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【投稿版】不朽のモウカ

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【二次ファン転載版】不朽のモウカ 

【投稿版】不朽のモウカ

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第二話 

【投稿版】不朽のモウカ

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第三話 

【投稿版】不朽のモウカ

「いつまでそうやって戦いから逃げ続けるの?」
「いつまでも逃げ続けられるものなら逃げ続けるさ」

 ただし逃げているものは、正確には戦いからではなく死からであり、本質的に戦いとは人の死を大量に生み出すものなので結果的に避けているに他ならない。
 人の死なない戦いなら率先して戦う……なんてことは天と地がひっくり返ったとしてもありえないが、ただ、貴重な人生の経験だというなら一度や二度は味わってみるのも悪くないかもしれない、と思うところはある。
 現代に生きていたときはそんな争いなどは無縁だったが、過去に来て以来、争いはとても身近に感じてきた。実際にフレイムヘイズになった今だって、今まで以上に争いに近い場所に身を置いている。だからと言って慣れたなんてことは無く。根では争いが苦手な現代っ子的な感覚は抜け切れていない。
 死んでも『俺』という深層があるという証明のようなもので、言うならば存在証明そのものとも言える。

「思ってないけどさ。死にたくないじゃない?」
「うーん、私もできる限りこの世界を堪能したいというのはあるんだけど。別にモウカが死んでも新しい契約者を見つければいいだけ出しという感覚だったんだけどね」

 息継ぎをするように一瞬間を置いてから、

「でも、残念ながら今はそうは思わないんだよね。変わった人間と契約できたし」

 カラカラと笑うように言った。

「変わってる?」
「とっても。他のフレイムヘイズと会えばすぐに分かるよ。会う前に殺されなければの話だけどね」

 フレイムヘイズの生存率は特別低いわけじゃない。それは己が内に巨大な``紅世の王``を持ってるからであり、それは並大抵の``紅世の徒``程度では存在の力の物量自体は到底及ばないからだ。
 俺の力も例に漏れずそうらしいのだが。問題はその力をしっかり使いこなせるか否かであり、存在の力を使いこなせるものは優に千をも越える月日を生きることも可能らしい。長生きすればするほど生存率は上がる。
 逆に、使いこなせないものはあっという間に消えて無くなる。
 存在が無くなるのだ。全ては無かったことになる。
 嫌だ。ある意味死より怖い。存在が無くなるということは、この世界に生きた証が無くなること。
 普通の死を求める俺にとってそれは……普通では無い死を迎えるのと同義だ。死に場所を探しているのではない、単に理不尽や不条理に負けて死ぬのが嫌なのだ。

「それなら長生きしようよ。私がしっかり補佐してあげるよ。そして、生きるのに疲れたときに死ねばいいじゃない」

 精一杯生きて、老衰で死ぬというのは一種の憧れだ。
 天寿を全うできるのはとてもいいことのように思える。

「でも、正確には死ぬのは俺だけだよね?」
「さあ、わかんないよ。私が一緒に死んで上げるかもよ?」
「冗談を言うなって。恋人じゃないんだから」
「もしかしたら恋心を抱くかもしれないよ?」

 それこそ冗談を、という話だ。今こうしてウェルと話している間も、彼女は楽しそうに笑いながらしゃべるだけ。そこに真面目さや誠実さは全く感じられず、ただ会話を楽しんでいるだけだった。
 会話を楽しむ……という点に関しては俺も一緒だったりもする。
 過去に遡って以来。奴隷のような待遇に近い肉体労働を強いられていたので、こうやってしゃべるのは楽しい。とても久々の経験だ。
 もっとも、その奴隷のような肉体労働さえも、貴重な体験だったのかな? と今では思っている、思うことができる。それを強いていた人たちはすでに亡き人なのだけれども。


「そういえば、俺を喰おうとしてた``徒``はどうなったのかな?」
「知らない。別に向こうでの知り合いというわけでもなかったし、勝手に消えればいいよ。関係ないし。どっちにしろあんなに人が消えたら他のフレイムヘイズが黙ってないから大丈夫」

 トーチも置かないような``紅世の徒``じゃ長生きはできない。とウェルは呟いた。
 これぞ弱肉強食の世界というべきか。弱きものは消え、強気ものは生き残る。しかも、その単位は桁外れであり、強ければ未来永劫──なんてのも夢じゃないのだろうか。
 「長生きなんてするものじゃない」そんな言葉を聞いた事はあるが、なら実際に俺が経験してみて判断してみたいものだ。ちなみに今の俺が出す答えは、長生きできるなんて羨ましいだ。

「そんなことより、ほら鍛錬鍛錬!」
「鍛錬のどこが楽しいのだか……」

 文句を言いつつも、自らの存在の力を自在に操る鍛錬を始める。文句は言ってるが、実は楽しんでいたりもする。今までは出来なかったような未知の力を操れるのだ。楽しいと思わないはずがない。さらに鍛えて上手くいけば、生き残る確率も上昇するのだ。逃げるためには止めるわけにはいかなかった。
 存在の力を自在に操る事ができれば、身体の強化はおろかありとあらゆる自在法を使えるようになる。現在使えるのは、すでに実践で実証済みの『嵐の夜』と『色沈み』の二つのみ。
 両方とも攻撃系の自在法ではなく、まさに逃避用の自在法だった。これはウェルの特性の助長もあって可能となる自在法。自在法は基本的に術者の意思を反映し、具現化する力だが、ある程度の``紅世の王``の特性も関係してくる。その点ではどうやら、俺とウェルの相性は絶妙らしい。
 俺が死から逃げる手段になるという意味で。

「やっぱり変わってる」
「何が?」
「フレイムヘイズは徒から逃げるための自在法を、わざわざ編んだりしないから」
「やっぱり復讐のため?」
「それも一つ。もう一つは私には無いけど、``紅世の王``は同胞の暴走を止めるための使命とやらをもってフレイムヘイズになるものもいるのよ。つまり……」
「両方共に敵を倒すことを前提としている?」
「そういうこと。それを使命としてやたらに燃えてるのが……有名なのであの堅物だけど。あいつの事語ってもしょうがないかな。こっちにきて幾らかは丸くなってれば良いけど」
「ふーん、ようするにウェルは不真面目ってことでいいのかな?」
「どうしたらそういう見解になるのかな。別にいいけどさ」

 そのセリフは暗に認めたという事になるのでは無いだろうか。
 ウェルと他愛のない話をしながらも、存在の力を練る。まだまだ完全に扱い切れはしないけど、日々その成果は出ているように思える。それも全て、邪魔者がいないからだ。
 三ヶ月ほど前まで追いかけられていた``徒``の姿はもう無く、安心して海のそこで練習が出来る。

「この間まで追いかけてきたあの徒はなんだったんだろう……」
「……口に出すのも嫌な奴、ということよ」
「意味が分からない」

 自在法『色沈み』は、自らの炎の色である海色と一緒の色のところに沈む事ができる。つまるところ、海の中に沈み、身を潜める事ができる。海の中では地上と同じように身動きが出来る便利な自在法なのだが、身を潜めるといっても決して存在の力の発言を阻止できるわけでは無い。
 よって海の中で自在法を使えば気付く輩はいる。だが、わざわざこんな所まで討ちに来るような奇特な奴はそうそういないので、比較的安心して鍛錬できるというものだ。
 安全第一。我が身が一番。保険は大切。
 二重三重の守りを固めて身を固める事に集中する。
 安全な海の中での鍛錬。
 とは言うものの、ずっと海の中で鍛錬というわけにも行かないのが現実である。フレイムヘイズである俺が海の中で行動できるという事は、当然ながら徒だって出来る可能性があるのだ。
 フレイムヘイズに安住の地は無い。といえば嘘になる。別段、徒だってフレイムヘイズと戦いたいわけではなく、自身の欲望を満たす為に人を喰らう。ただ、それを妨害しようとするフレイムヘイズがいるから、あえなく向かい撃つ。
 中には、その同胞殺しを逆に殺してやろう何て考えるようだが、そんな奴は少数に過ぎないらしい。
 人と同じ。人の数だけ考えがあるように徒の数だけ考えがある。たくさんの考えがあれば対立を生み争いが起きる。人の戦争と同じ。

「姿形は人とは違うけれど、私たちと貴方たちは非常に似通った存在なのよ」
「中には契約した人と恋仲になってしまった徒だっているし、普通の人間と徒で恋に落ちたのもいる」
「徒と徒同士ってのも、普通にありえるしね」


 本当に近い存在。ただ規模が違うだけ、存在の在り方が違うだけでほとんど同じような存在。
 なら、逆転の発想もあるのでは無いか。

「つまり、その徒と人間から成り立つフレイムヘイズもまた同じような存在だと?」
「全くもってその通り」
「なら、フレイムヘイズの俺が普通に生きるのもおかしくないのか」
「理屈はそうだけど……色々と壁はあるよ」

 それはそれで、とある種のやる気が溢れてくる俺はやはり変わり者なのだろうか。





◆   ◆   ◆





 ここ数年。これといって``徒``との大規模な戦闘は無いが、いくつかの衝突は経験した。だが、どの戦闘でも基本的に逃げに徹する事で大した怪我も無く、無事に生にしがみ付く事ができている。。逃げた数は数知れず、海の中で襲ってくるタイプの``紅世の徒``達、``海魔(クラーケン)``に襲われては逃げるを繰り返す。
 逃げてはいるものの活動場所は以前と変わらず、拠点をヨーロッパ内としている。もっと詳しく言うならば神聖ローマ帝国の付近である。
 理由の一つが、ローマ帝国の付近に入れば時代を感じ取れると考えたからだ。本来のフレイムヘイズは時間を気にしないものらしいが、俺はそこら辺を自分の年令が分かるうちはきっちりかっちりやりたい。
 ローマ帝国付近で戦った徒の内、いくつかは巨大な力を持つ王だったようだが、その王を相手でも逃げ切ることが出来るということは、自在法『嵐の夜』は逃走用としてはかなりの精度を持つのではないかと自負している。
 だが、逃げることが出来た一番の理由は徒が『逃げるフレイムヘイズ』というのを知らなかったのが大きいとウェルは高くなりかけていた俺の鼻を折った。
 未経験。未体験。前例の無い行動を直前にして、最大限で最高の対応を出来るものはそうそういない。
 フレイムヘイズになって数十年。それでもフレイムヘイズとしては赤子同然の俺が、この世界を平然と闊歩しているような王を相手に普通は対抗できるはずも無いということ。まして俺が稀代の自在師ということでもなく、天才的な武を持つ一騎当千でもない。そういった理由(条件)があったからこそ、俺は無事に逃げ切ることが出来たということ。ただそれだけに過ぎないのだ。

「結局のところ、自分の力がこの世界でどの程度のものなのかは分からない」
「それこそ徒を相手に戦えば嫌でも分かるよ?」

 確かにその通りだが……戦ったら負ける可能性もあるわけで、死ぬ可能性もあるわけで、やはり無理に、無茶に戦う必要は無い。
 さすがに自身の安全が揺らぐような事があれば、戦わざるを得ないかもしれないが。あくまで自衛。謙虚に堅守を貫くべきだ。
 やはり日本人は謙虚につつましく保守的に考えるべきだ。俺ほどの保守的な日本人も珍しいかもしれないが。
 まぁ本当に戦いからは身を遠ざけ、ただ長生きしたいだけなら表で活動することなく隠居生活を楽しめばいいだけの話。
 しかし、そんなの楽しいと言えるのか?
 そんなヒソヒソ隠れて怯えるのが普通といえるか?
 普通に生きるなら自分が生きていることを誇って、胸を張り、堂々と生きるべきじゃないのか?
 つまりそういう事なのだ。心の奥底ではそこはかとなく平和を望んでいるものの、多少のスリル感を味わったり色々な経験をして退屈ではない人生を送りたいのだ。
 矛盾しているような二つの複雑な気持ち、とで言うべきか。

「じゃあさ、``徒``と戦うのに別の目的をつけない?」
「というと?」
「``徒``が作る宝具という便利な道具があるのは教えたよね」
「正確には``紅世の徒``と人間が共に望んだときに出来る物体、だっけ?」
「大体そんな感じ。宝具とはまさに神秘の塊。この世界に数多くの宝具があるけれど、その全てを知るものはいないし、全てを活用できるモノもいないんだよ」
「……それで」
「その貴重な物を集めるのはどう? 私個人としてはとても興味があるのだけれど」

 神秘な道具、この世界に数多にあるのだからその中には俺にとってもありがたい力を持つものも存在しているかもしれない。そう言われれば、確かに宝具を集める為に``徒``と戦うのは理に適っているように見えるが、その実はそうではない。
 これは俺と同じように宝具を狙う物もいるという事を示しており、俺が仮に``徒``から宝具を手に入れたとしても、逆に狙われる可能性もある。
 新たな戦いの火種となりかねいないもの。

「それこそ逆のことも考えるべきじゃないかな。その戦いの火種を手に入れる(奪う)ことによって、新たな火種を消すことだってできるかもしれない」

 火種は新たな火種を生むだけでなく、より大きな火種を生む前に消せる可能性も秘めている。そうウェルは語ったのだ。
 正論ではある。
 現状では、今のような情勢なら俺はいつまでも逃げ続けることが出来る可能性は高い。その自信も少しずつ出てきている。だが、これから先に大戦が起きてしまったのなら、そうはいかなくなるのは明白。
 もし大きな戦いでフレイムヘイズが負ける事になれば、生きづらくなるだろう。それだけならいい。しかし、予期せぬ自体、この世界そのもの消滅とかに繋がる可能性だってあるのだ。
 ``紅世の徒``の暴挙によってそれが起こり得る可能性があるからこそ、フレイムヘイズは同胞を殺している。
 仮にも世界の消滅されたら、生きるどころじゃなくなる。そうなると、自然と大戦にはフレイムヘイズとしては参加せざるを得なくなり、よって死の影が付き纏うようになる。
 俺としてはそれも望んでいない事。
 となれば……

「別に今考える必要も無いよね?」
「そうね。時間はたくさんあるのだし、ゆっくりと考えたらいいかも」

 保留、という結論を出す。
 何も今すぐ決めるべきことじゃないさ。
 そう軽く考えた。時間はまだまだいくらでもあるんだから、と。






 だがしかし……時代がそうはさせてくれなかったのである。

第四話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 いよいよもって、きな臭かった雰囲気を神聖ローマ帝国で感じていたのだが、やはりと納得するべきか、馬鹿なと驚くべきか、どちらにせよ静かに傍観あるいは逃避なんて出来る状態ではなくなった。
 ブロッケン山。意外にも俺たちの活動地点の近くにそびえる``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``の総本山がそこにはあった。
 オストローデという町がある。こちらは先の山よりもさらに俺たちの活動拠点に近い町。なにより、時々訪れる事すらもある町だった。何故か、その町での``紅世の徒``との遭遇率は高く幾度となく戦う羽目にはなった。
 こちらとしては戦う意思は無く、``紅世の徒``と出会うもしくは気配を察したときには撤退を繰り返していたが、これまた何故か追い掛け回された。敵は無駄にこちらへの敵対心が高かったようだ。それ以上にしつこいのが嫌だった。ただ``紅世の徒``の力も大した無かった為に、逃げるのは容易でありその度に嵐を起こしては逃亡する。
 嵐は街をも巻き込むことがしばしばあり、申し訳ないという気持ちでいっぱい。だけど、俺も生きるためにはしょうがないことだと吹っ切るより他ない。例え、俺が嵐を起こさなくても``紅世の徒``に殺されている可能性もあるのだから……
 こんな俺一人のためだけの我侭な理由は、人にとっては理不尽なことだろうと思う。
 今度、謝る機会があれば、謝りに行くべきかもしれない。
 でも、俺が「実はこの嵐は自分のせいなんです」と言ったところで信じてもらえるかどうかが問題。無理なのは百も承知だが。
 だけど、その機会は一生やって来なかった…… 
 何かがおかしい。何かがずれている。何かがこの町に起こっている。そう気づけたのは、自分の自在法に巻き込んでいる罪悪感から、せめて街の被害状況だけでも責任と知っておくべきかと思い、街に訪れたからだ。
 最初、自分が引き起こす嵐が原因で街を去っていく者が出てしまったのかと思った。実際にそういう人もいた様だ(これは実際に街の人に聞いた)。が、どう考えてもそれだけではない。人の存在がまるで過疎っているような感覚はある。存在の力が希薄とでも言うべきなのだろうか。そんな違和感を感じているのだが明確な答えは出てこない。
 どうするべきなのだろう。俺には出来る事など限られている以前に思いつきもしない。考えられる可能性すらも分からない。疑問はあるのに明確ではなく、あるはずの答えは全くの検討不能。手も足もでないとはこの事だ。

「何かが起きる兆しでは間違いないのだろうけど……」
「それを起こそうとしているのは間違いなく``紅世の王``なのも確かだよ。規模がこの都市とも言える街全体に及ぼすんだから。それ相応の力の持ち主だね」
「となるとやっぱり怪しいのは……」

 ``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``という結論に至るだろう。どんな事件が起きるかは分からないが、容疑者となりえる可能性を秘めている力を持つ``王``が巣くう軍団。
 この町で戦った事のある数ある``徒``はこの軍団所属でもあった。これはただの偶然とは言えないだろう。まして近くにはその軍団の総本山がある。
 たまたま通りかかっただけ、という可能性も否めないが、どうもそれだけだと腑に落ちない。この町で出会った``徒``の全てが軍団所属だったなんてことは偶然とは言えない。そして、それ以上に``王``との接触が無かったことも。
 こうは考えられないだろうか。何かしらをここで成そうとする巨大な``王``がいる。そしてそれを助力する``徒``がいて、その``徒``が駆けつけている時に俺と遭ってしまった。秘密を知られる可能性があった。また、あの軍団はフレイムヘイズを消す事を主としているのでしつこく追いかけ処分しようとしたが逃げられた。
 本来ならもっと上の力を持つ``王``が出てくる場面だが、それをやってしまうとそれこそ怪しまれる。フレイムヘイズに計画をばらさない為にもここに巨大な``王``は自らでは出てこなかった。よって出会うのは``徒``のみ、それも軍団の。

「面白いけど、もしそれが本当なら洒落にならない事を企んでるって事になるよ」
「しかも、少なくとも近場で引き起こされるから俺は巻き込まれると。冗談じゃない話だ」
「仮に``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``が敵だとしたら……うわ、``棺の織手``とか本当に洒落にならないよ」
「``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``については聞いたけど、その``棺の織手``ってのはそんなにやばいのか? というか名前的にフレイムヘイズ側っぽい感じだけど……」
「``王``と人の恋の代表例かな。愛は人をも狂わすって話を聞いたけど、古の``王``も例外じゃなかったってことよ」

 ウェルの言ってる事はあまり要領を得ないが、相当やばいというのはウェルの焦る口ぶりから分かった。何より愛に狂った``王``ってのは確かに厄介かもしれない。
 愛は人を強くする、とはある種の常識みたいなものだ。熱血漫画にありがちだが。
 一に愛を、二に友情を。心の力はそのまま自身の力へと変わり、``紅世の徒``はそれを顕著に表す。心の力は愛であれ欲望であれ、強く想う力。多くはその心の力とは反したように自身の力が弱いものが多いが、中には元の力が強くて目覚めるものもいる。今回がその例のような王らしい。
 やはり厄介な。

「やっぱり逃げちゃう?」
「……それが最善っぽ──」
『よもや我が『壮挙』を邪魔しようとする輩が現れようとは』






◆  ◆  ◆





 噂をすれば影がさす、何て事を身をもって経験したところだが、その言葉自体いつも間が悪いときに使われるような言葉だ。この場合も例外ではなく、間が悪いなんてレベルではなく最悪といえる状況。
 しかし、向こうからすれば飛んで火にいる夏の虫なのだろう。まんまと、と言う所か。
 遠話の自在法だろうか。いきなり現れた姿の見えない、巨大な存在の力の主であろう人物から声が聞こえてきた。
 重い。
 言葉をこんなに重く感じたのは初めてかもしれない。まさに圧倒的な存在とでも言い表すべきなのか。ただ幸いなのが目の前ではなく、どうやらある一定上の距離があること。そうでなければ遠話の自在法は使わない。

(これって……)
(うわっ……なんて言ってられる状況じゃないかな)
(噂をすれば何とやらか)
(なにそれ? そんなことよりどうするの? 力の差は──)
(分かってる!)

 これが``棺の織手``今まで遭った``王``の中では最も強いと思われる``王``。それほどまでに、これほどまでに距離が開いているのに感じさせる。
 一対一では勝てるわけが無い。
 元より戦いにおいて牽制以外の``攻撃``をしたことが無い俺にとっては勝つ手段など無い。どんな``紅世の徒``であっても。だが、そのおかげでこそ今の今まで逃げ切ることが出来た。逃げるための自在法は磨かれてきた。
 ただその一点のみ。それのみに時間を費やしたから。
 だが……

(これは……逃げ切れるのか?)
(相手の首領がわざわざ一人で来る、何て馬鹿なことはないよ。出て来たのはここが何より何らかの計画『壮挙』とやらに重要だからかな。でも、だからこそ)
(今は感じないだけで他にも敵がいる)

 逃げ切れるのか。いや、違う。俺の臨んだ物を手に入れるまでは死ねないんだ。逃げ切るきらないじゃない。別に逃げ切れなくても生きていればいい。となれば、降伏宣言は……駄目か。元よりこの軍団は『フレイムヘイズを倒すべく作られた』と言っても過言じゃないんだった。
 ならやはり、逃げるしかない。逃げきる他に無い。
 その為に編んだ自在式がある。その為に経験した戦いがある。その為の自在法を完成してきた。
 俺だからこそ逃げ切れる可能性がある。普通のフレイムヘイズなら……もっと早く危険を察知して逃げたかもしれないな。
 はは、鍛錬するところを絞りすぎたかもしれない。出会ったら逃げればいいや、ほどよいスリル感も楽しめるし丁度いいや、なんて言ってる場合じゃなかったわけだ。この危機を脱したらもっと他の事も鍛錬しなくちゃいけないかもしれないな。
 戦うという選択肢がない以上逃げるしかない。
 相手の様子を見る。ここからではそこに巨大な力を持つ``王``がいるという事しか確認が出来ない。ただ、そこからこちらに近づかないのは余裕なのか、なんらかの意味があるのか。もしかしたら、この間にも着々と包囲されているのかもしれない。

「猶予は無い、か」
「逃げるなら早めだね。空もなんだか暗くなってきたし」

 暗い? いや、これはどちらかと言うと黒いじゃないか。

「蝿の大群?」
「ううん、違うよ。よく感じてこれは……」

 その蝿の大群に存在の力のような物を感じる。いや、虫自体も存在の力が存在しているのだから感じるのは当たり前だが、本来フレイムヘイズはそこを感じることはできない(仮に出来てしまったらこの世に存在する有象無象をすべて認知する事になる)。
 よってこの感覚は……なんらかの自在法。
 だが所詮は蝿の群れ。どんな自在法かは知らないが、直接的な攻撃の類でないのは確かだろう。これがもし、蝿ではない黒くてガサガサ動くあの黒い魔物なら恐ろしい精神攻撃だったが、蝿だけなら羽音が鬱陶しいだけだ。耳栓をすればいいだけだ。今は無いから相当鬱陶しいが。
 だが、この程度なら逃げ切れるだろう。
 さらに研ぎ澄まし存在の力の流れを読み取る。うん、確かに極小で無数の虫の存在の力だけ──じゃない……

(気付いた?)
(何とか)
(これは多分``燐子``だと思う)
(こ、こんな数の``燐子``て、ありえるのか?)
(何らかの自在法の一つと考えるべきだね)

 逃げ切れる可能性がまた低下したようだ。しかし、逃げ切らなければならない。
 逃走路はどう通るべきか。とりあえず、正面の方にいるであろう巨大な王に出くわさない為にも正面からの逃走は不可能。普通に考えるなら背後への逃走だがあまりにも安直で単純すぎる。
 単純すぎるが故に敵が裏をかこうとしていたのならば逃げられるだろうが、可能性は低い。敵がこちらに話しかけてきた時点で、退路を塞ぐために迂回し先回りされてても不思議では無い。
 ならば……一番意表をつけ、隙を狙える場所がいいだろう。

(上か……)
(あえて難しいところを突破するということかな。悪くないよ。むしろそれがいいかも)

 敵の上空に構える自在法の効果範囲はどれ程のものかは分からない。そのためどれほど遠く逃げればいいかは分からない。それなら、

「全てを巻き込んで逃げるほか無い」
『ふむ……作戦会議は終わったのか?』

 全くもって余裕ぶっている。だが当然だろう。力も上、数も上で、経験も上で負ける要素は無い。だが、俺には巻ける自信がある。
 尻尾を巻いて逃げる自信がある。可能性がある。ああ、しがみつくさ。フレイムヘイズらしくない生にしがみつくさ。

「ウェル!」
「うん、大丈夫!」

 さあ見せてやろう。俺がフレイムヘイズになって以来、ずっと磨きに磨いてきた自在法を。
 俺のこの力は。この自在法は全て……


「理不尽な死から逃げるためなんだからな!」
「自在法『嵐の夜』発動。命一杯の力を振り絞ってこの町の全てを巻き込んで逃げるよ!」

 その時、町に海色の光が満ち、やがて嘗て無いほどの大嵐が訪れた。





◆  ◆  ◆





 その日。歴史上でも前例が無いほどの嵐がオストローデに襲い掛かったのを、フレイムヘイズたちは感知した。同時に、この嵐が自在法であると理解し警戒をした。
 自在法を使った者の色は海の色。今まで見たことのない色から、新たな巨大な``王``がこちらに来た事を悟った。それは、敵か味方か。しかし、ただ見過ごすにはあまりにも大きすぎるその嵐(力)にフレイムヘイズたちは危機感を感じやがてオストローデに一人、また一人と集まっていく。
 されど、彼らがそこで見たものは嵐の後の残骸だけではなかった。
 異様な数のトーチの存在だった。いよいよもって不信感と警戒は高まる。まして、そこはフレイムヘイズに異様な敵対心を持つ``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``の総本山のお膝元と言ってもいい場所であった。
 不審は確信へと変わり、危機は焦燥へと変わる。
 やがて数多くのフレイムヘイズが終結し、``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``はその本章を明らかにする。
 頭領たる``棺の織手``アシズはやがて己が壮挙を語り。




 『大戦』が幕を開ける。

 


  暴挙を止める第一戦、一つの都市を防衛し、世界の崩壊を防ぐための大きな戦いのが始まった。

第五話 (不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「この子が発生源、ということかしら?」

 燃えるような赤い髪と眼を持つ女が、ボロだらけの衣服を着た地面に横たわる黒髪黒目の少年を見ながら言う。
 彼女がここに来たときにはすでに少年はこの状態であり、``紅世の徒``に囲まれた上で瀕死の状態だった。仮にこの場に誰も現れなかったら。現れたとしても彼女ほどのフレイムヘイズじゃなければ、この少年は命を落としていただろう。

「助けてくれた事は感謝するよ。でも、発生源なんて随分な言い方かな」
「ふふ、ごめんなさい。別に悪気があって言ったわけじゃないの。ただ、まだ新人の彼がこれほどの力を示した事にちょっと驚いただけ」

 これだけの力を示しているのだから、さぞ名のあるフレイムヘイズだろうと思ったが、実際に見てみれば、ここらでは見当たらないような容姿で特徴的なのに誰も知らなかったのだから。

「それだけが……それだけが彼の特権だからね」
「逃げるフレイムヘイズ、てのもなんだか変な感じよね」

 ここいらではよく嵐が起きるらしい。自在法ってことだけは分かるのだが、嵐が収まったときにはフレイムヘイズがいないんだ。それだけじゃない、そこにいたはずの``紅世の徒``も討滅されずにそこに呆然と残っている。呆気に取られたんだろうな。だって、フレイムヘイズがまさか目の前から消えるなんて思わないからな。
 こんな噂話だけは、ヨーロッパの一部で最近、聞くようになった。
 
「私も同意するけど。だからこそ、私の契約者たるものと言えるのよ」
「確かに、まさかあの``晴嵐の根``が契約する時が来ようとはな。時代も変わったものだ」

 ひどい言われようだとウェパルは思うものの、そう言われても当然かと思い直す。変と言えば自らの契約者もウェパル自身も同じ類に入るだろうことは当の昔に分かっていたし、そうじゃなければ契約する事もなかっただろう。
 しかし、それを言うならお前もそうだろうアラストールと心の中だけで悪態をつく。これは言葉にしたってあの堅物には解りっこない。あるいはその契約者ならとは思うけど、わざわざ言うほどの事でもないかと改めなおす。
 おそらくは、この契約者だって分かっているだろうから。この真正の魔人が如何に変わっているかという事を。

「そんなことより、私はモウカを早く助けてあげたいのだけど?」

 ここで強引に話を戻す。このままアラストールをからかうという事も選択肢としてはないわけではないが、そんなことより優先すべき事があった。自らの契約者の安否である。
 敵の第一陣はモウカの嵐により一時的な撤退を与儀なくされ、第二波の攻撃陣は『炎髪灼眼の打ち手』によってほとんど壊滅された。もっともこの追撃の一波の中には、敵の主要な王らがいるわけではなかったので、容易く追い払う事が出来ただけだが。
 何れはさらなる追っ手が来るだろうから、早くこの場から逃げたかった。戦場から逃げることは出来なくとも、一時的な休養の場がモウカには必要だった。

「契約者想いというかなんというか……。今まで見てきた人間と契約した``紅世の徒``の中でこんなにゆるいのはいたかしら」
「褒め言葉ありがとう。喜んで受け取るよ」
「……はぁ」
「こういう奴なのだ。だから我もこやつがまさか契約するなどとは──」
「早くして欲しいな」
「分かってるわよ。何より、将来有望なこの子の為にね」

 彼女はそう言うと紅蓮の翼を羽ばたかせ、少年を背負い、嵐の前の静けさを表すような雲一つない青空へと飛んでいった。

「大きな戦が起こるわ」

 『炎髪灼眼の打ち手』はどこか燃える様な使命感と闘争心を心に抱きながらこれからの戦いを予期し、

「うむ。それも近年では稀に見るほどの大きな戦いがな。被害も少なくないだろう」

 その契約したる``天壌業火``アラストールはこの戦いで消えていくであろう同胞や中間たちを想いながらそれを肯定し、

「モウカもこんな時期じゃなければ、戦いから逃げ果せたのかもしれなかったのに」

 ``青嵐の根``は己が契約者の果たせぬ思い(戦いから逃げる)と身体の傷を心配しながら気だるそうに答えた。
 その合間にも徐々にフレイムヘイズは終結し、やがて``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``の野望を阻止するべく兵団を結成し、大戦の火蓋は開かれた。





◆  ◆  ◆





 自分の体質を幸か不幸かで判断する時。自身の今までの人生を振り返るのは言わずもがなのことだが、なら俺の人生はどちらかといえば……なるほど、判断つかない。
 そもそも何をして幸せとなし、何をして不幸と見るのかが定まっていなければ判断のしようがないものではある。しかし、俺の判断つかないとはそういう意味ではない。単に幸せもあれば不幸もあり、特上な不幸せも味わった事があれば、これ以上ないほどの愛情を注がれ幸せに満ちたことがある。
 事故に遭ったのを不幸とするならば、事故後の父母の愛情は確かに幸せを感じ。屋上から落とされた事を不幸と言うならば、その後に再び人生を歩めた事を幸せなことと判断できる。三度命が失われたのに、それでも生き残れたのであればやはりそれは幸運だったのかもしれない。
 因果応報とでも言うべきなのか、それともある種のギブ&テイクとでも言うべきなのかは分からないが、人生山あり谷ありなのは言うまでもなく分かった。
 理解するのではなく分かった。経験する事で分からされた。分かってしまったといっても過言では無い。果たしてそれに気づけたのは不幸なのか幸なのか。 
 そんな事を沸々と考えながら、はあやっぱりと溜め息をつかざるを得ない。山を登りきったと思ったらさらに高い山が待っていたのだ。いや、もしかしたら山の頂上を読み間違えたという可能性もあるが。

「それで『不朽の逃げ手』モウカ。貴方はこの状況をどう見ますか?」
「どう……と言われましても。分かりかねますよ、サバリッシュさん。こういった経験は初めてなんですから」
「自分の思った事を口にしてもらえればいいのですぞ」
「と、言われても」

 修道服を着た見た目はどこにでも居そうな、面倒見の良さそうな雰囲気を醸し出しているのは『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュ、``仏の雷剣``タケミカズチの契約者たるフレイムヘイズ。音に聞こえた歴戦のフレイムヘイズ。
 俺なんかでは足元にすら及ばないだろう存在感を解き放っている。そのあまりの存在感に萎縮すらもしてしまっている。だが、それもしょうがない事だと思う。書いてその通り年忌が違うのだ。格が違うともいえるかもしれない。

「先ほど目覚めたばかりだから、それも仕様がないことかもしれませんね。あまり時間は無いのですが、今はゆっくり養生してください」
「迫る戦はあまりにも大きいですからな」
 
 二人にして一人はそう言うとあまりにも簡易に建てられたテントから出て行った。このテントは簡易といえども、特設用のテントである。怪我人用という意味のテントでもあるが、今は俺のために使われている。
 
──曰く、この惨事を生み出したのも貴方なら、この惨事を見つけることが出来たのも貴方
──曰く、事前の対策を考えられたのが貴方だけなら、打開できる状況に発展させたのも貴方

 もっと直接に教えてくれ、抽象的過ぎてよく分からなかった。その心中を察してかウェルからの解説が入る。
 ただ、わざわざ大将自らで迎えたのは、噂の人というのを知って直接目で見てみたかったからだそうだ。
 その噂のことについては教えてくれなかった。

「つまり、この町の被害がモウカの『嵐の夜』のせいで、それはフレイムヘイズとしては少し外れた行為ではあるけれど、そのおかげで敵の野望を見つけられたのもモウカのおかげ。
この絶望的な状況に気付き、事前の対策を立てられたのはモウカだけだけど、現状の打破しうる状況になったのもモウカのおかげだ、と言う事よ」
「ようするに怒られたの? 褒められたの?」
「呆れられながらも褒められた、て感じかな」

 プラスマイナス、むしろプラス! という結論らしい。なら良かった、あんなにすごそうな人に目をつけられたらどうしようかと思った。少し胸をなでおろしホッとする。
 その上、どうやら俺は生き延びる事が出来た。
 九死に一生を得た。千載一遇のチャンスを掴んだとでも言うべきなのだろうか。そんな表現よりも何はともあれ生き残り死なずに済んだと簡単に、単純に喜ぶべきか。
 喜ぶべきかな? 喜ぶべきだよね? 喜んでいいんだよね?

「ふふ、ははは! はーっはーっはっは! 見よ! 俺は生きているぞ! 五体不満足、四肢の欠損すらも覚悟し死ぬかもしれない、今度こそ駄目かもしれないのに! 生き残ったぞーー! 俺は猛烈に今を生きている!」

 危機を脱した事を嬉々として、身体で表現できうる限りの最大限の喜びをここに露わにする。普段なら恥ずかしくて死にそうになるくらいの歓喜の声をあげて、その場に身体を留めて置くのは勿体無いとばかりに、ジャンプをしながらガッツポーズをし、スキップをしてテント内を動き回る。
 最高の気分だ。今まで嘗てない程の気分だ。史上最高と言い換えることも出来るかもしれないほどの喜びだ。この世界はなんとも生き辛く生きていくのも一苦労どころか大変なことばかりで。死に溢れているのに俺はようやく、やっと自身の命を自身の力で生を掴み取った瞬間とも言える。

「何度も成すがままに殺されたが、俺は初めて自分の力で生き残った!」
「正確には違うけど……言うのは無粋かな。それは兎も角、今更だけど生還おめでとう、モウカ」
「ありがとうウェル! 君のおかげだよ!」
「私のおかげであるという事は自分のおかげという事もでもあるんだよ。私たちは二人で一つなんだから」
「そうか、ならお互いに生還おめでとう、と言うべきか」

 なんと生きているというのは良い事か、なんと逃げるとは正しい行為か。それが証明された。逃げ切れれば生き残れる、俺はあの大群ですらも逃げ切ることが出来た。これは確実に自信へと変わる。
 逃げ切れたからこそ味わえる生の感覚。普通に生きているだけでは決して手に入らないこの感覚。なんとも甘美なこの感覚だろうか。貴重な体験は色々と経験してみたいと思っていたが、実はこの感覚を知る為にそう思っていたのかもしれない。
 むしろ、大袈裟に言うならばそのために生き返ってきたのかもしれない。
 まあいい。そんなことよりも早くこんな所から逃げ出したい。俺は一刻も早くこのどうしようもないほどの戦場から逃走したい。
 しかし、その思いは簡単に打ち砕かれる。次の登場人物のせいで。

「お喜び中のところ、ごめんなさいね」

 そう言って、俺しかないない(正確にはウェルも居る)テントに入ってきたのは、これまた存在感溢れ返るような圧倒的存在を放つ、燃えるような赤い髪と眼を持つ女性だった。
 嗚呼、なんと美しく凛々しく綺麗な人なんだろう。きっと誰もが彼女の姿を見たら惚れてしまうのだろう、そう真剣に思った。そう思わせるほどの女性だった。
 だが、それ以上にあの喜んでいる姿を見られて恥ずかしくなり、羞恥心で一杯になってしまったのは言うまでもない事。





 運命の神様が存在するなら、そいつの首根っこを掴んで殴ってやりたい。殴れなくてもいいから平手でもいいから、もう運命の神様じゃなくてもいいから神様なら何でもいいから殴りたい。
 そんな心持ちだった。
 理由は簡単。死地から蘇り生還を果たして、ならば早く逃げるための心算をと思ってる矢先に現れたのは``天壌業火``アラストールの契約者『炎髪灼眼の打ち手』マティルダ・サントメールだった。
 何なんだろう。俺は今まで自分以外のフレイムヘイズとは会うことは無かったのだが、初めて出会ったフレイムヘイズのサバリッシュさんもすごかったけど、サントメールさんもこれまたすごかった。あれなのか、フレイムヘイズってあれぐらいすごいのが普通なの?
 俺みたいのはむしろ弱小で、異常に弱いのは俺だけなのか。あの大群から必死に生き残って、俺って実は逃げる分野でけならすごいんじゃないかと思ったのに、実は大したことがないということなのか。
 閑話休題。
 つまりあのサントメールさんが原因だ。
 彼女の訪問によって知らされた事実それは、

「ああ、良かった。せっかく助けた人が結局眼を覚まさなかったら助け損だもの」

 彼女から発せられた言葉それだけだった。そう、これだけ。
 なんとも呆気のない言葉であり、彼女にとってはなんの深い意味の篭っていない言葉だった。安否を確認しただけ、それだけ。たったそれだけの為にここに来たのか。否、俺にとってはそれだけで十分ではある。
 助けられたという事実だけで、俺には十分すぎる理由だ。
 さっきまでの驚きは何だったのだろうか、さきほどまでの喜びはどこへ行ったのだろうか。自らの力だけで助かったと思ったのに、それは思い過ごしで実は人に助けられていた。
 喜びとは真反対の感情が沸きあがる。悔しさ、後悔、惨めとでもいうべきなのかは自分でも分からない。

「助けられる状況まで持って行ったのは間違いなく、モウカの力だよ」
「それでも、それでもだよ。ウェル。俺は一人で逃げ切れるほどの力を欲してるのに」

 結局まだ俺はそれほどの力を有してはいない事が証明された。そして、さらには命を助けられた。
 ありがたいことではある。これ以上ない程の恩義でもある。
 そう恩義、借りだ。これは借り以外の何物でもない。自分の命を最も重く見ている俺にとっては何物にも変えがたいほどの恩義と借りとなる行為だった。
 借りは返す。男として、何よりこの先の面倒ごとを無くす為にも。助けてくれた本人はたとえ何も思っていなくとも、俺はそれでは気が気でいられない。俺は恩義を返せないほどの不義理者でもない。

「……はぁ、結局巻き込まれるのか」
「なら気にせず逃げればいいのに」

 尤もここから逃げ切れるのならばとウェルは言う。
 なら仕方ない。俺は俺の意思で。恩義と借りを返すため、何より死地から逃げるためにこの大戦を戦う事にしよう。しょうがないのだ。どちらにしろ、この戦いを見逃して結果、フレイムヘイズが負ければ俺だって生きづらくなるのだから。
 渋々、嫌々ながらも俺はこの戦いに参戦することを決意し、とあるテントを訪ねて告げる。

「サバリッシュさん、俺にも何か出来る事はありますか」

 彼女は待っていたかのように、分かっていたかのように、にやりと笑い言った。

「ええ、貴方『不朽の逃げ手』モウカにしかできない役割が。お願いできるかしら?」

第六話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 最前線では紅蓮の炎が巻き上げ、天に届かんばかりの雄たけびがこの遠く離れた本陣にまで聞こえてくる。敵味方が入り乱れ最前線は、嵐、まさに乱戦の様子だった。
 俺に分かるのはせいぜいその程度のことで、大戦、ましてやこのような大規模の戦いに巻き込まれるのが初めての経験のため全体の見通しがつかない。抗争程度なら、村で生きていた頃経験した事があるが、まるで規模が違った。
 現状はどちらに傾いてるのか。

「まずいわね。もともと数で圧倒されてるから、質でって思ってたのに乱戦にされたら意味がないじゃない」
「敵だって分かった上での乱戦でしょうな」

 まずいらしい。
 実感が沸かないというよりは、理解の範疇に入っていないというのが俺の現状だ。
 この様子じゃ俺は指揮官には向かないな。
 もっともだからといって、最前線で身体を張る事が向いているかといえば、それも違う。俺に最も似合っている事といえば、敵に背を向けて逃げ出すことぐらいなモノだと自負している。ただ、その時の逃げ足の速さは誰にも負ける気がしない、という筋金入りの逃げ腰。

「向こうが主力を出さないのに、こちらが出すという訳にはいかないわね」
「消耗戦と長期戦になりかねないこの戦いでの先出しは、負けを意味しますからな」
「だからと言って出し惜しみしたままでも、負けちゃうしね。違うか、出し惜しみする前に彼女なら突っ込みかねないわ」
「それすらも確りと統制化に入れるのが司令官の務めというものですぞ」
「あーやだやだ、なんでフレイムヘイズは皆一癖も二癖もあるのかしら。使いづらいったらありゃしないじゃない」

 非常に面倒だという事を、隠そうともしないサバリッシュさん。そのさばさばした性格と面倒見の良さそうな性格が『肝っ玉母さん(ムッタークラージェ)』と呼ばれるが所以なのか。こうやって、傍にいて心強いのもまた理由の一つかもしれない。
 にしても、そんなに現状は酷いのか。俺が見る限り、素人から見る分には十分に拮抗していて五分の戦いをしているように見えるが。
 いや、五分というのが駄目なのかもしれない。サバリッシュさんが言うにはこちらもあちらにも奥の手がまだ残されていると言った様子だが、そこが関係しているのかもしれない。

「ということなので、モウカさん」
「え? あ、はい」
「お願いしますね」
「……は?」

 何がどういう訳なのかさっぱり分からない。今までの流れの中に俺が必要とされるような会話があっただろうか。

 戦線──状況酷い。
 乱戦──もっとスマートに。
 奥の手──まだ出したくない。

 つまり、こちらとしては特に問題ない戦力でこの状況を打開したい、ということだろうか。そこで、俺にスポットが当たった? だけど、俺がサバリッシュさんに頼まれたのは撤退時の協力と牽制……。
 察するところ……

「撤退ですか?」
「近くも遠くも無い感じね。撤退ではなく、一時的な後退とでもいうのかしら」
「『嵐の夜』の使い道は意外にも広い。それはその自在法の効果範囲と応用性という事ですぞ」
「……分かりましたよ。一時的な停戦状態でも作ればいいんですね」

 乱戦全体を覆うとしたら、これはかなり広い範囲になりそうだ。それでなくても、空では蝿が舞い、空中で移動中も小さい規模の『嵐の夜』を展開しなくてはいけないというのに。
 『嵐の夜』自体には攻撃性は含まれない。だが、イメージとしてはハリケーンが襲い掛かってくるようなものと考えれば分かりやすいのではないだろうか。ハリケーンだからこそ蝿の群れなど屁でもないが、だからと言ってこの程度の攻撃性では徒に対する攻撃へとはなり得ない。
 人にとっては災害。脅威ではあるが、人とは似て非なる徒には無意味に近いもの。だが、中にはそれでも消え入ってしまうほどの弱い存在なら倒せる可能性もあるかもしれないが。自身の感覚としてはやはり攻撃手段では無い。
 あくまでも撤退、逃げの為の自在法。セーフティに安全にがもっとうだ。
 この自在法。実は集団戦においては、微妙に使える。本来の使い道は自分が逃げるためのものであり、敵味方無関係に能力の対象になってしまうが、撤退するだけなら『遠話』の自在法を使えば済むだけの話である。
 『嵐の夜』の付属効果として、存在の力の位置をそこはかとなく把握できるのも、また微妙に集団戦に使える理由だった。ただ、そこはかとなくである。おぼろげに、大体、おおよそ程度。一騎打ちならそれで十分だが、複数になるとやはり微妙だ。
 辛うじて敵味方の判別が出来る程度。それでも、それを使えば相手を奇襲できるが、噛み付いた相手が思わぬ強敵だったなんて事にもなりかねないので、手を出さずに大人しく撤退が安全だろう。
 撤退の為に相手に一当てという戦法もあるが……今回は後退だから、関係ないと決め付ける。
 もちろん『嵐の夜』自体にも欠点がある。それを見破られれば、こちらは逃げる手段をなくしあっという間にヤられてしまうだろう。だが、この短い回数でそれがばれるとは思わない。その程度の自信はある。
 しかし、これが幾度となく繰り返し、または相手にそういうのを見抜くの力を持つものがいれば、下手したら今回も危ない。
 ……考えれば考えるほど逃げたくなってきた。いつでも死と隣合わせとはまさにこのことなんだろう。

「もうすぐ、最前線だよ。どう気持ちは? やっぱり逃げたい?」

 ウェルが試すようとも挑発するようにも聞こえるふうに俺に尋ねる。
 なんだその質問、あまりにも無意味だ。まさに愚問。そんなの考えるまでも無い。俺の気持ちはいつもいつだって、この先変わるかもしれないが、本質的には決まっている。

「逃げれるもんならね。逃げたいさ。地の果てまで逃げて、適度な緊張感やスリル感を味わいつつ、リアルに飽きない様にね。でも、今回はそうはいかないでしょ?」

 無視すれば俺のこの座右の銘とも言える「逃避行」に、支障をきたすかもしれない。何れは壁となって、もしくは人生の決定だ──死という現実となって、現れるかもしれない。
 それなら、今駆除するべきだろう。俺一人では無理だ。だからこそ大戦を利用して、利用されて、この弊害を乗り越えなければならない。
 そして、それ以上に、

「命を助けてもらった人がこの大戦に参戦している以上、ただ観戦、傍観してるだけでは駄目でしょ。その為にも命を助けてもらったという大恩を少しでも返さなくてはね」

 はぁ……この大恩、この大戦だけでしっかり返しきれるだろうか。
 俺は今、そのことが何よりも気になりながら、大戦の最前線へと行き着く。
 さて、大きな恩も小さい恩返しから。塵も積もれば何とやらだし。
 渋々と、それでも面倒だなと思いながら『嵐の夜』を発動させ、味方に後退の旨を伝える。

『えー、皆さん。一時後退してください!』





◆  ◆  ◆





 この戦いにおける勝利条件は、最高の形で``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``の殲滅。ひいては、``棺の織手``の消滅。最低でも『都喰らい』の阻止という形。否、最終的に``棺の織手``をと討滅する事が出来れば、『都喰らい』を打ち破る事ができるので、アシズの消滅こそを最善とする。
 アシズは所謂敵の総大将であり、それの首を取ることは戦いの勝利を意味する。それは、本来であれば双方の総大将に適応されるものであるが、フレイムヘイズにとってはそれは敗北へとなり得ない。一党一派がフレイムヘイズの短所であると同時に長所でもあると言えるのかもしれない。
 逆に敗北条件。これは極めて単純。勝利条件を満たせなかった時が、フレイムヘイズの負けになる。この負けはこの戦いに挑んだほとんどのフレイムヘイズの死、長く見るならそれ以上のフレイムヘイズの死を意味する可能性もある。
 例えアシズ本人が、フレイムヘイズを倒す事なんかの為ではなく、愛しき人の為にと戦い壮挙を達成し勝ったとしても、それが徒の総意であるはずも無く。結果的に徒の士気を上げる事となる。
 そして「なんだ。俺たちでもフレイムヘイズに勝てるんじゃないか?」と、徒に思わせることが問題だった。
 そんな事を思わせてしまったら、最後。今の対立のバランスと均衡があっという間に崩れ去り、今度こそフレイムヘイズと``紅世の徒``の総決戦となるやも知れない。それも、フレイムヘイズの圧倒的不利な立場でだ。
 そこに平穏は存在せず、平和などありもせず、安全な場所は確保できず、安住の地を求める事すらできない。
 人にとってもフレイムヘイズにとっても。そして、そんな世界では何が起きても不思議じゃなくなる。挙句の果てには世界の滅亡と言うバッドエンドを迎える事だってあるかもしれないのだ。

「いや、そもそもこの『都喰らい』自体も、世界の滅亡の危機の可能性があるんだった」
「ん、今更だよ? こうやって普段は徒党を組まないフレイムヘイズが集まってるのは``棺の織手``の『都喰らい』の影響による世界の歪みに危機を感じてのこと何だからね」
「それはもちろん知ってるけど、ちょっと先読みしすぎた」

 そもそも難しい事を考える必要は無かった。この戦いは``棺の織手``を倒すための戦いなのだからその事だけを考えれば良い。単純にして明快。
 戦うといっても俺の役割はどちらかというと非戦闘要員だけども。

「ま、そんなの私にとってはどちらに転んでもいいんだけど」
「聞き捨てならない事を聞いた気がする」
「気のせい気のせい。世界平和って何だっけ? 偽善者による弱者の蹂躙だっけ?」
「あながち否定できないね」

 この戦いがどちらに転がるかは俺にとっては死活問題になりかねないが、世界平和という話については、そこまで重要では無い。自分の命が俺にとっての最優先事項である。
 尤もだからと言って、俺がこの戦いに積極的に参加できるかどうかは全くの別問題。自分で思うに、戦闘要員としては全くと言っていいほど使えない俺の存在は大したフレイムヘイズ側の利益にはならないだろう。そして、特別頭脳明晰の名軍師という訳でもあるはずが無いのは、自覚しているのでそちらの方面での活躍も無に等しい。
 それでもサバリッシュさんなら、使い道があると言って俺を利用するだろうが。
 利用されるのは大歓迎だ。使い走りは断固拒否だが。上手く使いこなしてくれるなら楽な事この上ない。死地に向かわされるのは御免こうむりたいが。
 言うならば俺は一般兵その1というレベル。大将であるサバリッシュさんにあれやれこれやれと言われれば、はいと一つ返事で答え命令に忠実に仕事を果たすのみ。それで、今後の自由が保障されるのであれば、ああ何て簡単な事だろう。
 色々と考えるのも時に必要になることは重々承知。だがそれは時と場合による。ケースバイケースである。戦いなんて戦略、策戦、策謀、謀略などが行き交う複雑なものに関わられるのであれば、それについて考える頭の位置よりは、身体を動かす胴のほうが楽というものだ。
 言われた事しかやらない、言われないとやらない。ああ、なんというゆとりだろうか。ゆとり最高!
 そんな事をブツブツと考えていると、かなりの時間が経過してしまったのだろうか。一時後退してから戦況が変わりつつあった。
 『嵐の夜』によって後退し、一時的に停戦状態へと陥り睨みあいの場と化していたのだが、お互いの陣がどよめき始める。
 サバリッシュさんの命令どおりにした後、元の本陣の場所にまで戻ったのに前線のどよめきがはっきりと音となって聞こえるのだからかなり大きな騒ぎとなっていた。
 やがてどよめきの理由が分かる。
 味方陣営には、紅蓮の騎馬を跨ぎ輝く可憐な姿と白きに舞う姫とでも言うべき姿が見え、敵陣には見えなくとも然りと大きな存在の力を感じる。いや、一人はよく見えるほど大きいのだが……。
 なんとしてもあの大きな存在の方とは戦いたくないものだ。いや、俺は非戦闘要員だから、敵と直接戦うなんて事は無いはず。なら大丈夫。この心配は杞憂に終わるはずだ。

「あのじゃじゃ馬娘、勝手に出て行ったわね」
「そのような者も確りと手中に収めるのも総大将たる務めと申し上げましたぞ?」
「分かってるわよ。嬉しい事に向こうも主力を出してくれたから、これで五分。だったらもう一押しで勝てると思わないかしら?」
「戦いはそんなに甘いものでは無いですぞ。それに後もう一押しとは……はっ、まさか!」
「違うわよ。あら、こんなところで奇遇ね、モウカさん」

 なるほど、この大戦ただでは勝たせてくれないようだ。
 サバリッシュさんは俺に仕事をしろと言ってきている。しかも、命を張ったお仕事である。なんとも自分向けじゃないお仕事だ。荒事は回避して平和を得たいのに。

(はあ、なんかサバリッシュさんは俺を便利屋か何かと勘違いしてないかな? 自分の私兵みたいな……)
(私兵なんじゃない。この展開は私的に面白いからいいけどね)
(他人事じゃないんだからウェルも協力頼むよ)
(分かってるよ。お互い、まだまだ長生きしたいもんねー)

 自身の内にいる相棒と声なき会話をする。ウェルはどこか楽しそうだ。彼女自身は戦闘が好きというよりは変化を好むと言った気質がある。そういった意味では俺とも気が合うのだが、何分彼女の場合はどんな変化でも良いという大雑把なもので、俺は自身の身の安全があればという前提がある。そこの違いを感じさせられた会話だった。
 だが、まあこれも運命というものなのか、何よりもこれで俺は彼女と同じ戦場に立つということだ。命を助けてもらった大恩を返すチャンスであるかもしれない。
 そう考えれば悪くないかもしれない。俺は命を狩られないように逃げ回り、彼女がピンチとなったら助ければ命の恩義の仮を返す事ができるだろう。それこそ、ヒーローも夢では無いかもしれない。ピンチは最大のチャンスとはよく言ったものだ。
 ……あー、やっぱりヒーローは危険極まりないポジションになりかねないので、ヒーローは願い下げだな。
 ということで、そんな訳で、

「マティルダさんと、えーと……ヴィルヘルミナさんお願いしますね」
「ふふ、借りを返すような仕事ぶりを期待してるわ」
「お互い全力を尽くすのであります」

 全く、この二人の豪傑、英傑と戦う事は一体光栄に思えばいいのか、それともこんな状況になってしまった事を悲観すればいいのか。俺には分からないよ。
 それにしても、この二人ってまるで龍虎並び立つという具合いに俺と存在感が違う。二人に挟まれたら俺なんて子猫ちゃんだ。なんで、こんな所にいるんだろうって思うよ。というか、こんな二人を最前線に出してなお勝ちきれない戦いって……
 いかんいかん、俺は今、生きることだけ考えなくては。
 勝つことよりも生き残ることを、ね。

第七話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 結局のところ、大戦などと大事に巻き込まれてもモウカのやる事は変わらなかった。
 マティルダに借りを返さなければいけないのだが、彼はそんなことなどお構い無しに逃げた。そして、隠れた。隠れても存在の力のせいですぐに見つけ出され、攻撃されては必死に避け小規模の自在法を使用し逃げ延びる。
 一騎打ちなら彼はそうやって逃げ延び、複数相手のときは『嵐の夜』を発動させた。
 なるべく自身のあらゆるエネルギーは使わず、効率よく逃げようとした。時には味方をまるで盾にするかのように動いたが、復讐に燃えるフレイムヘイズは盾にされた事に気付かず、突っ込んでいく。
 モウカはその後は機を見計らい、盾にされたフレイムヘイズが危なくなったら助けて恩を着せ、次は自分を助けさせるという行動を繰り返した。
 余裕がある限りそれを繰り返し、なるべく恩を作り、自分の身を護る盾を増やそうとしたのだ。
 もし、この戦いを客観的に全てを把握するものがいれば、外道と呼ばれ罵られるようなやり方も平然とこなす。

(こうでもしないと生きられないしな。別に外道でもいいし)
(生きるのに意地汚くかな。私の中のモウカのイメージが色々と変わりそうだね)

 しかし、このやり方も所詮は余裕があればこそ出来るものだった。
 戦いが混戦になったり、大物と当たるようになると盾や外道といった事をモウカは考える余裕が出来ずに慌てて、強引に自在法を発生させて逃げに徹した。
 それでも幾度かはヤられそうになる。

(ああもう! なんでこんな目にあわなくちゃいけないんだよ! 普通に生きたいだけなのに! 少しハラハラした生活が送れればいいだけなのに!)
(今出来てるよ?)
(こんな危機感はいらないの!)

 攻撃を右によければ、右から新たな敵が出てくる。慌てて軌道修正して上に逃げれば、大群が。再び攻撃が飛んできて避けたと思いきや、謎の変化を遂げ追撃してくる。怪我を覚悟で、致命傷だけを避けるようにかわす。
 これが、これ以上のことが幾度となく止まることなくモウカに降りかかる。
 モウカにとって災厄であり最悪な状況だった。
 早くも後悔が彼の心の中で渦巻く。借りだとか恩義だとか、誠実な事などそもそも自分には合わなかった。これをいい教訓にして、今後はそういうのを控えよう。モウカはそこまで考えさせるほどに追い詰められていた。
 だが、全ては後の祭りであり、何にせよこの状況を打破しない限りは生き残らない限りはその教訓も活きる事は無い。
 モウカはそのことは十二分に理解していた。生きているからこそ出来る事があり、やりたいことができる。何度も死んだ男の言葉は以外にも重く、真実味があった。
 ウェパルはその良き理解者──と言えるわけでは無いが、ただそんなモウカを面白く見守るように共に多少の時をモウカと生きようと考えている。ウェパルにとってはモウカと共に居た期間すらも短い時間かもしれないが、出来るだけ多いほうが面白いなと思える程度にはモウカの事を想っている。
 なんだかんだで良いパートナーであった。
 モウカはそんなウェパルの心情を知ってか知らずか、生き延びる為に逃げ惑う。必死に生にしがみつこうとして、死から逃げる。
 多少の傷を負いながらも命だけは失わないよう逃げる。

 片腕ぐらいなら失ってもいいから命だけはと逃げ狂う。
 何が何でもまだ生きるんだと悪足掻きをするかのように逃げ走る。
 逃げる、逃げる。どうやってでも、なんとしてでも、絶対に確実に逃げる。

──死という絶対の恐怖から。

 モウカの頭にはまともに戦うという考えは存在せず、ただ逃げることだけを考え続けていた。
 逃げに徹してるモウカでさえ戦乱の嵐に巻き込まれている現状、戦いは困難を極めていた。乱戦となってしまえば、有利なのは量で勝る``紅世の徒``である。フレイムヘイズ陣は苦戦を強いられていた。
 しかし、その状況でも華々しい活躍を魅せているのが、『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ・サントメールと『万条の仕手』ヴェルヘルミナ・カルメルだった。
 先陣を切り己が騎士を率いて戦場を荒らすように戦っているマティルダ。そのすぐ横で、後ろで、前で、縦横無尽に舞う様に戦うヴェルヘルミナの両者はまさに欧州最強のフレイムヘイズの名に勝る活躍ぶりだ。
 もちろん、それに負けず劣らずの周りの名のあるフレイムヘイズたちも共に戦場を駆ける。最前線だけを見れば、フレイムヘイズが圧倒しているといっても過言では無い。
 だが、その勢いも所詮は初手までだった。その後は少しずつ押し込まれていってしまう。その結果少数であるフレイムヘイズが大群に飲まれていってしまう。つまりは絶対的不利な乱戦へと持ち込まれてしまう。
 強いフレイムヘイズはそんなのお構い無しに力を振るい、敵に猛威を振り撒くが、弱いフレイムヘイズたちはたまったものじゃない。次々と無残にもヤられていく。
 これはモウカにとっても例外じゃなかった。単体の力では、敵に勝つ手段を持っていない上に、戦うという志を持たず持てるような強い力もなく、いつも逃げ腰のモウカには押し込まれた状況では成す術がなかった。
 だからこそいつも通りに、自分が生き残る為に、自身の最高の自在法である『嵐の夜』を用いて撤退を試みる。乱戦のため自身のみの自在法の範囲にしても意味はあまり無いため、なるべく戦場を覆うようにして発動させる。
 いわばモウカにとっての最終手段である。

(こ、これで俺だけはなんとか逃げれるかな?)
(あくまで自分の為、という辺りモウカらしいね)

 モウカの思惑とは違い、この発動により弱きものは自在法に乗じて一時撤退。強きものは自在法範囲外へ一旦出て、奇襲をかけようとする。
 これによりフレイムヘイズ兵団は完全に崩れることなく、二度三度と戦う事ができた。
 しかし、それでも徐々にフレイムヘイズ兵団の兵の数は減っていく一方であり、アシズを討滅することはおろか、戦線をひっくり返す事すらもままならない。
 このままでは『都喰らい』をさせてしまうのも時間の問題だった。





◆  ◆  ◆





「状況は変わらず芳しくありませんね」
「元より厳しい戦。焦りは禁物でありますぞ」

 フレイムヘイズ兵団の本陣では、戦況をずっと見つめるゾフィーの姿があった。見るだけではなく、ドゥニやアレックスの戦況報告を聞きながら、目と耳で戦況を解析していた。

「前線で変わらず『炎髪灼眼の討ち手』が暴れています。そのおかげで戦線は崩壊せずに保たれています」
「ここから見てもあの『不朽の逃げ手』の自在法も確認できるし、案外大丈夫なんじゃないか?」
「彼の自在法をすでに何回見ました?」
「少なくとも三回は大規模で」
「ふむ、まずいですぞ」

 ゾフィーと契約する``紅世の王``タケミカヅチは懸念を抱く。

「ええ、そうでしょうね。そろそろ見破られても可笑しくない」

 ゾフィーが彼を前線へと送ったのにはいくつか理由がある。一つは、将来的に有望であると思われる彼に、多少死の可能性があっても経験を積ますこと。戦いが長期に渡るのを予想しているゾフィーは、この戦いを通してただ消耗するのではなく次世代の力もつけようとしていた。

(もし、潰れてしまっても。確かにもったいないかもしれないけども、所詮それまでだったってことよね。もちろん、この期待に答えてくれないと困るんですけどね)

 そしてもう一つの理由が今現在モウカがしている様に、『嵐の夜』による戦線回復の為の一時的撤退。ゾフィーはその働きに期待して、彼を前線に送ったがその方針がまさにものの見事に的中した結果となる。
 もちろん、ゾフィーはまだモウカが極度の逃げ性である事を知らない為、自分の思惑を知った上で理解した上でのこの行動だと思っている。それ故に、モウカへの評価は右肩上がりである。

「ちょっと仕事しすぎね。彼を一旦戻したほうがいいかしら?」
「ふむ。今後も必要になる力ですからな。今使い潰してはそれこそ勿体無いですぞ」
「都合よく新しい自在法でも作ってくれればいいのに」
「ははは、彼も大変ですね」
「『肝っ玉母さん(ムッタークラージェ)』に目をつけられた時点で、結末は決まってたな。かわいそーにな」

 ドゥニとアレックスが、今は最前線で顔を引きつりながら頑張っているであろう彼を思い出しながら同情する。二人は彼と直接しゃべったことは無いが、彼が気絶しているときに顔だけは見ている。まだ名も知れていないような──つまりは、まだ長く生きていない若くて新人で素人のフレイムヘイズの姿。フレイムヘイズの見た目は生きた年の参考にはならないが、彼は見た目も若かった。
 ほんの少しだけ、本陣が和やかになった。
 ずっと張り詰めた緊張感というのも戦場では大切、または戦場ならではというべきではあるが、ずっとそのままでは身体が心が疲れてしまう。何時如何なる時でも、時には気持ちを軽くする時間は大切だ。
 和やかになってもすぐに緊張感を取り戻す。
 この切り替えもまた戦場では必要とされるものだった。

「では、さっそくモウカさんにはこちらに戻って頂きましょう。多少前線は厳しくなりますが……その分カールに働いてもらいましょう。先程から戦いたくてうずうずしてるみたいですしね」
「はい、ではそのように遠話の使える自在師に」
「俺もその切り替えの間は前線に出るな」
「よろしく頼みますぞ」

 ドゥニとアレックスが本陣より出て行く。
 戦況は確実に動く。これがフレイムヘイズ側にとって有利になるか、不利になるかは今はまだ知らぬところ。ただ、このままの状態であればフレイムヘイズ兵団の敗走は確実に起こりえること。
 ゾフィーはこの有利となるタイミングを見測らなければならない。今のところはゾフィーの采配と、前線のフレイムヘイズ(主にマティルダやヴェルヘルミナ)の活躍により不利な戦況を一時的にとはいえほぼ五分までにもち直したりもした。
 この武功は非常に高いもの。彼女以外が大将をやっていたらすでにフレイムヘイズの負けは決まっていたかもしれないほどに。しかし、かといって未だに戦いは終わってはいない。

「本当の戦いはこれからね。はあ、早くいつも通りの生活に戻りたいわ。戦い戦いって別に私はそこまで望んでいないもの」
「ゾフィー・サバリッシュ君が望もうが望むまいがこれが現実、確り気を持つのですぞ」
「分かってますよ」

 ゾフィーはどうもこの戦いに嫌な物を感じていた。もし、今のまま均衡を保てばあるいは敵は引いてくれるのでは無いか、と世迷いごとを考えたいほどの不安だった。
 その不安はこの戦いが最悪の結果と成りかねないのではないか、という気持ちである。指揮官なら誰でも思うことではあるが、ゾフィーはどうもこのイメージを払拭できないでいる。何か、心に引っかかるものがあるとでも言うのだろうか。
 これは彼女の長年の経験から来るものなのか、それとも誰もが感じる正常な気持ちなのか。
 ゾフィーは遠くを見つめながら一言呟く。

「長い戦いになります。でも、絶対に負けるわけにはいかない」





◆  ◆  ◆





 長い均衡状態が両陣営に訪れた。その均衡は優に十年もの時が経る。
 フレイムヘイズ兵団はすでに疲労困憊状態であり、かなりの数の討ち手らが死んでいってしまっていた。同じく、``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``も結構な数の兵を失ったが、大群と言えるほどの数は保ってあり、時間が経つにつれやはりフレイムヘイズたちは追い込まれていった。
 モウカは何とかこの十年を生き延びる事に成功した。それもやっとの思いでだ。
 失ったものは大きい。彼の盾となり死んだものが数多くいた。見た目の上ではモウカが盾にしたとは誰もわからないが、本人だけは分かっている。自分のせいで死んだという事を。
 最初の頃は葛藤はあった。いいのかと。これで本当にいいのかと。相手の命を犠牲にして自分だけが助かり、今も抜け抜けと生きていて。
 だが、繰り返すうちに割り切る事にした。
 それは味方の些細な彼への言葉が、彼をその事から割り切らせる結果へともたらした。

「お前のおかげで助かったよ」

 モウカにとっては予想外の言葉。自分を助ける為に使った自在法で自分以外のフレイムヘイズも助かり、彼に救われたというものがいた事実。いや、これ自体は予想の範囲内であり、この恩義を利用しようとさえしていたのだ。
 だが、それを改めて言葉によって伝えられた教えられたという事実がモウカの大きな支えとなった。利用したという罪悪感、犠牲にしてしまったという罪深さから多少なりとも彼を救ったことになった。
 そして、十年の時。初戦の出陣からゾフィーの指令によりあまり表立って活動してなかったとはいえ、その時間は彼が戦場に慣れるのに十分な時でもあった。

「あー、本当に何度死んだかと思ったよ」
「最後の方はほとんど自分で何もしてなかったよね?」
「助けてもらっちゃったね。でも、それ以前に助けてたから貸し借りなし。序盤の自分に感謝」
「あの時はまだ余裕だったもんね」

 
 気が付けば回りに助けられ支えられ救われて、モウカは激戦を生き残る事ができていた。その影──戦闘面においてはマティルダたちの活躍が大きい。彼は今更ながら、マティルダと知り合いになった事を自身の幸運であったと理解した。
 借りが増えたということもあるが、モウカはそこには全く触れなかった。

「だけど、まだ戦いは終わっていない」
「そうだね。もうかなり長く戦ってるけど、決着はついてないよ」

 終わりの見えない戦い。否、確実に終わりは近づいている。フレイムヘイズ兵団の負けというあまりにも明確すぎる結末が近寄ってきている。この線はあまりにも濃厚で、誰もが考え始めている事だった。
 モウカにだって分かっている。今すぐに逃げ出したいと心の中で嘆いている。
 大将たるゾフィーだって理解している。このままでは全滅だってありえる可能性も。
 その従者の役割を担っているドゥニやアレックスだってゾフィーの傍で知っていた。非常に危機的状況であることを。
 ヴィルヘルミナも前線でそれを感じていた。負ける気はしないが、勝てる気配もしない事を。
 マティルダは理解した上で未だ余裕を保っている。誰よりも絶対的な王と契約し、王との間の信頼と、強い力であることの自信があるからだ。
 カールは自信に満ち溢れていた。自分の力でこの状況を打破できると張り切っている。
 それぞれが各々が感じ考え理解していた。
 そして、ゾフィーが決断を下す。

「次の接触を『オストローデ攻防』の最終決戦と見定め。総戦力をかけて戦います!」

 その言葉を誰もが頷き、背中や顔に身体中に冷たい汗を流した。高まる緊張感。
 そしてその決戦は……













 フレイムヘイズの抵抗むなしく双方に多大な被害を残して『都喰らい』を成功させてしまう。
 だが未だ戦いは終わらず、次なる舞台へと動き始めた。

第八話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 五体満足で生き残る事ができたのはまさに奇跡の結果と言えよう。もう二度は無いラッキーな奇跡。長きに渡る戦い、十年もの時を必死に戦ったことになる。
 しかし、結局のところ未だに戦いが終わらないどころか、

「最悪の展開になってない?」
「『都喰らい』成功させちゃったからね。でも、予想よりは奮闘したほうだと私は思うかな?」
「最初ってそこまで酷かったのか……」
「今モウカが生き残ったことが何よりも奇跡かな」
「それは同じそう思うけど」

 サバリッシュさんの下した最終決戦は、こちらの奮闘虚しくも敗戦した。向こうの主軸を何人かを打ち破る事には成功したが、本命の『都喰らい』は防ぐ事はできなかった。これにより、アシズの存在の力がありえないほどの増幅を果たし、今この世界に居るどの``紅世の王``よりもあるのでは無いかと思うほど。
 『都喰らい』が成功したためフレイムヘイズ兵団は一時撤退を余儀なくされた。今は、その撤退後であり今後の方針をほとんどのフレイムヘイズが集まって決めているところである。
 フレイムヘイズ兵団の大将であるサバリッシュさんを中心とした、意欲あふれるフレイムヘイズ達の会議。各々が言いたいことをぶっちゃける場であり、強制的なものではなく自由意思による参加。兵団とはいえ一人一党のフレイムヘイズだから、強制は難しいというのが背景にあるようだ。
 なんという身勝手さ、自由気ままさとは思うものの、参加していない俺に言う資格はないんだろうな。ただ、最終的に決定された作戦には余儀なく参加は強制である。今、会議に参加していないということはどんな方針であろうとも構わないという意思表示と同義ということ。
 しかし、フレイムヘイズ側にとっては絶望的なこの状況。俺ももちろん他人事ではなく、この危機的状況からどうやって逃げるべきかを算段し始めている。このまま状況に流され続けても俺に生きる術はなさそうなのが一番大きい。

「『嵐の夜』も見破られかけてるし」
「さっきの撤退の時は冷汗かいてたよね」
「そりゃ、あんな対策とられたらビビるよ」

 撤退作戦時、俺はサバリッシュさんの言うとおりに『嵐の夜』を発動させて撤退の手助けをした。サバリッシュさん曰く、俺のこの自在方のおかげでかなり生存率が高まったのはいい誤算であったとのこと。このこと自体は俺も素直に嬉しい。味方が死なない減らないということは、俺自身の生存率にも直接繋がる。
 だが、先程自在法を発動した時に相手が今までにない対応をとり始めた。
 『嵐の夜』発動時に起きる風を遮ろうと動いたのである。
 この自在法で起きる風には相手の進行を妨害できるほどの威力は無い。台風並みの風は出るが、それはフレイムヘイズや徒にとっては大したことではないものだ。
 しかし、それをあえて防ごうとした。
 つまり……『嵐の夜』の正体に気付きかけていることを表している。
 『嵐の夜』の範囲内では風と雨が発生する。雨には俺の存在の力が紛れ込んでおり、それが直接相手に当たることによって存在の力を感知させづらくさせている。その雨を四方八方から相手に当てる為の風がある。
 重要なのは風ではなく雨でもあり、雨だけでもなく風も。風と雨の双方を防ごうとされていたら、こちらは成す術がなかった。
 だってこの自在法だけが俺のまともに戦闘に使える唯一の自在法なのだから。
 俺自身は決して身を呈して戦っているわけじゃないんだけどね。

「お先真っ暗な気分だ」
「最初から負けが決まりかけてる戦だけどね」
「そうじゃなくて、自在法の方」
「新しいのはまだ身にならないし?」
「それもだけど」

 この大戦は経験をたくさん積めた。最初は最前線で後半はほとんど撤退要員と斥候扱いだったが、それでもちょくちょく戦闘には参加した。それでここまで生き残れたのは大きな成果と成長といえると思う。
 それはいい。貴重な体験だった。スリルに溢れてた。迫り来る死の恐怖はすでに幾度となく経験したが、ここまでのことは無かった。この経験はこれからの人生に大きく影響するだろう。
 しかし、重要なのは……


「ここで生き残るには。今後またこんな事が起きて生き残る保障は」
「どこにもないよ。生き残りたいなら──」

 ──もっと強くならないとね、モウカ。

 弱肉強食? そんなのは糞喰らえ。俺が弱いのをこの戦いで痛感した。もとより知っていたが、俺が考えていた以上に思い知らされた。俺はこの戦いの中で最弱かもしれない。
 逃げる事のみを考えてきた結末でもある。
 だがそのおかげで生き残ってもいる。
 人間生きている間に何が功を奏するか分からないものだ。その偶然が身を救ったというか、自分で自分を救ったというか。何にしても、生きていることの素晴らしさをここに感じる。

「平和に暮らしていくためには、力が必要なんて物騒な話だよ。今は力を持っていても殺される可能性もあるし。いや、生存率のほうが低いのか」
「このまま戦闘に参加しても勝てる見込みは少ないと考えるのかな?」
「この状況に持ってきただけでも多大な被害を被ってるんだよ。敵がさらに力をつけた今は、さらにその厳しさも増しているし」

 正直言ってもう逃げ出したい。こんな死と隣合わせな戦場など俺には向いてるはずがない。元日本人かぶれだし、なんやかんやでもうフレイムヘイズになってから数十年だがそれでもやはり慣れきれない物は多い。
 その一つが戦闘であり、敵と自分の命を賭ける駆け引きであったりする。
 ただ、ひたすらに生き残るだけなら今までもしてきたように、姑息で、卑怯で、悪質な戦い方が出来るが、それそれで俺の中で何かが駄目になって言ってるような気がしなくもない。
 でもまあ、それを含めて

「逃げるという選択をとる」
「行き着く先はいつも一緒だね、モウカは。でも、私はそこがモウカのいいところだと思うよ」

 ある意味一途で惚れ惚れするよ、とウェルは褒めてるんだか貶してるんだか分からない事を言う。
 どちらにしろ、俺には強くなる事を求められているようだ。逃げるだけではなく時には戦うことを選ばなければならない。敵を討ち倒す力が必要となり今後生きるに当たって重要になるということだ。
 だが、肝心なのは何故俺がフレイムヘイズになってすぐに『逃げる』を選択したか。

「もとより戦いは好きじゃないとか、争いは苦手とかじゃなくて感性の問題何だよなぁ」

 平和ボケしていた元日本人故の弊害でもあると思っている。あるいは俺の今を支えるアイデンティティ。基本は逃げの姿勢を崩さない。それこそよほど追い詰められれば戦いに重んじる事はあるだろう。今がいい例だ。だけど、そうじゃない限りは戦いなんて真っ平ゴメン。
 俺は平和を愛し、安全に生きたいだけなんだ!
 というのが本心にある。
 奥底にスリルも味わう充実な日々を!
 というのもあるが、生死にかかわらないところでスリルを味わいたいものだ。言うならば、ジェットコースター気分だろう。あれは、わざわざ自分の身を危ないと思わせられる場所に置き、楽しむという象徴のようなものだ。
 俺はそれでも安全性がどうも信じられなかったから、コーヒーカップをグルングルンに回すという選択肢をとっていた。

「それでどうするの?」
「んと、何が?」
「これからだよ。強くなりたいんでしょ? なら戦闘の特訓とかこれからするのかな?」
「戦闘ねぇ」

 向かない、とは思う。
 これこそ俺がそういった争いごとに無縁に限り無く近い日本人だからというのもあるが、そもそも性にあわない。これも同じく『逃げる』という選択肢に至る理由の一つである。
 だが現実を見るとそうは言ってられないのも事実。この大戦中も何度も逃げることが出来ずまともに正面から戦う事だってあった。その際にはこちらは攻撃は蹴り殴りしか出来ず、もちろんその蹴り殴りだって素人のものだ。通用するはずがない。
 味方が救援に入るのを待つまでひたすら回避というか、逃げ回った。
 こうやって振り返ってみると、戦闘場面で正面からの戦いらしい戦いはやっていないような気がする。端的に言えば、味方が戦い役で俺が補佐役みたいなものだからこの大戦中はそれでいいかもしれない。言い訳じゃないよ。そういう役回りだから仕方が無いのさ。
 だけど、その先は? 一人になったら? 避けられない戦いを一人で乗り越えなければならなくなったら?

「その時は死ぬかも……」
「モウカってあまり格闘とか得意そうじゃないもんね。苦手とかじゃなくて嫌いそう」
「平和主義者だからね!」
「嵐の発生源が何をおっしゃるって言ったらダメなんだよね」

 そう言われても本心からの言葉には違いないので否定はしない。
 格闘が駄目なら、自在法を使っての戦闘の参加ということになる。この戦い中に見て印象に残ったものはやはり「――だぁらっしゃ――っ!!」と言いながら雷の様なというか雷キックを繰り出す。次に雷を落としての攻撃など、サバリッシュさんの攻撃にはやたらと迫力のあるモノがあった。
 が、到底真似できるものでは無いのであまり参考には出来ない。天候を左右するという意味では俺の自在法とも多少通じるものがあるような気もするが、俺の自在法には攻撃性が皆無に近い。
 そもそも自在法とは、基本的に術者の考えや気持ちを反映したり、契約した``紅世の徒``の性質に左右される。その為他のフレイムヘイズは基本的には参考にはならないが、イメージ的な問題なら十分考慮する余地はある。
 アイディアの元になる程度は出来る……と思う。

「そういえば、昔に攻撃性がある自在法を作ろうとした事あったっけ?」
「大した攻撃性を出せずに失敗しちゃったよね」
「そうだったっけ……」

 本能的に手加減を加えちゃうというか、敵といっても相手を躊躇せずに攻撃するというのに抵抗感があるからかもしれない。
 だから攻撃を思い描いてそれを自在法で表現しようとしても、大したものができないかもしれない。相手は``紅世の徒``人では無い、人では無いのだが……中には人型のやつがいるから扱いに困る。
 全員が全員、異形の形ならまだやり易かったというものなのに。ああ、でも、どいつもこいつもひと癖もふた癖もあって、人間味に溢れているからそうも言えないのか。

「自在法が駄目、直接攻撃もセンスなし。優れているのは逃げ足のみ……これってもしかして積んでる?」
「自在法ってのは可能性が無限にあるから、塞ぎこむのはよくないよ」
「前向きに考えて打開策を見つけろってこと?」
「打開できる力があればの話だけどね」
「結局俺の生き残る道は逃げるしかないのか。それならそれで本望だけど」

 現実からの逃避行は比較的得意なほうだ。
 争いの危機察知能力は人よりも優れている自信はある。同じように、争いごとの巻き込まれ率にも定評がある──あった。過去の自分はよく友達の喧嘩に巻き込まれ、仲裁に一所懸命になったこともあれば、机の下で震えて隠れていた事もある。
 そんな時はよく現実逃避したものだ。しなくちゃやってられない。
 まあその時は必ず最初に「何で俺が」と呟くのを忘れない。
 いつだって被害者は平和主義者だ。

「一つ提案」
「どぞ」
「前にも言ったけど、宝具という手があるよ。あれの中には攻撃性のものはおろか、ありとあらゆる自在法でも紡ぐ事のできる優れものすらもあるんだよ」
「それはすごいね」
「もちろんそれだけじゃなくて、他にも想像できない様な物がたくさんあるし、宝具を使う事によって力を補うのも珍しい話じゃないしね」
「でも、そんな宝具を手に入れるなんて難しいんじゃないのか?」

 この難しいには二つの意味がある。
 優れた物があるということは、それを求めるものも無数に存在し、所有している可能性すらある。その場合は奪ったり盗むしかない。もちろんそんな行為が穏便に済むわけがないので、結局は奪い合いとなり支離滅裂。
 もう一つは、貴重だからこそ宝具なんて言われるのだから見つけるのが困難なのでは無いかという話。
 この二つ、どちらも俺で成し得ない厳しい条件だ。戦う事ができないから宝具を求めたのに戦わなければ手に入らず、使える自在法がないから``宝具``を求めたのに見つける術がない。
 それに、こんな便利な宝具なのだから本来ならそれの探索用の自在法があってもおかしくじゃないのではないか? しかし、そのような自在法の話は聞いたことがない。
 聞いたことがないだけである可能性もあるが……

「ふふ、モウカ。ねえ、モウカは何を望むの?」
「なんだよ急に……望むものね。そんなの決まってる」
「そうだよね。そうじゃなくちゃね! なら、話は簡単だよ。思いは力に出来る。強い思いは自在法に出来るんだからね」
「……出来るのか?」
「それはモウカ次第だよ」
「そっか」

 なら必死に願ってみるのもいいかもしれない。
 生き残る。
 なんとしても生きて人生を謳歌する。
 戦争を逃げ切り、生き延びて。
 理不尽な戦いから自らの力で脱却する。
 俺に力は無いのだから、力のあるモノを借りればいい。
 望むのは力のある物。
 俺が利用することによって自分自身の命が救われるような夢のような宝。
 薄い、目視の不可能な霧が発生する。自分だけが感じ取ることのできる、全く攻撃性のないただの探索を目当てとした自在法。
 夢の宝探しの海色からなる自在法。

「うん、さすがだね。こういう姑息さというか、生きるのに必死なのがいいね。ゾクゾクするよ」
「……うるさい」
「褒めてるのに」
「褒めてるのか? まあいいか、そんなことより」
「感じるね」
「ああ、近くに……」
『とんでもない宝具がある』

 生き残るための一つの方法と可能性が、その宝具にはあると信じて。

「でもさ、もしもだよ。その``宝具``の保持者がいた場合は?」
「隙を見て盗む!」
「隙のないような巨大な王がいたら?」
「隙を見て逃げる!」
「さっすがー!」
「当たり前じゃないか!」

 命を賭けてまで宝具を手に入れはしないさ。
 命あっての、だよね。

第九話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 とんでもない宝具があるのに気付けたまではいいが肝心の手に入れる方法は無い。それほどの宝具という事はすでに持ち主がいるだろうし、その持ち主は大抵``紅世の徒``である。それも決まって巨大な王である事が相場というものだ。
 それなりの力を手に入れるならそれなりの努力と対価を。
 大きな力を手に入れるなら大きな危険と犠牲を。
 物事には大抵裏の事情や見えない筋書きがあり、どんなものでも無償なんて物は無い。タダが最も高いという意味は、高いというのに相応しい事情があるということだ。タダが怖いというのも頷ける話である。
 ならば多額な物を支払って手に入る物は逆に表立って、その対価や犠牲というのが分かるのではないかとは自論。目に見えないものは怖いが、目に見えるものの方が人間は恐れを抱きにくいのかもしれないし、またその逆も然り。
 結局、どちらを恐れるかなんて人次第だが、俺の場合は目に見えないものの方が怖い。なんてこともなく、俺は両方とも怖い。
 見えるものをそんなものと正面から叩き潰せるほどの実力と度胸を持ち合わせていれば、見えるものなんて怖くないのかも知れない。けれども、俺にはそんな度胸も力もないことを胸を張って言える。
 見えない物をありえないと切り捨てるほどの楽観性を持っていれば、こんな事はなかったのだが、生憎と俺は小心者で臆病者で逃げ癖のついている姑息な人間──フレイムヘイズだ。
 そもそも目に見える現象ならまだ対処のしようがあるというのに、目に見えないものなどどうやって対処しろというのだ?
 経験か?
 力技か?
 それとももっと別の、相手より上の不思議な力か?
 どちらにせよ、いづれにしろ俺には持ち得ない力の数々。それでも、もしそんな状況。どうしようもない何かの力が襲ってくるのならば、俺は仲間に助けを求めて、その間にいそいそと逃げる事を選択する。
 実際に、そうやって先の大戦を乗り越えたのだから他の方法は無いだろう。……その大戦はまだ終わっていない上に、窮地に立たされているともいうのだが。
 大量の仲間が死に、同時に敵にも大きなダメージを与えたが圧倒的不利は覆す事はできず『都喰らい』が発動し、敵はさらに巨大となった。
 ただでさえ、自分では敵いっこない大きな力に、倍率さらにどん、ならまだしも十倍、二十倍、下手したらそれ以上の超える力を相手は手に入れてしまったのだ。そこからどう逆転しろというのだ。少なくとも、自分ではそのアイディアは思いつかない。
 同じく、逃げる手段、これからこの力が存分に振るわれ、``紅世の徒``がこの世を堂々と闊歩するようになれば、我々フレイムヘイズが生きるには窮屈となる。力のない俺には窮屈なんて生やさしいものではなく、それは直接三度目の死を意味する。

 『死ぬのが嫌だ』

 そんな果てしなく情けない理由、いやある種、``紅世の徒``に殺されて終わるのは嫌だ、つまりこのまま死んで終わるのは嫌だというフレイムヘイズとしてはよくある理由でなったとも言える訳だが、せっかく生き返ったのに``紅世の徒``に狙われ死ぬようになったら支離滅裂、なった意味が皆無じゃないか。
 大抵のフレイムヘイズなら復讐さえしていれば、それで命果てようともいいのかも知れないが、俺はそこらの事情が違う。
 復讐? そんなのはどうだっていいんだ。俺を殺した奴と言ったって前世を辿れば一回、今世で一回、前者は復讐を達成できたとしても、後者はどう考えたって無理だ。そもそも考えないからこの考察は無意味だし。
 だから、俺にとっては``紅世の徒``に向かって死んでいったのでは意味が無い。多少死ぬのが長引いただけで、結局は大して人並みに生きることもできず死ぬことになるのなんてもってのほか。

 『そんなのもの嫌だ』

 不条理じゃないかそんなの。絶対に俺は認めない。

 『生きる』

 絶対に生き残る。

 最初から最後まで俺の人生はこの言葉に表されて、俺のフレイムヘイズ足る理由もこれに表されるのだ。
 ならば、この生き残るために僅かな可能性を含め、これから可能性を導きだすためにも、努力をし力をつける。最終的には絶対的な安静と平穏と平和を手にするために。
 フレイムヘイズの使命?
 ``紅世の徒``を排除し、この世とこの世の隣を歩いていけない二つの世界を守る?
 勝手にやってくれ、むしろ大いに助かる。
 それは結果的に俺の安全というのに繋がるのだから。
 ならばこの戦い。この大戦はやはり……

「負けるわけにはいかないんだよな」
「覚悟の再確認かな。方法としてはどんな敵からも逃げれる技術とかが手に入れば、勝つ必要もないんだけどね。 モウカ的な考え方だと」
「それが出来れば苦労はしないよ。その為の``宝具``であり、その為の自在法でしょ?」
「だからこうして``感覚``を頼って、``宝具``の在り処を探してるんだもんね」

 現在、争いは嵐の夜の前かのように静まっている。
 お互いが睨み合っている状況と言える。
 数の差では現在、圧倒的に``紅世の徒``が有利な状況であり、それにも関わらず向こうは未だに攻めて来ていない。これは恐らく、攻めあぐねているのではなくて真の目的を達成する条件を考慮してのことだろう。
 『都喰らい』は真の目的にあらず、本来の``棺の織手``の目的──死者の復活。
 なんとも魅力的な言葉じゃないか。
 人は誰しも大切な人を失った時、その喪失感から、また絶望感からその人がまた蘇ってくれることを意識的にであれ、無意識的にであれ、望むものだと思う。
 自身、なんども死んだ身からすれば、そりゃ生き返れるものなら生き返りたいし、そんなのが無理なことも分かっている。
 なによりも、その死者の復活とは自然の摂理、宇宙の真理、森羅万象からかけ離れている。出来たとしてもおそらく背徳感だとかを感じたり、これを世に知られたら何かの実験材料にされるんじゃないかと、ビクビクとして肩を震わせて、恐怖を感じながら生きていくしかなくなると妄想する。
 事実、そんなに外れた妄想ではないと思う。
 死者の復活は、ある意味では不死を意味し、人の中には必ず不死を望むものが多かれ少なかれいるからだだ。
 恐怖に怯えて生きるなんて生きた心地がしない、と誰しもがいうだろうし、確かにそれは俺の望む生き方とは違う。俺の考えを別としても、そんな生き方は損な生き方で、誰しもが望まないだろう。
 『生きていることに意味がある』と誰かがいうかもしれないが、『ただ生きていることになんて意味はない』と異論を唱えるものもいるだろう。
 俺は後者の考えであり、生きているからには、もちろん安全だとか安泰だとかは欲しいが、それと同じようにある一定の緊張感だとか、スリル感だとかの刺激がほしい。
 今の俺はたしかにそういった意味では刺激に溢れているが、

「ちょっと死の匂いが強すぎる。こんな匂いとは今後永遠におさらばしたいね」
「無理、じゃないかな……」

 現状は異常なものだった。
 そんな誰しもが憧れる死者の復活を目指して、力を奮っている``棺の織手``は狂っていると言える。そして、それが不可能ではない、と今にも言われかねない認めかねない状況もやはり狂っていると言えた。
 どうやって死者の復活をするのかは知らないが、サバリッシュさんを含む、幹部級の人たちはなんとなくは情報は掴んでいるようだ。聞けば教えてくれるだろが、死者の復活のやり方なんて教えてもらってもね。これからの作戦に必要ならちゃんと教えてくれるだろうし。それをわざわざ知ろうとは思はない。
 それに今、サバリッシュさんたちは俺に構っている暇ではない。
 すでに敗戦状態といえる現状はフレイムヘイズの士気はガタ落ちしている。まだ完全な敗北ではなく、逆転の手はあるらしいがそれを安易に受け取ることはできず、自分を含むか弱いフレイムヘイズたちにはすでに絶望の色が見え始めていた。陣内もその色に染まりつつあった。
 その空気にいち早く気づいた猛者は、弱気になっているものを叱咤していたが、あれは明らかに逆効果だった。そんな叱咤で希望の光を見つけ出し、再び立ち上がることができるのであればそもそも絶望なんてしないだろう。せいぜい失望かな。それはそれでなんかダメダメだが。
 陣内の空気が悪いとして、一人抜け出したりするフレイムヘイズも出てきている。中には一人で立ち向かおうとするものさえ。
 悪い意味で、フレイムヘイズは独りよがりだった。人はそれを自己中心的というのだが、誰も否定出来ないあたりが悲しい性だ。そして、新たな犠牲が生まれ、さらにフレイムヘイズを失い力の差が生まれ、絶望の色が濃くなる。見事な負のスパイラル。死のスパイラルだ
そんな俺も愚痴愚痴と、フレイムヘイズについて愚痴ってるくせにその本人もフレイムヘイズ。しかも、逃げることしか考えてない。それだけじゃなく、今は自信で勝手に動いているとなれば人のことは言えたことじゃないのは分かってる。分かっているが……

「生きるためには死力を尽くさないとね。矛盾しているようで矛盾してないけど」
「今までは尽くしてなかったのかと、私は問いたね」
「人の死力を利用して頑張りました」

 嘘は言ってないよ、嘘は。ちょこちょこっと他の人に頑張ってもらっただけ。ただそれだけ。
 現状を確認しながら、感覚を頼りに宝具を感じる方向へと警戒を緩めず飛んでいく。
 見渡すかぎりは``紅世の徒``はみえない。
 存在の力を巻いて最初に使ったような探知モドキもできなくはないが、下手な行動は逆探知となりえるので使わない、使えない。これはお忍びの旅であると言えるだろう。
 ``紅世の徒``に見つかることは絶対にできないのだ。
 いくらこちらには逃げる専用の自在法がある(しかない)とはいえ、トリックに気づかれ始めているのだ。下手な乱用はできない。もちろん、使ったからと言って必ず逃げれる保証だってないのだ。
 惰弱で脆弱なフレイムヘイズ、それがこの『不朽の逃げ手』モウカだ。
 あまり誇れるものじゃないけど。戦いの度に目から汗が出るけど。
 ここは戦場となっていた都とは少し遠く、また互いの陣地も遠いために警戒はさほど厳しくなく、探知といった自在法も仕掛けられていない。
 見晴らしがいい平原。

「天気がよくて平和なら寝っ転がりたいね」
「叶わない夢だね」

 叶わないと言われてしまった。
 儚い夢なのかな……否定できないあたり嫌気が差す。

「戦争なんてなければいいのに」
「切実だね」
「懇願だよ」

 フレイムヘイズになったら願いが一つ叶うとかあれば良かったのに、と思う。
 あーでもそうか、そうすると俺は『命がある』という時点で願いは叶っちゃったのか。
 自分の持つこの``存在の力``は、自分の平和という願いのため、生き残るという、生きるという欲望のための力。
 それはフレイムヘイズも``紅世の徒``も変わらない。
 今、大戦を引き起こしている``棺の織手``も結局は叶わぬ願いを叶えるための力を欲して、欲した結果これが起きている。
 戦いが起きている。
 なんだ``紅世の徒``もフレイムヘイズも人も変わらないじゃないか。

「それでも互いに理解できず、しようとせずに争いは続くと、ね」
「うん? どうした?」
「気にしなくていいよ。ただ欲ってすごいなって話」

 なんだか哲学者になった気持ちだ。
 一纏めに変わらないとは言ったけど、その欲も目的も千差万別だし、手段や方法だって違う。こうやって争わずに叶えられる願いだってある。
 そう、それはまさに俺の願いのように。
 詩的な気持ちになっていると、先程まで感じていた感覚が近くなる。
 ``宝具``が近くにあるという証明であると信じたい。この宝具がなんであるかは知らないが、己の力になるということを切に願いたい。宝具に持ち主が存在せずフリーであって欲しいと淡い期待を抱く。いたとしても譲ってもらえないかと無駄な希望を仰ぐ。
 だが、もちろん。
 当たり前のことだが。
 分かりきっていたことだが。
 やはりこの世は思い通りにはいかない。

──希望は絶望に

──期待は裏切られ

──願いは叶わない











 その宝具は元は``紅世の徒``であったという。
 自由奔放なその``紅世の徒``はある人間にとある感情を抱いていたとか。
 その感情はとても人間らしく、そしてそれは``紅世の徒``らしくもあった。
 それは決して叶わぬ願いではなく、可能であればその感情はお互いに一緒に持ち続けることが出来ただろう。
 なにせその``紅世の徒``にはそれだけの自由になる力があったのだから。
 だが、その力は決して有益に働くとは限らなかったのである。
 ``紅世の徒``は恋する少女だった。
 しかし、その恋は実らずに。
 自由になる翼を持っていた少女はやがて翼をもがれ、地に鎖をつけられる。
 翼をもがれた少女──``紅世の徒````螺旋の風琴``リャナンシーは宝具『小夜啼鳥(ナハティガル)』と名付けられる。
 少女は『それ』へとなる。
 それを手に入れ、力を注いだものは``自在法``を自由に操り、叶わぬ願いなどないのだという。
 それを欲するものは多く、そこに再び争いが起きる。

 ここに『大戦』の最終幕が始まる。

第十話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「分の悪い賭けじゃない分だけマシというものなのかしらね」

 ゾフィーは今も戦場となっている草原を遠く見つめる。
 そこには『嵐』が吹き荒れていて、とある自在法──空権を勝ちとりフレイムヘイズの妨害となっていた『五月蠅る風』を完全に封じている。
 これにより予定していたよりも行軍と統率が行き渡り、なんとか大群にも耐えている状況である。
 そこには青い球体が生まれていて、外界との接触を完全に防いでいる。
 巨大な王を何体も包みこみ、実質上機能させていない。
 先手大将である``巌凱``ウルリクムミと``焚塵の関``ソカルを包みこみ、さらに中軍首将``天凍の倶``ニヌルタまでをも押さえ込んでいる。
 ゾフィーからすればよくやってくれるわねと高い評価をするところである。それで持ちこたえれればなお良しで、無理でも現段階でも十分に時間稼ぎとしての役割は担っている。

「楽観視はいけませぬぞ。敵はついに``九垓天秤``までもが出陣してきたのですからな」
「どれくらい持ってくれるか。場合のよっては私の出陣も仕方ないわね」
「総大将自らというのは些か冒険しすぎですぞ」
「そうは言っても、あのカーンがこの状況で我慢できるかしら」

 敵の指揮系統は大将である巨大な王らが抑えこまれ、伝令が伝達出来ていないために完全にバラバラと化していた。
 一刻の混乱に過ぎないことは、重々に承知しているものの、これ以上にないチャンスではあった。
 ゾフィーは予想より早まった最終決戦をどちらかといえば、フレイムヘイズが有利であるとさえ考えている。
 それでも確率は六割程度と睨んでいる。今までの賭けの中では最もマシな賭けだった。

(あとはあの二人が成功してくれることを祈るばかりね。ただあのじゃじゃ馬は何をしでかすか分からないから、安心はできないわね)

 フレイムヘイズ兵団においては最終兵器とも言える、当代最強のフレイムヘイズの名をほしいままにしている『炎髪灼眼の討ち手』、そしてその傍らに立つ『万条の仕手』の二人。
 ゾフィーのこの二人への期待は大きい。信頼も大きい。
 だが、総大将としてはそれだけに頼るわけにはいかない。ただ頼れるだけの味方でもない。
 それにこれは絶対に負けられない戦いであり、必ず勝たなければいけない戦いなのだ。

「時期尚早だったかしら?」
「それこそ今更どうしようもないこと。後は皆で掴みとるしか道は残されていないのですからな」
「皆で、ね」

 この瞬間にも数多のフレイムヘイズが``紅世の徒``を討っては、殺されている。終わらないように思えたこの戦いもついに最終局面。こっからさきどうなるかを握っているのはやはりあの二人。
 だけではなく、

「あの子も死ななければいいけど」
「ふむ、それこそ心配無用というものですぞ、ゾフィー・サバリッシュ君」

 見た限り、あれはこんなところで死ぬようなタマではないですぞ。
 タケミカヅチの最大限の称賛だった。




◆  ◆  ◆




──本作戦はこれより先陣に出てきた``九垓天秤``の時間稼ぎを目的とします。``不朽の逃げ手``の自在法『嵐の夜』を中心とした足止めをお願いします。
 遠話の自在法より聞こえてきたのはゾフィーの作戦司令。
 偶然見つけてしまった宝具『小夜啼鳥』の争奪戦のまっ最中に飛んできた指令でもあった。
 単騎での戦いは困難を極め、言われるまでもなく逃げの手を失った瞬間には『嵐の夜』を発動させていた。見破られかけているとは言え、使わなければ死ぬという状況では、使わないわけにもいかなかった。

「て、敵多すぎ!」
「本当、不運だよねーモウカ。運命の女神様とやらに嫌われてるんじゃない?」
「の、呑気に話しをしてる暇なんかッ!」
「そこかあああ。この面倒極まりない自在法の自在師はあああ」
「ひぃっ! あんな巨体とやってられるか、逃げるよ!」
「あいあいさ。ん、後方向より援軍、かな?」
「味方!?」

 この突出は自分が力を手に入れたいばかりにつついてしまった蛇だった。その為、モウカからすればこの状況になった事自体が全て自分の責任であり、自分一人で切り抜けなければならない戦況だと思っていただ。それだけに、援軍の気配というのは心強い、と共に、

(もしかして、かなり厄介な宝具を引き当ててしまったとか?)

 モウカからすればこそ泥沼気分の宝具争奪戦。
 強い``宝具``は、強い意味の持つ宝具は大抵は所有者がいる。使えれば使える宝具ほど所有者が強いというのも理にかなっていること、当然ながらモウカはそれは計算内だった。
 同時に、初見ならこの『嵐の夜』を見破られない自信が、この大戦中に出来ており、自在法をフル活用して盗賊まがいのことをしようと思っていたのだ。
 成功率が低いのは重々承知。だが、強力な宝具を手に入れた時のメリットと生存率の上昇は諦められるようなものではなく、普段の逃げ腰を無理矢理に戦場へと向けたのだ。
 リスクはあったが、それほど大きなものではないはずという心算であったのに、いつのまにやら自分を中心として騒動が生まれていることに気付いた。
 なんでいつも俺ばっかりこんな目に! とは思わずにはいられない。
 
「つまりこの自在法の自在師は貴方ですね!」
「違う! 人違いだ!」

 ``紅世の王``に接近しすぎていて、居場所がバレてしまったが、すぐに離脱を計ったおかげで攻撃を食らう前に再び姿を眩ませる。
 かなり警戒をしているのだが、それでも敵の数が多いからなのか、見破られかけているのかは判断ができなかったが、先程から何度も危うい場面に遭遇してしまう。その上、遭遇した相手がモウカの見たことがないようなほどの大きな存在の力がある相手。
 不運もここに極まっていた。
 モウカもこう何度も危険な目に遭うとそろそろ逃げ出したい気持ちが心の許容量を突き抜けそうだった。
 そんな時だからこそ、走馬灯のように過去のことに浸りかける。
 あの頃は良かったなとか、今度生まれ変わるならもっと平和な世界がとか。

(せめて、水の中にいた頃なら……)

 陸はこんなにも危険に満ち溢れている。
 水の中にいた時は、``紅世の徒``に遭うことこそあまりなく、自身の鍛錬ばかりに主を置けたあの時代が懐かしい。あの時は、適度なスリリングがあった方がいいなんて馬鹿な考えをしたが、今なら自信を持って言える。
 緊張感なんていらない。
 人生つまらなくていいじゃないか。
 平凡? 最高だね。
 フレイムヘイズの使命? クソッタレ、俺は死にたくないんだよ。
 胸をはって言えるだろう。
 そんな馬鹿な事を考えていた。

「なら水の中にすればいいんじゃない?」
「え?」

 だから、ウェルパの思いがけない提案にモウカは戦場に似つかない間抜けな声を上げてしまった。
 いやいや、そんな単純に言わないでよ。
言葉にしなくてもそんな表情を作っていた。驚愕のあまり目が丸くなり、先程までの警戒心すらもどこか消え去っている。
 ここが戦場だというのに。

「そこかあああ」
「そこには誰もいませんよッ!」

 大降りの攻撃を紙一重でかわす。モウカの姿がしっかりと認識が出来ていないため甘い攻撃だったが、一撃が必殺の攻撃。当たるわけにはいかない。
 敵の大きな声と攻撃によってかろうじて緊張感を取り戻す。

「ウェル! そんな簡単に言うけどさ」
「自在法。何も難しいことを言ってるわけじゃないんだよ」
「でもさ。この自在法を編み出すのだって一体どれだけの時間がかかったと思ってるのさ」

 人間の感覚で言えば、一生分は費やすほどの時間。
 フレイムヘイズだからこそ、諦めずに根気よく作ることの出来た自在法。
 一から考えた完全オリジナル。
 攻撃のためではなく防御でもなく、逃げるためだけの自在法『嵐の夜』。完成するにはイメージにイメージを重ね、実験に実験を繰り返した努力の賜物。
 自在法一つを作るのに、どれほど大変なことかをモウカは身を持って知っている。それだけに、ウェルパの簡単に言った発言は少し腹が立った。

「『嵐の夜』は特別だよ。これは確実にモウカの実力を現す物。でも、モウカが使える自在法ってそれだけじゃないでしょ? 例えば『色沈み』は青(海や川)という空間の中を自由に動き回れる。それを考えればさ……ほら、ここを水場に変えればモウカの天下じゃない?」
「天下って俺にはもっとも縁の遠いものだよ。柄じゃない」
「柄じゃないとか! 無理だとか! 出来ないだとか! 難しいだとか!」

 急にウェルパが大きな声を上げた。
 今まで聞いたほどがないほど荒々しい声。いつもの優しく子どもを諭すような声じゃない。言っても言うことを聞かない子どもを叱るような声だった。
 突然のその声に、モウカは身体を今度こそ完全に硬直させた。
 先程までとは違う緊張感を感じ始めた。

「フレイムヘイズってさ、可能性の塊みたいなものなんだよ。私たち``紅世の王``を身に無理矢理宿してさ、ありえない力を使ってる。面白いと思わない? だって元は自分の力じゃないのをさも自分の力のように扱ってるのがさ。ありえないよね、普通なら」

 説教かと思って、身構えていたモウカが少し体の緊張を解く。
 説教ではないらしい。

「私はね、フレイムヘイズの使命だとかどうでもいいの。人間が復讐に燃えている姿も面白いとは思うけど、正直そんな人種多すぎて、普通の範疇。私は面白いことが出来ればいいの。楽しいことが体験出来ればいいの。それなら、フレイムヘイズじゃなくて``紅世の王``として顕現しろって思うでしょ?」

 モウカは頷いて見せる。
 自由奔放に生きて行くだけなら``紅世の王``では十分じゃないかと。当然の疑問をいだいた。

「しようと思ってたの。本当にもう顕現までもう少しというところだったの。でもね、そんな時に面白いのを見つけたのさ。モウカ、貴方をね」

 だって面白すぎでしょ。死んだのに新たな生に生まれて、それも未来から来たなんて。なのに再び受けた命もすぐに消えそうになるし。
 優しい笑みを零しながら言った。

「だから思ったのよ。ああ、この人とならきっと楽しいことたくさんあるんだろうなって。それが私の契約の理由。話したこと無かったよね?」
「ない」
「うん、私としてはモウカの可能性に賭けてるの。面白味という可能性にね。だから、こんなところで終わりだなんてちょっとつまらないかな」
「理不尽だね」
「この世なんてそんなモンでしょ」
「自己中心的だ。巻き込まれる方の気持ちを考えて欲しいよ」
「``紅世の王``なんてそんなモンだよ。ほら、今日の敵だって結局は自分のためでしょ?」
「本当に、どいつもこいつも俺は平和に行きたいのに争いに巻き込みやがって」
「アハハ、私は楽しいよ」
「ふざけてるな。ああ、ふざけてるよ」
「ならさ」
「分かってる。こんなふざけたお遊びに付き合ってられない。とっとと逃げて、平和にしがみつくぞ!」
「了解!」

 組み上げるのは自在式。
 目的は自分に都合のいい世界を作ること。
 海色の炎が燃え上がり起こる事象は自在法。

「──青い世界」

 海色の炎が一つの球体を作り、この場の全てを巻き込んだ。
 自己中心的な``紅世の徒``も、理不尽なこの戦場も。





◆  ◆  ◆





 あくまでもフレイムヘイズ兵団の勝利条件は``棺の織手``の討滅であることは変わらない。これさえ出来れば、あとはどうにでも出来るというのが総大将のゾフィーを始めとする、フレイムヘイズ兵団の総意だ。
 ``九垓天秤``の討滅はおまけであって、主ではないのだ。彼らは目標の邪魔となる壁なので排除できるに越したことはないが、それをせずとも倒せるのなら、それで十分な戦果といえよう。
 ならば、ゾフィーの考える作戦は最終的には``棺の織手``の討滅という言葉が付く。今回もその例に漏れない。
 だが、この作戦は全面戦争と言う割には、お互いに全戦力を注いでいない。一度として。
 ``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``はその将たる``九垓天秤``を。フレイムヘイズ兵団はその秘策たる二人のフレイムヘイズを。その互いの全ての力ではぶつかり合っていない。
 ぶつかり合ってしまえば、戦いは完全に方向の見えぬものとなり、運任せとも言える戦いに成り下がることが眼に見えている。決着がつかず双方に大きな傷跡を、もしくは一歩的な傷跡を残すことが予期されるため、牽制しあい、避けてきた。
 これが圧倒的に有利に立っているはずの``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``が攻め込めない理由でもあった。せめて、あの化け物の二人のフレイムヘイズと総大将さえいなければという思いだ。
 一方で、ずっと不利な状況下でありながらも、ようやく勝機が見えてきたフレイムヘイズ団の今の勢いはすごかった。
 先の戦いで相手に『都喰らい』こそされてしまったが、戦いでは先陣で猛る二騎のフレイムヘイズの雌雄を見せられれば、奮い立たないはずがなかった。
 ただの人間であれば、自分の才能と彼女らの才能を比べ『ああ、なんと自分は低いのだろうか』と嘆くこともあったかもしれないが、彼らはフレイムヘイズ。この世の超越者にして真に不可能などはない存在だ。
 フレイムヘイズはそれを誇示しているし、やってやれない訳がないと信じている。
 だからこそ成り立つ。
 ゾフィーが考え、最強のフレイムヘイズが実行するこの作戦が。
 表では、一つの宝具の取り合いという今正しく眼の前で行われている戦い。しかし、これに勝つ必要はない。そこには敵総大将がいないのだから、あくまで大きな戦いの一幕にすぎない。
 その一つの宝具というのがとても重要。後の長期戦を見るなら相手に奪われるのはあまりにも痛手ではあるが、もう一つの水面下の戦いが上手くいけば全くもって問題はない。
 水面下の戦い。
 それこそがこのあまりにも長すぎた戦いの幕下ろし、最終決戦である。

「勝率は六割。目の前の戦闘の長引きによってはもっとあがるかしら」
「何も、高く望めばいいというものではないですぞ。最終的にそれをもぎ取るのは」

 タケミカヅチの言葉を遮ってハッキリと強く言う。

「私たちフレイムヘイズ。勝てれば官軍、でしょ」
「勝てればではなく、必ず官軍に、ですぞ」

 場違いにも和やかな雰囲気になったが、それもほんの一瞬のみ、すぐにばたつかせた足音共に、喧騒が舞い戻ってくる。
 足跡の正体は遠話の自在師からの報告を聞き、総大将のゾフィーに伝令をしに来たドゥニだった。

「カール殿は何とか“焚塵の関”を討ち取ったようですが、その後あえなく残りの二対の``九垓天秤``が相手になり敗れてしまったようです」
「……そう、で、軍の指揮は?」

 カールが自分の力に自身を持っていて、先行しがちなのをゾフィーは分かっていた。けれども、彼の実力からすると下に付けるという訳にはいかず、一軍の将として指揮を頼んでいた。事実、巨大な王の一人であるソカルを討ち取ることには成功しているようだったが、その後に将が倒れてしまっては兵団の士気に関わる。
 ただでさえ、今回の大戦で多くの実力のあるフレイムヘイズが死に、この戦いを契機に大量のフレイムヘイズが生まれたが、誰もがひよっこ。
 誰かが指揮しなければ軍が持たない。

「現在、自在法を展開させて``九垓天秤``と互角に渡り合っていると思われる『不朽の逃げ手』のモウカ殿になんとか」
「厳しいわね」
「将来有望とて、彼もまだ若造。一軍の将はあまりにも荷が重いですな」
「やはり場合によっては私たちも参じることを考えないといけないかしらね。あの子に期待を込めて任せたいという気持ちはあるのだけど」
「どちらにしろ、今動くわけにはいきませぬぞ。これから戦は転換と終局を迎える。その時に大将がいなくては」
「分かってますよ。でも、本当にあの子は不運よね」

 生まれてくる時代が違えば、もっと確実に名を広められたでしょうに。
 言葉にはならなかった。

「で、伝令! 例の``宝具``が奪われてしまった模様!」
「あらま、どうしようかしら
「ふむ、場は終局ですぞ。もはや猶予はなるまい」
「なら」
「ゾフィー・サバリッシュ君」
「全軍に通達。これをもって全軍進軍、最終決戦と定めます。あと、例の``宝具``に関してなんとか別働隊の二人に伝えてください。これで、勝てればようやくこの長い戦いも終わりですね」

 ようやく見えた、戦いの終わりの兆しだった。





◆  ◆  ◆





 
「み、水の中だぁあ!?」
「まるで海の中、いや川の中のようだ!?
「身体が自由にならない。水の中ってこんなに動きにくかったか!?」


 青い世界の中では怒声が最初は鳴り響いていた。
 何が起きた分からず右往左往するのは、何も``紅世の徒``だけでなく、フレイムヘイズも困惑を隠せなかった。一部は、息ができないと苦しみだしたが、気付けば普通に呼吸ができるようになっていた。
 何が起きたか分からない。
 誰もがそう思っていたとき、唯一というより、誰よりも先に動き出す影が見えた。
 影はフレイムヘイズ兵団の先頭に立ち、暗く真っ青な世界なはずなのによく見えた指は前方を指した。
 聞こえるはずのない声が聞こえた。

 (俺の代わりに)『ススメ』

 と。
 それだけで皆が理解した。
 誰もが我先にと一歩を踏み出す中、先に二歩も三歩も脚を出すものがいた。

「先手必勝! この俺``極光の射手``カールが貰ったぁぁああ!」

 それは同時号令となった。
 水の中で未だに``紅世の徒``には戸惑いを覚える中、遅れながらも先に攻撃を仕掛けられたのはフレイムヘイズ兵団だった。
 水の中だというのに嵐の日の海がごとく吹き荒れ、神速の攻撃が``紅世の徒``を襲った。
 ``紅世の徒``が青い世界から解放されたときは、すでに勝敗は決していた。
 ``炎髪灼眼の討ち手``の『天破壌砕』による``棺の織手``の討滅と``九垓天秤``の壊滅により、この長きに渡り、失うものの多かった戦いはフレイムヘイズ兵団の勝利という形で幕を閉じた。





「お、終わったーーーーっ!」

 青い世界から解放されたとき、この声が神聖ローマ帝国中に響いたという……

閑話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「それにしても、予想以上に早く片付いてしまったね」

 あらゆるフレイムヘイズに全く存在を察知させずに、常として星空にあり続けるのは『星黎殿』。ここは``紅世の徒``の集う巨大組織の一つ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の人には知られざる本拠地である。
 この本拠地の、とある変人の部屋の前で三つ眼の妙齢の美女がただ一人佇んでいた。
 彼女の名は``逆理の裁者``ベルペオル。この``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の大幹部、『三柱臣(トリニティ)』の一角である。彼女は三つ目を使い、ありとあらゆるものを見極め、``仮装舞踏会(バル・マスケ)``内においては軍師の役割を担っていた。
 その彼女が先んじて考えていたのが、つい先日ばかり起きた『大戦』のことだった。
 十六世紀末。勝者はフレイムヘイズ。
 本来であれば巨大な力を持つ``紅世の徒``である``紅世の王``のベルペオルは、同朋の負けに怒りなり、悲しみなりを思う必要性があるのかもしれないが、そのような念はない。
 むしろ、自分たちが出向く必要がなくなり、皮肉にもフレイムヘイズに感謝しているほどであった。決して口には出さぬところではあったが。
 無論のこと、この感謝すらも彼女にとってはあまり意味のないものである。

「もっとも、長引いたとしても私たちが参戦する必要は義理でしかなかった。大変喜ばしいことにこちらで先に必要だった事実を掴むことが出来たからね。よく捕まえられたと自分ながら褒めてやりたいね」

 あらゆる現象を読む彼女にとってそれは誤算であったが、喜ばしいこととした。
 今も、先ほど出たばかりの部屋からは奇声が飛び交っている。やけに語尾の長い、うざったらしい奇声が。
 ベルペオルはこの声にはいつも二重の意味で悩まされていた。

「まあ、いいさ。あとは巫女が何とかやってくれるだろう」

 何も、いつも自分が相手する必要がない。その気楽さからほぼ全ての責任を巫女へとなすりつけた。別段問題があるわけではない。急遽調べなければならなかった事は既に、ベルペオル自身が彼とお話をした後なのだから。
 その際になんだか色々文句を言われたので、つい必要以上のこともしてしまってはいたが、自業自得だろうと割り切っている。
 ベルペオルは次に思考するべき事柄があるので、変人の話を思考の外へと追いやる。
 考える事自体は先程から、変わらずかの『大戦』のことではあるが、今度は同朋の事ではなく、討滅の道具と忌み嫌うフレイムヘイズの事だった。
 ここ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``では訓令と称し、新しく来た``紅世の徒``達には、色々な教えを施している。
 それはこの世界で生きるための常識的なことであったり、教訓であったりする。
 人を喰った後はトーチを残せ。さすればフレイムヘイズから逃れられん。などの、同朋に無駄な被害者を出さないための所謂、処世術である。
 これは無駄に人に被害を出し、自分たちにその火の粉が降らないようにするための術でもあった。
 ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``はかつてより、訓令を広げることで巨大な組織を維持し続けていた。その行いを見れば、先の『大戦』の``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``の『都喰らい』を含む、数々の行動は``仮装舞踏会(バル・マスケ)``にとっては真逆とも言える暴挙にしか見えない。ベルペオルにとっては愚挙の一言に尽きた。
 数々の同朋も失ったが数々の討滅の道具も消すことが出来た。
 ``紅世の徒``の一人としてはこれは悲しみ、そして喜ぶべきことでなければならないが、真の目的を考えるに素直にそう感じることは出来ない。

「それに懸念事項も増えた」

 これが何よりも面倒だと考えている。ただの苦難であればベルペオルは望むところだと、心を弾ませるものなのだが、噂話では少し理由が違ってくる。

「いやだね、この噂話が誰かの知略某策なら楽しいのに」
「所詮は噂話、その程度ではやはりベルペオル様相手では役不足ですか」
「おや、珍しいね。あんたから話しかけてくるなんて」

 ベルペオルの呟きに反応したのは、蝙蝠のような羽を背中に一対はやし、尻尾が後ろに細く伸び、二本の角があり、角のように尖る耳のある黒髪の男。一見でこの世の者ではないのが分かる容姿だった。
 ベルペオルに媚を売るように低姿勢だが、その紳士な雰囲気からは取り入ろうという気配はなかった。

「フェコルー」
「いえ、私も多少ながら興味がありまして」

 フェコルーと呼ばれた異形の者は、この『星黎殿』を平時から防衛と管理を担当する。実質は現在会話の相手をしている『三柱臣(トリニティ)』の一角のベルペオルの副官で、十分に『三柱臣(トリニティ)』次ぐ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の権力者と言える。
 声色は優しいというよりは弱気に聞こえる。
 当人の姿勢を含め、とてもじゃないが巨大な力を持つ``紅世の徒``の王には見えない。

「いやね。噂話は噂話で実に面白気はあるんだよ。一部の同朋の中じゃ、誰が一番に狩れるかなんて言い出す奴もいるぐらいだ」
「そのようですね」

 フェコルーも興味を多少ながら持っていたので、ある程度のそこらの話は聞いている。初めに聞いたのは約百年前で、当時では嵐と共にやって来て嵐のように去っていく変わり種のフレイムヘイズがいたという程度のものだった。
 今では、その噂がどう飛んだのか、その嵐に巻き込まれればフレイムヘイズに傷を誰としてもつけることは叶わず、かの``九垓天秤``をも退けたという物。
 あまりにも飛躍しすぎている。
 この話自体を信じるものは少ない。フェコルーもベルペオルも信じている訳ではなかった。
 ただ事実として『大戦』の立役者の一人であるということは否定出来ないというのが、両者の見解だった。決定的な違いは、フェコルーは噂の自在法を聞いて自身と何かが重なったのか興味を持ち、ベルペオルはこの噂の行く先を見つめていること。

「これで私たちの大命がブレることでもないし、本当に些細な事ではあるんだけどね」

 憂いは無いが最近のフレイムヘイズにしては、やはり変わっているので注意は必要だろうがとベルペオルは心中で付け加える。

「わざわざ刺客を向けるほどでもないさ。今は、目立つべきでもないしね」
「私見ですが、自在法自体は非常に興味の対象です。話しに聞いたら自在法の名に``嵐``がついてるのが実に」
「ああ、真名かい``嵐蹄``フェコルー」
「なんとなく通じるものがあるかなと。ほんの戯れですが」

 同じ嵐を冠る者として、なんとなく興味があった。さして重要性はないが、長きに渡る生きる道のりには些細な遊び心も、自分の心に余裕をもたらす処世術でもある。退屈は``紅世の徒``をも殺す。
 楽しまなければこの世にわざわざ危険を冒して顕現する必要もない。
 ``紅世の徒``の誰もが、この世界の一つ以上の理由と目的を持ってやってくるのだ。それは、温厚に見えるフェコルーだって同じである。
 目的達成までの道のりと時間は非常に長く、こういった小さな面白味も長く生きている醍醐味の一つでもある。
 小さな話題や噂話も紅茶のシフォンケーキに、ビールのおつまみに、お茶の和菓子となる。
 だからこそ、かの噂話もこうやってベルペオルやフェコルーの耳にも届いた。

「今、対処を決めるようなことでもないね」
「そうですね」

 二人の間に沈黙が訪れた。
 静かな時間で、二人は自分の考えに耽っていると、ベルペオルに一つの疑問が浮かぶ。
 静かなというのが引っかかった。
 フェコルーが訪れる前までは、奇声が目の前の奇っ怪な部屋から常に出ていたはずなのだが、それが全く聞こえない静寂だった。
 問題に気がついたときには、部屋のドアが開き、中から一人の少女が現れた。

「おじさまは行ってしまわれました」

 全身を完全に包みそうな大きなマントを纏い、大きな帽子を被っている少女が、無機質な声で言った。声と同じように無機質で感情の読み取れない表情だった。

「新しい実験が呼んでいるとか」
「はあ……教授は全く、それでは巫女に監視を頼んだ意味が、いや、それは責任転嫁か。そもそも絶対に逃がすべきじゃないなら私が監視するべきだったね」

 深い溜め息はしたものの、さほど失敗とも思っていないかのように明るく言った。

「ま、別にいいさ。一仕事はやってくれたんだしね」

 ベルペオルの顔は一つの目的を達成できたかのように晴れ晴れしたもので、今回に限り教授にお咎めはなかった。

「さて、これから先どうなるか」

 楽しそうな笑みを零し、その鋭い瞳は遥か彼方を見つめていた。
 ``炎髪灼眼の討ち手``はもういない。その相方だった``万条の仕手``も行方不明。
 数多くのフレイムヘイズにとって英雄で、``紅世の徒``にとっては最悪の討滅の道具は先の『大戦』の終と共に命の灯火を消した。
 イレギュラーだって少なくないのだが、ベルペオルはその事象の全てを本当に楽しんでいるようだった。





◆  ◆  ◆





 強大な国が一つ滅びかけようとしていた。
 時代の流れというのにはあまりにも呆気無さ過ぎたが、その国はただでさえ長すぎる歴史を刻んでいた。近年にいたっては、``嵐``が突如と巻き起こったり、いきなり``何も存在しない``場所が領内に現れたりと、散々な目にあっていた。
 崩壊するのは時間の問題となっていた。
 兆候こそ数百年前からあったが、十七世紀から雲行きがさらに怪しくなっていた。そして、十八世紀になると千八百年もの栄華を極めていたローマ帝国はついにその長い歴史を閉ざすこととなる。
 しかし、それよりも少し前。国が倒れるには数多くの理由がある。
 人が倒れてしまえば、国が倒れる。国と人とは運命共同体。
 十七世紀には多くの人々が死に、また生活が困難となった。それの多くの理由は再建を図ろうとした国の重い税金と、重なるようにやってきた長い飢饉の幕開けだった。
 人一人が生きて行くのすらも厳しくなり、とてもじゃないが子供を育てるなんてことが出来る余裕がなくなる。自分の命一つでさえ保つのがやっとなのである。育てるのにも、生むのにも時間もお金もかかる子供なんて面倒が見られるわけがなかった。
 口減らしの始まりである。
 大人は自分たちだけが生きるために、幼い子供を殺したりすることによって、なんとか食を得ていた。
 そんな時であった。噂が流れるようになったのは。

『森に人を捨てると消えてなくなる』
『これは妖精の仕業だ。悪しき心を持つものが消えてなくなる』

 森を探索しれども死骸は見つからず。足跡さえも見つからない。時折、狂ったような声が森から聞こえてくる。
 そんな摩訶不思議なことが起きるようになった。
 それは神隠しなのか、それとも何か人の知れない化け物でも存在しているのだろうか。
 分かっているのは人が消えることだけ。絶対に消えて無くなってくれるので、後腐れなく別れることが出来るので、そこに人を捨てるものが後を絶たなくなったことだ。
 誰の陰謀かも分からないのに、人は無知ゆえにそれをいいように利用した。
 次々に森の中に消えて行く子供。騙されて、森の中へと置き去られた大人もいた。中には、領主に罰として、魔女でないことを証明したくば、森に行き帰ってくるという一種の魔女狩りもあった。
 そして、一人の少女と少年の人生もまた、そんな不条理なものの礎となろうとしていた。

第十一話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 例えば、城下町。
 俺が今までいた二十一世紀とは比べものにならないほど雑とも言える町並みで、綺麗という言葉からは程遠いが、人の温もりはここも変わらない。
 人の形も有り様も、街の形も文化も、何もかもが全てと違う。
 ここは十八世紀初頭で、俺がいた時代とはおよそ三百年もの差がある。これはあまりにも違いすぎる。だが、良く考えてみると、俺がこの世界に来たのが大体十五世紀頃だとすると、すでに二百年以上生きていることになる。
 最低でも、近代まで生きてみようと思ってた俺にとっては折り返し地点はとうに過ぎていたのだ。
 物凄く長かったように感じる。
 特にあの『大戦』がいけなかった。
 俺があんないつ死んでもおかしくない場所にいるというのが、今考えても夢のようにしか感じられないし、夢であって欲しいと何度願ったか。
 願ったけど、どうせ俺の願いを叶えてくれる神様も悪魔もいないのはもう学習しているのでないものねだりはせず、素直に俺は感傷に浸ることにするのだ。
 え、俺、あんな危険な場所にいて、今も生きてるよ? すごくね? と。
 だからと言って、平和が訪れるわけでもなく、俺はこうやって今も戦いの匂いが体中に付着するほどの至近距離に身を置いている。
 ある種、フレイムヘイズの宿命である。
 でも、俺はフレイムヘイズの宿命なんてクソくらえと思ってる。
 俺って``紅世の徒``の中で賞金首でもかけられてるの、と思っていた時期もあった。引っ切り無しに``紅世の徒``が俺を襲ってくるのだ。ようやく戦いが終わり、これで一息という時にだ。何が一息か、一息ってどんな意味だっけと忘れるラッシュで、なんで俺が連戦しなくちゃいけないんだ、と己が運命を呪ったのは当然だ。
 勘弁。戦いとか、死闘とか、死合いとか、本当にやめて。
 おかしいな、俺って誰も討っていないはずなのに。恨まれるような行為したっけ?
 ``紅世の徒``に追われる、本来とは立場が逆転している状況が百年ほど続いた。
 何度も自分の今までの行動を振り返ったものだ。一番振り返ったのは、というよりは記憶に新しいのは、``九垓天秤``とか言われる``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``の幹部の``紅世の王``の三体に追われていたという大戦後に知った事実だ。
 俺は彼らについては知らないが、今もよく覚えているのはたった一人だけで語尾を「おおお」などと伸ばしながら、大降りの攻撃で迫ってくる頭部のない鉄の巨人だった。``巌凱``ウルリクムミというらしい。
 その見た目に違わない破壊力のある攻撃と、身体の大きさにビビって必死で涙目で避けていたので忘れられるわけもなかった。
 彼は先手大将と呼ばれ、ただ一人でフレイムヘイズ兵団の攻撃を受け止めて、殿をするほどの猛者だったという。大きな身体も相まって、さながら鉄の壁だったのではなかろうか。しかも、反撃してくる鉄の壁。その上、戦術にも長けていたらしい。
 ……嫌過ぎる。
 下手に攻撃したり、まともに俺が相手したら、その攻撃力と防御力だけでも危険なのに、知略で簡単に追い詰められてしまうところだった。
 身体が大きいため、水の中で抵抗も激しくなり、攻撃がさらに単調化したのが俺にとって幸運だったのかも知れない。平地で戦ってたら死んでただろうに。
 こんな化物を相手にしていたようなのだ。しかも、こんなのが三体もあの場にいたといえば、そこでの生存率の低さが浮き彫りになるだろう。
 感じたくもない殺気やら、自在法の気配やらを直に見に受けて、それだけで心はズタボロになっていた俺だが、今こうやって生きているのはやはり奇跡なのだろう。ああ、奇跡。最高だね。
 俺は彼らを討滅出来ていない。
 討滅したのは、その後に掃討戦だといい前線に出てきたサバリッシュさんや、仮面をつけて顔の表情が分からないはずなのに悲しそうに感じたヴィルヘルミナさんだった。
 俺がしたのは舞台の設置だけで、他はいつも通りに逃げまわったり、隠れ回ったり、他人のふりをして頂けだ。
 ほら、これだけ聞けば、尻尾を向けて逃げた愚かなフレイムヘイズにしか聞こえない。情けなくてダサいフレイムヘイズを殺そうとする``紅世の王``の目的は一体なんなのか。
 俺には到底理解出来ない。
 理解出来ないことで俺は百年もの月日を逃げるという行為で棒に振ってしまったのだ。
 全くかなわない。
 復讐してやろうかと思ったが、俺程度の実力でどうにかできる``紅世の王``がいるとは思えないので諦めた。
 ならばと、追いかけられる理由について検討したのだが、全く分からず。ウェルに相談したのだが、返ってきた答えは、

『うーん、分からないってことでいいや』

 顔は見えなくてもおそらくにやけながら言ってたに違いない。
 ウェルは分かってますよ雰囲気を出しながらも、面白いから教えなくてもいいやと言った経緯でにやけていたに違いない。長い付き合いなのだ、それぐらいは分かる。だから、こういう時は絶対に教えてくれないことも分かってた。ちくしょーめ。
 結局、解放されたのは最近で、気分転換にと城下町へやって来た。

「ん~~、懐かしい普通の人間の匂いがする!」
「人間に会うのがご無沙汰だもんね」

元は無骨な首飾りだった綺麗な青い球体、神器『エティア』から内に蔵する``紅世の徒``の``王``。``晴嵐の根``ウェパル──ウェルのいつもどこか笑っているような声が聞こえる。
 人目のないところでは、脳天気さが伺えるお調子者の声だ。
 百年の間には、知り合ったフレイムヘイズやら``紅世の徒``やらは居たが、そこには異常者しかいない。普通の人間とは、本当に久しぶりだった。

「誰のせいか、誰の」
「私が追われる理由を教えたところでどうにかなる問題じゃなかったよ。だから、気にしない気にしない」
「そうかも知れないけどさ。ただ追いかけられるのって釈然としないというか、理不尽を感じるというか」
「いいじゃん、生きてんだから」

 なんて脳天気な反応なんだ。
 生きてるからいい? それは結果論であって、死んでいたらそんな事は言えないじゃないか。
 
「でも、ま、いっか」
「その脳天気さこそ、モウカだよ!」
「褒めてないよね」
「褒めてるよ。長い時間を生きるフレイムヘイズが、いちいち何かに気を取られてちゃダメだよ。そんなの身を滅ぶすだけさ。なんて私は思ってる」

 自らの持論を展開し始めた。
 俺にとってはぶっちゃけたらどうでもいいので、軽くウェルの言葉を流しつつ、周囲の街並みを見る。
 俺が元いた年代との比較は、そもそも国が違うのであまりできるものじゃないが、風流があるとは思う。まあ、彼らにしてみれば今のこの石造り、レンガっぽい造りこそが普通なのだが、未来のコンクリートの町並みを普通としている俺には感慨深いものがある。
 出ているお店はさながらキャンプ場で見るテントの簡略版みたいなイメージだったが、意外と近代と変わらないかも知れない。日本の古きよき八百屋さんみたいな売り方を彷彿させる。
 実際に『安いよ安いよ』という意味の言葉が聞こえるし。
 自在法『達意の言』を利用することによって言葉の壁がない、というのはこれこそ今さらの話かもしれない。息をするように自然に使えるそれこそ世界共通の常識的な自在法の一つだ。これが使えないフレイムヘイズはどうやってコミュニケーションをとっているのだろうと思う。出来ない奴なんていないとは思うが。
 話す行為には問題はないが、自分が理解できるように翻訳しているだけで、真にその国の言葉を理解している訳ではないので、文字は理解出来ないのが唯一の欠点か。
 この時代では、文字なんて読めなくても苦労はしないからいいけど。
 店に何を売ってるかは店頭で確認すればいいし、この時代にカフェなんて贅沢なものはない。酒屋はあるが、メニューやおしながきという洒落たものがあるわけでないし、そもそもそこは食べる場所ではなく飲む場所だ。『酒をくれ』『肉をくれ』「何か飲み物と酒を』こお三つが言えれば十分なのだ。
 過去に酒屋には一度だけ顔を出したが、何というかとても場違いな雰囲気だった。俺みたいな若造が来る場所じゃないというか、そういう視線を受けた。
 そりゃね、見た目は十代だけど、実年齢は結構なもんなのよ?

(そういえば、俺の実年齢ってどれくらいなんだろう)
(フレイムヘイズは年齢を気にしないよ)

 人通りが多いため、二人だけでの意思疎通に切り替える。
 普通に話していたら、謎の腹話術をする危険人物に見られかねない。

(俺はフレイムヘイズとしてズレてるから気にするの。とりあえず二百年は過ぎてるんだよな。実感湧かないけど)
(時間間隔が常人だとおかしくなるからね。そこら辺もフレイムヘイズが時間を気にしない理由なんじゃない)
(自己防衛みたいなものなのか。それはさておき、年齢の計算を……あ!)
(どうしたの?)
「自分の誕生日って何時だっけ……」

 思わず声に出してしまった。
 あれ、これってボケですか、と自分に突っ込む余裕など無く、本当にからっきし忘れてしまっていた。人間は必要のない情報から切り捨てていくと言うが、実際には脳の奥底に封印されるだけなので、何かのきっかけがあれば思い出すことが出来ると思うが、自分の誕生日を忘れてしまうというこの現実が、心に痛い。
 他人の誕生日を忘れるなんてことは常日頃。日常茶飯事で、「ええ、お前の誕生日今日だったの!?」なんて会話には平和を感じさせてくれる。だがまさか、自分のことすら忘れてしまう日がくるなんて夢にも思わなかった。
 衝撃は大きい。
 これがとどまることのない月日の影響だというのか。
 俺は思わず膝をついて、悲劇のポーズを取りかけた。

(え、何、そんなにショックだったの!?)
(……うん)

 落ち込みを隠さず、しゅんとした声で俺は答えた。

(分かんないな。モウカって本当によく分からない。でも、そこが面白い)
(ウェルはあれ、ミステリアスな子に惚れるタイプ?)
(ミステリアス? 別に惚れるわけじゃないんだけど、そういうのは好みだよね。でも、モウカはミステリアスとは違う)

 まっ、私にとって娯楽みたいなもんさ、と小気味良く答え、されどこの答えはウェルが俺のことを娯楽だと暗に直喩していた。
 いいけどね、別に。今更な感じがあるし、この俺の人生って言わば暇つぶしみたいなものだって言ってたからね。その暇つぶしのおかげで生きながらえている俺は別に怒らないさ。ああ、怒らない。
 俺だって人生は道楽のように生きたいんだ。共感だってしてやる。
 だけど、紛争に巻き込まれたり、命狙われたりされるのは俺の思っている道楽とは違うんだ。そういったモノに興奮を覚えるような奴は変態とかドMな方々だろう。なんで、``紅世の徒``と出会って狩りだと言いながらハッスルできるのか。不思議で仕方ない。
 俺は逃げるのに必死だというのに。

(それで、何で今更年齢なんて気にしたの?)
(え、ああ、それはね。酒場に言ったときにこの若造が、という視線が気になって、実年齢はすごいんだぞという事を考えてたから)
(その考えに至るまでがすごく気になる……)
(別にいいじゃないか。気にすることはない。それよりもせっかく街に来たんだから、何かしなくちゃね!)
(子供みたいな楽しそうにしちゃって)

 だから若造だと言われるんだよ、なんてウェルが呟く。
 確かにそれも原因なのかもしれないけど、もういいじゃないかその話題は。じじいなんて言われるよりはマシなのだから。
 そんな事よりも、日常を満喫しなくちゃ。
 フレイムヘイズになってから初めてではなくて、この時代にトリップしてから初めての安心出来る日常だ。
 今まではその日を生きるだけで必死で、ようやくある程度生きれる力が付いてきたと思ったら『大戦』に巻き込まれて、それも抜けたかと思えば、俺を狙って襲ってくる``紅世の徒``達から逃げる日々だ。平和なんて言葉が宇宙の果てよりも遠く感じた毎日。
 肌に感じるのは常に敵意と殺気で、安全を確保なんて絵空事だったのも昔の話。
 今はこんなふうに呑気に無防備にも城下町を歩き放題。
 自在法を展開する必要もなく、常に周りを警戒する必要もないので、気軽に気楽でいることができる、マイライフ。非日常から抜けだしたら、そこには素晴らしい日常が存在していて、いつまでもこんな日々が続いたらいいなと思える現実があるのだ。
 喜ばないはずがない。
 楽しくない訳がない。
 待ちに待った俺の平凡な日々がようやく始まったのだ、と思いたい。

(それでも、武器の前に自然と足が運ぶと)
(ほ、ほらだってさ! 俺っていつも手ぶらじゃん。手持ち無沙汰じゃん。これがいけないと思うんだよ!)

 逃げてばかりの俺には文字通り武器がない。
 戦うという選択肢を選ばない俺には、武器なんて必要がないのかも知れないのだが、それでももしもという時がある。この間の戦いがどう考えても、そのもしもの時だったが、やはり俺は最悪の場合は素手で戦っていた。いや、正確には殴るふりをして逃げてただけだが。
 俺が実際に戦うという、とてもじゃないが想定したくないシチュエーションだが、考えておくに武器は無いよりはあったほうがいいとは思うのだ。
 素手で脅すよりも、武器を持って脅したほうが効果的かもしれないし。
 俺には武器を扱う才能はないのは、既に検討済みなため、武器を持って振り回すということは余程のことがない限り無いが、やはり無いよりはあったほうがいい。
 武器を存在の力で形造るという手もあるのだが、俺はどうもイメージ力が足りないのか、はたまた適性がないのか形を留めることが出来ない。
 防具は青い色に溶け込むために、青いローブを顕現させて身体のほぼ全身を覆い隠し、それを防具としての効果も持たしているので、必要はないので防具を買う必要はない。
 お金は貰った分しか無いのだ。
 いや、悪いのはあいつらなんだよ?
 多分、盗賊の類だと思うのだけど、俺が子供の容姿で、何も武器を持ってないからって油断して襲ってきたのだから返り討ちにしただけ。ただでさえ、``紅世の徒``に終始追われていて苛立ってた俺の睡眠時間さえも奪ってくる奴らに、温厚な、非暴力を訴えている俺にだって容赦は出来なかっただけの話だ。
 何も持ってないのに、なんで襲ってきたのだろうという疑問はあったのだが、身なりだけは綺麗だったので、どこぞの坊ちゃんが家出したもんかと思ったらしい。
 青いローブを着て家出する坊ちゃんが存在するなんて考える盗賊は馬鹿だね。
 そんな訳で、彼らが笑顔で渡してくれたお金を元手に、ストレス解放がてらこの街でお買い物に来たのだ。ようやく追跡者も減ったから、一般市民を巻き込む可能性も減ったしね。
 まずは街をぐるりと一周を見て回り、観光をした後、今来ている出店が並ぶ場所で、お買い物をした。
 なんというか、いたいけな少女がお兄さん買ってってとか涙目で言われてつい甘くもない果物を買ってしまった。簡単に詐欺に引っかかりそうだよね、とはウェルの一言。
 うるさいよ。しょうがないじゃないか。フレイムヘイズになってからまともに普通の人間としゃべる機会はほとんどなく、ボロボロの服を着た少女の頼みときたら断れるはずがない。
 断ったら俺の中の良心が傷つくのは眼に見えているし。必要な出費だったんだと思いたい。せめて、美味しい果物だったら、こう少し後腐れが残るような結果にならなかったと思うんだけどな。品種改良の出来ない時代じゃそれも仕方のないことなのかもしれないが。
 酸っぱいりんごっぽい果物をかじっては、顔をしぼめつつも辿り着いたのは一軒の鍛冶屋。
 この街には武器屋もあるが、そこはどちらかというと騎士専用。ようするに軍御用達のお店で、俺のような無力な市民には変えないような値段だけでなく、売ってくれさえくれない。
 まあ一般市民に安易に力を与えないようにするための対処の一つなのかも知れないが、売ってくれないのであれば話にならないので、たまたまほっつき歩いていたら見つけた鍛冶屋へと足を運んだのだ。
 ぶっきらぼうに店の入口には、武器が置いてあるだけ。斧とサーベルだろうか。俺には判断がつかないので適当に剣とする。
 出店ではないので、入り口のドアからお店の中へと入る。店の中はねっとりとした肌に粘り着くような暑さが充満していた。工房と思われる二つの釜が原因だろう。二つも工房が必要なのか、と疑問に思うのだが、片やには職人と思われる男が釜と向き合っているが、方や年端もない少女が似合わない釜と向き合っていた。
 釜二つにも驚かされたが、何だこの光景はと感想を持ちちつつも、職人兼店主である主人に勇気を出して話をかけてみた。

「あ、あのー、すみません」

 若干及び腰なのは、主人の体格もさることながら、入店したときに一瞥してきた眼光がかなり鋭く、少し怖かったからだ。あの目は普通じゃない、明らかに歴戦の猛者の眼だった。
 しかし、一瞬だけ目を合わせただけで、その後は完全に無視されている。
 今も話しかけたにも関わらず無視されている。
 ひどくない、ねえひどくない。
 でも、口に出す勇気はなく、ジッと俺はその場で突っ立ってることしかできなかった。職業体験に来たわけでもないのに、漠然と刀を打ったり鉄を流し込む作業を見つめるばかりである。
 ウェルも俺にしか聞こえない声にならない声で、なんだか無愛想だよとぶーたれている。
 どうしたものかと俺が途方に暮れていたとき、ようやくこちらに店主が向き一言放った。

「俺は強者にしか、俺の刀は使わせない」

 フレイムヘイズだって射殺せるんじゃないかと思えるぐらいの気迫を交えてそう言った。
 気の弱い俺は腰を砕けないようにするのが精一杯で、逃げるようにそのお店を後にした。
 
「こ、怖かった」

 店から距離を取り足を止めて呟いた後、俺の服を引っ張る感触があった。
 引っ張られた背後に振り返ると、そこにいたのは元からそういう色合いなのかは分からないが、焦げた金色のような腰にかかるほどは長くない程度の髪を持ち、こちらもまるで焼け焦げたようである意味淫らな服装になっている一人の少女。
 真っ直ぐに俺の瞳を見つめるのは青い瞳。淡々と見つめ、そして淡々と一言、

「よかったら、これ」

 差し出されたのは出来のあまり良いとは素人の俺から見ても言えない一本の刀。

「使って」

 この刀と少女からは厄介ごとの匂いがするのは気のせいだろうか。面倒事がネギではなく刀背負ってやって来たみたいな。

(これは……楽しくなってきた!)

 んなわけないじゃないか、全く。

第十二話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 厄介ごとは遠ざける。
 危険なこととは縁を切る。
 これは当然のことながら長く生きるためのコツのようなものだ。人間の頃の長寿なら、栄養に気をつけて、運動をして、健康体に保つ、なんていう回答になるのだろうが。フレイムヘイズだって、調子の良い悪いこそあれど、そこまで気にすることではない。
 身体を清潔に保つのなら、『清めの炎』があればいいし。食べ物に関しても寄生虫や毒があっても、こちらも同じく体内に入った異物なら『清めの炎』で何とか出来てしまう。
 自在法の便利さはここに極まると言った感じだが、個人によって扱えるものは千差万別なのは言うまでもなく。『清めの炎』や『達意の言』、『炎弾』などの広く知られていて、誰にでも簡単に扱える初歩の自在法を除いたら後は個々の特殊なものになる。
 本人以外には扱えない自在法だ。長く生き残るための生命線とも言える。勿論、それは俺にも言えることで、俺も基本的には『嵐の夜』を主軸とした、逃げの自在法が俺の身も心も支えてくれている。
 さて、ここで問題があるのだが、厄介ごとというのは自在法で逃げられるものなのか。
 厄介ごとが目に見えて襲ってきたのであれば、それに対して俺も対処の仕様というのがあるのかもしれないが、そんなモノが見えるはずがない。頼れるのは第六感のみ。
 あ、危ないかも。と思った時が厄介ごとであり、危機である。
 しかし、思ったときには既に遅く、

「驚いたでしょ。いつもあんなんなんです、わたしの父は」

 厄介ごとに巻き込まれた後である。
 うわ、俺の第六感って使えない。でも、こういうのは経験で補えるようなものだと俺は信じているので、数百年後も生き残っていたら、きっと『これは!?』という緊急回避が出来るようになれると信じたい。

(ねえ、ねえ、モウカ)
(なんだよ。俺は今激しく後悔してるんだ。ちょっとくらい格好つけてみようかなと武器など買おうと思わず、大人しく露店のみをのんびりと眺めて幸せに浸っていればよかったんだって)
(すっごく面白そうな気がするよ!)
(無視かよ)

 ウェルは好奇心旺盛な子どもみたいなものだ。
 楽しいからという理由で、いつか俺を裏切る日も遠くないと感じることも度々あるのだが、案外誠実さもあるので、見切りがつけられない。まあ、裏切られる可能性があるからって俺から裏切るなんてことが出来るはずもなく、俺とウェルは運命共同体な上、本当の危機にはウェルもアドバイスをくれるので、今、こうやって彼女が楽しんでいるのはある意味まだ大丈夫だという証明かもしれない。
 単に、面白くて前後不覚になっている可能性もあるのかもしれないが。
 未来のことを心配しすぎても仕方ない。
 どうせ、俺がどんなに警戒したって巻き込まれるときは巻き込まれるのだし、ここは諦めて少女の話を聴くのがいいのかもしれない。時代の流れに身を任せる、という風に。
 俺は今、この現代の公園の成り損ないのようなただスペースが広がっているだけの大広場に腰を下ろして武器屋の少女のお話を聞かされている。
 どうしてこうなってかというと、刀をあげると言われ、さすがにただというのは悪い気がしたので、お金を払うといったら、こんな鈍らにはお金を払う価値なんてとか言い出したので、せめてじゃあご飯だけでもと俺の親切心でこうなった。
 食べ物を買ってはいさよならの予定だったんだけどね。
 いくつか気になることがあったから、話をすることになった。
 それは俺が何気なく振った、そういえばお母さんは? という質問に対して少女が答えた『あ、嵐が』の一言だ。
 こんな時だけ働く第六感が俺に告げた。
 もしや、それは俺のせいではないかと。
 だから、この話は免罪符のつもりでもある。罪悪感はすでに薄い。人害に関して言えば、俺の自在法は確かにたくさん出るだろう。人がいるところで使えば死者だって出てもおかしく無い。だが、それに構っている余裕が俺にもない。
 自分勝手だ。
 俺が生きたいから他を犠牲にするなど、自分勝手以外の何ものでもないと言える。
 だから、せめてもの自己満足として、この少女の話を聴くことにした。

「刀を打つことにしか頭がいかないんですよ」
「職人だね、と褒めるところ?」
「ふふ、そう言ってもらえるとわたしとしても気が楽です。わたしもそんな父を尊敬してますから」

 てっきり構ってくれない父親に対する愚痴のお話かと思ったら、本人も父親を尊敬しているらしい。俺も見た限りじゃ、刀を恋人にしているという点を除けば、尊敬できるところは多々ありそうだとは思う。ああいう職人肌の男はモテるとも思うしね。羨ましいことだ。
 しかし、あのような人物はどうやって結婚したのだろうか。今でこそはあんなんだが、昔はもっとアグレッシブだったとかなのかな。

「父は、母が死ぬ前まではあそこまでではなかったんですよ」
「そう、だったのか。なんだかごめん」
「いえ、もうわたしも母の死も父のあの状態も全て受け入れてますから、気にせず」

 強いな、と思う。

「そういう意味じゃないんだけどな」
「え?」
「いや、気にしないでくれ」
(まさか、モウカのせいの可能性があるだなんて言えないもんね)

 言えないことはないとは思う。
 謝罪をするのであれば、全てを明かせばいいだけの話なのだ。
 ただ、その場合にはこの世の本当のことを教える必要があるのだ。それは真に残酷な話でもあり、常人では決して信じられないような夢物語に過ぎない。もしかしたら、この子は強いからありのままに受け止めることが出来るかもしれない。
 だが、こちらの世界に入るのはやはりオススメは出来ない。
 本人が望むならその一端を見せるだけくらいなら、俺は罪滅しのためにも出来るが、こんな生きるか死ぬかの殺伐とした世界に入ることなど、俺だったら絶対に嫌だ。現実は、そんな世界に片足を浸かるところがどっぷりと嵌っているわけだけど。

「騎士だったら、わたしが騎士だったらよかったのに……」

 沈んだ声だった。
 顔にも悲しみを全面に出し、先程まで気弱ながらも笑顔を保っていた顔が崩れた。
 これが彼女の本音なのだろう。彼女は騎士になりたいという感情を、夢を抱いていながらもなれないという現実も冷静に見ているようだ。だからこそ、悲しい顔をした。自分が騎士になることなど決して出来ないから。
 この時代は、男尊女卑のように思われやすいが、意外とそうではないのだ。女性が政権に顔を出せるようになるのは、民主主義が主流になる頃、近代だが、この時代でもないことにはない。
 それは女王の権力であり、女性騎士の存在である。
 女性は強い生き物である、というのはよく知っている。
 戦技無双の姫などと呼ばれる『大戦』の助けてもらった一人のヴィルヘルミナさんもいるし。死んでしまったがヴィルヘルミナさんの共の``炎髪灼眼の討ち手``のマティルダさんはフレイムヘイズとは言え女性騎士の鏡のような存在だった。総大将を務めていたサバリッシュさんだっている。
 フレイムヘイズに限らず、女性騎士団だって実在している。女性が騎士になれないなんてことは可能性が低いが、絶対にありえないわけではないのだ。
 しかし、目の前の少女を見るに、それはほとんど不可能である。
 どこに刀を打てるほどの筋肉があるのか疑いたくなるような、もやしとまでは言わないが女性らしい細い腕は、あまりにも頼りないのだ。騎士になるのなら女でも男に勝てるほどの力は必要だ。力で勝てなくても技量が必要だろう。
 身長だって高くない。
 俺も決して高くない方だが、百七十センチメートル程度しかない俺よりも低く、高く見ても百六十がいいところだ。体格差、リーチという部分においても劣ってしまっている。
 それに、やはりこの時代では平民が騎士になるようなことはまず無い。女性騎士は存在するが、彼女らは由緒正しき家の出だ。この時代の差別といえば、貴族と平民の差で、男女の差別なんかより酷い。まあ、俺たちフレイムヘイズにはそこまで関係はない話ではあるが。

「父が求めているのは強者だけで。自分の剣を振るうに相応しい人物だけにしか今は目がいかないんです。だから、わたしが騎士だったら。強かったらって、そう思ってしまうのです」
「子の心親知らず、って奴か」
「いいえ、理解出来ていないのはわたしの方かもしれないですし」

 健気だねという感想もあるが、この問題。俺が関わる必要ないよね、という思いが沸々と滲み出てくる。
 聞けば聞くほど俺にどうにかできる問題でもなく、一個人の問題のようだ。少女も、そんな父親を考え観るに不遇の待遇を受けているようだが、なんだかんだでやって行けているような感じではある。
 どうやって生活してるんだと聞いたところ、家計は火の車であるという。父親がまともに仕事をせず、ただ刀を作り続けているだけ。お金も尽きており、近年の飢饉で多少の蓄えがあったのだが、それももうそこを尽き始めているのだという。そこでの、この施しはとてもありがたいですと、涙ながらに語ってくれた。
 浮くのは僅かな罪悪感。
 もし、彼女の母親が生きていたらとは考えてしまうと、彼女がこうなってしまったのは自分のせいではないかと思ってしまう。決して要因はそれだけではないはずだろうと思うのにだ。だからつい彼女にお金を少し渡し頑張りなと言ってしまった。
 これも僅かな免罪符だ。
 少女の失ったものからすれば、到底打ち消せるようなものでもないが。それを気にしていたら、フレイムヘイズとしてやっていけなくなる。
 この時の行為の、『どうせ奪ったお金だし』という言葉は聞かなかったことにする。今は、俺のお金だよ。
 フレイムヘイズとして、何かできることといえば、誰かがいつか自在法か何かで、戦いが起きたときに人間に被害が及ばないような物を開発してくれと願うばかりだ。
 願うことしか出来ないけどね。
 俺は俺のことだけで精一杯だ。
 これ以上は何も出来ない。

「なんだ。俺の関われるようなことじゃないね」
「あはは、すみません。本当に個人的はお話で」
「いや、いいよ。どうせ、暇だったし」
(本当にやることないもんね。私もいい加減飽きてきたよ。あーあ、``紅世の徒``に追われてたときは毎日が楽しかったのに)
(俺は楽しくなかったよ)

 充実は、していたかもしれないけど。
 何か一つのことに必死になるということは、人生を謳歌しているとも取れる。なれば、俺が追われていた時期もそれはそれで悪くはない……なんてことはやっぱりないよ。全くない。
 人生一生分を謳歌するのは、俺の人生の目標みたいなものだが、それとこれとは違う。謳歌というのは、あくまで気ままに楽しくであり、泣きながら、逆に笑ってしまうような程、精神的に追い込まれるような生活のことは決して指さないだろう。

「それに、これからすることもないしな」
「そうなのですか?」
「うん、そうなんだよ」

 この時代に来て余裕が生まれたのは初めてだ。
 生きるのに必死だった頃に比べ、周りが見えるようになり、これからのことを考える時間が出来た。俺はフレイムヘイズだ。時間は半永久的にあるので、やりたいことがあれば、全部することだって出来るかもしれない。
 自在法を使えれば、不可能だって可能にできるかもしれない。
 何もやることがないなら、フレイムヘイズとやらの使命に時を費やすのもいいかもしれない、はないな。危険だし。死ぬかもしれないし。
 なにはともあれ、今はするべきことが見つかっていない状態。
 この城下町に来たのだって完全に気の赴くままにというやつだ。これからもそうやって適当に生きながらえながら、人生を歩んでいくことになりそうだ。
 特にやるべきことも決めず、見つけたことからなんとなく。
 ……いい。
 実にいいなそんな人生。
 平凡って感じがいいね。

「でも、なんだ。力になれなくてすまないね」

 フレイムヘイズになれば女性騎士なんてのも夢じゃないんだろうけど、それだと父親に忘れ去られてしまうから本末転倒だし。何より、フレイムヘイズにはならなくていいのなら、ならないほうがいいというのは当然のことだ。

「気にしないでください。もう、大丈夫なんで」
「そう?」
「はい、だって、もうすぐ……」

 今までとは違うどこか希望に満ちた眼だった。

「では、わたしはこれで」
「うん、じゃあね」
「あの……ご馳走さまでした。美味しかったです、あのパン」
「どういたしまして」
「また、いつか」
「……うん」

 多分、もう会うことはないだろうけど。
 フレイムヘイズにだって、会わなければそれに越したことはないんだから。
 少女が立ち上がり、鍛冶屋のあった方へと駆けていく。一度こちらに振り向き、大きく手を振ってきたので振り返して本当のお別れとした。
 そして、俺の手元には一振りの刀身合わせても七十センチメートル程の無骨な刀が残った。
 少し黒ずんでいてとても綺麗とは思えない刃。切れ味は見た目からでは分からないが、鋭さを感じられず、あまりいい感想を持てない。鞘すら無い、抜き身の剣だ。
 この剣を戦闘で使うことはないだろう。俺には刀を扱う心得も持ち得ていないし、何より扱える気がしない。俺が戦闘に出て、まともに戦うということも考えられないので、この剣はただのお飾りとなるだろう。謂わば見せかけの剣。ただの脅し道具。
 彼女には申し訳ないかもしれないが、貰ったのものだし、どう扱うかは俺次第だろう。

「どうやって、持ち運ぼう」
「なんかそれらしいものでも顕現させてみる?」

 首元から陽気な声が聞こえる。
 人がいないので周りを気にせず、普通に声を出している。

「あれって自分の思っている姿で写し取る物だから、俺には無理かな」
「剣を扱っているモウカなんて、モウカじゃないもんね」
「うるさい。仕方ないじゃないか。出来ないものは出来ないのさ」
「褒め言葉だよ。じゃあ、これでお買い物が決まったね」
「そうだね

 この剣を仕舞える何かを買いに行くとしようじゃないか。

「ほら、なにか聞こえてこない? オーケストラがどうのって聞こえるよ」

 耳を澄まして聞いてみると、遠くの方から告知が聞こえてくる。
 クーベリックというオーケストラの講演会が今日から講堂であるようだ。

「ん、オーケストラの講演があるのか。暇つぶしにはいいかもしれないね」
「ねえ、行ってみようよ!」
「うーん……」

 でも、こういうのって多分、貴族向けだからお金がかかるんだよな。
 結局は、どの時代もお金であるのかもしれないと疑問を抱いた今日の一時。





◆  ◆  ◆





「あんなに簡単にご飯にありつけるなんて思いもしなかったよ。しかも、お金まで。幸先いいな、私」

 焦げた金色のような髪を持つ少女、リーズ・コロナーロはお道化たような声で既に遠くに見える公園を見つめながら呟いた。眼つきもどこか鋭くなり、笑も嫌みたらしい邪悪なものとなっている。その表情のどこにも温和な影はなく、彼女を知らない者が見たら思わず距離を取りたくなる程のものだった。なのにも関わらず様になっている表情でもあった。

「このご時勢にお金なんてあるわけ無いのに。常識を全く知らないんだね、あの人は」

 無知な自分と同年代くらいに見えた青年を嘲笑うような言葉だった。

「でも、これであの日まで生き長らえるってもん。変なリスクを背負う必要はもうないんだし」


 もうすぐ夢の騎士になれる。
 リーズは今度は自然な笑顔を浮かべていた。

第十三話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 彼の手に掛かればこの世の全ての現象は実験の対象へと移り変わる。
 彼の目からはこの世界のありとあらゆるものに興味は尽きることなく、研究対象にも困らない世界である。
 彼もまた、彼以外の彼と同じような存在と同じで自分の思うがままに自由気侭に、自由奔放に、傍若無人が如く一生を生きている。やりたいことを思うがままに出来る人生が楽しくないわけがなかった。
 自身に力があったのも彼にとっては幸運だった。
 彼以外にとっては不幸だった。
 無駄に力があるから彼の暴走を止められるものはこの世界には少なく、ついには同朋からすらも嫌悪されるようになっていた。
 だが、そんなのは彼にとっては関係なく。
 ただ自分の研究のみに、己の強大な力を費やし、時間を振った。
 今日もまたある一つの実験へととりかかる。
 奇っ怪で耳障りな声を奇声のように叫ぶように。
 助手の``燐子``と共に。

「ェエーックセレント! ようやぁーく、この素ん晴らしぃー実験にぃー手を出ぁーす事が出来ましたっ! あんのどっかのまぁーずいっ、こんの世にぃー存在すら認めたくない、栄養のなぁーいっキノコのように、嫌いなベルペオルから逃れぇー、この日ぃーがやってきましたっ!」

 声の主、``探耽求究``ダンタリオンは、喜色の目と、今より少し古い親方のような職人のエプロンを付けた身体全体で奇妙な動きをしながら喜びを表した。
 奇妙な動きというのは、人間的な身体をしているのに、ありえない方向へとネジ曲がっていたり、首をなんども回している。百八十度周り背中の方を向き、さらに同じ方向へ百八十度周り元の位置に戻る。それだけでなく、先程まで普通の手だった物が、何故かドリルに変形し、ギュインギュインと唸らせている。
 その光景だけで、彼が異常者であることが目に分かる光景であった。
 
「長かったですね、教授。ベルペオル様と毎日会っていた時なんてぐっひひはひ(ちばかり)」
「嫌ぁーな事を思い出させるんじゃぁーないですよー?」
「ふひはへんふひはへん(すみませんすみません)」
「科ぁー学者は、過去は振りぃー返らないのですよー? 明日はいぃーよいよ、待ちわびた実験の日っ! いつにもましてこのドリルゥーが回るというものですねぇ」
「教授のドリルは別に実験に関わらずいつも回っていっはふひはへん(ますみませんー)」
「余計ぇーな事は言うんじゃないですよ」
「…………」
「ドォーーーミノォーーー!! 返事をしなさぁーいっ!」
「ひははひひひ(いたたいいい)」

 ``教授``と呼ばれているダンタリオンは大きさにして二メートルを越し人ではない機械で出来た身体をしているドミノが何かを言う度に、手についているドリルで何度もつついた(抉った)。
 ドミノは``燐子``である。``燐子``は``紅世の徒``が、この世の物体に存在の力を吹き込むことで生み出す下僕であり、このドミノは``燐子``でありながらにして、自らの主であるダンタリオンの助手でもあった。
 このドミノ自体もダンタリオンの実験の成果の一つであり、正式名称を『我学の結晶エクセレント28-カンターテ・ドミノ』と言った。

「それにしても、たくさん人が集まりましたね」
「んんんんなぁーに、世の中に不満をもぉーつ人間は多いですからねぇ」
 ドミノが今回集まった人間のリストを見て言った。
 そのリストにはかなり多くの人間の名前が書かれていおり、一人一人の詳細事項までもがあった。身長や体重に始まり、この実験に参加することになった理由や、理由に至るまでの経緯など、よくここまで調べたものだと感心するほど事細かに載っていた。
 年齢は生まれたばかりの赤子から、死ぬのを待つしかない老人まで男女関係なしに。理由は千差万別で、捨てられたところを拾われたや、興味関心でなど様々。
 あまりにも多すぎるので、パッと見で分かるのはたくさんの人間の協力者が集まったという結果だけだった。そして、それは尚も増え続け、ドミノは引っ切り無しにそこへと追加分の人間の情報を書きこんでいく。
 中には人間ではなく、単語で『犬』『猫』などと書かれたものさえもある。
 本当に誰かれ構わず実験に協力してもらうようだった。

「なぁーにが、原因で要因になぁーるか、わからないですからねぇー?」
「失敗は出来ないということますですね」

 ドミノがリストを作成する傍らでは、ダンタリオンは謎の機械を弄る。その機械は彼とドミノ以外の者が操作することが絶対にできず、また説明することも不可能な物。なにがどうなってああなっているかは、下手すればダンタリオンですらも理解しきれていないかもしれないものだった。
 本能で、こうすれば出来るという半ば直感でそれは形作られていく。
 なおも、誰も寄り付かない森の中でこの二人の作業は続く。
 誰にも気づかれることもなく、ひっそりと。けれど確実に、その日は近づいていた。





◆  ◆  ◆





 十八世紀、ボルツァーノは神聖ローマ帝国の南の端に存在する都市だった。次々と領土を失っていく神聖ローマ帝国の中でボルツァーノは、ハプスブルク家の歴代当主に継承される城下町でもあった。
 ハプスブルク家は神聖ローマ帝国内だけに留まらず、各方面のお受け取親密な関係であり、次々と後継者を輩出する大貴族であった。そんな王家にかなり近い者が治める街として貴族も多く、比較的賑やかな街。
 近辺を敵対国に挟まれているからこそ、あらゆる人物が流れつく街でもある。それは世を賑わすオーケストラであったり、大道芸人であったりした。
 貴族たちの娯楽には困らず中にはやって来た芸人を子飼いにするものまでいた。彼らにしてみれば、周辺が敵国に囲まれている危機感よりも、遊び場としての認識でかなり楽観視していた。だから、備えなどしているはずもなく、いざという時の行動は全くできない。唯一の救いは、その貴族の重要さから常に軍が在中していて、守兵には事欠かないことくらいだった。
 だが、飢饉が起きてしまうとその利点の全てがまるまる裏返ってしまう。守兵の多さや裕福な食事を取る貴族、この街の人の多さが余計に食料の危機を招いてしまう。
 飢饉を襲ったのはこの街だけでなく、ヨーロッパ全体であるためどの商人も余分な食料は持ち得ていなかった。食料が少ないので僅かな食料をめぐることとなり急激な値上がりが始まる。
 いくらお金を沢山持っている大貴族と言えども、これには堪えた。最初は市民の血税によって、今の贅沢を保ち続けようとしたが、国は元から疲弊している。国が疲弊しているということは市民も既に疲弊しきっているということだ。もはや市民からは絞りつくした状態となり、いくら横暴の限りを尽くしていた貴族といえども一時的にとは言え多少の裕福を抑えざるを得なくなった。
 そうなると、節約術として口減らし使われたのだった。食料を必要として、お金がかかるのだから、元から絶ってしまおうと考えたのである。
 その対象は子飼いにしていた芸人であったり、次男以下、長女以下の家の後継者以外の子どもたちであったりした。
 芸人は主に貴族からのお金が収入源であり、子供たちは親がいてこそ生きていけるのであって、貴族たちが彼らに施しをしなければ彼らは生きてはいけない。

「これがローマ帝国内における今の情勢らしいね、モウカ」

 一人にして二人の異能者が大広場で一息をついていた。大広場には彼らを置いて他に人の姿は無く、人目を気にせず話をしていた。

「さっき俺が話してたしゃべりたがりな酒屋の店主によるとね」

 首元から聞こえるウェパルの陽気な声にモウカは答えた。

「庶民が未だにこの地を離れてないのも貴族のおかげね。なんというか皮肉なものだ」

 十八世紀は貴族が衛生に一際、注目を置いている時代である。そしてこの街は衛生に気遣う貴族がいるおかげで、他の街のように道に死体が転がっているなんてことはなく、人が死んで臭う腐敗臭もない。今のこの街に残る唯一と言ってもいい、庶民がこの街に残る理由でもあった。
 尤も、お金もない、職すらも失いかけている庶民にはここを脱して一からやり直すという気力も尽き始めている。元は活気があった街も、段々と廃れてきている。
 普段は人が絶えず、お客さんに困っていないはずの酒屋でさえも、がらんとした様子だった。お客さんがいないせいで、店主も暇だったようでモウカにいろんな世間話をし、モウカは暇つぶしと情報を手に入れることが出来た。
 物価が上昇して、残り少ないお金だけに料理や飲み物の値段が高かったことだけがネックだったが、情報料と思い込むことによってモウカは自分を納得させる。
 現地の情報を得るというのは非常に大切な事だ。フレイムヘイズだからという理由だけでなく、モウカは基本的にはお淑やかに人生を送りたいので目立つことが厳禁である。常人とは逸した力を持っていることがバレてしまえば、騒ぎとなってしまう。
 騒がしい人生はとてもじゃないが、モウカの目指す平穏無事とは遠い
 モウカが懸念していることの一つは、自分自身がトラブルメーカーになることだ。
 過去の『大戦』では、直接の要因と今では言わないが、引き金を引いてしまった一人であるのは間違いない。何れは起き得たものではあるが、やはり偶発的に発覚するのと、人為的に発覚するのでは大きな差がある。責任感の問題も変わってくる。
 モウカは自身がそう言ったトラブルに巻き込まれやすい体質であるのは自覚している。そのトラブルも大体が生死に関わるもので、容易な覚悟で乗り越えられるような物じゃない物ばかりだった。

「私たちみたいなのが言えることじゃないけど、本当に人生どう転がるもんか分かったもんじゃないよね」
「本当に全くその通りだ」

 モウカは力強く何度も首を縦に振った。
 その姿はどこか切なさを感じさせ、過去の出来事に思い浸っているようにも見えた。充実はしていたかもしれないが、決して楽しいわけではなかった過去を。
 思えばずいぶん遠くへ来たものだとありきたりな台詞を内心浮かべた。

「ん! なに!?」

 ガサッという物音で、現実に引き戻されたモウカはかなり慌てふためきながら、周囲を警戒する。
 立ち上がってキョロキョロしながら、戦闘態勢ではなく逃走態勢を取り始める。キョロキョロしたのは、音の発生源を確かめるという要素よりも、この場から逃げるルートを確認するための意味が強い。

(モウカ、落ち着いて。ただの人間だよ)
「え、ああ、なんだ。ビックリした」

 ただの酔い潰れかとホッと息を吐き、ようやく落ち着きを取り戻す。モウカはそのまま目線をやって来た酔い潰れていると思われる、人物へと移した。
 風貌はまるきり旅人である。コートを羽織り、帽子をかぶり、暗闇のせいでいまいち顔は見えないが、体つきから男であることが分かる。ただ、一つ奇っ怪なのが、彼のコートから何やら木のようなものがはみ出している。
 興味本位で近づき、それを確認すると人形だった。木で作られて、上から糸で操るタイプの人形である。人形劇に使われる物で、この旅人風の人間は人形劇を旅して回る芸人なのかもしれない。

「この不況な世の中で酔い潰れるって相当のお金持ちか」
「やけ酒だよね」

 相手が平常ではないので、ウェパルは警戒せずに神器『エティア』より声を発する。
 彼女からすれば声を聞かれても面白いことが起きそうなので、構わないのだがモウカがうるさいのでたまには彼の意思を尊重しているに過ぎない。
 ウェパルはどこか面白気な雰囲気を漂わせ、彼女の顔を見ることが出来ればにぃっと楽しい玩具を見つけたような悪戯な顔をしていることが安易に想像できる声だった。

「うーん、やけ酒ぽいよね。なんか呟いてるし」
「ええと、なになに……」


 俺はあいつらにとってなんだったんだ。都合のいい時に呼び出し、大量のお金を与えてもらったから相応にお返しをして、住み込みまでして子飼いになったのに、自分たちの生活がちょっと苦しくなったからって切り捨てやがって。俺は使えなくなった人形か。
 と酔い潰れている男は丁寧にぼやいた。
 一回一回はごにょごにょとしていて、何を言っているか理解できなかったが、永遠と同じことを繰り返すので翻訳をすることが出来た。内容が無いようだっただけに、モウカとウェパルはやっぱりねと声を合わせて言った。
 一人にして二人は、この人物に同情を抱くが、

「転落人生には同情するけど、俺も似たようなもんだよ。殺されたり、死んでないだけマシだというのに」
「普通の人間はこんなもんだよ」

 今にも欝だ死のう、と聞こえてきそうな男の前でモウカは自分よりも弱い人間を見るような眼つきで言った。

「生への執着の強すぎるのと、果たしてどちらの方がまともなのか……」

 二人は居心地の若干悪いこの場を後にした。『まあ人生色々さ』という言葉を残して。





 彼らが去った後、酔い潰れた男の脳に直接声が流れる。
 語尾を無駄に伸ばした聞く者が聞けば、その声だけで嫌味を言いたくなるこの世の者ではないものの声。

 そして、彼はまた一人の人間を誘う。

第十四話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「武器の収納って青いローブの内側にでも剣を入れる収納スペース作って、そのまま武装解除したら収納できるんじゃない? ……て、ほら出来た」
「おおー、便利なもんだね」
「ウェルも知らなかったのかよ」

 前日の丸一日と今日の半日の計一日半を費やして、どうにか剣をしまえる鞘みたいなのはないかと探しても見つからず。どうしようかなと、困っていたところに頭に一筋の閃きが煌めいた。
 青いローブはたまに服に困ったときにも着るが、基本的には戦闘服である。俺専用とでも言うべき防具で、自在に顕現させたりすることが出来る。オンオフを意識的に使える非常に優れたものだ。
 これを利用して、ローブを一種の収納スペースに出来るのではないかと考えた結果、見事に成功を収めることができた。これなら今後もローブに入る程度のものなら収納していくことが出来る。食べ物も出来ればしたいが、腐ったりしたらローブに匂いがつくかもしれないし、怖いのでそれは避けておく。生臭い匂いのローブなんて嫌だもんね。
 いや待て。その臭いの効果で敵を寄せ付けない補助効果なんてものが……さすがに無理か。
 たくさんしまい込んでも動きづらくなったりもするので、意外と活用はしにくいかもしれない。剣一つくらいなら重さ的にも仮にもフレイムヘイズな上に今だって鍛錬を怠ったりしないので、逃げるときの邪魔にはならないので問題ない。
 剣は言わば脅しの道具だ。
 俺は剣術だけに限らず色々な武術の心得は未だに上手くいかず、それなのに避けることばかりが上達している。それはそれで問題ないというか、俺の本質には適っているのでいいのだが、剣は結局扱うことはできない。
 適当に力任せに振るのが限界だろう。
 剣を持って、危ないんだぞーと俺は強いんだぞーと見せびらかす。
 剣を持って、自分が戦えることをアピールして逃げ易くする。
 剣を持って、時にはそれで敵の攻撃を受け止める。たまに投げつける。
 主な利用法はこんなもんで、まともな使い方などしない。することができない。
 剣を華麗に扱って敵をぶった斬っている俺を思い浮かべるよりは、投げやりに剣を扱う俺の姿は想像に容易く、俺にとっては最も有効な剣の使い道だろう。自分で言ってて儚くなるが、死ななければいい、敵を倒す必要のない俺にとってはこれが精一杯な生き方だ。情けなくは思うが後悔はしていない。後悔するような生き方はしたくない。
 こんな使い方をしたら剣を作って俺に譲り渡してくれた彼女には悪いかもしれないが。

「まあまあ、いいじゃない。なんとかなったんだし」
「そんなお気楽でいいのかな。何というか、二百年もフレイムヘイズやって今さら新しい事を知るってどうなのかなと」
「モウカは、フレイムヘイズだけど、フレイムヘイズらしくはないからしょうがないよ」
「しょうがない……のか? それは」

 もしかしたら、他にも便利な力が自分の内にあるとしたらそれも知っておきたいところだ。そこから、なにか生存への糸口を手に入れることが出来るかもしれない。
 今も昔に比べれば大分生きるのが楽になったが、それでも余裕を持ってはいない。もっと気楽に、もっと簡単に安全に生きるための術が欲しい。

「ま、いっか。生きていられれば」
「そうそう、今ある命があればいいじゃない。モウカ的に」
「それもそうか。うん、命あれば食べることも必要と。何か食べたいな」

 ローブと剣の実験をするために人目のつかない森へと入って、そこそこに時間が経っている。生い茂る木のせいで日差しはあまり入ってこないが、森の中はそれでも十分にまだ明るいので時間はそれほど遅くなっていないはずだ。
 腕時計がまだ存在しないが、とある歌のような大きい時計などは存在する。現代ほどの正確さではないが、電気を使っていないのに大した精密さだと初めて見たときは感心したものだ。
 だが、持ち運べるようなものでなければ、買えるような代物でもない。今の時代では高価なものなのでお金をあまり持ち合わせていない俺みたいな小市民には到底買えないような代物だ。その時計がわりにやはり重用するのが腹時計だと俺は思っている。
 フレイムヘイズの腹時計は酷く鈍いものだ、というのは一つの私見だ。というのも、他のフレイムヘイズに『お腹ってよく空く?』などと軽々しく謎の質問を聞けるわけもなく、彼らは大抵そう言うのには興味を持たない。彼らの殆どは、『そんなことより、復讐しようぜ』な奴らだ。全くおっかないったらありゃしない。
 しかし、フレイムヘイズだって根本的には人間と変わらないのだからお腹は空くはずだ。ただ、それが人間と比べるとすごく曖昧な物になっている気がする。
 フレイムヘイズと人間はフレイムヘイズだって元人間なのだから当然ながら身体の作りは同じだが、中身は全然違う。能力面で言えば、身体能力、治癒能力などは人間と比べものにならないほど優れている。それは生きることだけに猪口才な俺が、無事に生きていられているのが何よりも証拠だ。
 より戦闘的な身体になったため、身体の耐久性が極端に上昇し、飢えというのにも強くなれたのではないかというのが俺の考えたことだった。
 実際のところは分からないし、この手のことはどっかの誰かがその内興味本位で研究したりしてくれるだろうから俺は放置するが、なんとも便利な身体だ。
 何よりも食費が浮くのがいい。素晴らしい。お金を節約できる。
 街や人里に寄れない時は、野にあるキノコや草、魚を取って自身の炎で焼くが、やはり調理されたものは味がいい。現代に比べたら味は劣るのかもしれないが、すでにこの時代に二百年もいるのだから違和感を感じるはずがない。
 食べることは娯楽の一つ。死ぬ前まではあまりそうは思っていなかったが、今はハッキリと言える。食べることって素晴らしいと。
 全世界の食べ物を食べ歩くというのも、今後の人生の目標でいいかもしれない。全然フレイムヘイズらしさの欠片も無いような気がするが、気のせいだろう。
 俺は基本的には一日一食は最低でもとるようにしている。我慢すれば一週間とかも耐えられそうだが、俺に取っては娯楽なので、やはり食べられるに越したことはない。美味しい物が食べられるときには美味しい物を食べる。生きがいは一つでも多くあったほうがいい。

「今日の飯はどうするかな」

 お昼のメニューを考えながら今日も城下町を目指す。
 なんだかんだ言って、ここら辺で一番食べ物が揃っているのはあの街だ。旅をするのもいいが、もう二・三日はあの街に留まっているのもいいだろう、食べ物のために。それ以上だと、目立ったり、俺の臭いを嗅ぎつけた``紅世の徒``がやってくる可能性があるのであまり長居はできない。
 最近こそ平和な日々だが、いつまた出会うか、襲われるか分かったもんじゃない。

「いくつか酒場あったよね?」
「あったけど、覗いた限りだと昨日の酒屋がいちばん綺麗だった」

 店の内装は大切だ。
 汚すぎれば食欲がなくなってしまうし、綺麗すぎれば緊張してしまう。後者については、この時代では心配することではないが、やはり前者は気になってしまう。臭い、雰囲気、清潔感。酒屋独特の酒の匂いや、うるさい雰囲気、少しうす汚れた感じならいいが、人の吐いたもののような臭がするような店もあるから油断はできない。
 そんな店があれば、入らなくても雰囲気で分かるものではあるが。

「こだわり過ぎというか贅沢なんじゃない」
「そんなことはないけど、せっかく食べるならしっかり美味しい物を食べたい」
「あと、お腹を壊す心配のない物?」

 笑いを抑えるようにウェルは言う。
 俺は多少腹を立てながら、それを隠そうとしていつもより若干低めの声で答える。

「……そうだよ」

 フレイムヘイズだって人間だもの、変な物を食べたらお腹だって壊すさ。『清めの炎』を使えば、病気諸共治すことが出来るが、ウェルが俺が腹を抑え苦しんでいる状況を笑っていたために、すぐに直してもらえず、ちょっとトラウマになっている。
 だから、少し八つ当たり気味に声を大にしてしまった。
 悪いのはウェルだ。
 『フレイムヘイズだから何食べても大丈夫』と自信満々に言ってたから、明らかに危険色のキノコを食べたのに、案の定お腹が抉られるような痛みに苛まれた。
 死ぬかと思った。未だにあの時の痛みは忘れられない。
 フレイムヘイズに成り立てだった頃の百年以上昔の話だが、忘れられない程の痛い思い出だ。

「もうっ、悪かったって謝ったじゃない」
「笑いながらだったけどな」
「そうだっけ、忘れちゃった」
「反省してないな」
「``紅世の徒``は反省しない生き物なんだよ」
「違う、と俺は信じたい」
「さあ、どうだろうね」
「くそー。思い出したら腹に立つな。今日も絶対に美味い物を食べてやる」

 やけ食いか、モウカらしいね。という相方のおちょくるような声を無視して、歩を大にして森を突き進む。目指すは、美味しい食べ物が食べられる娯楽場。
 やっぱり人生は食道楽だよね、とか思いつつ。





◆  ◆  ◆





 お菓子の家があったとさ。子どもだけじゃなく、大人にとってもまるで夢のような家なんだ。その家に行けば望む限りの食べ物が手に入るというのだ。現実離れしすぎて眉唾ものだが、そんな魅力的な話が噂になるのだから、本当にあるのだろうと駆けつけた者がいたらしい。
 そうやって何人も駆けつけたが誰一人も帰って来なかったそうだ。
 そのうち気味悪がられてその家があるとされる森からは人が離れていった。
 それが気付けば人を、邪魔者を消す場所になっていて、迷いの森だとかそんな風の名前が付いていた森がいつの間にか、人捨ての森や人喰いの森と呼ばれるようになっていたとさ。
 これはお話だ。
 噂話ですら無い。友達同士の雑談のネタであげるようなそんな他愛もないお話。話している本人たちからすれば、都市伝説を話しているような感覚なのだろう。笑いながら、冗談を言いいながら、そんな馬鹿話。
 しかし、それは違う。と、酒屋の気のいい店主のおっちゃんは言った。
 昨日もお世話になり、色々な情報をくれた店主だ。
 話の信憑性は全く分からない。おっちゃんからすれば、あまりにも暇だったので一つの雑談を持ちかけた程度の気安さだったのかもしれないし、何か積もる話があって俺に託したい話なのかもしれない。
 最初はお互いに笑いながら、そんな家があったらいいのにね、なんて冗談を言いながらの軽いお話だったのだが、しかしと逆接を置いたときのおっちゃんの顔は真剣そのものだった。
 彼は言うのだ。
 人が帰って来ないのも、消えてしまったのも本当の事だと。
 ありえない現象ではない。人が帰って来ないのも消えてしまったのも``紅世の徒``に食われてしまったと考えれば不思議じゃない。その森には``紅世の徒``が存在していて、人間を捕食しているのだとそう考えられる。
 けれども、話は違う。
 帰って来ないという実証がある。消えてしまったという記憶がある。これは``紅世の徒``に存在を食われて存在が欠落していないことを証明している。

「不思議だね」

 実に不思議な現象だ。
 ``紅世の徒``が絡んでいないという前提のもとだと、こんなのはファンタジーの世界の話だ。漫画や小説のフィクションの世界。ありえないことが現実に起きてしまうという、難攻不落の大事件とも言える。
 主人公が登場して、初めて解決するとも言えるだろう。
 主人公は大変だねぇ。そんな大事件と真剣に向き合って解決しなくちゃいけないんだから。同情するよ、本当に。俺は勘弁だね。
 俺なら無関係を貫き通すね。
 だって、厄介ごとっぽいんだもん。これは明らかに危険な匂いがするんだよ。俺じゃなくても分かるほどの悪臭だ。確実に裏がある話。
 不思議というのは``紅世の徒``が関与していない場合の最前提。
 存在の欠落がない、ということはこの世のバランサーであるフレイムヘイズが動くことはまずないだろう。使命とは関係ないと切り離すに決まっている。
 だが、``紅世の徒``が全く関与していないという証明も未だない。
 存在を食ってないだけで、食料を貯蔵しているのかもしれないし、人知れず自在法が発動し、何かが仕組まれている可能性だってある。あの『大戦』の時のようにトーチが大量に出来ているのかもしれない。
 他のフレイムヘイズの援軍は期待できず、この事件を解決するとしたら俺の単独の行動となる。
 戦えない俺が、だ。
 ウェルなんかはこの話を聞き始めた当初からしきりに俺に話しかけては、楽しそうだよ行ってみようよ、と子供のようにはしゃいでいる。俺はいつものごとく無視を決め込んでいる。

(お菓子の家だよ、美味しいもの食べ放題だよ)
(か、関係ないね!)
「どうした、兄ちゃん」
「何でもない。話を続けて」

 お菓子、美味しい物、食べ放題、という三種の神器にクラっとは来たものの、これは明らかにお誘いだ。悪魔が俺に囁いているとしか言いようがない。やめろ、これ以上俺を誘惑しないでくれと叫んで、耳を塞ぎたいが、そんなことをすればおっちゃんが俺を変人認定。しかも、耳を塞いでも聞こえなくなるわけじゃないからたちが悪い。
 俺の天使はどこだ、と探そうにも悪魔の声があまりにも大きすぎるのか天使の声は聞こえない。
 最終手段として、『エティア』を強く直接握ることによって声の元を断つ。
 ウェルが音源を塞がれてモゴモゴ言ってるが、俺の心は澄んだ青い空のように晴れやかだ。
 これいいな。二百年経って新たな発見だ。これからはウェルへの対抗手段とさせてもらうとする。
 そんな俺の葛藤とは別におっちゃんは話を続け、期待を込めた目を向けて俺に言い放った。

「これはチャンスだと思わねえか?」
「チャンス?」
「そうさ。この事件を見事にババーンと解決してこの国に名を広める。くぅ~っ! 男なら燃える展開だと思わねえか!?」

 演技染みた大きな身振り手振りだった。
 なるほど、おっちゃんの真意はっこれだったか。
 どうやら本当の悪魔の囁きはウェルではなくこっちだったようだ。
 しかし、残念だったなおっちゃん。
 俺の答えは考えるまでもなく決まっているんだ。

「思わないね」

 名を広めたってこの世界には危険しか無いんだよ。

第十五話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「なんだよ、つれねえな。男じゃないのかい?」
「そうは言ってもね。危険な橋は渡るべからずってね」

 おっちゃんが少し苦渋の顔をする。
 石橋を叩いて渡るということわざがあるが、俺はそれでも安心出来ないので、尚も慎重に慎重を期す。一パーセント程度の危険だと判断出来れば渡ることもあるだろうが、危険な可能性が二桁もあればお腹いっぱい。その橋をわたることはしないだろう。
 十パーセントなら多少は考えるのかもしれないだろうが、十回に一回落ちる可能性があるって、なんだかんだで高い確率だと思うので、迷いはするだろうが渡ることはない。
 そんな俺がおっちゃんの言うあからさまな危険に自ら飛び込むなんてことはまさに自殺行為である。分かり得る情報を元に考えると、この仕業は仮に``紅世の徒``じゃなかたっとしても、厄介ごとには変わらない。
 おっちゃんはなおも、栄誉、名誉、地位、男のロマンだろうと俺を必死に説き伏せようとするが、そんなのはのれんに腕押しである。
 有名になれる? そんなものはいらないんだよ。有名になった結果が、百年に及ぶ逃走劇になったのだから、もう懲り懲りだ。
 地味だっていいんだ。そこに安全があれば。
 危険だって本当は歓迎なんだ。命の心配がなければ。
 ちょっとのリスクは背負うべきだ。人生に刺激は大切である。
 ローリスクローリターンこそが理想的だ。
 俺はおっちゃんの言うことはもはや半ば無視を決め込み、食事に手をつけることにする。これ以上の話は無駄だ。危険が俺のすぐ隣を歩いていることを教えてくれたことには感謝するが、どうしてそれに首を突っ込む様に誘導するのか分からない。
 これ以上は俺が聞く耳を持たない事を悟ったのか、おっちゃんも自分の仕事に戻っていった。
 すでに配膳されているご飯を頬張る。
 少し冷めてしまったようだが、それでも美味しいのは本当に美味しい料理の証なのだろう。パクパクと食べ進めていき、並べられていた料理の大半を食べ終わると、正面には神妙な顔をしたおっちゃんが座っていた。
 雰囲気が少し変わっていた。
 また懲りずにとは思う。

「散々、同じ話ですまねえが、本当に興味はないかい?」
「悪いね。興味はあるが、冒険はしない主義なんだ」

 藪をつついて出てきたのが蛇ならまだマシなのだが、今回は虎が出てくる可能性だってある。それは何としても避けたい。
 この場合の蛇というのは``紅世の徒``で、虎は``王``の事だ。今までの経験上、並大抵の``紅世の徒``なら俺は比較的余裕に逃げられることが分かっているが、``王``となるとどんな不足な事態になるか分からない。強力な力を持つ``王``というのはそれ程に厄介な相手なのだ。
 それだけに出会う確率も低く、追われていた百年の中でも``王``との遭遇は二・三回程度だった。しょっちゅう遭っていたら身が持たない以上に、フレイムヘイズだってもっと激減しているだろう。``王``だってフレイムヘイズに会わなければ、それに越したことがないのだからお互い様な話だ。
 今回の件だって一緒で、俺はこの世界を荒らす``紅世の王``を倒す使命感は無いどころか、あったとしても討滅できるだけの力がない。
 逃げることにしか能がない無力なフレイムヘイズであることは百の二乗倍、万も承知だ。あまりにも自分の力に理解が及び過ぎているくらいだ。

「そうか……なら兄ちゃん、もう一つ話を聞く気はないかい?」
「ん? その消失事件のか?」
「全く無関係じゃないがそれじゃない。とある少女のお話しさ」

 俺はきっと今すごく嫌そうな顔をしているに違いない。対照的に、ウェルははなまるな笑顔を浮かべていそうだ。
 これは面倒そうだな。非常に面倒そうだ。
 その話を聞くと後に引けなくなる可能性があるような気がするのは気のせいだろうか。

「聞く気がないといったら?」
「兄ちゃん、お金持ってないんだってな。このお店は良心的でな。俺の気持ち次第で、値段が変わるのさ。コロコロとな。まるで俺の気持ちと同じでだな」

 足元をみるぞ、と半分脅しのようなものだ。
 なんだよこのおっちゃん。さっきまでのとても人の良さ気ないい人だと思ってたのに、とんだトラブルメーカーじゃないか。美味しい物を作ってくれる人は例外なしにいい人だというのが俺の持論だったのに、それを否定しなくちゃいけないじゃないか。
 俺がこの世で警戒する人種が幾つかある。
 一つは、言うまでもなく主人公のような奴。
 物語の中心になる人物は確実に迷惑なトラブルを首から引っさげていたり、ゴキブリホイホイのように厄介事を誘い引き付けてしまう。ゴキブリも厄介事も似たようなものだ。幾つ解決しても、引っ切り無しに次から次へと生まれてははい出てくる。一つ、事件があったらもう一つ事件があると思え。一つの出来事が起きたら、一つで済まないと思え。
 主人公が側に入れば必然と脇役も数々の難事件に巻き込まれるものなんだ。俺はそんな主人公の相方は御免被るよ。勿論、主人公なんてのも最悪だ。逃げてても奴らは追いかけてくるんだからな。
 もう一つ、厄介事を持ってくる奴。
 自身の抱えている事情を説明し、手伝ってくれなんて言う奴だ。恋愛相談がそれの最たるもの。今回は恋愛相談ではないとは思うがこれが当てはまるだろう。
 面倒なこと極まりないのだが、そんな最初からあからさまに面倒事を掛け持っているのはまだマシで対応の仕様があるのだが、お助けキャラだと思ってたキャラが気付いたら厄介事の種、胞子だったなんてことは最悪だ。気付いたら自分が巻き込まれていたなんてことになっていやがる。主人公さん並に面倒くさ言ったらありゃしない。
 そして、今回はまんまとこのパターンだった。
 便利な料理を作ってくれる情報屋だなんてとんでもない。とんだ厄病神だった。
 でも、お金が無いので逆らえないのもまた事実。死んでも生き返ってもお金に縛られる人生って悲しいを通り越して笑えてくるよ。

「分かったよ。聞くだけ聞く」
「おう、ありがとうよ」
(こうしてモウカは巻き込まれていくのであった)
(変なナレーションをつけるな。縁起でもない)

 おっちゃんの都合の良い返事が帰ってきて笑顔になったが、すぐに真剣な表情に戻り、口を開く。

「これは不幸な鍛冶屋の娘のお話さ」





◆  ◆  ◆





 少女の話は最後にこう締めくくられていた。
 『やっと夢が叶う』と。鍛冶屋の少女と言われた時点で、誰かは分かってはいた。この街に来て初日に出会った子のことで間違いはなかった。少女の名前をリーズ・コロナーロという事は初耳だったが、もともと浅い付き合いになる予定だった。
 俺にとっては、たまたま訪れた先の少女Aにすぎなかったのだから。知る理由すらもなかったのだ。
 おっちゃんにとっては我が娘のように可愛がっていたというのは、彼女の事を真剣に話す様子からも十分に伝わってくる。彼の言葉で言うならば『娘を愛さなかった父親替わり』のつもりであり、本当にそう思っていたのだろう。育ての親という奴だ。
 深い愛情が言葉の中に感じられる。
 昔話のように、または思い出話のように語った少女の話は、なるほど確かにお涙頂戴だったのかもしれない。俺が泣くということはなかったけれど、聞く人が聞けば泣いてしまうようなそんな話だった。
 悲劇のヒロイン、なのだろうか。
 まあそんなのはぶっちゃけどうでもいいんだ。
 重要なのは、そんなおっちゃんの長話に付き合わされておっちゃんは一体俺に何を伝えたかったのか。俺に一体何をさせたいのかだ。
 おっちゃんの顔を睨む。
 食事も終わったし、この街にはなんだか厄介事が付き纏っていそうなので、そろそろ潮時だろう。今日中にと言わずに、今からでも早急に撤退したい。
 そんな俺の思惑を知らずに、おっちゃんの話はまだ終っていなかった。
 過去話を終えて一呼吸を入れてから、睨む俺の目線に重ねるようにして真剣な眼差しで俺を見つめ返して言った。

「おかしいとは思わねえかい」

 何が、とは返さない。
 それくらいの理解力は俺にだってあるつもりだった。おっちゃんの言いたいこととは彼女の『夢が叶う』というのがおかしい事だということ。あまりにも不自然すぎるということだった。
 おっちゃんの娘溺愛の様子からしたら、夢が叶うという娘の言葉には肩を抱き寄せて、一緒に涙を流し合うくらいのシチュエーションが合ってもおかしくなさそうなもんだろうが、彼はそれを素直に喜べないでいた、というよりは訝しんでいた。
 彼女の夢とは『女性騎士になる事』であり──そこの夢に到るまでの経緯は先ほど散々聞かされたので記憶に新しいが一先ず置いておき──それは俺が以前会って上から目線ながら見立てた上では、ほぼ実現不可能な事だ。まして、会った日から大して時間も経っていないのに、劇的な変化がない限りそんなのは無理だ。いや、劇的なんて言葉でも無理。到底到達不可能な領域。
 それこそフレイムヘイズにならない限り。フレイムヘイズならその程度は余裕で出来る。
 でも、俺には無理だけどね。説得力ないな。
 ならば夢が叶うというのはどういう事だというのだ、という疑問が浮かぶ。
 おっちゃんだって何も馬鹿じゃないだろう。いくら愛する娘だとしても出来ることと出来ないことくらいは常識的に見極めることが出来るはずだ。出来るからこそ、今違和感を感じている。
 彼女の『夢が叶う』ということはそれだけおかしな事なのだ。

「おかしいだろうね。絶対に何か裏があると言って間違いはないと思うけど、それが俺にどう関係するのという話だよ。何かな、そのリーズとか言う子をつけて裏を調べろということ?」
「そういう訳じゃないんだが、ここで絡むのがあの話だということだよ」
「あの話?」
「そう。人が消えるという森の話さ。この森に消える前の人の中には、前日までまるで浮かれ気分でいる奴が居たそうだ。そんな奴が急に次の日には消えて皆驚いたのだとよ」
「浮かれ気分、上機嫌でね。次の日に失踪。失踪しそうにない奴が消えるのが不可思議ということか」

 昨日まではあんなに笑っていたのに、次の日に自殺していたみたいな話だろう。
 それは確かに驚くが、だからどういう……ああ、そうか。

「その失踪自体が目的。森の中に用事があったらとしたら、と言いたいのか」
「そうなんだ。リーズの奴が帰って来ないんだ」
「帰ってこない? いつから?」
「昨日から。あいつにとって身内ってのは俺と親父しかいない。寝泊まりできるのは実家とここというわけさ。そのどちらにも昨日一回も顔を出していない。なら、正確には一昨日から行方知らずということか」
「ん、一昨日?」
(モウカが会った日だね)

 これは本当に色々やっちまった感がある。
 全てはこの街に訪れた時から始まっていたとしか思えない。初日の鍛冶屋がその原因の最たるものだが、まさかあの少女がここまで俺の旅路に影響するなんて思いもしなかったよ。せいぜい、出来の悪い刀をくれた女の子程度の接点だったのに。
 いつの間にやら事情は絡まって、俺にもこの事件というか厄介事の粉が降りかかり始めている。
 危険だ。これは危険色。赤色、レッドゾーンなんてレベルじゃない。
 いやいや、まだ他人事だ。今のうちに回避をすればなんとかなる。

「何か、心あたりがあるのか!? そ、それなら是非教えてくれ!」
「ないよ! 全然ね! それよりもう帰らなくちゃいけないんだ。悪いね、この話はここまでだ」
「そういえば、昨日来たときは刀を持ってたな。どっかで見たことある下手くそなものだったが……」
「気のせいだよ。気のせい。ほら、今持ってないじゃん」
「持ってた気がしたんだが。そうか、引き止めて悪かったな。本当はさがすのを手伝って欲しかったのだが」
「それは俺じゃなくてもっと他の人にでも」
「この街で……この街であの子に関わろうとするものはいない、からな」

 おっちゃんの顔に影が指す。寂寥感を感じさせる。
 この暗い表情を見ると並の人間なら助けてあげなくちゃとか、手伝ってあげたくなるのだろうが、そんなのは俺にとっては知ったこっちゃないというのだ。罪悪感だのはとうの昔に置いてきた。そんなことよりも、今は自分に襲いかかろうとしている厄介事のほうが重大だ。
 俺はもうフレイムヘイズだから関係ないよね、ということではない。
 自分の持っている厄介事は自分で解決してね、と事故解決をおっちゃんに求めているわけだ。

「ごめんな。おっちゃん」

 一応心からの謝罪の気持ちだが、自分で言ってても白々しい言葉だと思う。本当の所は、こんな厄介事押し付けるなと思っているのだから。この瞬間にも少女を見殺しにしようとしているのだから。
 だからといって俺が何か出来る問題じゃなかったのだ。
 少女がまだ唯の家でだというのなら、俺も探し出すだけなら吝かではなかったかもしれない。あくまでももしかしたらの話だ。断言はできない。だが、今回はおっちゃんの言うとおりにあの不思議な、不自然な現象が関わっているとなれば、俺は自分の身をまず護らなければならない。
 あの現象は``紅世の徒``による可能性が少しでもあるのだから。そんな可能性があるのなら、迂闊な行動は取れない。
 誰だって自分の身は可愛いんだよ。俺にとってはそれはより顕著に、ね。

「ああ……ああ! いいってことよッ。初めから期待なんてしてなかった。そうだよなあ。こんなご時世、簡単に手を差し伸べてくれる奴なんていないよな」

 刺のある言い方だったが、不思議とその言葉は俺の心に突き刺さらない。
 それよりも何を今更と思ってしまった。
 昔なら、それこそフレイムヘイズになるよりも昔、この時代に逆行するよりも昔だったなら、一体その言葉はどれほど俺の胸に痛みを味合わせていただろうか分からない。決して、善人で、良い奴だったなんて自信はないけども、痛かったに違いない。
 だが、俺に、今、その痛みは分からない。全く伝わない。
 残るのは胸糞悪さ。自分のこの慈悲のない行動からくるものではない。何で、おっちゃんにここまで言われなくちゃいけないんだと攻める心。
 少し余分にお金を渡し店を出る前に、もう顔をそちらへ向けることもなく、背を向けたままで「悪いね」とだけ言葉を残して店を出て行く。
 出た直後、店の中からテーブルを強く殴ったような音が耳に届いた。心には全く響かなかった。

「行くよ、ウェル。これからはしばらく気ままに旅でもしようかな」
「後悔は?」
「ない」
「うん。じゃあ、行こう。どこまでも生き続けて、どこかへ行き続けよう」

 しかし、その旅路は初っ端から躓くこととなる。

第十六話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 行く道を塞いだのは、声だった。

『むむ、むむむむむーっ! フレイムヘイズですねぇ? それもまさか私が昔ぃーに、追っていたあぁーの``晴嵐の根``の契ぇー約者ですかぁ?』

 妙なところで溜めて伸ばすこの口調、忘れるはずもないあの男の声だ。大嫌いな男。
 ``紅世の徒``は基本的に皆嫌いだ。どいつもこいつも血気盛んで、見ていてその溢れる活気と存在感に恐れるというよりは、俺が巻き込まれないか否かを恐れるのだが、総じて奴らはフレイムヘイズを見つけたら撃って出るんだ。
 『討滅の道具がッ!』『俺の野望を阻止しようというのかッ!?』と血走った目(持っていない奴が多いが絶対に血走っているだろうと俺は思う)をして、恨めたらしく、憎らしく、時にはいい獲物だと喜色を混じらせて言うのだ。叫んだ後は、後は簡単だ。俺を襲って野望を阻止、または討滅させられるという危険性を消し去ろうとする。
 撃って出なければいいのにと心底思う。普通のフレイムヘイズなら確かに、``紅世の徒``の野望を阻止しようとするだろう。復讐者が多いフレイムヘイズは``紅世の徒``の良し悪し関係なしに逆恨みで全て滅するという危険思考の奴も多い。使命を一番にしてる奴は、危険ではない``紅世の徒``を見逃したりするが、歯向かえば勿論討滅する。
 こうやって客観的に見てみると``紅世の徒``がなりふり構わずフレイムヘイズと知ると否や襲ってくるのは分かる気がする。彼らにしてみれば、フレイムヘイズがどんな動機で動いていても関係なく、単純に自分たちを襲ってくる敵に違いないのだから。
 俺が``紅世の徒``と見るやいなや、面倒事と決め込んで逃げるのと大差はない。中には善良で、俺の手助けをしてくれるようなのも存在しているとは思うのだが、それを確認するよりはなりふり構わず逃げるほうが手っ取り早いのだ。
 そう、手っ取り早い。
 フレイムヘイズにとっては``紅世の徒``を巨悪として討滅すると定めてしまったほうが手っ取り早いし、``紅世の徒``からすればフレイムヘイズを敵と定めて攻撃して撃退するほうが手っ取り早いのだ。
 でも例外というのは存在するわけで、

『困りましたぁー、実験をやぁめる訳にいぃーきませんからねぇー。妨害されたらたぁーまったもんじゃないし、でも、目ぇーの前には、今すぐにでも実験してみたい対ぁ象がいますからねぇ。んーんんんん?』
 
 遠話の自在法を用いてどこからか話しかけているようだ。
 すぐ近くにいないということで、少しほっとした。どんな``紅世の徒``にも勝つ手段の持っていない俺では、戦闘になるという状況そのものが最悪だ。戦闘は事前に避けて、未然の行動が俺にとって重要なのだが、事この``紅世の徒``の前ではそれが通用しない。
 予想、予期、読みというのが全く通用しない奇天烈過ぎる存在。超が付くほどの変態。
 ああ、こんなヤツにであってしまうとはなんとついていないのだろうか。神はこの俺を見放した、と割と冗談ではなく大声に空に向かって叫びたい。本当に最悪。最低最悪だ。

「モウカ、逃げるなら早くしないと」
「逃げた先に変な罠ないとは限らないよ。経験上」
「経験上はここで立ち止まっている方が危険だってば!」
『だめでぇーすよー? 逃げられて仲間を呼ばれたぁーら、私の偉ぃー大なる、今世紀最大の崇高ぉーなる実験が『強制契約実験』が失ぃー敗するかもしれないのですからねぇ?』

 失敗したほうがこの世界の為なんじゃないか?
 この疑問はこいつが行う実験に関わってきたフレイムヘイズや``紅世の徒``の双方が抱く感想だと思う。出来れば失敗して、存在ごと消えて欲しい、この世から跡形もなく、居た事実すらも無くなって欲しいものなんだが。そこまで贅沢は言うまい。誰かこいつ討滅してくんないかな。
 この時ばかり、本当に今だけは真剣に思う。
 こいつを倒せない自分の力が憎い、と。力なんて贅沢かもしれない。なら、こいつとだけは最悪でも出会わないような遭遇率でも操作する自在法が欲しい。欲しいけど、その為だけに時間を費やすのも馬鹿げているというか、負けた感じがするから嫌だけど。これも同じく誰か作ってくれないかな。

『ェエーキサイティング!! ェエークセレント!! 素敵でぇービューティフルーな、素ん晴らしいことが今、頭の中にぃー思い浮かびましたよー! あぁーとは、このボタンをポチっと押すだけでぇー』
「ウェル」
「……何?」
「すごく嫌な予感がする」
「奇遇だね。私もだよ」

 何だこの茶番は、ボタンを押したらどうなるって言うんだ。禄でもない事が起きるのは既に確定事項ではあるが、何が起きるか分からない恐怖が身と精神を蝕む。
 こんなにもボタンという響きが危険だったなんて知らなかった。俺が思いつく限りでボタンといえば、玄関のチャイムや、アニメや漫画の緊急脱出装置や、爆発ボタン……ば、くはつ?
 爆発オチなんて言葉が頭によぎり、敵がそう言ったのが好きなタイプの輩というのだけに真実味が増す。
 冷や汗がたらりと額からこぼれ落ちる。
 あのギャグは捨て身のギャグだ。ギャグ補正という天からの贈り物があってこそギャグとして成り立つものであり、ギャグ補正も無しにそんなオチを持ってこようものなら、それは笑いを起こすようなネタにはならない。起こるのは笑いではない惨劇だ。
 付き合ってられるかそんなもの。
 俺はまだ死にたくないんだ。まして爆発オチで死ぬなんて、絶対に嫌だ。
 ウェル急いで退散を、と言おうとした時だった。
 時は既に遅く、間に合わない。
 俺が行動しようとするよりも早く敵はボタンを、

『ポォーチット!!』

 押してしまった。





◆  ◆  ◆





 良い話には裏があるとか誰かが言っていた気がする。この良い話というのは、おそらくは利益の出るような話を指すのだろうが、今回の件で思い知ったのは、良い物語にも裏が存在することだ。文面では綺麗で、とても透明感のある世界なのに、裏ではドス黒く、ドロドロだったと言った風な話だ。

「俺はどんな話でも半信半疑で、まるまる信じるなんてことはしないけどな」
「捕らえようによれば慎重だけど、裏をとると全てに怯える子犬みたいな存在だよね」

 ウェルは俺のことを面白おかしく子犬などと表現したが、それは違う。
 子犬は時に、主人のために、自分の為に吠えることもあるが、俺は吠えない。黙って無言で、その場をそっと離れて自分の身を護ることに専念するだけだ。相手に逆らうほどの勇気など持ち合わせていない分、犬のほうが余程俺より立派だ。
 勿論、この話も裏をとると『身を弁えている』という都合のいい解釈になる。
 物は言いよう、なんという素晴らしい言葉だろう。まさに俺のような弱者に相応しい言葉だ。
 そして、俺は弱者だというのに、

「自在法が発動するというか最後のあれまではまだ疑い半分で、そうじゃなければいいのにと思ってたのにやっぱりあれだよね。名前すら言いたくないな、あれは」
「約二百年振りだよね。前にあったフレイムヘイズ……ええと、名前忘れたけど言ってたよね『百年に一度会えばもう懲り懲りだ』って」
「二百年間会わなかったことに感謝するべきなのか。たった二百年でまた会ってしまったことを嘆くべきか」

 彼──面倒、厄介、うざいの代名詞とも言える``紅世の徒``の``王``。それがここにいるのが確実と分かった。分かってしまった。分からされてしまった。

「違うか。``紅世の王``に会っただけですでに嘆くべきなのだから、どう考えても感謝するべきことじゃないね」
「私としても濃すぎるのは、ちょっと……ね」

 ウェルが珍しく萎えた声をあげた。
 あらゆることに興味を持ち、面白そうなことには猪突猛進で、今回の``紅世の王``との違いが俺からすればあまりないように感じるウェルだが、そのウェルすらも今回は白旗のようだ。それほどまでに厄介な相手。厄介という範疇に収まるのかさえ怪しい相手だ。
 かの``紅世の王``の名を``探耽求究``ダンタリオン。通称、教授
 この世界でも歩けない隣の世界でも奇人変人の名を欲しいままにしている巨大な力を持つ``紅世の王``である。
 幾度も奇っ怪で、他人には理解しがたい実験を行ってはあらゆる人物に迷惑をかけては懲りずにまた繰り返すという、俺にとってはこれ以上ないほどに最悪な相手。
 絶対に関わりたくない人種に新たに『ダンタリオン』の枠を別枠で設けたいくらいに、嫌だ。嫌いだ。こっちくんなな奴。
 二百年前のことがトラウマとして蘇るあの声は絶対に忘れられない。まだフレイムヘイズになって早かった時期に出会って、逃げ切れた自分を今からでも褒めてやりたい。褒めたからと言って現状が変わるわけでもないが。
 最悪だ。本当に最悪。下手したら大戦なんかに巻き込まれるよりも、教授の実験に巻き込まれる方が何が起こるか分からない分嫌だ。大戦はよかったよ、明確だったからね。何がしたいのか何が起こるのかも分かることができたし、意図がつかめた。
 でも、今回の敵はそうはいかない。誰にとっても訳がわからないと匙を投げる超ド級変人だ。
 事逃げる、戦うという点において重要なのは相手の意図を汲み取ること。逃げる際に敵の思惑を知ることが出来れば逆鱗に触れたり、妙なことを知らなければ敵も下手に追いかけたりもしないものだ。戦う際には逆にその意図からどうやって阻止をすればいいかを考えればいい。
 どちらにとっても相手の思考を多少なりと読むということが重要だ。
 戦うことも逃げることも強引に力技で出来ないこともないが、スマートにやれるのならそちらの方が楽ができるってものだ。しかし、目の前の敵はそれが通用しない。

「さて、どうするか。本当にどうするの? どうすればいいの?」
「私に聞かないでよ……」

 二人して困惑を隠せないでいる。
 今すぐこの場を早急に逃げて、あの声が聞こえない安全圏まで行きたいのだが、現在逃げ道は謎の自在法によって見つからない。
 ボタンを押しても爆発することはなかったので、ある意味では最悪の事態を避けることは出来たと言えるのかもしれないが、今はそれ以上の面倒事になっていると言っても過言ではなかった。
 発動した自在法はおそらく強制転移系の物と、結界系の空間掌握型の自在法。
 強制転移によってこの森へと連れてこられて、森自体が教授の自在法の中となっているようだった。
 迷いの森とでも言うのだろうか。この出口のない迷路のような森の中をグルグルと迷うことしか今は出来無いでいる。
 脱出方法は幾つか試してみた。
 空を飛んで空中からの脱出を試みたが、空に上がれば上がった分だけ木が伸びていき、そもそも森という存在そのものか抜け出せなくなっている。ならば自在法『嵐の夜』で森ごと吹き飛ばしたろうか、という俺にしては珍しい攻撃的思考で自在法を発動させたが森は無傷。
 全くもって対策が分からない。結果として歩いて出口を探すより他ないのだが、この森に本当に出口があるのだろうか。
 名のある自在師でも教授の自在法を紐解くのは骨が折れるどころか、理解すら出来ないことも多々あるというのに、こんなフレイムヘイズの端くれのような俺に解決出来る問題ではなかったのかもしれない。
 せめて、教授の目的が分かれば、などと不可能だと思っていながらもやけになって相手の心理を読もうとしたが、教授相手にそれは馬鹿のする行為、全くの無意味だった。教授の行動パターンが分かれば誰も苦労しないのだ。
 どうしよう、なんとかしなくちゃという思いだけが募っていく。
 相手の術中の中というのは、本当に居心地が悪い。これでは、敵が俺に対して奇襲のし放題どころか、この謎の自在法によっていつ殺されるかも分からないのだ。この自在法はおそらく攻撃性は無いとは思うのだが、教授だから人食いの植物がいてもおかしくないような気もするので警戒は緩められない。
 常に『嵐の夜』を小規模周りに発動させ、守備の要とする。これならば敵の奇襲には最も早く反応できるだろう。
 しばらくの対応はこれでいいとしても解決策が思い浮かばない。
 普通のフレイムヘイズなら自在法を発動させている``紅世の徒``の討滅が当分の目標になるはずなのだが、

「俺に教授が倒せるはずがないし」
「ただの``紅世の徒``すらも討滅できないモウカが``探耽求究``なんて無理だよ無理。屈指のフレイムヘイズだって撃退がやっとなんだから」

 相手を倒して解決というフレイムヘイズの選ぶ解決手段は俺には選択できないとなると、自力によるこの自在法の脱出を試みるより他ない。一番脱出の可能性が高かった『嵐の夜』はすでに失敗している。
 残った自在法は『色沈み』と『青い世界』と『宝具探し』だが、どれも意味がなさそうだ。
 なんだこれは酷いもんだな。一度罠に嵌められたらこんなにもあっさりと俺の人生は詰んでしまうのか。
 敵の自在法に対する抵抗力の無さが一番の原因かもしれない。今後の自在法の模索はここらへんからするとしても、まずはこの状況を打開しなければ次はない。
 
「どうしてこんな目に合うのか。やっぱりあの時おっちゃんの話を聞かなければよかったよ」
「聞かなくても変わらないんじゃない? むしろ、最後まで話を聞いたからこそ``紅世の徒``の存在には気付けたようなもんだし。それにしても、モウカっていつも後悔ばかりしてるよね」
「いいんだよ。人生なんて後悔で出来てるんだから。後悔して、後悔して、後悔して最後は悔しい思いをしながら死ぬんだよ。でもさ、一度いいからそんなのとは無縁で死んでみたいんだよ」
「それがモウカの生きる理由ってわけね」
「色いろあるまだまだ生きたい理由の一つ。だから今、俺はここで死ぬわけにはいかないんだよ」

 ここで死んだら後悔が残るじゃないか。
 あの時おっちゃんと話さなければよかった。あの時鍛冶屋によらなければよかった。あの時街に行こうなんて思わなければよかった。あの時だって……
 そんな思いを残して死ぬなんて冗談じゃないんだよ。
 俺は何からだって逃げるさ。
 後悔だって振り切って逃げてやる。
 
「だから、絶対に教授からも逃げてやる! 俺の逃走力をフル活用にしてな!」

第十七話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「昔は可愛い女の子だったんだよ」

 どこか遠く見る目で彼は懐かしげに呟く。
 心も同じように遠くにいってしまっているようで、心ここにあらずというのが周囲の人物からは見て取れるほどだった。
 彼は当然のことながらそれには気づかず、さらに過去へ過去へと記憶を遡っていく。
 それはその女の子が生まれたばかりの頃まで遡る。

「生まれた日は、お天道様がリーズが生まれたのを祝わんばかりにキラキラと輝いてた日だった」

 太陽は雲に隠れていない限りは輝いてるだろうと、その少女とやらのお話を嫌々聞かされている少年──モウカは、思うものの下手に突っ込んで話を長引かされるよりはさっさと終わらせるに限るので、突っ込まない。あくまでも無言で、ノーリアクションを貫く。
 モウカの気遣いなど露知らず、女の子の可愛かった点を次々にあげていく。
 あのつぶらな瞳がな。あのふっくらとして薄く赤みのある唇がな。この歳でもうこの俺を虜にするうなじが。と彼の言葉は留まるところ知らない。
 褒めている相手が彼と同じ程度の年齢か、少なくとも女性として見える相手ならまだしも、これがまだ生まればかりの赤ん坊に対する褒め言葉というのは些か以上に聞いてる少年の寒気を感じさせる。
 え、何、まだ続くのこの自慢話。というか、お前は親じゃないんだろ。言いたいことは山ほどあったが、モウカはグッとこらえて、己の内に存在するウェパルに愚痴を零すことで留める。勿論、溜息を幾度も吐きながら。

「おっと、これじゃあまるで俺が変態みたいだな」

 誰も突っ込みは入れない。

「まあそんな可愛らしい子だったんで、今でこそあんなクズに成り下がっちまったが、父親も母親もそれはもう溺愛してたんだよ」
「身内贔屓を除いて本当に可愛いかどうかは置いておき、自分の娘が可愛くないはずがないじゃないか」
「いやいや、身内じゃない俺が可愛いって言うんだから間違いねえって」
(怒っちゃだめだよ。辛抱だよ、モウカ)
「(……分かってるよ)……それでいいから、話し続けて」

 ウェパルの声がモウカの怒りの爆発を一時的に踏み止まらせた。
 話し手はそんなモウカの内心の葛藤なんて当然知るはずもなく、ケロッとした表情で、そうか? と少し話したらなさそうな返事をする。
 あまり時間を取らすのもあれだからなと前を置き、ようやく話が進み始める。
 もうすでにタイムオーバーだと心中モウカは突っ込む。今すぐにでも逃げ出したい気持ちだった。
 食事代という弱みを握られていなければ。

「母親が死んで全部変わっちまったんだ。何年前だったかな……確かリーズが十歳になる前だから、八年前か」
「ということは今は十八歳か」

 見た目の年齢ならモウカとリーズは差がない。
 モウカは十九の時に契約したのだから、リーズが同年代くらいかなと予想したのは見事に的中していた。生きた年数では彼女の年齢に十倍しても届かないほど生きてはいるが。
 十歳の時に母親を亡くすというのは一体どんな心境だったのだろうか。
 モウカの今までの人生はあまりにも死と密着しすぎたものではあったが、他人の死というのはあまり縁の無いものだった。いつも命の危機に晒されるのは自分の命で、他人の命など構っていられるものじゃなかった。
 モウカには自分の親しい人が死ぬという感覚は検討もつかない。
 フレイムヘイズの死ならまだしも、普通の人間の普通の死などは特に。

「それで父親があんなんになっちゃったと」
「ん? 知ってるのか?」
「え、あ、いや、ほら風の噂という奴ですよ」

 ここで下手にリーズとの関連性を出すのは後に危険と判断し、強引な言い訳に出た。
 顔に見えない汗を掻きながら、バレてないかなと相手の顔を伺うが、その心配は杞憂になる。

「ああ、そうだよな。あの家の没落ぶりはこの街ではあまりにも有名だからな」
(ここでやっぱり知らないと言うと、また話が長引きそうだから知ったかを貫くしかないか)
(名案だよ。私はもう無理。限界。退屈。死にそう)
(ウェルは本当に退屈が嫌いだよね。にしても没落か。昔は偉かったって奴なのかな)

 貴族か何かかとモウカは勘違いする。けれど、これはさしたる勘違いではないので話の内容を理解するのに差支えはなかった。
 まだまだ話が無くなりそうな雰囲気にげんなりしつつもモウカは話を促す。

「それで?」
「そう焦るなって。ここで当時の小話を一つ」
(モウカ。こんな時に小屋に嵐が襲ったら、この話を聞かなくて済むような気がしない?)
(ウェル、待て。それは最終手段だ)

 語り手による焦らしプレイはモウカとウェパルの心を蝕んでいく。
 蝕まれる度に、心はどんどん廃れていき、どうでもよくなっていく。意識せずに目は自然と虚ろになり、話を聞くどころの精神状態ではなくなっていく。
 そうな状況下で二人は話を聞けるわけもなく、当時のリーズの可愛いかったところ集など頭に入ってくることもないので、

「いつしか荒れてた。昔は素直で可愛い子だったんだけどな……」

 意識を取り戻したときには話は大詰めになっていた。
 あれ、こんなんでいいのかなと良心が多少痛めたが、元よりそんな聞く気のなかった話なのでいいかとすぐに良心を引っ込める。保持する。
 話の前後が全く掴めてなっており、尚更お話を楽しめなくなったが、最初から楽しむ要素なんてなかったかと思い直す。

「荒れてた?」

 なんとか会話についていこうとする。

「父親に自分を見てもらいたかったのかもな。俺じゃなくて本当の父親にさ。わざわざ犯罪になるような事をして、注目を集めたかったんだろ」
(そういうことか。納得)

 現代じゃないが、親に自分を見てもらいたくて非行に走るようなもんかとモウカは納得する。よくある話だなと感想を抱いたが、待てよと前に会ったときの彼女を思い出す。
 あの時見た彼女はどこか心に強いものを持っていながら、儚げであった。それでもありながらも純真そうで、必死に真面目に生きているんだな、などと思ったいたが。

(もしかして騙された?)
(かもね。女って怖いねー)

 ウェパルの他人行儀な言葉だった。
 
(ま、別にいいけど。騙されたって生死に関わるわけじゃないし)
(最近思うんだけど、ある意味モウカって心広くない?)

 生への執着は人並み以上、フレイムヘイズの中なら屈指とは言わずにトップを張れるほどである。モウカ自身もう自負していた。死事への対応は並々ならぬ神経を向けて、何が何でもという必死さを感じさせるが、死が関わらないとそんな熱意は跡形もなく消え去る。
 何が起きてもなんとかなるさ、という緩さや鈍さが目立ち。不祥事が起きても、死ぬわけじゃないから別に構わないという寛大な心が垣間見える。
 これが本当に寛大なのか、ただの無関心なのかはウェパルには判断がつかなかったので、自らの契約者という身内贔屓だけでとりあえずは心が広いという事にした。

「そんな訳があってな、少し歪んだ性格になっちまったんだが……それはそれで可愛いだろ?」
(もういいよ。その娘自慢。愛してるのは十分に伝わったから)

 突っ込む気力はすでにモウカにはなくなっていた。心情としてはもう疲れたから放棄していいよね。というか寝ていい? という投げやりなものになっている。

「不良娘になっちまったんだが、それでも毎晩ちゃんと帰ってたし。評判は悪いが、なにか不祥事を起こしたわけでもないから、俺も娘を愛さなかった父親替わりのつもりだったしからな、多少は注意はしたんだが。そんでも、なんというか、毎日自分の父親の横で剣をうってるのに全く絡んでもらえず。騎士になって父親の剣を振るうだけの価値になって、目を引こうと特訓するのを見て、いたたまれない気持ちになっちまってよ。下手に口出しが出来なかったんだ」

 だからリーズのことをちゃんと見ているようで、実は可哀想だなんて思って目を逸らしちまっていたんだろうなと後悔しているように言った。
 ここらへんの話からは、彼女自身も言っていたことだからモウカも知っていた。
 この話を聞いたのが正義の味方なら、良識ある、善意ある人間ならば、彼女のために何かしようと思い行動するのかもしれないが、モウカがこんな時に取る行動は距離を取ること。
 至極当然、一般的な行動だった。大衆的でもある。
 この話を聞いて同情するが、そこ止まり。わざわざ自分から厄介事に顔を突っ込むような事はせず、傍観ですら無い。無関係だと決め込み、他人になりすます。
 下手に物事に関わりを持たないように。モウカは細心の注意を払って、道を歩む。だが、どこを間違えたのか今はこうして巻き込まれかけていた。

「でも、そんなある日に上の空のようにボーッとしてたリーズがボソリと言ったんだよ。『やっと夢が叶う』って」





◆  ◆  ◆





 その力は実に魅力的であった。力を求めていたリーズにとってはまさにうってつけであり、救いのような誘惑。誰がその言葉を悪魔からの誘惑だと判断することができようか。少なくともリーズにはそれを判断するほどの冷静な頭は持ち得ていなかった。
 提示された好条件にまんまと誘い出される。否、彼女からすれば自ら進んで協力者となった。
 心の中を支配するのは『願いが叶う』という言葉ばかり。

(願いが叶えば私は……私は!)

 お父様が私を見てくれる。
 私のために刀を打ってくれる。
 私を──

 淡い希望の光が見えて、今まで抑制していた感情が胸を張り裂けそうなほどに溢れて返っていた。
 この感情はただの家族愛。それ以上でもそれ以下でもない。
 父親から愛というのを感じられなくなって、それでも昔のように求める心はあったのに我慢して、我慢しすぎて少し常軌を逸してしまっただけ。それ自体は全く不自然でもおかしな事などなく、もう一度昔みたいな家族に戻れたらいいと思っているだけ。
 欲しいのは一家団欒と平凡な家庭。
 だけど、それは途方もなく遠いものとなってしまって、取り戻すには並大抵のことでは出来なくなってしまった。
 だったら、並大抵ではなくなればいい。
 彼女はそう考え、父親に認められるべく騎士を目指した。
 
(叶う。叶う。叶うんだッ!)

 取り戻せる。
 あの日を!
 戻ってくる。
 あの時間が!
 リーズは願いを叶えてくれるという人物にすがるように見た。
 リーズと同じような目をしている人間は他にもたくさんいる。虚ろな目をしてどこを見ているのかさえも分からない人もいる。生きているのか、死んでいるのかも分からない人もいる。様々な人間がそこにひしめきあっていた。

「教授! 例のフレイムヘイズが逃げようとしていまふひはひひ(すいたいい)」
「焦るんじゃなぁーいですよー? 『我学の結晶エクセレント12934─不変の森』は絶対に絶望的に脱出不可能なんですからねぇ」
「元の世界と隔絶させて、絶対不変の森の構築によってどんなことをしても絶対に抜けることのできないのに、フレイムヘイズは馬鹿ですね。弱点は発動したら教授も外に逃げられないというおまぬなしよふひはひ!(ういたい!)」
「余計な事を言うんじゃないですよー?」

 この狭く機械だらけでおそらくは研究所と思われるところに集まった数多くの人間が、全員がこの男を見ている。誰一人として怪しげな服装と口調に疑問をもつものがいない。そして、彼の言葉を理解しているものもいなかった。言葉すらも聞いていないかもしれない。
 誰もが自分の想いにふけっていた。
 ダンタリオンはそんな彼、彼女ら、もしくは人ではない動物を見渡す。
 彼にとっては彼らの想いは今回の実験における重要な役割を担っていた。

「いぃーよいよっ! この時がやてきましたーっ! 契約時に感情の趣で契約後どんな自在法を扱うようになり、どんな力を持つようになるか、知る時がっ!」
「正確には契約時に『人としての全存在』のどういった物がどれほどの代償となって、その後に同影響するかの実験でありますです」
「ふっふふーん。では、始めますよっ!」

 ダンタリオンの悲鳴にも似た叫び声は人間の誰一人として聞こえていない。まさに彼に一人舞台であった。
 だから、彼らにとって変化は突然起こったかのように感じた。
 炎が揺らめいた。
 その瞬間、一人が炎に包まれ、

「う、うわあああああああああ。な、なんだこの感覚はッ!?」

 まずは一つ目の叫び声が上がった。
 二つ目もそれに数瞬ほど遅れてやってくる。
 三つ、四つ、五つと叫び声と炎を身体に包まれていくものが増えていく。
 声だけを聞くならそこは地獄絵図のようにも見えたであろう。一人は叫びを上げて身体を疼くませて熱い熱いとぼやき、一人は訳も分からないまま自分の体を抱き恐怖に震えながらも体内を燃やされる。
 他人が狂い荒れる姿を見てリーズは初めて意識を外へと向かした。
 
(え、何!? なんなのよ!?)

 声を出すことが出来ない。
 当然、彼女にとってはいきなりの出来事のように感じ、何が起きたかも分からず混乱し慌てふためくだけ。
 状況から感じ取って分かったのは、今起きていることはこの世ではありえないことであること。そして、自分が誘われて訪れたこの場所は危険な場所であることだけだった。
 逃げなきゃいけないという感情が発作的に起こるものの手足は自由に言うことは聞かない。驚きと恐怖のあまり身体は硬直してしまっていた。

(おかしいわよ、絶対。何が起きたっていう──あっ)

 明るい灰色の炎がリーズの全身を覆った。
 身体の内が燃やし尽くされ洗われていくの感覚がリーズを襲った。味わったことのないその感覚に戸惑いながらも身を委ねるしかない。
 何も理解できず、何が起きているのかさっぱり分からない中で、リーズは声を聞いた。
 自身の耳から聞こえた声ではない。頭というより自分という存在そのものに語りかけられらたような声。

 『うんむ、絶対的な運命か』

 鈍くしわがれた声。どこかすべてを諦めてしまったような声でもあった。
 その声でリーズはようやく不可思議な感覚から解き放たれると、また違う感覚に襲われる。

「ち、力が溢れてくる? なに、これ。話は本当だったの? それに今の声って」

 首を傾げながら自分の拳を握ったり開いたりする。
 先程から続く理解不能な事態だったが、理解こそは未だ出来ないものの認識が追いつき始めていた。
 これなら騎士にだってきっとなれる、そう思った時にまた声が聞こえた。

「契約者よ」
「だ、誰よ!? って、え、嘘。お母様からもらった耳飾りから声が聞こえる」
「説明をしている暇はない」
「だから、どういう……嘘!」

 リーズが目を向けた先には惨事が広がっていた。
 真っ黒に焦げている元が人だと分からないような死体。
 誰かに腹を貫かれたかのようにポッカリと穴をあけている死体。
 歓声が聞こえる。
 人を殺して狂気に触れている人間とは思えない高笑いにも似た声が。
 本当の地獄絵図と化していた。

「な、何が一体」
「普通的人間だったものが異能的力を手に入れんとしているのだ。今的にもまた新たに生まれようとしている」

 菫色の炎が揺らめく場所を見る。
 そしてさらに遠くには、怪しげな眼つきでこの有様を悠然と見やる人物がいた。
 見間違うはずもない。リーズをこの場へと誘いだした張本人だった。

(あ、あいつらっ!)

 逃げるというダンタリオンにリーズは黙っていない。
 こんな状況を勝手気ままに作りだしておいて、一人で安全にお暇されるなんてもっての外だった。復讐をしたいという訳ではない、せめて場を収めてからいけと言いたかった。
 全く見当外れな彼女の言い分だが、今の頭ではそのことを考えるので精一杯になっていた。
 だから、自分の状況というのを疎かにしてしまっている。

「余所見している暇ではない」

 声に引き戻され、遠くを見ていた目を近くへと向けたその先には、獰猛な表情をした血だらけの男が立っていた。
 右手には人の頭を持ち、左手は胴体を持っている。
 異様なんて言葉じゃ足りないほどの、恐怖が目の前に立っていた。
 リーズを壊れた笑みをして見つめている。
 心内から恐怖と焦りが湧き上がる。
 これはやばいと警告音が鳴り響くが、身体がすくんでしまう。
 耳からも何か声が聴こえるが何を言っているのか全く把握できない。
 とにかく逃げなくちゃ殺される。
 その思いに押し潰されてしまう。
 恐怖の悲鳴さえも出せず、あ……あっと喘ぎ声しか出ない。

──一歩、血だらけの男が近づいた。

 尻餅をつき立ち上がることが出来ない。
 
──また一歩近づいた。

 足が言うことを聞かない。
 匍匐前進のように、身体を強引に引きずりながら遠ざかろうと試みる。
 だが、ここはスペースの限られた部屋の中。
 すぐに逃げ場所がなくなり目の前には壁が──

「つ、か、ま、え、た」

 ──壁ではなくそれは男の二本の足だった。

「あ……」

 リーズの心は今にも壊れそうだった。
 もうダメだ。逃げられない。ここで終わりだ。
 全て、何もかも、失ってしまう。
 そう思うと最後に少しだけ、ほんの少しだけ楽になった。
 
「く、くししし。あーあ、ダメだったなぁ、本当に……お父様、ごめんなさい」

 最後に出た言葉は彼女らしくない懺悔の言葉。
 目を瞑る。
 それは静かに死を待つ全身に力を全く入れていない謙虚な姿勢だった。
 が、その時、

(嘘、身体浮いて……る?)

 リーズの身体が飛ばされそうになるほどのとてつもない強風が吹き荒れた。
 吹き飛ばされそうになったがリーズは飛ばされずに何者かに支えられる。
 するとリーズの周囲だけ風がなくなった。

「教授のことだろうから宝具の一つでも持ってるだろうと思ったら、見つけちゃったよ。どうしよう」
「モウカが言ったんじゃない。あのままじゃキリがないからとりあえず元凶探すって。どうするの?」
「え、ええと、貴方達は?」

 リーズの身体を抱くように支えている青いローブの男(?)に恐々と尋ねた。
 しかし、リーズの問いは思わぬ所から答えが出る。

「同業者のようだ」
「え?」

 耳飾りから聞こえる声に再び慌てふためくが、そんな彼女をよそに青いローブの男は律儀に彼女の問いに答えた。

「ん、ああ、俺ね。``晴嵐の根``ウェパルの契約者『不朽の逃げ手』モウカ、フレイムヘイズだよ。よろしくね、新人さん……でいいのかな?」

 少しおどおどした、それでもどこか誇らしげに彼はそう名乗った。

第十八話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「ふれいむへいず?」

 助けた女の子が聞きなれないだからなのか言葉を反芻させた。
 普通なら無理もないことだ。俺もウェパルに出会っていなければ絶対に無縁だった存在だろう。
 無縁でありたかった存在でもあるし。
 しかし、彼女はさも自分はそんな言葉は知らんと言う感じだが、肝心の彼女もフレイムヘイズになってしまっている。もしかして現状を全く把握出来ていないのだろうか。

「済まぬ。この子はまだ契約を終えたばかりなのだ」

 ひどくしがれた聞きづらい声が聞こえた。
 声が聞こえた先は彼女の耳にある骨董品のような耳飾りからだった。ということはつまり、この声の主が彼女が契約した``紅世の王``ということになるのだろう。
 ウェルが「うーん」と言いながら心当たりを探っていると、急に声をあげた。
 
「あ、分かった。このしわがれた感の激しい声は、いけ好かないあの老人よね。モウカ、こいつは``盾篭``フルカスよ。間違いない」
「へえ、どんな``紅世の王``なんだ? あと、ウェルはいけ好かない奴があまりに多いのでいけ好かない発言は参考にならない」
「ふんむ、我が印象などお主が決めることだ。それよりも先に」
「悠長にしゃべってる場合じゃない、か。呑気に自己紹介してる場合でもないしね。いくら『嵐の夜』で他の奴らがここに近づけなくても、教授なら難なく出来そうだし」

 ここにはかの大嫌いな教授がいて、俺の命は今この瞬間にもすり減ろうとしているのに。現実にはすでに精神はガリガリに削り取られてしまっているけど。
 嵐を引き連れて、教授の気配を辿り、ようやく行き着いたらこんな鉄臭い機械だらけの部屋の中。見知った顔がいたので、強力な風圧の不意打ちで彼女を襲うとしていた輩は吹き飛ばすことが出来たが、フレイムヘイズとなったものはあの程度じゃ死にはしないだろう。
 俺の攻撃は所詮、相手に怯ませる程度の物でダメージを与えることなんて出来るはずもないのだから。
 助けた女の子、俺の記憶が正しければこの子がおっちゃんの話していたリーズという子のはずだ。まあ、おっちゃんはもうこの子のことを覚えていないはずだが。

「ウェル」
「うん、モウカ。やっぱりここが出口みたいだね」

 教授の忌み嫌われる理由はかなりの数があるが、その一つが逃げ足の速さである。彼がこれほどまでにフレイムヘイズやはては``紅世の徒``にでさえ嫌われているにも関わらず生きてこられたのは単に力だ強いというだけではない。
 強いというだけの者はいつか滅びが来てしまう物であり。それは史実が物を言っている。
 つまり、どんな状況下でも自分だけは生き残れる、逃げ切れるというのが彼の本当の強みであるのではないかと俺は睨んでいる。そういった意味では方向性では実に嫌だが俺と全く一緒。
 教授の『逃げる時』の心理を探った結果、俺ならこうすると思ってある程度の目星をつけていた。勿論、それはあくまで俺の推測であり実際にはどうなのか分からないため、教授ととりあえずで危険を承知で出向かう必要があった。
 虎穴に入らずんばというやつだ。
 そして、今回に限っては見事に成功した。
 俺が考えた教授の逃げ道であり得る可能性はいくつかあった。
 一つは、そもそもこの場にいない。
 逃げるも何もこの場にいなければ危険に身を晒す必要がない。その場合、この自在法の自在式が未知数でどうやって保持しているのか分からないが、相手が教授だからということで低い可能性ではあるものの考慮に入れた。実はこの可能性が一番どうしようもない場合だったが結果はそんなことはなかったので安心した。
 二つ、移転系の自在法による脱出。
 俺をこの場所へと強制転移させたのと同じ理屈だ。
 自由自在に瞬間移動できる自在法など存在しているとは思えないので(自在法はそこまで便利なものじゃないし、出来てしまえばすでに噂になっているはずだ)、特定地から特定地に移動出来る類の物。この場合は教授に移転系の自在法を使わせ、抜け出せない森の自在法の制御をやめさせるのが目的となる。手段は撃退とほぼ変わらないので、俺にとってはハイリスクとなる。
 そして三つ目、

「出口のない迷宮なんて無い。つまり、教授自身が出口である可能性。教授のいる場所が逃げ道の可能性」
「さすが、モウカだね! 逃げる事に関してはあの教授さえも右に出れないんじゃない?」
「それは褒めてないよな!」
「うむ、仲がいいな、お主ら」
「まあね。二百年以上一緒だし」
「に、二百年……!?」

 新人さんは驚きの声を上げた。
 驚くのも無理は無いと思うけどね。外見は自分と変わらないのにとか思っていそうだ。でも、ほんとうのところは二百歳も年上なんだよ。フレイムヘイズに年齢は関係ないけどさ。
 そんなことは置いといてだ、つまりここが出口である可能性を俺は疑っていた。それ以上にそうであって欲しいと思っていた。それならば戦闘にならずに逃げれる可能性だってあるのだ。
 わざわざ教授を倒して、なんていう死地に足を踏み入れる必要なんて無いのだから。
 そして、それはほぼ理想の形で現実となった。
 俺が入ってきたのとは違うドアがこの部屋にはあった。
 それがおそらく、出口なのであろう。
 だけど、

「複数個あるとか、なんなんだよ。鬼畜というか意味不明というか」
「うん、さすが教授だよね」

 色や形、大きさの全く違うドアが、壁に地面に天井にとたくさん形振り構わず存在している。これはダミーとでも言うべきなのか、間違い探しだと言いたいのか、それとも全てが本物だというのか、それが分かるのは教授のみというのか。
 猪口才な仕掛けというか……ああ、違うな。これはちゃちとかそんな表現の仕方じゃない。うざい。とてもうざい仕掛けだぞ。
 そんなことを思っているとそれに輪をかけるように、

「んんんんんー? 今、強制的に作ったフレイムヘイズの他に妙ぉーな虫が一匹巻き込まれてますねー? むむむー? おかしいですねぇ。あなたは『我学の結晶エクセレント12934─不変の森』からは出られないはずなのに、なぁーぜここにいるのですかねぇ」
「ききき教授! さっきから観測を邪魔しているこの風と雨もこのフレイムヘイズがひはひ!(いたい!」
「そぉーんなのは、とっっっくに分かっていますよー?」

 苛つ声が聞こえてきた。
 もう二度とこの声は聞きたくないな。今日限りで金輪際一生付き合いたくないな。
 教授がこうやって動き出したということは俺たちに時間はあまり残されていないということだ。下手すれば、このまま戦闘になるということも十分に考えられる。多少の時間稼ぎ程度の戦闘なら生き残ることは出来るだろうが、辛い戦いになるのは眼に見えている。
 早く逃げる算段を思いつかなければならない。
 逃げ道は複数あるドアのどれか出ることは間違いないだろう。
 ただ、一つ一つチェックするような猶予はないし、させてくれるとも思えないしな。
 この中のどれが本物か……いや、ここは教授の心理を紐解いて、逃げる際に同した方がいいかを考えるべきか。うぐぐ……いや、待てよ。

「これがフレイムヘイズの力、か」
「この世の不思議たる異能の力だよ。存分に扱ってくれよ」
「にしても、この雨風は何とかならないか? 視界が悪くてね」
「これこそが異能の力の自在法さ。誰が発現させたか分からないけど、撹乱と奇襲には向いてるね」

 俺が停滞し行動を起こしかねていたとき、二つの声が上がった。
 声の方向を見ると、そこには一人のフレイムヘイズがいる。というか、この空間には何人もフレイムヘイズがいるのだが、まともに意識を保っているのが僅かしかいないため、協力は無理だと諦めていた。
 しかし、これならば、

(協力を求めず、上手く教授のもとに導かせれば囮になるよな)
(こういう時のモウカって一切躊躇いないよね。『大戦』の時といい、今回といい)

 生きるためには手段を選んではいられないということさ。どこかで見た事あるような人物だが、背に腹は代えられないという奴だ。
 『嵐の夜』の細かい制御はもはやお手の物で、彼らの前に風邪も雨もない一本道を創り上げて見せる。その道は教授へと繋がるデッドロードだ。同業者を犠牲にするのは心が痛い、ああ、すごく痛いが俺が生き残るためには仕方ないだろう。
 運がよければ彼らだって生き残れるさ。
 得てしてフレイムヘイズは生まれた瞬間から持つものと持たないものに別れる。それは人間の才能なんかと変わらず、最初から強い奴は存在する。俺は残念ながら最初も現在も弱いままだけどね。フレイムヘイズだから才能がないというよりは器が小さかったのかな。ウェルが言うには大きい方なんじゃないとか慰めてくれるんだけど。ぶっきらぼうで適当な言い方だから信用はできない。
 しかし、彼らは才能ゼロの俺とは違って、どことなく強者の風格がある。
 こういったものに特に敏感な俺が言うのだから間違いない。上手くいけば、彼らだけでも教授を撃破することが出来るだろう。
 デビュー戦が教授というのには同情をせざるを得ないけど。応援してるよ。その方が逃げる時間を稼いでもらえるし。
 そうこうしていると、戦闘が始まったようだ。
 ようやく巡り巡ってきたチャンスだ。逃すわけにはいかない。

「よし、逃げるとしよう」
「でも、まだどのドアが逃げ道か分かってないよ?」
「それがもう目星はついたんだな、これが」
「うむ、それは本当か」

 フルカスが驚愕の声を上げた。
 当然のことだろう。
 俺がまさか味方を犠牲にしている間も、全くそちらへ意識を逸らさず逃げることだけを考えているなどとウェル以外には分かりっこないのだから。
 
「本当だよ」

 俺がもしこのような状況で逃げ道を確保する場合どうするか。
 まず間違い無く一つの手段ではなくあらゆる手段の逃げ道を用意しておくだろう。一つ潰れても二つ目で逃げれるように。二つ潰れても三つ目で確実に逃げ切れるように。複数個の逃げ場所を用意しておくだろう。
 教授が同じような発想をするとは一概には言えないが、考え方としては十分に妥当だろう。だとすれば、この大量のドアは実は、

「全てが出口だったりする」

 一番近くにあった地面に喰い込むように設置されているドアを開けた。





◆  ◆  ◆





「まさか、俺が他のフレイムヘイズにフレイムヘイズとしての心得を諭す日が来るとは」
「感慨深いものだね。一人一党のフレイムヘイズの中で異質であると断言できるモウカがね」

 フレイムヘイズはとてつもない個性的な方々ばかりだ、と言ってるわけではないのだが、確たるものを皆持って、使命やら復讐やらの戦いに身を晒している。特に復讐なんてものは完全に私事である。そればかりか、これは自分の問題だと言い、他人が関わることをよしとしない奴も多い。だから一人で一党になってしまう。
 そんな彼らだけど、俺はその中でもやっぱり違うというか。本当の意味で一人一党だよね。
 ある種彼らは復讐者、使命を背負う者という概念では一緒くたにすることが可能ではあるが、俺はそのどちらとも外れてしまっている。
 契約した理由はと問われれば、もっとたくさん生きたいからと答え。
 なんで戦うのかと問われれば、別に戦いたくないし、戦っても逃げるだけと事実を告げる。
 本来のフレイムヘイズとしてはダメダメというよりは、お前は本当にフレイムヘイズなのかと問われるレベルの外れっぷりだ。
 そんな俺が新人のフレイムヘイズ語って聞かせる時が来るなど、誰が予測できただろうか。
 どこからかお前が語るなという言葉も飛んできそうだ。

「それでも説明を求められれば答えるまでだけどね。でも、その前に自己紹介しょうか。俺の名前はモウカね。初めましてではないと思うけど。それで『不朽の逃げ手』としての相方は」
「よろしく。``晴嵐の根``ウェパル、ウェルって読んで貰って構わないから」
「私はリーズ・コロナーロって言いま──」
「あ、いい忘れたけど、もう丁寧に話す必要ないよ。どうせ、それは素じゃないんでしょ?」

 ウェルの少し刺のある言い方だった。
 彼女からすれば意外と珍しい反応だったが、その理由はどうやら『私を利用しようとするなんていい度胸じゃない』という子供っぽいというか、すごくウェルらしい理由だと納得する。
 俺はどっちでも構わないんだけどな。どうせ、これから一緒に旅をするわけでもないし。
 フレイムヘイズが徒党を組むなんてのは滅多にない話だ。それこそかつてのようにフレイムヘイズが皆集まって、何かをしなければならないような事態に陥らない限りは。そんな事態はもう二度とごめんだが。
 例外として、フレイムヘイズも組織のようなものを作りシステマチックになれば別の話だが、なんてったってフレイムヘイズだしな。そんなことは夢物語に過ぎないだろう。

「別に……好き好んで利用したり、媚を売ってたわけじゃない」
「利用されること自体は別にいいんだけどね。死ぬわけじゃなければ。ま、そんなことはどうでもいいじゃないか。自己紹介頼むよ」
「あっさりしてるわね。でも、その方が私としてもやりやすいわ。何故かご存知のようだけど、私はリーズ・コロナーロ。よく分からないんだけど『堅槍の放ち手』って言うらしいわよ」
「すでに知られていようだが我は``盾篭``フルカス。この子に力を与えし者」
「リーズにフルカスね。まあ今日の説明だけで、お別れだと思うがよろしく。じゃあ早速だけど、何から話したらいいものかな」

 新人には教えるべきものが多い。
 成り立てのフレイムヘイズは、フレイムヘイズの何たるかをその契約者たる``紅世の王``に教わる。俺も珍しく例外に漏れずそうだったが(色々欠けていた部分は多かったにせよ)、フルカスから、

『お主らの名は遠き``紅世``にも響いておる。是非にお主らからその多き経験則を含め、ご教授を願いたい。『大戦』の立役者よ』

 と、是非教えてくれと言われたので、俺としてもなんとなく後輩を持つというのは悪い気分じゃなかったので引き受けた。我ながら慣れないことだなとは思ったけどね。
 ……て、え、待てよ。
 なんだよ、その大戦の立役者って!?
 初耳だぞ。
 俺はどうやらフルカスとは少し詳しい話をしなくちゃいけないらしい。

第十九話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「えー、ごほん。フルカスにはあとで聞くことがあるとしてだ。フレイムヘイズについて俺が少しだけ教えよう」
「私としては今すぐにでも``盾篭(じゅんろう)``の言ってた『大戦の立役者』について聞きたいんだけどなー。面白そうだし」

 俺は面白そうというよりはその話の発生源を確かめたい。もし仮に、そんなまるで称号のようなものがこの世界に広がっているのだとしたら迷惑千万。やめて欲しい。俺はあの戦いでは自在法を使って自分が生きるのに必死だっただけで立役者となるような活躍なんてなかったはずだ。
 それだけじゃない。
 あの大戦においての最も目立ったのはかの『炎髪灼眼の討ち手』マティルダさんと『万条の仕手』ヴィルヘルミナさんだ。その他にも強力な打ち手がいてサバリッシュさんやカールさんなど、そんな恐れ多い人物たち、猛者たちと同列に並べるような『立役者』だなんて勘弁して欲しい。
 無益な戦いを生むだけだ。
 ……いや、待てよ。
 上手くいけば、その恐れ多い活躍のおかげで``紅世の徒``が俺から遠のくということも可能なのではないだろうか。これは一考の余地ありか。
 この称号を利用するか、それとも破棄するか。
 どちらにせよ俺の真の実力がバレれば仮染の脅しも出来ないし、必然と破棄されるのでとりあえず静観がいいところなのかもしれない。ウェルなんかは喜んで言いふらしそうだけど。

「ウェル、話を進ませてくれないか?」
「あ、ごめん。滅多にないモウカの活躍できる場面だもんね」
「うっさいわ」
「二人は本当に仲がいいのね。なんだか羨ましいわ」

 独特の含み笑いをしながらリーズが言った。
 顔にはそんな羨ましいそうな表情なんて浮かんでいなのに、言葉だけは真実性が帯びている。
 仲がいいことが羨ましいね。あのとある鍛冶屋の少女の話によれば、今まで彼女にはそんな人がいなかった、だから彼女は人との交流を、愛を父親に家族に求めたという話だったからな。
 これは当然の羨望なのかもしれない。
 ま、俺にはそんなの関係ないんだがな。
 彼女は所詮は他人。俺はいつだって自己中心的で、いつだって自分の命が一番惜しいんだよ。悲しい過去を持ってるからって同情する余裕は俺にはない。

「リーズだってフレイムヘイズなんだし、長く生きればいつかフルカスとそんな仲になれるかもしれないんだから気にするな」
「そのフレイムヘイズというのをそろそろ教えて欲しいんじゃない」
「そうだった……簡単に言うなら、どう言えばいいのかな」

 不死者という言葉が浮かび上がったが、これは少し話が突拍子すぎるかもしれない。俺ならそんなことをいきなり言われても、はあ? と気の抜けた返事をしてしまうだろうな。どうすれば伝わりやすいか。
 この世界のバランサーだと言ったほうが早いのかもしれない。あのとんちんかんな``紅世の徒``の``王``である教授を見た後なら、ああいうのを倒すのが仕事だよといえば理解しやすいだろう。あれほど分かりやすい``紅世の徒``の典型は俺の知っている内ではいない。
 あれの場合は典型的であると同時に、異端でもあるのだけどね。

「``紅世の徒``っていう、ついさっきまでへんてこな奴がいたの分かるだろ?」
「うん。私を騙した奴でしょ。許せないわね。この私を……」
「……なんか怒ってる場所がおかしい気がするが、置いといて。ああいうこの世界で自由気侭に遊びまわっては迷惑かけてる奴らを討滅するのがフレイムヘイズの役割なんだ」

 ここからさらに具体的に教えるには``紅世``の解説と、``紅世の徒``の有り様や『フレイムヘイズ』の生き様の解説をする。``紅世``とこの自分たちが生きている世界を平和に保つためのバランサーであることや、彼らが何のためにこの世界へと渡り、どうやってこの世界で好き勝手暴れるのかを教えれば、大体のレクチャーは終了する。
 俺がメインで話をしながら、ウェルやフルカスが補足をする形で話を進める。リーズは時折、疑問に思ったことを質問をして、返すというやりとりが行われた。
 実に円滑かつ効率的なフレイムヘイズ講座であったと俺は自負する。
だというのに、肝心の生徒役のリーズはこの話を聞く前の少し期待するようなそれでいて強気な表情など欠片も残っておらず、今は暗い表情をしていた。まるで今までのすべてが無駄だったかのようなそんな諦めきった顔。そんな顔をした原因はだいたい予想はできていたが、それを気にせず俺は最後の締めに入る。
 
「──だからフレイムヘイズはある種の正義とでもいうのかな。そこまで威張れることじゃないけどね」
「使命を背負ってとか言っては自分たちが正義だって掲げてる。でも、実際はほとんどが復讐者なわけだし。フレイムヘイズが本当に生真面目に正義だって主張するなら笑っちゃうよ。ね、モウカ?」
「それを俺に言うか、俺に。最もフレイムヘイズの使命に縁遠い俺に」
「ふむ、我も例外になるわけだ。あの``探耽求究``のおかげでな」
「強制的な契約だっけ?」
「たくさんの同朋が死んでしまった」
「それは……」

 かなりの悲劇だったのではないかと思う。
 ``紅世``からこの世界に来るのは賭けの要素がかなり大きい。どんな``紅世の徒``であろうとも強大な力を持つ``紅世の王``であっても無闇にこの世界へと渡ろうとすれば彼らの存在が消えてしまう。
 教授のこの実験は、自分たちと同じ種族である同朋を大量に死に至らしめた実験であり、単純に巻き込まれた人間だけでなく``紅世の徒``にとっても悲劇そのものではないか。
 
「嫌な出来事だっただろうね」
「我が契約者は自身のことで目を塞ぎ耳を塞いで知らなかっただろうが、無事契約した者まともなことになってなかった」

 俺が来た頃にはすでに死屍累々。
 そこらに丸焦げの死体が転がっているし、首がない死体や、明らかに自分で首を閉めて死んだ死体まであった。
 俺が吹き飛ばした人物も発狂していた。教授が撤退して見逃してくれたなら、彼も生きているだろうがあの様子じゃフルカスの言うとおり、まともな事にならないだろう。目を見て分かったのは、自分の異常たる力に取り憑かれていた。あの様子じゃ、フレイムヘイズとしての使命は愚か、バランスを保つどころか崩してしまう行動に出るだろう。
 己の力を思う儘に振りまいては被害を出して、``紅世の徒``同様にフレイムヘイズに討滅される。
 簡単に思い浮かぶ末路だ。

「今となっては俺たちに出来ることはないからね。被害にあった彼らには悪いけど、どうしようもないの一言に尽きるよ」
「ふんむ、我もどうかしようという訳ではない。こうして契約してしまった以上は、彼女が望む限りはそうあるべきと定めるべきだ」

 とても潔よい回答というか、物分りのいい``紅世の王``のようだ。
 これが滅多にいないが教授みたいな偏屈だったり、ウェルのような異端だったらリーズも大変だろうが、これなら特に問題もなくフレイムヘイズとしてやって行けるだろう。
 彼女がどれほどの器を持っていたかは知らないが、俺より下回る討ち手にならないのは確実だ。俺は自分こそがフレイムヘイズの強さでは最底辺だし。
 討ち手としては絶対に弱い俺でもこうやって生きて行くことが出来るのだ。強い生への執着と、諦めないことが何よりも重要。結局、心のありようなんだと思う。
 人間もフレイムヘイズも``紅世の徒``もそれはなんら変りない。

「私の望む形……ね」
「使命に熱心になってもいいし、あの教授を一発ぶん殴るとかでもいいと思うよ。好きにするといいさ。世を乱さない限りはね」
「そうそう! 自由に我侭にありのままにってね! モウカを見習いなよ。本当にフレイムヘイズかって疑問を持ちたくなるから」

 そういうのはほっとけよ。
 いいんだよ俺は。契約した時から俺の揺るぎない信念「死なない」と「人生の謳歌」は、未だに変わらず存在しているんだから。死なないはこうして生きていることで信念を貫いてはいるけど、未だに謳歌はしきれてはいない。
 謳歌する前にいつもこうやってなんらかの事件に巻き込まれてるせいなんだけどね。
 いい加減対策を考えたほうがいいかもしれないな。
 ``紅世の徒``に絡まれるということにしてもそうだけど、敵の自在法とかに対しても。教授との戦いで痛感したのは、ただ逃げるためだけの自在法だけでは相手から逃げられないこともあること。時には敵を妨害して、敵の自在法を封じて、完封して逃げる必要性が出始めてきた。もしくはその前に段階、巻き込まれたり敵に見つかる前の段階でやり過ごすという手を考えたほうがいいかもしれない。
 課題は多いな。この歳になってこうもやるべきことが多く、フレイムヘイズとして完成されていないのは珍しいのではないかと思う。普通のフレイムヘイズと比べようがないんだけど。

「本当はこの力で騎士になりたかった。父様はもう私のことを覚えていないから、それは意味を成さない。私は……私はどうやって生きたらいいの?」

 言葉こそ荒らげてなかったが迫真のものだった。
 どうしよもない気持ちの掃き溜めを吐いたような。さっきまでの溜まっていた鬱散を言葉にしたような言葉。
 俺は彼女がこうなることは予測できたいた。いたのだが、思わず声を失ってしまう。他人の絶望を目の辺りにするということを初めて形にして見た気分だった。

「…………」
「それは我が契約者が決めることだ」

 不純な動機というわけではないけど、俺よりはロマンのある契約だったのは間違いない。ロマンのあった彼女の契約のケースもまた異例中の異例。元来のフレイムヘイズの有様とは遠すぎる壊れ形の契約。
 リーズがフレイムヘイズになりたかったのは騎士になれると思ったからで、その騎士になりたいというのは一心に父に認められたかったから。けれどもフレイムヘイズとなってしまったら騎士になることは出来ない。フレイムヘイズになることはつまり、この世の理とは別れを告げて別の存在となってしまうこと。こうなってしまったら今までと同じ世界で生きて行くことは不可能だ。無理に生きていこうとするなら、その異質なフレイムヘイズ故の特性がいずれ壁となって現れるだろう。
 不変にして普遍ではない存在なのだから。
 
「時間があるんだからのんびり決めればいい。んと、俺の役割はここまでかな」
「…………」

 元より深く関わり合うつもりもない。
 それが俺のポリシーだといえば、なんだか格好良いがそういう訳ではなく、単に俺の生き様というのもまた他人には理解しがたいものであるだろうことだと思ったからだ。
 それ以上に、俺が生きる上で他人がいたら非常に俺が生きづらいというかやり辛いというか、兎に角俺が窮屈な生活を強いられることだってありえる。俺は自分が一人でこうやって生きているからこそ、こうまでして自由奔放にやって行けている可能性は多分に含まれているだろう。
 
(それでどうするのこの子は?)
(ん? ああ、別にここに置いていくというか、放置?)
(ふーん、それでいいんだ。ここで慰めの一つや二つしたら、好感度上がるかもしれないよ?)
(俺がそういうのをしないって分かってて言うんだよね、ウェルって。でも、そうだね)
「何か、困ったことがあったら『外界宿(アウトロー)』に行ったらいいと思うよ。フレイムヘイズの先輩方もいるしね」
「体よく追い払う、と」
(言葉を濁したのにそういう事言うなよ)

 否定はしないけどさ。
 復讐をし終えたフレイムヘイズのたまり場のような場所。それが外界宿だ。
 俺も数度か寝る場所を提供してもらえると思って尋ねたことがある。俺が行った外界宿が悪かったのか酷く寂れていている場所で、これなら安い宿屋を普通に借りた方がましというような場所だったが、フレイムヘイズとしての知識程度なら手に入るだろう。他のフレイムヘイズとの交流という意味でも十分の意義を持つ。
 たとえほとんどのフレイムヘイズが一匹狼で、こちらと友好的に接してくれなくても、見も知らない他人よりは顔程度は知っている仲のほうがあとあと何かの助けになるかもしれない。打算である。
 書く言う俺はあまり外界宿とは関わっていない。初めて行ったときの印象が悪かったというのもあったが、俺の戦闘スタイルというか生き様が普通とはズレているので、下手に他のフレイムヘイズと交流を持って齟齬を持つと面倒だからだ。無駄に知名度が高くなってるらしいというのも理由の一つであったりもする。

「それじゃあ俺達はそろそろ旅立たさせてもらうよ。一箇所に留まってたんじゃ、いつ誰に襲われるか分かったもんじゃないからね」
「もうすぐ他のフレイムヘイズたちも騒ぎを聞きつけてやってくるだろうしね。私も厄介事は勘弁だよ」

 教授の件はおそらく近いうちにフレイムヘイズ、``紅世の徒``の双方の元へと通達が送られるだろう。
 そうなれば、使命を持たず世を荒らすだろうフレイムヘイズが生まれる可能性を考慮して、それを討滅しにくるフレイムヘイズがやってくるのも時間の問題。``紅世の徒``に限ってはその状況を興味本位で近づいてこないとも言い切れない。
 ここら一体の街はしばらく荒れるのが眼に浮かぶ。そして、争いの元になりそうなこんな場所に身を置くという選択肢は俺にはない。
 さっさと身を隠して今回の事件とは無関係を装うのが、安泰への一番の近道だろう。

「どいつもこいつもさ、私がフレイムヘイズとしてこの世にいるのが不思議でならないみたいな事言うし」
「そりゃ……ウェルを知ってるやつだったら皆そう思うだろ」
「それをモウカが言う資格はないんだよ?」
「そうかもしれないけどさ。まあいいや。そんな訳でここでおさらばだ。リーズにフルカス」

 ウェルのは愚痴が始まったらいつ終わるか分からないので強引に話を切りつつ、別れを告げることにした。
 
「お主らとまた会える日を楽しみにしてるぞ」
「またいつかね。ほら、ウェルからも一言」
「──え。ああ、別れね。リーズ、フレイムヘイズだからってあまり気負う必要ないんだからね。モウカを見れば分かるけど自由に生きればいいんだよ」

 ウェルが珍しく真っ当な事を言っている。
 これは明日は雪どころか嵐がやってくるな。
 ウェルは``紅世の徒``には意外と辛辣なことを言うが、実は人間には優しい一面を持っていたりする。その一面を見せるのは滅多にないことだけどね。
 本人が言うには『暇つぶし相手にはちゃんと好意を返さないとね』だそうだ。

「``盾篭``は……頑張れば?」

 うん、辛辣だ。
 単に言葉が思いつかなかっただけかもしれないが、平坦で感情のこもっていないその言葉はやはり投げやりなものだろう。ある意味、``紅世の徒``と敵対するフレイムヘイズには向いていたのかもしれない。
 契約者たる俺が俺なので討滅するなんてことはなさそうだが。

「…………」

 リーズは無反応だった。
 何を考えているのか、もはや意識がどこか遠いところへいってしまっているのか。それは彼女本人以外は知ることは出来ない。勿論、俺やウェルがそこへ干渉しようなどとは考えない。彼女がこのまま何も目的も見い出せず、ただ惰性に生きて行くとしても知った事ではない。
 今この場で慰めようとも思わない。
 一人できちんと考えなさい、お母さんじゃあるまいしそんな丁寧に律儀に答える必要はない。
 リーズは運が悪かったのかもしれない。
 助けられたのが俺ではなくて、サバリッシュさんならこんな時に助け舟を出していたのかもしれない。
 でも、現実ってやつは不条理で理不尽なんだよ。俺がそうであったようにね。
 別れはすでに告げた。
 だから、『堅槍の放ち手』には背を向けて、この街を出て行こうと一歩踏み出した時だった。
 今までずっと無反応だったリーズがぽつりと言葉を零した。
 
「そっか。そうだよね。自由に、だよね」

 何かを悟ったかのような言葉だった。
 明るいようなそれでいてどこか切なげな声色。
 
「ならさ……私にその生きる意味っていうのを教えてくれてもいいんじゃない? ねえ、生の亡者さん?」

 振り返って見た彼女の瞳は、先程まではなかった忌々しい光が宿っていた。
 そして、同時に確信する。
 これはどう考えても面倒事に巻き込まれたなと。
 
(なるほど。あの教授でさえも向こうへ回して、彼女が真のラスボスだったわけね)
(うっさいわ!)

 なんでいつもこうなるんだと頭を抱えたいよ……

第二十話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 すでに使命を終えて腐れてしまったフレイムヘイズの溜まり場と化しており、大した機能性もない『外界宿(アウトロー)』ではあったが、各地のフレイムヘイズが時々立ち寄ったりするので自然と``紅世の徒``絡みの情報は集まるものだった。そうやって手に入れた情報を取り纏めたりするわけではなかったが、求められれば資料を作り情報を提供してくれたりもする意外と善良的な組織ではあった。
 片手間で作られた程度の資料であるため、また元の情報がここのフレイムヘイズの主観性に基づいた物のために、上手く纏められておらずに情報錯誤が起こっていたり、信憑性を欠くものであったりしていて無いよりはマシというものではあるが。
 普段ではあればモウカもあまり外界宿を使わないタイプのフレイムヘイズではあったが、さすがに自分が大きく関わり今後が気になる事件ではあったので、わざわざ資料を取り寄せた。
 モウカは教授が行った『強制契約実験』における被害とちょっとした伝記となりかけている取り寄せた資料に目を通す。
 眉間に皺を寄せて低くうーんと唸る姿は、外見に似合わない老練さがあり彼の実年齢が見た目相応でないことを珍しく表していた。

「やっぱりすぐにあそこを離脱して正解だったか」

 ボルツァーノを離脱して一月程経過してようやく情報が手に入るようになり、書かれた資料の芳しくない内容に人知れずモウカは唸っていたのだった。
 その芳しくない内容とは『フレイムヘイズ』による一般人への荒らしと、荒らしたフレイムヘイズの討伐状況。強制契約実験時に無理矢理契約させられて、フレイムヘイズとなった者たちの末路が描かれている。
 その一つ一つは、世を乱すフレイムヘイズを討伐してやったという討滅した側の自称正義の鉄槌自伝だが、主観であるがゆえに戦いの有様をありありと知ることが出来た。誇張だと思われるものもしばしばあったものの現場の雰囲気を掴むには十分なものだった。

「みたいだね。モウカの逃げ足の速さも中々のものだったけど」

 モウカの首に下がる青い球体のみが高価そうに見える、無骨な首飾りから彼に異能を授けた``紅世の王``であるウェパルがいつもの陽気でちゃかすような言葉を告げる。
 モウカは内心自分の好判断に満足気に頷かせながらも、逃げ足は褒め言葉さとウェパルに誇らしげに返した。
 相変わらずの光景。数百年と乱れのない二人の遣り取りが、この場が平和であることを示していた。
 モウカとウェパルがゆったりと過ごしている横では、一人の少女が剣を上から下へと剣を振っていた。飽きずにそれは何十何百何千と数時間に及び続いている光景。
 モウカはその少女へと全く目線を向けようともせず、無いものかのように扱っている。

(ねえ、モウカ。そろそろ何かしてあげてもいいんじゃない? さすがにこの私でもちょっと可哀想に見えてきたよ)
(何かって何さ。彼女本人に俺は『自由にしたらいいんじゃないかな』と言ったら、彼女が勝手に『俺に生きる意味を教えてもらう』とか言い出しただけじゃないか。だから俺は否定はしないよ。でも、俺が素直にそれに答える必要はない)

 そもそも生きてるだけで素晴らしいことだというのに。
 声にならない声でモウカは愚痴を零した。
 彼女、強制契約実験で偶然助けたが為に着いて来た厄介者のリーズというフレイムヘイズ。生きる意味を失ったというリーズにモウカは何も示さず、自分で見つけろと自分は無関係を決め込むつもりだった。
 だのに、モウカは非常に面妖な事に付き合わされていた。
 ここ一ヶ月、モウカとリーズの間に一言の会話もないほど他人と言えるのにも関わらず、まるで一緒に旅をしているかのような状況下に置かれていた。何度となく着いてくる彼女を振り払おうとしたがピタリと着いて来て離れず、かといって下手な自在法の使用は無益な争いを生む元と成りかねないので使うことに踏み切れずにここまで来てしまっていた。
 モウカに言わせれば面倒の一言で、ウェパルに言わせれば早く面白い展開にならないかな、楽しみなのにの二言。
 彼からすればウェパルとの気楽な旅(こういうとウェパルが調子にのるのは眼に見えているので口には絶対に出さないが)をこれからもして行きたい。という建前はさておき、リーズが足手纏いになることを危惧していた。
 言わずと知れたモウカの生き方というのは、一部の大戦などの例外を除き殆どの場合が一人でいた時分に成功している。今更、逃げるときの人数をたった一人とはいえ、増やすことはリスクを背負うことに繋がる。下手を打てば、一人では逃げきれた事象が二人に増えたことによって逃げれないことが出来てしまうのかもしれないのだ。

(二人になったときのメリットだってあるのは分かってるけどさ)

 逆に、人数が増えれば今までになかった逃げ方というのが出来る可能性だってある。一人では逃げれなかった事象を協力することによって逃げきれるように、というのも十分にありえることだった。
 モウカからすれば重要なのは、平和に生きることが出来るか否か。生活臭があり、時々危機に面して人間味あるスリルと人生を送ることが出来るかである。
 この条件が満たされるのであれば、リーズが居ようが居なかろうが今のところはモウカには不満はない。けれども、目の前の存在はその条件を満たすかどうかを当てはめて考えてみると、満たす可能性もあれば満たさない可能性も考えられ、思考はいよいよ深みにはまり判断がつかなくなっているのをモウカも感じていた。
 これが俗に言うマンネリ化とかいう奴なのか、と資料に目を通し終わり御礼の手紙を書きながら何度目か分からない溜息も零し、今日初めてリーズを見る。
 会った時と変わらない焦げたような金色の髪は『清めの炎』で、元の色を取り戻したからだろうか以前に比べて少し輝いていた。白人らしさに少し欠けた白すぎない肌。顔は幼さを残す造りで、いつも温厚そうな柔らかい表情をしているが、時折思い出したかのように意地悪そうな笑みを浮かべたりするが、今は剣を真面目に振っているため顔の表情は真剣そのもの。身長はさほどモウカと変わらないはずだが、華奢な体が幾分か小柄に見せていた。
 モウカには慣れ親しんだ人のいない森の中は、リーズにとっては絶好の鍛錬場なのかもしれない。
 リーズを見やって再び溜息をし、モウカはようやく重い腰を上げてリーズと決着をつけようと決心をしたその時だった。

「これは……!?」
「一ヶ月平和だったのにお疲れさん、モウカ」
「本当だよ。ま、仕方ないさ。それならまた逃げるだけ。どうやら気付いたのはこちらだけみたいだから」

 人一倍敏く、フレイムヘイズ二倍も``紅世の徒``に警戒心を抱いているだけあって先に敵を感知した。
 規模は? 大したことない。場所は? まだ遠いね動いてない。と流れるようなやりとりをモウカとウェパルは交わし、今のうちにと逃げの体制を整えた。

「今なら自在法も必要な──」
「待って!」

 ウェパルとの最終調整の相談をしようとしたモウカの声を遮るように、張りのあるやや甘めの声が遮った。一ヶ月前に助けた時の最後に言った『ありがとう』という言葉以来に聞いたその声はどこか新鮮さを感じさせ、そういえばこんな声だったっけと懐かしさも呼んだ。
 声のした方向へと目線を配ると、しかとモウカの黒い両目を見つめる琥珀色の瞳があった。
 
「待つって?」

 試すかのように先を促す。

「私に実践をさせてほしい」
「それはつまりリーズが``紅世の徒``と戦うということだよね。別にそれは構わないよ、勝手にやってくれたまへ。俺達はその間に逃げるから」

 モウカの答えは非常に冷たいものだった。
 だが、その答えもリーズは予想をしていたのかすぐにモウカの逃げ道を塞ごうとする。

「相手は強くないのでしょ?」
「そうだね。モウカなら余裕で逃げれるレベル」
「余計なこと言うなよ」
「なら、私が戦うのを見てから逃げるのも可能じゃない?」
「……ウェルが余計なことを言うから」

 ウェパルの先走りの発言に文句を言いつつも、逃げれることを肯定をする。
 その程度は訳ないと誇ることでもないのに誇らしげに。

「ここ一ヶ月見て分かったけど、貴方は自分自身は戦いたくないタイプの人でしょ」
「争いなんて大っ嫌いさ」
「それなら自分の代わりに戦う相方って欲しくない?」
(これはあれか、売り込みって奴なのか?)

 経験したこと無い彼女の言い振りに動揺しつつも思考する。
 モウカは戦いたくないというのは勿論だが、戦う力が自身にないというのも理解している。攻撃手段は素人丸出しの蹴りや殴り、切れ味の無く叩きつけることにしか使えなさそうなリーズから貰ったショートソード。攻撃の自在法は辛うじて『炎弾』が出来る程度だが、彼の属性に合わないのかひ弱で、これに力を注ぐなら他の自在法に力を回す。
 ``紅世の徒``に合えば自然と選択肢は巻くというもので、正面から戦い合うということをしない。
 だが、もし自分の代わりに戦える人材が手元にあったとしたら?
 
(なるほど。それならリーズと一緒にいる利点はある。だけど……なぜ、俺と一緒にいる必要性がある? 前に言ってた生きる意味と関係あるのか?)

 リーズの提案に頷きつつも、不可解な点に頭を傾げた。
 




◆  ◆  ◆





「ど、どうよ!」

 ぜえぜえと息を切らしながらリーズは誇らしげに言った。
 彼女の戦闘時のイメージだろうと思われる騎士甲冑には大小多数の傷が多くある。左手には大きな盾を持ち、右手にはサーベルを持ったその姿だけは騎士そのものであったが、盾にも大きな傷があり、サーベルは折れている。
 見るからに壮絶な戦いの後そのもので、苦戦しましたと自ら明かしているようなものだった。
 だというのに、彼女はやりきった感を出して、良い戦いだったわと今にも言いそうな表情だ。
 勿論、``紅世の徒``をしっかり討滅したのを自身の目で久々に見届けたモウカは、自分には出来ないことをやった彼女には一応の称賛は送る。
 
「で、デビュー戦にしては中々なんじゃないかな!?」

 引き攣った顔で言葉もしどろもどろになりながら。
 リーズの戦い方はモウカの見てきたフレイムヘイズ、``紅世の徒``を問わず一番荒々しいものだった。
 鎧の中が女の子とは思えないような攻撃方法。まずは左手に構える盾を全面へと押し出しながら敵へと接近する。当然敵は抵抗するために、最も簡易な攻撃の自在法である『炎弾』を放った。
 盾はその『炎弾』を見事にリーズの身体を守る。『炎弾』が存在の力が分解されたように消えたため、盾には自在法に対する何らかの自在式が打ち込んであるのかもしれない。
 接近してからは盾で相手の視界を封じ、敵の攻撃を盾でうまく牽制しながら、縦で殴りつけたりサーベルで刺すような確実に攻撃を与えていく地味な戦い方だった。それだけに時間がかかり体力消費が激しく、盾や甲冑やサーベルの傷が多く見られた。
 武術の心得のないモウカから見ればその戦ってる様子は、盾やサーベルで無理矢理攻撃してボコしているような力任せな戦い方。
 実際は地味ではあるが意外と高度な戦いをしているのに、かつて見た『炎髪灼眼の討ち手』のような派手な戦い方ではなく、理解できるような戦い方の知識も大してなかったので、「こんな強引な戦いが女の子の戦い方かよ」という見当違いな感想を抱いていた。

「……そう。なんか反応が怪しいけどいいわ。それなら相方としては合格点でいいということでしょ?」

 息を既に整え、フルカスにもう装備はいいわと声をかけて戦闘態勢を解くといつもの服装に戻る。簡易でいてあまり清楚とは言えない当時の小市民の服装。
 それを確認して、一応青いローブを纏っていたローブを消し、モウカも普段の旅人のような服装になる。

「え……ああ、そういう事になっちゃうのか。でも、あれじゃね」
「戦い方は置いとて、``紅世の徒``しかもあんな弱小相手にそれだと気が思いやられるよね」

 正直言えば期待はずれだったと言外に二人は言った。
 しかし、忘れてはいけないのはそんな弱小相手にも逃げる気満々だったのは、このフレイムヘイズである。
 
「お主らは我が子に少し期待しすぎじゃないのか?」

 まだたった一ヶ月前にフレイムヘイズになったばかりだというのに。まだ自在法もまともに使えるようになっていないフレイムヘイズにそれは酷なものだと、リーズに異能を与えているフルカスが擁護をした。
 フルカスの言い分は二人にも十分理解していることではある。自分たちのフレイムヘイズになりたての一ヶ月は、ずっと``紅世の徒``から隠れ潜んでは逃げるための自在法を編んでいたのだから。
 隠れ潜んでいるのは今も変わらないが。

「だからといって足手纏いが一緒だと困るのは俺たちだからさ」
「うん、困るのはモウカだけだけどね。私は中立だよ。むしろ面白い方の味方」
「おい、裏切り者。ここは『私も無理』とか言って話を合わせろ」
「無理だよ、モウカ。それは私には絶対にできない! だってそれが」
「ウェルの存在意義、か? なんで、こんな厄介なのと契約しちゃったんだろ」
「私じゃないとモウカと契約しようなんていう``紅世の王``はいないと思うな」

 気付けばリーズとフルカスのことなどお構いなしに二人だけで会話をし始める始末だった。

(本当に仲いいわよね)
(ふむ、我が子もこういった関係を望むか?)
(私は別に……でも)

 こうやって楽しく生きていけたらどんなにいいだろうか。
 リーズがモウカと一緒にいてみようと思う意味は、この二人の有り様というのが最も大きかった。
 リーズが求めるものは、目の前のこの二人のような理解し合える存在なのかもしれない。
 だから、少しこの二人を、もう少しこの二人を、

(見てみるのもいいかもしれない。そうすれば生きる意味も……)

 それは純粋な憧れかもしれなかった。
 ただ、

「あ、ちなみに私は賛成だよ。少しハンデがあったほうが緊張感があって楽しいと思うしね。最近のモウカは逃げるのに手馴れてきてつまらないし」
「私は足枷扱いなのね……」

 ウェパルとはあまり仲良く出来る自信はリーズにはなかった。

第二十一話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 ``紅世の徒``に追われていない期間というのは結構ある。
 フレイムヘイズの多くは自身の復讐相手を見つけるために、次から次へと``紅世の徒``を探したり追ったりするものだが、それは復讐心に身も心も支配されて、それにしか頭の回らない者がすることだろう。そうではないフレイムヘイズ達はのんびりという訳ではないにしろ、比較的自由気侭に過ごしている輩は多い。
 見た目が変わらなかったり、容姿が幼い頃に契約して幼かったりするので一つの街に違和感なくいられる時間は平均して十年程度らしいが、それは俺も変わらない。
 俺の旅路とは死なないための逃亡記そのものだが、本当に死から逃げたいのら誰もいない孤島にでも過ごせばいいし、自分の力をフル活用して海の中にでも住めばいい。
 いずれは海の中に自分のための都市を作りアトランティカ伝説……なんてのはさすがに冗談だが、そういう生き方も選べないでもないということ。
 そんな生き方なら俺は迷わず死を選ぶけど。生きているのに死んだような生活は、俺の生き方ではない。選ぶことはないだろうけど。
 ともすれば、俺の日常というのは人間のそれと全く変わらないというのが実態である。
 不眠でも大丈夫だが睡眠をとる。夜に寝て朝に起きる。
 最近ちょっと挑戦したみたが、食事を全くとらないでいても大丈夫だった。だけど食事をとる。これは娯楽なので外せない。
 時々得体のしれない奴らと戦うことを除いたり、ちょっと人外な能力を除けばこんなにもフレイムヘイズは人間らしいというのが分かる。だから、そんな俺の日常は人間と変わらないのだ。
 今日も今日とて朝早起きして、何も開拓されていない忽然と広がる草原へと赴き、優雅にコーヒー……は少し苦手なので紅茶を飲み、大変平和で好ましい日を送っている。
 草の匂いが感じれるほどに俺の心はとても安らかだ。
 
「ああ、なんという素晴らしい平和。``紅世の徒``に会わなければこんなにも幸せになれるのだから」

 ビバ平和。最高だぜ平穏。なんて今にも叫び出したい気分だ。戦い戦い戦いの日々は俺の望むものとは程遠いのだから、こんな日が毎日続けばいいのにと思う。結構切実にだ。
 今日は珍しくウェルを、借りていた宿に置いてきてある。彼女といるのは退屈はしないのだが、なんというのか女性独特のうるささがあるというか、たまにはちょっと距離を取りたくなる時もある。
 倦怠期か、などと一瞬思ってしまった自分にちょっと自己嫌悪。俺たちは夫婦じゃねー。
 俺とウェルは共犯者であり、協力者であり、相棒であり、相方であるが、夫婦でもなければ、愛しあった仲でもないのだ。誰が嬉しくってあんなヘンテコな奴。

「そうよね。あのウェルっていう``紅世の王``はちょっと変よ」
「ふむ、あれは遠き``紅世``でも特上の変わり種だった」
「かわりだねって、どういう意味?」
「変わり者っていう意味だよ。てか、なんでいるし」

 スコーンをつまみながら独り言を呟いてたら、それに対する返事が俺の後ろから返って来た。
 後ろも振り返らずに実はそんなに頭の良くない彼女の疑問に答えると、彼女はふーんと特に関心も示さずに、貰うわねと軽く断ってから俺の隣りに座りスコーンを一つ取り一口で食べた。
 せっかく一人で平和を浸っていたのに。
 不満気な顔を顕わにしながらも、口には出さず、疑問の言葉のみを投げかける。
 
「それでどうした?」

 俺が知っている限りのリーズは、あまり自分から何かを行動しようという類の性格じゃない。余程のことがあるか、なにか気になることがない限りはいつも傍観の姿勢を保っている。一緒にいるようになってからもそれは変わらず、時々ぼそりと呟くことがあっても積極的に俺とウェルに絡んでくるなんてことはなかった。
 俺とウェルも別にリーズを遠ざけていたわけではないが、気付いたらそんな形で落ち着いていた。
 その彼女が俺が一人になっているところに、顔を出すのが珍しい。
 お金が裕福というわけではないので同じ宿屋の同じ部屋に泊まっているのだから、俺がわざわざ一人になっているというのを知らない訳でもあるまいに。
 ウェルには聞かれたくない理由でもあるのだろうかと無駄な詮索をしつつ、彼女の言葉を待つ。

「ここ一年ほどだけど一緒にずっといたじゃない?」
「そうだな。最初の頃なんて、こんな強そうじゃないフレイムヘイズが何の役に立つかと思ってたんだけど。意外な使い道ってのがあるんだな」

 リーズの契約したフルカスの能力の一つなのか、彼女は存在の力自体から武器を創り出すという力──自在法がある。作れる武器はたった二種類の剣と槍だったが、それを元にお金を手にするのは容易かった。
 武器が売れるのではなく鉄が売れるのだ。
 地域によっては鉄が取れず高く売れる。強国が列強し、いつ戦争が起きかねないこのご時世は、特に売れる。ある程度同じ場所で売りすぎると訝しがられるが、限度を弁えていれば問題は起きない。現に起きないでいた。
 そもそもこの創り出す自在法だが、彼女が戦いの度に剣を消費するせいで生み出された自在法であった。その創り出された剣自体も大した性能ではないのですぐに壊れてしまう。
 あれだ。リーズにはあまり刀を打つ才能がなかったからだろうな。絶対に口には出さないが。

「酷い言われようじゃない。貴方にとって私はそれだけの価値なの?」
「正直に言えばそうなるな」

 本当に酷いわねと大して気にした風もなくリーズは笑った。
 俺も少しはそんな待遇ばかりで悪いとは思っている。少しだけど。変える気はないけど。
 
「で、それは今日の目的とは関係ないんだろ」
「え、分かる?」
「これでももう二百……三百年だったかは覚えていないが数百年生き続けてきたんだぞ」

 それぐらいの観察力は嫌でも上がるさ。ま、それ以上にリーズの、ふふこれはまだ前夜祭みたいなものよみたいな顔してたから、俺じゃなくても見抜けただろうが。
 長い年月で鍛えた観察力というが、実際にはその数百年もの日時は全て逃げるという一つのみに費やしてきたもので、時にそれなりには人とも関わってきた程度のものであった。特にこれといった語るべき日々というのはその中にはなかったが、意外と平凡で、普通っぽい日々がそこにはあった──にはあったが、どこか馴染めていない感じもあった。それはなんとも言えない感覚で、今までの日々はあんなにも忙しなく、生命の危機にひんしていたものだったが充実だけはしていたのだろう。適応力半端ないななんて呑気に思ったが、これってこのままこの世界で生きて言ったら戦いがないと生きれない身体に……
 それってヤバイよねと思い始めたのが最近だった。
 数百年という年月は下に恐ろしきかな。

「実は貴方を……ころ──」
「あー、殺すためとかそういう冗談いらないから」
「……フルカス、私ってそんなに分かりやすい?」
「ふむ、とりあえず驚かしてやるぞという思いは我にもかなり伝わってきてたな」

 この子ってそういうタイプの子だったっけと今までの彼女の行動を思い起こすが、そういえば全然しゃべったことがないな。まともな会話がないというか、自在法の練習を教えてくれといった時も、俺は分からんからとウェルに丸投げしたり。
 今までの戦いとかを教えて欲しいとか言われた時も、覚えてない、思い出したくないからと全部ウェルに丸投げしてたような気がする。
 もしかして、これってコミュニケーション不足というやつなのか。思えば、俺はフレイムヘイズになってから人と(ウェルは人ではないので除外)会話することが非常に少なくなっていた気がする。
 余程の理由、例えば情報収集だとか、話しかけられればという受けの態勢ばかりで、自分からというのシチュエーションがあったかどうかを思い出せない。思い出せないほど過去にあるのか、そんな場面はなかったのか分からないが。
 これは駄目だ。
 そうか、俺が平和に帰路して、人間社会に馴染めなかったのはこれが理由かもしれない。
 つまりリーズはそのことをなんとなしに伝えようとしてくれたという可能性がある。
 今日、ウェルを除いて会話してきたのは、俺がウェルにからかわわられない様にする対策か、はたまた俺がウェルに頼らないするための対処法なのか。

「ま、まあいいわ。そんなのは関係ないのだから。今日こうやって貴方一人に聞きにきたのは純粋に、私はあいつが苦手だから。何か言ったらからかわれそうじゃない。貴方みたいに」
「内容によると思うけどな。リーズをからかうかどうかは俺には分からんよ」

 ただ、面白そうな展開にするのは間違いないと思うけどな。
 口には出さなくても伝わる彼女の含み笑いの声。
 ププ、という笑い方が嫌に似合うのは、果たしていいことなのかどうなのか。

「私ってさ。フレイムヘイズとして──」
「どれくらいの強さなのかなって?」
「え、もしかしてモウカって未来予知か何かの自在法があるの?」
「ふむ、我が子よ。おそらくだが、以前からしばしば自在法の練習中に呟いてたの聞かれてただけじゃないのか?」
「フルカスの言うとおり、練習中に『私の力はどれくらい……』なんて言ってたのがたまたま聞こえたから」
「盗み聞きじゃない」
「一緒にいるんだから聞こえちゃうんだよ。知られたくないことなら油断しないこと」

 やっぱり、リーズって分かりやすいよ。
 顔に出ている云々よりは、行動と言動が真っ直ぐで筋が通っているから簡単に先が見通せてしまう。初めて出会った時のあの街では、きっと完全に警戒仕切っていて、誰にも心を許さない状態だからあんなふうな演技(?)が出来ていたのかもしれないが、今はそんな厚い壁を感じなくなっている。
 リーズが完全に俺に心を開いてくれたというわけじゃないと思うが、それなりに気安い関係にはなったということだろう。あまりしゃべらないけど、お互いに一緒にいても違和感を感じない程度には。
 いつまでも違和感を感じていたんじゃ一緒に旅なんてできるわけ無いしね。フレイムヘイズにとって男女間というのはそこまで意識することじゃない。特に年行った長年者なら。それでも、人間とは全く違うわけじゃないから、出来る時には出来るらしいけどね。
 過去の例でフレイムヘイズ同士じゃないが、``紅世の王``と契約者たるフレイムヘイズ間の恋なんてものはある。傍迷惑だった大戦が、最高にして最悪の例だろう。
 もうあんな戦い二度と起きちゃいけないよ。起きても次回は参戦しないで済む方法を必死で模索するさ。
 リーズにも教えてやりたいよ、あの大戦の戦場を。
 どんな強さがあっても生き残れないかもしれないあの戦場を。
 
「強さなんていらないさ」
「それはなに? 強くない私への慰めっていう意味?」
「純粋な強さなら、リーズは既に俺より強いよ。というか、最初から強いし。俺なんて``紅世の徒``を一体も討滅したことないからな」
「え……そうなの?」
「そうなんだよ。別に強くなくたって生きる分には今のところはどうにかなってるからね。今後は分からない」

 攻撃手段を作らないといけないというよりは、相手の自在法に対抗する手段を探さないといけない感じだ。
 自衛するための自在法を今もなんとか形にしようと試行錯誤しているが、当然のことながらあらゆる自在法に対抗できる万能な物が出来上がらない。
 攻撃に対する自在法なら防御できる自在法や命中させなければいいので、『嵐の夜』があれば十分に補えるが、妨害系の自在法には相性が悪い。この間の教授のような特定の区域や、特殊な能力を持つ自在法の類に対処できない。
 今ならばと、リーズを見る。

「なにかしら?」
「うーん」

 彼女の力をうまく使えば``紅世の徒``の討滅だって可能になる。
 俺の自在法は奇襲と相性がいいのは既に大戦にて実証済みだ。俺が環境を整えることによって他のフレイムヘイズが獅子奮迅の活躍をし、俺が影から応援するのが当時の戦法だった。大戦以降は逃げることにしか使用をしていなかったが、彼女が強くなれば俺にも利益が巡ってくるわけか。
 ともなれば『リーズ育成プロジェクト』の発動も頭の隅に置いておく必要があるな。一番はやはり『リーズ盾化プロジェクト』だが、彼女にもう少し役に立ってもらうという意味では少しも変わらない。

「そうだな。やっぱり強さは必要だよ。ああ、言わなくてもいい。『一体どっちなのよ?』だろ。つまりだな、ただ生きていくには強さはいらないが自由に生きていくには強さは必要なんだよ。『分からないわ』って顔だな。いちいち驚かなくていいよ。本当に分かりやすいな。だからな、何が言いたいかと言うと──」

 ──俺はリーズに期待してる。
 俺がこの先も安寧に生きて行くためにね。
 強力な討ち手が生まれるのは実にいいことだしね。
 その分、俺への負担が減るんだから。

「そうね。期待に答えるのはやぶさかじゃないわ」

 リーズは誇らしげに、自信ありげにはっきりと言った。

第二十二話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 逃げ時かどうかを判断するのはとても重要だ。逃げ時を誤れば、敵に逃げ道を塞がれ否応なしに戦闘に巻き込まれてしまう。だが、強引に逃げに徹することも時には必要となる。いつ逃げるかを考えているよりも先に、逃げる行動に出てしまったほうがいい時というのは多い。
 また、逃げ方なんて言うのは色々あり、情報を手に入れて事前に逃げ場所を確保しておいたり、罠を仕掛けておいていざ逃げるときの時間稼ぎを出来るようにしたりと手段が多い。
 俺の場合は事前準備というのはあまりしない。というのも、俺は自身が頭の良い方ではないのは自覚しているので、逃げる戦略戦術を考えるよりはそういった危機に瀕した時にすぐに行動する方が手っ取り早いからだ。
 逃げ道をチェックする程度のことはよくするが、事前準備というほどの大業ではなく、こじんまりとした小癪な豆情報のようなもの。実際にそこを活用するかと言われれば、あまりせず。大抵の事は自在法を使って強引に切り抜けてしまうことが多い。
 逆に言うならば、今まではその形で逃げ切れていたので、この戦法を慌てて変える必要もないと思っている。
 現状に甘んじて、現実に甘えて、余計な事をなるべく考えないようにして、脳筋な逃げ方だったわけだ。
 ただ最近では『嵐の夜』に頼り切った逃げ方ではいけないと新たな自在法を考える毎日。
 自在法を考えるのは人によっては簡単なことだ。俗言う自在師などと呼ばれるようなフレイムヘイズは、次から次へと自在法を思いついては戦闘に使用していく。なんとも羨ましいものだ。俺なんて自在法のアイディアが全く思い浮かばず、四苦八苦しているというのに。
 とは言うものの、ようやっと形になってきた自在法ではあった。完成するのはまだ先にはなりそうだが。
 一歩一歩確かめるように自在法を編んでいく俺と比べてリーズは、俺の期待に答えるように成長をしてくれている。

「若い者が成長していくのはいいものだ」
「年取ったみたいな言い方だね。あ、違うか。年取ったね、モウカ」

 年齢云々を言うならば、ウェルなんかは俺の比じゃないだろうに。俺が生きる、生まれるよりも前から生きていたであろうウェルは俺の数倍、数十倍は生きてきていたはずだ。少なくとも、俺と共に生きてきたので、彼女だって十分に年を取った。
 ``紅世の徒``のそこらへんの概念はどうなのだろうか。それをウェルに問おうとしたところで、彼女がまともに返すことはないのは分かっているので聞くこともないが。聞いて知って、どうしたという話もでもある。
 『俺がおじいちゃんなら、ウェルは仙人かな』なんて言葉を吐こうものなら、どうなるかも分かったものじゃないし。
 リーズもフレイムヘイズになってから十年が経つので少女という年齢でもない。
 あのフレイムヘイズとして初心者だった頃が懐かしいよ。今だって十分に若いフレイムヘイズだが、戦い方そのものは当時と大違いだ。

「今、私の年齢の事言ったわね? 槍投げつけるわよ」
「フレイムヘイズは歳を気にしない!」
「女の子はいつまだ経っても年齢を気にするものなの」

 女性の勘のようなもので俺の思考を読んだリーズが、殺気混じりに俺を脅した。
 覚えときなさいとはこちらの言葉だ。果たしていつまでリーズは自分の年齢を覚えていられるか、カウントできるか見ものだ。
 きっとそのうち、大体とか約とかいう言葉が年齢の前に付くはずだ。そして最後は、永遠のとか言い出すんだろうな。
 目に浮かぶ有り様だ。
 数百年後が非常に楽しみだ。その時まで死ねないね。こうやってまた一つ死ねない理由ができた。
 地面に這いつくばってでも、生き恥晒してでも生きる残るさ。

「街に着くから、そろそろ殺気引っ込めてね」

 しょうがないわねという顔をしつつも、殺気を引っ込めてくれる。
 街で殺気を振りまいたら剣呑な雰囲気になって、溶け込めなくなってしまう。ただでさえ最近の西欧ではローマ帝国が滅ぶかどうかの瀬戸際で、どこもかしこも緊張感が漂っているので下手な雰囲気や印象をつけてしまうと厄介事が舞い込んできかねない。
 ここ東欧もそれは変わらない。むしろ、緊張感は西欧よりあるかもしれない。
 東欧は西欧と比べてあまり街が発展しておらず人が少ないためか、``紅世の徒``との遭遇も少なくなっている。
 ``紅世の徒``は存在の力を消費しないとこの世に顕現を維持し続けられないため、自然と人がいる場所に現れる傾向がある。だが、多かれ少なかれ人はどこにでもいるものだし、たとえいなくてもそういう場所に隠れ家を設けていたり、隠れ潜んでいる``紅世の徒``もいるので油断はできない。
 分かりやすく言うなら、``紅世の徒``が全く出てこない場所なんてものは存在しないのである。どこだって確率の差はあれど、現れる可能性はあるのだ。
 限りなくゼロに近い場所は存在するとは思うけど、そんな場所はそもそも見つけることが出来ないというのがオチだろう。

「今度はこの町でどれくらいいるつもり?」
「今回はちょっと長めにいようかなと思ってる。長居ってあまりしたことないしね」

 俺は一箇所に留まると厄介事が向こうからやってくるなんてことを経験しているため、一つの街に今まではあまり留まらなかった。長くても二・三年という短い期間。
 基本的には人があまり来ない森や川などの水辺の近くで呑気に暮らすというものだったが、そろそろそんな生活は終わりにしていいだろうと思う。俺の代わりに戦えるリーズがいるからというのもあるが、何より追われるようなことが少なくなったのが一番だ。
 熱が冷めたのかどうかは知らないが、たまたま出逢ってしまうことはあっても、故意な接触というのはなくなっているように感じられる。
 ならばとここは思い切って一箇所に長居してみようと思い経った。
 フレイムヘイズからすれば十年という月日は決して長いものじゃないが、俺にとっては十年もの期間を一つの場所で安全に過ごすというのは大きな意味がある。
 夢にも見たというほど大事ではないにしろ、俺の平凡な生活への第一歩には違いない。

「だからお金をなるべく使わないようにしてたのね。女性に野宿を強要させるとか非常識としか思えなかったわ」
「フレイムヘイズに性別は関係ない!」

 むしろ、俺のあったことがあるフレイムヘイズは誰も彼もが天下無双で、男を圧倒するような人だった。
 決して悪いことじゃないが、そんな人達と関わっているとなんだか男が愚かな生き物に見えてくるのが不思議だ。女は猛々しい生き物で、男は欲望まみれた醜いものみたいな。
 完全な俺の被害妄想だけど。
 その分、リーズはまだほっとする。
 見ていて可愛いやつだなと思えることがしばしばあるのが要因だろう。
 俺と同じ部屋の時、男と一緒なのは初めてなのかずっとそわそわしてたのはいいものだった。

『お、襲わないでしょうね!?』

 なんて涙目で訴えられたら、それは振りなのかと思ってしまう。
 思うだけで、その手のものはからかうネタに早変わりさせてしまうのがウェルで、勝手に『モウカが百年早いだってさ』などと言う。
 百年経っても容姿は変わらないじゃないかという突っ込みすらも無視されて、リーズの怒りがその分かりやすい表情から見て取れて、それすらもからかいのネタにするのがウェル。
 そして、怒られるのは俺だ。
 宿なら宿で怒り、野宿なら野宿で非常識と罵られる。
 男の立場って一体。……あれ、俺はリーズ相手にもなんか不利になっていないか。
 そんな俺の悩みを知るはずもなく、リーズはいつもの調子で少し甘く落ち着いた声で言葉を発する。
 
「あるわよ。でもいいわ、もうあまり気にしないことにしたから。今度は宿じゃなくて住居でも構えるつもりなんでしょ?」
「住居だと税を取られるから、悩みどころだけど」
「存在を割り込ませるという方法もあるんだけどね。モウカってあまりそれをしたがらないし」
「成りすますのが嫌だ。自由っぽくない」
「成りすます必要はないと思うんだけど、固く考えすぎだよね」

 俺とウェルの会話についてこられないのか、リーズはぽかんとした表情だったが、一つの見知らぬ単語に反応して、小首を傾げる。

「存在の割り込みって何?」
「フルカス説明!」「``盾篭``説明!」
「お主らは……ふむ、存在の割り込みとは──」

 面倒事は他人に任せるのが流儀なのさ。
 その名の通り、存在の割り込みというのは他者の存在に自身の存在を割り込むことによって、他者の立ち位置に自分が成り代わること。その際には、世界への影響が少ないトーチに成り代わるのが通例である。これは割り込んだものの役割を割り込んだ側であるフレイムヘイズが代わりに担うということになる。
 これが俺が割り込みが嫌だという理由でもある。
 だって、他人の立ち位置とか役回りとか考えるだけで面倒だし、束縛感があって嫌だ。
 ウェルはそんなの関係なしに自由にやればいいと言うんだけどね。
 どうせ自分の子供が、親が、知り合いが変わったところで人間は不思議だと疑問は持っても最後は受け入れてしまうのだから、と。
 この有り様は今のこの世界と同じだ。
 異能や異常が常日頃起きているはずなのにそれが公表されずに誰も知らないでいるのは、おかしいおかしいとは、思ってもありえないことだと信じられないことだと自身の常識で測ってしまい、現実を直視できないこの世界の仕組みと同じなのだ。
 だが、そうとは分かっていてもやっぱり気にしてしまうのが人の性。というよりは、心配性な俺の性。
 不便だと思うなかれ、これでもその心配性がたたってこうやって生きている。

「そんなことが出来たのね。じゃあ、私の知り合いも気付いたら、違う人になってたなんてことも」
「いや、リーズに知り合いはいないんじゃ──ああ、そんな怒った顔するなって。悪かった、悪かったよ。や、やめろ。槍だけはマジ勘弁。あぶないって!」

 相変わらず顔の表情や思考の読みやすいリーズだが、行動が昔に比べて過激になった気がする。昔の反応は可愛い物で、表情を読み取られても苦渋の表情で、なんとか隠そうと必死になっていた。その必死さも用意に伝わるからもっと面白──可愛かった。
 だというのに、月日は残酷で純粋な少女は穢を知ってしまった。
 隠せないなら脅せばいいじゃない。
 きっとそれが今のリーズの思考回路だ。
 真の恐怖は身内にいるとは。
 ``紅世の徒``に殺される前に、リーズの槍で突き刺される日のほうが近いんじゃないかと思う今日この頃。
 今のリーズの実力では、逃げる俺をそのご自慢の槍で貫けるかは疑問だけど。数百年の歴史は伊達ではない。
 逃げたことしかないけど。

「それでどうするの? ウェパルの言ったとおり、割り込ませるのが一番順当だと私も思うわよ?」
「ふむ、我が子のいい経験にもなることだしの」
「賛成二票だよ。どうする、モウカ?」
「そうみたいだけど俺はやっぱり遠慮したいな。ということで、二人の意見を無視して当初の予定通り宿屋の一角を借りる方向でいきます」
「結局、宿屋じゃない」
「モウカは宿屋好きだからねー」

 リーズが溜息をしながら呆れた声を上げて、ウェルはやっぱりねと理解の声を上げた。
 だっていいじゃん宿屋。お金を払っとけば食事も出るし、部屋も自由に使えるし、今の時代は身分証明もいらない。
 俺の中では住居を構えるなんてよりよっぽど楽で冴えたやり方だ。
 
「そうと決まれば、今夜侵入だな」
「門番を介さずに夜中に侵入……さすがモウカ、行動がものすごく姑息だよ!」
「なんか板に染み付いてるって感じよね」
「ふむ、やけにその言葉が似合っておるしな」
「ここはきっと、『すごく言いたい放題言われてるよ!』と怒るべきなのかもしれないが、残念だったな。もはやそれは褒め言葉だ」

 逃げることは悪いことじゃない。
 姑息なことが卑怯なことじゃない。
 どれもこれもが俺の性質なのだから。
 言いたいだけ言えばいいじゃないか。ウェルにいたぶられ続けたこの心は容易な言葉じゃ折れることを知らないのだからな。





◆  ◆  ◆





 街の中を探検と称して散歩するのは、旅の醍醐味であると密かに俺は楽しみにしている。今まではおおっぴらに世間を歩けないような立場だっただけに、余計に普通に歩けるのが嬉しくて浮かれ気分になる。
 街に活気がなかろうが俺の気持ちに変化などあるわけもなく、俺は今この時を充実であると断言して、街中を陽気に歩く。街並みをキョロキョロと田舎者のように、不慣れな街を見て回る。
 この街の変わった様子は何であろうか。この街で面白そうなものは何であろうか。危険な場所は。厄介事になりそうな場所は。
 しばらくの拠点にする場所なので念入りな確認作業も同時に進行していく。
 だから、ついつい前方が不注意になりがちで人と当たってしまうなんてこともあった。
 ウェルはあえて教えてくれず、リーズはそれでもフレイムヘイズかと少し面白可笑しく言う。フルカスは無言を貫く。
 誰か親切な人はいないのだろうかと思いつつも、原因は俺にあるのでぶつかった相手に頭を下げて謝る。
 大抵の相手は無愛想に、それに返事もせずに完全にスルーされたが、

「おっと! こっちこそすまねえな」

 この人物だけは比較的気さくに返してくれた。
 がっしりした体格の大男だった。
 見た目とは裏腹な友好的な態度なのだが、とても温かい何かを感じさせてくれた。おそらく、この街に来て宿屋以来での冷たい態度以外の態度だったから余計にそう感じたのだろう。
 これは……この人との友好を結べられればこの街でうまくいくきっかけを作れるのではないだろうか。
 そう思ったのだが、

(モウカ、こいつ!)
(みたいだね。残念極まりないよ。でも、向こうがこっちをフレイムヘイズだと気づかれなければ)

「あークソ。なんでこんな所にいるんだ。それもよりにもよって『荒らし屋』の『不朽の逃げ手』に会っちまうなんてよ。こりゃあ俺ら``百鬼夜行``東欧便も引き上げ時か」

 運命はなんと残酷なことだろうか。

第二十三話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

『ふむ、詳しいことを教えてくれと言われてもな』

 俺が何故に『大戦の立役者』などという仰々しく決して似つかない二つ名が付いたのかを、二つ名の存在を教えてくれたフルカスに問いただしたのだが、本人はもっぱらそういう噂があったと言うだけで、発生源を俺が知ることは出来なかった。
 その代わりに理由は予想がつくらしく、その理由とはあの大戦において俺の自在法である『嵐の夜』がかなり目立ってしまったことが挙げられるらしい。
 なるほど、確かに目立つといえばあれは相当に目立つ自在法であるのは間違いない。嵐という名前をつけたことからも、十分に伺い知れることだろう。規模は俺自身を纏う程度の超小規模から、戦場をまるまる包み込む超大規模まで、存在の力の入れ具合で様々な変化を遂げさせることが出来る。
 大戦の時ほどの広域を嵐で覆うなんてことはこの先ありはしないだろうが、一度やって見せたので相当インパクトがあったのかもしれないとは思う。
 噂が噂を呼んで肥大化、だなんて話はありがちではあるが現にそうなってしまっていると考えられる。
 そうでもなければ、俺が『立役者』などという、いかにも活躍しましたという称号を手に入れることなど無いのだから。
 『大戦の立役者』については、この``紅世``の``隣``のこの世界でも噂がどこまで広まっているのかどうかまでは分からないが、少なくとも``紅世``には多少なりと顔が知れてしまったことになる。これは、今後に敵として現れる``紅世の徒``や味方として現れるフレイムヘイズにも影響が出かねないということを示すが、正直言ってこの影響を止める手立てはない。今の俺には思いつかない。
 なるようになれとはまさに自暴自棄な考え方かもしれないが、俺の考え方なんてそんなもんだ。
 俺への影響というのもきっと計り知れないのだろうが、それだけに予測できないのだから、その噂の肯定も否定もできない。
 本当に鬱陶しいな、この噂は。
 もっとマシな噂はなかったのだろうか。
 俺を敵に回すのは絶対にやめたほうがいいとか、そっとしておいてやれよとか。
 ついでとばかりにフルカスに尋ねたら、『ふむ、我はそれほど噂に頓着しないのだ』と答えた。遠まわしに噂話などあまり知らない、特に知る気もないし調べたこともないというものだった。
 それならしょうがないかと簡単に俺も諦めた。
 そんなやり取りが十年ほど前に行われて、十年の時を超えて今、真実を知ることができそうだった。

「そりゃあおまえ、大変だな!」

 がっはっはと今にも大声で笑い出しそうに大柄な男──人化の自在法を使っている``深隠の柎``ギュウキ。この世をありのままに跋扈し、欲望のままに生きる``紅世の徒``の一人。
 ``紅世の徒``といえば、フレイムヘイズの討滅の対象であるが、しかしこの``紅世の徒``は、この``紅世の徒``の所属している小さな集団``百鬼夜行``は変わっていた。
 それはまるで俺自身の鏡のような、そんな有り様に近い存在だった。
 ギュウキは嬉々として語ってくれた。

『俺たち``百鬼夜行``つうのには、一つのモットーがあるんだ。「安全運転、安全運行! 危機に対さば、即退散」てな』

 だから俺のような、俺の鏡のような存在だったという訳だ。
 これは彼らの本質ではない。
 彼らの本質はあくまでも運び屋であり、逃げることではない。
 俺の本質はあくまでも生きることであり、逃げることではない。
 ただし、俺も彼らも同じくとしてその本質を保つために、固持するための手段として『逃げる』を選択している。
 まさか同じ信条を持っているお仲間に出会えるとは思ってもいなかったが、そのお仲間が敵である``紅世の徒``というのはなんという皮肉なのだろうか。
 だがもちろん俺にとって``紅世の徒``とは、

『俺の命を奪わないなら特に問題はない』

 の一言に尽きる。
 だからこそ、リーズを先に帰らせ警戒心を下げさせて、こうやってお互いが顔を面と向かわせる会談へと漕ぎ着けることが出来た。
 仮にこの場にリーズがいたら、討滅するという選択肢がもしかしたら彼女の中には出来たのかもしれないが、俺に限って言えばそんな選択肢はないので``百鬼夜行``にとってもこの会談は悪くはないものだろう。
 だが、お互いに立場が立場なので、お互いがお互いの意見や言葉の信憑性を信じるか否かは実に怪しいところだった。
 向こうの信条が実は偽りかもしれないし、俺の信条が偽りだと思われているのかもしれない。
 真実を掴むというのには壁があまりにも分厚すぎるが、こういった機会は中々に得られないものなものであり、通常ではありえないことなので訝しんでばかりはいられない。
 この場はただの談笑ではなく情報のやり取りのための場。元よりそういうつもりで向こうも話しに乗ったのだろうから。
 俺が最初にギュウキに聞いたのはやはり数々の異名のことだった。数々とは言うものの一つはフルカスが呟いた『大戦の立役者』という言葉。もう一つは俺との出会い頭に自身の不遇の出会いに文句を垂れたときに言った『荒らし屋』という言葉。この2つの真偽についてだった。
 真偽とは言ったが、ギュウキがとっさに呟いたことからも、こっちの世界でも一定以上の知名度を持ってしまっていることは確かな事実であることが分かった。問題はその広まり具合だ。

「まさか、あの『不朽の逃げ手』がその名の通り、単に逃げることに長けた自在法が得意だとは。面白いものだ」

 俺の言葉をそのまま鵜呑みにしてはいないだろうが、一応は信じてくれたらしい。

「フレイムヘイズが平和に生きたいだなんて願うのは、到底信じられねえがな」

 やはり全てを信じるわけではなく、その言葉には疑いの色が混じっていた。
 俺の目を見つめ、その信憑性を図っているところも抜かりない。
 どうやらこういった情報のやり取りには、手馴れているようでもある。
 
「信じてもらえないでも結構。重要なのはその先の情報だ。どういった話が``紅世の徒``間で広がっていて、どの程度広がっているのか」
「それを知ってどうするんだって思うんだがよ。まあいい、それを教えたところで不利益があるわけでもねえし」

 彼はどちらかというと守銭奴のようだ。利益不利益を考えて行動する性質。
 ``百鬼夜行``という集団の中で頭目という役割をこなしている人物としては当然の考え方なんだろう。
 何が利益につながって、何が不利益になるのか。
 会社となんら変りないな。

「俺らの間での共通の認識はまず珍しい奴だな」
「それは自在法の観点? 戦い方?」
「性格に一票」
「俺の性格を知っている``紅世の徒``なんていないだろ。というか、余計な口をだすなよウェル」
「色んな意味でだ」

 場と時を弁えないウェルの冗談交じりの言葉は、場を微妙な温度にする。
 冷え切っているよりはいいと思うが、緊張感を完全に無くすのはちょっと困りものだ。
 リーズなんかが彼女を苦手とするのはこういったところかもしれないな。あいつは自分のペースが乱されるのを嫌がるから。
 ギュウキは俺の先を促す言葉を神妙に受け止めながら、これはあくまで乗客から聞いた話だがと前置きをしてから語ってくれる。

「『大戦の立役者』についてだが、あの戦いを生き残った``紅世の徒``たちの一部が発生源だ。これまた噂だがあの``仮装舞踏会(バル・マスケ)``もおまえに関して興味を持ったとかいう話もあったな。信憑性はハッキリ言って皆無だが」
「``仮装舞踏会``か……これまた大きなところが」

 事実上``紅世の徒``の最大組織である``仮装舞踏会``からも、目をつけられている可能性が低くくはあるがあると言う。
 一体俺が何をしたっていうんだと、公の場で公言して俺が無実であることを訴えたいところなのだが、思った以上のその異名の広がりあるようで、撤回が非常に厳しい状況にあると言える。
 そうなると撤回をするという選択肢がなくなり、この二つ名を逆に利用する方が良さそうだと思考を切り替える。
 諦めも肝心だというしね。
 ことこの二つ名に関してのメリット・デメリットはすでに熟考済み。
 メリットといえば、二つ名の効果で俺に対して畏怖を抱き近寄りがたくする効果。結果として戦いを少なく出来る。
 デメリットは、この世界に名を馳せたくて俺のクビを狙ってくる可能性があること。その為だけにわざわざこちらの世界に``紅世の徒``が来るとは思えないが、何かしらの組織で、何らかの意図を持ってということなら十二分にあり得る。
 戦いを避けられるようになる可能性と戦いに巻き込まれる可能性の二面性を持っている。
 もしかして最近、俺目当ての戦闘が無いのはこの異名のせいなのか?

「それに加えて、おまえは自在法を使わせたら場をかなり荒らすんだってな? それが『荒らし屋』なんて言われる原因なんだろうよ。俺たち``紅世の徒``は見たまんまにそういうのをつけるからな。分かりやすさ重視ってやつだ」

 嵐だからねーとウェルは声にならない声で俺に言った。嵐だもんねーと返答。
 街を巻き込んだら民家とか平気でかっ飛ばします。人なんて軽々と吹っ飛びます。手加減はできるので、人の居そうな場所では最低限度の嵐にして、居ない場所での戦闘では可能な限り全力で雨風を展開する。
 ``紅世の徒``が風で飛ぶことなどまずありえないが、多少の妨害にはなっているとは思う。鬱陶しいな程度には。
 そういう意味では俺の戦闘スタイルというのはかなり過激なのかもしれないと少し反省した。
 今更過ぎるような気もしなくはないけど。

「そんなおまえは俺らにとっては厄介なフレイムヘイズの一人。『そのフレイムヘイズに傷つけること叶わず』なんて言葉が一時期あったぐれえだしな。勝てない敵としては有名だ」
「けったいなことで」
「私のモウカがいつのまにかこんなに成長しちゃって。私は嬉しいよ!」
「ウェル。笑いを抑えきれずに「ぷぷっ」とかいう不快な笑い声を入れながら言うな。笑うか、からかうかどちらかにしろ」
「……おまえらは仲がいいな」
「長い付き合いだから。情報ありがとう。いやはや、まさか直に``紅世の徒``から聞けるとは思わなかった」

 俺の出会ってきた``紅世の徒``は、戦闘を好き好んで嗜むヤツらばかりで、何を勘違いしてか襲ってきた奴ばかりだ。俺なんて``紅世の徒``がどんな計画を企てていようが、俺に被害なければ無視してやるというのに突っかかってくる。
 わざわざ道の真中を歩いて、自分から事故に遭いに行くようなものなのに、事故に実際にあったら喧嘩腰になる不良かと言いたい。
 彼らにも言い分はあるだろう。
 俺のように自分から遠ざかるフレイムヘイズなんて、今まであったことも聞いたこともないのだろうから対処が分からないのだろう。
 でも、まずは会話を成立させて欲しい。
 名乗り合うことはあっても、``紅世の徒``が己の欲望を顕わにすることがあっても、俺の都合を聞いてはくれない。
 なんという一方通行だろうか。嘆かわしい。

「いや、いいさ。こちらとしても有益な情報が手に入ったしな。現在『不朽の逃げ手』は戦いを望んでいないってな」
「ああ、今は甘んじて平和に暮らしたいんでね」

 どんなに相手に共感を得ても、どんなに相手がいい奴でも、フレイムヘイズと``紅世の徒``という立場は変わらず、最終的には敵同士という立ち位置は変化しない。時には味方をする``紅世の徒``もいるらしいが、それでも結局は一時的にすぎない。
 だからこの会談上はお互いに友好的に接しながらも、終わってしまえば敵対関係へと逆戻りしてしまう。
 俺が彼らへ与えた情報は『今は平和が一番と考えている』という、かなり制限したものになるのも、敵となる相手に弱点を作らないため、余計な情報を与えないためのもの。
 大層な二つ名も否定もせず肯定もせず現状保持したのも同じ理由。

(モウカの慎重さは臆病からだもんね。ここで、『俺は戦闘を否定するーッ!』何て言えば、今後は戦闘になることがないかもしれないのに)
(かもしれないじゃ危ないだろ。それにその発言は下手したらフレイムヘイズも敵に成りかねないんだし)

 戦闘をあくまで望んでいるのは復讐者たるフレイムヘイズ側だ。
 その原因は確かに``紅世の徒``であるのだが、喧嘩をふっかけるのは大体はフレイムヘイズと相場が決まっており、それゆえに戦闘狂などと呼ばれる輩もいる。
 ここ数百年になって頭角を現し始めているという『弔詞の詠み手』なんてものが代表格だ。
 きっとえんらい鬼の形相なんだろうな。くわばらくわばら。

「相互不干渉。この言葉に偽りは?」
「ない」

 漕ぎ着けた先は、百鬼夜行とのこの地域での相互不干渉の取り決め。
 お互いに口だけのものだが、この会談にてお互いに信用度を測り終えた上での決まりだ。
 どちらかが先に破らない限り、しばらくの安全が``百鬼夜行``という集団に関しては確保された瞬間だ。
 情報を得るだけでなく、安全までも手に入った実に有意義な会談。

「ではでは、お互いの安全を祈って」
「ああ、今日ばかりは食を共にしよう」

 立場など忘れて、晩餐会へと会談は変わった。
 食事の話題は``紅世の徒``とフレイムヘイズに友情と愛はあるか。
 実に楽しい夜となった。
 後にこの事を知ってリーズがウェルから聞き、『何故誘ってくれなかったのよ』と膨れっ面で怒り、槍投げ千の計に俺が処されたのは後日談である。
 ますますコントロールが良くなってきて、変化球も夢じゃないだろう。

第二十四話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 その存在は、と問われたときにリーズは第一に命の恩人であると答える。
 彼の本意はどうあれ、命を救われたのは間違いのないことであった。十年以上経った今でもその気持ちは変わらず、言葉に出さないが感謝の念も忘れことがない。
 だが同時に、リーズは生きる意味を失ってしまってもいた。
 彼女が真に願っていたことは何一つとして叶うことも無く、自分の命のみが手元に残ったのが彼女の現状であった。
 生きている意味なんて無いのに。
 そう考えたのも一度や二度ではないが、自殺を図ることは命を助けてくれた恩人の事を考えると出来るはずもなく、無闇矢鱈に命を持て余すことになった。それもほぼ永遠という時を。とても、とても長い時間だ。
 はや十年という時を過ごしたことになったが、人間にとっては長い時間でも、彼女らにとってはこの十年という年数も短い時に含まれる。

(退屈な十年ではなかった)

 どう生きればいいの、と生きる意味を求めて彼と共に歩んで来たがその答えは今も見つかっていない。
 だというのに、この十年は不思議と生きていることを満喫できたかのように思える。
 ふとした拍子に楽しいと思える時間があった。
 暇つぶしにと始めた素振りが、戦闘技術が、自在法が思ったよりも楽しくて夢中になることもあった。
 ただ、これが生きる意味かと問われれば疑問に変わる。
 楽しいから生きるというのも、それはそれでありだとは考えるもののその考え方はすごく適当で、曖昧なもので崇高と言えなかった。崇高だからいいという訳でもなく、崇高さを求めるならそれこそ世界平和を生きる理由とすればいい。リーズはフレイムヘイズなのだから、使命を負って、``紅世の徒``を討滅すれば晴れて世界を守るヒーローの仲間入りだ。
 何度か``紅世の徒``も討滅している。
 リーズ一人の力ではなかったが、最低限の使命は果たす程度には働いた。
 深く考え過ぎなんじゃないだろうかと思うこともあった。
 そんないちいち細かいことなど気にしないで、好きなように、自由にありのままに彼のように生きればのではないかと何度も思った。
 彼の生き方はリーズが隣で見ていて実に清々しいものだった。
 純粋に生きることのみに力を注ぎ、人生そのもの全てを生に賭けている。死ぬということに人並み以上の恐怖を感じていて、死から逃げようと必死に足掻く。見る人によっては醜いものなのかもしれないが、リーズにとっては美しいとすら感じさせてくれる。
 それこそこんな『生きる意味』なんてものに拘っている自分が馬鹿に思えるほどに。
 その当の本人はというと、

「この食べ物の食べ方ってどうやって食べるんだ」
「殻ごと食べれば? フレイムヘイズだから何食べたって大丈夫、大丈夫」
「あの悲劇を繰り返すぞ……」

 初めて見た海鮮料理の食べ方に四苦八苦しているようだった。その姿からは到底数百歳になるフレイムヘイズには見えない。
 長い貸切状態を続けている宿の一角のため、普通のお客とはちょっと違う待遇を受けつつある。料理は食堂ではなく個室に運ばれ、時間の融通が効き、メニューの注文まで受け付ける。こと料理だけでもこれだけの優遇であった。
 十年分の宿代を一気に払った前代未聞の行動で、驚きのあまりなのか嬉しさのあまりなのかは分からないが宿屋の長の女将はリーズとモウカに破格の待遇をしている。
 優遇されること自体は困ることでもないので、こうやって部屋で気兼ねなく暮らせるのは相当の得ではあった。
 最初の頃こそ、警戒してからか極力ウェパルもフルカスも声を出さずにいたが、今ではこうやって平然と声を出していた。
 この場所が人目を気にせずリラックスできる証明のようなものでもある。と言っても、リーズの記憶の中では切羽詰まったウェパルの姿というのは思い浮かびもしない。いつも呑気に、それこそ契約者のモウカよりも気ままにやっているイメージが強い。
 ウェパルの天真爛漫ぶりはリーズの苦手とするところではあった。

「悲劇って何かあったの? 昔に」
「あー、それはね。モウカが」
「何でだろう。この話にデジャヴを感じる」
「数百年も一緒に生きてたなら同じ会話くらいあるんじゃない?」
「いや、ウェルの場合はわざと俺に傷心を与えるためにという可能性があるからな」
「酷い``紅世の徒``も居たもんだね!」
「お前だよ!」

 リーズは、あははと思わず苦笑した。
 こんな会話が、平和な日常が楽しいと感じられているのを自覚していた。もし、フレイムヘイズになっていなければ、こんなに楽しいことは体験できずに死んでいたかもしれない。楽しいという感覚を得られないまま、ひたすらに家族愛を求めて狂っていたかもしれない。
 私もいよいよ毒されてきちゃったかなと少し嬉しくリーズは思う。
 今はもう何も無いわけではないと自信を持って言える。
 だからリーズにとって、この関係はいつまでも続いていて欲しいものだった。

(なら、私の今生きる意味は)

 答えは朧気ながらも見つかり始める。





◆  ◆  ◆





 気候が厳しい場所でも木は根強く根を生やし、壮大な林や森を作り上げている。シベリアも遠いわけでもないこの地域は冷え込みが激しく、この地方の気候に慣れている人間ではないと、とても生きづらい地域である。その為訪れる人は少なく、そういった意味ではモウカたちフレイムヘイズは十分に浮きやすい存在ではあった。
 ただでさえ、欧州では珍しい容姿を持つ日系のモウカは目立ちやすい要素が多い。
 それなのに余り目立つこと無く、ほどほどに馴染むことができているのは、己が内にある存在の力を制御することによって他者にあまり干渉されないようにしているからである。
 不老であるフレイムヘイズは年月が経てば周りから訝しがられるが、十年という人間にとっては非常に長い年月を誤魔化せるのはこういった処世術があるためだった。もちろんそれだけではなく、モウカは目立たないように目立たないようにと慎重とも臆病とも取れるほどに、細心の注意を払っている。そして、これがモウカの日常でもあった。
 前までは、そんなモウカの行動を行き過ぎなんじゃないかと疑問を抱いていたリーズだが、今となっては彼の理解者となり、彼女自身も目立つ行動を取らないようにしていた。
 彼らはただこの平穏な日常で生きているわけではもちろん無い。いつか来るであろう戦いに備えて、いつも準備は怠らない。その準備の光景は主に、生い茂る森の一角にて見ることが出来た。

「うん、すっかり練習場っぽくなったな」
「あんだけ私が作った刀で木を力任せに斬ってたらそうなるわよ……無理な使い方して何本折ったことだか分からないじゃない」
「いいじゃん。いくらでも作れるんだし」
「存在の力を浪費するでしょ!」
「大したことないじゃん。それに俺って実はあまり存在の力を使い切った試しないよね」
「モウカは色んな意味で特別だったからね。この世界への影響が意外と大きい存在だったのかもね」

 過去へのトリップという前代未聞の出来事を体験したモウカは確かに特別とも言えるのかもしれない。その事象が起きた理由が未だに明白となっていないが、自在法という存在の力を使えば出来ない事の無い自由な世界において、可能性は無数に存在はしていた。
 自在法だけに限らず宝具というこの世の神秘の塊もある中で、不可能という言葉はあまりにも軽率過ぎる。逆に言えば、追求しようとしても簡単に検討がつくことでもないことを表している。
 モウカ自身は、そのことにはフレイムヘイズになる以前に諦めはついていたが、理由を知ることが出来るのならば、知ってみたいとも思っていた。未知なる体験をモウカに経験させてくれたものへの興味からである。けれども、当然ながらそれを知ることに危険があるのならば、いとも容易く諦めるだろう。

「羨ましい限りね」
「羨ましい……羨ましいね。俺は逃げることをせずに、正々堂々と生きていけるリーズのが羨ましいんだが」

 モウカのその言葉に、はてとリーズが小首を傾げた。
 逃げることでしか生を掴み取れないモウカと、逃げることも戦うことも選択できるリーズ。モウカには最初から選択肢など存在しない。生きたいのならば逃げるしかないという現実があった。
 戦い方に優れた力を持っていれば、戦うことに恐怖を抱くような性格でなければ、人を本気で殴った経験があれば、モウカはもしかしたら``紅世の徒``と正面から渡り合っていたかもしれない。今頃は内に眠る存在の力の総量から、今世最強のフレイムヘイズだって夢じゃなかったのかもしれない。
 しかし、現実は彼に戦う術をもたらさなかった。
 武具の扱いや立ち回りはどんなに目で見ても素人以下で、死ぬという恐怖をいつも背負い、人を本気で怒ることすらも躊躇する。

「全く分からないわけじゃないだろ?」
「うん、なんとなく検討はついてる」

 いつだったかリーズは一度だけモウカと戦ったことがある。``紅世の徒``との戦いの前に、少しでも実践に慣らしておこうとリーズが模擬戦を提案したからだ。
 当たり前だがモウカは嫌な顔を隠そうともせず、そんなのいらないよの一点張りだった。俺はいきなり本番だったしと実体験を含めてリーズを諭そうとするが、あきらめの悪いリーズを見かねて一度だけねとやったことがあった。
 モウカの自在法の特性上、下手な行動は``紅世の徒``に見つかる可能性を考慮して、大規模な実践さながらの模擬戦ではなく、こじんまりとした鍛錬のような模擬戦となった。
 勝敗条件はどちらかが決定打を打つことで、時間制限付き。
 リーズは自分で提案したものの、本当の所は相手としてモウカは不服だった。
 彼女がモウカの力の一端を見たことがあるのは教授の一件だけであり、実際に戦ったところはおろか、力を振るっていることすらも見たことがなかった。
 フルカスが言うには大した力の持ち主らしかったのだがイマイチ納得は出来ず、これを機に実力すらも見極めようといった一面もある。
 予想は良い意味で裏切られた。
 モウカの自在法の汎用性の高さのせいで攻撃が全く当てられない。煙で巻かれるような錯覚に陥られる彼の戦闘スタイルは厄介以外の何物でもなかった。
 モウカは自身のことを俺はフレイムヘイズの底辺の中の底辺、最弱のフレイムヘイズだと言う。
(弱いと言うには弱かった。でも、弱いからって勝てる相手でもなかった)

 たまに牽制のためなのか反撃をしてくるが、その攻撃は全く脅威となりえない。本当に牽制以外の用途のないようなものだった。リーズが嘗て作って渡した剣を投げてくるなんてお粗末な剣の使い方だった。
 自分のあげた剣が無様な扱われ方をして少しリーズはイラッとし、その苛々を発散しようと繰り出した攻撃はモウカに当たることついにはなかった。
 タイムアップによる結果は引き分けだったが、内容としては必死に攻撃に出て全く当てられなかったリーズの負けだった。 

『今回引き分けだったのは、時間制限があったからね。逃げ切ればいいだけだし。これが時間のないものだったら、途中で諦めて降参してるよ』

 やれやれと言った顔でモウカはそう言ったのだ。
 その言葉に嘘がないのは、当時まだ共に旅を始めたばかりのリーズでも分かった。
 だが、リーズにとっては簡単に超えられるはずだった壁だったのだ。それが予想だにせず大きくそして分厚かったことを知ったことになった一件である。
 
「よし、雑談もそこそこに練習するか」

 この空間を作ったのは自在法の練習をするためである。街中ではもちろん、人の目に付く場所ではあまり見せられないことをするには、森の中など人が立ち寄らない場所にスペースを作る必要があった。ここはただでさえ気候が厳しい場所なので、少し人里から離れれば人影は極端に減る。まして陽の当たらない鬱蒼とした森林の中は冷え込む。
 人間の誰が好き好んでこんな場所に来ようかという場所は、フレイムヘイズにとっては絶好の場所だった。
 最初の頃はリーズの自在法の練習などは全てウェパルに投げていたが、今はモウカも一緒になって教えたりしている。
 ちょっとした心変わり。

「現在のリーズの戦い方に関して文句はないから、根本的な自在法の質の上昇が一番の課題だ」
「重装の騎士装甲に左手に盾を持って押しつぶす。右手に剣や槍を持って直に斬りつける、貫く、投げる。戦いに文句を言う言わないじゃなくて、自分に出来ないことだから言えないんだよね」
「うるさい。戦い方なんて知るか。攻撃が当たらなければいいんだよ! ああもう、ウェルがいると話が横道に逸れる」

 モウカが地団駄を踏みながらも、邪魔をするなよとウェパルに無駄と分かりながらも忠告をすると、ウェパルは笑いながらもハイハイと適当に了承する。
 絶対に分かっていないだろとウェパルを除く三人が内心で突っ込みつつも、モウカが咳払いをして続きを話しだす。

「まずは創りだす武器の強度を上げること。木をぶった斬った程度で折れるなんて話にならない」
「それは貴方の使い方が悪いだけじゃない。私が使ったら三本まで折れずに行けたわ」
「三本で折れる刀なんて使えるか! 折れる理由は自在式に無駄なものが多いのと、イメージの固執だと思う。もっと強い刀をイメージすればいいんだ」
「ふむ、自在式の無駄に関してはこちらも同じく余計な念があるからだな」

 リーズは分かったわと返事をしてから、目を瞑って刀を思い浮かべる。
 強い刀を打つ自身を想像して、どういった形状をしているのか、どんな風に扱うかまで明確に定めていく。イメージが明確に定められた刀を存在の力で具現化させようとするが、その前にモウカの声が待ったをかける。

「そういえば、自分の父親が作った刀とかを想像したらいいのが出来るんじゃないか? 幼い頃から見続けただろうし、明確に思い浮かべられると思うぞ?」
「やってみる」

 作りかけた刀のイメージを分解し、再度創り上げる。
 リーズの思い描く父親が作った最高峰の刀。貴族が寄ってたかって買いたがった本当に作られた至高の作品を思い浮かべる。
 簡単に浮かんだその刀の形や性能を存在の力で具現化させて出来上がった刀は、今までとは見た目だけでも十分に今までと違うと分かる逸品が出来た。
 その出来に思わずおおと唸り声を上げたモウカは次に、

「いい出来だね。記念にその刀をくれないかな。今のなまくらじゃちょっと役に立たな──」

 リーズの投げ槍で、口を塞がれた。

「私の作った刀がなまくらで悪かったわね!」

 拗ねてリーズは先に宿へと帰ってしまった。
 一人ポツンと残されたモウカはほんの冗談だったのにと言葉を零したが、さすがにそれはモウカが悪いとウェパルがモウカを非難した。
 
「でもまあ……」

 実に平和な日常風景だなと感慨深げにモウカは思った。

第二十五話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「初めまして、というのは些かながら変かもしれないが」

 突然の訪問者だった。
 何の前触れもなく、いきなり現れたそれは俺の旧知の知人だと名乗り、この宿の女将さんに通されてやってきた。
 油断はしていない。すでに平和な日常が五年間もやってきて、戦いとは遠ざかっているものの、数百年間も今まで戦い続けたのだ。そう簡単に鈍ってもらっては困る。平和な日常でも、常に注意と警戒を怠らず、いつでも逃げる支度を欠かさない毎日だった。そんなんで気が完全に休まるのかと聞かれれば、嘘でもハイとは言えないが、それだって俺の中ではすでに日常なのだ。
 誰にも襲われること無く、誰かを襲うこと無く、非常に有意義な時間なのだ。その時間を俺は決して失いたくない。だからこそのいつでも忘れない警戒心がモットーだというのに、あまりにも簡単にその訪問者は──``紅世の徒``は俺の元へとやってきた。
 それも無防備に、何の敵意すら無く、むしろ友好的に接してきた。
 俺は何が起きたかも状況を把握できずに、ぽかんとただ彼女を見つめるばかりだった。隣ではリーズが俺に顔を向けて誰と言いたげだった。
 誰だこいつとは俺の言葉だろうに。
 見たことのないその``紅世の徒``は女性の姿をしており、とても希薄な存在。触れてしまえば簡単に崩れて消え去ってしまいそうな感覚に陥られるほど。まるでトーチのように軽い存在だった。
 トーチ。そうだ、まるでトーチのようなのだ。
 いくら存在が希薄でも``紅世の徒``である異常は、何よりも敏感な俺が全く気付かないなどというのはありえない。ありえてはいけない。自信過剰というわけじゃない。先に発見して、先手を打たなければ簡単に消し去られてしまうほど弱い俺には、当たり前の自衛力なんだ。取り柄とも言える。
 それがいとも容易く目の前に``紅世の徒``に取り柄を潰されてしまった。
 急に現れたことへの驚きだけではない。数百年で築きあげてきたプライドも一緒に完膚なきまでに打ちのめされたのだ。

(モウカしっかりして!)
(え、あ……ああ)

 言葉が出ずに呆然としていた俺にウェルに呼びかけられて何とか意識を相手に向けて、警戒を再開する。これが敵対的な``紅世の徒``なら俺は死んでいただろう。
 そう思うと大したこともないプライドが打ちのめされただけで呆然としてしまった俺は俺に腹が立つ。こんなことで、こんな簡単なことで命を失っていたかもしれないと思うと後悔が絶えない。
 自分では衰えていないつもりだったのだけど、ここ五年でたるんでいたのかもしれない。
 リーズが仲間になり戦闘要員が出来て、ますます上昇した生存率に甘えていたのかもしれない。
 反省点は多いが、しかし、まずは目の前の相手を見なくちゃいけない。
 せっかく敵意無しに友好的に接してくれたのだ、無下にはできない。だからと言って警戒を解く訳にはいかないが。
 
「初めましてが変だなんて言うんだから、過去に会ったことがあるってことだよね? ウェル、記憶にある?」
「ない。そもそも``紅世の徒``なんていちいち覚えてない」

 ずぼら過ぎるウェルに聞いた俺が馬鹿だったかもしれない。リーズは端から頭にはてなマークを浮かべているので聞くまでもないだろう。それに、ずっと一緒だったのだから彼女が知ってるということは、直接俺も知ってるということだし。
 ``紅世の徒``が何しに来たかは分からない。もしかしたら慢心していた俺に警告しに来たのではないかだなんて思考したが、すぐに却下する。何でわざわざ``紅世の徒``がそんなことをするんだ。
 それならわざわざこんな辺境の地にこの俺になんの用だというのだ。
 疑問は尽きないが、相手の真名を聞けば分かるかもしれない。五年前の``百鬼夜行``という集団の一味の可能性だってある。
 それじゃあ自己紹介でもと俺が切り出そうとする前に彼女が言葉を放つ。

「そう言えば、名を名乗るのは初めてだったかもしれないな。今は``屍拾い``ラミーと名乗らせて貰っている」
「聞いたことがないな。俺のことは訪ねて来たくらいだから知っているとは思うが『不朽の逃げ手』モウカ。契約した``紅世の王``は``晴嵐の根``ウェパル」

 俺が紹介するとどもーとウェルが気軽に挨拶をする。
 続けてリーズを紹介しようとすると、リーズが俺の声を遮って自ら名乗る。

「私が『堅槍の放ち手』リーズ・コロナーロ。``盾篭``フルカスの契約者よ。よろしく」
「よろしく頼むよ。聞いたことがない名だ」
「ああ、十五年前に契約したばかりのひよっこだよ」

 ラミーの問いに俺が答えると、十五年前と呟いてからそうかと頷いた。
 もしかしたら強制契約実験の時の生き残りだというのが今ので分かったのかもしれない。だとすれば、相当に頭の回る``紅世の徒``だ。
 敵にしたら厄介そうだ。
 しかし、それほど頭の良い``紅世の徒``なら、少しぐらい名が売れていてもおかしくないというのに、皆目検討もつかない。
 
「ラミーでは通じぬか。なら、君ら相手では本当の名の方が都合がいいだろう。信頼も出来るフレイムヘイズなことだからな」
「それは……買いかぶり過ぎじゃないか?」

 俺の言葉にウェルとリーズがそうそうと同意の声。
 そこまで首を縦に振られるのは、若干ながら心が痛くなるのだが、そんな二人は置いといて俺が信頼できるフレイムヘイズ? それはどこの誤情報だ。最弱なフレイムヘイズという情報ならあまりにも的確すぎて涙するのだが、信頼された全くない覚えはない。
 俺が他のフレイムヘイズや``紅世の徒``との接触が他のフレイムヘイズに比べてかなり少ないというのも理由の一つだ。
 信用、信頼を置ける中なんて隣にいるリーズくらいしか思い当たらない。
 しかし、そんな俺の疑念を振り払うようなことを、一言ずつラミーと名乗った``紅世の徒``は言う。

「『大戦』
「……!?」
「『強制契約実験』」
「ぬぐぐ…………」
「``百鬼夜行``」
「よし、分かった。そろそろ俺の胃を虐めるのはやめてくれないか! フレイムヘイズとはいえ内蔵器官系はすぐには治らないんだ」
「それはすまなかった。君があまりにも心当たりがないなんて言うもんだから、ちょっと思い出させてあげようと思っただけなんだ」

 こいつ……意外とS気があるぞ、という言葉は飲まずにウェルに声ではない声で悔し紛れに言う。ウェルからは本当にいい性格してるよねという返答をもらったが、その言葉はそのまま彼女に投げ返したい。
 矛先を目の前の口では敵わないと理解できた相手から相棒へと向け、あくまでも外面は笑顔を保つ。リーズは俺がどんな心境なのかまるで分かっているかのように含みを笑いをするが、この際は無視。
 
「君たちの噂はかねがねと言ったところだ。尤もそれとは違う予測も私の中では構築されてるんだがね」
「噂とは違う?」
「あえて語るほどのものでもない。確信のない予測だよ」

 話が横に逸れてしまったねと微笑みながら、ラミーは軌道修正を計った。
 俺とウェルの会話なら確実に横道から帰ってこれず、気付いたら獣道に入っていたなんてことが多々あるからありがたい。
 君との会話はなんだか楽しいねと嬉しいことを前置きにしてから、彼女はもう一度自己紹介した。

「``螺旋の風琴``という名前に聞き覚えは?」
「リャナンシー……そうか、貴女が」

 あまりに有名過ぎる``紅世の徒``の名前だった。``屍拾い``という名前では全く分からなかった彼女との共通点は、``螺旋の風琴``の名において簡単に思い当たる。
 忘れられるわけがないじゃないか。
 あの大戦の引き金の一つとなった宝具だった、宝具にさせられた``紅世の徒``の名前がリャナンシー、つまり彼女だったのだから。それを知ったのは大戦後ではあるが、彼女を見つけ、そこを戦場へと変えたのは他ならぬ俺自身。
 言わばお互いにあの時の当事者同士という訳だ。
 初めましてと挨拶することが変だというのも頷ける。
 俺からすれば彼女が俺のことを覚えていたことのほうが驚きなんだけどね。
 大戦の件がなくとも彼女の名前は``紅世``最高の自在師として馳せている。彼女に並び立てる他の自在師といえば俺の天敵とも言える教授を他に置いていないと評されるほど。
 ……え、これって褒め事ななのと一瞬思ってしまうが、これは想像以上にすごいことだ。教授というと、どうしても変人で奇天烈な奴と安易に思い込みがちだが、奴の発明は、自在法は他を寄せ付けない独創性や多種多様に渡る圧倒的な数がある。それの一つ一つに実用性があるとは言い切れないが、自在法を編み出す自在師としての観点から見れば、彼は間違いなく天才だ。
 そんな変態と同列に並ぶのが彼女、``螺旋の風琴``リャナンシーである。
 彼女は、教授の実用性を問わず好き放題に量産するスタイルとは異なると言われているが、実際のところは俺は知らない。
 彼女の姿の目撃情報すら最近では全く聞かなかったのだ。
 
「大戦の時には世話になった」
「世話したつもりもなければ助けた覚えもないからいいよ」
「そうそう。モウカはただ逃げるのに必死だっただけだから」

 相手が今では無害とされる``紅世の徒``と分かるや否やウェルの軽口が飛ぶ。
 こいつは少しくらい俺への配慮というのを知らないか。
 それなりに俺にだって体面があるんだ。
 とは言うものの事実だから否定する気にもなれない。
 だから、こういう時はだいたい調子にのってもう一人の相方が、

「そうね。大体予想につくわ。戦場を飛び逃げ回っている貴方の姿が」

 ふふ、と優しいほほ笑みにも、哀れみを含んだ笑みにも見える笑いをリーズが零す。
 絶対に言うだろうなと思っていたことだから俺の心へのダメージは少ない。
 無いわけではないということを彼女らには是非とも知ってほしいところだが。

「こちらも想像はついている。最初から過大評価していないつもりだ。その上で頼みたいことあり、訪ねさせてもらった。時間は大丈夫か」
「ん、俺に関しては大丈夫だけど。リーズは?」
「私も平気よ。面白そうな話も聞けそうだし」
「ということらしい」
「そうか。では、私から君たちに頼みたいのは討滅をしないでもらいたいということが一つ」

 これはまた大胆なことを言うな。
 普通の``紅世の徒``ならこんなことを言わない。というか、こうやって面と向かって話し合う機会そのものが稀有なことだから、心では思ってるかもしれないが聞くことはない。
 だがまあ、

「相互不干渉というのなら別に構わないさ」
「あの``百鬼夜行``と同じ条件ということか?」

 そこもすでに接触済みということらしい。
 いや、もしかしたら彼らから俺の情報を手に入れここに来たという可能性もありえるか。相互不干渉というのは、あくまでも彼らと俺との間であり他の``紅世の徒``全てに当てはまることじゃない。
 彼らの場合は下手したら、事業の邪魔に成りかねないので下手なことは打たないとは思っているが、無害な``紅世の徒``をここへと誘導するなんて誰が想像できるか。

「貴方はいつの間にそんな約束を取り付けたの」
「あれ、話してなかったっけ?」
「会った、ということだけ」
「そうか……まあそれはあとでいいとして」
「え……え?」

 今はリーズと話をするよりも、リャナンシーとの話を進めるべきだと判断してリーズをスルーする。
 スルーされた本人は、狼狽して「え」と何度も繰り返してキョドっているが、それも放置する。
 リャナンシーは俺とリーズのやり取りに苦笑するも俺へと向き直し、

「話を進めても?」
「いいよ。それで、相互不干渉ということでいいの?」
「私としてはそれにもう一つだけ付け加えて欲しい、というよりは許可を出してもらってもいいか?」
「どんな?」

 リャナンシーは一呼吸を置いてから、告げた。

「ここ付近のトーチを摘ませて欲しい」

 そういうことか。
 だから``屍拾い``なんていう通称を名乗っている訳かとようやく納得することが出来た。彼女が偽名とも言える名を、今通称にしているのは、彼女の身の安全を考えれば当然のことだとその事についてはすぐに納得が出来た。
 ``紅世``最高の自在師と言われているがその実は小規模な力しか持たない``紅世の徒``だ。どんなに効率良く存在の力を扱おうが、結局扱える存在の力の絶対量は``王``に比べてかなり見劣りしてしまう。
 ``王``の中でも、相当大きな力を持っていれば、それこそアシズ並みに力を持っている``王``がいれば力技で彼女を捉えることだって可能かもしれない。相当に骨が折れるとは思うが。
 だが、過去に彼女は囚われて宝具へとその身を変えられていたのだ。それに到るまでの経緯は色々あったようだが、そんな過去がある以上は迂闊さは彼女にとって致命傷に成りかねない。まるで俺みたいだなと感想を抱いだ。
 フレイムヘイズにとっては限りなく無害に近い存在でも、``紅世の徒``にとってそれだけ彼女は利用価値のある存在なのだ。
 なら身を隠すために偽名も止むを得まいと思うが、それとは別に``屍拾い``の名の意図は不明だった。だったのだが、トーチを摘むという言葉で理解できた。
 屍とはつまりトーチのこと。トーチは人間の存在の力を吸いつくされ残された吸殻の滓のようなもので、本当の人間は既に死んだのと同義。屍である。
 それを摘むということは残ったトーチの滓を拾い集めていると彼女は言っているようなもので、それの許可が欲しいと言っている。
 重要な話をしているのに、リーズはさっきからなんなのよあいつと、全くその言葉を気にしていない、というか聞いていないんじゃないかと思う。

「今までもそうしてきたなら言うまでもないと思うが、影響がでない程度なら。影響が出るようだと面倒なことに成りかねないしね」

 暗に別に構わないよと答える。
 存在の力が多分に含まれているトーチを摘むのではないのなら、世界への影響はほぼないと断言できるだろう。トーチという時点でかなり影響は少ないが、念には念をということだ。
 世界の影響とかなんだかフレイムヘイズらしいこと言ってるな、俺。

「助かるよ」

 ``螺旋の風琴``リャナンシー。
 珍しい``紅世の徒``との接触だった。
 この際だから自在法の天才に色々と尋ねるのもいいかもしれないな。

第二十六話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 翌日。
 昨日のうちに明日会う約束を取り付けていたので今日はリャナンシーと共に、比較的もう見慣れた街並みを背景に街に散歩に出ていた。陽もまだ完全に上がり切らない早い時間のため人通りは多くはない。
 これが農業が盛んな街ならば、早朝より田畑を耕す農民の人を目撃するのだろうが、ここは寒く農業にはあまり向かない土地。必要最低限の田畑がある程度で、早朝の寒さは普通の人間には厳しい寒さというのも人通りが少ないことに影響している。
 人目を気にしない気軽な散歩をするには適した時間である。
 夜は灯りが乏しいため人通りが少なくてもあまり散歩には向かない。
 ちなみにこの時間だとリーズがまだまだおねむなので、彼女がついてくるということもない。

「名のあるフレイムヘイズ自ら街案内とは痛み入る」

 茶化すように言った。
 ふざけた感じというよりはちょっとした冗談、フレンドリーな話しかけ方。
 昨日までの少しお固い感じとはまた違っていた。
 俺もその雰囲気に従って軽い言葉で答える。

「名があるかどうかはさておき、こっちもあまりない機会だからね。名のある``紅世の徒``さんとのお話の機会は」

 昨日の内はなんだかんだで結構堅苦しい話ばかりになってしまっていた為、今日という日を用意した。あの後、そのまま会話を続けてもよかったのだが、時間もそれなりだったし、何よりも俺が結構疲れてしまったというのがある。
 普段はあまりしない(生死がかかる時を除く)緊張感だし、柄にもない相手を伺うような、また疑うような姿勢は俺には非常に疲れることだった。そんな時に限ってウェルが絶好調だったりするので余計に疲れる。
 その疲れも一晩ぐっすりと寝れば取れるというもので、緊張感も昨日に置き去りにして、今日は単純にリャナンシーとの会話を楽しむ予定だ。
 楽しむというのは俺の一方通行なものに成りかねないけど。
 
「私なぞそんな大したものではない」
「``紅世``最高の自在師が大したことが無かったら他の自在師は皆涙するよ」

 俺は彼女の実演は見たことがないものの、あの『小夜啼鳥』だったという現実を知り、あれの価値を身を持って知っている者としては、やはり彼女は最高の自在師なのだろう。
 『小夜啼鳥』はありとあらゆる自在法を紡ぐことが可能とされた宝具。原理は簡単で、捕らえられた``紅世の徒``がそういった性質を持つ自在法の天才だったから。その``紅世の徒``を支配することで自在法を啼かせることが出来た。
 その``紅世の徒``の正体が``螺旋の風琴``リャンナンシー彼女である。
 俺がそれを知ることが出来たのも、大戦当時は余裕はなく終わり収束をしてからの話だったが。

「それだと、同列に並べられているあの教授も大したことがない、と言っているようなもんだよね」
「それだったら俺が泣く」

 号泣さ。涙が枯れるまで泣き続けるだろうね。
 教授で大したことがないとか言うと、この世界に跋扈する``紅世の王``は一体どれだけフレイムヘイズ泣かせになるのだろうか。あれ以上の鬼畜がこの世界に多くいるということになるのか、それともあれ位の実力者がこの世界の平均だとでも言うのか。どちらにせよ、そんな世界だったらとうに滅んでいるに違いない。
 あいつ一人でも下手したら滅びかねないというのに。
 ああ、駄目だ。こんな話をしてはいけない。
 噂をすれば影とかいうし、奴ならひょっこり地面から顔を出してもおかしくはない。
 出てきたらもぐら叩きよろしく力加減などなしに全力で叩き潰すが。
 俺が滅多にしない全力の攻撃だ。ありがたいと思えとか言いながら。

「私の友人も嫌われたものだ」
「友人?」
「え、嘘、あいつなんかと!?」

 俺は友人という言葉に疑問を持った声だったが、ウェルはその事実を聞いて率直に驚いた。
 え、あいつって話が通じるの?
 俺が過去何度か話し合いという解決方法を模索したものの、いつだってあいつは俺以上の声量で言葉を遮るばかりか、自分の主張を言いたいだけ言って一方的に会話を終わらせたり、自在法を使い始めるなどという暴挙ばかりだ。
 気がつけば俺は「ああ、こいつってコミュニケーション障害か」と内々に納得して、会話という人類史上最高のコミュニケーションを教授には諦めていたのだ。あいつに通じるコミュニケーションはボディタッチ(自在法による攻撃)だけだと思ってたのに、彼女はあいつと友達だという。
 ならば、まさか会話なんてしちゃったりするのか聞いたら、普通に話をするとのこと。
 これはもしかしたら今世紀最大の発見かもしれない。

「そんなに信じられないことか?」
「教授に友だちがいるようなキャラかと思ってさ。リャナンシーは──と、こっちの名前は伏せていたほうがいいのか?」

 姿を変え、名前まで変えてまで、この世に顕現しているリャナンシーはその名で呼ばれるのはあまりよくないのかもしれない。
 どこでどう噂が流れるか分かったものじゃないからね。俺の時もそうだが、本当に大したことがないことでも簡単に膨れ上がってしまったりするし、誰がどこで噂を知るかも分かったものじゃない。
 一応、この周辺には``紅世の徒``がいないことは把握しているが、``螺旋の風琴``が訪れた時のように俺の``紅世の徒``レーダーを欺くような奴もいかねない。怖い世の中だ。
 
「出来れば、な。しかし、親しい物は既にこちらの名も知っているからな。どちらで呼ばれようとそこまで問題ではない。どちらかと言えば」
「姿が違うことのほうか。気配を知っていれば、姿だって意味ないけど」
「欺く術は数多くある。だからといって追われるのはやはり面倒だが」
「それには同意するよ。追われるのは面倒」
「トラウマだよね。モウカにとって。あの頃は」

 教授に追われた日々がトラウマにならないわけがない。
 新人だった頃から巨大な``王``を相手にするだけでも危険だというのに、相手はあの変態王だ。心の髄から精神が削られていく思いだった。思い出したくもないかこの一つ。
 俺があいつを天敵だと思うのもその頃の出来事が相当に大きい。
 しかしあれだ。そんな教授の友人だと自ら名乗った有名な``紅世の徒``の``螺旋の風琴``と、こうやって方を並べて街を散歩するなんて夢にも思ってなかったな。
 ``紅世の徒``と一緒に呑気な会話をしつつというだけでも、十分に現実離れしているのに、相手は自在法の天才だし。思うところが多すぎるな。
 感覚的には敵国の有名武将と一緒に茶を飲んで笑い合っているとでも言うのだろうか。しかも、化かし合いで表面だけ笑っているのではなく、心底楽しく笑っているのだ。
 いかに今の境遇がおかしな日常になっているかが分かる。
 戦闘が起きず平和なのは願ってもいないことだけど。

「過去、幾度もあらゆる``紅世の徒``に追われて歯牙にもかけなかったと言えば『不朽の逃げ手』は有名だったはずだ。幾度も追われるというのには心情察するところもある」
「逃げ手だからね。逃げるのだけは得意さ」
「心情は『逃げてぇ。どこか遠くに』だもんね」
「お互いに苦労は絶えないようだな」
「みたいだね」

 お互いに大変なご身分なことだ、と愚痴にも似た感想。
 もっとお気楽で、誰も歯牙にかけないほどの強烈なフレイムヘイズか、歯牙にもかけないほど最弱のフレイムヘイズだったらよかったのに……あれ、今だって最弱を名乗っているのにこんな待遇なんだ?
 どこで一体選択肢を誤ったのか。後悔は絶えないよ。
 あえて過去を辿ってその原因を追求するというのなら、思い当たる節が多すぎて困ったものだ。例えば大戦であり、例えば強制契約実験であり、例えば教授であり。
 教授が関わることが二度も出ていることこそ、心情を察して欲しい。同情するなら安寧の地をくれと俺は言うだろうが。

「でも、俺は巨大な存在の力があるから逃げれるけど、そこら辺はどうなのさ?」

 ``王``と契約した俺と素質的に``徒``であるリャナンシーとでは存在の力の多さが根本的に違いすぎる。

「質問が抽象的すぎだな。言いたいことは分かるが。伊達に自在師と呼ばれていない、ということだよ」
「頭に天才を付けるべきだね。部類的には俺も自在師なのかな? ウェルどうなの?」
「モウカは……分かんないや」

 ためといて結局わかんないのかい! とは突っ込まない。どうせいつも通りのやりとりだ。
 自在師の概念は俺もあまりハッキリとした明確なものは知らないが、一に本質から発現する力以外の多種多様な自在法を扱うこと。これはまさに教授やリャンナンシーのようなタイプのその場で編み出したりする天才的なタイプが多い。フレイムヘイズでは戦闘狂で有名な『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーがこの手のタイプらしい。また、この手の自在師は、自在式に関する知識や技術が当然ながら長けている。
 本質から発現する力とは、俺で言うなら『嵐の夜』など、契約した``紅世の王``自身の特性を現す自在法のことを指している。
 そして、もう一つが複雑で大規模な自在法を操る者。
 過去で言うなら『都喰らい』という、都市をまるごと一つ飲み込む自在法を扱った``棺の織手``なんかのタイプだ。
 『嵐の夜』もここに分類されるようなことになれば、俺も晴れて自在師の一員ということになるのだが、なんとも言えない。
 『嵐の夜』自体の知名度は俺の代名詞と言えるほど広がっているようだし、それこそ、これ以上に二つ名的な他の呼び方をされれば余計に目立ってしまうではないか。
 個人的にはこういった二つ名や代名詞が付くのはなんだか格好よくて嬉しいのだが、素直に喜べない環境なので気持ちは複雑だ。普通のフレイムヘイズなら手放しで喜ぶのだろうけど。

「ならこの私がモウカに自在師と称されるようにしてあげるのはいかがかな?」

 ニヤリという表現が似合うような笑みを浮かべて、面白そうにリャナンシーは言った。
 その言いようはまるでウェルを真似たような言い方だったが、何故だかそんなに不快に思わない。
 ああ、そうか。
 これが貫禄ってやつなんだ。
 俺は彼女の言葉に苦笑しながら、遠慮すると返事する。
 リャナンシーに認められた自在師だなんて異名は懲り懲りだ。

「``螺旋の風琴``に認められたなんて言われたら、それこそモウカは色々と後戻りできないよね」
「ああ、思考回路がウェルと似通ってしまっているよ……」

 ショックを隠し切れないで、頭を垂れる。

「夫婦は似ると言うからな」
「言わない! ていうか夫婦じゃない」
「え、そうだったの!?」
「その驚きは似るという単語に対してなのか、本気で夫婦だと思っていたのか分からないからやめろ」

 後者だったら吐き気をもよおすくらい俺が萎える。
 自殺したいなどと考えたことが微塵もないのに、考えさせられるほどの衝撃が来るかやめて欲しい。
 ウェル、俺に人生を諦めさせないでくれ。

「私とモウカの思考回路が似通ってるだんてショックだよ……自殺しようかな」
「そこか。というか、ショックなのはこっちだ」

 それに自殺だって出来やしないし、させない。
 いや、正確には俺の器を食い破ってウェルがこの世に顕現させれば、自殺も出来ないこともないのだが、これは本来はフレイムヘイズの最後の``紅世の徒``への最期のしっぺ返しであり、自殺なんかの用途には決して扱わない。
 本来というか、常識的にはそうなんだけど……ウェルだからな……
 一抹の不安を感じる。
 俺の心内の正直な部分はこう告げている。
 『奴はやりかねない』、と。

「愉快だな。君たちのようなフレイムヘイズを見ているのは」
「そりゃー私のフレイムヘイズだからね」

 誇らしげにウェルが言った。
 その言葉に疑う余地など無く、彼女の俺への想いよく分かる一言。
 嬉しいような、でもやっぱりあまり嬉しくないようなそんな気持ちになる。表面的にだけ聞けばなんだか凄く良い台詞なのだが、その裏のウェルの本質。自身の欲望を満たしてくれる相手──愉快で、面白可笑しくて、変わっていて、そんな俺だからこそ契約したという事実を知っている俺としてはやはり複雑だった。
 ウェルの心境の変化という線は絶対にありえない。俺が俺である以上、生きることに固執するのと同じようにウェルにとっての面白いことを求めるというのは彼女の心理である。
 だから、通常であれば彼女のその誇った言葉には曖昧な表情を俺はするべきなのだろうが、

「そりゃー俺と契約しようなんて考えた``紅世の王``だからな」

 俺も誇らしげに返してやろうじゃないか。
 なに、これは当然だ。
 だって、ウェルじゃなければこんな俺の酔狂な願いなど叶えてくれようとする``紅世の王``はいないのだろうからね。
 お互い様ってやつさ。

「君たちは実に面白いな」

 リャンナンシーはそんな俺らを見て、大きく頷くと満足した顔で言った。
 そう、きっとこの俺たちと彼女との朝の散歩は絶対に必要なものじゃない。これからも俺の身に降り掛かるであろう不幸な出来事、面倒な厄介事のなんの為にも予兆にすらならない、何の意味もないものだろう。
 これは日常に溢れている楽しい出来事の一時にすぎない。
 でも、変に凝り固まった考え方をせずに純粋に会話を楽しむ。そういった俺にとってはこれ以上にない有意義な時間の過ごし方だった。





◆  ◆  ◆





「ええ、ありがとう。どっかの誰かさんとは比べものにならないほど為になる時間だったわ」

 リャナンシーが他に用事があると言い、リャンナンシーと別れた後も俺は珍しく街の散歩を続けてた。
 かなりのんびりとした時間を過ごし、例の練習場で少し気分転換に自在式でも弄ってみようと顔を出したところで、先客が居た。先客というものここに来るものは俺を除いたら一組のフレイムヘイズしかいない。
 しかし、そこには先程までの有意義な時間を過ごしてた本当の意味でのお客さんもご一緒だった。
 しばらくは、その練習を影から見守る恋人のような心情で見守っているところでの先のリーズの言葉だった。
 無論、俺が見学していることなどずっと前に三人は気付いている。

「誰かとは誰か」
「あら、居たの? 誰かさん」
「気付かない振りならもっと上手い振りをしな。チラチラ見て気にしてたのが丸分かり。リャナンシーを見習え」
「ふむ、だから言っただろう。それではバレているとな」
「しょうがないじゃない。演技することなんて忘れたわよ」

 十五年もの月日が経てば硬派だったあの人も軟派になる、ということはフレイムヘイズには当てはまらない。人間とは比べものにならない時を生きるための術なのか、はたまたそれは防衛本能なのかは知らないが、フレイムヘイズの精神的な成長というのはあまり見られないと言われている。
 俺がとてもいい例であると言えよう。珍しくもフレイムヘイズの典型例が俺に当てはまった。
 だが、例外というのはどこにもいるようで、リーズがその例外というのに当てはまるものだった。彼女の場合は、契約があまりにも異質過ぎたというのが大きいのだろう。
 それにしても、

「それにしても、色々と世話になりすぎたね」
「暇つぶしに付き合わさせたモウカが言えたことじゃないけどね」
「この程度は世話に入らない。恩に着る必要もなしだ」

 暗にお礼を言う必要性はないと諭されている。
 お互いに楽しく、いい時間を過ごしたということを言っている。
 こういう関係は好ましい関係だ。利用し利用されの関係というのもある種では明確で楽といえば楽なのだが、やはり何のリスクも背負わず、何の懸念も無い気軽な関係というのは精神的負担がなく済むのならそれに越したことはない。
 そんな関係を友、または仲間という……と俺は思いたい。
 『不朽の逃げ手』と愉快な仲間たち。ああ、なんと理に適った名前だろうか。我ながらネームセンスが恐ろしいな。
  
「『愉快』の中に私を入れ込まれるのは些か遠慮したいが」

 あ、そうですか。
 ささやかな拒絶が心に痛い。
 そんな心の痛みすら心地の良い日常だった。

「私も断るわよ」

 ははは、リーズそれは無理ってものだよ。
 君は既に愉快な仲間の一員なんだからね。

閑話2(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 その一団を襲ったのは``紅世の王``であった。
 人間は``紅世の王``に対する抵抗手段など持ち得なく、否応なしに一人、また一人と存在をまるごと喰われていく。
 気づけばものの数分で一団は壊滅と化してしまう。
 名誉も地位も、今まで築いてきたものの全てと一緒に全てが喰われてしまう。
 ``紅世の徒``は人間の築きあげたものなど簡単に引き裂いてしまうような存在だった。
 しかし、人間もまたずっと為す術もなくただ喰われるだけではなかった。数多の存在の欠損によって世界に歪みを発生させると、危機感を持った``紅世の王``がそれを防ごうとこの世の``歩いていけない隣``からやってきた。
 彼らはただこの世界に顕現するだけでは、存在を維持できない。その為、この世の``歩いていけない隣``である``紅世``にも届くほどの、``紅世の徒``に関する強い感情を抱いた人間に自らの力を与え、使命をも与えることによって世界の歪みを広げてしまう同朋を伐とうと試みた。
 強い感情、その多くは憎しみであり悲しみである。
 ``紅世の徒``によって不幸にも消し去れてしまった存在を認知し、不条理な``この世の本当のこと``を目の当たりしてマイナスの感情を抱く。
 そして、そんな人間の感情を辿り着いた危機感を抱いた``紅世の王``と契約した、この世の不条理に対抗する手段を持ったものを『フレイムヘイズ』と呼んだ。
 フレイムヘイズの成り立ちはとても歪で、その誰も彼もが世界の危機感ではなく、己の復讐心にて成り立ってしまっている。
 フレイムヘイズが復讐者の代名詞と言われる所以である。
 成り立ちこそ強力な感情の起状によるものだが、彼らフレイムヘイズは復讐者と言われると同時にバランサーとしての役割も担っていた。尤も本来のフレイムヘイズの存在理由はその役割の``紅世の徒``による世界の歪みを防ぐためある。
 これはあくまでも契約した``紅世の王``のこの世界での目的であってフレイムヘイズとなった人間にはあてはまらないことが多々ある。
 大体の人間は自身の不幸から自ら望んで``紅世の王``と契約したので、自分と同じ不幸を味合わせないようにと考えるフレイムヘイズも多いが、兎にも角にも敵を討ちたいと考える者も少なくはない。
 いつだって考えるのは自分の身の回りのことで、自分のことばかりに囚われた考え方をする。彼らが一人一党と言われる理由の一つでもある。
 過去、幾度かの災厄には手をとりあって戦ったことこそあるが、それ以外での組織だって行動というのは皆無であった。
 そこまで追い詰められないと手を握ろうとしないフレイムヘイズだったが、その彼らが近い将来に皆で情報を共有し組織として機能することが可能になるとは、フレイムヘイズが生まれてから数千年、誰も夢にも思わなかったのである。





◆  ◆  ◆





 ドレル・クーベリックは祖父の代より受け継がれるクーベリックオーケストラに誇りを持っていた。彼の祖父も父も彼も揃ってヨーロッパ中に名の知れた指揮者であった。
 しかし、欧州に鳴り響くオーケストラは父の代を最盛期として、ドレルの頃には酷い経営難であった。彼の親たちに比べてドレルが指揮者として劣っていたわけではない。オーケストラとしての質自体も下がったという訳でもなく、彼らの演奏を見た観客はいつだって大喝采だった。
 だというのに、何故経営難に陥ってしまったのか。
 誰も彼もが音楽だけでお金を手にしているわけではない。オーケストラを副業としているものだって幾人かは必ずいた。ドレルのように一家揃って職がそのまま音楽家というのも決して少なくない訳ではない。
 どちらにせよオーケストラとして活動するには何事もお金が必要になる。
 ドレルは一人の音楽家、指揮者としてならお金を貰って生きて行くことは出来るが、クーベリックオーケストラとしては、厳しい立場に立たされるようになった。
 全ての原因は神聖ローマ帝国の崩壊である。
 十八世紀までは国こそ衰えたものの、なんとか欧州周辺の王権を握ってはいたが、十九世紀にはついには耐え切れずに国が落ちてしまった。
 国の崩壊における影響は様々なところに出る。
 まず、国が崩壊する要因、正確には解体された要因だがこれは戦争による敗戦である。
 俗に言うナポレオン戦争で敗れた神聖ローマ帝国はフランスの属国とされ、解体された。
 戦争が一つ起きれば、お金は全て国に行く。民は疲弊するのはもっての外で、最終的には国自体も疲弊していく。困難な戦争ほど追い詰められていくものだ。
 当然ながら娯楽にお金を費やすことなど出来なくなる。
 ドレルもその荒波に飲まれる形となったが、彼は自らの経営術を用いてそれを乗り切ることに成功する。
 オーケストラという大規模の集団、音楽というお金の排出度を考えると相当に儲けなくてはいけないが、それをものの見事に乗り切るほどの神がかり的なオーケストラという職業に付いているのが不思議に思えるほどの経営術だった。
 この経営術は、元より大きな集団を取り仕切る者として責任感の強いドレルが、組織の扱い方や運営の方法を生真面目に勉強し、オーケストラを使って試して身についたものであった。

 『人間は必死になれば、何事もなす力がある。ようは使い方次第ということ』

 とは、人間としての生前にドレルが残した言葉であった。
 一世一代の逆転劇を見せ、ドレルは自身の誇りであるオーケストラを守り抜いた。
 彼にとっては大切で、この世で二つと無いかけがえの無い場所を。
 もし、ここで、このオーケストラで一生を指揮棒を振るだけに生きていけたのであったら、彼にとってはこれ以上無いほどの幸せであっただろう。彼の憧れて尊敬した父や祖父のように、最期まで拍手喝采を好み全身に受けて、命を見送られたら本望だったであろう。

「な、なんだこれは」

 この世は不条理な物に溢れかえっている。どこもかしこもが不幸だらけで、人生の最後までを幸せで居られる人物など居ない。それどころか、人生の最後こそが不幸で終わるものばかりだった。
 本望で死ぬことなど叶うわけはない。
 幸せな死なんてものは存在すらしない。
 不都合がまかり通って、ありえない現象が平気で起こり得る。
 人の常識など、ないも同然だった。

「ありえないありえない。人が喰われるなんて……ッ!?」

 いただきますの言葉も無しにそれは平然と人を喰い散らかす。散らかって残るのは存在の滓だけで、人間味は全て飲み込まれて消えてなくなっていく。
 ドレルが目にしたものは、その人がその人である存在証明が喰われるという現象。
 起こったのは今夜の公演のためのリハーサル中だった。
 最初に気付いたのは指揮者であるドレル。突如として一つの音が無くなったの気付き違和感を抱き、次に気付いたら人が存在ごといなくなっていた。
 周りは違和感を感じていない様で、平気で演奏を続けている。その様子におかしいのは自身の耳かと一度疑うことをやめた。
 内心では歳をとったものだとややショックを受けながら。
 だが、次に目にしたのは、ボヤけた何かが自分の友人を丸呑みしている姿だった。
 それを見て狼狽し、思わず指揮を止めてしまった。
 急に止まった指揮に彼の友人は、訝しげにドレルを見る。
 不可思議な現象には全く気付いていない。逆に気付いたのは、

「貴様……見えるのか……」

 姿も満足に見えないが、恐怖の対象となっているボヤけた何かだった。
 言葉を発し、確かにドレルを見ながら言った。 

──化物だ

 ドレルは自分の中にある語彙からその言葉で何かを表した。
 人によっては悪魔や妖精、中には神や天使と言い出すものもいるかも知れないが、ドレルは確かに『化物』とそれを認識した。
 人を存在事丸呑みをする真正の化物であると。
 化物はまるで笑ったかのような気配で、言葉を続けた。
 そこで見ていろ、と。
 貴様の友が、仲間が、家族が死んでいく様をじっくりと見ているがいい、と。
 眼の前の出来事の衝撃で、ドレルは身動き一つとれないどころか、言葉すらも出せないでいた。
 あまりにも現実離れしたその光景を見て、平然としていられる人間なんて居ない。
 化物は見せつけるかのように、一人ずつ丁寧に、丁寧にドレルの仲間を葬っていく。
 時には、頭から、腕から、足から、上半身から、下半身から、左半身から、右半身から、内臓から、分解してから。
 演奏会場はたちまち血が飛び散ることはない人間の解体ショーかのようになっていた。存在そのもの解体だから血がでないだけで、その様子がありありと見えてしまうドレルにとっては、想像を絶する最悪な光景。
 彼の居場所が無残にも消えていくさまを見せつけられ、最後にはドレルがただ一人残されてしまう。絶望に陥っているドレルを化物はほくそ笑むように眺めてから、満足したのかその場を離れていく。実に愉快な公演だったと言葉を残して。
 
「く……くそ……」

 絶望の淵から意識を取り戻したドレルを襲ったのは、当然ながら深い悲しみと喪失感だった。
 彼は自分の力で維持していた自分の場所を全くの無抵抗で明け渡してしまった、自身の無力を嘆き。今まで築きあげてきたものを簡単に失った喪失感に囚われた。自身の人生の全てを賭けてきた場所が奪い攫われ壊された怒りは小さなものじゃなかった。

『聞こえたわよ! 貴方の想いが!』

 耳に障る甲高い声が怒り心頭のドレルの耳に届いた。
 不思議とその声がドレルに冷静さをもたらしてくれる。
 そして、彼女はもたらす。

『くー、あんな奴むかつくわよね! どう!? 貴方さえ良ければ力を』

 半永久的な時間と、彼の理不尽な運命を覆す力を。
 これが後の世に響き渡る異形のフレイムヘイズ『愁夢の吹き手』の誕生だった。
 





◆  ◆  ◆





 復讐者が復讐を完結することは容易ではない。
 その理由は単純な復讐者の力量の問題でもあるし、巡り合わせという意味合いもある。
 ``紅世の徒``はこの広い世界で自由に歩き回っている。その自由気ままな彼らに、復讐相手たる``紅世の徒``の一人をピンポイントで見つけるなどという行為は、難儀という言葉でも足りないほど難しい。それだけでなく、自身の手での復讐となると難易度は格上げされる。他のフレイムヘイズによって討滅されて閉まっている可能性が高いからだ。
 その``紅世の徒``が復讐相手だから譲ってくれ、なんてことはもちろん出来るわけがない。そもそもフレイムヘイズ同士でのやり取りは最低限以下でしか行われていないのだから、復讐相手が今も現存しているかさえも知るのは困難だ。
 外界宿でも知名度の高い``紅世の王``なら、もしかしたら居場所を特定できるかもしれないが、その手の輩はフレイムヘイズを多く殺して名が知れている事が多いので、討滅するのも一苦労な上、他のフレイムヘイズと復讐相手が重なっていることだってありえる。
 フレイムヘイズの中には復讐相手すら分からないというのも居たりする。

「埒があかないかな」

 ため息混じりに言ったのは『愁夢の吹き手』ドレル・クーベリック。
 まだまだここ数年で契約したての新人フレイムヘイズだった。
 その彼の呟きに反応するように、ステッキ型の神器『ブンシュルルーテ』から耳に障る声が聞こえる。

「くー、全然見つからないわね! どこに隠れてるのやら! 隠れてるんなら出てきなさいよ!」

 ドレルに異能を与えし``紅世の王``である``虚の色森``ハルファスが、挑発混じりに言った。
 いい加減変化のない現状に苛立ちを隠せないでいる態度だった。
 ハルファスのそんな態度とは裏腹に静かな姿勢を保っているドレルは、そうだねと軽く返事をしながらも考える。
 ドレルもこのままではいけないと思いながらも、対策を思いつけないでいた。最初こそは力を上手に扱う練習をしながらも、ヨーロッパを探索していれば見つけられるだろうと高を括っていたが、そう易々といかないことをここ数年で思い知る結果となった。
 だが、それでもただでさえ実力不足で復讐相手にも勝てない可能性もあったので、鍛錬期間ということで納得させていたが、それもだんだん限界へと近づいてくる。
 そこで、フレイムヘイズの組織であるという外界宿の力を借りようとしたものの、これがてんで役に立たなかった。
 ドレルはそもそもあれは組織には値しないと声を高らか文句を言い、フレイムヘイズももっと協力しあえば復讐も簡単になるだろうにとぼやいた。無論、自身の復讐にしか目のいかないフレイムヘイズの耳には届かなかった。
 ドレル自身も復讐者であるからあまり強くは言えず、彼自身もとにかく今は自分のことに集中することにした。
 ただドレルの目は明らかにその先を見ていたが。

「外界宿も組織としては全然意味がなかったけど、一つ面白い話は聞けたよ」
「珍しいフレイムヘイズの事よね?」
「そう、遭遇することすらも珍しいと言われてるフレイムヘイズ」

 そのフレイムヘイズに会うことは至極困難だと言われている。
 ``紅世の徒``が近づけば意図も容易く討滅すらもせずに追い払うことが出来る実力者。されど、同じフレイムヘイズですら彼の名が上がることになった大戦以降見ることが出来ず、百年前に手紙が外界宿に届いて以来音信不通。ヨーロッパにいる可能性が高いということのみが分かっている。
 ある意味では幻とも言われてるが、その本人の性格はどうやら風変わりであると言う噂がある。
 曰く、大戦でたくさんの仲間を救うためだけに力を尽くした心優しきフレイムヘイズだとか。
 曰く、教授の被害にあったフレイムヘイズを保護したとか。
 憶測はとどまることは知らないが、この噂だけでも他の復讐一辺倒のフレイムヘイズより期待が持てるとドレルは睨んだ。

「アテもなく探すよりは誰かに協力を求めたほうがいい。尤も、その協力者に会えないかもしれないけどね」
「でも、やるのよね?」
「うん、そうしないと彼らは報われないから」

 ドレルは彼を探すことへと方針を変える。
 彼──『不朽の逃げ手』と呼ばれるフレイムヘイズを。

第二十七話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 ローマ帝国の終りが来る頃といえば、時期的にフランス革命が起きる頃である。皇帝ナポレオンをこの目で拝んで見てみたいななんて言葉を零したら、リーズが皇帝ナポレオンって誰よと疑問を口にした。
 よく考えればフランス革命中は市民の味方で帝なんて文字はついてなかったんだよね。彼は市民の味方をしたことによって絶大な支持を得た、この時期には珍しいお方だった。しかし、結局革命後は自ら皇帝を名乗ってしまい、いろんな人を失望させたとかいう話があったな。
 例えばフランス革命の後に、ナポレオンに共感を抱いたことでベートーヴェンが『英雄』を作曲したこととかで有名で、後にナポレオンが皇帝に即位して、激怒のあまりナポレオンへの献辞の書かれた表紙を破り捨てたというのはあまりにも有名だ。
 ベートーヴェン作の『運命』の有名なダダダーンという音は、弟子の質問に対して運命の扉の叩き方であると伝授したエピソードも有名だが、諸説にはナポレオンの皇帝即位に絶望した音でもあると言うものがあった気がする。記憶違いかもしれないが。なにせ、学校の勉強で習った以来だからね。
 どれも真偽は確かではないが、今なら調べられるのではないかと思う。
 今はようやっと十九世紀に入り、ベートーヴェンが直接に享受した弟子はまだ生きているだろうし。
 ナポレオンだってたぶん生きていると思う。
 俺は戦争に巻き込まれるのは嫌で、東欧に身を隠していたから、最も見れる確率が高いであろう一兵士であった戦時中のナポレオンを見ることは叶わなかった。
 一応は人外的な存在だから人間の戦争に巻き込まれたって余裕で生きれるだろうけど、もしもを考えるとやっぱり怖いものだ。
 というか、もうこの時代だと鉄砲は戦争の通常戦法なので流れ弾で一発お陀仏だってありえない話じゃない。現にサバリッシュさんも大戦で``紅世の徒``に向かって大砲を使うなんて言う戦法を用いたくらいだ。``紅世の徒``に有効ならフレイムヘイズだって十分に有効だ。なまじ身体は人間なわけだし。
 丈夫な騎士装甲に覆われて盾を持っているリーズならまだしも、俺は鉄砲なんて一溜まりもないのだ。最悪はリーズを盾にすればいいだけの話だけどね。
 また変なコト考えてるわね、と妙な勘の良さを隣で発揮しているリーズはともかく、ようやく西欧へと帰還を果たした。
 東欧にはあまりの平和さに百年という月日を過ごしてきたが、時代の発展とは少し遠い場所だけに変化が少なくこじんまりとした面白味のない場所でもある。
 平和を心から望む清く正しい心を持っている俺にとってはその場所もいいのだが、同時に適度のスリルと緊張感も味わいたい腕白な心も、持っている俺には物足りない場所でもあった。
 平和がやや欠けてしまう西欧か、楽しみがやや欠けてしまう東欧かは非常に悩む二択で、思わずリーズに相談した結果、ちょっと里帰りしたいかもと答えたリーズの意に沿って西欧へと再び帰りみた。
 選択肢がヨーロッパな理由はフレイムヘイズがヨーロッパ周辺に居ることが多く、いざとなれば仲間がいるのでそれなりの危険は仲間に放り投げることが出来ると考えたからだ。同時に``紅世の徒``も多いのだが……考えないようにしよう。他にも歴史的な動きが盛んなヨーロッパのほうが元現代人として面白味のある時代だよなとか理由もある。
 決して鎖国時代である日本に今行って迫害されたら怖いなとか考えたわけでもない。戦国時代だったら面白そうだったのになと少し残念には思った。
 しかし、西欧は西欧でいい所は多いのだから、悲観してばかりはいられないのだ。
 フランス革命が終わったのは今から数年前。産業革命も最盛期に入り、時代はますます近代化していく情勢市場。時代の流れとは無縁に近いフレイムヘイズもそれなりに人目を気にするようになっていく。
 なんでもかんでもフレイムヘイズが好きやって人々が勝手にオカルト現象だと思って終わる時代が過ぎ去ろうとしているのを、誰も彼もが感じていた。どこに行っても人の目があるように感じ、今までは馬での移動手段が基本だったのが、蒸気機関の発達と共に蒸気機関車などという機械による移動が可能となる。
 ある意味未来人である俺からすれば、これらの発明により地球温暖化が進むのだが、この先にどんどん便利なものが生まれるのも同様に知っているのだから結局は文句を言えない。というか、時代への干渉というのは色々やばそうだ。時代トリップものの地雷とも言うべき、もしくは肝とも言えるものなのだが、俺に踏む勇気はない。
 過去に来て数百年経って何を今更という話と思うかもしれないが、余裕が出たのがここ数百年というのを考慮するとしょうがない話だ。
 ちょっとした興味で、頑張って機関車のチケットを手に入れて乗ってみたのだが、乗り心地は悪いし、無駄に人が大量に乗ってるから座ることもままならなかったりするのだが、徒歩や馬に比べると早く移動できるというのを肌で感じることが出来る。
 
「でも、やっぱり無理して買って乗るほどの価値はなかったな。正直お金がもったいなかった気がする」
「そう? 私は初体験で面白かったわ」

 未来の快適な乗り物を知っている身としては、あまり満足の行くものではないが、未来を知らない者からすればやはりいいものなのかもしれない。
 あまりにも昔のことだから感覚を忘れてるもんだと思ったけど、そんな時を超えても分かるほどこの時代の機関車の乗り心地の悪さだったということだ。

「私はモウカと一緒に風でビュアーッ! と飛ぶほうが爽快だったね」
「え、貴方って空を飛べたの?」
「浮遊の自在法だよ。地に足ついてないと落ち着かないから、あまり空に飛ばないけどね」

 実は空を飛べるんだぜ俺と言うと目を丸くしてリーズは驚いた。
 浮遊の自在法は出来るには出来るけど、あまり必要とはしない。逃げるときに陸上からでは無理そうだったら最終手段としてというだけのもので、移動手段としては用いない。
 スピードも結構出るし、存在の力の燃費も決して悪くないが、俺が怖い。空を生身で飛ぶという感覚はどうも無理だ。普段から空に浮いて慣れておけばいいのかもしれないが、やっぱり人間は地面に足を着けてこそだろう。変なこだわりではなくて人間は陸上の生物なのだから仕方ない。
 まあ、俺は陸上よりも水上や水中のほうがウェルの特性とも相まって得意だったりするけどね。そこは気持ちの問題だ。

「今度、私を空のお散歩させてくれない?」
「別にいいけど。暇があったらね」
「ふむ、我も是非とも味わいたいものだ」
「あんまいいものじゃないと思うけどな」
「そんなことないんじゃない? きっと気持ちいいと思うわ」

 ロマンだねーとは口に出さない。
 俺も空を飛ぶ前にはそう思っていたから。未来(過去)で飛行機に乗って空を飛ぶというのは、自分の身一つで飛んでいたわけではないので、あまり実感の持てるものではなく、皆が皆、自分の力で飛べたらいいのにななんて考えるような時代だった。
 いや、今もそうか。空に憧れてライト兄弟は空を飛んだのだから。
 鳥になりたいとは上手い言葉だ。
 もっとも、俺にとっては鳥とは空を飛ぶ存在というよりは、自由の象徴のようなものだったが。
 鳥は空を自由に飛び回るが、魚は海を自由に泳ぎ回るのに、魚を使って自由と表現する人は聞かないな。やはり、人間が生身で海を泳げるからだろうか。達成できない、ありえない幻想抱いて理想を言うことにロマンがあるというのか。
 ロマン、大いに結構だ。
 人間は願望を抱いてこそだろと思うところがあるからね。書く言う俺もその類だし、叶わなかろうか、無理だろうがロマンも無理もやってみなくちゃ分からないというものだ。
 ああ、してみせるさ。世界平和。
 俺はよく分からない思考の果てによく分からない結論に至ったが、俺はきっと自分から世界平和を望むけど、何もせずに待つだけの人間だろうな。力ないからしようがないのさ。

「そんなに空に飛んでみたいならモウカに頼らず自分で飛べば?」
「出来るの? フルカス」
「ふむ、不可能ではない」
「そう、厳しいのね」

 ちょっと拗ねながらリーズが言った。
 フルカスの遠まわしな言い方を即座に理解したようだった。
 不可能ではないということは、無理ではないけど、ちょっと無茶をすると言ったところだろうか。俺の知る限りのフルカスのイメージだと、確かにあまり空のイメージはない。どちらかという騎士で、陸で活動するイメージのほうが強い。
 サバリッシュさんがじゃじゃ馬と言い褒めていた女騎士は、空も飛んでいたけどね。あの人は規格外だったので比較対象にはならないけど。
 俺からするとリーズは槍とか剣を飛ばして乗ったりする姿が思い浮かぶ
 一種のホラーのような描写だが、これがなかなかしっくりきそうだ。自ら存在の力で乗ることが出来そうな形の物──大剣なんかが適しているかもしれない──を作成して、俺が投げ飛ばすのに乗るといった感じに出来そう。
 そこまでお膳立てしたら、俺が直接飛ばすのも、俺の自在法でリーズも一緒に飛ぶのも変わらない気がするな。どれも空の快適な旅とは程遠そうだ。

「陸路も悪いもんじゃないさ。……と、ようやくついたか」

 東欧からイギリスに遠回りしてようやく返って来たこの地。
 俺にとっては厄介事に巻き込まれて、面倒なやつを旅の道連れすることになった、良い意味でも悪い意味でも色んな思い出いっぱいの場所である。
 あれ、良い意味なくね。
 リーズにとっては全ての始まりの地。

「ええ、懐かしいわね」

 イタリアの北東部に位置するボルツァーノ、その街である。





◆  ◆  ◆





「生まれ故郷が変わっているというのは複雑な気持ちね」

 リーズが感傷に浸りながら呟いた。
 変わっていないというのも違和感を感じるものだが、全てが変わってしまっているのもまた寂しいもの。街と人は移りゆくものだとか誰かは言ったが、全くその通りで、革命の影響なのか百年前の街並みというのはほとんど残っていなかった。
 リーズからすれば、故郷に帰って来たというよりは新しい街に来たという感覚しかないだろう。
 
「私の家だったものもない。お世話になったおじちゃんの家もないわね」
「ふむ、不変の我らと違い、常に変化し続けるものだからな。致し方あるまい」

 生まれ育った家もない。それは、彼女が愛しかった父親の跡さえも全く分からないと同義だ。
 リーズの家があったと思われる場所にあったのは、なんにもないさら地のみ。この街自体も昔はもっと活気があったというのに、今はそれを感じられない寂れた街となっている。
 月日の流れが残酷であることを今頃は痛感しているだろう。

(モウカは生まれた村自体がもう無いようなもんだもんね)

 リーズが空気を読んでなのか声にならない声で俺へと話しかける。
 書く言う俺も無言で、街中を歩いて行くリーズに同じく無言で後ろからいそいそと着いて行くだけで、一言も声をかけられないでいた。
 百年で成長した(鈍くなった)彼女の精神なら、こんな配慮などは必要ないのかもしれないけど。
 俺には彼女の気持ちはなんとなく察することが出来ても、理解することはあまりできない。ウェルの言う通りに俺の村は、その住んでいた営みを残して人を一人残らず``紅世の徒``に喰われてしまったのだから。
 残ったのは無人の村。
 そして、俺にはその村には何のしがらみも、思い出もないのだから、消えてしまっていても感傷には浸れない。どうでもいいの一言で足りてしまう。
 あえて未練があるとすれば、死ぬ前の現代の頃まで遡ることになる。けど、それこそどうしようもないことだった。
 俺にとっての今はここにあるし、生きている。幸せじゃないか。これ以上を何を望む。
 あ、楽しめることがあるならこれ以上を望むけど。だからって、あの頃に戻りたいなんて思わない。
 それに、現代がいいというのならトリップする前の過去(三百年前)に戻るより、未来(二百年後)に進むほうが早い。
 
(リーズはどうなんだろうな)
(どうって?)
(今がいいのか過去がいいのか)
(ありゃ、珍しいね、モウカがそんな事言うの。普段なら『生きていれば最高なんだから、リーズは生きている事実に感謝するべきだ』って言うだろうに)
(なんで、そんなに具体的なんだ)

 でも、そう言うだろうなという確信はある。
 
(もちろんそう言うが、それはもはや再前提だろ?)

 言うまでもないことだろうが。
 もうどれほど長い付き合いだと思ってるんだよ、これぐらいはきちんと察してもらわなくちゃ困るぜという期待を込めて言う。
 
(そっか。それもそうだよね)

 ウェルも何が面白いのか、カラカラと笑いながら肯定した。
 さて、感傷に浸るのもそこそこに活動を再開してもらわなくちゃ困るね。
 リーズに声をかけようと肩に手を触れようとしたら、勢い良くこちらに振り返った。
 めっちゃ近い距離だ。息遣いさえも聞こえてきそうな程に。

「さあ、行くわよ! 今、私の居るべき場所はここじゃないんだから」

 やけにハッキリとした凛とした声だった。
 顔には影などなく、彼女の金色の髪と同じく輝く笑顔があった。
 なんともまあ……いつもぶっきばらぼうな彼女には似合わないな何て思いつつ。

「そうか。じゃあ行くか」

 ここに留まる理由はもう何も無い。
 リーズもようやくしがらみから解放されて、晴れて自由の身となった。
 俺が先頭に立ち、次の目的地の場所を定める。
 そうだな……次はこれから歴史の中心になるであろうヴェルサイユ宮殿でも見に行くのがいいかもしれない。
 
「ありがとう」

 その言葉を聞いても返事をせず、後ろも振り向かずに俺はただ真っ直ぐに歩を進めるだけだった。





◆  ◆  ◆





 ようやく見つけることが出来た。
 確かに珍しいと言われるほどには見つけるのにだいぶ時間がかかってしまったが、不可能ではなかった。
 
──これでようやく、私も前へ進むことが出来る。
 
 彼は見つけることが出来た。
 自由に飛んでは逃げてしまう鳥を。
 ただ、捕まえるのは至難の業であることを、彼はまだ知らない。

第二十八話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

「やっぱりつけられてるな」
「だーね」
「そうなの? 私には分からないのだけど」
「ふむ、我にも分からん」

 そこは数百年という決して無駄ではない時間のおかげで分かるようになった、鋭敏化された感覚のおかげだろう。主に役に立つのは逃げる時のみだけど。その時だけ使えれば俺としては十分だね。贅沢は言わない。
 具体的な距離が分かるわけではない。
 この感覚で判るのは相手が何者であるかということと、相手のいる方向となんとなくの距離感だけ。今俺たちをつけているのは、今まで感じたことのないフレイムヘイズの気配だ。知ってる気配のフレイムヘイズのほうが圧倒的に少ないのだから当然だ。
 本当は『つけられている』という表現も少し違っていたりする。
 最初は近くにフレイムヘイズがいるというのはすぐに察知できた。ここらは完全にお手の物だ。相手が探知系の自在法を使ってこない限り、俺は気配察知に関しては負ける気がしない。
 察知して、さてどうしようかと悩むこともなく、いつも通りに下手に触れることを避けることにした。
 フレイムヘイズ同士の諍いは珍しいことじゃない。どいつもこいつも自己中心的なヤツらなのだから、ぶつかり合いは必然と言える。お互いの主義主張を譲らずに喧嘩、なんてものはどの時代も共通と言える。
 俺はもちろん他のフレイムヘイズがやって来ても謙虚な姿勢を崩さず、下手に出て、相手の琴線に触れることを避けようするだろう。だが、世の中が理不尽であることをよく知っている俺は、その謙虚な姿勢が時に無力であることもよく知っていた。ようするに、どんなに避けようとしても争いは起きる時には起きてしまうという物だ。実に嫌な事実だがね。
 俺はその根本から面倒事を避けるために、接触自体を拒むというのは当たり前の防衛手段だろう。
 なんで俺が自ら争いの火種(フレイムヘイズ)と関わらないといけないんだ。
 だから、俺のこの選択は必然。考えるまでもないこと。当然の結果。
 フレイムヘイズが近くにいる?
 あー、はいはい、面倒事は嫌なのでこちらから避けますよーっと。だからこっちに来ないでね。という訳だ。
 馴れ合いを戯れや弱みとか馬鹿な事を考える奴が多いフレイムヘイズは、こっちから遠ざかってやればわざわざ追いかけてくるような真似はしない。
 コミュニケーションを取ろうと近寄ろうとするものがいれば、そういう時は時と場合を考えてこっちも接触をしたり、しなかったりするのだろうが、そんな例がないので判断がつかない。とりあえず、逃げという手を取るのが安全だろう。
 そんな時に役に立つのが、人間の誰しもが平等に持つ感覚。視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚という五感もつぐ感覚。

「ああ、面倒事の臭いがする」

 第六感つまりは勘。時にはこれを嗅覚とも言うことがある。
 経験に基づいた結果から、脳がパターンに基づき結果を予測しているとも言うが、嫌な経験ばかりを詰んできたような気もしなくはないので、面倒事の時はきっと頼りになるだろう。
 俺はそう信じている。
 触らぬ神に祟りなしとも言うし、やはり関わらないのが一番の方法だ。
 ウェルも俺の考えていることが分かっているようで、そうだねーと俺の言葉を肯定する。リーズは何も言いはしないが、俺の方針がなんとなく分かっているのか無言で俺についてくる。異論はないようだ。
 俺たちは近づいてきたフレイムヘイズの気配から遠ざかるということで満場一致し、行動に移した。
 ……だというのになんてことだろう。フレイムヘイズの気配が遠ざかるどころか近づいているではないか。
 最初は進む方向が一緒なのかな、あら偶然と呑気に構えていたのだが、近づいてくるスピードが上がっていることから、その考えが的はずれであることを悟った。
 そこで出た発言が、『つけられている』である。
 俺のその発言にウェルは肯定したので、とりあえずは俺たちは今つけられていると仮定する。
 ただ、相手さんはあっちへふらふら、こっちへふらふらという気配の感じ方。ここから想像するになんとか距離を詰めている感じなんだろう。俺未満リーズ以上の探知の才能があると思われる。将来有望だな。
 今ならまだいっきに距離を離せば撒けるかもしれないな。

「リーズ」
「うん、逃げるのね」
「正解」

 ウェルのみならずリーズまで俺の行動を察せるようになったか。俺と共にした百年は無駄じゃなかったというわけだな。というか、俺の行動概念が明白で分かりやすいからなのかもしれないけど。
 逃げると決まれば、ここからは俺の独壇場である。
 いくら目立たないように自在法は使えないとはいえ、こちとら残念ながら追われることに慣れてるんだ。そうそう簡単に捕まったりしはしないぜ。
 言ってて情けなくなるときはよくあるけどね!
 あばよとっつぁんなんてお決まりの台詞は吐かずに、無言でひたすら速度を上げて逃げることに集中する。
 これでまた俺の秩序は保たれる。
 そう信じて。




◆  ◆  ◆





 対フレイムヘイズや``紅世の徒``を相手に逃げる際に重要なのは、気配を察知できない距離まで逃げることだ。気配を消す自在法という便利なものもあるが、その手のものは燃費が悪い上に、突然気配が消えたりすると怪しまれる節がある。
 逃げる時には逃げられたということを相手に気付かせないのも大切だ。
 仮に自分が復讐相手とされた場合、逃げられたと分かった途端にがむしゃらに追われたり、ありえないとは思うが空間ごと強烈な自在法を使われるという可能性もある。
 何より、逃げられたと気付けば、その場で即座にもう一度見つけようとするため自在法を使う場合が多い。これが相手に勘付かせることを遅らせることが出来れば、相手の自在法の範囲外へと俺が逃げることだって叶うのだ。そうすれば撒けたも同然。俺の勝ち。
 それに故意に敵に逃げられるのは逃げられた人物の誇示に関わることもあるが、故意でもなく気付けばいなくなっていたと思えば諦めもつくというものだ。たぶん。
 まあ、俺が逃げる際の鉄則はなるべく自在法は使わないことに限る。俺の自在法は目立ってしまうという大きなデメリットのせいでもあるが、何よりも存在の力をいざという時のために温存しておきたい。
 どうしようもなく戦闘になった時に、存在の力が空っぽでしたでは済まされないのだ。
 なので、存在の力をケチって使わずに、逃げるのは己の足で、である。近代なら車とかバイクとか、いくらでも交通手段やら足やらがあるが、この時代では車はあっても高いだろうし、機関車なんてチケット買うだけで日が暮れてしまう。
 最後に頼れるのは自分の体。俺の人生経験談の結論だ。説得力は十分だろう。
 俺の横を一緒になんとか逃走するリーズを横目にして、ペースを合わせられるように調整しながら走っていると、ウェルがぼそっと呟いた。
 
「誰だか知らないけど、モウカを相手にするなんて命知らずだよね」

 逃げることのみに特化しているフレイムヘイズだからな。これで追いつかれたんじゃ、逃げ手の名が泣いてしまうというもの。更に言うなら、俺の今までの努力の全てを否定されるようなもんだ。相手が天上天下唯我独尊なありえない存在ではない限りね。そんな奴が相手なら俺の命運も尽きたということ。
 それでも精一杯に悪足掻きはさせてもらうがね。
 あー、でも前はそんな奴を相手にしてたんだよね。
 ``棺の織手``アシズはなんだかんだ言って俺が今まで相手した``紅世の徒``の中では間違いなく一番の畏怖の対象だった。俺の相手にしたくなかった``紅世の徒``ランキングで堂々の第二位だ。もちろん一位は、言わずとしてあいつ。言葉にもしたくないやつだ。
 アシズはすでに亡き者だが、あいつは生きている分なお憎らしい。恨みで``紅世の徒``が殺せたらな……
 誰かそんな自在法を編んでくれないだろうか。いや、よく考えるとその手のネタ物は逆にあいつの取り分かもしれない。やっぱり誰も考えなくていいや。自分が恨まれてたら怖いし。

「俺は命を奪わないけど、俺を追うと命知らずになるとは。愉快な表現だ」
「でしょ?」
「だからって威張る必要はない」

 褒めたらすぐに調子に乗るお調子者だった。
 胸を張って威張っている様子がありありと目に浮かぶ。
 一度でいいからウェルの顕現した姿を見てみたいな。美人だったらいいなとか思うけど、それはそれでなんか調子付きそうだから、適度にブサイクでからかう場所があるといいななんて思ったり。
 フルカスは騎士だ。リーズのイメージからそれしか湧かない。

「ね、ねえ、いつまで逃げるつもりなの?」

 額に滲みでている汗を拭いながらリーズが、息も絶え絶えになりながら聞いてきた。
 俺と並走するのもやっとというのが、その顔の表情からよく分かる。逃げ始めてから数時間は経っているからな。常人にはちょっときついかもしれない。
 急な方向転換や障害物のある方向へとわざと進んだり、人通りのある街をわざと通過したりして撒こうとしているので、後から付いて来るリーズの負担が大きいようだった。
 最悪は俺が彼女を背負って逃げるというのも出来るには出来るが、それは最終手段だろう。
 ここまで長く続くことは予想していなかったので、最初の方に少しペースを上げすぎたかもしれないな。思ったよりもしつこいフレイムヘイズのようだ。ここまで来ると俺を追っているのはまず間違い無い。
 さて、ただスピードを上げる、障害を設けるだけではこれを撒くのは厳しそうだ。時間をかければどうにかなるかもしれないが、リーズが根を上げそうだし。
 うむ、ここに来てリーズが足手纏いになるとはな。ここで見捨てるというのも悪くない選択肢だが、せっかくここまで俺が育てた戦闘要員を手放すのはもったいない。彼女はもっと有意義に利用するべきだ。使い捨てをせずに再利用がモットーの俺は無駄にものを捨てたりはしない。

「そうだな。難しいところではあるけど、ウェルはこの調子なら後どれくらいかかりそうか分かる?」
「うーん、微妙に距離が離れつつあるから、今の時間の倍くらいかな……って、思ったけどすごく面倒だよ。そんな時間も逃げまわるの。こうなったら自在法でパーッと一気にさ」
「リーズなにか良い案はない?」

 ウェルの意見は基本的に俺には通らない。
 どう考えてもここで自在法を使って逃げるのは相手の目的が分からない以上、敵対する原因にしからない。`紅世の徒``なら遠慮無くぶっ放せるのに。
 悪手というよりは、そうやって面倒事が発生して俺の苦しむ姿を見て楽しみたいウェルの思惑が丸見えだ。俺は見え見えの罠に突っ込む猛者ではない。

「この、状態で……何か、考えろ、と?」
「ふむ、我が契約者は先程、もう無理、限界と我に言っておるぞ」
「……了解。俺が頑張って考えるよ」

 頼りになるのは自分だけだ……
 とほほと嘆きたくなるが、今は嘆く暇は無く。逃げる方法を考えつかなくてはいけない。
 追い詰められた時こそ、俺の真価を発揮するときぞと自分を必死に鼓舞しつつ思考を張り巡らす。
 まずは現状整理。遭遇時を一回目の分岐点だとすると、ここは二度目の分岐点だろう。
 選択肢は逃げることと打って出ることの二択。最良はこのまま逃げ切ることではあるが、打って出ることにメリットもあるにはある。出向かうということは、待ち伏せすることでもあり、地の利を生かせる。予め自身の逃げやすい状況を作り出すことが可能となる。また、話し合いによる無意味な対立も防ぐことができるかもしれない。
 メリットを並べると、これも悪くない気がするが、デメリットはいざこざに巻き込まれる可能性が高いことだ。俺を特定し近づいていることは確定なので、何かしらの用があるのだろう。その用事がどんな内容だとしても俺は面倒事であると断言できる。まして、命を普段から賭けているフレイムヘイズの頼みごとなんて、考えただけで悪寒がする。
 頼まれても断るということも可能だ。しかし、そこは血気盛んなお方が揃うフレイムヘイズ陣営。ならば、力尽くでなんてことは想像に難くない。
 
「はあ……」

こんなことを考えたら思わずため息も吐きたくなる。

「おや、深いため息だねー。若人よ悩めってね」

 こいつは……まあいい。普通の感性を持っていたら頭に来るような台詞だが、ウェルだしな。いちいち苛立っていられない。
 なんで、俺ばっかり頭を悩まなせなければならないんだ。俺は逃げる経験が豊富なだけで、頭は特別良いわけじゃないんだから。
 俺のため息を聞いてリーズは「大変ね」ととても他人行儀な言葉を俺に投げかけた。
 お前も考えろよと愚痴をこぼしたい。
 俺の心の声を拾ったのか、リーズは更に一言告げる。

「お前も考えろって言いたいの? 嫌よ」

 だって私、自慢じゃないけど頭は良くないでしょ?
 自分の頭の悪さを逆手にとって、考えることを放棄する宣言。
 もうヤダ、このコンビ。解散だよ解散。
 俺はそろそろ怒ってもいいよね。

「ふむ、同情するぞ」
「同情するなら、なにか考えてくれ」
「…………」
「ああ、もういいよ。とりあえず、現状維持ね。現状維持。足で逃げるよ」

 困った時は保留だ保留。
 しょうがないじゃないか。誰も何も考えないし、思いついてもくれないんだから。
 
「私はもうきついんだけど?」
「ギブアップしそうになったらすぐに俺に言って。俺が背負って逃げるから」
「え……あ、そんな……それは恥ずかしい……」
「恥じらいなんて捨てちまえ。それが嫌なら置いてくだけ」

 プライドなんて持ってたら何時かそれが重荷になって逃げられなくなるんだよ。
 だから捨てちまえ。
 プライドも、恥らいも、地位も名誉も。最初からそんなのとは無縁な俺にはどれも関係のないものだけどね。
 
「早く諦めてくれよ」

 俺の心からの願いだった。
 苛烈な逃走劇は久しぶり過ぎて心臓に悪い。俺の寿命の縮んでしまいそうだ。寿命ないけど。不老だけど。
 俺の嘘偽りのない呟きに、さすがに気の毒になったのかウェルが、でもと前置きをしてからちょっと真剣な赴きで言う。

「真面目な話。モウカ以上にフレイムヘイズや``紅世の徒``の異端の気配を、自在法無しで具体的に察知できる人はいないと思うよ」
「そうなのか?」

 確認を含めた意味で俺以外のフレイムヘイズ、今にも倒れそうな形相のリーズに問う。
 
「私、なん、て、さっぱりよ」

 呼吸の限界になりながらも正直に答えてくれた。
 そうか、リーズが一般的なフレイムヘイズの感覚だと仮定すると、相手が俺を追える理由は俺と同じくらい感覚が鋭敏で臆病な心の持ち主か、あるいは小心者か、もしくは、

「何か、自在法を使ってる可能性があるな。それも隠蔽に長けたタイプの」
「そう考えるのが妥当っぽいよね。発動時の存在の力の発現を感じ取れなかったことから考えると」
「自在師、ってことで、しょ?」
「ふむ、厄介だな」
「リーズ大丈夫か」

 息するのさえきつそうになってきている。
 自在師の厄介さというのは極めつけだ。
 何も自在法は自在師しか使わないというわけではないが、敵に発現を感知させないようにする程の高度な自在法を扱うとなると、自在師という線が高い。
 ただの戦闘特化のフレイムヘイズ(大半がこのタイプ)でも自在法は使うが、わざわざ自在法を発動するために隠蔽などするはずもない。むしろ、自在法で自己主張をするぐらいだ。俺はここに居るぞかかってこい、みたいな感じで。
 相手が自在師と決まったわけではないが、自在法に長けていると考えるのがこの場では普通だろう。
 
「もう……無理」

 今度こそリーズが根を上げて、足を止めてしまった。
 俺はしょうがないなと言いながらリーズを背負う。
 意外と軽いな。

「ごめんなさい」
「いいよ。この程度なら大して重くない」
「優しいねー。その優しさを私にももう少し分けてよ」
「茶化すな。あとそれは無理」
 
 これは本気でご対面も考えなくちゃいけないかもしれないな。
 でも、その事の意味は『逃げ手』である俺が、逃げ切れなかった敗北の証でもあるんだよね……
 はあ、なんで俺なんかを追い掛け回すんだよ。俺には理解できない。

Index ~作品もくじ~



 

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