小説挑戦


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【投稿版】不朽のモウカ

第三十五話(不朽のモウカ)

 時は江戸幕府。将軍は家斉公。
 家斉公って誰だっけ。全く覚えていない。第何代目かもさっぱり分からないし、今の江戸幕府がどういった時代に突入しようとしているのかは予測もできない。俺が覚えている将軍なんて、せいぜい家康、家光、家茂ぐらいなものだ。あとは異名で、犬将軍とか言われた将軍がいたのを知っているぐらいだった。
 よくもこんなに悪政も続いていたのに長く続いたものだと感心する。
 なんて言っているが、江戸幕府は現在進行形で盛んであり、俺の知っている歴史とは異なる可能性だって少なからずある。この江戸幕府がどうなるかは正確には分からない。
 さて、江戸幕府や将軍はどうでもいいとして、ようやく辿り着くことが出来た俺の生まれ故郷の日本である。文明の発達具合が違うので、いまいち懐かしいという気持ちは湧いてこないのだが、特別な感情がないわけでもない。
 ただ、今はまだここに留まる訳にはいかない。今の俺達は彼ら日本人にとっては異邦人であり、人間にとっては異能者だ。
 いずれ近い未来、昔のように穏やかで平和な日常が訪れるのを期待して、その時を待つしか無い。その時がくれば、俺も再び日本に返り咲いて生きていきたい。なんだかんだで、一番肌に合う生活は未来の日本にある、そう信じて。
 日本までの長旅だったが、``紅世の徒``に襲われずに来れて本当に良かった。
 船の上の旅は決して居心地の良いものではなかった。
 船が転覆するような荒れ狂う波はなかったが、船の揺れ自体はかなりのもので酔うのが普通だった。リーズも夜な夜な酔っては俺が看病するという日が続いた。かれこれ一ヶ月近くの航海で、ずっと、ずっとね。
 この借りは大きいよ。いつかリーズには身体で返してもらわないといけないね。深い意味はないさ。単純にその身を犠牲にしてね、とラブコールに過ぎない。
 俺はというと、ドレルが気を遣ったのかフレイムヘイズには専用の個室を用意してくれたので、人目の付かない個室にいる時は常時浮遊していた。ほんの少しだけ浮くことに寄って存在の力を極力省エネして、無駄を省く。硬いベッドで横たわっているリーズの恨めしそうな視線が痛かったが、そんなのお構いなしだ。リーズの分も浮かせてたら存在の力が通常の二倍も使ってしまうからね。そんな余裕は俺にはない。
 その代わりに寝ずに看病してやったのだから、感謝される覚えはあっても恨まれる筋合いはない。
 これを言葉にして言ったら、リーズは苦しそうな顔をしながらも『そうよね、貴方はそういう人だったわね』と納得してくれた。なんか俺がリーズを苦しめているような罪悪感が、沸々と湧き出るような言葉だったが、その程度では俺の鋼の心は傷つかない。
 こんな平和な日々が続いて、日本に辿り着いたわけだ。
 幕府のある江戸が遠い場所であるここは長崎。今回は中国の商船を介しての日本への上陸だったので唐人屋敷に通された。
 唐人屋敷とは鎖国対策で幕府が中国人のために作った住居地区である。オランダで言う所の出島みたいな存在だと説明されて、簡単に理解することが出来た。簡単な歴史は覚えてても、こういうことは全然分からんね。
 この時代の長崎は、外国人をそこに押しこむための鳥かごのようなものだ。中国人はキリシタンではないので、オランダ人ほど束縛はされていないが、かなり窮屈な思いをしていそうだ。
 こういった不平不満が、後の開国騒ぎに乗じて爆発したりするんだろうなと思ったのだが、案外そうでもないらしい。彼ら商人からすれば、現状の鎖国状態なら、貿易を中蘭朝の三ヶ国だけで牛耳切っているので、利益としては十分で不満はないという。
 商人は逞しいな。
 
「俺も君たちみたいにお金を稼ぎたいよ」

 お金に困らない生活は憧れだ。ロマンとも言う。
 フレイムヘイズはいざとなれば、お金とは無縁の生活も送れるだろうが、そこには人間味なんてないだろう。食事も取らず、寝る場所を選ばず、娯楽もなく、ただ生きているに過ぎない。
 俺ならそんな人生、つまらんの一言で蹴散らしてくれる。きっとウェルも同意見だろう。
 
「お金を稼ぐのは大変ですが、商人になるのは簡単ですけどね」

 身につけてるものを売って捌いて買うそれだけですからな。
 俺を船からここまで案内してくれた商人が苦笑しつつも答えてくれた。
 しかし、と商人は前置きをしてからやや真剣な顔で俺に忠告をした。

「ことこの国ではそうはいきますまい。士農工商という言葉はご存知で?」
 
 リーズは分からないという顔を隠さずに俺に向け、視線だけで知っているかと聞いてきた。
 もちろん、これくらいの知識なら覚えている。
 これもまた江戸幕府とは切っても切れない政策の一つで、もはや俺が語る必要もないくらいに有名なものだ。
 いちいち説明されるのも面倒なので、知っているとだけ答えると、商人は一度大袈裟に頷いてから、嘆かわしいことかのように言う。

「ええ、これがあるとこの国では商人に成ることは出来無いのです。生まれながらの格差のせいで。本当に、この国で生まれなくて良かった。かく言う私も──」

 このあとは、ひたすらこの商人のこれまでの人生話が始まったので、適当に相槌を打ちつづも受け流す。最後には彼の家にまで通されて『──で、この娘が私の自慢の娘です。可愛いでしょ?』と親馬鹿まで発揮された。可愛かったけどね。
 家の中に通され、お茶を啜りながら舌っ足らずな商人の娘の相手をしていると、商人が巻物を手にとってこちらに差し出す。

「こちらが地図です。驚くほど完成度の低いものですが、無いよりはいいでしょう」

 何の目的もなくこの商人に案内されていたわけではない。
 日本での行動を少しでも無駄なく、無茶無く行えるように地図を貰いにきたのだった。
 さぞお高いのでしょう、と聞くとお題はすでに貰っているのでと笑顔で答えてくれた。追加報酬なら喜んで承りますが、と言う当たりすごく商人らしいなという感想を抱く。このちゃっかり物め。
 娘の相手をしてくれたお礼としておにぎりを貰い、いい笑顔で手を振ってくれる商人の娘に手を振り返しながら商人の家を後にした。
 予め援助で貰っていた金銭、国に馴染むように用意された衣類、そして今貰った地図と食料。旅の準備は大方終わったと言ってもいい。本当なら移動時間を短くするための馬なども用意したかったが、あいにくと今回はお忍びの旅。頼りになるのは己の足だ。
 馬を貰ったところで乗れないのでリーズ専用か、リーズの背中に乗ることになっただろうし、馬の分の食料を考えると馬を養うほどの余裕もない。
 今の備えが最善であると言える。文句は言ってられない。

「うし、準備も出来たから、行くか」
「ええ、それで目的地ってどこなの?」
「『極光の射手』が居なくなった場所に行くんだよね、モウカ」
「そう。場所は土佐」

 四国は土佐藩。
 幕末、動乱の中心の一角となるあの国である。





◆  ◆  ◆





 道中は険しい。
 常に人の気配に敏感になり、人目を避けるように移動しなくてはならない。そうなると、自然に通る道は道ではなくなってしまう。人の手が入っていない自然の中を通る。慣れているのでどうってことはないが。
 これが現代社会ならどこへ行っても人の視線を感じようものだが、今は現代から程遠い時代。まして閉鎖され時代の行き遅れた日の本の国は真に大地の国と言えよう。
 欧州ではすでに蒸気機関がもっとも有力とされている技術なのに対して、こちらは絡繰人形で唸されるというのでは比較のしようがない。
 いやね、絡繰人形も思わずおー唸ってしまう逸品ではあるのだが、蒸気機関車を見た時の感動に比べると些細なものだ。迫力や物量があまりにも違うので比べる対象が間違っているのかもしれないが、致し方あるまい。
 現代ほどではないにしろ、かなり開拓された欧州よりは日本は非常に忍び易い。いずれこの国も大都市に変わってしまうんだなと思うと言い知れぬ思いがこみ上げるが、果たしてどちらの方がいいのが。
 俺としても人間として生きやすいのは現代だが、フレイムヘイズとして忍び易いのは今だな。忍ぶと言ってる時点で今よりも、普通に生きれる現代を選びたいのだが、当時の社会問題を知っている身としてはいかんともしがたい。
 当時からすれば、自分はいずれ死ぬんだからそこまで深く考える必要ないと思って、先よりも今の問題を解決しようと必死だったが、フレイムヘイズになったこの身だと未来のことも視野に入れざるを得ない時が来るだろう。
 フレイムヘイズの力を使って環境問題を何とかできないだろうか。
 誰か考えてくれないかな。
 他人行儀だが、悪く思う事無かれ。俺は今だって自分が生きるのに必死だ。未来のことも当然ながら考えるが、それ以上に自分可愛さ故に現状打破について考えなくてはいけないのだ。
 その現状打破の一つとなる土佐、後の高知県への行き方だが、主に二種類ある。一度海に出て中国地方より入る方法か、このまま九州から行く方法の二つだ。俺は至極当然ながら最短距離を選ぶ。つまりは九州から土佐へと入る方法だ。九州から行くには、豊後国、後の大分県を拠って、海を渡り四国へと入ることになる。

「海か、どうやって渡るか」
「船じゃないの?」
「残念ながらドレルの援助はここまでさ」

 ドレルの援助は日本に来るまでと、日本に着いてからの下準備までだ。
 本当に割の合わない仕事だな。これで本当に将来的に安全が手に入らないものなら暴動ものだ。全世界に脅威の嵐を振りまいてやる。困るのはフレイムヘイズじゃなくて、人間だけど。
 ドレルの援助を受けられない日本国内の移動では、各自の責任となっている。つまり俺に全てが丸投げされているわけだ。
 これは俺が下手なことをすれば俺の名誉(別にどうでもいい)やドレルの今後の作戦(かなり大切)に響いてしまうという事。そうなれば今までの努力だって水の泡になってしまう。
 そんなのは絶対に嫌だ。
 嫌なのだが、背に腹は代えられない。本当にこの依頼が不可能だと判断した時は、素直に帰国する手筈になっている。触らぬ神に祟りなしということ。馬鹿な行動は慎めよと受け取ることが出来る。
 これが、日本に外界宿があるのならば、ドレルとしても何かしらの対応が出来たのかもしれないが、日本に外界宿があるという話は聞いたことがない。
 そもそもよくいる西欧の外界宿の場所すらも正確に把握していない俺が、『日本に外界宿がない』と言っても、何の証明にもならないが、知らないのだから利用しようもないのは事実なのだ。
 探すということも視野に考えたりはしたけど、アテがないのでは見つけるのは不可能に近い。せめて、地元のフレイムヘイズがいれば変わってくるんだけど……日本で有名なフレイムヘイズは聞いたこと無いしな。
 逆に厄介事の種にだってなり得る諸刃だし。下手に行動しないほうがいいと判断した。
 どちらにしろ、``紅世の徒``を警戒するために常にアンテナは張っているので接触しそうになった時に改めて考えればいいだろうと結論づける。

「それじゃ、どうやって海を渡るの?」
「ふむ、察するにお主の自在法か?」
「本当なら渡船を使いたいところなんだけどね」

 俺一人なら行けただろうが、リーズ連れだとそうは行かない。
 俺だけ船に乗って、リーズだけを浮かすなんて手段も考えたが、船が九州から四国まで数時間で行ける保証もないので、無茶な自在法の扱いはしたくはない。この先、どんな強敵が待ち受けているか分からないので、存在の力を一滴も無駄にしたくないところだ。

「自在法の使用は却下したいところ」
「モウカはケチだからね。もう、泳げばいいじゃん」

 ウェルの言葉の語尾にはププッという笑い声が追加される。
 こいつはいつも通り真面目に考える気が全くない。最初からアテにもしていないので無問題。もはや溜息すらもでない領域だ。

「こればかりは仕方ないか」

 ケチケチ言っててもしょうがない。進展がなければずっと立ち往生を食らってしまうのだから。それは、早く帰国したい俺にはあまり好ましくはない。
 自在法を使う方針に切り替えて、どうすればお金なり存在の力なりを一番節約できるかを考える。
 最初に浮かんだ渡船の方法か? それともリーズを背負って飛んでいくか。しかし、飛ぶとなると人目に付く可能性も考慮すると、少々選びづらい判断だ。人の完全に視界外まで飛ぶとなると超高度となるが、こちらは危険性を考慮すると厳しい。何よりも、俺は空の旅は全然全く毛程にも慣れていない。
 すると残るのは、海路となる。
 うーん、渡船のお金ぐらいは妥協するべきか。そもそも、俺が渡船に乗っている間にリーズを安全に運べるかと言われると疑問だし。途中で落っことしそうだし。
 こうなったら思い切って泳いでいくか? 正気の沙汰とは思えないけど、お金は使わないし、存在の力もいらない。ただ、精神力と体力はたくさん削られそうだ。俺に限って言えば、泳ぐよりも海の中を歩いたほうが楽だし。

「泳──」
「嫌」
「……だよね」

 取り付く島もなく断られてしまった。
 俺だって嫌だ。
 リーズの言葉に不満の声を上げるのはウェルだけだ。何が面白そうなのにー、だ。お前自身は泳がないだろうが、苦労するのは俺たちなんだ。たまには自己欲求以外のことも考えて欲しい。

「たく、しょうがないな。最後の手段に出よう」
「あるんじゃない」
「ふむ、それを何故もっと早く言わなかった」
「いやね。これを真っ先に最初に挙げてたら俺の人間性が疑われるじゃないか」

 俺だってなるべくしたくなかったんだよ。

──人の船を奪って行くだなんて、非人道的行為じゃないか

 リーズの貴女って結構外道よねという言葉がやけに耳の中に残った。
 リーズの言葉に少々傷つきながらも、渡船(和船)を無事にお借りすることに成功する。和船の素材は木製で、大きさは人間が数十人ほど乗れる程度。特別大きいものではないが、小さいとは決して言えないサイズだ。
 どうやって借りたかというと、嵐を局地的に発生させて人間を避難させ、沖にある和船にリーズを侵入させて帆を張り、風を操作してちょちょいっと人目の付かないところまで移動させ、乗り込んだ。とても鮮やかな手際だった。もしかしたら、船泥棒として名を馳せられるんじゃないかと思ったぐらいに。
 あとは時々風を操作して土佐へと入れるようにすればいいので、目的地に到着するのは時間の問題だ。
 海賊や巡回船は全て『嵐の夜』で誤魔化すつもりだ。いざとなれば、相手の船を沈ますことだって考えている。
 帰りもこの船を使いたいので、隠す場所も見つけなくちゃいけないな。
 まだまだ『極光の射手』が死んだ原因探しのスタート地点にすら立っていないというのに、苦労しっぱなしだ。
 本当に嫌になるな。
 日本に来てから、溜息が癖になりそうだった。





◆  ◆  ◆





「帰りの船が用意出来ない可能性がある?」
「えーッ、どういうこと!?」

 スイス、チューリッヒにある外界宿の専用の執務室にて、その外界宿の主が苦渋の顔をした。
 この外界宿に就いたのも、全ては全てのフレイムヘイズのためという奇特な考えの元であったドレルにとって、この事実は非常にまずいものであった。
 ここまで築きあげてたのですら十年という月日、さらにはその前からの下積み時代があってのこと。それが一瞬で水の泡になる可能性を含む内容と聞けば、苦い顔もするもの。
 それ以上に、あの『不朽の逃げ手』に無理言ってまで頼んだのに、こちらに不手際があって失敗したとなれば申し訳が立たない。
 日の本に行く前に、彼のフレイムヘイズは『震威の結い手』にも渡りをつけてくれるという協力までしてくれたのにも関わらずだ。

「はい。その……今の江戸幕府の将軍、家斉公の先も長くないのは知っているでしょうか?」
「話には」
「ええ、清との貿易には比較的問題はなかったのですが」
「次の将軍候補に問題があると?」
「いいえ、幕府ではなく。他の国が動き出すおそれがあるということです」
「それがどう繋がる? いや、待て」

 いまいち要領を得ない部下の言葉であったが、他の国が動き出すと言われ、思考に入る。
 日の本は現在鎖国をしている。貿易が許されているのは数少ない国ではあるが、ドレルはその国の全てと友好を結ぶことには成功していた。だから、行きこそは清に頼ったが、それが無理なら朝鮮やオランダに頼ることも出来る。二段、三段構えの姿勢のはずだった。
 それが今崩壊しようとしている。
 
「他の国の侵攻……武力による開国を迫っている?」
「はい……」
「なんと……愚かな……」

 ドレルは状態の悪さに嘆いた。
 
「つまりはそれに恐れた商船が」
「船を出すのを渋ってることね! ドレル!」

 ハルファスの明るい声とは裏腹に、低い声でハルファスの言葉にドレルは肯定した。
 部下はそのドレルの様子を見て、深い皺がまた増えそうだと同情する。
 ドレルは苦しい思考の果てで、溜息をして虚空に呟く。

「上手く行かないものだな」

 深い皺と同時に、溜息癖が付きそうだった。
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