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小説挑戦


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第四話 都市への道 (魔の害するは人)

 獣<テール>が出てきても、圧倒的な強さを誇るルリヒと安定した強さを持つガーベルの二人によって、旅路は順風満帆。さしたる問題も起きずして、アンベシル村から出立して五日が経とうとした日の朝。まだ完全には日は昇っておらず、やや薄暗い。セールイはまだ携帯用寝具に身を包んでいるが、今朝も随分と早くルリヒは起きだしていた。
 初日こそは信頼関係も築けていなかったガーベルとルリヒだったが、短い期間とは言え寝食を共にし、命を互いに助けあう一日を過ごすと、そこには細く脆いながらも絆が出来始めてきた。少なくとも、一晩中命を相手に預けられる程度には。
 予定では今日中にはスールに辿り着くはずだったのだが、体力的に乏しいセールイに歩調を合わせた結果、大幅な遅れが生じていた。
 これは予定調和だ。
 予定通りに進めたのは初日だけで、その日セールイはかなり無理をしていたのか、二日目以降からは相当なペースダウンだった。それでもガーベルの中では、思ったよりも早いペースだったのだから、文句はない。それどころか自身が背負っていくことも頭の隅で考えていたのだから、セールイを褒めたのは当然の成り行きだった。
 ガーベルがそんな失礼なことを考えてたことなど知る由もないセールイは、その言葉に無邪気に喜び、歩く速さこそは変わらないが、弱気を吐かず、顔には常に笑みを浮かべて一段と張り切っていた。
「思ったより根性あるな、ルイは」
 すやすやと心地よさそうに寝るセールイを見ながら言った。
 普段のセールイの頑張る姿を見て感心したからこそ出た言葉だった。
「ルイは努力家ですから」
 独り言に近い言葉に丁寧に反応したのは隣に座っているルリヒだ。
 セールイに恩義があるという彼女はセールイとは幼馴染で、都市の中では親友であり、姉妹のような仲だという。
 姉妹と言われるには見た目が違いすぎるが、普段の仲の良い様子を見れば確かに姉妹と言われても可笑しくない微笑ましい光景だった。都市では間違いなく美少女姉妹と言われていることだろう。
 では、どちらが姉で妹か。
 一見してみれば、確かにルリヒの方がセールイよりも幼く、妹に見えがちだが、数日間の付き合いでそれは間違いであることを知ることが出来た。
 姉役は年齢通りにルリヒだろう。暖かな視線でセールイを見守ってるところは特に姉のように見える。歳の差一つでここまで雰囲気の落ち着きが違うのかと驚くほどだ。ガーベルよりも大人びているかもしれない。
(ルリは大人びてるけど、ルイが子供っぽいのあるな、たぶん。それにしても、不思議な子だ)
 ルリヒへの感想はここに極めり。
 ガーベルの中でのルリヒの印象は不思議で固められた。
「努力家、か。一緒に暮らしてた時はそんな印象は受けなかったけどな」
 どちらかと言えば、呑気でマイペース。いつも笑顔で、人の感情の機微に聡いというのがガーベルのセールイへのイメージだった。
 半年がお互いにとって長いものであったかは、なんとも言えない期間だ。かなりの時間を共にしていたのは確かだが、それでお互いのことが理解できるほど人間は底が浅くない。
 まして、セールイは初期の頃と今とではガーベルに対する態度が真反対だ。
「それを言うなら、私の持っているルイの印象とも今はだいぶ違いますよ」
 ガーベルとは違い、本当に長い付き合いである幼馴染にも分からない所があったらしい。
「そういうものか」
「そういうものですよ」
「……そう、だよな。俺が見ているルイだって、ルイのほんの一面に過ぎないんだし」
 お互いの過去は全く知らなかった半年間と、少しだけだが相手の過去を知った今。
 以前に比べれば、お互いに相手のことを理解し、新しい側面を、または違う側面を見るようになったが、それで相手の全てを知ったつもりになることは絶対にない。それに人は自分のことだって自分自身で分からないことも多いのだ。
「ええ、本当に。ほんの一面ですよ」
 ルリヒは苦笑いともとれる含みのある笑みを零す。寝ているはずのセールイの方向をちらりと見ながら。
 どういった意味が込められているのか、ガーベルは全く察すことはできなかった。
(だけどまあ、成人も迎えていない小さな女の子だから。複雑なものじゃないだろうな、きっと。もっと我侭だったとか、お嬢様気質なものなんじゃないかなとは思ったけど)
 セールイの我侭をガーベルはあまり聞いたことはなかった。
 我侭は大抵、信頼した相手に見せる行為でもあるので、一つ屋根の下で暮らしていたとはいっても、そこまでの絆は二人の間には存在していなかったのかもしれない──遠慮されていたのかもしれない。
 住んでいた環境も環境だった。
 我侭をまともに言うことが許されない環境。食事を選りすぐる余裕はなく、生活環境に文句の言えるほどの余地がない。限られた自由しか存在せず、あらゆることが限定され強いられている生活。
 それでも純真で、まだ自分の環境を理解することも出来ない程の幼い子供なら、我侭は言えたのかもしれないが、聡明で自分の状況を理解することが出来るセールイにはそれが出来なかったのかもしれない。
 単に遠慮だけが理由とも言えないように思える。
(ルイは賢いからなあ。やっぱりなんとも言えないな)
 都市に着けば、また違う面を見ることになるだろう。
 楽しみが一つ、出来た気分だった。

 二人の仲が良すぎるのではないか。
 そう思うことがここのところ多かった。
 二人──自分の想い人であるガーベルと幼馴染で親友であるルリヒのことだ。二人が出会ったのはつい五日前のことで、それにしてはやたら親密度が高すぎると傍から見て思ったのだ。
 まず距離が近い。
 初日は二人して牽制しあっていたのか、セールイを間に挟み並んで余所余所しく無言で歩いていたはずなのだが、今は二人だけで朝の時を過ごしている。自分を除いてだ。
 目を閉じて、寝てる振りだけは続けて二人の会話を盗み聴く。
 どうやら話の内容は自分のことについてのようだった。
 自分の素知らぬところで自分のことを中心に話してくれるのは、何だかおもはゆくもあり、自分のことを考えてくれることに嬉しくもあった。
 だから悪い気分はしないはずなのに、何故だろう。
 心の淵で渦巻いているこのうずうずして、いたたまれなくなる気持ちは。
(不安? 何が?)
 二人が仲良くなるのは悪いことじゃない──いや、いいことのはずだ。
 親友と想い人が仲良くなれば、一緒に住んでいた頃はどこか一歩引き、距離を置いていたガーベルと自分との距離だって必然的に近づくはずだ。
 だのに、これでは縮んでいるのは自分との距離じゃなくて親友との距離ではないか?
 何かがおかしい! わたしの予定と違う! セールイにとって由々しき問題だ。
 予定では、この旅路を通じてより深くお互いの過去を知ることによって共感を得たり、自分が怪我とかをしてガーベルの広く温かい父性感溢れる背中に背負われて惚れ直したり、ガーベルが怪我をして自分が甲斐甲斐しく世話をして母性感を溢れさせ惚れられたりするはずだったのだ。
 ガーベルのことを少し知ることは出来た。ルリヒに調べさせても分からなかった、自分の未来の義父と義母の事を知れたのだ。冒険家という答えは驚くほどのものではなかったが、王都出身だということを考慮すれば変わり種なのは想像がついた。
 しかし、成果は逆に言えばこれだけだった。
 現実は、ガーベルに「頑張ってるな」と褒められて、背負われることもなく必死に野山を歩きまわり、ガーベルはルリヒの援護もあって怪我をすることもなく無事であったりなど、全く持って予定通りには進んでいない。
(褒められたのは嬉しいけど! ベルさんが怪我しないのも嬉しいことだけど!)
 何かが違うんだ!
 良い事なのに良くない。
 訳の分からない二重螺旋。決して交わるはずがないのに、こうして交わっている。
 どれほど思考しても理解出来ず、また今もセールイが悩んでいる間に、二人の仲だけが良くなってることを思うと寝てもいられなくなったセールイは盛大に甘えることにした。
 バッと勢いよく起きると「ベルさぁん」と猫撫で口調で抱きついた。我ながらあざといと思いながらも、ガーベルが気付くことはないから、気にする必要はない。
「おはよーベルさん」
 愛情を込めて言う。
「朝から元気だな。おはよ」
 よしよしと猫を扱うように撫でられたが、されるがままにする。好きな人に触れられる事自体が気持ちよかったし、彼になら何をされてもよかった。子供扱いはややいただけないが。
 ついでに猫口調にでもなって更に甘えようかと思ったが、ルリヒの生温かい視線を受けてここまでに止める。これ以上やれば温かい視線が、冷たいものに変わりかねない。別に、その程度のことは気にするまでもないのだが、ルリヒのその様子がガーベルに気付かれると違和感を抱かれる可能性があると考慮した形だった。
「おはようございます、ルイ」
「うん、おはよ。二人で何の話をしてたの?」
 起きてきたばかりで聞いていなかったフリ。
 ルリヒの視線から白々しいといった呆れを含むものを感じ取ったが、無視。
「ん、ああ、ルイのことだよ。よく頑張ってるなーって」
 そう言って軽く頭を撫でてくれる。
 嬉しい。
 心の中が満たされていくのが分かる。
 やはり自分抜きで褒められるよりも、こうして言葉を交わし、目を合わせて褒めて貰うのとでは全然違う。満たされ度合いが、喜びが。
 もっと、もっと、もっともっともっともっと、欲しくなる。
 だけど今はまだ我慢。
「うん、じゃあもっと頑張るよ!」
 無邪気に、子供らしく振る舞う。
「おう、その意気だ。ルリによると、ここからが折り返し地点のようだからな」
 もうすぐで全て手に入るのだから。


 ベク──獣<テール>の中では中型種に分類され、鋭い爪と牙、破壊力のある突進が凶悪であるとされる。中型種と分類されるのは平均四○○sという中堅の大きさと、獣<テール>としては突出しすぎていない力からである。小型種よりは強く、大型種よりは弱い、まさしく中間の強さを誇る獣<テール>だ。
 その実、普通の人間では到底手に負えない獣<テール>でもあるが、守護兵<テル・ソルダ>なら、小隊規模で。守護者<テル・ガード>なら単独で撃退出来る程度の固体だ。
「さすがにここらは多い、なッ!」
 都市部と村の中間地点。ようするに人里から最も離れているため、自然がそのまま、獣<テール>たちが大量に生息している。
 突撃してきたベクを寸前でかわし、その際で斧を使って頭をかち割る。
 戦い慣れていることもあるおかげか、身体に大した負担もなく難なくこれを何度もこなす。
「そういう道ですから」
 斬り払いと斬り下げを使い分け、息も乱さずしてガーベルが一体を相手にしている間に三体を片付ける。
 その姿は優美でもあった。
 泥臭く戦っているガーベルとは対照的な戦い方。獣<テール>の血で服を染めるガーベルと、血しぶき一つ浴びていないルリヒを比べればその力の差は歴然。
 それを数度も繰り返せば、十五匹も集まっていたベクは一匹も残ってはいなかった。
「俺が四匹に対して、ルリは十一匹か。毎回、こうも実力差を感じさせられるなあ」
 やや悔しそうに、俺も弱くはないはずなんだけどな、と呟く。
 ガーベルの通っていた王都訓練校は王都唯一の兵士の育成場であった。兵士を産み、鍛えることを目的とする訓練校は、凶悪な自然の中で人が生きるための術を教え、自然から人を護るための手段を学ぶ。
 学べる分野は非常に幅広く、望めば大学勝りの勉学を受けることも叶う。壁の内側の人間は、外の脅威をあまり知ることはないが、脅威である知識だけは形こそ違うが誰もが持っている。彼らは率先して外に出ようとはしないが、知識欲を求めたり、いざという時の力をつけようと考える者は少なくなく、訓練校に入学をしようとするものは後を絶たない。中には内壁は暇だからと娯楽の一部として入ろうとしたり、ガーベルのように半ば趣味で入るものもいる。
 そういった経緯から、毎年訓練校にはそれなりの人が入学をする。
 ガーベルはその中でも、比較的優秀な方であったと自負している。主に実践面のみではあったが。
 外の世界に出てもその認識はそれほど変わらず、一人で自然の中を生きていたのだから自身も頷ける話だったのだが、その面目は年下の少女の前に打ち砕かれた。
 誇りというほどのものではなかったが、年下の、それも少女に負けてる事実は成人した男性としてはいただけない。実にいただけない。
「あって無いようなものだと思いますよ?」
「それは皮肉かー!?」
 怒ってはいない。
 ただちょっとだけこの悔しさを紛らわしたかっただけ。
「え、あ、そういう意味じゃ……」
 普段は冷静で落ち着き払っているルリヒが狼狽する。
 さっきまで、自分の体の二倍はあろうかという獣<テール>を相手にしていた時は、猛獣並の気配を漂わせていたのに、何だこのギャップは。
 小柄な体格もあって小動物っぽくて、すごく可愛い。
 年端も行かない女の子に感情的になったのを、大人として情けないと直後思ったのに、言ってよかったと思う自分がいる。
 もっといじめたい。
 そう思わせる何かが彼女にはある。
「ルリ? 二人の仲が良くなってわたしは嬉しいなぁ」
 度肝を抜かれる様な低い声を聞いてようやくこの場には他にも人がいた事を思い出す。
 あ、やばい忘れてた! 護衛対象であるセールイの方向を追わてて振り返ると、膨れっ面をして、如何にも私怒ってますと主張していた。しかし、その顔は恐ろしさよりも、子どもらしい怒り方のせいで愛らしさのほうが際立っている。
 怖さは微塵も感じさせない。なのに、ルリヒは声を震わせながら言った。
「え、あ、すみません……」
「なんで謝るの? わたしは嬉しいなって言ったんだよ?」
 先程までの膨れっ面ではなく、今度はニコニコ目元を笑わせながら、微笑んだ。
 怖さなんて全く感じないはずなのに、
「どうして……謝るのかなぁ?」
 背筋が凍る感覚を味わった。
 しかし、次の瞬間には先の冷ややかな感覚はガーベルの手を引き、暖かな笑みを浮かべるセールイを見て失っていき、特に記憶に残ることはなかった。
「はぁ……」
 ガーベルの隣にいたルリヒが、ほっとした表情で安心していたことにも気付くこともなかった。


◆  ◆  ◆


 村は王国の恩恵を授かっていない。城壁もなければ、獣<テール>から護るための組織も作られてはおらず、村は孤立状態と言えた。その代わりに税金を納める義務もないのだから、ここまででは村の存在は完全に王国とは別物のように見える。
 だが、王国は村人もまた王国民であるとしている。この大陸に生まれ、生きる全ての人間は、生まれた時から王国民であると定義付けているのだ。他に国は存在しないのだから、何も恩恵を与えず、孤立しているように見えていてもこの宣言は間違ったものではな、。間違っているものであると否定する者がいなかった。
 恩恵を与えないといっても、完全な放置ではない。
 村からの要請があれば、金銭の代価を貰うことで自警団(守護職を含む)を向かわせ、時には村を護ることも王国は行なってきた。
 王国側はそのようにして、受動的でありながらもこの大陸の全ての人間が王国民であると示してきていたのだ。
 また、王国からの村への行いはそれだけに限らない。
 定期的な調査は毎年行われてきた。
 王国、または都市に登録されている村は年に一度調査の対象とされる。調査の方針は、環境調査である。人間最大の敵である獣<テール>の形態研究や調査をするには王国、都市近辺だけでは情報が少なく、冒険家の手を借りて情報を集めても信憑性に欠ける。そのため、実地調査は必ず行われてきたのだ。
 その際には、ついでとばかりに村の調査も行われ、事件や問題が発生していればこの時ばかりは能動的に動いていたりもする。
 さらに王国は年々調査する地域を拡大している。大陸の全てがまだ解き明かされたわけでもなく、王国の作っている地図もまだ完璧なものではない。人間がどこに住んでいて潜んでいるのか把握しきれておらず、王国としては自領なのにはがゆい思いをしている。
 一気に調査することは人員もかかれば費用もかかる。双方とも限界のあるものであるし、何より獣<テール>に襲われる危険が伴うため、常に慎重に進め、時間をかけてじっくりやるしかなかった。
 連合が生まれ、王国に仇なす敵対国ができた今も、国同士の間で戦争がまだ起きていないのが幸いして変わらずそれは続けられている。
 村と王国の関係はそれだけではない。所謂、上都と呼ばれる移民行動も王国、都市と村の間では起きている。村人が都民になることは不可能ではない。村と都市の最大の差は税金を払っているか払っていないかの違いであり、税金さえ払うことが出来るのであれば、都民になることは簡単に叶う。
 彼もそんな一人であった。
 王都付近の村の出身であった彼は、自分の村の守護者<テル・ガード>になるための実力を付けるために、王都の訓練校に入学した上都人だった。
 訓練校に入学するには試験が必要であり、その試験の科目は筆記と実技の二つに分かれている。両方の成績が良ければ文句なく入学できるが、片方だけでも素質ありと認められれば入学は比較的容易である。
 入学者希望者がそれなりにいるといっても、王都民の大半は実技に興味を示さずに知識欲を満たそうとするので、実技は彼のような村出身者や変わり種ばかりであり、村から出たばかりの田舎者であっても体力があれば難しくのない試験である。幼き時より、村を護ると決意を固めていた彼にとってその試験はあまりにも楽なものだった。
 実力面──将来的に守護職に着くことが期待される者たちには、訓練校が毎年都市外実習を行なっている。その実習内容は多岐に渡るが、年に一度は必ず実地調査団の調査員として派遣されるものがあった。
 実地調査には費用も人員もかかるが、訓練校の者を使えば実習学習と称してコストはかなり削減できる。訓練生側にだって、実際に体験出来る利益がある上、村出身者が多い者も多いのである種の帰省にもなる。王国側が利用しない理由がなかった。
 実習は年々大規模なものとなっていた。
 調査の対象区域が広がるに釣られるようにして、実習期間も比例して長くなる。最初は都市付近で終わっていたものが、今では最大で四方の四大都市にまで実習地に含まれるようになっていった。
 実習が増えると訓練生の安全確保の大義名分の基に、訓練生に道の整備と獣<テール>の王国の都合のいい授業が課されるようになる。とはいえ、この手の授業は王国の直接の指示のため、成績評価に大きく影響したり、王国内の就職に有利になったりするので、訓練生からの不満は出ることはなかった。おかげで、王都から各都市への道は徐々に良好化し、今となっては体力に多少自身のある者であれば最短ニ週間で四大都市へと行けるようになった。
 だから、その村が見つかったのは偶然でも何でもなく、その事が発覚したのは当然の成り行き。それはスールより奥地調査の最終日だった。
「おい、嘘だろ……」
 彼は思わず言葉と口が溢れるものを吐き出した。
「残念ながら、嘘じゃない」
 彼ら調査団の隊長が彼の言葉を淡々と否定する。
 そこに感情の色は見えない。
 その村──アンベシル村に一行が辿り着いた時に、すぐさま目の当たりにしたのは腐敗臭とその原因が横たわるだけの惨状。
 人の死骸の山だった。
 死んだ時期がそれほど前ではないからか、白骨化はせずに人間の形を残して腐り始めている。なまじ人の姿が残っているので余計に気味が悪く、気持ちが悪い有様だ。
 調査団の人員は一様に顔を悪くし黙りこみ、彼のように嘔吐する者も少なくなかった。多少耐性のある人が、そういう隊員に水を配るなどして配慮して回る。
 彼も水をもらい口の中で濯ぐことで嫌悪感をなんとか取り除くことが出来た……が、だからといって目の前の光景に慣れることが出来たわけではなかった。
 長い沈黙からやがて隊員たちは口々に呟き始める。
「……ひどい」
「誰が一体、こんなことを」
「これも獣<テール>が起こしたことだというのか……」
 都市外部の事実を初めて突きつけられた者たちは、恐怖に駆られ始める。
「違うぞ」
 新隊員たちが顔を青くし始めたのを取り払うためか、隊長がいつもより大きな声を上げて隊員の注目を浴びながら言い放った。これは獣<テール>によるものではない、と。
「俺も他の隊からの話でしか聞いたことがなかったが、これは人の手によるものだ」
 感情を押し殺すように『村殺し』と低く言う。
「誰の手によるものか一切不明。その理由も一切不明だが、理由は盗賊と同じようなものではないかと俺は思っている」
 村の金品を狙った殺し。盗賊とは違い、盗むだけに飽きたらず村人全員を殺す。残虐非道にして、最悪の人災。この行いをされた村には人の死骸だけが残り、その他のモノは何も残らない。
 アンベシル村もまた同じだった。
「誰による行いか今まで全く分からなかった。だが……これを見ろ」
 彼はその紙を覗き込むと、何やら名前らしきものが書いてある。
「がーべる?」
「読めたか? そう、姫さま直筆の捜索願いだ。生きて捕まえろとな。これがどういう意味か俺にはすぐ分かったね」
 こいつこそがこの惨状を作り上げた凶悪犯だ。
 彼を含めた隊員たちは、恐ろしい人物の名前を頭に刻みつけた。


◆  ◆  ◆


「やあ、皆さんは冒険家の方々ですかな?」
 ガーベルたちに声をかけたのは、熊と見間違えるほどの風貌と体格を持つ男だった。後には、何人もの人が控えている。服装や装備はまばらだがその中に一つの共通点を見つける。
 (あれは、訓練生であることを示す腕章……)
 かつて自身も見につけていた一品だった。
「いやいや、失敬。名を名乗るにはまず自分からですな。こちらは王都調査団の第四調査隊が隊長で──」
「すみませんが、お互いに自己紹介は結構です」
 隊長と名乗った男の言葉を遮ったのはルリヒだ。
 冷たく突き放すように言った言葉は、慣れ合うつもりはないと暗に言っている。
 自己紹介を不要とするのは、やはりセールイのことを考えてか。都市代表の一人娘という立場は厄介事を招きやすいのは考えるに容易い。相手がきちんと素性を名乗ってはいるが、信用は出来ないとルリヒは判断したのだろう。
 『王都』の言葉にぴくりと反応したのをガーベルは見逃さなかったが、ここでは特に気にせず、対応をそのままルリヒに任せる。
 セールイがガーベルの腕の裾を掴み背に隠れた。
「これは手痛いな。そんな事を言われては、疑ってくれと言っているようなものだが?」
 見た目に似合わない温厚だった目が疑いに変わり始めた。
「だが、まあいいさ」
 再び温厚そうな表情に戻る。
 よく表情の変わる人だ、とガーベルは他人事のように思った。
「偽名を名乗られた所で、こちらに見抜く方法はないしな!」
 豪快な笑い声と共に言った。
「さて、我々はこれからスールに一時帰還をするところなのだが、そちらもこの道を行くようだな。行き先は同じと見たが?」
 最も厳しい山超えが終わり、この道に出たらルリヒがスールまで残すところ三日ほどの場所であると教えてくれた。
 都市が近いからか石を詰めて整備されたこの道は、ひたすら真っすぐ続いているようだ。
 嘘を付くことができないと考えたのか、ルリヒは肯定した。
「なら我らと合同しても──」
「いえ、それも結構です。ご迷惑かかるので」
 一切の思考なく断言した。
「お嬢ちゃんたちがいるせいで余計な時間がかかることを気にしてんなら問題ねーぞ。お嬢ちゃんを護れるのなら名誉なことだ」
 な? と隊長は後の隊員たちに同意を得ようとする。
 まるでガーベルでは、ルリヒとセールイを守りきれないと言われているようで、少しイラッともする。大人としての対応は間違っていないのは分かるし、悪気はないのだろうがが、感情はまた別だ。余計なお世話である。
 セールイの裾を握る力が少し強まる。同じ事を思っていたのか、彼女は拗ねたように言った。
「ベルさんがいるから、わたしたちにはおじさんは必要ありません!」
 おじさんと呼ばれてしまった隊長は、セールイの大きな声に眼を丸くしてから頬を掻いてまだ二十三なんだけどなと悲しそうに呟いた。隊員たちもそれに合わせて、「ご愁傷さまです」やら「しょうがないですよ」と苦笑しながら慰めていた。
 雰囲気からして悪い人達ではなさそうだ。
「あー、それは悪かった。勘違いさせちまったようだ」
「いや、別に気にしないよ。親切心から言ったのは分かってるから」
「そう言ってくれるとありがたい。まあなんだ。しつこく言ったらちっちゃなお姫様にもっと嫌われちまうようだから、俺たちは先に行くさ。おい、みんな行くぞ!」
 隊員は隊長の言葉に各々反応して、先頭を行く隊長に慌てて動き出し、すれ違いざまに頑張れよとか羨ましいとか言いながら過ぎ去って行く。
 しかし、最後の一人は何か思い出したようにこちらに振り向いて聞いてきた。
「そういえば、あなた達は『ガーベル』って人物に聞き覚えはありませんか?」
 ビクッとセールイが震えたのが分かった。
 けれども、ガーベルは全く動揺せずに知らないなと平静に答えると、訓練生の腕章をつけた少年はそうですかとしょんぼりと言ってから、お礼を言って他の隊員たちに合流した。
 調査団が完全に見えなくなるまで見届けると、セールイが心配そうにガーベルを見上げたが、それにガーベルは頭に手を乗せるだけで何も言わなかった。
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