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小説挑戦


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第七話 (空気のやつ)

 海鳴市に何かいる。
 その何かは人間ではなく、まして動物の類ですらない。
 もっと恐ろしく、恐怖の塊のような、人の不安を煽り、それを主食とするような畏怖の体現のよう何かかもしれない。
 ただ、大気にも分かっていることはそれは確実に人間ではない、ということだけだった。

 普通の人間の目は赤くならない。
 そんなまさか漫画や小説の中の世界の人物じゃあるまいし吸血鬼なんてもっての外だ。
 そんなものは普通は存在しない。

 大気はもう小学三年生だ。

 立派にそれ相応の知識はあるから夢と現実ぐらいは見分ける事はできる。
 昔は、すずかにからかわれて吸血鬼なんて虚空の存在を信じていたこともあるが、ありゃー嘘だ。
 この世界には天使も悪魔もいなければ、吸血鬼やワーウルフなんてものもいない。
 まして暗殺者なんていう闇の仕事なんてあると思えないし、サンタクロースなんていう夢の仕事もない。

 だけど、あれは一体なんなんだ。

 大気はそんな今まで否定、というかつい最近否定し現実を見たのに、またなにか悪い夢を見させられてる気分になる。
 信じていたものが崩れる感覚。
 今にも翠屋でたま働いてる天使のような声を出す店員さんに「私は天使です」と言われて、「そんな……そんなの嘘だ!」と叫びたくなるような感覚。

 その感覚には未知という恐怖があった。
 その感覚には未知という好奇心もあったが、それは全て恐怖に負ける。

 僕は、僕はまた見てはならないものを見てしまったのかもしれない。

 かつて見てきた見てはいけないアレやコレとは桁が──次元が違うけれど確かに見てはいけないものだったのかもしれない。
 だから公園に行くのは嫌だったんだと大気は悪態をつく。
 こんなに嫌な気分になる朝は初めての経験だった。


「しかも、帰ったら泣くほど怒られたし……」


 記憶に新しい母と父の涙を流す姿。
 泣きながらの説教は顔を真赤にして怒鳴り散らされるよりも辛いものだった。

 そんな説教をされた後の学校。
 気分が良い訳がない上に昨夜の出来事がトドメと言わんばかりに、大気の精神を圧迫する。
 もし、またあれが現れたら、なんて考えると大気は海鳴市にとても行きたくなくなる。
 学校も今日ばかりは休んで……と思案してしまうほどに。


「違う、まだあれが夢だったという可能性もあるッ!」


 その可能性は夢じゃなかったときに致命的になることを大気は知らなかった。
 
 昨日のことは夢、幻想、空想だったんだ。だから大丈夫。僕は大丈夫。と昨夜のことを無理矢理割り切り、自身を鼓舞する。
 その様はとても必死だった。

 朝食、家族みんなでの朝御飯。
 大気は出来る限りの笑顔を振りまく。

 学校登校中、嫌なことは考えない。楽しいことだけを考えよう。
 そうだ、今回初めてみんなと一緒のクラスになった、これでまた空気脱却に一歩前進。
 頑張れる、まだまだ僕は頑張れる。

 大気は手を強く握った。

 バスの中、アリサ達三人を一番後方の席で大気に気付かず楽しく談笑中。
 大気に気づいたのは翠屋JFCのキャプテンとマネージャーだけ、大気はサッカーやっててよかったと感動。

 バスを降りると、なのはが真っ先に大気に気づき、いつもの笑顔でおはようと挨拶。
 それに気付いたアリサとすずかも挨拶を交わし、共に教室へ行く。
 大気はなんだか泣きそうになる。

 ああ、これが一緒に登校するって言うやつなのか。

 大気にとって今までの現実はとても冷たかった。
 だけど、今、この時はとても温かいと大気は実感していた。
 家族の温かみとは違う温かみに大気は多少困惑しながらも受け入れた。
 そして、この時ばかりは神様という奴に祈った。

 どうせなら……どうせなら一緒のクラスにしてくれてもッ!

 大気は意外と欲張りな性格だった。

 目先の幸福だけでは満足しない!
 もっと、もっと高みを目指す!
 今の段階で踏みとどまらない!

 向上心に猛る大気の心だった。 

 しかし、大気の夢心地の時間はあっという間に消えてなくなってしまう。


「それじゃ、私たちはこっちの教室だから。大気、いつまでも空気でいるんじゃないわよ」
「もう、アリサちゃん。ええと、色々頑張ってね大気君」
「わたしは隣のクラスから応援してるよ!」


 じゃあねー、とみんなと泣きそうにながら手を振って大気は自分の教室へと入る。
 でも、涙は見せない。
 大気は男の子であり、そしてもう慣れたことでもある。

 トイレで泣いてた昔が懐かしいと大気は幼なかった頃の自分を振り返った。
 今でも嘆くことは多いけれど、そこに嘗ての悲しき現実に打ちひしがれる大気の姿はない。
 あるのは未だ叶わぬ目標と夢を追い続ける健気で悲壮感漂う大気の姿だった。

 いつかきっと必ず。

 大気はまだ儚いという文字の書き方を知らない……

 大気は授業中も気が気ではなかった。
 昨夜見た化物がいつ襲ってくるかと怯えていたからだ。
 いくら頑張って割り切ったといえども、やはりふと考えると昨夜のことばかりだった。

 あれは夢だった。
 現実じゃないと必死に否定したところで、昨日のあの緊張感は、生命の危機を自ずと悟った本能はそれを否定してはくれない。
 幼いがゆえに真っ正直に見たものを信じてしまってるということも否めない。
 それでも強引にそんなものはなかったと封じ込む。

 大気の化物の常識といえば、それに近いのがやはり妖怪などの夜の生き物。
 ならば昼間の、ましてや大勢人がいる中には現れるはずがないと大気は切に願う。

 切に願うのだが、それでも恐怖は完全には消えてくれない。

 昨日は助かったが今度はないかもしれない。
 もしかしたら、自分はいつでも食べれるから後回しにされただけかもしれない。
 考えれば考えるほどドツボに嵌っていき恐怖は減るどころか、増すばかり。

 もう……無理、限界……

 大気は今、この空気という名の孤独に耐え切れなくなっていた。
 いつもなら我慢できたはずの忘れられるという孤独感が、恐怖と重なり一人でいることを困難とさせた。

 一人は怖い。

 お昼時間になると一目散に教室を出て走った。
 走って目指した場所は、屋上。
 そこにいるのは……


「い、いたっ!」
「ん、大気どうしたの?」
「いや、なんでもないんだけどさ」
「大気君が自分から此処に来るの珍しいね、どうしたの?」
「うんと、ちょっと、ね」
「なにか困りごと? それだったらわたしが相談にのるよ!」
「いや、大丈夫。……だけど、今日は一緒にお昼食べていいかな?」


 さすがに男の子の大気には一人が怖くなって、友人たちに会いに来たとは言えなかった。
 怖くなった理由も話せなければ、話したら話したらでアリサに馬鹿にされそうだと思ったからでもある。


「私は構わないわよ。というか、いつも誘ってるじゃない。二人も別にいいわよね」
「大気君なら大歓迎だよ」
「もちろん!」


 友人とはいいものだ。
 大気は心の底から自分を気遣ってくれる友人の存在に感謝した。


「ところで、何の話をしてたの?」


 いつもの大気はアリサ、すずか、なのはの三人が勢揃いしているときには自分から話しかけることはない。
 聞き役に徹し、横や後ろでうんうんと頷いたり時々相槌を入れる程度だった。

 ちょっとした壁を感じるのが一歩引いた感じになってる理由だった。

 それもそのはず、大気以外は女子三人。
 みんな幼いとは言え小学三年生といえばそろそろ女の子、男の子という壁が生まれ始める頃である。
 アリサ、すずか共に幼馴染とは言え、やはりこうやって揃っていると大気はなんとなく話しかけづらかった。

 しかし、今日の大気は一味違った。
 少しでも誰かと話してないと不安感や恐怖感にに飲み込まれそうだった。


「うーん、将来のお仕事の話、かな」
「え? そんなのもう考えてるの」
「当たり前じゃない」
「あ、当たり前なの!?」


 衝撃的な事実だった。
 大気は今、目の前の恐怖と戦っているというのに、アリサはもう先を見通しているのだから明確な壁がそこにあるようだった。
 
 あ、アリサはほら家が家だし、その……うん、しょうがないよね!

 アリサの次元が高すぎるだけ自分が低いわけじゃない、と大気は必死に自分を擁護する。


「す、すずかも考えてるの?」
「うん、さっきなのはちゃんたちには言ったけど、私は機械系が好きだから、工学系で専門し──」
「は、はぁ……」


 それから先の言葉は大気の耳には入らなかった。
 大気の頭の中は、「こうがくけい? え、なにそれ?」というところで止まっていた。
 
 将来の仕事がもう決まりかかってるなんて、訳がわからないよと大気は人知れずつぶやいた。

 ま、まだ完全に負けたわけじゃない!

 大気は最後の希望にすがりついてみる。
 

「それじゃ、なのはは!?」
「わ、わたし!? ええと……にゃはは、ごめん。わたしはまだよく分からないんだ」
「分からない……決まってないってこと?」
「そういうことになるのかな?」
「な、仲間だ!」


 大気はここにきて初めて親近感を覚えた。
 なのはと友達になれた気がする、そんな瞬間でもあった。
 
 そんなどうでもいいような、なんかすごく重要なようなお話をしてお昼の時間は終わった。

 友人たちとのこのお昼の一時は大気に潤いと安らぎを与えられ、癒しも得た。
 そのおかげで大恐怖で固まっていた大気の心は解きほぐされ、午後の授業に集中して勉強することが出来た。
 午前中の憂いも嘘のように晴れていた。

 人は一人では生きていけない。
 今日一日の大気の教訓だった。

 学校も終わり、放課後を迎えると大気は昨夜無くしたボールを探しに公園に寄ることにした。
 両親はボールは新しいのを買ってあげると大気に言っていたが、大気はそれは最終手段だと考えていた。
 
 あのボールには特別な思い入れがあった。
 
 初めて買ってもらったボール、である。

 とても単純な理由だが、大気にとってはかなり重要なことだった。
 だからこそ簡単に諦めるようなことはしたくなかった。
 それに念のためということもである。

 昨日の見たアレが幻だったかどうかも確認しなくちゃ。
 
 いるかどうか分からないし、いたらいたで困るが、いた痕跡ぐらいなら見つかるかもしれないという魂胆だった。
 
 恐怖はあった。
 だが、今は好奇心のほうが恐怖を上回っていた。
 理由は至極簡単で、ようするに大気は、


「男ならやっぱ、そういう不思議とか未知とか憧れるよね!」


 もしかしたら、これをきっかけに自分の中の未知なる力がッ!
 自分を主人公とした物語がッ!

 そう思ったら居ても立ってもいられなくなった、という裏事情があったりもした。

 だから、比較的ノリノリで公園へと足を運んだ。

 鼻歌を口ずさみながら、早足で公園へと近づいていくと、なにやら声が聞こえる気がしてくる。
 それは公園に近づけば近づくほどハッキリと聞こえてくるではないか。
 ずっと聞こえるわけではないが定期的に聞こえてくるその声に、大気は耳を澄ましなんて言ってるか解読しようとすると一回だけ、ハッキリと声が聞こえた。

 その声は、必死に訴えかけていた。


──助けて、と


 大気の足が止まる。
 目をつぶりしばし思考する。
 そして、走りだす。

 大気は一般的にいういい子の分類に当てはまる。
 それは大人の言うことをよく聞くだとか、正義の心があるとかではなく、単純に悪いことと良いことの境界線をしっかりと見極めることが出来るということである。
 それは思考から来るのではなく直感的に。
 あれはダメで、これは良くて、あの程度は平気で、ここまでくると怒られる……かもしれない。
 といったふうに見極めていた。

 いつも正しく分けられる訳ではないが、周りに賢い同級生が多い中で大気も自然と身についたものだった。

 人助けは良いことの分類ということはもちろん直感的に考えるまでもなく分かっている。
 だから、大気は走りだした。
 一心不乱に駆ける。
 風の如く、早く、早く走った。

 目指す先はもちろん声が聞こえた──


──逆方向


 学校だった。


「い、今ならまだバスが出てるからバスのほうが安全だよね!」


 幻聴なんて冗談じゃない。
 化け物がいるかも知れない場所に変な声が聞こえるとか、もう怪しすぎる。
 助けを求める声?
 そんなの罠に決まってる!

 大気はアンコウという魚を知っていた。
 だからこそ察することが出来た。
 この幻聴は大気を、しいては聞こえてきた人を誘う罠だと。


「もしかしたら、他の人もこの声に騙されるかもしれない。でも……ぼ、僕じゃ助けられないよ」


 無理なものは無理といえる日本人。
 
 無事にバスに乗ることができると一安心し、もう二度とあの公園には近づかないと決めた。
 死地に自ら望んで赴くのは戦闘狂と馬鹿だけで十分。
 大気はそのどちらにも当てはまらない。

 あえていうならヘタレだった。

 大気は家に帰って、いつもより早めに今日は眠ることにした。
 布団にくるまってる中もなぜか『助けて』という声が聞こえたが、それはきっとあまりにも公園での声が印象的に残っているせいだ結論づけた。


「聞こえない、聞こえない。僕は何も聞こえない!」
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