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小説挑戦


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6月中に公開したい作品その続き

正式の形になったら、それ用の場所に移動する予定です。
なんとか6月中までに、なろうには投稿できそうです。
本当に何とかですが。

というわけで続きです。


 昔から寸分違わぬ光景は、自然の中でこそよく見える。太陽の日差しが、木の小枝や葉によって適当に遮られた木漏れ日は、ロクシオンにそう思わせるに足るものだった。朝目覚めの水浴びした後の肌に心地よいこの木漏れ日である。欠かさず毎日、十年よりも前の月日から行なっている日課だからこそ、変わらない平凡な朝に満足できていた。
(水の冷たさも変わってないはずなんだけどね)
 昔はもっと冷たく感じていたはずの水だが、辛かったはずの冷たさもまた気持ち良さへと変化を遂げている。
 変わらない毎日から見つけた昔とはちょっと変わった所に、何だか面白いと感じ笑みが溢れる。
 ロクシオンは布で出来た何の装飾もない服を身に付けると木に腰を掛けて、少しずつ温まっていく身体の不思議な感覚に身を任せながら、空を見上げる。
「何だ、変わらないものはもっと簡単に見つかるじゃないか」
 どこまで続いているのか。いつも暇な時に自分へ投げかける疑問の元。
 いつかも見ていた青い空。
 あの日と比べれば、完全に青に染まってはおらず、所々に白い雲が思い出したかのように浮いているが、見える青の色に変わりは全くなかった。
「やっぱりここに居たんだ」
 空を見て呆けているロクシオンに馴染みのゆったりと落ち着いた声が掛かる。
 空を見上げていた顔を声のした方向へ向けると思った通りの顔があった。
「やっぱりヴィアンか」
「誰だと思ったのかな? 恋人?」
 肩口で揃えられた茶色の髪を揺らしながら小首を傾げるが本気で言ってるのではなく、顔はにっこりと優しく笑っていることから、いたずら心から冗談を言ってるつもりらしい。
 ロクシオンは別にとそっけなく答えると、先の言葉は特別意味の有るものではなかったのか、ヴィアンと呼ばれた少女はあっさりと話を変えた。
「シオン君朝はいつもここにいるよね。お気に入りなんだっけ?」
 彼女はロクシオンのことをシオンと略して呼ぶ。
 ロクシオンが村に初めて訪れてからの付き合いだから、10年来の付き合いだ。当時の幼なかった彼女にとっては、ロクシオンの五文字は覚えるのは難しかったらしく、シオンとその頃から呼ばれ始め、今では愛称になっていた。
「シオン君とヘンロ様の家からだと、ここよりも村の井戸の方が水浴びするなら近いと思うんだけどなあ」
「父さんは意外と面倒くさがりというか、楽な方へ逃げるからね」
 物好きだよねと言外に含みながら、ヴィアンはロクシオンの腰掛けている木に同じようにして隣りに座る。ヴィアンは「うーん」と手と足を前に伸ばし終わると「はぁ~」と体の力を抜いた。
「うん、とっても心地良いからシオン君の気持ちも分かるんだけどね」
「気持良すぎるからって寝るなよ。寝たら運ぶのはおれなんだから」
 ヴィアンはロクシオンに言われた言葉が意表をつくものだったのか、一瞬だけ大きな瞳を丸くさせたが、次にはやや細めてふふっと楽しそうに笑いながら「それはそれでいいかも」と呟く。ロクシオンは面倒くさそうな視線をヴィアンに向けるも、それを無視してヴィアンは「でも」と前置きをすると、
「シオン君じゃないんだから寝ないよ」
 冗談めかしに言う言葉にそうですか、とやや不貞腐れたように答えるロクシオン。
「それより、この湖って本当に綺麗だよね」
 自分の話をそれより扱いされて不満を隠さずヴィアンにを睨みつけるも、ヴィアンの視線は前方に向けられていて、ヴィアンへと向けた不満は行く宛を失う。不満の矛先を逸らされて、さらに不満を募らせるも、いつもの事だとため息を心の中だけでして不満を留めた。
 怒ってもしょうがない、彼女がこうなのはいつものことなのだから。
 ヴィアンの示す湖は、さっきまでロクシオンが水浴びをしていた場所。人の背丈の三倍はあろうかという木に囲まれたこの湖は、どこか雄大さと神秘さを醸し出している。透き通っている水は、見る人を癒す力があり、人にとってだけでなく動物にとっても憩いの場になっていた。
「ヘンロ様がこの村の守護者になる前は、こんな綺麗な場所にも一人で来れなかったんだよ」
 勿体無いよね、今じゃ考えられないよ、と昔を思い出すかのように言う。
 養父がこのセンノス村の番人──村の安全のために人間の仇敵である獣を狩る守護者に着いたのは、ロクシオンがあの実験室から救われたほんの少しの前のことだったらしい。自分が救われたのも、村の安全確保の上で起きた偶然だとも聞かされている。
「今だって絶対に安全な訳じゃないと思うけど」
 最小限の獣の侵入の防止として、人工物にはあまり近づこうとしない獣の修正を利用し、まるで人間の縄張りを示すように村には柵が張り巡らされている。人は人なりに自然の中に溶け込んでいたのだ。
 それでも自然の中から何らかの理由で飽和したり、溢れて居場所を無くしてしまう獣はどうしても出てしまうので、守護者のような定期的に獣を狩り、村を力を持って守る者が必要になってくる。
 それだって絶対の防備ではないのは考えるべくもない。
「絶対じゃないのは分かってる。でも、ここに来るだけなら絶対に安心だって信じてる」
 空の色と同じ青色の瞳が真っ直ぐにロクシオンの瞳に注がれる。
「信じてるって何を?」
「シオン君を」
「おれ?」
 ロクシオンは意味が分からないと肩をすくめた。
「わたしがここに来る途中に悲鳴を精一杯上げたら助けに来てくれるよね?」
「そりゃあ、まあ……」
 仕事だし、頬を掻きながら知りすぼめに言った。
「だから信じてるの。シオン君がわたしを絶対に守ってくれるって」
 ヴィアンの屈託のない笑顔でロクシオンを見つめる。それはまるで、疑う余地など無いと言ってるように思える。
 ロクシオンは何だか気恥ずかしい気持ちになって、顔がほんのりと熱くなっていくのを感じた。人に、それも女の子に素直な感情をぶつけられるのは初めてのことじゃなかっただろうか。
 思ってもいない自分の体の反応に戸惑うロクシオンを知ってか知らずか、ヴィアンはくすくすと笑うと急に立ち上がった。
「それじゃ、わたしは村に戻るね」
 またねーと言いながらロクシオンに手を振って、村への道を歩き始める。
 相変わらず自分勝手な奴だ。ロクシオンが心でぼやいていると「あ!」と大きな声が森の中に鳴り響き、
 ヴィアンの普段の落ち着いた声からは想像できないような声量が、ロクシオンの耳に入ってきた。
「ヘンロ様がねー! シオン君に話があるからなるべく早く帰って来いって言ってたよ!」
「そういうのは早く言えよ!」
 ヴィアンの声を飲み込むようなロクシオンの馬鹿でかい声は、不満やら文句やら色々な物が詰まって爆発したものだった。
 この声と感情がヴィアンに届くことがないのを知っていても、叫ばずにいられなかったのだ。発散しきれなかった負の感情を、「あーもう!」と半ば八つ当たり感覚で地面を踏みつけてから多少だけ晴らし、ロクシオンは自分を呼んでいるという養父の元へと向かった。

「王国都市の見所、ですか」
 ロクシオンの質問にそう答えたのはロクシオンの隣、質素な服で身を包む荷馬車を操縦している商人の男だ。彼は片手で馬を操りながら、もう片方の手で自身の蓄えている顎髭を触りながら考える素振りをする。
 ロクシオンの知る知識では王国都市とは、あらゆる都市の中でも最も古い歴史を持ち、常に世界の中心で在り続けてきた都市。
 養父に助けられて以来、守護指定に当たるセンノス村以外の人のいる場所へと行ったことがないので、いまいち知識だけではどういった場所なのか理解が及んでいなかった。
「``始まりの二人``の銅像も観光には良いかもしれせんがね。今の王国や都市を語る上では外せないわけですし」
 王国や都市を作ったとされる``始まりの二人``とは、自らを魔神と名乗る神に選ばれた伝説の人物。彼らの銅像が立てられてるという王国随一の広さを誇る広場も観光地の一つであると商人は言うのだが、言葉の最後には意外と味気ないや拍子抜けすると期待を裏切るような言葉を並べた。
(おれも``始まりの二人``の銅像にはあまり興味ないし。それ以前に、さっぱり分からないんだよな)
 10年間で養父から学んだ基礎知識の一つでもある、この世界の歴史を語る上で欠かせない``始まりの二人``だが、ロクシオンはイマイチ理解できていなかった。
 それでもいいと思っていたのだ。
 村の住人を獣や魔獣から守る守護者としての仕事だけをするなら、王国や都市に身を置くことはなく、歴史を知らなくても問題ない一生を送ると思っていたから。
 それがとんだ養父の思い付きにより、王国へ出向くことになった瞬間、自分の常識の欠如を分かっているが為に、不安は拭い切れないでいる。
 今更になって、ちゃんと話を聞いとけばよかったと後悔が過ぎる。
(でも、分からないものはしょうがないし、後悔したって遅すぎる)
 ならむしろ、満喫してやろうじゃないかと無理矢理にでも前向きにと考えた結果、王国でどのように楽しむかを計画することにした。しかし、そこでもやはり欠如した知識のせいで、王国へ行って何をどうすればいいのか全く分からないことに気付いたロクシオンは、旅のお供である商人へと話題を振ったのだった。
 商人は高揚した感情そのまんまに言葉にする。
「ならやはり王国市場! ここは外せませんよロクシオン様」
「全都市で最大の市場が売りなんでしたっけ?」
「そうです! 我ら商人の聖地でもあるあそこは、四大都市と言えど並ぶものはないでしょうな!」
 養父がお手製だと言っていた地図に視線を落とす。
 王国市場。それの位置する場所は地図で見る限りはほとんど王国の中央。市場から道が蜘蛛の巣のように張り巡らされていることからも、都市の中心部であることを推測出来た。
 なるほど、と商人の言葉に納得する。
 この地図の中心のほぼ全てが市場だというのなら、相当な規模に値するだろう。それこそ商人の言う全都市最大の言葉も大袈裟なものではないのかもしれない。
 こんなに道があると迷いそうだ、と素直な感想は置いといて、ここを見て回るのはさぞかし骨がいることだろう。
「四大都市と比べるべくもないと聞かされてましたけど、これは納得の行く話かもしれないですね」
 ロクシオンが同意すると、商人は「そうでしょう、そうでしょう!」と調子を良くする。
 褒められて、あるいは自分の言葉を信じてもらえたからか、商人は更に饒舌となり聞いてもいない身の上話をし始めた。
「ロクシオン様も知っている通り、私は度々都市から出て村で商売する旅商人じゃないですか? 家は王国に据えているんですが、家内が心配性でしてね。あんたもいい年なんだからそろそろ腰を据えろって言うんですよ」
「壁の内側で暮らす内人からすれば『壁』の外は、違う世界のようですからね。危険が溢れかえって、人が生きていくことは絶対に不可能だと考えてる人が多くいるみたいですし」
 人は内に引きこもる。安全と繁栄のために。
 『壁』の外は外気と晒され死と生は隣り合わせなのは間違いではないが、必ずしも死に至らしめる場所ではないことを知らない人が、内人(ナイジン)には多くいると養父は愚痴っぽく言っていた。
 神の加護を得られていない外側の世界は、安全を保証されている内側の世界と比べれば確かに危険なものではあるのだろう。だけども、ロクシオンにとっては広い庭のようで退屈も窮屈もさせないので、彼らの言い分はあまり理解できない。それでも、気持ちは何となくは察することは出来る。
「残念ながら私の家内もその一人のようですね。ロクシオン様や貴方の父上様のように、護ってくれる方も入れば、石道のように安全な場所もあるというのに」
 それでも今こうして外に出られるのは頭がそこまで堅くないからなのでしょうが、と商人は続けた。
「石道だって絶対の安全ではないですし、おれ達の力にだって限度はありますよ」
 人の人工物があれば近寄り難くなる修正を利用して作られた石道は、商人や外で生きる者たちにとっては命綱そのもの。ただの石で作られ整えられた道以上の効力を発揮してくれてはいるが、その効力は過信しすぎてはいけないものだ。
 実際には、多々獣類(獣と魔獣の統合種族名)に襲われることがある。自然の中で居場所を失った獣類が、道へと飽和してくる。それらの獣類は往々にして低等級に値する雑魚が多いが、安全が崩されるのには変わりない。
 人の里である村も同じく、柵などで防衛線や牽制をするが度々獣類に襲われることがあるのだから、壁の内側と比べれば、外側の安全性の低さが伺える。
「それだって私は今もこうして生きながらえている。ああ、ロクシオン様に生かして貰えてるのかもしれませんがね?」
 にやりと笑いながら商人はこちら向く。
 随分と親しみの込められた行動にロクシオンは苦笑しながら、そんなことはないですよとありがちに返すことしか出来なかった。
「そんな訳で、家に帰る度に次はいつまでいるだのなんだのって、うるさくてうるさくて。私はこれが生きがいなんですよ! それに私が外に売り出しに行かなければ、一体いくつの村が困ることになることになるやら……」
 この後も延々と夫婦間の愚痴を聞かされながら、王国への道を辿っていく。その話も気付けば妻の自慢話や家族の自慢話へと変わり、最近養女にしたという娘の話が出てきたあたりで、大きな壁が目の前に見え始めてきた。
 商人も壁が目に入ったのか、そこで話を一旦区切り、壁を指さす。
「見てください。あれが王国都市。レクス王国です」
 今まで見てきたあらゆる物よりも規模が違うそれを前にして目を疑う。
 獣から人の命を守る絶対の防御の名を欲しいままにするそれは、見るからに頑丈そうで、ありとあらゆる災難から人を守ることが出来るのだろう。
「何度もこの光景は目にしてますが、やはり村を見た後だと圧巻してしまいますね」
「……確かに」
 ロクシオンは感嘆以外の言葉が発せないでいた。
 これと比べれば、何と村の防備が脆弱なことか、そう思わずにはいられなかった。確かに圧倒的な壁に身を護られれば、この中がどんな所よりも安全だと錯覚するのは致し方ないことなのかもしれない。
 村のような壁の外にある人の里は自然と共に生きていく運命共同体のような存在な。ならば、この壁は、壁の内側の人の里は、端から自然を相手としていないのだろう。隔離、それとも離別、拒絶か。
 今になって内人の心情をロクシオンは理解した。
(そりゃあ、これと比べたら外の世界で野ざらしなんて、獣に食べて下さいって言ってるようなもんだよ)
 ロクシオンが色々な勘定を含む感動に浸っている間にも荷馬車は進み、巨大な壁を目の前とするといかにも重厚な門が現れる。見た目からだけでも人一人で動かせるはずがないことが察せられるその門には、この中の守護兵に通じているであろう通信管が設置されていた。
 商人が一言二言、そこで会話すると重たそうな門は緩慢な動きで荷馬車が通れる程度だけ開き、招き入れ終わると重々しい音とともに開いた時の数倍の速度で勢いよく閉まった。
 門の内側へと入るともう一つ門があり、板挟みの形となる。出入口の塞がれた状況になると、どこからか兵士がやって来て、入国の手続きを始めた。
 ロクシオンは身体検査のみで済んだが、商人は何やら紙に記入したり、荷馬車の中を確認されたりとそれなりに手間がかかっているも、ものの数分で終わり奥の門が開かれる。
「ようこそ、レクス王国へ!」
 兵士の敬礼と歓迎の言葉を受け取りながら、門から漏れる光の中へと荷馬車が進んでいった。
 光の先は、大きさ様々な建物が立ち並ぶ見たことのない光景だった。ロクシオンは初めてのモノを一挙に目にし唖然としている所を、商人に話しかけられて慌てて意識を引き戻す。
「そういえば地図をお持ちでしたね?」
「あ、これですか。父のお手製なんですよ」
 手書きながらも中々に精巧に作られているそれは、不器用そうな養父の顔からはとても本人が作った物のようには思えない出来だ。
 商人はその地図を覗きこむと、「ふむ」と少し唸ってから、少々いいですかなと神妙に問われたので、ロクシオンは微笑みながらいいですよと許可を出し、地図を貸した。
「結構精密に作られていますね。個人で作ったとは思えない出来です」
「そうですよね。俺も父が作った物とは思えませんよ」
「いえ、そういう訳じゃないのですが……」
 と商人は苦笑いをして言いながらも、懐から筆を出し、地図の一箇所に丸を付けた。
 何の印だろうかと、頭を捻ると商人は茶目っ気たっぷりに「私の家の印を付けさせてもらいました」と答える。
「宿がお決まりでないなら、私の家で良ければ宿代わりにお貸ししましょう」
「いいんですか?」
 思ってもみない申し出だった。
 ロクシオンの王国での滞在期間は特にこれといって決まってはいなかったが、養父からは数日は遊べる程度の大金を渡されている。宿代に困ることはないのだが、見知った仲の人の家で王国の滞在期間中を過ごせるのなら悪いことは何ら無い。
 それに、厚かましくはあるが、王国の案内役も頼めるかもしれない絶好の機会だ。
「はい、私も家内も……あと娘も喜ぶと思います」
 娘、と言うまでに若干躊躇するような間を開けたことにロクシオンは眉を寄せると、その表情に気付いた商人は苦笑しながら、物憂げな顔で理由を話しだす。
「ここへ来る途中にも話しましたが、娘は養女でして。どこかの家から授かったのではなく、家内がどこから拾ってきた娘なんですよ」
「拾ってきた?」
 商人は影のある顔でゆっくりと首を縦に振った。
「何でも道端にボロボロで居たのを放おって置くことが出来ずに拾ってきたと。これがまた不思議な子でしてね。顔や身体をちゃんと拭いてあげると、飛んだ美少女だったのですよ? あ、親ばかだと思ってバカにしないでください。本当に可愛い、世界一可愛いんですから!」
 なんだか妙なスイッチが入ってしまったようで、暗い雰囲気を漂わせていた話が一気に親ばかなものへと変わっていた。
 余分なものを一糸纏わぬ白い髪だとか、宝石なんかよりも輝いている赤い瞳だとか、錦糸のように滑らかで綺麗な肌だとか、娘をひたすら褒める言葉を続けた後、ふと暗い表情が戻る。
「そんな自慢の娘なんですが。娘は何かに怯えるように、私達に触ろうとしないのですよ。まだ娘として向かい入れてそれほど時間も経っていないですからね、しょうがないことなのかもしれませんが」
 手を繋ぐことすら出来ていない、娘と手を繋いでデートは私の夢の一つなんですと商人は悲しみを吐き出すように言う。
 ロクシオンには彼らの心情がどんなものかは全く想像が付かない。それでも、親が子へと必死に愛を伝えようとしていることだけは、言葉と彼のその表情から十分に汲み取ることが出来た。
 つい、立場を自分に置き換えて考えてしまう。
 もし自分が養父に拒絶をしてしまったら、養父はどんな顔をするだろうか。自分を助けようと、差し伸べてくれた手を払いのけたら?
(父さんのことだ。笑いながら心で泣いて悲しむに決まってる)
 優しくも不器用な彼は、素直な感情はあまり見せてくれない。なのに、言葉だけはいつだって真っ直ぐで淀みがない。
 嘘が言えない人なんだろう。
「ですからね。これがきっかけなんじゃないかと私は思ったのです。ロクシオン様なら何となく娘と理解し合えるような。同じ立場に立てるような……おかしな、話ですかね?」
「そんなことはないです」
 気付いたら口が勝手に動いていた。
「おれに出来ることなら協力しますよ。父が、おれにしてくれたように」
 養父だけじゃない。今朝のヴィアンとの会話も思い出していた。
 必ず助けてくれる、と信の置かれた言葉。この言葉の意味は、単にヴィアンだけを助けるなんて狭義ではない。そんな小さな解釈の仕方をすればヴィアンに呆れられてしまう。
 困っている人がいれば手を差し伸べてみる。
 単純でそのまんまの意味だが、それだけでいいはずだ。
 自分もそれだけで救われた。それだけで救われるものだってある。
 商人はロクシオンの急な言葉に驚いたのか、目を丸くして言葉を失うも、次には道中見せてくれたような笑顔に戻っていた。
「これで私はお願いしますと言ってしまったら、娘をロクシオン様に渡すってことになっちゃうんでしょうか?」
「おお、なるほど。今、おれはもしかしたら愛の告白をしてしまったのかもしれないですね」
 二人は周りが若干引くほど大きな笑い声を上げた。
 一区切りが付くまで笑い終えると、商人は「では、また後ほど」と再会の言葉を言ってから荷馬車を走らせた。一人になったロクシオンも馬車が見えなくなるまで見届けて、見終わってから地図をもう一度広げると、王国の中央を指さす。
「よし! 言われた通りに市場に行ってみるとしよう」
 見たこともない体験や光景を目にすることが出来ると思うと、胸の高まりを沈めることは出来ず、ついつい早足になりながら目的地へと向かい出した。

 商人より別れてロクシオンは今、王国市場の入口の一つである場所で立ち尽くしていた。
 正直に言えば、侮っていたのだろう。都市の中心、ましてやこれが最大都市の異名を持つ王国であるとしても、人の数は限りあるものだと思っていた。今まで見たことある人の単位は数十人であり、頑張って一から数えれば数えきれない量じゃない。たかだか、それが数百に変わるだけだろうと。数字の単位の上では、間違いなく余裕をかましていた。
 それがどうだろうか、目の前に溢れる人、人、人の数。この世界の全ての人がここに集まっているのではないかと錯覚するほどに多い、多すぎる。
 入り口には『王国市場』と書かれているアーチがあり、そこから一歩先は人一人が入れるほどの隙間がないほどの人集り、加えて誰が何を喋ってるかも分からないほどの喧騒だ
 これほどの人を一気に見たのも初めてだが、同じくこれほどの騒音を聞くのも初めて。
 目に映る量が多くて目が痛く、耳に届く音が多くて耳が痛い。
 今から自分もこの中へと入っていかなくてはいけないのだが、無理だろと無意識に呟いてしまう。
 ここに居座っているのだって、十二分に勇気の居る行動なのだ。出入口であるこの場所は、人が忙しなく行き来しており、道の端っこで立っていなければ、揉まれて踏みつぶされてしまっていただろう。
 道の端っこでぼうっと立っているのが悪いのか、時折向けられる視線もロクシオンには痛い。ここに居ることを許されていないのかと勘ぐりたくなってしまう。
 四大都市も並び立てないと言っていた商人の言葉が重くのしかかる。徐々に段階を踏むべきだった。小さい市場から少しずつ人の波に慣れていき、経験を得てからこの大波に挑戦するべきであり、ロクシオンにはまだ早すぎたのだ。
(いや、今からでも遅くないはずだ)
 慌てて地図を開き穴が開くほどじっと見つめ、小さい市場を探すも、
(こんな大きな市場があれば、小さな市場なんてあるはずないか)
 大は小を兼ねるとはよく言ったもので、見る限りこの市場以外の市場は図面上には存在していなかった。
(終わった、何もかも……)
 地面に膝をつき空を仰ぐ、
(なんてね)
 振りをした。
「現在地はここ。それで人が少なそうな出入口は……ッ!? 何が起きた!?」
 三度地図を確認しようとしたその時、『ば、バケモノーッ!』と市場より悲鳴が上がった。
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