FC2ブログ

小説挑戦


ボツ作品広場

第一話 閉鎖的な村 前 (魔の害するは人)

 都市への道は閉ざされてはいないとは言うものの、都市へと繋がる道は往々にして厳しく険しい。山を登るとなれば体力が必要だ。川を渡るとなれば道具が必要。獣と遭えば力が必要になる。
(それに運も必要だ)
 ここら一帯は森に囲まれており、かなり昔に作られた整えられていない道が森の中に一本あるだけ。今となっては馬車が通れるかも怪しく、これは獣道と同義であった。この道を迷いなく通るには、運が必要でもあった。
 この村、アンベシル村は豊かな森と川に囲まれる自然が溢れ過ぎるほどあるため、外界との繋がりを自然によって閉ざされている場所にある。自然が沢山ということは、動植物もたくさんあり、そういったモノは村人にとっては生活の大きな支えとなる……はずだった。
「うーん、やっぱりタダでは持ち帰らせてはくれないのか」
 大きな川の麓。ガーベルは川で、今夜の主食になる魚を日が暮れ出す前まで狩った後であった。
 今日は珍しく獣<テール>と出会うことはなく、かなり平和的に今夜の捕物が手に入っていたと思えば、深い茂みの中から大きな音を立てて怪しい赤い瞳をこちらに覗かせていた。
 獣<テール>だ。
 大きさは340セーミス(s)─1s=0.5cm─あるガーベルを優に越す。人間にとっては巨躯と言っても差し支えない大きさである。全身は真っ黒な体毛に覆われており、人を威嚇する時は後ろ足だけで立ち、身体を大きく見せつけるために前足を頭上付近まで高く上げる。鋭い爪がよく見える。ガーベルが見ている光景はまさにそれだった。
「ベク、か。ここらの獣<テール>にしては中々の大物が出てきたな」
 ガーベルはベクの威嚇を見ていても表情を崩さない。それどころか、余裕の笑みを浮かべる。
 ベクはガーベルが己の姿を見ても、立ちすくまないことを悟ったからか、前足を上げる威嚇の姿勢をやめ、狩りの姿勢である4足歩行へと切り替え、咆哮をあげながら地面が揺れるのではないかと思わせるほどの勢いをつけて加速しながら、突撃してくる。
「ベクの怖いところは、その突進力と突進した威力そのままに繰り出される前足の鋭い爪による攻撃。人の骨を軽く砕くほどの強靭な顎だね。普通の人間だったら、こいつに出会ってしまえば絶望的。でも──」
 ──その程度の突進力じゃあ、俺の突破力には敵わない
 突進してくるベクに向かってガーベルも同じく直進する。いや、実際にはベクを明らかに上回る速度を持って、ベクの目の前へと接近し、身体を反転させ寸前でいなす。さらには、
「とりゃッ!」
 掛け声と共に、反転と先ほどの直進した勢いを乗せ、右手に持っていた斧の堅い歯で打撃を加える。
 丈夫な身体のおかげでベクは命を落とさなかったものの、身体は制御を失い突進の状態のまま地面を抉りながら前へと倒れこむ。
 それを見送ってから、トドメの一撃を与えるべく、ベクに近づき再び斧を振りかぶると子供の胴体ほどある頭は地面へと転がり、頭部のなくなった身体からは膨大な量の血飛沫をあげた。
「今夜のおかずが増えたのは良いけど……これ、持って帰れるのか?」
 地面にはベクが残した抉れとられた跡が残っている。その跡は、ベクの突進力と見た目からも分かる重量からくるものであり、そこから推測される重量は、ベクを持ち運ぶのは無理だと思われる。加えて、時間はすでに日暮れ寸前、もう少しすれば暗闇が支配する時となり、森の中でその時間が訪れるのは死を意味するのに等しい。
 ベク一匹なら、先程のように撃退することは出来るだろう。ガーベルにはその自信がある。しかし、これが複数匹、もしくは連戦になれば、殺されるのは自分のほうであるのは明白。
「夜はさすがに怖いしな。もう二度と夜の森には行きたくない」
 嫌な過去もある。
 常識としてだけではなく、経験として夜の森の恐怖を知っているガーベルにとっては、貴重な食料よりも優先するべきものがあった。
 ベクの肉は堅いが貴重な肉だ。堅いといっても、肉から滲み出る成分は栄養満点、旨み満点であり、焼いて食べるには少々顎の力必要になるが、じっくりと煮込んだ煮込み料理に入れれば、ベクの最大限の美味しさを引き出した最高の晩餐になり得る。
 それだけに惜しい。美味しさの点でもそうだが、せっかく命をかけて闘った戦果なのだから、後ろ髪をひかれるというものだった。
 だが、ガーベルは首を横に振り、邪な考えを振るう。
「止めだ止めだ。死んだら元も子もない」
 諦めも大切なんだ。
 ガーベルはそう自分に言い聞かせて、木かごに入っている魚で自分を満足させて、そそくさと足早に村へと帰っていく。
 ベクの肉を思い出さないように邪念を振り払いながら。暗闇の時の恐怖から逃げるように。
 ガーベルの背負う木かごは丈夫だった。
 ガーベルの脚力はかなりのもので、彼が一旦村に帰ると決めてからは、かなりの速度で森を走り抜けていった。当然、それほどの速度を出しているのだから、身体の反動は大きく、木かごもそれに対策されて丈夫にできていた。
 丈夫、と言っても何も鉄のような硬さからくる丈夫さではない。品なやかに、それでいて魚を入れても壊れないように計算され尽くして作られたこれは一種の芸当品と言っても過言ではない。
 身体の反動で上下に本体を動かし、それを延々と強かに受け流すその様は達人級だ。
 木かごがもしも人間であれば、相当のやり手であっただろう。
 それとは違いガーベルは、精神的にも肉体的にも疲労度が積み重なっている最中で、全力走行の帰路だった。体力と足の速さには自信があるにしても、限界は刻一刻と迫ってきている。
 そこまでして森から帰ってきたのは、他の獣<テール>に出会ってしまうこと。夜にならずとも獣<テール>は現れるので、何としても避けたかった。
 村を囲うようにして設置されている柵を超え、村に着いたのは夜が訪れる数刻前。すでに村人は、畑仕事を終え自分の家へ帰っている。
 村人の住む家々は、炎の淡い赤で灯りを放っている。闇に染まりきる森と比べてしまえば、その灯りは今日も無事に生き残れたことを示し、心にささやかな癒しをくれる。心的疲労は多少は軽減されるが、それは気休めに過ぎない。
 ガーベルは村に着き、森から完全に脱出できたことには一応の安堵を覚えるが、家にはまだ着いていない。走る速度は限界も過ぎているせいで緩まっているが足は止めず、村中央付近にある自身の家に真っ直ぐ向かう。
 村人の住む家が付近に無くなり見えてきたのは、他の家と全く変わらない木で出来たちっちゃな家。塗装もされていない純正木造の家だ。
「や、やっと……着いた。……あ、れ」
 家の中はすでに光が灯っており、ガーベルはその光を見て頬を軽くゆるめ、緊張を完全に解く。と同時に、体力的にはまだ余裕があったはずの全身の力が抜けてしまい、身体を支えていた足が何の予兆もなく崩れようとする。
「まったくもう。相変わらず無理をして」
 しかし、身体は地面に横たわること無く支えられる。
 一人の子柄の少女の手によって。
「ありがとう、ルイ」
 ガーベルにルイと呼ばれたのは、肩口でこさっぱりに纏められた栗色の髪。灰色の瞳を持ち、歳相応の純白な顔立ちをした少女──セールイ。
 セールイは汚れを感じさせない笑顔をガーベルに向けて。
「うん!」
 にっ、と笑う。
「それより家に入ろ、ね?」
 ガーベルは自分で歩けるからと言い、セールイの肩を借りはしなかったが、セールイに引っ張られるようにして家の中へと入っていった。
 光なく暗い闇と、気味悪さと嫌悪感を感じる生きた心地のしない森の中とは比較をするに値もしないが炎によって照らされている家の中は、ほんわかと優しい温もりに溢れている。
「おかえりなさい、ベルさん」
 セールイのその言葉が、ガーベルの森で磨り減ってしまった心に潤いを与えてくれる。
 ガーベルがただいまと返すと、セールイは栗色の髪を揺らしながらこくこくと頷き、優しげな笑みを浮かべた。
「今日はなにかとれた?」
「ちょっと張り切って、たくさん捕ってきたよ」
 自信満々に言ってガーベルは自分の背に背負っている木かごを下ろした。中には傷を防ぐために緩衝材として入れられた木くずや草がたくさん入っており、それらを取り除くと川で捕って簡単に血抜きのされた魚が入っている。
 魚の1匹1匹をネリネが手で持ち上げて、1つ1つ数え上げる。魚は全部で8匹入っており、ガーベルの普段の収穫の平均の5匹よりも多かった。
 8匹目を数え終えたセールイは、ぱあと顔をさっきよりも明るくする。
「おお、大量だね! これ全部、素手なんだっけ」
「釣具を買う余裕はないからね。作れるほど器用じゃないし」
「わたしが作れるのは知ってるよね」
「作って貰ったけど、釣れなかったじゃないか」
 セールイは手先が器用で、その手の小道具を作るのにそこそこ長けていた。以前に、ガーベルの手伝いをしたいと言い出した彼女に対し、ガーベルは「じゃあ、水の中を動くのって結構大変だから釣具でも」と言ったら、必要な材料を揃え与えただけで、釣具を創り上げた。商店で売っているようなものほど立派なものではなかったが、それでも川で釣りをするのには十分な出来と思われるほどのものだった。
 けれど、結局その釣具が活躍することはなかった。
 見た目の完成度は良かったが、ついには魚が釣れることはなかったのだ。
 ガーベルの腕が悪かったのか、偶然なのか、はたまた釣具が欠陥品だったのか。真相は分からないままであったが、魚が釣れなかった事実が変わるわけではなかった。
 ガーベルが素手で取ろうと思えば、最低でも3匹は捕れる。
 疲労こそはしないが、時間をひたすら使って結果のでない釣具と、疲労はするが結果のでる素手と比べれば、ガーベルが釣具を使わなくなるのは必然の結果だった。
「それはベルさんの実力がなかったから」
 むっ、と怒った素振りを見せるが、怒っているふりだけで、灰色の瞳を宿すくりっとした目は笑っていた。
 続けて、「その無尽蔵のような体力にはビックリするけどね。わたしなんて、片道だけでも走り続けるなんて無理だよ」と、少し呆れながら言う。
 それにガーベルは、体力だけは自信があるからとやや自慢気に返すが、釣具の件に関してはと言うと、急に言葉を濁しはじめた。
「……それもあるかもしれないけどさ」
 自分だけのせいじゃない、道具の方にも問題があると言おうとしたが、ガーベルはセールイのジト目で制される。
 是が非でも釣具の非を認めないつもりの姿勢のセールイに苦笑してから、ガーベルは自分の実力不足であると責任を負うことで、少女の笑顔を取り戻した。
 「ではではー」とセールイは言いながら、魚を再度入れた木かごを持ち上げる。調理道具の置いている方へと身体を向け、ガーベルに顔だけを向ける。
「料理を作るのでー。ベルさんは何がいい?」
「久々に草以外の食事だからな。魚が使われていれば何でもいいよ」
 肉や魚はここのような田舎では滅多に食べることはできない。尤も、守護者<テル・ガード>であるガーベルが本領を発揮すれば、手に入れる事自体は難しくはないのだが、手に入れるには森に入ることが必要不可欠。ある一定の危険を伴わなければ手に入れることは出来ない。なので、肉や魚は本当に欲するときか、何かしらの利益に繋がるときにしか取りに行かない。
「草って……一応、この村で栽培している野菜なのに」
「美味くないからな。俺はもっと美味しい野菜を知ってるから、草にしか思えない」
 王都にいた頃は、各地の都市や村から逸品の品が集まっていた。それに比べて、ここの野菜はみすぼらしく、やせ細った身の部分に美味しさという概念を見つけることは出来ない。見るからに栄養が行き届いていないのだ。
 森に囲まれ、周囲の村とは隔壁された閉ざされた空間では、情報の会得も困難なことから農業の発達は期待できない。
「気持ちは分かるけど」
「それより俺は魚が楽しみだ。ルイ、頼んだぞ?」
「うん、腕によりをかけて作るから楽しみにしててね」
 そして、閉ざされた世界が及ぼす被害はそれだけに留まらない。


◆  ◆  ◆


 従来、村を囲っている柵が示す意味は、そこから先に人が住んでいることを証明していると同時に、すでにその場所には人の手が入っており、誰かしらかの物であることを強調している。これが村ではなく都市であれば外壁となり、領地を表すことになる。
 村を囲っている柵は、都市の外壁ほど高くもなければ丈夫でもない。外壁は石造りであり、獣の侵入を最大限に防いでいるが、村のそれは木製であり丈夫さは比較するまでもなく、また高く作られてもいなかった。よって、獣の侵入は最小限にしか食い止めることはできない。
 これが多少裕福な村であったり、優れた技術者や指導者がいれば、獣対策も変わってくるのだが、生憎とガーベルの住むこの村にはその種の人間はいない。人間の来訪者を拒む森のせいで、新たな人が来ることは皆無であり、村の発展も遅れに遅れているものになっている。
 よって、この村が獣に対抗しうる手段はガーベルの力に頼ることだけである。ガーベルの家が、村の中央付近にあるのは、四方に囲まれた森からいつ獣が来ても対応できるようにするため。
 多方面から一挙に獣が押しかけてくるようなことがあれば、この村は即座に滅亡するとガーベルは懸念している。
(俺にその手の知識があれば、また少し違うのだろうけど)
 王都にいた頃は、もっぱら力ばかりを求めて鍛錬していた。一人で生きていける程度の生活力や、獣<テール>が溢れる自然の中でもどうにか生きていける力を手に入れるために。
 王都という都市の中で最も発展している場所にいながら、この村の発展には貢献することは出来ていない。道具は知っていても、道具の使い方は知っていても、道具を作ることは出来ないからだ。また、道具の原理を知らなかったのも大きい。
(まあ、そこまでしてこの村に貢献する義理もないんだけど)
 笑顔で手を握るセールイを伴って家を出る。
 家のある場所はほぼ村の中心だというのに周囲には他の家がなく、まるでガーベルの住む家を避けるかのように。少し歩を進めた先にようやく家がある。
 更に歩みを進めると、まだ農作業の手伝いをさせるにも届かない年齢の子供たちが、道の真ん中で木の棒で絵を描きながら遊んでいる。
 微笑ましい光景にガーベルはつい頬を緩ませていると、子供たちがガーベルの存在に気付いた。
 すると、さっきまで浮かべていた笑顔が突如に消える。体と唇を震わせ、目には涙をため、「や……ぃ、ゃ」と、目に見えて誰かを恐れている。
「…………はあ」
 何度見てもこの光景は嫌なものだった。
 王都で生活してた時とは違い、ここでの生活は不便の多い物ではあったが、セールイの助けもあったおかげで、今はその不便さも楽しいと感じるものになっていたのに、村での自分の境遇を一度考えてしまうと、悲しい物があった。
 自分の風貌とはそんなに怖いものなのか。子供が一目見ただけで、笑顔が一瞬にして恐怖に染まってしまうような悍ましい醜い姿なのか。
(人に自慢できるほどではないにしろ、まともなつもりなんだけどな)
 もう一度深くため息を吐くが、ガーベルは顔をうつむくことも、そらすこともしなかった。
 その光景から目を離さず、子供たちを見て、自分に出来る精一杯の笑顔を作る。
「ほら、怖くないぞ?」
 恐怖あまりに動くことも出来ないのか、その場から逃げようとしない子供たちに、身を屈め、子供と同じ視点になってゆっくりと歩み寄る。
 手には何も持ってないことを示すように手のひらを見せたり、手を振ってみたりして、敵意が無いことを教える。
 ガーベルのその様子に、涙ぐんでいた子供は小さい手で涙が溢れる目を擦って少し涙を拭うと、嗚咽の止まらないながらも、「へ、いき?」「なにも、しない?」怯えながらに聞いてくる。
 何かするような輩なら聞いたってしょうがないのにな、と思いながらも子供が自分に怖がることをやめた事が嬉しくて、つい「おう、何もしないから平気だ!」と軽快に答えた。
 そう言うと、笑顔をまた簡単に見せてくれる子供の単純さに救われる。
 やはり子供は笑顔が一番だ。
 久々の村人との交流。これが大人相手だったならば、こうはいかなかっただろう。まだまだ村の規律に染まりきっておらず、人の言葉を純粋に信じられる幼い子供だから、笑顔を見ることも出来た。
 これなら守護者<テル・ガード>として、ここにいる意味を感じられるというもの。人の笑顔を護っていると感じる事が出来る。
 大人の村人の目を盗んで、というやや歪な形でしか叶えられない感覚ではあったが……
  守護者<テル・ガード>は義務ではない。何もガーベルがこの村だけに拘る必要性はないが、守護者<テル・ガード>になることの出来る人間は限られてしまっている。
 なら、こんな辺境の地で。外部と閉ざされているこの村で守護者<テル・ガード>足り得られるのは、ガーベルをおいて他に無く、この子供の笑顔を守れるのもまた居ない。
 卑屈にならず、懸命に前向きに。
 今は異分子として扱われ村人の心は閉ざされ、並の人間では到底及ばない力を持って恐れられているが、何時かはきっと。
 アンベシル村に着て、セールイに出会うより前からの願いだった。
「よし、それじゃあ兄さんもちょっくら絵を描いちゃ──」
 子供の笑顔に魅せられて、陽気なままにちっちゃい子供に混じって一緒に戯れようとした時だった。
 奥の家より、人が現れる。
 子供の母親なのだろう。
 子供を庇うようにガーベルと子供たちの間に割り込み、護るように子供を抱え込む。身体は怯えているのか、先ほどの子供のように震わせているが、ガーベルに向けられる視線は痛いほどに鋭く強い。
 即座に母親は子の手を引っ張り、子供は呑気にばいばーいとガーベルに手を振りながら、親子共々家へと引っ込んでいってしまった。
 そのありがちな光景に、ガーベルは顔を引き攣りながら子供に手を振り返し、家の扉が閉まると同時に、後ろでずっと待っていたセールイに向き合い、苦笑した。
「ベルさん……」
 セールイは深刻そうな表情する。
 痛々しい、と感じているような顔でもあった。
「いつものことだろ」
「だけど、これってあんまりじゃ」
 泣きそうな声だった。
「気長にやるしか無いのさ」
 一年もこの状態が続いている。
 その時から、ガーベルが何か問題を起こした訳じゃない。
 森を彷徨い、見つけた村には守護者<テル・ガード>が存在せず、いつ絶滅してもおかしくなかった村の守護者<テル・ガード>に偶然収まることが出来、時折やってくる獣<テール>を討つのみ。
 契約上、ガーベルは村を護る代わりに村の財産とも言える、収穫物を貰って居るだけに過ぎない。
 獣<テール>がやってこない時は、暇なので農作を手伝おうとすれば、声を掛けただけで逃げられた挙句。唯一村人で一応は話すことは出来る村長が、大量の野菜を持って、関わらないでくれと懇願される。
 それでも、懲りずにガーベルは、先のように好きを見ては交流を図っている。
 止めてくれ、関わらないでくれ。そう言われても、ガーベルに諦めるつもりは毛頭ない。たまに、これってもう嫌がらせの域じゃないか、と疑問に思う日もあるが、半ば意地。もう引くことはない。
「ベルさんは強いね」
 そんなガーベルの決心、または意固地を知っているセールイは苦笑いをしながら言う。
「わたしだったらこんなの耐えられないのに」
「気の持ちようだ。長く生きていると、落ち込む時間ももったいなく感じるんだ」
「わたしとそんなに変わらないよね」
 年寄り臭く感じるよ、と苦笑いから、セールイの持つ柔らかな笑みに変わる。
「7つも違えば、結構違うもんだよ」
 ガーベルの年齢は19歳。それの7つしたのセールイは12歳であり、成人と認められる15歳を境界線とすれば、やはりこの歳の差は広い。
 とは言っても、19歳も人間の平均寿命が65歳の王都基準で考えれば、十分に若い年齢ではあった。
「さて、と。いつまでもここにいてもしょうがないから次行くぞ次。第2村人を探しに」
「こんな村、早く見切りつけちゃえばいいのに……」
 恨めしげにボソッとセールイは言った。
 思わず背筋の凍ってしまうような声だったが、ガーベルはその声色をいつものことだと軽く無視し、おいおいと言いながら優しくなだめる。
「滅多なこと言うなよ。今はここを出て行くつもりはないんだから」
「うっ、だって! ベルさんなら他の場所でだってやっていけるのに」
「そうとは限らないからな。意外と」
 この村に来るまで彷徨っていた時のことを思い出す。
 王都でそれなりに修練を積み、実力をつけたのだから、どこでだってやっていけると思ってたあの頃。
 衣食住を手に入れる事の難しさや、お金を稼ぐことの難しさをまだ知らなかった頃だ。
 それに比べれば、今は随分といい生活だ。
 寝る場所には困っていない。食事も……野菜は非常にいまいちだが、食べることは出来る。服も最低限貰うことも出来るし、生地が貰えればセールイが作ることも出来る。
 村人の自分への態度に思うところはあっても、今はそこまでの問題はないので、離れるつもりはなかった。
「なら、この村を出て行くつもりはないの?」
「今日はやけに……まあいいけど。無いよ。それこそ」
 この村が滅ばない限り。
 これ以上の言葉は無用と、ガーベルは歩き出し、また子供を見つけると駆け寄って行った。
 だから、この時のセールイの表情を見ることはなかった。
「そっか、滅ばない限り、ね」
 言葉を聞くことはなかった。
「せいぜい、裏切らないでね……」


◆  ◆  ◆


 村の朝は基本的に早い。
 王都を始めとする都市の朝も決して遅いわけではないが、村でのそれは圧倒的に早い。日が登りだす頃には、農民はすでに朝の腹ごしらえを終えて、胃の中の物を適度に消化しお昼までの働く力へと変えて、畑を耕しに行くのだ。
 畑仕事は男の職業である。
 男と認識されるのは都市部では15歳とされているが、村では10を超えた頃からはすでに労働力として期待されるようになる。
 理由は幾つかあるが、1番の理由はやはり少しでも男手は欲しいのだ。1人より2人の方が、作業効率が上がるのは言うまでもないことである。
 けれども、10でもまだ幼い子供と言える年齢。身体はまだ成長期であるし、仕事を頭で覚えるにはまだまだ賢さが足りない。なので、期待されているものの、子供の働きは仕事というには及ばず、せいぜいが家のお手伝い程度。その程度の感覚ではあるのだが、実際に経験して見て感じて、身体で覚えていくには適した年齢でもあった。
 結局、子供が実質的な労働力として見られるようになるのは15前後となり、都市部での成人と変わらない歳になる。
 女は夫や子供が畑仕事に出る前に食事を用意し、見送らなければならない。そうなれば、一家丸々早起きすることになるのは理であり、それが村全体での常識であるがため、村の朝は早くなる。
 これが所謂、農民の朝。農村の朝である。
「起きなよ。朝だよ」
 ガーベルの耳元に起こす気のない呑気な声が聞こえてきた。
 声の主は推測するまでもなくセールイ。この村でガーベルに積極的に話しかけるのは彼女を除いて他に居ない。
 ガーベルは一度あくびをして、体を起こす。
「日は」
「昇ってるよ」
 ほら、とすっかり明るくなっている外を指さした。
「お寝坊さんだね。相変わらず」
「俺に時間は関係ないだろ」
 農民なら完全に寝坊しているような時刻だが、時間に囚われることのない守護者<テル・ガード>には関係ない。
「無職の人みたいに聞こえちゃうよ」
「俺が働かない分には問題ないと思うけどな」
 守護者<テル・ガード>が時間に囚われないのを正確に言うと、時間帯関係なしに働く場面があれば働かなければならない。
 とは言え、獣<テール>は四六時中村を襲っているわけではない。
 ここいらのほとんどが占めている弱小の獣<テール>は、人間が多数いる村に襲いに来ることはない。ベクのような集団の人も襲う性質を持つ中型以上の獣<テール>になれば、柵を壊して強引に入ってくる。そうなれば、柵に仕掛けてある音の仕掛けによってすぐに報せが届く手はずになっている。
 よって、このアンベシル村には月60日の間に5回程も獣<テール>に襲われれば多いほうだ。
 単純に考えれば、襲ってくるとき以外の月55日が休みであり、一周季で25日しか仕事をしていない計算になる。
 セールイの無職みたいの発言もあながち間違いではないとガーベルも思う。
「守護者<テル・ガード>と言っても、この村じゃお金貰っているわけじゃないし」
 守護者<テル・ガード>に着いた時の報酬は村ごとによって異なる。お金がある村であれば、金銭が手に入るし、アンベシル村みたいに村で採れた野菜を渡したり、住居を提供したりもする。共通しているのは、どの村であれ守護者<テル・ガード>の生活を最低限は保証する。
 そして、この職業で重要なのは獣<テール>を殺すことが出来る事である。それ以外のモノはむしろ必要とされていない。
 過去の経歴も、地位も、人格さえも。
「でも、朝早く置きない理由にはならないよ?」
「いや、全くその通りなんだけど」
 誤魔化すようにガーベルは笑った。
 なかなかに鋭い。
 最近のセールイは誰に似たか分からないが、口が達者だ。
「朝の早起きはいいことがあるよ?」
「ほほう、例えば?」
 ガーベルは早起きして、何が出来るかを自分なりに考えてみる。
 ──自己鍛錬は? いや、それだと昼間以降にやることがなくなってしまう。なら日課の村人との交流は? いやいや、農民が一番忙しいそんな時間帯に、お喋りをするような余裕はない。好かれるどころか邪魔者扱いだ。いつもの話し相手の子供だってまだ家でのんびりお食事をしている時間だぞ。
 結果、何も思いつかず、セールイの言葉に僅かながらに期待を寄せてみる。
「朝日が綺麗!」
「森に彷徨ってた頃に見飽きたな」
「1日が長く感じる!」
「早く起きた分、昼寝か早寝するから変わらないな」
「……じゃあ、これはとっておき! わたしの寝顔が見られる」
「俺より早く寝る子がいるから、しょっちゅう見てる」
「え、嘘……」
 セールイが目を点にし、口もぽかんと情けなくあいている。
 けども、それは数瞬ですぐに期待に満ち溢れた表情に変わった。 
「それでそれで!」
「それでって?」
「ご感想を!」
 セールイの予想外の反応に、今度は逆にガーベルが驚いた。
 感想って何だよと疑問に思いつつも、うーんと頭を捻ってから一言。
「実に微笑ましかった」
「子供だって言いたいのか、このバカベルー!」
「おい、ルイ! 呼び捨てはダメだぞ!」
 今にも出て行きそうな体勢を取るセールイにそう呼びかけると、セールイは再びバカァァと叫んで家を飛び出していってしまった。
 村に今日も獣<テール>の襲来なし。
 閉鎖的で、封鎖的で、内気な村だが、今日も平和ではあった。

関連記事
  ↑記事冒頭へ  
←あらすじ    →第二話 閉鎖的な村 後 (魔の害するは人)
*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←あらすじ    →第二話 閉鎖的な村 後 (魔の害するは人)