fc2ブログ

小説挑戦


ボツ作品広場

第二話 閉鎖的な村 後 (魔の害するは人)

 月は3ノ月。土の月と呼ばれるこの月は、収穫祭の行われる季節である。
 収穫祭とは1ノ月(風の月)の豊穣祭の逆であり、風の月で田植えをした農作物が無事に収穫出来ることを祝う祭りである。その時に、魔神に作物が無事に収穫できるように導いてもらったことを感謝するのを忘れてはならない。
 魔神──ディアヴォ。
 この神は自らを魔神と名乗り、魔神は獣<テール>の脅威にされされていた人間たちに行く道を作り、当時は国という概念を持たなかった人に、国を作ることを導いたとされることから、導きの神とも呼ばれている。
 神を崇める宗教のディアヴォ教の教本の中に、その頃の人間に魔神が行ったとされる所業のいくつかが記載されている。
 曰く、神は何もない所に石造りの城を創ったという。
 曰く、神はその城を中心に壁を突如出現させ、獣<テール>の侵入を拒んだという。
 何もない無から有を創りだすその所業は、人の身には不可能な魔法(奇跡)であった。
 王都大学の研究によって証明されているのだが、王国が作られる以前には石造りの建造物は存在せず、全てが木で作られたものであり、また壁という概念すらなかったという。
 今も、王都を獣<テール>から守っている城壁は神によって作られた神秘の守りなのだと。
 神はそれだけでなく、神の出現の場に居たとされる一組の男女。俗に言う、初代国王と女王にその城に人を導き国を作り、獣<テール>から人を護る使命を与えられたとされている。
 それが後のレクス王国である。
 この国を作るという行為のおかげで、人は獣<テール>から護られることになり、人が死ぬことなく農作物が無事に採れるようになったことから、祝い事としての収穫祭は生まれた。
『この世界に、この大陸に、今もなお、我々非弱な人間が、繁栄し、生き長らえることが出来ているのは、全てはディアヴォ魔神様のおかげである。だから我々は感謝し、かの魔神を崇めなければならない』
 ディアヴォ教の教えの一節である。
 今でこそ、熱心な信者は限られてしまっているが、国が作られた当時はこの教えが常識であり、ある意味では狂信的なほどに、誰もが信じていた。熱心な信者が減ったのは、時代の流れとも言えるし、かのありえない獣<テール>の存在のせいでもあった。とはいえ、過去の風習も威厳も未だ多く残っており、その代表的な例が王の選出であるし、収穫祭でもある。
「収穫祭楽しみだねー」
 呑気なことを言って、喜色に染まっている顔のセールイ。彼女は自身が居た都市での収穫祭の時のことを思い出しているのだろう。いつにも増して華やかな笑顔だった。
 しかし、それもそのはず収穫祭と言えば、年齢関係なく誰もが楽しみに待つ祭典だ。都市であれば、収穫祭の日には出店がたくさん立ち並び、商店はこぞって大盤振る舞いの大安売りをする。誰もが気前良くなり、この日ばかりは憎しみ合っている者同士でも笑って握手をする、笑顔が絶えない素敵な一日なのだ。
 セールイに言われて、ガーベルも思いに馳せようと思ったが、すぐに浮かんだのは昨年の物悲しい収穫祭。
 アンベシル村に来てから初めての収穫祭の事だった。
「あー、そのだな……」
 その時のことを思い出して、もう楽しみでしょうがないと言った風のセールイに、言わなければならないことが出来てしまった。
 この可愛らしい笑顔をずっと眺めていたい気分なのだが、これを言ってしまえばその笑顔が絶望に変わるのは明らかで、とても言いづらかった。
 それでも、何れは知ってしまうことであるので意を決して言う。
「俺たちはたぶん、村の収穫祭には参加できない」
 ちっちゃな声で。
 聞こえてなくてもいいよ。うん、気のせいかもしれないしね。
 ちょっと弱気なガーベルの気持ちに反して、セールイにはきちんと聞こえたらしく、笑顔の表情のまま固まった。
「参加……出来ない?」
「えっとだな。去年は俺は参加できなかったなって思いだして……でも、俺は守護者<テル・ガード>だからかもしれないし、そうじゃないセールイは参加出来るかもしれ──」
「じゃあ、わたしがもし参加出来てもベルさんは無理になるってこと?」
「そうだな、俺は無理だな」
 去年は参加できなかった。
 収穫祭に自らも貢献しようと、張り切って獣<テール>を大量に狩ってきたというのに、その食べ物がついには村人の口に入ることはなく、1人乏しく過ごす寂しい日になってしまった。
 実際に口に出して、拒絶されたわけではない。ただ、自分が赴いた瞬間に、笑顔で溢れていた村が時間が止まったのごとく凍りつき、一瞬にして嫌悪や畏怖の眼差しを身に受け、顔は恐怖に染まってしまったのを見てしまえば、自分がどれだけ場違いだったかを感じざるをえなかった。
 本来であれば収穫祭の時だけは、身分や生まれ、性別などの全てが関係なく取り払われて、この大陸に生きる1人の人間として、仲睦まじくなれるはずだったのだが、閉鎖的な環境がもたらす影響はここにも現れていたらしい。
 本当にそれだけが原因なのかは分からないが。
 ガーベルの中では一年も前に諦めが付いている。去年の今頃は、来年の収穫祭には参加できる資格を手に入れようと、今しているような村人との交流を積極的に行なっていた。
 今年には、間違いなく間に合っていないが来年こそは、と胸の内では燃えている。
「そう、だったらわたしもいいよ」
 予想外の言葉。
「え……?」
 てっきり、セールイは落ち込むかと思っていたのだが、少しだけ寂しそうな顔を見せたが、すぐに笑顔に戻った。
 ガーベルはその反応に訳が分からず、素っ頓狂な声を上げて、眉を寄せて訝しむ。
「いいの、いいの。それにわたしもたぶん無理だと思うし」
 セールイの顔に諦めの色。
「わたしは守護者<テル・ガード>じゃないけど、村にとって異物なのは変わらないでしょ?」
 経験則から分かっていることだが、セールイも村人には歓迎されていない。今現在、屋根の下でむさい男と2人だけで生活していることがその証だ。村人に少しの良心があれば、少女に新たな家を与えるなり、女も居る家に一緒に住むことになっていたであろう。
 今でこそ、ガーベルに結構懐いているセールイだが、昔は結構荒れていた。
 よくもまあこんな良好な関係が築けたものだ、と驚くほどに。
「そうかもしれないが」
 我慢をさせてしまっている。
 自分がこのくらいの歳のころはどんなことをしてたであろうか。
 まず間違いないのは、収穫祭の日は力のあるかぎり出店を回りつくし、道端で食べ歩きをしていた。その日には笑顔と満足感と充実感を覚え、一年で最も楽しい日だと感じていたはずだ。祭りに参加できないなんて頭の隅にもなく、この日ばかりは神にだってありがたみを感じ、神信深くなっていたであろう。
(いや、そんな事はなかったか)
 神信深くはなってなかった。
(感謝してたのは出店のおっちゃんたちか)
 焼き鳥を一本頼んだだけだというのに、おまけだと2・3本を気前よくくれるおっちゃんには感謝していた記憶があった。出店に並ぶ値札とは一体何だったのか、その当時のガーベルの最大の疑問だった。
 そんな喧騒の中で必ず一回は喧嘩が起きる。
 祝い日だといっても、普段いがみ合ってる仲が急には良くなったりはしないのだ。仲良くなれるならとうの昔に和解しているはずである。
 最初は、今日だけは仲良くやろうぜとか言っておきながら、接している内にだんだんお互いに腹がたっていき、表に出ろや! なんてのが関の山だ。ガーベルにもその経験がある。
 だが、そんな喧嘩も祭典の内となる。瞬く間に他人が気が出来上がり、賭け事が始まってしまったりするのだから、騒動の中心になってしまった2人はもう止まることもできない。かくして喧嘩は始まり、終わればお互いの健闘を称え合うのだから、本当に仲が悪いのか疑わしいものだ。
 楽しく懐かしい記憶。
 この村に来るまでは、収穫祭と縁遠くなることなんて予想だにしなかった。
 ガーベルはそんな収穫祭を、楽しくてしょうがないであろう年頃の少女に我慢させようというのだから、1人の大人として悔しい。
 だから、思わず口にしてしまったのは、ごめんなという謝罪の言葉。
 ガーベルの言葉にセールイはきょとんとしたが、次には笑顔を向けて言葉を返してくれる。
「ううん、ベルさんのせいじゃないし」
「それでもだよ」
「うーん、わたしは別にいいのに」
 どうしたら納得してくれるのかな、と困ったように呟く。
 もう二度と、あの楽しみを味合わせることが出来ないかもしれないのだ。
 この村に馴染めるように必死の努力は怠っていないつもりではある。それはセールイも目にするところであろうが、同時に一向に上手くいっていないのも見ているということだ。
 何時かは。
 だけど、それは何時だ?
 明日は無理だろう。明後日も無理だろう、なら週の単位なら? 月の単位なら?
 自分だけに関して言えば、幾ら時を費やしてもいいとは思っているが、自分ではない他人のセールイはそうはいかないだろう。
 何時になれば、収穫祭にお呼ばれされるようになる?
 少女という時間は僅かな時間なのだ。子供は子供の内に、出来ることを体験させてあげたい。そう思うのは大人の傲慢だろうか。
(なら、その時期だけ都市に行くか?)
 方法としてはありだが、現実的じゃない。
 アンベシル村を囲う自然は広大にして強大。村付近の獣<テール>こそ弱いが、奥深くに入れば強力な獣<テール>は現れるだろう。それでも、ガーベル1人だけなら死に物狂いになれば、抜け出せるだろうが、それではセールイを連れていくことができない。支離滅裂だ。
 運がよく、獣<テール>に遭わなかったとしよう。上手く事が運び都市につけたとしよう。
 さて、祭りだ。
 祭りには参加費はないが、必要経費がある。
 気前がよくておまけをくれるし、格安で物が手に入るが、お金は必要だ。
(俺はお金を持っていない)
 アンベシル村に置いて、金銭価値とは無きものである。
 アンベシル村を含める多くの村では税金を収めることは義務とされていない。都市の保護下であったりすれば話は別であるが、基本的には税金を王国に収めることはない。逆に言えば、王国からの統治下でありながら、法に縛られておらず、独自の規律が存在するのみだ。
 それでも普通の村であれば行商人が訪れたりするので、金銭が必要になるのだが、この村は特異な環境にあるので行商人も訪れず、つまりはお金を使う機会も無いのだ。お金など無意味の代物。
 ガーベルが村から離れられない理由の一つが、この金銭問題だった。お金もなくこの村に偶然辿り着き、守護者<テル・ガード>に収まることが出来たが、お金を手に入る手段も無くなったため、村から出ることが叶わなくなった。
 稼ぐ方法がないわけではない。
 多くの大陸冒険家がするように、獣<テール>を殺し、部位を売りさばけばいい。貴重な肉や骨はお金に変わるだろう。
 しかし、それをガーベルはすることが出来ない。
 前提として都市に行くには獣<テール>に遭わないことだ。これによって、道中にお金を稼ぐ行為ができなくなる。となれば、都市についてから、稼ぎに行く手もあるのだが。
(昔ならいざしらず、今は安易に獣<テール>狩りもできやしない……)
 ──魔獣<ツァウバ・テール>。
 そう呼ばれる、神にしか扱うことの出来ないはずの魔法を使う獣<テール>が、今より8年前に現れるようになった。
「あ!」
 突然、セールイが声を上げた。
 顔には良い事を思いついたと言わんばかりににやけた顔をしている。ふふふ、と不敵に笑ってから、ガーベルに言う。
「それなら、わたしたちだけで収穫祭をしようよ!」
「俺たちだけで、収穫祭?」
「うん。何も村の人に合わせる必要ないもん。わたしたちはわたしたちだけで楽しもうよ」
 それがもはや収穫祭といえる代物かは分からない。けど、それは悪い話じゃなかった。
 祝えればいい。楽しめればいい。
 セールイが思っていることが、彼女が言葉にしなくてもガーベルには分かった。
 本心から言えば、自分たちだけの狭い世界のお祭りではなく、大勢で、一体感があり、色々な人と触れ合う機会のある収穫祭をセールイには経験して欲しかったが。
「そうだな。いや、それしかないか」
 他に方法がないのであれば、せめて彼女の願いどおりにさせてあげるべきだと思った。
「よーし、そうと決まれば、村の人も参加したいと思わせるほど盛大にやるか!」
「うん! うん!」
 今の森は怖いが頑張ろう。
 娘とも妹とも思える少女のために、精一杯のおもてなしを出来るよう獣<テール>を狩ろう。森で野草を採り、果物を採り、魚や動物を捕ろう。
(心配ない。魔獣<ツァウバ・テール>が現れたのはただ一度。それも夜だけだ)
 懸念事項など無い。
──あるのは明るい未来だけと信じて


◆  ◆  ◆


 反王国都市連合または反ディアヴォ教都市連合。通称連合国の名を称するのは、その名の通り設立以来唯一国家にして、絶対的な権力をディアヴォの名において誇っていた王国に対する都市の連合である。
 大陸各地にある都市と呼ばれる場所は、全てが王国の統治下であった。都市の定義とは、王国に税金を納めており、王国自らの恩恵を授かっていることである。
 恩恵とは様々な形にて現れているが、最も目に見えて分かるのが城壁、または外壁の存在である。獣<テール>の侵入を拒む外壁は、ディアヴォ魔神の恩恵の現れであると同時に、ディアヴォ魔神の信の臣下である王国の威信でもあった。
 長き間、人が獣<テール>の脅威から守られてきたのはディアヴォ魔神のおかげであり、王国のお陰でありとされてきた。それは事実であり、不思議と王国の者の手の掛かった壁は一度たりとも獣<テール>の侵入を許したことはなかったのである。
 その絶対的な恩恵のおかげで、レクス王国は300を超える長き時をこの大陸に存在する唯一無二の国家に成し得ていたのだ。
 人には不可能な魔法(奇跡)を司る魔神を信じていれば、獣<テール>の恐怖に身を縮ませることはないと、誰もが本気で熱狂的に思っていたのだ。
 8年前までは。
 魔獣<ツァウバ・テール>の突如としての出現である。
 魔法とは神のみぞ使える神聖な奇跡であり、その神──魔神は人間側を護り導く神とされてきた。これはディアヴォ教の根幹であり、神のかつての所業からそれは真実であるとされてきたことだった。
「それが、父上たちの新しい国。連合国が生まれたきっかけ」
 肩口で切り揃えられた栗色の髪、灰色の瞳に宿す顔はまだ幼さを感じさせるのだが、その顔に不釣り合いな純粋さの欠けた計算高い笑みを浮かべる少女──セールイだ。
 自分の提案を快く引き受けたガーベルは、今頃森の中で頑張って獣<テール>を狩ってくれていることだろう。そう、自分のために。全ては自分のためだけに。
「考えるだけで、ううっ」
 白い肌の顔を赤らめ恍惚とした表情をする。
 収穫祭は確かに楽しみだった。都市代表の娘として育てられたセールイの日常は、常に学ぶことだけに費やされた努力と研磨の日々。
 これはこれで非常に充実した日々ではあったし、学んだことが自分の将来に生きるであろうことは、幼くして聡明なセールイには理解できていた。だからこそ、その環境を敷いてくれた父には感謝していたし、自分も積極的に学ぶ姿勢を見せていた。
 それでも、やはり少女の身には酷だった。日を浴びていないからか、肌は病的なまでに白くなり、身体を動かす機会が非常に少ないためご飯を食べる量も増えず、痩せ細るのみ。
 そんな少女が、物事の全てから解放される日があった。
 それが収穫祭。
 誰もが平等になり、誰もが楽しむことが約束され、誰もが幸せになることが出来る瞬間(とき)。
(しかも、今度のお祭りは一味違う。ベルさんとの2人だけの、2人だけに許されたもの)
 すでに胸の中は嬉しさと狂おしさでいっぱいだった。けれども、こんなにも胸の中は苦しいというのに、幸せだと感じるのは何故だろうか。この感覚が恋慕であると自分でも簡単に信じられることが、セールイは不思議でしょうがなかった。
 ──悪くない。ううん、最高なんだ
 堪らなくて、耐え難くて、もう全てをほっぽり出して、この感覚に身を全て任せたいくらいだった。
 その時だった。
 至福な時間を妨害するかのように、扉を3回ノックされた。セールイは扉に睨みをきかせながら黙って待つと、次には2回のノックがされる。
 これは合図。合図は都市の関係者であることを表すものだった。
 どうぞ、とセールイは不機嫌極まり声で入ることを促す。
「……失礼します」
 入ってきたのはここらの村人とそう変わらない衣服を纏うフードを被った者。セールイよりも更に背が低い。
「フードを外せ」
 普段からは考えられない高圧的な言葉遣いだった。心なしか場もキリキリと緊張している。
 セールイに言われたその者は、はいと一言言うとフードを外し顔を見せる。身長からも見て取れたが、セールイよりもなお若い──幼い少女。
 透き通る川のように綺麗な水色の髪は腰まで伸びており、幼いながらも整えられた凛々しさのある顔立ち。髪の色と同じ綺麗な瞳には、感情の色は見えないが、強い意志が灯っている。
「今度はお前か、ルリ」
 はあと小さくため息。
 期限は直っていないが、現れた者が自分のよく知る人物であったため雰囲気を少しだけ柔らかくした。
 セールイにルリと呼ばれた少女──ルリヒはセールイをしかりと見つめ。
「レクシブ代表も気を遣ったのですよ」
「それは分かってるよ。ルリがわざわざ来たのがその証拠と言えるし」
 訪れたのが気心の知れた親友であったため高圧的な態度を改める。
 外見は幼いといえども、実はセールイよりも1つだけ歳上である。彼女のあまりの成長のしなささにはセールイはいつも不思議で仕方ない。今だって、都市をとある理由で出て以来の再会で、おおよその前に会った時から1年経過しているのに、その姿は一切変化をしていなかった。
「それで、今日はどうして来たのかな」
 連合からの使者はこうやってて時折やって来る。それは代表の娘であるセールイの安否を確認するためでもあるし、セールイが使者に頼んでいるとある事情の報告のためでもある。
 必ず、ガーベルが居ないときにやって来る。
 ルリヒは昔から変わらない丁寧な口調で答える。
「いつも通りのご連絡ですよ」
「ふーん、で?」
「まず代表からの言伝です。『見つかったか?』と」
「『見つかった』って答えといて。正確には見つかってた、だけどね」
「それではもうお帰りになるので?」
「うん。本当はね、収穫祭までには帰りたかったんだけど……」
「帰れない事情があると?」
「帰りたくない事情があるの」
 都市へ帰る条件はすでに満たされている。
 だから、こんなチンケで何もない辺境の村にいつまでも居る義理はないのだ。まして、自分の大好きな人に害為す者共と一緒だなんて反吐が出るくらい。一刻も早く、こんな村を捨て去りたい。
 だが、それは出来ない。
 愛する人が、ガーベルがそれを良しとはしないからだ。
 ガーベルは自身がもうこの村で残りの人生を生きていくしか無いと思ってしまっている。この異様な閉鎖的で可笑しくなってしまっている村で守護者<テル・ガード>として誇り高く村を守り切るつもりでいる。守っているはずの命たちに、苛まれ、怯えられながらも健気にだ。
 無論、セールイはそれが出来ないことではないと信じている。ガーベルなら何時かは村人とだって和解できるものだと疑わない。
 ガーベルが離れられない以上、セールイも村を離れる気は全くなかった。
 それと収穫祭だってある。
 ガーベルが身を粉にして自分のために開いてくれるのだ、それをしっかり噛み締めて、楽しんでからじゃないと嫌だ。
 都市の華やかで賑やかな収穫祭も実にいいものだが、彼のしてくれるものと比べてしまえば全てが劣ってしまうだろう。今年だけと言わず、来年以降もずっと2人だけの収穫祭でもセールイとしては本望だ。
「私としては、却って頂けたほうがありがたいのですが」
「ごめんね。でも、もう少しだけだから」
 本望であるのだが、そうは行かないことは十二分にも理解している。
「あと、その時になったらやって貰いたいことがあるんだけど……」
 声を小さくして、ルリヒの耳元で囁く。
 セールイの言葉を聞き終えたルリヒは真剣な表情を作り、真っ直ぐにセールイを見つめ、本気ですかと問う。その目には驚きはなく、セールイに覚悟を決めるように言っているように見える。
 セールイはにこやかに笑って頷く。
「それが必要な行為だと?」
「うん、そうじゃないと手に入れられないから」
 彼からはしっかり聞いたから。
 この村からどうしたら出ていくかを。
 だから、それは必要な行為。自分と彼が結ばれるには、外せないことだ。
「そこまで……」
「なにかな」
 訝しむ様なルリヒの言葉に即座に反応する。
 言葉こそ優しげだったが凄みが含まれており、余計なことを言うなと言外に言っていた。
「い、いえ……なんでもありません。では、レクシブ代表に伝えておきます」
 セールイは無邪気な笑顔で子供らしくお願いねと口にし、期待しているからと念を押す。
 その笑顔を前にして、ルリヒは殿方も恐ろしい人に目を付けられたものだと小さく零した。勿論、セールイにもその言葉は聞こえていたが、素知らぬ振りを貫く。セールイはルリヒ登場時の不機嫌はどこへ行ったのか、今はとても上機嫌になっていた。
「それで、他には?」
「はい、いつものご報告ですね。前回の者が来た日から今日まで、売買目的の商人、また冒険家および守護者<テル・ガード>になり得る実力者は訪れておりません」
 この村は閉鎖的だ。
 これは外部の者を村の者が規律から拒絶するからである。しかし、あくまでもその拒絶という行為自体は受動的なものであるはずなのだ。村側からは決して外部に接しようとしないのだから、自然と来る者が現れたら拒むという形に収まる。
 幾ら、この村が自然に囲まれ、人の訪れにくい(・・・)場所だといっても、誰一人として来れないのはおかしな話なのだ。
 商人であれば、新たな商品を求め、新たな顧客を求め、どこにだって現れようとする。冒険家であれば、世界各地をめぐり、この大陸の謎を解き明かそうとする。その過程で、この村を絶対に訪れ無い保証はない。
 だのに、ここには誰も来ていない。
「そう。今回は排除せずに済んだの。平和でいいね」
 ならばそこには自然的ではない、人為的な理由が存在していた。
 村人よりも先に、村へ入ることを拒んだ者がいる。
 それが、セールイという少女だった。
「わたしとベルさんの秘密の里は守られた、と」
 村の人々は決してセールイたちに手を出すことはない。こちらが何もせずとも、勝手に遠ざかってくれる。ならば、それは居ないも同然。
 あとは外からやって来る余計なモノを排除してしまえば、自分たちを邪魔するモノは誰もいなくなる。
 さすれば、ここはセールイとガーベルだけの鳥かご、世界といえるだろう。
 その響きは異様に魅力的で、素敵だ。いつまでだってこの環境に甘受されていたい。
 だけど、そうはいかない。
 この身はレクシブという都市の代表の名を冠する。時を経てばこの鳥かごから飛び立たなくてはいけなくなるのだ。そう定められた運命。これを覆す気はセールイには甚だない。
 そう、運命なのだ。
「わたしと貴方は結ばれる運命」
 覆すなんてもったいないじゃないか。
 最高の幸せが確約されたようなもの。
 甘んじてその運命を受け入れよう。盛大に歓迎して迎え入れようじゃないか。
──その時は近いと信じて


◆  ◆  ◆


 収穫祭は1週期、10日の間にかけて行われるのが通例だ。行われる週期こそ、都市ごと村ごとに差異が出たりするが、それは主に収穫日の違いによるものである。毎年そこまでの大きな違いはでない。
 アンベシル村では、準備は一ノ週から始まっており、その時からずっとお祭りの雰囲気が村全体から醸しだされていて、今日からいよいよ収穫祭だ。
 村の人たちは皆、酒の入った樽をひっくり返すほどの大賑わいで、普段の質素極まりない光景からは到底及びもつかないものだった。
 そんな中、村の中央にはガーベルの家があったが、今は誰も居ない。
 ガーベルは村人たちの気分を害さぬように家を空け、村から離れた森の中でも比較的安全圏と定めた場所で、たった2人だけの収穫祭を行なっていた。
 村とは違い、お酒はない。
 村とは違い、食べ物は豪勢だ。
 色とりどりの野菜や果物が並び、あらゆる種類の肉が揃っている。その肉の多くは羊や鹿といった動物であるが、中には獣<テール>の物も含まれていた。
 ガーベルが豪快に肉に噛みつき、セールイが果物にかじりつく。
 村人もガーベルたちも、各々が幸せな時を過ごしていた。
 ……はずだった。
 空気を読んだのごとく獣<テール>が全く現れなかった最高の収穫祭から帰ってきた、ガーベルたちが村に帰ってきて見た光景は、セールイが思わず今まで食べてきたものを、吐き出してしまうほどの散々なもの。
 アンベシル村の住人の大虐殺のあった跡地であった──
関連記事
  ↑記事冒頭へ  
←第一話 閉鎖的な村 前 (魔の害するは人)    →第三話 自然の道(魔の害するは人)
*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←第一話 閉鎖的な村 前 (魔の害するは人)    →第三話 自然の道(魔の害するは人)