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小説挑戦


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第三話 自然の道(魔の害するは人)

「へいき、なの?」
 目が充血してることからさっきまで泣いていたことが分かるが、今は気丈にも感情を抑え、セールイとは違い感情を乱さないガーベルに疑問を持ったようだった。
 気丈に振舞っているとはいえ、相当ツラいらしく、表情は険しいまま。さっきまでお腹の中の物を吐き出していたのだから無理も無い。そんなセールイに水筒を渡し、口の中を濯ぐことと、水を飲むことを促しながら、疑問に答える。
「平気、という訳じゃないけど。実際に目にしたのは初めてじゃないからな」
 例えば、王都や都市内部で一生を過ごす、普通の市民は、こんな光景を目にすることはほぼ確実にないだろう。普通の市民は、主に農民、商人、職人の3つに分かれており、そのどれもが何か特殊な事情がない限りは壁より外へ出ることはない。これが普通の市民、王都で生まれ王都で育つ者たちの例である。
 常例があれば必ず例外もあるもので、王都生まれの王都育ちでありながらも、中には外の世界へと旅立って行く者たちも少なく無く存在する。
 行商人、冒険家と言った積極的に世界へと干渉する道楽者であったり、守護兵<テル・ソルダ>や守護師<テル・ガーディアン>のような壁の内を護るために、外へと勇んじる者である。これらより更に特異な例として、王都育ちで守護者<テル・ガード>になるガーベルのようなものが居る。
 なので、こういった特殊な者たちを除く一般市民にとっては、眼の前に広がる光景はありえない非日常だが、彼らに比べ多少なりと世界を知っている者である自分たちにとっては、決して珍しいと言えないものだった。また、惨劇に耐えうる精神を持つためと称して、こういった光景に慣れさせる都市もあるぐらいだった。
 その経験は正しく、守る力へと変わる。
 気が弱くて血しぶき一つで悲鳴を上げてしまう新参兵でも、自分たちの住む都市がこうなってしまう可能性を考えてしまえば、嫌でも慣れざるを得ない。心は感情を凍らせるような強さを持ち、獣<テール>への憎しみと恐怖は身体へと深く刻まれる。怖いと思っている兵士ほど立派な守護兵<テル・ソルダ>になったりするものだった。
「そう珍しいことじゃない」
 村が獣<テール>の侵攻によって潰えることは、ままあること。村を獣<テール>から護る守護者<テル・ガード>が居たとしても、所詮は人間であるため、人よりも優れたからだと力を持つ獣<テール>にはいついかなる時も劣勢を強いられる。
 守護兵<テル・ソルダ>よりは個人の力に優れる守護者<テル・ガード>は、数の力に。
 数に優れる守護兵<テル・ソルダ>は、一個体の圧倒的な力に。
 守護者<テル・ガード>よりも上位の力を持つ守護師<テル・ガーディアン>は、災厄と言われる程の伝説種に。
 村はその形成上、獣<テール>の大群が押し寄せられれば為す術もなく滅び行く。けれど、獣<テール>の人の多い所には現れにくい性質もあるため、村が必ず滅びる未来を迎えるわけではない。優秀な守護者<テル・ガード>が入れば、より明るい未来だって迎えることが出来ることもあるだろう。
──そもそも村のために身を粉にして働く守護者<テル・ガード>ってのも規格外だったりするんだがな。
 大抵の守護者<テル・ガード>の場合は、村に深い思い入れもなく、どうしようもなくこの職に就く事が多い。
 守護者<テル・ガード>の多くは夢の残滓の塊だ。かつては守護師<テル・ガーディアン>を目指していた者が、そこへの到達を諦めた成れの果て。ある種の落ちこぼれ集団と捉えても何ら変わりない。
 夢途中で諦めてしまうような輩が、本当に本当の意味で村を最後まで護り切ることができるだろうか──否、途中でほっぽり出すに決まってる。
 何にでも中途半端な人間は、何にでも必死になることは出来ず、何も護ることなど出来るわけがない。守護者<テル・ガード>などと仰々しく言われた所で、落ちこぼれ集団と何が違うのだというのだ。
 それでも中には天職として頑張る者もいるし、やむを得ぬ事情でガーベルのように成り行き上しょうがないものも居る。
「でも……でも、ベルさんが護ってた村がこんな、こんな酷いことになってるんだよ。それでも、平気なの?」
 嗚咽も少しずつ止まってきて、ようやくまともに喋れるようになってきたようだ。それでもまだ、途切れ途切れで、言葉の節に色んな感情が入り交じっているのが分かる。
「そうだな……」
 眉を顰めながら、近くにあった人間の死体を見る。見れば見るほど不信な点が多すぎる死体だ。
 これが獣<テール>による襲撃で、村が丸ごと全滅したというなら、それは確かにガーベルが守護者<テル・ガード>としての仕事を果たさなかった結果と言えるだろう。職務怠慢だ。その怠慢のせいで多くの人間が死んだのだから、悔やんだだけで済むわけもなく。平気な顔を保つことだって出来やしない。ガーベルの中での人間の命はそこまで軽いモノじゃない。
 だが、現実では平然としている。
「死体が綺麗すぎるんだ」
「え?」
「獣<テール>に襲われたならこんなに綺麗な死体は残らない」
 獣<テール>が人間を襲う理由の全ては明かされていないが、人を食べることがその一つであることは、過去から現在に至るまでの歴史が証明している。
 つまり、この村を獣<テール>が襲ったのであれば、狩りの対象であった人が原型を留めた姿をするはずがない。食い散らかされ、骨が浮き出て、肉が無造作に転がり、体の部位は残っている部分のほうが少ない、となるのが普通なのだ。
 やはり可笑しな死体。
 偶然、偶然この死体が無事だっただけだと考えても、不自然な点はこれだけではなかった。
「それにね、これは切り傷だ」
「切り傷?」
「首に一筋の切り傷。これがこの死体の死因だよ。ここを斬られて死んだんだ」
「獣<テール>の鋭い爪に引っかかれたとかじゃないの?」
 恐る恐るセールイが聞いてくる。
 なるほど、獣<テール>の人を用意に切り裂くことが可能な爪ならば、首に一撃浴びせれば、それだけで人は簡単に死に逝くだろう。
 しかし、これは違う。
「ここいらで爪で引っ掻いて人を殺せる力を持つ獣<テール>はベクだけだ。それにベクはね、爪が三本なんだ。一筋だけ斬られた後が残るのもありえないことじゃないけど、そうそう無いことだ」
 通常であれば三本の跡。爪を横に振って一筋になった偶然が起きない限り、一筋の跡は残らない。
「あとね、これが決定的なんだけど、爪で切り裂かれたならこんな綺麗に切り傷残らないよ。もっと荒々しいというか、統一の大きさをしないだよ、傷の跡がね」
「え、それってつまり……」
 セールイはガーベルの言わんとすることが分かり、眼を見開き、体を震わせる。怖い……のだろう、人間が。
 震えだしたセールイを優しく腕で包み込んで、振るえる身体に温もりを与える。ただし、注意は周囲に向け、いつ何が起きてもおかしくないように心構えをしておく。ここにまだ村人全員を殺した犯人がいることだってありえる。
 この有様では、実力はガーベルよりも上だと思われるが、警戒はしないに越したことがない。人の気配が無くなったこの村に獣<テール>が押し寄せる事も考えられるのだから。
「たぶん、ルイの思ってる通りのことだと思う。だからね、ルイ。俺は自分の役割である守護者<テル・ガード>として、この村人が獣<テール>によって殺されたのであれば、こんなふうに平気な顔は出来ないよ。自分の責務を放り出したことになるんだからね。でも、これは人が人によって殺されたんだ」
 そこに獣<テール>から村人を護る守護者<テル・ガード>の責務は存在しない。村人から護るのはあくまで人外である獣<テール>であり、人間を相手には全く持って想定されていない。
 この身にある力は獣<テール>を殺す力だ。
 この身に宿る意思は獣<テール>と戦うためのものだ。
 人と戦うことなど考えたこともなかったぐらいだ。
「管轄外だなんて言葉を言うと、ルイは俺に失望するかもしれないけど、出来無いものは出来ないんだ。俺が例えこの村に居て、殺人の現場を見ていても、止めることは出来なかった……犯人を倒すことは出来なかっただろうね」
 相手はどう考えても対人を想定した戦い方をしている。獣<テール>相手でも首を断ち切ることで、脳と体を分離すれば勝てることもあるが、大概が規格外な奴らばかりだ。人よりも大きく体格が優れた獣<テール>が多い中、急所の首を執拗に狙うことは非常に難しい。中には斬った所で、死に切らない奴だっているくらいだ。獣<テール>相手には、鋭利な武器で攻撃するよりは、鈍器や斧といった破壊力をも生み出す武器を扱うのが必然になる。
 それらの武器では、綺麗な切り傷を生み出すことは容易ではなく、出来る者は相当の腕前の持ち主か、武器が違うかだ。
 おそらくは後者。
 切り口の小ささやこれまでの推察から、人を斬ることに特化した刀だと推測する。ガーベルの持っているような、刃の部分が太い斧の傷では断じて無いので、それほど的外れではないだろう。
(嫌なことだよ、全く。人間同士での戦いだなんて無駄しか無いじゃないか)
 王都の歴史的な文献の中に、人が人同士争った形跡は残されていない。小規模な対立や衝突は比較的多く見られたようだが、王都の意に反してまで反逆ののろしを掲げた者は存在しないとされていた。人は獣<テール>という共通の敵が存在し、ただそれにのみ敵対心を向けていればよかったのだ。
 葛藤は存在しない。
 自分が護るべき人たちが死んだというのに、ガーベルの中には殺した者への怒りも憎しみもなければ、死んだ者たちへの思い出も記憶もない。
 だけど、
「ううん、私は失望しないよ。だってベルさん、なんだが」
──悲しそう。
 好きだった人が死んだ時に感じる悲しみじゃない。
 つらいことがあって打ちひしがれるような悲しみじゃない。
 世界を憂いでの悲しみだった。
 昔は見せかけだけでも平和だったのだ。
 セールイのような成人前の少女が、こんなに酷い様を見ることは一生無く。一生をどこにでもいるような町の子として、平凡な悩みを抱え、平凡な恋をして、平凡な幸せを掴む。そうやって平凡な家庭がたくさん出来て、争いごとからはますます遠ざかっていく。その末に辿り着くのは平和だ。平凡な日常でも美しい世界だ。
 その影では、平和など程遠い非日常な世界で生きている者たちがいる。ガーベルもその中の1人だ。
 ガーベルはその出自の関係上、この二つの大きな差異に大きな理解を示し、だからこそいくつか決意していることがある。
「んー、そんな顔してたかな?」
 ルイのような少女をこちらの世界に巻き込みたくない。
「うん。それに、そんな顔をしてなくてもわたしはちゃんと分かってるよ?」
 ルイのように日常に生きる者たちの日常を壊したくはない。
「わたしは何だって分かるんだよ」
 でも、分かっている。
「ベルさんのことはなんでも、ね」
 本当はそんな事は不可能だと。
 崩れだした均衡は、全てが崩壊するまで止まることはないだろう。人間同士の間で争いが起きるだろう。この大陸中を巻き込む長く、大きな戦いが。
「何でも、はないだろ。俺たちはお互いに、自分たちの事情は話してないんだから」
 笑いながら、冗談もほどほどになと言うと、セールイもクスクスと笑いそうだよねと面白おかしそうに答える。見たことのない、しとやかで上品に見える笑い方にわずかばかり違和感を抱くが、それが疑念に変わる前にセールイは笑いを止めて言葉を続けた。
「だから、ベルさんにはこれから私のことを知ってもらいます。わたしと一緒に来てください。南の都市スールに」


◆  ◆  ◆


 この大陸という表現の仕方では語弊があるかもしれないが、現在開拓され、王国基準で決められている地図を頼りとするならば、レクス王国がこの大陸の中心に位置している。王国を中心として、栄えある4つの都市が各方角に存在する。
 北に位置するは、北の都市ノルテ。東に位置するは東の都市エステ。西に位置するは西の都市デュシス。そして、セールイが自らの生まれ故郷だと言った南に位置するは南の都市スール。
 それぞれの都市には、それぞれの特色があるが、南の都市スールは中でも温暖な気候であり、自然に恵まれていることで有名だ。
 なるほど、そういう事ならアンベシル村は確かに南の都市に近い場所にあったのだろう。アンベシル村を囲う環境はスールのそれに酷似しているし、近くに4大都市があるのならば、強力な獣<テール>との遭遇は低い可能性となる。
 その根拠は、
「初めまして、ガーベル様。私の名はルリヒと申します。私の親友であり、大切なお嬢様を今までお護りいただきありがとうございました。私のことはぜひ、ルリとお呼びください。」
「あ、ご丁寧にどうも。でも、別に俺は大したことはしてないんだけど……」
「いえ、それでもです。私にとっては親友を助けてくれた恩人ですから。此処から先は、このルリヒがスールまでの道のりの安全を保証いたします」
「え、ああ、お願いします」
 こんなセールイよりも幼い子供が、自分より強いのだから。
 驚きだ。こんなに驚いたのは久しぶりかもしれない。ただの荒くれ者だったはずの友人が、実は女で、実はお姫様だった時と同じくらいの驚きだ。ドレスをきた姿が今までの格好と似ても似つかず、喋り方も急におしとやかになって、人ってどんなふうにも化けられるんだと学んだ時以来である。
 セールイよりもさらに頭一つ小さく、顔立ちはその身長通りに幼く、綺麗な水色の髪が腰に届きそうなほど長い。透き通った髪と同じ水色の瞳が宝石のように綺麗。ただ、それなのに強い光を宿す瞳のお陰で、見た目に不釣り合いな意志の強さと、凛々しさを感じる。それもまた美しく感じさせる一因を担っていそうだ。
 ルリヒにのみに完全に注意がいっていたが、ふと会話のことを思い出すと、何やら聞きなれぬ言葉があった。
「……お嬢様?」
「あれ? 聞いていないのですか。ルイ?」
 まるで妹にものを尋ねるかのように言うルリヒに、激しく違和感を覚える。
 どう見ても姉妹で考えたら、ルリヒが妹でセールイが姉に見えるのだが。
「言ってないよ。ルリが来てからにしようと思ってたから」
「どういうことだ? というか、他にも色々と説明してほしいことが」
 話の展開に全くついていけてなかった。
 それもこれも切っ掛けはこの少女の突飛すぎる登場。ガーベルとセールイの前に現れた中型種の獣<テール>を、いとも簡単に刀で切り倒し、茫然とするガーベルに平然と自己紹介したルリヒ。
 今、何が起きているかを理解するだけで一苦労だ。
 もう訳が分からんぞ。
 ガーベルの心の声を無視して、話は進んでいく。
「それじゃあ、改めて自己紹介をするね。ベルさん」
「いや、その前にだな」
「わたしの名前は知っての通りセールイ──」
 心の声だけでなく、口にした声も無視され話が進む。
 ダメだなこれは。大人しく、全部聞いてから改めて聞くことにしよう。どんなことも諦めないが信条のガーベルは、諦めることとは別に切り替えが早い。
 心なしかルリヒがこちらに同情の視線を送ってる気がする。
「──セールイ・レクシブ。現南の都市スール代表の唯一の肉親にして、娘。親しい人にはルイって呼ばれたい願望を持ってます!」
 そう呼ばれてるのは、ベルさんと父上とルリの三人だけです! と指で3を作り、ニコッと子どもらしい元気のある笑顔を作る。
 実に可愛らしい笑顔だ。思わず頭を撫でて、よく出来ましたと褒めてやるが、その行為は間違いなくセールイの理解しがたい言葉に対する逃避行動だった。
 肝心のセールイは褒められたことを喜び、ルリヒに褒められたよと言わんばかりに笑顔を向けたが、それに対してルリヒは曖昧な笑みを浮かべた。
 ルリヒは笑を浮かべたあと、現実逃避を続けるガーベルに近づき、そっと囁く。
「詳しい話は後に」
 子供のように甲高くはあったが、落ち着きを纏ったその音は予想以上に大人の声だった。
 後に。
 それはおそらく、都市に着いてからということになのだろう。ここで話をするには、場所不適合であり、積もる話もあまりできないということか。それともセールイがいるからだろうか。
 憶測が頭の中で飛び交うが、深く考えることをここで放棄した。教えて貰えると言っているのだから、その言葉に素直に従ってその時を待つことにする。
 ルリヒに先導され、セールイに手を握りながら着実に壮大な森の中を進んでいく。幹が太く、枝もそれに比例するように太い木々が並び、地には草が生い茂り花が咲いている。小鳥のさえずりや、時折そんな草木の中からひょっこりと顔を出す小動物。幻想的とも言える、この風景は実に興味深く、見ていて飽きないのだが、
「では、進みましょう」
「うん。行こ、ベルさん」
「あ、ああ」
 先導するルリヒの先に現れる獣<テール>は、目に写った瞬間には瞬殺されていく。細く脆そうな刀で、胴と頭を切断する一撃を放って。セールイはセールイでそれが当然と思ってるかのように、すんなりと歩を進めるので、慣れている光景であるはずのガーベルの方がたじたじだった。
 これさえ無ければ、観光に来てもいいと思える風景なのに、必ず血生臭さが交じる度に、幻想的な風景から現実へと意識を戻される。ここは生きるのに優しい環境ではなく、観光などという甘ったれた言葉を垂れれば、すぐさまに死が襲いかかる場所であることを認識し直される。
 それは決して悪いことではなく、強い自然の中で弱い人間が生きるには、必要な注意である。少しでも気を抜いた者から死んでいく。気を抜かなくても死ぬことすらある。まして、今は魔獣<ツァウバ・テール>の出現という異常事態まで起きている。
 何が起こるかは王都大学のお偉いさん方でも予測不可能で、むしろ、笑顔でこの自然の中を歩いているセールイのほうが異常なのだ。笑顔が向けられる度に、引き攣った顔を返してしまうのは、仕方ないこと。
 セールイはこの状況を理解していないのだろうか。
 都市のお偉いさんの娘であることは、なんとなしに理解できた。いい所のお嬢さんというのなら、箱入り娘にしろ、そうでないにしろ、ご息女である彼女を危険過ぎる外へは普通は出そうとしないだろう。娘が可愛くなくとも、壁の外へと追いだすことをしようとはしないだろう。
 この大陸で、『壁の外へと追いやる』行為は、死の宣告と同義。王国の定める処罰の最上級の方法に、壁外への追放があるくらいだ。
 危機感に薄い都市の市民だって、危険であることだけは百も承知だろう。
(俺たちを信頼して、無邪気な笑顔を見せてくれているなら、嬉しいけどさ)
 他に考えられる理由は思いつかないので、そういうことだと自分を納得しておくことにする。せいぜいその信頼を裏切らないようにと、自分自身に念を押して。


 スールまでの距離はそれほど遠いわけではないのだが、一日一晩で着くほど近いわけではない。時間にしておよそ五日、一週間の時間が必要となる。旅としては短い部類に入る。
 その間の食事は、ルリヒが持って行きた乾物系の旅の簡易食料と、近くの獣<テール>や動物を捕獲し、簡単な味付けを行った野戦料理になる。食べれる果実や野草などがあれば、それらも食卓に並ぶ事になり、そこらの住人よりは豪華な食事なることもしばしばある。これが所謂、冒険家の特権で、自然の中でも生き抜く力を持っていれば、素晴らしい食生活が待っている。
 ガーベルも一時期は放浪していたので、こういったことは稀にはあったが、微妙な実力のせいか豪贅になりきらなかった。それと比べれば、今並んでる食べ物の豪華さといったら、天と地との差だ。ガーベルの食事が市民よりも多少贅沢な水準だとしたら、ルリヒのものは王族平均水準だろう。ガーベルでさえも、普段は食べることができないような食事が並んでいる。
 市民が食べられる獣<テール>は高くて中型種。王族は大型種や特上級種。王族ですら食べられない、至高、伝説、幻ともされているのが伝説種だ。
 獣<テール>の強さと種族によって、味は異なるとされている。強くなればなるほど美味しいとの見解が出ているが、中には食べられない例外があったり、強くなるほど素材としての質も上がることから、別用途に用いられることが多い。小型種は動物と同程度。中型種は高級料理程度。中型種の上位変換や突然変異体とされる上級種も、味、素材共に上位変換と考えていい。ここまでならガーベルの実力も届く範囲内だ。大型種は超高級料理。かなりの危険はあるが、賭けに出る程度は出来るだろう。
 これより上は、測定不能の破格の強さと価値を誇る。大型種の上位変換である特上級種は、王族でも滅多に食べられないほどのもの。倒せるのは王族直属の守護師<テル・ガーディアン>くらいの実力派なければ無理だろう。
 そして、最上位の伝説種。見ただけで街の人気者になれるぞ。
「やっぱり美味いよなー」
 確認。食べる前から美味しいことは分かりきっている。
 知識としては勿論のこと、もう食べ終えて満足な顔をしているセールイを見れば、味は保証されているようなもの。
「気に入っていただけましたか?」
「これで気に入らない人間は、大陸で探して二人だけだと思うぞ」
 魔神に選ばれし現在のレクス王国の国王夫婦ぐらい。
 この食事をまずいと言うのは王族をも恐れる所業だろう。
 なるほど、これならお金持ちが子飼いで冒険家や守護を雇うのも頷ける話だ。
「ねえ、今度はベルさんこういうのを捕ってきてよ!」
「無理言うなよ……俺とルリでは実力差がありすぎる」
 悔しいことではあるが、認めることも大切だ。ルイよりも幼く見える幼女よりも、自分の実力が下であると。ガーベルはそれで妬んだりはしない。事実は事実として受け止めることは大切だ。
「うーん、わたしはそうは思ってないんだけど。ま、いっか。ベルさんがそれでもいいならそれで」
「それどういう意味だよ?」
「べーつに」
 意味ありげにセールイはふふっと笑うが、笑顔は長くは続かず、目を擦って眠そうな表情になった。
 無理もないことだ。体力馬鹿なガーベルは例外としても、ルリヒだって自身を鍛えてここまで強くなったのだろうから、この程度の旅路では疲れは知らない。それに比べて、一般市民と何ら変わらないセールイでは、今日の道のりは苦難以外の何物でもない。むしろ、文句一つ言わずに黙々と着いて来たことを褒めてやるべきだった。
 その小さな体のどこにそんな力があるのか不思議だ。ルリヒも不思議だが。
「早めに寝とけよ。明日も歩くんだから」
「うん……そう、だよね」
「おう、見張りは任せて寝な」
「うん、そうする。おや、すみ……」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 おやすみと言うやいなや、すうすうとセールイは寝静まった。
 久々の自然の中で過ごす夜でもある。自然の中での夜は危険極まりなく、多少の力があるガーベルにとっても怖いものだ。
 だのに、焚き火の火種である樹の枝がバチバチと燃える音と小さなセールイの寝息が聞こえるだけで、とても静かな夜。ここが油断したら命が危ぶまれる危険地帯だとは思えないような、素敵な時間だった。
 見張りはガーベルとルリヒの二人で行なっている。セールイが寝たすぐ後に、ガーベルはルリヒにも寝るように言ったが、これが私の仕事ですのでと本人は頑なに拒んだ。そればかりか、ガーベルに寝ることを逆にススメてきたくらいだ。
 それに苦笑をして、これが俺の役割だからと返し、二人で静かに笑った。
 小さな子供を相手にしているようには思えないやり取りだった。
 二人して笑った後、静寂が再び支配する。
「私もそうは思いません」
 焚き火に樹の枝を足して、幾分か経った時に、唐突にルリヒは呟いた。
 水色の瞳が、ガーベルの黒い瞳を貫きながら。
「何の話だ?」
「ルイも言ってたことです。ベル様が私よりも劣ってることです」
 様付けはよしてくれといったが直らず、最初は様付けに顔を赤くしたりして恥ずかしがっていたが、もう慣れて、様付けを意識しなくなっていたことに、今気付かされる。
 が、話の流れとは全く関係なかった。
「あーあれね。事実だろ。俺よりルリのほうが強い」
「その事実が信じられないのです。失礼ながら、ベル様の過去を調べさせてもらったりしました」
「まあ、大切なお嬢様の近くに男がたら調べるか……」
 いつ調べたかなどと無粋なことは言わない。
 彼女が言わないということは、言う気がないということだ。
 果たして、いつからアンベシル村にセールイが居たことがバレていたのか。
 ほんとうに不思議だらけな少女だ、とガーベルは感心しながら思う。
「王都の訓練校に通ってたんですね」
「半分以上趣味でだけどな」
「結構な成績だったようで」
「そこそこには頑張ったからな」
 趣味だった。戦うことを学ぶのが楽しかったし、生きる術を身に着けるのが面白かった。
 それだけの話だ。
「ありえないような友人が居たみたいですね」
「俺が一番驚いたんだけどな。あ、ちなみにあの時と同じくらい、ルリには驚いたよ」
「私に、ですか?」
「だって、そんなに若くて俺より強いってさ。セールイよりも年下でしょ?」
「……いえ、一つ上です」
「………………わお」
 さっきから容姿に似合わない言動や行動だなと思えば、なるほど見た目に騙されはいけないということだ。セールイより年上と言われて驚いたが、言われてみればそれのほうが合っているといえば合っているように思えるのだから不思議だ。
「不思議っ子ちゃんだな」
「ふ、不思議っ子?」
 ちょっと慌てたふうだった。
 水のように冷たく冷静であるというイメージが固まりつつ合ったので、その慌てぶりが歳相応──見た目相応で可愛らしかった。
「いや、気にしないでくれ」
「そうですか。では、なんで今はそんな場所に甘んじているのでしょうか」
「甘んじてる? 俺が?」
「はい、だってもっと上を目指せば。私なんかより──」
「終わり」
 強引に切り上げる。
 ガーベルに実力云々の討論はする必要はなかったし、ルリヒにわずかに自虐の色が見えたために、終わりにする。
「……わかりました」
 ガーベルの意図をしっかり察したのか、ルリヒも先の言葉を続けることはなかった。
「その代わり、私個人の質問がいいですか?」
「どうぞ。答えられる範囲なら」
 どうせ暇な夜分だ。
 周囲の警戒は怠らないにしろ、常に緊張し続けていたら、戦う前から精神が削れ切ってしまう。こんなときは、適度に人と話して気分を盛り上げたり、癒されたりするのが一番。
 という理屈を言いながら、趣味の喋ることを満たしたいだけだ。
「両親はどういう方だったのですか? こればかりは調べても分からなかったので」
「難しいな」
 難解、奇っ怪の両親のことを説明するのは骨が折れるなんてものじゃない。
 いや、一言にまとめて変人、であれば簡単なのだが、それで親のことを説明しきれていないだろう。
 ガーベルが難しい顔をしているのを見て、ルリヒも難しい顔をする。その顔には、やはり教えて貰えないかという諦めの色が見える。
 それを見て、ガーベルは慌てて言った。
「教えられないわけじゃないんだけど、説明が難しいんだよ」
「複雑な関係ですか?」
「うん、どうだろう。複雑といえば複雑だけど」
「説明しづらいですか……なら、職業は」
「あ、それなら簡単。冒険家だよ。夫婦揃って年がら年中旅してるよ。俺を幼い時からほっぽり出して」
「そうでしたか。ご質問に答えていただき、ありがとうございました」
「ん? これだけでいいの?」
 もう少し深いところまで説明しようと思ってたので、やや拍子抜けだった。
 すると、ルリヒは満足そうな笑顔を浮かべて、「はい十分です」と答えたので、ガーベルも満足いったならいいかと、ルリヒの笑顔を見て満更でもなさそうに思った。
 二人の会話はこれ機に終わった。
 夜明けは近い。
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