロと見渡していると、何を探しているか気になったリーズが誰を探しているのか尋ねてきた。
 俺がその問いに答えようとする前に、ウェルが先に一言でその人物を表す言葉を言ってしまう。

「爆弾魔だね」

 否定できないその言葉に俺は苦笑するしかなかった。

第四十九話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「よ、久しぶりだな。何年ぶりだっけか?」

 張りのある声。可愛いなんて形容詞が全く似合わないが、カッコイイとは思われそうな芯の通った声。女らしさはその口調、声質からは感じられにくく、声だけを聞けば同性としゃべっているような感覚に陥る。
 その実、目を開ければ十分に美しいという形容詞が付けれるだけの美人であるのだが、尖すぎる目とドスの効いている雰囲気がその美しさに近寄り難くしている。もう少しお淑やかに、せめて口調だけでも可愛くすればモテそうなんだが、俺はその言葉を一生言うことは出来ないだろう。
 彼女のお怒りに触れれば、俺なんてちっぽけな存在は線香花火のように儚く消えて行ってしまう。
 彼女、レベッカ・リードとはつまり、俺にとっては中々に付き合いづらい人種ではある。だが、それを抜きにして見れば、男らしいさっぱりした性格を持つ彼女とは意外と良好な関係は持てそうではある。俺の甘い算段かもしれないが。

「いや、違うんじゃないかな。数十年振りだと思うなあ」

 のんびり間延びした男の声が、レベッカの金色のブレスレット──神器『クルワッハ』より聞こえる。
 レベッカとはまるで対照的な雰囲気を感じさせる言動であるが、どことなく感じさせる適当さ加減はレベッカと同じ匂いがする。雰囲気こそ正反対なのかもしれないが、中身は意外と同じ穴の狢なのかもしれない。
 
「違う、数百年ぶりだ」
「相変わらず適当なんだねー」

 この大雑把さこそ『輝爍の撒き手』レベッカ・リードとその契約した王``糜砕の裂眥(びさいのれっせい)``バラルの在り方だった。
 百年単位で会っていなのに数年振りなんて聞かれたら、普通なら記憶障害なのじゃないかと疑ってしまうところだが、時間の概念に囚われないフレイムヘイズのため、覚えてないのは仕方のないことかもしれない。俺は覚えていたんだけどな。
 俺がレベッカに会うたびに思うのは、彼女の服装の中での一番のオシャレがその神器である金色のブレストではないかというもの。レベッカの服装が決して貧相なものではなく、装飾されていない動きやすさ重視のシンプルなものであるだけなのだが、その服装に金のブレスレットは結構目立っていた。
 俺の地味な神器とは大違いだ。
 あまり目立ちたくない俺にとってはそれがお似合いなんだろうけど。

「細かいことは気にすんなって」

 レベッカは小気味良い笑いで返した。
 言うほど気にしていない。彼女たちの大雑把さを再認識だけだし、むしろ俺たちの事を覚えていたことのほうが驚きに値する。
 自分で言うのも何だが、俺は人の記憶には残りづらい類の人格や雰囲気、容姿を持っていると思う。欧州では珍しい黄色人種で黒髪は少し印象部会かもしれないが、それだって希薄な存在感しか出していないので記憶には残りにくいだろうに。
 
(それにだ。レベッカに名前を覚えられるのって良い事に入る部類なのか?)
(目を付けられてるって考えると、良い事には見えないよね)

 良い事には見えないと言いつつも喜色を隠そうともしないウェルは、やはり何かのトラブルに巻き込まれることを期待しているのだろう。
 ウェルはこう言うものの、単純に名前を覚えられただけの可能性も否定できない。こんな大雑把な性格をしているレベッカだが、以外にも交友関係が広い。名前を覚えることが友達の第一歩と言うのなら、名前を覚えられることは良い事に入るのではないだろうか。
 友達になった結果、面倒事に付き合わされるようになれば、良いことではなくなってしまうが、そんなふうに考えてしまうと友好関係が誰とも結べなくなってしまいかねない。
 ドレルを友人の位置づけになったのは少々失敗だったが、俺には頼れるともリャナンシーだっている。きっとレベッカとお友達になることも悪いことじゃない……はずだ。
 一番の友が``紅世の徒``と言い切ってしまうフレイムヘイズは俺ぐらいなものだろう。

「ところで、その隣のお嬢ちゃんをオレに紹介してくれよ」
「そういえば名前も聞いてなかったねえ」

 レベッカの一人称である『オレ』もまた彼女が男らしく見える要因なんだろうなと思いつつも、彼女の言葉に促されてリーズの紹介をする。
 俺がレベッカと始めてあった時はまだ大戦後間もない頃で、リーズとは出会う前だった。それ以降もお互いに欧州を拠点としているからか、外界宿で何度か世間話程度なら交わしていたがリーズとのご対面は初だ。
 レベッカにはリーズのことを話の種にもしたことがあったので、リーズが自己紹介を済ますと『そうか! お前が噂のフレイムヘイズだな!』と一人大きく頭を上下に振って納得した表情をした。
 噂といっても、俺がレベッカにしたリーズの事は大して話していないはずなのだが、連れがいるフレイムヘイズが珍しいのでよく覚えていたらしい。俺の名前を覚えていたのもそれが原因なのだろうか。
 俺とリーズのペアは一匹狼体質のフレイムヘイズにしては確かに物珍しいものなのかもしれないな。

「『オレ』──女性らしさ──ない……これなら問題ないわね」
「うん? 何が問題ないんだ?」
「いえ、別に。一緒に戦う仲間として問題ないと言っただけ」

 旅の仲間としては彼女は目立ちすぎてしまうが、戦う仲間としてはリーズの言うとおりレベッカは文句なしに問題はない。彼女以上を望もうとすれば、それこそ俺の窮地の知り合いで言えばサバリッシュさんやヴィルヘルミナさん、あとはかの最古のフレイムヘイズを頼る他になくなってしまう。
 レベッカを強さの基準で言えば、現在のフレイムヘイズの中で間違いなくトップクラス。それも限りなくトップに近いかなりの上位の強さを持つ人だ。俺とは両天秤になる。
 俺は一体レベッカのことを思考し始めて、何回自分がめっちゃ弱いって再認識しているんだろうと、ふと疑問に思ったが深く考えるのはこれ以上はよしておこう。自虐にしかならなさそうだし。
 
「何? あんたはオレの実力に疑問を持ってた口か?」

 リーズの言葉を悪い風に解釈、というよりは喧嘩腰に解釈し始めたレベッカ。
 口調の悪さといい、少々短気なところも前に会った時から全く変わっていない。成長してないな。精神的に。
 これがなければもうちょい付き合いやすい性格なのに。
 俺は苦笑をしてから、今にも拳を奮って実力を示しそうなレベッカを止めに入る。

「レベッカは、名前は強いって有名だけど実際には会ったことない奴の力は信じられる?」
「絶対無理だね。自分の目で確かめてからじゃないとな」
「信じられるのは自分で確かめた情報だけだよなあ」
「リーズが言いたいのもそういうことさ」
「ならここで実力を示せばいいんだな」

 喧嘩っ早いよ。もう少し落ち着いてくれよ。
 そう強気に突っ込みをレベッカに言うこともかなわず、俺は内心ビクビクしながらもまあまあと声をかけて落ち着かせる。どうどうと言ってしまえば『馬か!』の言葉と同時に爆発を食らっているだろう。言葉は慎重に選ばなければならない。下手な言葉は相手の導火線に火を点けることになりかねない。
 個人的にはレベッカに暴れ馬のイメージは結構しっくり来るとは思うんだけどね。

「ここで無駄な力を使うのはよしてくれ。戦場で是非ともその力を発揮してくれよ」

 俺のためにも、とは言葉には出さない。
 レベッカの戦い方は炸裂にして強烈。爆弾魔呼ばわりされる所以は、火力が命と言わんばかりの爆発。あるいは爆撃にある。
 その戦い方は見た目も騒がしくも華やかで、戦ってる最中までそんなに目立たなくてもいいだろうよと思うほどに目立ってしまう戦い方。
 普段の俺なら絶対にペアを組みたくない、近づくのすら嫌な戦い方なのだが、今回に限って言えばおれはそれに期待している。
 自分が目立つことを期待している。

「言われるまでもないね。任せな!」

 白い歯を見せて自信満々にそう言い切るレベッカ。
 ホント、頼りにしているよ。俺の未来のためにもね。





◆  ◆  ◆





 ハワイまでの道のりは船で行くことになる。さすがのレベッカでもフレイムヘイズとしての常識は知っているため、飛んでいくなどという暴言が出ることはなかった。その代わり、頻りに船での移動を面倒くさいと文句を垂らす。
 船での移動は、行動をかなり制限されるため、レベッカにとっては苦痛なのだろう。二十世紀初頭の現在でも未来の豪華客船ほどではないが、客の暇を潰すことを考えた船は存在するのだが、これは今も未来も変わらずお金がかかる。
 今回の旅路は、外界宿からの要請だけあって経費はすべて向こう持ち。さらに統制下を図るためにも移動のほとんども全てが外界宿が担当している。今乗っているこの船も、勿論外界宿から出したものだ。旅費はかからず、食費もかからないが、その代わりにレベッカの言うとおりそこそこ束縛されてしまっている。
 早い移動を目的とされたこの船は客船と言うには遠く、貨物船に近い物である。
 文句を言うなら外界宿、ひいては交通などを管理しているピエトロに直接言うんだなと言って、レベッカを落ち着かせた。その鬱憤を含めて、是非ともハワイでの戦いで発散して欲しいところだ。
 最近の話題になっているのだが、移動手段が実はもう一つ生まれつつあったりする。
 飛行機。かの有名なライト兄弟である。
 飛行機を誰が最初に発案して設計図を書いたかは色々と諸説あるところだが、俺が飛行機のことを初めて知った時の記事では、ライト兄弟の文字が書いてあった。もうそんな時期かと少し感慨深くもなった記事だ。
 鳥のように自由に空を飛びたいと願う人は多く、それがもうすぐ叶うといったような記事だった。
 ピエトロなんかも新しい交通手段として飛行機の可能性を信じているようだ。ドレルから聞いた話が、飛行機事業にお金を投資する話もあるという。
 近い未来、飛行機が乗り放題になる可能性があると思ったら、自由に空を飛べる俺でも割と胸がドキドキする。死ぬ前、小市民の一人でしか無かった俺にとって飛行機とは結構高価な乗り物だったからね。
 今乗っている船のほうが疎遠な乗り物だったけど。
 物思いにふけながら船の甲板に立っていたら、船内の冒険からリーズが帰ってきた。

「普通の人間が多いわね。少し驚いたわ」
「一応、全員が外界宿の関係者だけどね」

 昔は暇なフレイムヘイズだけが務めていた外界宿だったが、ドレルやピエトロらの努力の結果、組織化されるまでに至った現在では、構成員の大部分を占めているのがフレイムヘイズではないただの人間である。
 組織化するにあたって、協力してくれるフレイムヘイズが少なかったのも人間を構成員に入れた理由の一つだが、フレイムヘイズの絶対数だって決して多くはない。組織の効率化を考える上では、人間の協力は不可欠であった。もちろん、ただの数合わせという訳でもない。
 フレイムヘイズはすでに逸脱してしまった者だ。異端者であるし、時の流れから置いていかれ、世界の仕組みから外れた者。だのに、世界の情勢や人間の常識が無ければ俺たちはあまりにも人間社会で目立ってしまう。人間社会の情報がなければふとした拍子に``この世の本当のこと``を露見してしまうかもしれない。
 そういった情報を手に入れるにも人間の協力は不可欠であり、これらの事を含め、外界宿では人間の構成員化を積極的に進めたのだ。
 とは言っても、人間の構成員の多くが何らかの形で``この世の本当のこと``の事を知ってしまい、それらの隠蔽のためといった薄暗い事情もあったりもする。さらには、そんな``紅世の徒``に怒りを覚えた人間が``紅世の王``と契約してフレイムヘイズとなる、フレイムヘイズ候補だったりもする。
 俺の言葉にリーズはううんと首を横に振ってから言う。
 
「そうじゃない。殲滅戦と言いながら、この船に乗っているフレイムヘイズの数が少ないか言ってるの」
「うむ。軽く数えたが、十は超えてないな」
「そんなもんじゃないか?」
「私は思ったより多いと思ったよ?」

 俺とウェルの言葉に目を丸くさせて驚く。
 フレイムヘイズの絶対数はほんとうに少ないのだ。いくら外界宿が殲滅戦をすると宣言し、参加者を募った所で集める数は限られている。

「今いるのが全員じゃないよ。ハワイに行くのはほぼ全員揃ってるけど」
「だからってたった十人程度のためだけに船を出すの?」
「うーん。そこら辺の経費関係はわからないけど、たった一人で数百人分の戦果を出してくれる人がいるからな」

 レベッカ・リード。おそらく今作戦の最大戦力だろう。
 彼女一人いれば、そこらの有象無象のフレイムヘイズを百人連れて行くよりよっぽどいい。彼女は``紅世の徒``さえ倒せればそれだけで十分に機嫌も取れることだしね。
 ハワイに行く際には、一度アメリカ大陸で降りて乗り継ぎをする。アメリカ大陸と言えば、大地の四神が外界宿管理をしている。彼らが直接参戦してくれれば、それこそこれ以上の人員の補強なんていらなくなるのに、彼らはすでに関わることをやめてしまったから、参戦は絶対に無理だろう。
 となればやはりレベッカが今回の作戦の一番の強者になる。レベッカとのタッグが決まっている俺は今作戦で一番の安全区域になることだろう。
 殲滅戦はかなりの広範囲で行われる。予定地は太平洋や大西洋と大きく括って二方面に分かれ、そこから各地域ごとに分散される。その地域の一つが、俺とレベッカの向かっているハワイであり、一番``紅世の徒``の犯行が大きくなると予定されている激戦区だ。
 常の俺なら、死の匂いが強すぎる戦場で、絶対に行きたくないと泣き叫ぶところだが、レベッカがいるだけでこの安心感。敵が強くないのも知っているため、そこまでの危機感は抱いていない。

「VIP待遇ってやつじゃないかな」
「貴方よりもすごいってこと?」
「当たり前だよ。当たり前。俺は底辺だしね」

 リーズは俺の言葉を首を傾げながら、どこか納得しなさそうな表情した。
 俺とリーズだって戦闘力で考えれば、リーズのほうが圧倒的に上だ。
 レベッカと俺を比べれば俺は霞むなんてレベルではなくもはや見ることはできない、ミジンコ以下のような存在になってしまう。
 
「まあいいわ。貴方が自分をどう思っていようが。それよりハワイに行くのがほぼ全員ってどういうことなの?」
「あれ、説明してなかったっけ?」
「ふむ、聞いておらんな」
「言ってないよ」
「言ってないわ」
「……そっか」

 皆に頭ごなしに否定され、少し心にぐさっときたがわずかに沈黙するだけに止めた。

「ハワイの殲滅戦に参加するのはたった四人、というよりは四組か」
「四組? それって私と貴方とあいつと後一人ってことじゃない」
「その通り! それで後一人とはアメリカで合流予定だ」

 今作戦のレベッカに続く戦力『骸軀の換え手』アーネスト・フリーダーとの合流である。
 俺がハワイ殲滅戦にあまり危機感を覚えていない理由そのニでもある。

第五十話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 初めてユーラシア大陸以外の大陸へと足を踏み入れた。欧州から出たのは日本に行った時以来となる。この二度目の船旅は、レベッカの加護もあってなのか安全安心の極みであり、``紅世の徒``がいつ出るか分からない恐怖から来る、船の上での不眠症に悩まされることはなかった。
 その代わり、リーズが日本の時と同じように、船酔いして寝込んでしまったが、それは逆に平和を感じる平凡な日常だった。
 ずっとこんな時間が続けばいいのに。そう思うのも仕方のないことだ。
 思っただけではなく、口にも出していたようで、ベッドで寝てたリーズはその言葉を聞き『貴方は鬼ね』と涙目で言われた。不覚にも少しだけ可愛かった。
 リーズにとっては船上は些かも平和ではなかったようだが、俺にとっては平和な時間を過ごした船の時間は終りを告げ、アメリカの大地に足を踏み入れた。けども、ここも通過点にすぎない。
 本来の目的地は大陸を跨いだ先にある、アメリカの西側の海に浮かぶ島。近い将来には、日本人がしょっちゅう観光に行く観光都市となるが、今はそうではない。
 まず、ハワイがアメリカ合衆国に取り込まれたのは最近のことで、それも原住民を大虐殺し、凄まじい量の血を流しての力技での併合だ。大地の四神が怒り狂った原因の一端でもある。
 多くの犠牲のもと、今は落ち着いているが、まだ完全な統治とはなりえていない。
 とは言っても、フレイムヘイズが政治的な関わりを持つことはないので、ハワイの情勢がどうであろうと俺たちには関係ない。レベッカとフリーダーがハワイ周辺に巣食うであろう``紅世の徒``を討滅するのみだ。
 『ハワイ近辺の``紅世の徒``を殲滅せよ』これが、正式に外界宿から宛てがわれた依頼である。このような依頼を、現在世界中に散らばっている同胞たちが貰い受け、今回の``海魔(クラーケン)``の殲滅戦に当たることとなる。
 こう見えても外界宿の重鎮の俺は、本来であれば命令を出す側の立場。それ以前に、このような危険な仕事は引き受けない性質なのだが、色んな理由が重なってアメリカの地に居る。
 その理由だって大本はリーズにも話した、将来の争いごとに巻き込まれないための布石に他ならない。
 そうでなかったら今作戦の大本命。もしくは、最前線で俺が力を振るうわけがない。尤も、今回に限って言えば、大盤振る舞い、出血大サービスで思いっきり力を使うことにしている。これでもかと目立つほどに。
 いつまでも、一人歩きする噂に振り回されるだけでじゃないんだよ。
 ついに、理不尽な世界に復讐する時が来たのだよ。
 そう思うと自然と笑いがこみ上げる。

「ふっふっふ、なんて笑う人初めて見たわ」
「モウカいいよ、その笑み! なんだかすごく小物臭がして、私の中のモウカのイメージにぴったしだよ!」

 リーズとウェルの言葉に、高まった感情が冷めていくのが感じる。

「人がせっかくイイ気分になってたのに……」
「あんまりあんたのことを知らないオレが言うのも何だけど、見てるこっちは不気味だったぞ。あと、なんとなく可哀想になった」

 普段なら二人のダメ出しで終わるのが、まさかのレベッカまで加わり、

「それは僕も思ったねえ。僕は不気味よりも、しょぼいくれた笑みっていう感想だけど」

 バラルのトドメが加わり四人による猛攻になった。通常の二倍のダメだし。
 ちょっと、ほんの少しだけ世界に復讐してやると思っただけで、この有様だ。
 世界が憎い。

「ふむ、まあ落ち込むな」
「慰めるなよ、フルカス。なんか……もっと惨めになるじゃないか」
「……すまん」
「謝らないでくれ!」

 フルカスの気持ちはありがたいものではある。しかし、この場ではそれは慰めにはならずに逆効果。俺を一層に惨めにするだけ。

「……別に私は貴方を馬鹿にしてないじゃない」

 リーズの声は、ウェルの笑い声で何も聞こえなかった。
 フリーダーとの待ち合わせ場所、西海岸に旅立とうという日の出来事であった。





◆  ◆  ◆





 

「お、発っ見~!」

 レベッカは獲物を積みつけたような獰猛な目をし、口の端が釣り上がる危険な笑みをする。彼女の見る先には、百九十を超える背丈と綺麗な金髪を持つスーツ姿の男がいた。後ろ姿しか見えないが、この時点で欧州系の美男子と呼ばれる部類の人間であろうことは間違いない。
 レベッカの声が聞こえたのか、こちらを振り向く。
 その姿は色白で白眉秀麗という言葉が似合いそうな、思った通りの美が付きそうな男。スーツの胸ポケットには小洒落た造花が挿しており、なんとなしに気障さを感じさせるはずなのだが、鳶色の瞳が強烈な眼光を発しており、レベッカと同様に雰囲気は強者のそれなので、気障さを感じない。
 姿だけを見れば、ただのお金持ちの坊ちゃんにしか見えないはずなのに、そうは見えないのはやはり猛者のフレイムヘイズだからか。
 お互いに歩み寄り、会話に支障のでない場所まで近寄る。

「ね、ねえねえやっぱりこの声はレベッカちゃんだったよ!」

 か細い音にどこか喜色が含まれる声。その声が神器と思われる造花より聞こえる。

「ああ、そうだね。ようやく待ち人が来たようだ」

 その声はようやく知り合いが来たと、気苦労を感じさせるものだった。

(そういえば、レベッカとフリーダーはペアになることが多かったんだっけな)
(レベッカの方は、『付き合ってやってるんだ』とでも言いそうだけどねー)

 一匹狼に近い性格を持っているレベッカだが、意外にも意外なことにレベッカの名が挙げられる時には、同時にフリーダーの名が挙げられることも多かった。
 たまにフレイムヘイズ同士、もっと大きくは``紅世``に関わる者同士には、なんとも言えない奇っ怪な縁があったりする。俺であれば``螺旋の風琴``リャナンシーがそれに当たったりするだろう。
 二人の関係が一体どういったものなのかは知る由もないのだが、腐れ縁なのは、眼の前で繰り広げられているお互いに遠慮のない会話が証明している。

「俺は待ちくたびれたぞ」
「うるせえ! 東海岸から西海岸まで思ったより距離があったのが行けねーんだよ」
「地図を見て、『大体一日これくらい歩けばいいんだろ』とか言ってさ。目分量もさることながら、手コンパス、それも動かすごとに支点と長さが変わるから、一日の分量もバラバラだったけどねえ」
「ほら、やっぱりレベッカじゃないか。何が三日以内に着くだよ。一週間も待ちぼうけを食らったぞ」
「ふ、フリーダー君落ち着いて。れ、レベッカちゃんも気にしないでね。その間、フリーダー君も私も退屈しかなっかたら。ほら、アメリカって色々と目新しいし、ね?」
「ふん。実際に歩くのと、地図じゃ距離が違ったんだよ。地図が悪ーんだ。地図が。それにお前だって、十分楽しんでんじゃねーか。私が早めに着くって言ったおかげだろ」
「なんだと?」
「なんだよ!?」
「ふ、二人とも、落ち着いてー!」

 俺、この二人と暫く行動するんだよね。かなり不安になってきたんだけど。
 俺の不安を感じ取ったのか、リーズが俺の顔を覗き込み、目線だけで『大丈夫?』と心配そうに聞いてくる。心配はすごくありがたいが、出来ることならこの二人の口喧嘩というか、子供の喧嘩みたいなのを止めて欲しい。
 挙句には『バカ爆弾』『セコイ詐欺野郎』などという罵倒まで飛び交い始める始末だ。
 彼女の王は火に油を注ぐし、彼の王はあわあわして、頑張って止めようとするものの効果なし。
 そろそろ人の目線も痛くなってくる頃だ。
 傍目から見れば、男女が四つの声で不可思議に喧嘩しているようにしか見えない。遠目から見れば、四つの声の持ち主に俺とリーズも含まれることで団体での喧嘩にしか見えなくなるだろうが。
 このままでは更に注目を集めかねない。
 フレイムヘイズは、基本的には人に紛れ、表立つこと無く、人知れず暗躍する者だ。今の状態はあまり好ましくない。
 目立ちたくない俺にとってはなお良くない。
 さらには、下手にアメリカで騒ぎを立てれば、せっかく鳴りを潜めてくれた大地の四神の怒りも買いかねないかもしれない。度量の狭い方々ではないと思うが、何がきっかけになるか分からないのだ。
 ため息をついてから、意を決して止めに入る。

「お二人さんとも。仲がいいのは分かったから」
「んだと!? いつこの根性なしと仲良くしたって!?」
「俺はこんなじゃじゃ馬な女と仲良くなった覚えはないのだが?」

 俺の心遣いの言葉は火に油を注ぐ結果となってしまった。
 もう嫌だ、こいつら。心ゆくまで喧嘩してください。
 俺が諦めるとポンと肩に手を置いて慰めてくれるリーズ。俺の気持ちを理解して、慰めてくれるのはこの子しかないよ。ウェルは俺の気持ちを理解した上で、爆笑中。声に出して『もっとやれー』なんて言っているくらいなんだから。
 この二人の再会頭の挨拶とも言える喧嘩はこの後十数分にも及び、それが終わってからようやく俺を含めて自己紹介を終わらす。
 リーズは当然だが、実はフリーダーとは俺も初めて会った。
 彼もレベッカと同じように外界宿に好意的に接しているフレイムヘイズの一人であり、今回のようなフレイムヘイズからの要請には積極的に関わっていたりしてもらっている。所謂、外界宿の戦闘面を携わっていると言っても過言ではない。ドレルが言うには、彼には近いうち一つの外界宿の運営や経営も頼みたいと言うほど、親外界宿派である。
 戦闘力もさることながら、そういった頭脳面も優秀なのだろう。多くのフレイムヘイズ特有の一人一党タイプではなく、集団戦や団体戦も出来る『犀渠の護り手(さいきょのもりて)』ザムエルのような珍しいタイプであるのが予想される。
 俺も個人で動くよりは、集団のほうが得意だが、知能面がさっぱりだからな。戦闘指揮は言うまでもなく、組織運営とか出来る気がしない。指示通りに動くのが精一杯だ。
 だがまあしかし、レベッカと喧嘩している姿は、どうも指揮官として優秀になり得るとは思えないんだよな。フレイムヘイズとして優秀なのは、肌で感じるけど。
 ……と、彼のことをよく知っている訳でもないし、俺が考えることでもないか。
 思考を切り上げ、これからのことについて話しあわなければならない。
 ハワイの``海魔(クラーケン)``の殲滅戦実行の日は明日。
 今日は、旅の疲れを取るために、かなりいい宿を取った。個人の部屋の大きさは、四人全員が集まっても余りあるもの。十人程度までは窮屈をしなさそうな作りだった。
 今は、四人全員が集まり明日のための作戦会議中。
 俺とリーズがソファーに隣り合って座り、机を挟んで向かい側のソファーにフリーダーが座っている。そのフリーダーが口火を切る。

「さて、早めに寝たいことだし、明日の『ハワイ解放戦』についてさっさと決めてしまおう」

 その言葉にいち早く反応したのは、フリーダーの隣が気に喰わないためか、自身のベッドの上に足を組んで座っているレベッカだった。
 はっ、と馬鹿にしたような言葉を出してから、口にした言葉は、

「決めることなんてないだろ。正面から喧嘩売って、殲滅。それ以外に何がある?」
「確認されている``海魔(クラーケン)``も``王``とは口が裂けても言えないものだしねえ」

 彼女らしい言葉。
 作戦なんて知ったことか。正面からオレの爆弾で全て蹴散らし、灰にしてやる。
 確かな自信を感じさせる『殲滅』の文字には、とても心強くなる。彼女にはそれが出来るだけの力があり、それは誰もが認めるものだけに、俺は異論がない。是非に、その力の限りを尽くして一人で狩り尽くしてくださいな。
 俺は、レベッカの自信を読み、その作戦でいいんじゃないかなと肯定の意思を示そうとするところに、フリーダーが眉をしかめる。
 フリーダーにとっては、その彼女の彼女らしい方法は不服のようだった。
 俺が肯定の言葉を言う前に、フリーダーが作戦の重要性を言う。

「仮にも俺たちは今回の作戦の部隊長なんだぞ。ハワイにおける戦闘は、この作戦の明暗を分ける物になりえる。だから完璧に仕事をこなさなければならないだ。それを正面から殲滅では、隊長のとる作戦としてどうかと思うが? それだけじゃない。さすがのお前とて、広い海全てを爆破できるわけじゃないだろ」
「そ、それにねレベッカちゃん。この後の作戦ではレベッカちゃんも隊長として戦わなくちゃいけないんだよ? ここで力を使いきっちゃったらダメだよね?」
「そういえば、二人は今回の作戦のあとは他の部隊と合流なのか。大変だな」

 二人は俺と違って部隊長としての戦いがこの後に控えている。
 このハワイはこれからの戦いの先駆け的なものだ。宣戦布告とも言うのだろう。ハワイで宣戦布告というとどうもあの戦争を彷彿させる。
 日本人には馴染み深いあの戦争だ。今から数十年後に起きると考えると、色々と込み上げてくるものがあるな。

「分かってくれるか。ドレルとピエトロも難儀なことを言ってくれるよ。いくらこちらに優秀なフレイムヘイズがいたって、この広いハワイの海戦にたった四人は厳しすぎる。なんだって重要なこの初戦でこんな少ない戦力なんだ」
「で、でもでもしょうがないよ。他の作戦にも人を用意しなくちゃいけないんだから、どこかしらで少数になっちゃう」
「分かってる。だからこその少数精鋭なんだろ。今作戦の最大戦力である俺たち部隊長を一箇所に集めてでも少ない人事で済ませようという」
「別に一人だっていいさ。オレが一人いれば十分。嫌なら、今からでも部隊に戻りな。部・隊・長さん?」

 相変わらずの喧嘩腰のレベッカ。フリーダーも遠慮のいらないレベッカがいるからなのか、感情を素直に表出しているが、もう少し抑えてもらいたいものだ。気持は痛いほど分かるが。
 しかし、これでドレルが俺をこちらへ向かわせた意図が分かった。
 これでもかというほどの実力者を集めた少数精鋭。海という広い戦場で、海戦になれないフレイムヘイズには少ない戦力は致命的だ。
 海に潜む``紅世の徒``を発見するのに探索系のフレイムヘイズを使用しなければならない。それが叶わないなら数によって人海戦術で見つけるしかない。だのに、フリーダーの知るフレイムヘイズであるレベッカはそれとは程遠いタイプであり、俺とリーズの力は知らない。
 俺の名前を聞いた時、「あの『荒らし屋』か」と非常に不本意な噂を知っていたので、その名前からきっと俺がレベッカに近い性質のフレイムヘイズであると勘違いしているのだろう。
 だが、実際には違う。

「二人共冷静になれってば」

 声が震えそうだったが、冷静を何とか取り繕い。まずは二人の意識をこちらへと向けさせる。
 実際にこちらに目線が注がれると、そのあまりの目のきつさからビクッとなりそうだったけどなんとか耐える。

「部隊長のメンツうんぬんは分からないが、殲滅だけなら多分難しいことにはならないと思うよ」

 そう、多分。
 俺の自在法があれば、海戦は苦にはならないはずだ。
 俺の言葉にフリーダーは目を丸くさせ、レベッカは獰猛な笑みを浮かべ──ウェルが小さく笑った。

第五十一話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 『ドレル・パーティ』の一員でもあるパウラ・クレッキーは、彼女の組織の長とも言える人物の部屋へと訪れた。
 入口の前に立つと、軽くノックをし自身の名を明かして中に入ることへの許可を問う。するとすぐに、部屋の主から許可が出る。許可を得たことでパウラが、失礼しますの一言をかけてから部屋に入る。
 部屋に入りすぐに眼に入ったのは、中央でこれでもかと部屋の主であることを主張している長。ドレル・クーベリックその人だった。
 ドレルは、部屋の中央に客人を出迎えるかのように配置してある両腕を伸ばした程度に長い木製の机と、それとセットであるかのような木の椅子に座っている。机には何段にも積み重ねられた資料が乗っているが、散らかっている様子はなく、机の上は小奇麗に整理されている。
 ドレル自身も、資料の一つを手に取っており、深い皺を寄せながら目を細くし資料を食い入る様に見ているが、やがて資料から目を離し顔を上げ、先ほどまで資料に向けていた強い光の宿る目を、パウラへと向けられた。
 パウラはその視線を受けると、ビクッと身体がわずかに震えたのを感じる。
 未だ慣れない老人の尖すぎる視線は、体と精神が双方ともに小さく気弱なパウラにとっては心臓に悪いもので、それが素直な身体に反応として出てしまう。
 身体の反応はそれだけに収まらず、見られている今この瞬間も手汗が止まらない。

「報告かな?」

 その優しげな声を聞いてようやくパウラは緊張から解き放たれた。
 優しげな声と同時に、先ほどまでの眼光も優しい色に変わったからだ。
 ふぅと誰にも聞こえないように息を吐いて緊張を解きほぐすと、自らの契約する王から『大丈夫?』と音にならない声で心配される。パウラもいつも通りのその声に安心しながら、『なんとかね』といつも通りに返す。
 ドレルから向けられる強い光も悪意のあるものではないことは十分に承知ではあるのだが、その光の強さには思わず怯んでしまう。
 パウラは自身のあまりの気弱さに自分自身に呆れるが、治らないものは治らないし、怖いものは怖い。ドレルの行動や考えには舌を巻き、感心し、尊敬するものであるし、組織運営のなんたるかを自分に説いた師匠でもある。あるのだが、やはりあの眼光だけは慣れないものだった。
 あれだけ鋭い目をしているのに、彼自身は戦闘は得意としないというのだから驚きだ。

(これで戦闘に不向きなんだよね……猛者って言われるフレイムヘイズだと一体どうなっちゃうんだろ)

 外界宿という多くのフレイムヘイズの交流する場にいながら、彼女はその気弱な性格から、あまり外部のフレイムヘイズと接して来なかった。いつも彼女は、自分の部屋にこもって事務処理をするか、部下から報告を受け取り、それをドレルに伝達することしかやらない。その為、事務処理能力は『ドレル・パーティ』の中でも一・二を争うほどのものだが、コミニュケーション力はからっきしとなってしまった。
 よって、あらゆるフレイムヘイズと接する機会の多くなる外界宿に居るにもかかわらず、猛者と言われるような凄腕のフレイムヘイズと出会うことはなかったのである。

「はい、報告です。モンテベルディ様より、初戦は明日とのこと」
「そうか、ついに始まるんだね」

 ドレルは遠くを見るように言い、沈黙が訪れた。
 きっとドレルが見ているのは、初戦が始まるという場所。アメリカのことを思い浮かべているのだろう。
 ドレルが予てより言っていた、これから長く続くであろう戦の第一戦。それの火蓋が切られようとしているのだから、ドレルの言葉が深く重くなるのは当然のように思える。
 パウラもドレルを見習うように目を瞑り、想像する。
 思い浮かべるのは遠く離れた新大陸。
 大地の四神とまで呼ばれるフレイムヘイズ屈指の実力者が治めている土地であり、少し前に思い出すのも嫌になるような醜い争いがあったばかりの場所。多くの同胞らが、かの大地の四神の怒りを鎮めるために身を捧げた。
 それでようやく訪れた僅かな安寧の後、今回のような事が起きる。
 ``海魔(クラーケン)``の一斉討滅の第一陣ハワイ解放戦。一見してみれば世界中に居る``海魔(クラーケン)``への宣戦布告なのだが、その実は『封絶』をよしとしない集団『革正団(レボルシオン)』への警告だ。
 まるで宗教のような奇妙な広がり方を見せる集団は、非常に危険で厄介。今回のこの警告を受け取らないようであれば、全面的な戦いになるのは明白となっている段階まで来ている。
 これから始まろうとしている戦いはただの前座のように見えるのだが、そうではない。
 特にハワイ解放戦に至っては、今作戦(``海魔(クラーケン)``一斉討伐)の要となっている。
 これは警告(見せつけ)なのだ。
 我々『フレイムヘイズ』を敵に回したらどうなるかを奴らに教えるために。
 ドレルも言っていたが、そうなるとハワイ解放戦を敵に如何に印象づけるかが重要となる。
 
「……圧倒的な勝利。敵に見ただけで怯えさせるほどの結末が好ましいんですよね?」

 突然のパウラの言葉に、目を瞑って沈黙を作っていたドレルの口が開く。

「そうだね。それが好ましい。そして、それが可能な猛者を向かった」
「……『輝爍の撒き手』レベッカ・リード様と『骸軀の換え手』アーネスト・フリーダー様」

 外界宿にほぼ引きこもっているような状態であるパウラでさえも、レベッカの武勇伝は耳に届く。
 彼女に睨まれたものは爆発するという。
 それはパウラが聞いた噂の一つだがこの噂が流れた時、大半のフレイムヘイズは噂を疑うことなく、あいつならやりかねないと頷いていた。中には欧州一の猛者と言う者さえ居る。
 それほどに桁が外れた化物。
 そのレベッカと肩を並べるようにして立つフリーダー。
 レベッカほどの派手な武勇伝は聞かないものの、彼はよく外界宿に出向くため、為人はむしろレベッカよりよく知っていた(パウラは猛者と聞くだけで、自分の執務室に引きこもってしまうので会ったことはない)。
 性格は、フレイムヘイズには珍しく慎重にして堅実。ただ力を振るうだけではなく、頭を働かせることの出来る指揮官としても活躍できるタイプのフレイムヘイズであり、その為人から組織運営も可能とドレルが見るほど。
 その力のほどはパウラはあまり知らないが、レベッカと肩を並べても遜色ない活躍をすることからも、実力は十分にあると予測できる。
 ああ、一体どんな恐ろしい風貌しているのだろうか。
 想像しただけで体が震えてきたパウラだったが、ドレルが契約した``王``の``虚の色森``ハルファスの高い声によって現実に戻される。

「あーっ、あと『不朽の逃げ手』も行ってるんだよね!?」

 ハルファスから出たその名を勿論パウラも知っていた。知らないはずがなかった。
 外界宿それも『ドレル・パーティ』に属していれば、誰もが知っている名。彼がいなければそもそも『ドレル・パーティ』は存在することはなかったであろう、一番の協力者。
 それだけではない。
 彼の噂は先程のレベッカの武勇伝を凌ぐ勢いで、外界宿に幾つも伝わっているのだから。

(それに……あの子を預かってくれた人)

 パウラにとっては最も新しい記憶の一つ。
 自身に手に余るフレイムヘイズを一時的にとは預り、一旦帰ってきた時のあの子は少し晴れやかで、ちょっとだけ明るくなっていた。
 パウラの預けた時の内心では、戦々恐々としていたのだ。
 彼についての噂はどれも猛者のそれであり、噂を聞いて想像をすればするほどパウラの中では恐ろしい外見で、性格はその外見と釣り合うものであると思い込んでいたのだから。
 しかし、ドレルや帰ってきた子の話を聞けばどうも違うらしい。

「そうだね。私も正直驚いたよ。彼の参戦は見込めていなかっただけにね」
「そうなのですか?」
「うん。積極的に争いごとに顔を出すような性格ではない。それよりもむしろ」
「避けるような方、でしたっけ?」

 疑問符がつくのは、未だに信じられないから。
 聞いた性格によれば、今まで聞いた噂が嘘になる。噂が真実であるならば、聞いた性格が嘘になる。どちらかが正しいのかはパウラは分からない。
 ただ……

(大戦で活躍できるような人なら、性格は置いといても、すごい力の持ち主なんだろうなあ)

 実力が偽物であるとは思わなかった。

「彼には彼なりの考えがあるのだろう。こちらとしては戦力が増えてありがたい」
「そう……ですよね」

 パウラは再び目を閉じる。
 無茶な願いを聞いてくれた、まだ見ぬ恩人の無事を祈って。

「……しかし、彼にはあのことを教えるのを『ついうっかり』忘れてしまったな。ハワイ『解放戦』の意味を」





◆  ◆  ◆





 空はどこまでも青く、雲一つない晴天だった。アメリカは西海岸沿い、海は穏やかで、風も吹いておらず、耳にはただ波しぶきの音だけが届く。これから戦乱の幕を開けようというのに、その気配を微塵も感じさせないほどで、フリーダーは自分たちのこれからの行いが場違いであるかのように錯覚させられる。
 しかし、その美しいとさえ言える光景は、仲間であるリーズの『封絶』の言葉と同時に姿を変える。
 世界は紅へ。
 
「大きさはこれで十分?」
「十分? これは広すぎじゃないのか!?」

 『堅槍の放ち手』リーズが張った封絶は、ここからでは果てが見えず、ハワイ諸島まで続いてしまうのではないかと疑ってしまうほどに大きい。
 昨晩の作戦会議では、どうやって``海魔(クラーケン)``共を呼び寄せるかについての議論もあった。``海魔(クラーケン)``はこの広い大海原のどこかに存在している。だが、正確にどこにいるかは把握されておらず、過去に人間が襲われた地点を起点にして地道に探すしかない。
 フリーダーはそれを含め、人員が必要だと訴えたのだが、それを『不朽の逃げ手』モウカは必要ないといったのだった。
 彼は続けて、説明するよりも見たほうが早いと言い、結局は詳しい作戦は決められずじまい。レベッカは楽しそうにしていたが、フリーダーとしては不安と不満が残っただけ。
 その理由の一つとしてはフリーダーは『不朽の逃げ手』のことを噂でしか知らない。
 フリーダーがまだ``紅世の王``と契約したばかりの時、参戦させられたあの大戦にも同じく参戦し、名を馳せたらしいことは知っているが、それ以上のことは知らない。
 噂からすれば凄腕らしいが、彼の戦いを目で見たわけではないから信じられない。
 何も分からないまま。
 
(それに、強いフレイムヘイズ特有の覇気というものもない。溢れ出る存在をあまり感じられない)

 実際に目にし行動を共にしているのだが、噂のような歴戦のフレイムヘイズとは思えなかった。むしろ、契約したばかりの新人の方が、まだ力を感じさせてくれる。それほどまでに、彼からは力を感じなかった。
 その彼が自信満々に平気だというのだ。
 不安を感じないほうがおかしい。けれど、彼の作戦を無碍にも出来なかった。
 発言からは自信を感じ取れるし、それ以上にフリーダーにも有効な作戦を思いついていなかった。頭にあるのは自身の得意とする自在法で、海底に自分に模した人型の爆弾で爆破して攻撃するレベッカのような、力技の作戦しか思い浮かばなかったのだから。
 レベッカのようなという時点で、この作戦を進めるきもなかったし、何よりこれは作戦といえるほどのものでもない。手詰まりだったのだから、彼が行おうとしていることをやるだけやらして、失敗したなら諦めて力技で突破すればいい。
 フリーダーとしてはその作戦には納得行かないものがあるものの、結果的に成功すれば無問題だ。レベッカには隊長だからとか説いたものの、現状の戦力で出来ることはあまりにも限られている。
 そう思って、自分を納得させたというのに。
 眼の前の光景は何だ。
 馬鹿みたいに大きい封絶を張って、何をしでかそうというのだ。

「広すぎるって言われてもさ。``海魔(クラーケン)``はハワイ本島とアメリカ大陸の間で一番目撃されてる。なら、その間を封絶で囲って無理矢理にでも戦場を作ったほうが手っ取り早くない?」
「手っ取り早いかもしれないが、だ。それでは臆病者の奴らは出てこない」
「あと、さすがにハワイまでは封絶張れてないと思うわ。めいいっぱいやったつもりだけど、あと一回は張り直しが必要じゃない」
「それならそれでいっか」

 ``海魔(クラーケン)``は船にフレイムヘイズが同乗していると襲ってこなくなるような、姑息な奴らだ。こんなにも正々堂々と封絶を張れば、封絶内に入ってしまった``海魔(クラーケン)``は当然警戒し、出てこなくなってしまう。
 そうなれば、こちらからわざわざ出向いて戦うしか余地は無くなり、``海魔(クラーケン)``の得意分野である海の中での戦闘にもつれ込むことになる。
 それは力の差があったとしても危険な戦いだ。
 フリーダーが避けたかったことの一つである。
 それを彼は平然とやってのけた。
 だというのに、彼の表情は変わっていない。ことの重大さが分かっていないのか。それほどまでに、猪突猛進で馬鹿だというのか。
 
「き、君は──」
「それでどうすんのさ?」

 フリーダーが惨事に苦言を呈そうとするのを遮るように、フリーダーもよく知る女性が彼に問うた。
 心底楽しそうに、笑いながら。

「どうするってこうするのさ。ウェル、俺たちの十八番行くぞ」
「よし、任された!」

 風が吹いた。
 風はやがて強くなり、モウカを中心にして渦を巻き始める。渦の中心が大きくなり、フリーダーたちも囲みきる。渦の中心には風はなく、時間が止まったかのような空白だった。渦は眼に見えるほど大きくなり、その強さを増していく。中心部分が広くなっていくのと同時に、渦も規模をどんどん増していき、その渦の勢いはハリケーンを彷彿させるほどになる。場を風が支配していた。
 この風にフリーダーは見覚えがあった。
 忘れることも出来ない強烈すぎる戦火の中。この風はありとあらゆるものを無視して現れた。``紅世の徒``、フレイムヘイズを関係なしに全てを暗雲の嵐の中へと包みこんんだ。
 当時のフリーダーはその状況に驚くばかりで、何が起きたかは理解できず、いつの間にか生きながらえていた。気付いたら嵐がやって来て、去っていったら危険も去っていたのだ。
 あの時のように雨は降ってはいないが同じ風だった。

(じゃあ、あの時の嵐は)
(そ、そういうことだよね?)
「やっぱりな、オレはそうじゃないかと前から思ってたんだ」
「本人に聞いても、思い出したくないとか言われて、話を拒否られてたもんねえ」

 フリーダーが気付いたようにレベッカも同じ所に気付いたらしかった。
 驚いているフリーダーとは違い、レベッカは溢れんばかりの笑顔だった。
 
「さーて、前進だ」

 風の渦が動き出す。
 渦の前に海は無意味だった。海を抉るように進んでいるせいか、モウカの歩く場所は全て陸地になっていく。水が風によって巻き上げられ、海中なんて存在は全て吹き飛ばされる。渦の全てが海の中に収まると、それはまるで渦潮のようになる。
 今いる場所は海底であるはずなのに、封絶によって赤く染められた空が見える。

「『嵐の夜』渦潮バージョンって感じかな」

 起きている現象は過激で、とてつもなく大きな力を発揮しているというのに、その声はどこまでも平凡だった。
 リーズがサッとモウカの前に立つ、と同時に赤い空に影が現れる。

「ほら、おでましだよ。みんな仕事して仕事ー」
「フリーダー君!」
「分かっているよ」
「やーっと、お楽しみな時間だ」
「それじゃ楽しむとしようか」
「貴方はあまり前に出ないで!」
「お主はそこで自在法を維持してれば良い」

 ハワイ解放戦。
 圧倒的な力を誇るフレイムヘイズによる``紅世の徒``の殲滅戦が始まった。

第五十二話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 方法は実は幾つかあった。今行なっている『嵐の夜』によって強引で強烈極まりない方法を用いて、まるで俺がここに居ることをこれでもかと主張する方法を取る必要性もなかった。というよりも、この『嵐の夜』による力技の作戦は普段なら最も避けるべき方法であろう。
 良くも悪くもこの自在法は目立ってしまう。
 『嵐の夜』は俺にとっては最高の自在法で、これ以上のものはないと自負するぐらいの出来のいい自在法であるが、それだってメリットだけでなく、デメリットもある。長所があれば短所は付き物なのだ。
 『嵐の夜』の本来の弱点とも言うべき短所は、例えば雨を防がれてしまえば、存在の隠匿が出来なくなってしまうなんていう、自在法そのものを破られかねない物もあるが。この場におけるデメリットはそれを指してはおらず、目立ってしまうの一言にまとめられる。
 封絶もなかった時代、このデメリットはあまりにも問題だった。
 嵐を呼び起こす天災級の大規模な自在法である『嵐の夜』は、人の目にも``紅世``の関係者の目にも留まりやすい。中でも人は『嵐の夜』によって災害をかなり被った。
 そういった目に見える力は色々と災いをもたらすことは、長い人生経験上の確信であり、『嵐の夜』は無闇矢鱈と発動する訳にはいかない自在法でもあった。
 工夫を凝らして、自在法の規模を小規模のものへと変え、目立たないようにしたこともあったが、それは応用技であり、細かい制御だとかが非常に面倒なものだ。
 小型化させて複数を操るのは大変。何か動作を間違えれば、せっかく小さくまとめたのに暴走して大きくなってしまったり、小さくまとめ過ぎたら『嵐の夜』本来の力が発揮できなくなってしまったりする。それを複数個を同時に繊細にコントロールしなければならないのだから、どれほど苦労するかは分かってもらえるだろう。
 気持ちとしては、やはりどかんと一発、何も考えずに『嵐の夜』を発動できる方が、楽ですっきりする。
 しかし、封絶が発明される前はそれをすることが、躊躇われ、控えなくてはならなかった。目立ちすぎるという理由から。
 でも、封絶が発明されたからといって『嵐の夜』を使う機会が増えたわけではない。いや、俺の場合は封絶自体をあまり使いたくないのだから、『嵐の夜』を使う機会が増えるわけがなかった。封絶については散々考えた末に、対処法も出来たのでいいが、『嵐の夜』はめっきり使えなくなってしまった。
 俺の最終手段であり、最終兵器でもある『嵐の夜』の使う機会がないというのは、そのまんま俺の平和に結びついてるので、たまにはストレス発散がてら使いたいなと思うことはあっても、使えないことに文句はない。
 『嵐の夜』は俺の最高の自在法でありながら、俺が最悪に目立ってしまう自在法であった。
 つまり、俺がこの自在法を使う時は目立つことを承知の上である。

(今回の戦い。何も海戦というだけなら『嵐の夜』にこだわる必要はないんだけどね)
(ただ戦う場を作るだけなら『青い世界』で十分だもんねー。それなのに、モウカは目立つ方法を選んだ。私にも話してない秘策でもあるのかな?)
(まあね。言っただろ? この戦いに加わったのは、将来のためだと)

 ウェルの言うとおり、レベッカたちが戦い易い戦場を作るだけであれば『青い世界』で十分なのだ。あの自在法の意味は、俺が最大限に有利になる戦場を水に染めることで、自分の優位を築き上げるもの。この効果をレベッカたちにも恩恵を受けさせることは造作も無いことであり、過去には大戦で活用し、九死に一生を得た。
 『青い世界』は地味な自在法だが、今みたいな状況では存分にその力を発揮できるだろう。
 自分の優位を築くと説明すると、逃げるときにも活用できそうなものだが、『青い世界』を使って逃亡するくらいなら『嵐の夜』の方が手っ取り早いから、使うことはなかった。それに、『青い世界』は『嵐の夜』ほど周囲に目立つわけではないが、何も無い陸地に俺が逃げ切れる距離を稼ぐ分だけの水を出現させることになるのだ。自然現象として誤魔化せる『嵐の夜』は人間にその現象を見られても平気だが、『青い世界』はあまりにも不可思議な現象になる。結果、逃げるのには向かない。

(将来のためねえ。今、目立つことがモウカの安全に繋がるっていうこと?)
(結果的にそうなるはずだ。だから、ここであえて目立っとくのさ)

 今まで目立つことは俺を死へと追いやる原因の一つであり、避けられるならば避けるべきことであったのだが、現状に至ってはそうとは限らないのだ。
 ここで目立ってしまえば、大戦と同じような必要のない名声やいらぬ注目を集めてしまうことは、目に見える地雷とも言える。
 名声はあらぬ厄介事を呼び寄せる元凶となり、注目は俺の行動が縛られる可能性を帯びている。フレイムヘイズの厄介事といえば、ほぼ百パーセント``紅世``関係であり、そこに戦いが発生することを暗に意味する。行動が縛られれば、俺にとっては名称でもある『逃げ』を封じられ、死に抗う術をを失うことになるかもしれない。
 考えれば考えるほどに恐ろしいが、これらは全て最悪を想定した場合のこと。余程のことがなければ、そんなに追い詰められる状況には至らないだろうし、現になっていない。
 何も有名になることは悪いことばかりではない。有名になればその名だけで``紅世の徒``が、戦うことを避け、無意味な戦いをせずにすむかもしれない。これは二十世紀になった今もフレイムヘイズの間で名乗りが無くならない理由の一つでもある。
 一部では、騎士としての誇りがーとか、カッコイイだろ? とか言ってる旧世代的だったりお馬鹿なのもいるようだが、俺は間違いなく本来の意味で名乗りをあげようと思っている。
 ……いつも事前策で、``紅世の徒``自体に遭遇しないようにしているから、名乗らないと戦闘を避けられない場面自体になったことはないのだけど。
 しかし、これからは活用する場面が出てくる。
 今までは俺が恐怖から``紅世の徒``を避ける時代だったが、これを機に``紅世の徒``が俺を避ける時代になってもいいと思うんだ。
 そして、その最初の一歩が──

「海……ね」

 俺を護るように前に立ち、俺の周りの大きな盾を操っているリーズが唐突に言葉を発した。
 俺たちの周りではレベッカが発狂しているため、爆音と雄叫びが酷く、リーズの声は密着した距離だからこそ聞こえたものだった。

「ん、どうした? リーズ」
「ううん。海って本当に広い。貴方がここまで本気を出しても、この風はハワイにも届かないなんて」
「これでもモウカは全力ではないけどねー。『嵐の夜』なんて大袈裟に言ってるけど、風を操ってるだけみたいなもんなんだし」
「『嵐の夜』の本質は風と雨。それも存在を暗ます特別な雨があってこそだからな。これは雨が必要ない分だけ、変な自在式も必要ないし、余計な力も使ってないんだよ」
「それを差し引いても、お主のその出力は中々のものだ」
「一応、五百年生きてるしね」

 てんやわんやの五百年だが、その生きてきた経験は得難いもの。がむしゃらに生を掴むために努力して、戦ってきたのは伊達ではない。
 ある意味、五百年の重みを誰よりも理解しているのは俺なのではないだろうか。苦労の数が誰よりもあったかは別としても、一秒一秒を大切にして、生きることのみ全てを費やしてきたのは、俺ぐらいなものだろう。
 生きるための努力なら、誰よりもしてきたつもりだ。

「それでもこの海全てを抉り取ることはできないのでしょ?」
「そりゃあ、まあ……出来るわけがないのが常識だろ」
「はあ、残念だわ」

 悲しそうなため息をここぞとばかりに吐いて、先ほどまで俺に向けていた期待の目を、虚しさのこもったものへと変えた。
 戦場は相変わらずやかましく、爆発音が響いている。気づけば周りは爆弾だらけな上に、泥人形のようなものまで現れて──爆発する。
 さっきから爆発しかしていない気がするが、どうでもいいことだ。俺に被害が来ないのであれば。
 爆風や爆発の際に飛び散った色んなモノは全てリーズがガードしてくれている。

「何が残念なのか、全く分からないんだけど」
「簡単よ。私が憎くて憎くて仕方ない海を、その風で吹き飛ばして欲しかったの」
「……は?」

 俺はリーズの答えに目を丸くした。
 それってつまり、地球の約七割もある海の存在をなかった事にしたいということだよね? 規模がでかすぎるって突っ込むべきか、何を馬鹿なことをと呆れるべきか分からない。
 俺がどう言えばいいか分からないのをよそに、耳元から聞こえるのは爆音からウェルの爆笑に変わっていた。

「発想が愉快すぎるよー! さっすがモウカの相棒だよね! 思考も似通ってきたのかな?」
「俺はどんな思考をしても、海を無くすなんて結論は出ないよ」

 それに海がなくなったら、大量の人間が死ぬよね。下手したら、人類滅亡だよね。フレイムヘイズは寝食がなくても一応生きていけるからいいものの、人並みの生活そのものが死語になるぞ。
 勿論、海を消失させるなんて馬鹿な事をするフレイムヘイズも``紅世の徒``もいないと思──一人だけやる可能性のある``紅世の王``を思い出しちゃったよ。
 やだなー。さすがにそんな実験をしようなんて思わないよね。あいつ。
 怖いから考えるのもやめとこ。

「海なんて大嫌いよ。海があるから、船酔いなんていうあってはならないものが存在するんじゃない」
「あー、そういうことか」
「それ以外にあるの?」
「同情はするけど……」
 
 リーズの船酔いの酷さはよく知っている。船が一揺れで、彼女の中の物が排出されゆく姿には涙なしには語れず。少女という幻想に包まれた存在のその哀れな行為には、夢を抱く男子諸君は絶望を味わうしかない。
 悲惨な光景。
 この言葉が船上の彼女よりも似合う人を俺は知らない。
 それを思えば、海を恨む気持ちも分からなくもないのだが、その原因って結局船だよね。悪いの船じゃねと思わなくもなかった。

「そうだな……いつか海に感謝する日が来るかもしれないぞ」
「どういう意味?」
「海に助けられる日が来るってことだよ」

 話は戻る。
 リーズにも俺が言ったように海は広大で、地球の約七割を占めると言われている。
 俺が今まで逃げて来た場所は、海を除いた残り三割の大地。それもほとんどが三割よりも限られた欧州の地のみだ。地球規模で考えれば、かなりの狭い範囲内で逃げ回っていたことになる。
 だが、これからは海にも逃げれるようになれば、生存率はさらに高まることになる。
 緊急避難先として、違う大陸へ逃げる逃亡経路として。海の活用法は幾多にもある。
 今回の``海魔(クラーケン)``殲滅戦に参戦した最大の理由はこれだ。海を解放すれば、結果的に俺の生きるための活路が見出され、海が最も安全な場所になる日も近くなるだろう。

「モウカの言いたいことは分かったけどさ。私はそう上手くいかないと思うなー」
「上手くいって欲しくないの間違いじゃないか?」

 その方がウェルの望む面白い展開とやらになりやすいだろうし。
 俺の逃げ道に海の選択肢が生まれれば、今までのような危険と隣り合わせの生活とはおさらばできる。そうなってしまうと、愉快主義のウェルとしてはつまらないものになる。
  主人公はその後の人生を安寧に幸せに生きましたとさ、ではウェルは納得できないだろう。

「うーん、策が失敗して狼狽えるモウカを見るのは私の楽しみではあるけど……」
「失敗しても絶対に狼狽えてやらないからな」

 失敗するとも思ってない。思ってないけど、念の為に心の準備だけはしておこう。

「モウカも言ってたけど、海は物凄く広いんだよ? その海にいる全ての``海魔(クラーケン)``を殲滅できると思わないし」
「そればかりは私も同意。ハワイまでの中間だけで苦労してるのに本当に殲滅できるとは思えないわ」

 二人の口から出たのは正論だった。
 正論だが、俺はすでにそれについての対策も考え済みだったりする。というよりも、もとより二段構えの策だ。
 
「俺も出来ないとは思う。だからこそ参戦したんだ。この一戦だけとはいえね」
「自分の力で殲滅を可能にするって言うの?」

 貴方にしてはえらく強気ね、と流し目でこちらを見ながらリーズが言う。

「俺にそんな大それた力はないよ。あるなら毎日ビクビクしながら生きてないし」

 殲滅出来る出来ないは関係ない。
 大切なのはこの``海魔(クラーケン)``殲滅戦において、『不朽の逃げ手』という存在が活躍した事実を作り、可能な限り目立って目立って目立ちまくって、存在をこれでもかと主張し、俺が自在法を用いて海を制したと``紅世``の関係者に思わせること。
 海というフィールドにおいて、俺が如何に戦えるかをこの世界へと示し、海の存在自体が俺に優位に働くことを``紅世の徒``に身を持って教える。
 そうすれば、次に上がる名声によって俺は他称海戦最強のフレイムヘイズの肩書きだけを手に入れることだって出来るかもしれない。普段であれば余計な肩書きだが、この肩書きがあれば``海魔(クラーケン)``の殲滅を失敗しようとも、臆病者の奴らは俺に手出しをしなくなるだろう。臆病者の気持ちは臆病者が一番理解できる。
 勿論、それでもベストなのは``海魔(クラーケン)``を殲滅してしまうことには変わらないが。
 海では、最悪の状況に陥った際に、欧州のように他のフレイムヘイズに助けを求めることは不可能だ。ならば、不穏分子がいないに越したことはない。
 今までだって海に出ることは不可能じゃなかったが、欧州から出なかったのは、不測の事態を避けるため。欧州なら、``紅世の徒``と遭遇する可能性も高いが、味方がいる可能性も比例して高くなる。それに、なんといっても外界宿がある。
 外界宿に長居することはないが、``紅世の徒``の情報を持ち、一時的な避難場所として優秀な外界宿は欠かせない存在だ。
 この外界宿がしっかり機能しているのが今までは欧州しかなかった。
 アメリカでは大地の四神が外界宿に収まったことにより、鉄壁の守りとなっているが、それもつい最近のこと。中国でも新しい組織が動き始めているが、日本にいたってはまだない。
 欧州が一番危険だが、安全な場所でもあったことが分かる。
 だけど、これからは安全な場所に海が追加される。
 
「ウェル。残念ながら今回俺は涙を見せることはないよ」

 自信がある。
 だというのにウェルは俺の自信を無視するように笑いながら言う。

「私はそうは思わないなー」

 爆発音の収まった戦場で、その言葉はよく聞こえた。

第五十三話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 改めて感じさせられることは、俺が実戦力としては成り立たないことだ。俺の用いる自在法は、全体に作用を及ぼすものが多く、個人単位の自在法は『色沈み』ただ一つ。単一戦力としては、俺を今日一日を通して護り抜いてくれたリーズよりも下の下。
 レベッカ、フリーダーと欧州指折りのフレイムヘイズがいるのだから、余程の事態が起きなければ、俺が危険な場面に出くわすことはない。
 それはすでに証明されているようなものだ。
 俺が『嵐の夜』を用いて渦潮を作り、海を行進初めてそろそろ一日が経とうとしているが、危険を感じたことは一回もない。
 繰り広げられているのは、圧倒的実力差のせいか、残忍と思えてしまうほどの殲滅戦。``海魔(クラーケン)``が俺の自在法にまんまと引っかかると、現れた瞬間に爆発、爆発、爆発の嵐。逃げようものなら、爆弾付きの土人形が行く手を塞ぎ、これまた爆発。
 お前らの頭の中には、何かを爆破させることしかないのかと思わず突っ込みたくなるような、爆破ぶりだが、突っ込むことはない。特にレベッカに爆弾魔と直接言えば、導火線に火をつけるという物。それこそ自爆みたいなもんだ。
 俺とレベッカの関係は比較的良好なもの。彼女はかなり強いのでこの良好な関係を維持しといて損はないので、わざわざ怒らせる必要もないというものだ。
 一応、美女の部類に入るしね。
 フリーダーとも交友関係を作っておくに越したことはないが、彼は頭がいい。レベッカなら口八丁で調子づかせて、協力を仰ぐことも出来るかもしれないが、フリーダーはそうはいかないだろう。逆にドレルが俺を利用するように、利用されかねない。
 ならば、利用価値の点ではレベッカに劣る。調子に乗らせすぎると制御できない欠点もあるが。

「どうしたの、考え事?」

 時間はすでに夜。
 空と同じ真っ暗に染まっている海の上にこの船は停泊していた。大型船ではないが、各フレイムヘイズに部屋が与えられる程度には大きさのある、土で作られた船だ。
 この船は、フリーダーの自在法によって形作られたもので、フリーダーが言うには土人形と同じ原理で出来ているらしい。
 俺の知っているフリーダーの力は硬質変化。土人形はそれを応用し、爆発性を帯びた物しているとか。
 芸達者な能力なことだ。硬質変化というくらいなのだから、自身の硬質を変化させ、固体から液体への形態変化などもお手の物なのだろうか。液体になったら敵の攻撃とか、無効化できそうだよね。
 ……ちょっと羨ましい能力かもしれない。
 詳しい原理とかは説明されていないので分からないが、戦い方の説明を聞いて思ったのは爆発性を付け足すあたりはレベッカの影響なのかなと。なんだかんだで仲いいよね、二人。やっぱり、ケンカするほど仲が良いという言葉はこの世界の真理っぽい。
 とまあ、そんな感想は置いとく。
 真夜中の甲板で、これでもかと星が輝く夜空を見ながらボーっと今後のことについて考えていた俺に、よく知る声が話しかけてきた。

「それとも、``海魔(クラーケン)``が怖くて寝れなかったとかじゃないわよね?」
「あははー、まさかー」
「……わざとらしい、笑い方ね」

 戦いの興奮が冷めなくて寝れなかっただけだよ。血が滾ってしょうがなかったからね。もう``海魔(クラーケン)``を見る度に、震えが止まらず、嬉しさのあまり涙も出ちゃったくらいだ。
 久々の戦いだったからね。しょうがないよね。

「私は隣の部屋からウェルの笑い声が聞こえてきて、うるさいから目が醒めたのだけど?」
「何が面白かったのかな。分からないな。うん、全然分からない」

 俺が海の上で怖がるはずないじゃないか。俺はあれだぞ。この戦いが終わった頃には、海の魔神とか、海の王様って言われて、『モウカ様は海の覇者だ』と噂されるようになるんだぞ。そんな俺が海を怖がるわけがない。
 ついさっきまで``海魔(クラーケン)``を目のあたりにしてきており。出てきた``海魔(クラーケン)``のどれもこれもが、人の形とは程遠いもので、見るからに恐ろしい様だったのは、決して俺が寝ていない理由ではない。
 だって、そうじゃないか。俺は``海魔(クラーケン)``との戦いの間に危機は感じていない──俺の命を脅かすようなことはなく、危険なこともなかったのだ。
 ほらな。``海魔(クラーケン)``が恐れる対象にはならないだろ。
 人を丸呑みできそうな大きすぎる口、丸くてギザギザな歯がぎっしり詰まっていて、『ぎしゃーぎしゃー』という意味が分からなすぎる鳴き方とか、唾を吐いたら地面が溶けるとか、もう……夢に出てきそうじゃないか。なんなのあれ、気持ち悪いなんてレベルじゃなかったんだけど。
 ``海魔(クラーケン)``といえば、神話に出てくるタコの化物じゃないのかよ。あれでは謎の生命体だよ。見ただけで正常な人ならあまりの光景に目を背けたくなるような醜態だったぞ。
 そう、だからこの感情は恐怖ではなく嫌悪なのだ。

「ふーん……別にいいわ、答えなくても。理由なんて気にしてないし」

 必死に言い訳を考えてた俺の時間をリーズは言葉で無意味なものとさせた。
 遠慮というものがない。
 
「それにしても凄いわね、自在法って。こんなことも出来るなんて」

 俺に向けていた視線を下げ、ポツリと呟いた。
 彼女の視線はきっとこの土船を見ているのであろう。

「土は汚れるから遠慮したいなんて思ってたのに、実際にはそんなことはなくて、むしろ程良い硬さで気持ちがいいわ。おかげでさっきまでぐっすり眠れてたし」
「形質変化って便利な力だよね。こういう応用力に長けているのは、色々と使えるよ」
「貴方だって、日中に見せてた自在法は凄かったじゃない。惚れ惚れするような力だった」

 俺の顔を直視する。
 その瞳はどこか輝いていているように見え、尊敬を感じさせる。

「お褒めに預かり光栄。でもね、そんな大したことじゃないんだよ。存在の力の量はリーズに比べれば多いかもしれない。でも、その程度。世の中にはね。ビックリするほどの怪物が居るんだよ」

 レベッカも十分に怪物ではあるが、やはりフレイムヘイズ側で挙げる怪物といえば、『炎髪灼眼の討ち手』を語らずには語ることは出来ない。
 『炎髪灼眼の討ち手』は一つの自在法で軍隊を顕現させ、その軍隊を率い、指揮を取る。彼女はたった一人にして多勢である。それだけではない。顕現させられた軍の中の一人一人が``紅世の徒``を打ち破るほどの力を持っている。
 一人にして群(軍)。
 一人にして覇軍。
 また、それほどの軍を顕現させるのだから、討ち手自身の実力はその軍を上回るものである。
 まさに規格外の強さだった。
 そして、彼女には付き添うようにして、もう一人のフレイムヘイズが傍らに必ずいた。
 それが『万条の仕手』。
 『戦技無双の舞踏姫』と称される圧倒的な戦闘技能を持ち常任を超越する器用で精密極まりない戦い方をする彼女は、一個人にして軍を打ち破る力を持っている。
 当時、欧州最強と名高かったかった二人のフレイムヘイズ。その頃には全盛期の『極光の射手』カールや『震威の結手』ゾフィーさんが居たにもかかわらず、最強の名を欲しい侭にしていたのだ。
 どれほどの規格外さがわかるだろう。
 といっても、

「リーズには分からないか」
「む……何がよ」
「いやね。昔に俺が助けられた、偉大なフレイムヘイズの凄さをいくら説いたって、本当に意味で理解はできないだろうと思っただけだよ」

 その頃を生きていた者にしか理解の出来ない話だろう。
 特に大戦の話はいくら話をしても、俺が当時感じていた恐怖を知ってもらうことはできない。
 ああそうか。その大戦は、これほどまでに強いフレイムヘイズであった『炎髪灼眼の討ち手』が、自身の身を犠牲にしてでもしないと収まらない戦いだった。そう考えれば、あの戦いの無謀さや危険度が天を突破するほどのものだったことが分かるな。
 俺……よく生きてたな。
 その大戦のラスボスであり、黒幕の``棺の織手``の化物さ加減もよく分かるというものだ。

「私、馬鹿にされてる?」
「したつもりはないよ。そうだな。強さを見るならレベッカもいいけど、確実に生きてると思う幼いおじいさんあたりでも見れば分かるな」
「幼いおじいさん? 若いおじいさんなら思い当たる人がいるのだけど」
「ドレルじゃないよ。もっとすごい人」

 古代より生きている最古のフレイムヘイズだからね、その人。
 本気の姿なら、俺の『嵐の夜』なんて物ともしないだろうしね。良かったよ、敵じゃなくて。

「そう、いつか会ってみたいわ。ねえねえ、もっと色々と聞かせてくれない? 貴方からこうやって``紅世``関係について聞く機会ってないもの」
「そう……だったかな?」
「だって、あまり話したくないでしょ? 貴方が恐怖する``紅世``の世界のことなんて」

 これでもそれなりに気を遣ってるのよ、とリーズは慈愛を感じさせる表情で言った。
 ほんのりと心に染み渡る優しさだった。
 ``紅世``に関わって碌な事はなかった。でも、``紅世``に関わることはなければ、生き残ることも出来なかった。それを考えれば``紅世``はただの恐怖の対象だけではないのかもしれない。
 これを考えると結果的に、助けてくれたウェルに感謝することになりそうだ。無論、感謝はしているが、口にしたことはない。

「なるべく避けたい所ではあるけどね」

 噂をすれば影。
 日本では使い古された言葉だけに、真実味は濃い。
 とは言え、今は気分がいい。
 なら、たまには雑談に興じるのも悪くない。

「たまにはいっか。それで、何が聞きたいの?」
「貴方が逃げたい``紅世の王``トップ5」
「一位は教授」
「……」
「……」
「即答ね」
「当たり前だ」

 間を開けずに答えたことにリーズは呆れながらも、出てきた回答には納得する所があるからか、素直に同感ねと言い、お互いに気持ちを共有した。
 二人共実体験を踏まえているのも大きいだろう。
 リーズは『フレイムヘイズ』にされ、俺はその現場に巻き込まれた。更に以前には、延々と追いかけられたことすらもあった。いつだって言うし、いつまだって言う。教授は俺のトラウマだ。

「予想通りすぎ。じゃあ2番目以下は?」
「うーん、どうだろう。多分有名所になるな」

 遭遇したことのある``紅世の王``は少なく、戦ったことのある``紅世の王``は更に少ない。
 その為にどの程度の脅威度かが、誰かの経験談や情報でしか知る由がないのだ。結果、よく耳にする有名所ばかりになってしまう。フレイムヘイズの間において有名ってことは、未だに討滅できないほどの手練であることを示す。

「昔から存在してるだけに力として怖いのは``千変``シュドナイとか、``千征令``オルゴンとか」

 彼らは``仮装舞踏会(バス・マルケ)``の一員であり、片や『三柱臣(トリニティ)』と呼ばれる重役、片や組織屈指の戦争屋だ。``仮装舞踏会(バス・マルケ)``が組織として直接、フレイムヘイズと対立することはここ数百年起きていないが、この二人は``仮装舞踏会(バス・マルケ)``内においても、特殊であり、趣味で戦闘に赴くことがある戦闘馬鹿だ。``千変``は正確にはちょっと違うようだが、俺にとっては同じだ。
 実力は数百年、もしくは千年以上も前から証明されているほどの持ち主。
 逃げに特化している俺でも、対峙するには怖すぎる存在。

「あとは``壊刃``サブラクとかかな」

 こいつも個人の趣味が転じて『殺し屋』なんて言われている存在だ。
 もうその通称だけで十分怖いじゃないか。
 そして、彼の場合は彼の使う自在法にこそ真の恐怖が隠されている。俺が出会ったらほぼ死亡級の自在法。

「誰もかれも聞いたことある名前ね。あと一人は?」
「後一人ね……」

 ``紅世の徒``含めなら、あと一人絶対に敵に回したくないのは居るんだけど、``王``となると……

「あ! そうか、あいつがいる」
「誰?」
「ウェル。``晴嵐の根``ウェパル」

 感謝もしている。
 でも、逃げれるものなら逃げたいよね。
 夜は静かに更けていった。





◆  ◆  ◆





 ハワイまでかかった時間は二週間。戦闘の数も思ったよりは多くはなく、戦っていない間の移動速度は、早くもなく遅くもなく(それでも人間が普通に歩くよりはかなり早い)の、比較的ゆったりした進行速度ではあったが、きっちりかっちりと``海魔(クラーケン)``の討滅は行った。主にレベッカとフリーダー、たまにリーズが。
 リーズの場合は、レベッカとフリーダーが相手してズタボロになった奴に槍を放って止めを刺していた。楽しそうにリーズがそれを行うものだから、俺にも一回やらせてくれと、リーズの作成した槍を投げさせてもらったんだが、どうやら俺には槍投げの才能はなかったみたいだ。結局、俺が``海魔(クラーケン)``を葬った数はゼロ。リーズにも劣る結果となった。
 この戦いに参戦する前の覚悟が何だったんだと思うほど、スムーズに行き過ぎた``海魔(クラーケン)``の殲滅は、ハワイ諸島に到着していよいよ大詰めとなる。

「このあとは各島に潜んでる雑魚を蹴散らせばなよかったんだよな?」
「島ごと爆破してしまえば、楽が出来てなお爽快。張り合いのない連中ばかりだったから、ここらで一発やりたいもんだよ」
「滅多なこと言うな、バカ爆弾共。これではあとを任せるのが不安になる」
「だ、大丈夫だよ、フリーダー君。レベッカちゃんたちだけなら確かに不安だけど、もう二組ついてきてくれるんだから、ね?」

 その言葉につられて、フリーダーがこちらをに見る。レベッカを任せることへの罪悪感と不安感が入り混じったような表情だった。
 フリーダーも言う通り、彼のハワイ殲滅でのお仕事はここまで。彼は此処から先は、ハワイ以後の太平洋に潜む``海魔(クラーケン)``の一斉討滅の準備をしに行かなくてはならない。本来であれば、今作戦の隊長の一人のレベッカもそれに同行、またはフリーダーと同じ仕事をなさなければならないのだが、御存知の通り事務仕事にはからっきし向かない性格をしている。
 その為、仕事は全てフリーダーが背負い込むことになり、ここで早めの離脱をしなければならなかった。
 俺個人としては、最後まで付き添って欲しかった。俺を護ってくれる戦力として期待しているからでもあるが、レベッカを抑えるには長年の付き合いのあるフリーダーが適任だ。
 俺では彼女を抑えられない。

「期待には答えられそうにないと思うよ」

 正直に答える。
 俺の答えは予想をしていたのか、フリーダーは苦笑いをした。レベッカは、そんな俺らを鋭い目付きで睨みつけて、何が気にくわないんだとでも言いたそうだ。レベッカの勇猛ぶりは、戦いでは非常に頼りになるものではあるが、発揮する場面を弁えて欲しいものだ。
 言った所で焼け石に水だろうが。
 俺とフリーダーは二人して、やれやれという動作をするだけに留め、もはやレベッカに忠告をすることもしない。

「不安は残るが……心配していても始まらないからな。殺り過ぎることはあっても、殺られることはないだろうし。俺は先に欧州に戻り、準備を進める。報告もついでにな」
「み、みんなはここをお願いね! あと、くれぐれもホノルルの件も忘れないでおいてね?」
「ホノルル?」

 ホノルルといえば、ハワイ諸島の中でも随一の都市部であったはずだ。
 過去に``紅世の徒``との争いの末に、外界宿が出来たという話も小耳に挟んだことがあるが、一体何の話だろうか。

「わーかってるよ。あーあ、面倒だなあ。やっぱり島ごと爆破するか」

 フリーダーの不安を募らせるような言葉をレベッカに、フリーダーは再び呆れたような表情をしてから、俺の方に視線だけ向ける。その目は『頼んだからな』と縋るような目。
 俺に視線を送ってからは、実際に口に出して「あとは頼んだ」と言葉を残して、ハワイを去って行った。
 せっかくハワイに来たのに、観光も出来ずに次の仕事へ行く後ろ姿は、どこか現代の日本のサラリーマンを感じさせた。
 フリーダーが去っていくと、レベッカは邪魔な奴が居なくなったかと言い、せいせいした表情をしていた。俺にとって、その表情はとても危険なものにしか見えなかった。
 ブレーキ役のフリーダーが居なくなったことにより、この後の討滅に何らかの影響が出るんじゃないかと戦々恐々としていたのだが、その予想に反し、殲滅は緩やかに、さらに過激に進んでいく結果となった。
 戦場はレベッカの爆笑と彼のパートナーたる``王``の挑発が飛びかう。
 フリーダーという枷がなくなったから、それともここに出てくる``海魔(クラーケン)``の好戦的な態度に釣られたのかは分からないが、俺とフリーダーの不安が杞憂だったのかもしれない。
 だから、一安心していたのだ。
 レベッカが上機嫌に``海魔(クラーケン)``をバッタンバッタンと殲滅していき、行程は当初の予定をはるかに上回るペースで進んでいる。
 この調子ならば、``海魔(クラーケン)``の脅威はすぐに取り除かれ、俺の悲願も無事に達成することが出来ると確信していた。
 油断はしていない。日本でのミステスの件があっただけに、こういう時こそ一番危機に陥りやすいことを学習していたから。
 俺が全力で注意を、警戒をしていても、その出現を予知することは出来なかった。
 一瞬だった。
 俺もレベッカもリーズも、``海魔(クラーケン)``の殲滅を終え、今日の仕事を終わらせた所でその瞬間はやってきたのだ。
 封絶と共に絶対不回避と名高いあの自在法が──

第五十四話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 初手の一撃は広範囲による圧倒的火力による不意打ち。強力無比なこの不意打ちは、怒涛の茜色の炎による爆発と、その炎の中に紛れ込むようにしてある無数の剣による、並のフレイムヘイズならこの初手で完全に消し飛ばすほどの攻撃。
 その広範囲な攻撃から、消し飛ばすのはフレイムヘイズの存在だけに留まらず、周辺にある全てのモノを巻き込み、破壊する。
 完全な不意打ちにして最強の攻撃。
 この二つを満たす、驚異的なまでの戦闘能力を見せつけてきたのは、

「``壊刃``サブラク、やってくれるじゃねえか」

 強力で強大な力を持ち得ている``紅世の王``。
 『殺し屋』と呼ばれるだけあって数々のフレイムヘイズを亡き者にしてきた、現世に存在する``紅世の王``でも飛び切りの力を持っている。
 レベッカも当然ながら、その名を知らないずもなく、苦々しげに、しかしどこか楽しそうにその名を呼んだ。

「いかにも」

 レベッカの言葉に反応したのは、レベッカの目の前に浮き黒いマントと硬い長髪を茜色の火の粉が混じる熱風にはためかせ、幾重にも巻いたマフラー状の布で顔を隠し、わずかに見える目は赤く、背の高い男と思われる──サブラクとレベッカに呼ばれた者。
 放つ存在は重々しく重厚。
 名前を確認するまでもなく、最初の一撃とその姿からサブラクであることは確定していたが、言葉で再確認をしたレベッカは、己の不利を悟る。

(ちっ、やっぱりな。敵がサブラクっつーことは、この傷は致命傷になりかねない)

 わずかに痛む脇腹に向けて舌打ちをする。
 この程度の怪我で済んだことには、自分自身に絶賛を送ってやりたいが、こと眼前のサブラク相手にはこの程度の傷でも危うい。
 今も、チリチリと傷口が広がっていく感覚に襲われている。

(噂に違わぬこれが『スティグマ』だねえ)

 『スティグマ』とは``壊刃``サブラクが『殺し屋』たる由縁の一つである、破られたことのない不破の自在法。この自在法の知名度たるやものは、フレイムヘイズのみならず``紅世``に関係する者であるなら、常識と言われても可笑しくないほどの高い知名度を誇る。
 だのに、『スティグマ』は未だに破られること無くフレイムヘイズたちを苦しめている。
 初手の大火力攻撃はサブラクと戦う際の鬼門ではあるが、破られたことのない『スティグマ』がその後にも構える二段構えによってサブラクと戦ったフレイムヘイズは死す。

(念のために治癒の自在法でも掛けてみる?)
(やめとけ。時間と力の無駄だ)

 時間経過による傷の悪化と傷の治癒の負荷こそが『スティグマ』の力の正体。
 レベッカほどのフレイムヘイズでも、事前察知不可能の初撃を完璧にかわすことは出来ずに傷を負う。『スティグマ』はそのわずかな傷であっても致命傷へと転化させる。
 それだけではない。眼前に迫るサブラクとの戦闘が始まってしまえば、傷は増えていってしまう。たった一つの怪我ですらも、致命傷へと移り変わるのにだ。
 闘いの激しさが増せば増すほど、時間が経てば経つほどに、状況は深刻化していく。
 
(時間の浪費は、こいつを相手には馬鹿のすることだ!)

 だから、レベッカは名乗りを上げず、語ることもせずに、攻撃を仕掛ける。
 光球を出現させる。複数なんていうケチな数ではなく、群と言えるほどの大火力を誇るはずの光球群だ。一つ一つには、レベッカ特製の爆発の自在式が組み込まれ、彼女が最も得意とする攻撃。
 即ち、

「これでも喰らっって吹き飛べぇぇええッ!」

 最強の攻撃。
 彼女が敵を正面から捉え、一気に討滅せんとするほどの大威力の爆発。並の``紅世の徒``であれば、光球一つの一撃にて沈めることも可能な火力を誇るものだ。それを群の数にて攻撃力をさらに増しに増し、この攻撃が当たれば``紅世の王``でさえも無傷ではいられない。
 このレベッカの一斉攻撃の構えに対してサブラクの姿勢は静。さらには、

「聞くまでもなく『輝爍の撒き手』か」

 独り言を発したが、レベッカはそれに答えず。攻撃の手を休めない。
 サブラクは、正面より迫ったきた光球群をかわすような動作をするが、

「吹き飛べッ!」

 それよりも早く光球が爆発する。
 光球はサブラクに直接当たる前に爆発をしたため、ダメージは与えられないが、一挙に爆発したため強烈な爆風がサブラクを襲う。
 自身に当たる前の爆発と強烈な爆風という続けざまの自身の予想だにしない攻撃のためか、爆風に抵抗するがわずかに身体が後ろに下がり、隙を生じさせる。
 サブラクの下がった先には、先程になかったはずの光が現れる。眩しいと感じるほどの数の光球が存在を露わにし、

「これを喰らいな!」

 爆発する。
 先ほどの爆発を上回る爆発だ。
 爆発はありとあらゆるものを破壊する。巻き込まれた建造物の全ては瓦礫の山と化し、砂塵が舞い上がる。
 レベッカは爆発の余波である砂塵混じりの慣れ親しんだ熱風を顔に受ける。
 いつもの火力の三倍も五倍も上である今の爆発は、数多の``紅世の王``を葬ってきた彼女の正真正銘の本気の一撃。例え``王``であっても討滅する自信がある必殺の爆発。
 
「手応えはあったんだけどな」

 ビキリ、と傷の広がる音がする。

「これで倒れてくれるほど生易しい敵さんじゃないってことさ」

 レベッカをも包んでいた爆煙が徐々に晴れていき、爆発の後が少しずつ明らかになっていく。
 濃かった煙が薄くなっていくと一つの影が浮かび上がる。
 影だけで十分にその存在がどういった現実を突きつけているかをレベッカは理解し、どこまでも強気な彼女にしては珍しい弱音を吐く。

「自信なくしちまいそうだぜ」

 レベッカの言葉に、彼女の相棒たる``糜砕の裂眥(びさいのれっせい)``バラルが強いられている苦戦の状況にはそぐわない陽気な声を発する。
 
「それならこいつをさくっと滅して取り戻せばいいさ」
「違いねえ」

 相棒の言葉に同意し、再び戦意を上げる。
 獰猛なレベッカの目は一切ブレることなく、晴れて姿を表して無傷の敵に射抜かんとばかりに向ける。自然に目と口の端が釣り上がり、獣(フレイムヘイズ)の闘争心を剥き出しにする。
 視線に含まれるのは、自分の攻撃を正面から受け、無傷で立っている事への敬意と畏怖。そして何より、好敵手への敵意。

「この俺を相手に正面から戦うとは、流石は名高き『輝爍の撒き手』だ。猪突猛進に見せながらも、しかりと練られている戦術は称賛に値する。俺を相手に逃げぬことは勇気でもあるが、無謀でもあるといえる。やはり、ただの獣か」

 クレーターの上で無傷で立っているサブラクは、ブツブツと攻撃もせずに悠長に独り言を言っている。
 レベッカはそのサブラクの言葉など聞かずに一人考える。
 彼がこの場に現れた意図を。

(これほどの大物がこんな辺境の地に居るってことは、ホノルルは)

 彼女の考えに同意するように、バラルは続ける。

(こいつの仕業、と考えるのが妥当だろうね。理由は分からないけど)
(分からなければ、聞けばいいさ)

 眼の前の真実を知っているであろう人物に問いかける。
 時間が経てば、レベッカの戦況は不利となるが、さっきの不意打ちでも倒せない以上、ここから焦って闘いを挑めば、無駄に力を消費し、死を早めることに繋がりかねない。
 言葉はあくまでも乱暴だが、頭は冷静さを失ってはいけない。戦いを求め、戦いに明け暮れ、戦いに勝利し続けることが出来た猛者だからこそ、戦い方を誤りはしない。
 最善は最速の決着。最悪は長時間に渡る無駄な消耗。ここは、リスクを抱えてでも、時間を少しかけ勝てる方法を探る方向性へと戦法を変える。

「おい、ホノルルの外界宿を壊滅させたのはお前の仕業か?」

 隠すことのないストレートな物言いだった。
 ホノルルの外界宿──ハワイにおいて唯一あった外界宿であり、``紅世の徒``とのハワイの取り合いにて、苦労をして宝具``テッセラ``を設置し成し得た外界宿だった。この外界宿はハワイという欧州からかけ離れた土地、さらにはアメリカ本土とも遠い島であったために、ドレル・クーベリックなどの近年のフレイムヘイズの組織の枠組みに属していなかった。
 そのため、壊滅の事実が知らされたはここ数年前。
 どのようにして壊滅されたかの情報は、事態察知が遅れたために分からず。生き残ったのは人間の構成員のみ。この構成員が生き残り、欧州に事件を知らせることがなければ、壊滅の発覚は更に遅れていた可能性すらあった。
 そのためホノルルの外界宿の壊滅は、ほとんどが謎。
 外界宿という立場上の関係で、壊滅させたのは``紅世の徒``であることは、容易に推測できたが実行犯も不明、理由も不明だった。犯行したのが``紅世の徒``である以上、邪魔なフレイムヘイズの殲滅が理由でもおかしくはないが、ドレルとピエトロはそうは見ていなかった。
 レベッカとフリーダーに託されていたホノルルの件とは、単純な``紅世の徒``による攻撃ではないと見た外界宿の代表格が、立地調査をし、あわよくば再建の目処を立たせることであった。
 ``海魔(クラーケン)``の殲滅戦がハワイを最初としたのは、外界宿壊滅の容疑者が``海魔(クラーケン)``である可能性を考えたための判断。
 外界宿の殲滅があった、その現場に``紅世の王``が居るのだから、疑うのは当然。ましてその``王``が、大規模殲滅を完全な不意打ちで行うことの出来る世に聞こえし``壊刃``サブラクなら、確定的とも言える。
 故に、レベッカの問いは疑問ではあるのだが、確認のようなもの。答えが返ってこなくても問題はない。
 レベッカの問いに対しサブラクは、

「いかにも、この俺が頼まれてやったことである。にしてもだ、外界宿とはひ弱な小鳥の集まりなのか。たったの一撃で壊滅だ。雇われの身とはいえ、抱いた感想はつまらぬの一言だったが」

 容易く白状した上に、愚痴にも似たことを呟き始める。

「だが、それも今日のための余興と思えば悪くはない。『輝爍の撒き手』と正面切って戦うことが出来るのだから」

 喜びを感じる。
 レベッカと戦うことを楽しみ、望んでいることが言葉と僅かに含まれる興奮の色が分かる。
 一本の刀の切っ先がレベッカに向けられ、戦意を放つ。レベッカは正面からその気迫を受け、自身の敵意を返す。一歩たりとも引かぬ、堂々としたたち振る舞い。
 刻一刻と傷が広まっている最中だのに、それをおくびにも出さない。
 サブラクは、「しかし」と言葉を続ける。

「些かながら、俺と貴様では相性が悪いらしい。我が刀剣は貴様の破壊力の前では無闇に壊されゆく。幾ら宝剣の類ではなくとも愛着のある物を簡単に壊されるのはヒドく不愉快だな」
「そりゃー悪かった。悔しかったら宝具の一つや二つ使っても構わないだぜ」
「僕らを相手に錆び付いてる刀じゃいくらあったって足りないさ。尤も、素晴らしい宝剣を持っていたって僕らに近付けるとは思えないけどねえ」

 ドカンとやられる度に、幾多の刀が壊されていく様はサブラクにとっては傷心ものだったらしい。嘆かわしいと言わんばかりの物言いだった。
 レベッカはそれに対してあっけからんとし、バラルは挑発する。

(自在法『地雷』の準備は)
(出来た。足元を一発ふっ飛ばして、僕たちの恐ろしさってのを)
(見せつけてやるさ!)
「なるほど。確かに俺の放つ刀剣は貴様の爆弾の前では無意味のようだ。だが、俺が振るう刀剣まで無意味と驕られるのは、心外だ。侮辱でもある」
「んなら、証明してみやがれッ!」

 再びの爆発。爆発元はサブラクの足元。
 自在法『地雷』は、隠蔽された設置型の爆弾である。予め設置していなければ、設置するまでの時間を稼がなくてはならない。サブラクとの対話は、外界宿壊滅の真相を掴める上、『地雷』を設置するまでの有意義な時間稼ぎとなった。
 いつもよりも火薬(存在の力)を多めに、数も多めにされたその破壊力は先の攻撃を上回るものだ。
 最初の爆弾で、無傷というのはレベッカにとってはありえない事態ではあるのだが、実際に起こっているのだから仕方ない。あれで傷一つつかないのであれば、あれ以上の攻撃をするより他になかった。

「この程度、すでに予測の範囲内だ! 二度も不意打ちを食らうつもりはない!」
「ちっ!」
「これで当たってくれれば楽なんだろうけど」

 この不意打ちはサブラクに通用しなかった。
 けれど、レベッカもこれで攻撃が終わりではない。避けられることを予測に入れておき、先と同じように、初撃を囮にし、もう一段階目の爆弾を当てようとするが、

「俺が同じ手を通じるはずがなかろう!」

 サブラクは爆弾が爆発するよりも先に、加速の手段を用いて爆発地点を斬り抜ける。
 爆発の余剰もあって、加速は増す。
 サブラクの持つ刀剣の切っ先が、レベッカへを斬りつけようとするが、刀剣がレベッカに届くことはなかった。

「我が剣技を喰ら──な!?」
「なんだ!?」
「わっ、と」

 対峙している双方に驚きの声が上がる。
 その驚きは、レベッカとサブラクの間を遮るようにして現れた壁──否、巨大な盾。

「なら、これなら食らってくれるのでしょ?」
「喰らってもらわないと困るがな」

 同時に、周囲の茜色を反射し輝きながらそれはサブラクの貫いた。
 貫いたのは槍。
 刃物が先に付けられている物や、刃物はなく先に行くほど鋭く尖っている物など、様々な槍がサブラクの胴体を、頭部を、四肢を、体のありとあらゆる部位を貫いている。
 一つは体に留まり槍が刺さったままであり、一つは貫き通されポッカリと穴が空いていたりする。
 満身創痍、無様とすら思える姿に成り果てていた。
 そこにさらにリーズは大きな槍を一つ放つ。槍はサブラクを突き刺し、サブラクを刺さったまま建造物まで飛ばされ、建造物に釘打たれる姿となった後、槍の衝撃に耐えきれなくなった建造物は轟音を響かせ、煙を上げて、サブラクと共に崩れ行く。

「遅いっつーの。オレ一人で倒しちまうところだったぞ」
「それならそれで私は構わないんだけど?」
「……ッち。ノリ気のないやつ」

 こいつとは反りが合わないと思うレベッカ。
 戦場でのこういった冗談とも言える話に、全く乗ってこないリーズはレベッカにとっては面白味が欠けていた。

「でも、あれだ……正直助かった」
「うん、素直でいいと思うわ。私も余裕があるわけじゃないけどね」

 苦笑いとも取れる笑みを零しながら、自身の右肩を左手で指す。
 尋常ではない血が右肩は流れていて、右腕は力なくぶら下がっているだけのようだった。顔もよく見れば、尋常ないほどの汗をかいており、どこか余裕そうな表情も艶がなく、青ざめているように見える。
 自身の怪我よりもひどい有様を見て、少しレベッカは心苦しくはなるが、あえて軽口を言う。

「片腕だけで済んでよかったじゃねーか」

 レベッカの意外な対応、それとも優しさに驚いたのかリーズは目を丸くする。
 すると先程よりも、ほんのちょっとだけマシな表情になり、「ありがとう」と照れくさそうにいった。
 リーズの言葉に、頬を掻いてレベッカも照れくさそうにした。
 ビキリ、と何度目か分からない傷の広がる音に二人は苦渋の顔をする。

「うーぬ、そうそう甘くはないってことだ」
「この丈夫さには、さすがに呆れるものあるよ」

 痛みは未だにサブラクが健在であることを示している。
 レベッカもこれ以上の交戦の不利さを悟ってか、リーズにやや声を荒げながら言う。

「まだあいつは来ないのか!?」

 言外に「それとも来れないのか」と言う意味が含まれていた。
 ベッタリとまるでカップルかのようにずっとペアで行動していた内の片方しか、今現場に来ていないことから、レベッカがモウカの不能を予想した。
 だが、その予想は、女のレベッカでも惚れ惚れするようなリーズの笑みによって打ち消される。
 
「大丈夫」

 その笑みは信じて疑っていない。
 絶対的な信頼と友情と他にもレベッカの知らない何かが混じったような笑みで、

「私がここに来れるってことは」

 可愛らしく、可憐で、

「あの人が生き残る術を見出したってことだから」

 強い乙女だった。
 
──どこからか、笑い声が響き渡る

 高い女の声。
 馬鹿にしたような、それでいて興奮していて、楽しくてしょうがないというのが直に伝わってくるような笑い。
 
──雨が降り、風が吹く

 豪雨ではない。暴風でもない。
 だが、その雨と風はリーズが出現させていた鉄の盾をあっという間に錆びつかせ、崩れ去る。
 そうして二人は気付く。
 傷の広がる、ビキリという音がもう聞こえなくなっていたことに。

第五十五話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 最初は激痛。身体のどこから痛みが来ているかも分からないくらいに痛覚が混乱していた。おそらくは色々な場所からやって来ていたのだろう。痛みの声をあげていない部位のほうが稀有なのかもしれない。
 俺自身は体を動かすことは出来ず、痛みからくる度合いでしか自分の怪我の具合が分からない。
 身体を動かせないのは、痛みからなのか、四肢が潰れてしまって言うことを聞かないのか。どちらにしろ、身体がまともな状態ではないことは明らか。
 よく、悲鳴を上げなかったものだ。自分自身を褒めるというか、純粋にその事実に驚く。まさか声が出せないわけがあるまいし。我ながら、ここ一番の根性はすごいなと感心する。その上で、ここまで傷ついてなお、死んでいないフレイムヘイズ、不老で不変の身体にも感謝だ。
 フレイムヘイズではなければ、こんな自体に巻き込まれることもなかったのかもしれないが、今更そんなことに思考を割いてもしょうがない。
 怪我が治っていないはずのに、痛みが消える。
 ──否、鈍くはあるが身体が痛みを訴えていることは分かるのだが、麻痺したかのように感じなくなった。幸か不幸か、それとも死の直前なのか。でも、悪くはない。
 痛くないのなら、身体は動かせなくとも、頭を働かすことが出来る。
 生き残るための算段をつけれる。
 痛みに全ての思考を割かれていた時と違い、今は外の音を聞こえてくる。

「だい、じょうぶ?」
 
 心配の色が濃いややかすれたような声だった。
 おそらくはリーズだろう。ウェルが俺を心配することは、考えられないから。
 声の主について考えていると、ヒステリックにも似た声が聞こえた。

「大丈夫だと思う!? モウカのこの姿を見て、本当に? そりゃーね、いつものモウカなら笑い飛ばすよ? そんな怪我で、泣き喚くなんてモウカったらひ弱なんだから。ひな鳥じゃないんだから、ぴーぴー鳴くなって、笑いながらおちょくるよ! でも……でも!」
「そ、そんなの私だって分かってるわよ……」

 これはどういうことだろう。
 あのウェルが。愉快主義で、俺の涙を見るのが生きがいで、俺と逃避行を共にするのが趣味なあのウェルが、珍しく本気で俺のことを心配している。
 貴重な体験、だな。叱咤激励してくれたあの日に並ぶ、貴重な日に今日はなりそうだ。
 心配をしてくれるみんなを他所に、そんな場違いなことを思う。いや、こんな時だからこそかな。
 みんなの気持ちはありがたくて、嬉しくて、倒れている場合じゃないと決心できる。

「貴方起きなさいよ。いつもはふざけてばかりの、ウェルがこんなに必死なんだから」

 ああ、全くもってその通りなのだろう。

「モウカ、死んじゃダメだよ。モウカが死んだら、私が──」
「生き返らす、なんて言うなよ?」

 麻痺の影響のせいなのか、ひどく眠気が襲ってくる。だが、眠気に必死に抗い、重たい瞼を強引にでも持ち上げる。気を抜けば、すぐにでも目を閉じて、意識を落としてしまいそうだ。
 でも、死ぬ訳にはいかない。
 まだまだ生きていたい。『少なくても』なんて言葉は使わずに、『いつまでも』生きてみたい。生きるのに飽く日が来るまで。
 事の真偽を確かめたい。
 例えば、俺は逆行した人間だ。なら、今この時代に生まれ、生きるだろう『自分』は果たしてどうなっているんだろうか。どうなるのだろうか。
 遠い昔に仮説した``宝具``のせいで俺は過去に飛ばされたのだろうか。それとも、ここは俺の元いた世界とは全くの別世界なのだろうか。
 だから、まだ。

「死なないんだから、生き返らすなんて出来ないぞ?」

 俺の言葉に目に見えて驚くのはリーズ。目を大きく見開いて、これでもかと丸くする。やがて、クスっと優しく笑う。フルカスはほうと感心した声を。
 沈黙をもって驚きを表しているのはウェル、だがその沈黙も長くは続かず、すぐに笑いへと変わる。
 高笑い。でも、いつもと違ってそこに騒々しさも、鬱陶しさもなく、耳障りではなかった。
 
「そうだよね。そう。うん、それでこそモウカだよ!」
「だろ?」

 にやけようとする。上手くいったかは分からない。

「でも、これだけは言っておくよ?」

 そう言って、実に愉快気に。いつも通りにウェルは告白した。

──私が飽きるまで、モウカが死ぬのは私が許さない

 絶対に、と。
 俺の意思など問答無用のウェルの決定だ。
 俺に拒否権なんてあるはずがなかった。





◆  ◆  ◆





「これが『スティグマ』、ね」

 怪我が広がる感覚を覚えたからか、血のにじみ出ている右肩をそっと手で触りながら、確認するような言い草だった。リーズは痛みで傷の広がっていくのが分かるようだが、俺は痛みで知ることはすでに出来ず、直感からまた一歩死に近づいたなと感じるばかりだ。
 リーズは自分の怪我を見やってから俺へと視線を注ぎ、まずいわねと苦虫を噛むように言った。
 『スティグマ』は時間が経つに連れて、症状が悪化する自在法。今の俺の怪我を放置するだけでも、十分に危険だというのにそれがこれから先、更に悪化していくと考えれば致命的と見える怪我具合なのだろう。
 治癒の自在法や自然治癒を促してみたものの、治る兆候が全く見られない。『スティグマ』の厄介たる由縁は、怪我を悪化させつつも回復もさせないこと。一方的な状況不利を常に敵側に押し付けてくることだ。
 とは言え、この自在法はあまりにも有名すぎる。
 ``壊刃``サブラクが殺し屋の異名を勝ち取る程に、フレイムヘイズを殺し周っているせいで、本来は万もの戦法の形を取る``紅世の徒``に対し、その場その場での応戦を求められるフレイムヘイズにも関わらず、サブラクの情報は事前に手に入ることが出来る。情報があるということは、サブラクに殺された者は多いが、生き残った者も少なくないことを表している。
 生き残った彼らが一様に言うには、サブラクには逃げが有効であることだ。
 謎の多い不破の自在法『スティグマ』であるが、破れてはいないが一応の対応策が見出されて入る。それが、効果範囲からの離脱。サブラクの戦線からの逃亡、である。
 戦線であった街、または封絶の範囲外へと逃げることに成功した場合、その時点で怪我の悪化が収まり、サブラクの追撃にあった者はいないという。
 俺はこの時点までの話は、すでにリーズでハワイまでの道のりで話しており、俺の怪我の度合いを見て、先程から逃げることを勧めている。
 俺も逃げたい気持ちで一杯なんだけど、自力であることすらもままらない状況なんだよ。と、言えば、

「じゃあ、私が背負っていけばいいでしょ?」

 いつも手持ちの包帯を俺に優しく巻きながら子供をさとすように言うリーズは、怪我を負って精神的にキツい俺にとって聖母のように輝いて見える。
 だが、その言葉に頷くわけにはいかなかった。

「俺は、今まで考えてきたんだよ」
「何を?」
「生きる方法を」
「え……?」
「もちろん、その方法の中には俺の嫌う``紅世の徒``への対応策もあるんだよ」

 一番いい生きる方法は、戦闘をしないこと。戦うことは尤も死に近く、俺にとっては死刑宣告に等しい。その次善策として、常に``紅世の徒``と遭遇をしないように気を遣い、あまつさえ面倒事に巻き込まれるのを嫌う。
 次に考えるのは、面倒事を消しに行くこと。後に自分の障害となりえそうな事柄があるなら、それよりも前に自分自身が動いて、種を除いてしまえばいい。この場合、今回のように面倒事に巻き込まれることもあるが、最悪の状況に至るよりはマシになるはずだ。これは、正しく先を読む力が必要になる。
 この二つは俺の行動基準である。
 けれども、こうやって頑張って避けようとしても、避けられない自体に陥ることはままある。今回のこれもそうだが、大戦の時もそうだった。ならば、``紅世の徒``自体の対策も必要だ。
 全ての``紅世の徒``への対策は不可能であるが、そもそもそれは必要ない。
 過信と取られてもおかしくはないが『嵐の夜』があれば、大抵の``紅世の徒``からは逃げ果せられる実力があると、実績と経験から自負している。
 だからこそ、真に対策が必要なのはそれを物ともしない怪物級の``紅世の王``である。リーズには俺が特に恐れていると言った``紅世の王``たちがその実例。
 教授が堂々の一位に輝いたのは、対策が取れそうにないからだ。奇っ怪な自在法を作り、予測不可能な行動をとる教授に、対策が存在するはずがない。
 しかし、教授には無理でも自在法自体に対策は出来るのではないだろうか。元は『封絶』の対応策として考えていたものだが、広く捉えれば自在法そのものへの対応策へともなる。これが出来るようになれば、例え教授の理解不可能な自在法であろうとも、物によっては予防策が引けるようになる。
 そして今回。
 ``壊刃``サブラクの『スティグマ』は教授とは違い、どういった効果があるかは知れ渡っているものだ。
 出来ることなら対策を、と俺が考えていないはずもなかった。

「『スティグマ』が不破と言われる原因について考えたことがあるんだよ」
「治癒系の自在法が効かないからじゃない? 貴方も言ってたし」
「うむ、実際に効かなかったしな」
「重要なのは、なんで効かないか、だよ」

 たぶん、『スティグマ』対策を真面目に考えようなどと思うフレイムヘイズは少ないだろう。というのも、いつ遭遇するかも分からないたった一人の``紅世の王``について、考えるのは愚策とも言える行為だ。まして、最悪逃げ切れれば生き残ることが出来る相手でもあるし。『スティグマ』が悪名高いと言っても、『スティグマ』によって直接的に死ぬ者は少ない。
 サブラクを相手取った時に、フレイムヘイズが最も死んでいる攻撃は、初撃の完全な不意打ちによるものだ。
 生き残れるかは運任せとも言われているこの攻撃は、避ける方法がないとさえ言われている。
 存在の力の大きさは、まんま生命力の高さと換算出来る。
 俺はその生命力の高さと普段からの逃げグセがあって、相手の攻撃を避けれるほどの身のこなしはなくとも生き残ることが出来、リーズは彼女の力の性質上、自分自身を護ることが出来た。
 俺も『スティグマ』の対抗策ばかり考えていたのは、最初から初撃は生き残る事が出来るのを計算していたからだ。過去にサブラクに襲われて生き残れた者は、何れも猛者と言われるほど力量の持ち主や、存在の力を多く秘めてる者が多かったことから出た計算である。
 また、生きて帰ってきたフレイムヘイズはみな誰一人として、サブラクの存在を攻撃前に察知できる者がいなかった。その中には、並以上に存在を察知するのが得意な者がいたが、その者でさえ出来なかったのだ。俺も察知は得意な方であると思うが、誰も察知出来ない敵を相手に、俺だけが出来るとは考えづらい。
 敵の存在を予め認知するための自在法で対策を、とも考えたのだが、そもそも存在の力を事前に感じることが出来ないという事は、存在隠蔽の自在法を用いているか、そういった特性を持っている可能性がある。前者にしろ、後者にしろ、それらを持ち合わせているのであれば、詮索系の自在法対策もされているはずだ。せっかくの自在法が無駄に恐れがある。無いよりはマシ、なのかもしれないが。
 事前の攻撃察知が出来ない以上、サブラクの存在を予め認知出来ない以上、その後に備えるように考えるのは自然なことだった。『封絶』やその他多くの『自在法』の対策にもなるので、結局こちらの対策へと固まった。
 それに、ウェルの特性上こっち方面のほうが適していたのも理由に当たる。
 ここまでが対『スティグマ』を考えるまでに至った経緯。

「『スティグマ』がなぜ、他の自在法を受け付けないか。それが不思議でならなかったけど、いくつかは俺とウェルで仮説が立てられたんだ。所詮、仮説だけど。本当はその仮説も全部、一から説明するのもいいだけど」
「それだとモウカが死ぬね。ダメ、ダメだよそれは、許されない。だから私が結論を言うね。『スティグマ』は破壊と再生の自在法」
「壊して再生? それってどういう意味?」

 リーズが首を傾げる。
 全く理解が追いついていないようだ。考えることも放棄しかけているが、時間が迫っているので、リーズのこの行動は正しい。

「傷口を広げるというのは、人の体を破壊しているってこと。治癒の自在法が効かないってことは、外部から来た自在法を、しいては自在式を破壊しているってことだ。これは設置型の自在法じゃありふれた対策だ。せっかく設置したものを壊されたくはないからね。それで、再生っていうのは──」
「『スティグマ』の自在式を再生しているってことだよ」

 ウェルは、俺の言葉を遮るようにして後を続けた。
 更にウェルは言う。

「破壊の要素が含まれている『スティグマ』は、それ故に治癒の自在法に強い。治癒の自在法は永続的に傷口を治そうと作用するけど、『スティグマ』によって自在式そのものが破壊されるから、意味を成さない」

 治癒は瞬間的な作用をするものよりも、継続的に怪我を治そうと働くものが多い。一瞬にして怪我を完治する自在法があれば、『スティグマ』となり得るのかもしれないが、ありとあらゆる怪我の種類に効く自在法の自在式を考えるなんて一体どれほどの時がかかるかだろうか。
 それに対し、『スティグマ』は、どんな自在式であれど、式を破壊するだけのシンプルなものである。どんな自在法であれ、式が破壊されれば元も子もない。
 今度は俺がウェルの続きを言う。


「逆に『スティグマ』の式自体への破壊を及ぼす自在式は瞬間にしか作用しない。確かに、それで式は破壊できるだろう。だけど、それを試みた者はその後も『スティグマ』に侵されていた。そこから考えたのは、自在式が破壊できていなかったか、もしくは再生したか、だ」
「…………ッ!」

 リーズの顔が驚きに染まる。
 自在式が再生するなんて考える人物はいないだろう。
 破壊をする類の自在法は大抵は瞬間的な要素のものばかりだし、妨害系にしたってせいぜい、破壊効果だけを妨害しようとするか、再生効果だけを妨害するに留まるに違いない。それに、効果への妨害の自在法を使ってくることは、サブラクとて分かっていることだ。
 ならば、サブラクが考えつかない。常識とは違う対策をするしかない。
 これが俺とウェルの二人で考えた『スティグマ』自体の考察だ。

「ならば、俺の『封絶』で考えた自在法が効くんじゃないかって思うんだよ」
「それが……貴方の秘策?」
「その通り。だから、逃げるのではなく、これはチャンスだよ。誰も倒せなかったサブラクを倒すチャンス。レベッカも居ることだしね」

 本当に、悪夢のように突然やってくる``紅世の王``が居るなんて、怖すぎるからね。俺自身は戦えなくとも、今は戦力に『輝爍の撒き手』がいるんだ。このチャンスを逃せば、いつ来るかも分からないサブラクに怯える日々になるかもしれない。
 
「だから、リーズも行ってきて。``壊刃``サブラクを倒してくれ」

 俺の目を一・二秒見つめてから神妙に頷く。

「あと、リーズの武器はダイヤモンドとか風化しない物にしといてね」

 これには了承の声。そして、今も爆風飛びかう戦場へ走りだした。

「さて、やりますか」
「やるよ、モウカ。ここぞでカッコイイ所を魅せつけて、私のフレイムヘイズがスゴイってことを``紅世``と``現世``に知らしめてやろうね!」
「いや、必要だから``海魔(クラーケン)``の殲滅には参加したけど、それ以上の名声はいらんから。真剣に」

 いつも通りのウェルの物言いに苦笑を返して、いつも通りのその様にありがたみを感じながら。

「実戦初投入だけど、平気かな」
「失敗はモウカの十八番だけど、大丈夫。今回は、私もやる気だから」

 珍しくも俺に協力的なウェルに驚きながら。

「それじゃあ、『スティグマ』破らせてもらいますか」
「うん、絶対出来る。不破なんてありえないんだからね」

 いつだって願うのは生きること。
 ただ死んだように生きるのではなく、生きていることをこの身にしっかりと刻み、味わいながら、生を感じ続けること。

──『崩し雨』

 しとやかに降る雨は、見た目に反して破壊の自在法。
 自在式を雨の降る限り、水のある限り破壊し続ける永続的な破壊の雨。
 肌に心地いいと思わせる風は、水をあらゆる角度から侵入させ侵させる。
 鉄や金を瞬間的に錆びさせ崩す、風化の風。

第五十六話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 ``壊刃``サブラク。奴の正体とは一体何なのか。それを見抜いたものは誰一人としていない。多くのフレイムヘイズが奴と戦い、命を落としていったのだが、それで得れたのは自在法の情報のみだ。
 ``紅世の徒``との戦いで、敵の自在法を知れただけでも十分な情報といえるのかもしれないが、ことサブラクに関してはそれだけの情報では、勝算が高まったりはしなかった。
 『スティグマ』のことを知れた程度で、討滅出来るほどサブラクは儚い存在ではなかった。
 知っていても避けることが出来ない初撃にして最高の一撃を放ち、その後はじわじわと『スティグマ』による破滅。ならばと、撃って出れば不死身と言わんばかりの耐久力だ。いくら攻撃に手応えがあろうが、次の瞬間では元の姿へと戻っている。この不死性を誰も見破ることは出来ていない。
 サブラクの正体の可能性として、最前提とされているのは膨大な量の存在の力。果たしてどれほどのものを蔵しているのかは考えるのも嫌になるのだが、さすがに無限ではないだろう。無限に近く、はあるのかもしれないが。
 ともあれ、サブラクを討つにはその存在の力を全て削り取ることが出来れば勝てるやもしれぬ。と、ここまでなら大抵のフレイムヘイズは考えつく。
 しかし、ここからが問題だ。
 『スティグマ』がそれを許しはしない。
 これにより、サブラクを倒すには持久戦しかないのだが、サブラクを相手に持久戦は命取りの方程式が成り立つ。考えれ考えるほど、凶悪な存在だ。
 そこで、俺の『スティグマ』破りが効いたはずだった。
 『崩し雨』によって、再生し続ける『スティグマ』の効果を、破壊し続ける『崩し雨』の効力で良くて相殺。悪くとも効果を減少させ、持久戦を出来る程度には戦線を盛り返す予定だった。
 ざまーみやがれ! 貴様はここで終わりなんだよ!
 怪我のせいなのか、頭のどこかを打ったのかは分からないが、その時の俺はやけにハイテンションだったとリーズとウェルが証言した。その台詞の数々は恥ずかしい物ばかりで、ウェルが本気で心配するほどだった。リーズは、かっこ良かったよ、惚れ直したなどと言い、さらに俺の羞恥心に追い打ちをかけ心に深い傷を残した。
 いつもの逃げるの選択ができないせいで、ヤケになっていたんだろうな。

「あれから三日か」

 場所はハワイ、ホノルルの宿。
 フレイムヘイズの身体とはいえサブラクに負わされた怪我は未だに治らず、場所を移動することも出来ずに、ここでの養生を強いられていた。
 たまにはのんびりと養生するのも悪くない、と思う気持ちもあるのだが、その反面もっと安全な場所に隠れ顰みたい願望もある。
 万全を期すためには、何よりも怪我を早く治すのが最優先ではある。
 昨日のことのように覚えている闘いは、すでに過去のものになっていた。

「不完全燃焼だったわね。あんなのがまだ生きてると思うと、貴方じゃないけどちょっと怖いわ」

 俺が養生のために使わせてもらっているベッドの上にリーズは腰掛けながら言った。
 俺はまだ完治はしてはいないが、三日も経てばある程度は回復し、身体を起こせるようにはなっている。

「俺が自在法を使って、攻勢になると思った瞬間に幕引きだもんな。それと最後のは余計だ」


 俺が自在法を維持し、リーズとレベッカがサブラクと戦う。ゆくゆくはサブラクを討滅まで追い込んでもらう予定だったのだが、結果はいきなりの終戦。茜色の封絶が解けかけて、こちらが慌てて張り直した次第だ。何が起きているか意味不明。全員がぽかんと間抜けな表情をしたぐらいだ。
 本当に訳の分からない状況だった。
 リーズの寸前の一撃がサブラクの致命傷になったとは考えにくいので、討滅出来た訳ではないだろう。何の予兆もなく、不意に終わったのだ。サブラクが現れなくなり、気配も無くなったことから、少なくとも撃退は出来たのではないかとそう判断するしかなかった。
 討滅は、出来なかっただろう。
 『崩し雨』が『スティグマ』に実際に対抗できたかも実証できず、サブラクの生死も確認出来ていない。ほぼ確実に生きているとは思うが。
 千載一遇の好機を逃したと言っても過言ではない。
 俺にしては珍しく攻撃的な思考だが、ここで奴はどうしても仕留めておきたかった。``壊刃``サブラクはそれほどの危険性を帯びている。

「外界宿の壊滅……にわかには信じがたいことだな」
「『輝爍の撒き手』が本人に聞いて確かめたことだって言ってたからねー。信じられない事でも、信じるしかないよ?」
「非常に嫌な事実だけどね。嫌で嫌でしょうがないけど」

 俺は昔から一箇所に留まることをよしとしなかった。今更その理由を語るまでもないが、その場所に例外はなく、絶対の安全を謳う外界宿にもなるべく留まらないようにしていた。
 その絶対は崩れ、外界宿も一概に安全だと言えなくなった。存在を察知不能にする設置型宝具の``テッセラ``があるにもかかわらずだ。
 世の中に絶対はなく、あるのは万が一の可能性だと信じて疑わない俺だが、この事実は本気で嫌気がさす。
 どういう理屈で外界宿を見つけたのか知らないが、最高の隠蔽力を誇る``テッセラ``が敗れたとなると、サブラクに隠蔽系の自在法は効かないことになる。また一つ、奴の強みを知ったことになる。
 いや、他にも隠された場所を知る方法はある。
 裏切り。
 外界宿の関係者の中に裏切り者がいた場合は、確かに場所を把握することが出来るだろう。フレイムヘイズがサブラクに関与するとは思えないから、人間か。だが、外界宿に関わるような人間のほとんどは``紅世の徒``への深い憎しみがあるはずだ。おいそれとフレイムヘイズを裏切り、``紅世の徒``側につくとは思えない。たとえ、あったとしたら何かしらの要因があったはずだ。
 フレイムヘイズに失望しただとか、``紅世の徒``に共感を覚えただとか。
 サブラクに共感──は、ないだろう。あいつは単なる殺し屋。人間をわざわざ殺したなどの話は聞いたことはないが、特にこれといった思想を持つわけではない。いつも雇われて、何かの依頼をこなして、フレイムヘイズを殺しているに過ぎない。
 
「雇われて? ウェル」
「うん? どうしたのかな、怪我だらけの私の大切なフレイムヘイズさん」
「仰々しく言うな、鬱陶しい。じゃなくて、レベッカはサブラクがどういう理由で外界宿を襲ったのか言ってた?」

 レベッカが他の仕事に旅立つ前。俺も意識を取り戻しらばかりの時に、今回の一件の裏話を聞かせてもらったのだが、正直意識がぼやけてたのかいまいち覚えていない。記憶にあるのは、サブラクこえーとサブラクやべーなんて感想だけだ。怖くてヤバイのは事実だし。

「聞いてないかな。言ってなかったと思う。それがどうした?」
「それって結局、何の目的で外界宿が襲われたのかも、誰が襲わせたのかも分かってないような」

 肝心な部分が抜け落ちているではないか。
 レベッカもやっつけ仕事だな、全く。調べるなら調べるで根掘り葉掘り探って欲しかった。サブラクとの交戦中だったことを考慮すれば、俺には出来ない仕事をやり遂げてはいるので、俺が言える事じゃないんだけどね。
 
「ま、別にいいんだけどさ。俺の考えることじゃないし、今はそれよりも優先すべきことが──」
「サブラクから逃げる方法、でしょ?」

 分かってるわよ、と言いたげな顔でリーズは俺の思惑を言い当てた。
 こういう事だけには察しが良いな。

「分からないほうが不思議だと思うな私は」
「同義だ」
「長い付き合いだからとはいえ、そんなに分かりやすいか?」

 皆は呆れるほど声を揃えて肯定した。それに俺はため息をつく。
 俺のことを理解してくれて嬉しいような、単純だと言われているようで悔しいような。そんな中途半端な感情が俺の内側で渦巻いた。

「それじゃあ、これは分かるかな?」

 対サブラクの逃亡案。
 フルカスは沈黙し空気になり、リーズはすぐに「分からない」といつもの様に考えることを放棄し、ウェルは、

「さっすが、モウカ! もう逃げることしか考えていないんだね!」
「俺を舐めなるなよ。いつだってその事で頭がいっぱいさ!」





 ハリー・スミス。彼はフレイムヘイズではなく人間ではあるが、こちら側の人間。外界宿に務めていた人間の構成員。それもホノルル支部──この間、サブラクによって壊滅させられた外界宿の唯一の生き残りである。
 彼が生き残ることが出来なければ、ホノルルでの出来事は誰も知ることが出来ず、発見はさらに遅れていたことだろうとレベッカは、ドレルが口にしていたことを俺に言っていたとのこと。無論、俺の記憶にはなかった。
 俺にとってハリー・スミスとは、俺の養生できる場所を提供してくれたこちら側を知っている人間に過ぎないのだが、彼自身の話によれば、自分の家は代々外界宿の構成員であったという。詳しい話は、悲しい過去(おそらくは壊滅によって家族とかを失ったのだろう)があるというので、聞けなかった。
 つまるところ彼は協力者な訳だ。
 彼の手引きもあってハワイの``海魔(クラーケン)``の一斉討滅やら、ホノルル支部の再建の話が進んだことからも、彼の優秀さが伺える。
 でも、物凄く怪しいんだよね。
 これ以上ないほどに怪しいと俺は睨んでいる。
 外界宿の壊滅が裏切りによるものではないかと一考したこともあるから、余計に彼が黒色に見えてしょうがない。
 可笑しいじゃないか。フレイムヘイズすらも生き残れなかったサブラクの無差別攻撃に、人間の彼だけが一人生き残るなんて。出来過ぎていると思わなかったのか、ドレルは。
 そんなこともあってか、目を覚ましてから一週間が経った今日この頃、そろそろこのハワイからお暇をしたいのだ。怪我はほぼ完治し、身体は元気そのものだ。これなら海の中を歩いてだって離脱できる。
 それなのに、ハリーが俺を止める。
 曰く、もうすぐ外界宿の再建が始まるのだから協力して欲しいやら、せめて援軍のフレイムヘイズがやってくるので引き継ぎぐらいはして欲しいだの。なんとも正論な意見なのだが、それは出来れば俺にではなく旅立つ前のレベッカに言って欲しかったものだ。
 レベッカはまだ``海魔(クラーケン)``討伐を指揮しなければならない仕事が残っているのに対し、俺にはもう仕事がないのだから、こう言われるのも仕方ないことかもしれないのだけれど、考えてみても欲しい。
 俺は別に外界宿の運営側の人間じゃないんだよ。ドレルに協力したりして、外界宿の繁栄にちょっとばっかし影響したみたいなことが囁かれているようだが、俺の本質は組織とはどうあっても相容れない。全体のことを考え、個を無視することなど出来やしないのだ。大切なのは、自分のこと。この生命。それ以上のモノは無いのだから。
 ハリーの要望なぞ知ったことないわ! とっとずらかるぞと港にやってきたのだが。

「あ!」

 港で誰かが素っ頓狂な声を上げた。
 俺も思わず声の方向に振り向くと、そこには俺が逃げることを光の速さで防ぐことの出来るあのフレイムヘイズがやってきていた。
 人垣に囲まれ、何やら厄介事を起こしているような雰囲気の中、何人かが誰かに殴られたような苦しげな声を上げ、ドサッと倒れこむ音が聞こえた……気がしたが、気のせいだろう。
 しかし、どうやら声を上げた主は気のせいで済ます気はないらしく、

「お久しぶりです! モウカさん!」

 元気に挨拶をしてきた。
 十年ほど前に会った時と一切容姿が変わらない少女。少し古風な髪飾りと普通の女の子っぽい印象が強いその少女はまさに、キアラ・トスカナその人であった。
 懐かしいわねーと言った会話を自身と契約した``紅世の王``と会話しながら、こちらに近づいてくる。その彼女の隣を歩くようにして、旅人然とした風格の男と気弱そうな女性と一緒に。
 俺を止めるためにか、着いて来ていたハリーはようやく見つけたとどこか安堵の表情だ。察するに、援軍とはこの三人のことなのだろう。
 さっきまでの引き止めはどこへ行ったのか、俺のことを無視して、騒ぎを起こした援軍に説教臭いことを言い出すハリー。ただの人間なのに、人間よりも圧倒的力を持つフレイムヘイズに怯えること無く説教をする姿は、どっちがフレイムヘイズか分からなくなる。俺に対しても強気で、引き止めていたのだから、構成員にとってフレイムヘイズは人間と大差ない存在扱いなのだろうか。
 やがて、三人声を合わせて「ごめんなさい」と聞こえたので、説教から解放されたようだ。
 説教が終わり、ようやくお互いが顔合わせと、自己紹介をした。
 少女、キアラのことは知っていたが、他の二人は完全に初見かと思ったら実はそうでもなかったらしい。
 『鬼功の繰り手』サーレと名乗ったカウボーイハット、ガンベルトというようなガンマンであると強調するような服装をした男は、``絢の羂挂``ギゾーと『強制契約実験』の末に契約したフレイムヘイズであることが発覚した。
 あの実験の時にこんな男いたっけかと記憶に全くなかったのだが、リーズの「貴方が教授の相手を押し付けた男」の発言で、なんとなく思い出した。そう言えば、勝手に押し付けて逃げた記憶がある。向こうは完全に覚えていないらしく、初めましてと挨拶してきた。
 サーレの名はすでに猛者と認知されている強力な討ち手だ。彼なら俺の代わりどころか、役不足だろう。
 最後に女性。
 比較的小柄で、気が弱そうな顔立ちをしている彼女はパウラ・クレツキーと名乗ってから、自分がドレル・パーティの一員であることを明かした後、報告するように言った。

「ドレルよりモウカ様に伝言があります!」
「伝言?」
「はい。モウカ様には、これより東京総本部の立ち上げの協力をして欲しいとのこと!」

 いつもならドレルから回ってくる依頼は基本突っぱねてきた俺は、彼女に一も二もなく返事を返した。

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