小説挑戦


スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  ↑記事冒頭へ  
←迷いに迷って    →第五十七話(不朽のモウカ)
*Edit TB(-) | CO(-) 

未分類

ただいま全力投球中

励ましやら、何やら色々とありがとうございます。
感想は後ほど、感謝の気持ちを変えさせて頂きます。

こんな滅入っているなかで、なんとか一本書き始めてみたりしました。
ここでは、何度か上げている、相談室のやつです。
第一話までは形になりましたので、こちらでは時折今日のように、日記のおまけのような形で投稿します。
良ければ読んでやってください。
そして、出来れば感想や批評をいただけるとありがたいです。






『相談に見境いはなし~a litlie of psychology~』

【ケース0】プロローグ

 自己紹介の反対位置にある他者紹介。自分のことを他人に紹介させられるのは、何だか不思議な感覚でもある。黒板に白いチョークで書かれているのは、成瀬成海(なるせなるみ)の字。つまりは自分自身の名前。今の心境を表すなら、転校してきた転入生か、はたまたは教育実習でやって来た新任の気持ちとでも言うべきか。
 新天地でもって、ワクワクを抑えられないようなポジティブな性格の人であれば、このシチュエーションはさぞかし気合の入るところではあるのだろうが、生憎とそこそこに面倒くさがり屋で、人前に立つのもそれほど好きではない俺には興奮も力も入らない状況だ。
 クラスの担任の先生による簡単な紹介を終え、今度は自己紹介。名前、年齢と簡単な趣味を言うだけの無難な自己紹介だ。この学校へ来た立場上、生徒の心象を良くするためにも笑顔を忘れてはならない。第一印象が良ければ心的距離は近いものになる。
 生徒の反応はといえば、三つに別れる。多少は興味があってほどほどに視線を向ける生徒。全く興味がなく、友だちと喋ったりしている生徒。興味を向ける機会と余裕が無いのか、ずっと寝てる生徒と必死に宿題を解いている生徒。大体予想していた通りの反応なので、別に気してはいない。俺だって高校生の頃は、彼らと同じような反応をしただろう。
 適当な自己紹介を終えると、担任の先生が質問のある生徒はいるかと尋ねるも、挙がらない手。担任の先生もこちらを見て苦笑する。俺も合わせて苦笑する。先生、この雰囲気が困るからって俺に振らないでください。
 これが中学生以下なら、「彼女はいますか?」とかそれなりにプライベートを聞かれたりする良好な反応が出るのだが、高校生となると興味があっても手は中々挙がらない。殊勝というか、特殊というか、高校やクラスの雰囲気や風潮によっては、手が挙がるどころか積極的に関わってくれたりするが、これが正常な反応ではあるだろう。自分が学生の立場なら、手を挙げることもないし。
 最後に、気軽に相談室に相談して来てね! と無駄に愛想振りまいて宣伝をして教室を出ていく。
 熱心な先生も居たものだ。少しでも生徒のためにでもなればと、相談室の紹介を含め、こうやって朝のHR(ホームルーム)に俺を紹介するのだから。果たしてそれに気付いている生徒は何人いるのだろうか。いないとは思うが。
 自分が紹介された教室は三年二組。クラス分けには文系理系を軽く分ける程度で、成績順だとかは関係ないらしい。重要なのは学年で、今の対象は三年生、所謂受験期に当たる学年だ。高校生活や人生の中でも重要な転換期であり思春期の中でも繊細な歳になる。少しでもその負担を和らげればという意図があって、先生は俺を紹介したのだろう。
 生徒への気遣いが行き届くいい先生だね、本当に。自分が生徒になりたいぐらいだ。
 時間を巻き戻せるわけもなく、ましてや当事者になれば教師に対するこういった客観的な評価は出来ないだろうから、今だからこそ思える感想だろう。生徒の立場からすれば最も良い評価で良さ気な先生あたりで落ち着きそうだ。
 この学校、私立片山学園はさながら土地開発の一環のように、山を強引に切り崩したような場所建てたれている。そのためか敷地は裏山を含め、かなり広く、充実したスポーツ設備を整えている。一周四百mのトラックを有する校庭。公式大会を開けるであろうサッカーグラウンドはナイター設備完備。大会指定にされる観客席まで備わった野球グラウンドなど、これだけ見れば強さは二の次に置いといて、スポーツに力を入れているのが分かる。
 欠点という欠点は交通機関だろうか。専用ハイスクールバスを出しているとはいえ、駅から二十分は少々遠い。
 校舎は東西に分かれていて三階建て。西を普通教室、東を特別教室とし、二階に渡り廊下があり外に出なくても中履きで行き来出来るようになっている。さっきまで居た三年二組の教室は、西の校舎の三階だった。
 その間。東西の渡り廊下に君臨するは、相談室だった。
 自分のこれからの勤務先である。保健室を学校の身体の先生とするなら、相談室は学校の心の先生、通称スクールカウンセラーが在勤する場所である。
 そう、本来であれば歴としたスクールカウンセラーがいなければならないのだが、呼ばれたのは俺。臨床心理過程を一応は卒業したとはいえ、経験ほぼ無しの未熟者。スクールカウンセラーの人員不足はしょうがないとしても、本当に自分でいいのかという不安は拭えない。なにより、本職ではないのだ。そんな中途半端な人間が人の心に触れることを許していいのかと、思ってしまう。心理学を少しでも学べば、軽んじて出来る職業ではないのに。
 この学校の理事長は父の親友だ。せっかく作った相談室なのに、そこに当てはめるべき人材がいないことを嘆いて、最終手段での自分の採用で合ったらしいが、そんなやっつけ感なら無い方が良いかもしれないのが正直な気持ちだ。
 やるからには真面目に対処するが、誰だってヤブ医者にかかりたくないだろう。
 その理事長、片山さんが言うにはそんなに重く受け取らずもっと気楽に、人の愚痴を聞く程度でいいと緊張を解そうとしてくれたが、気楽になんてそうなれない問題だった。
 俺としては、後人が見つかればすぐにも引き渡すつもりでもあったし、自分でもまともな人を探すつもりでもある。一応は、心理過程を卒業したのだ。その手の知り合いには幾つかの目星はある。
 だから、それまでの繋ぎ。
 それを目標として、相談室の先生という役割を担うことにした。
 ここまでが経緯。
「お邪魔しまーす」
 慣れない他所の家にお邪魔する心境で室内に入る。
 室内はそこそこに埃臭かった。この学園が建てられて以降、一度として使われなかった管理もされていない封印の部屋を開けたのだから、そりゃそうだろう。しかし、誰にも使われていなかったからこそ、新品同様とも言えるのかもしれない。
 この部屋の構造は三部屋に分かれていて、まず渡り廊下に繋がる入り口のある部屋。そこから奥に二つに分かれている。大部屋一つに小部屋二つといったところだ。誰にも聞かれたくない相談を受けるときなどは、奥の部屋を使える親切設計なのだろう。もしくはそういう部屋を相談室に当てはめたのかもしれない。
「一時的なつもりとはいえ、ここが俺の職場ね」
 たった一人の、自分だけの職場。
 初めて自分だけの部屋を与えられた子供のような、そんな気持ちが沸き上がってきたりしたが、そんな前向きな気持ちだけでなく、後ろ向きな気持ちも常に付き纏ってもいた。
 特に果てしなく不安は大きい。
 バイトでもそうだが新しい職場はいつだって緊張するし、必ず職場での人間関係には羨望に似た期待と恐怖に似た不安を感じるものだ。不安に限って言えば、人間関係だけでなく仕事をこなせるかどうかなど上げればキリがないほど感じる点は多いだろう。
 しかし、その多くは先輩や先任者の助けによって大きく不安は削がれ、協力をもって期待が叶えられることが多いのではないだろうか。
 それに比べここには先任者はいない。正確に言えば、今日の先立ってのHRでの紹介をしたクラスの担任はそこはかとなく協力をしてくれそうではあるが、厳密な意味で彼は自分に協力しきれはしないだろう。人間関係ではある程度の架け橋になってはくれるだろうが、仕事に関して言えば援助は期待できない。
 専門職なのだ致し方あるまい。
 この相談室という特異な立ち位置は、今しがた築かれ始めたばかりであり、言うなれば自分こそが先任者であり先駆者だ。それも同士や仲間など無くただ一人の先駆者である。相談室の歴史を、自分のような若造の手によって築いていかなければいけないのだから、やはり不安は必然と大きくなっていく。
 これが野心家であったりするならば、歴史を刻んでいるこの一刻を興奮し楽しんで止まないのだろうが、どちらかと言えば平和主義の事なかれ主義としては、刻一刻と不安に押しつぶされそうな自分の心を心配して止まなかった。
 と、部屋に入ったきり思考を巡らしてばかりでは、どうしてもマイナス方面へと傾きがちなのでとりあえず手を動かすことにした。

 コンコンと軽くドアをノックする音が聞こえたのは、最優先事項として環境改善を挙げ、掃除を始めてから三十分後のことだった。奥の小部屋二つはまだ掃除し終わってないが、この大部屋のみは軽くではあるが掃除を終わらすことが出来た。ある意味ベストタイミング。
 第一号のお客さんかもしれない。仕事に自信はないけれど、やるからには精一杯努めねば。
 ノック音が聞こえてから大きく深呼吸し緊張を緩め、ドアを開ける。どうでもいいことだが、ドアは保健室と一緒で引き戸だ。保健室と一緒というのは偏見かもしれないが、自分が通っていた保健室は全てが引き戸だった。この学校ではどうかは知らないが、多分引き戸だろう。
 ドアを開けた先にいたのは、なんも変哲も無さそうな黒髪の男子生徒だった。
 ドアを開けたきり棒立ちし、時折彼は「あ、あ」と何かを言いたそうにしているが、言えないでいる。どうすればいいのか困っているのだろう。
 自分はその様子を伺うのみで声をかけはしない。
 彼の意思を尊重し、彼が率先して事を進めるまで待ってあげてるのだ──といえば聞こえがいいが、言おうか言うまいかおどおどしている姿が、実に少年らしくちょっとばかし面白いから眺めていただけである。もしかして、カウンセラー失格だろうか。いや、大丈夫。ここの理事長だって気楽にやれって言ってたし。
 それでも、意を決してここに来たのか真剣な眼差しで何かを訴えうかのように彼は言う。
「相談が、あるんです」
 なるほど。これは初仕事だが、いきなり大物が来るかもしれない。
 下手な緊張を見抜かれる訳にはいかないので、笑顔を絶やさずに少年に中へ入るように進めて入室させる。彼はお邪魔しますと居心地悪そうに言いながら中に入り、椅子に座らせた。
 たぶん、初対面の子だろう。ちょっとでも心的距離が近づくように自己紹介を明るく行う。
「さて、私の名前は成瀬成海って言うんだ。なるって二回重なってて人からは、なるるとかなるなる言われてるけど、あんまり好きなあだ名じゃないんだよね。あ、でも、好きに呼んでくれたらいいよ」
 さり気なく言われないように誘導する。俺の幼馴染のような呼び方がこれ以上増えるのはごめん被りたいからね。
「さて、君の名前は?」
「あ、ぼ、僕は屋寺憐って言います」
「やでられん、レン君ね」
 漢字が全然思い浮かばないな、なんて感想はさておきレン君はよほど切羽詰まってるのか、身を乗りだして迫ってくる。
「肝心の相談なんですけど、ぼ、僕の命が危ないんです!」
「……え」
 それはこんなちんけな相談室じゃなくて、警察に言った方が、と言おうとした時に俺は見てしまったのだ。
 閉めておいたはずのドアがそーっと横に開き、その隙間からつり上がっている攻撃的な目が一つと、
「僕、ヤンデレの彼女に刺されそうなんです!」
 少しではあるがうっすらと見える不敵に釣り上がっていた口を。


【ケース一】『ヤンデレの場合』その一

 ヤンデレ──『キャラクターの形容語の1つ。「病み」と「デレ」の合成語であり、広義には、精神的に病んだ状態にありつつ他のキャラクターに愛情を表現する様子を指す。一方、狭義では好意を持ったキャラクター(「デレ」)が、その好意が強すぎるあまり、次第に精神的に病んだ状態になることを指す』とは偉大なるウィキペディアによる概要。
 少年には事のあらすじを簡単に聞き、次回に自分が学校に来る時にもう一度訪れるように言い残し、授業を受けてもらうことにした。相談室での勤務は月・水・金の週三。学校が週休二日なので、半数以上は学校にいる計算にはなる。次に彼と会うとすれば水曜日になる。なお、万が一緊急事態が起きたらすぐに連絡するように連絡先も教えておいたので、とりあえずは問題のないことだろう。
 結局、初日の訪問者はレン君だけであり、帰り際にたまたますれ違った時など、泣きそうな声でお願いしますと切実に訴えかけてきた。その彼の横で、見覚えのある目と口を持つ少女が居たので、自体の把握はスムーズに行われたといえば、行われている。
 学校から帰宅後、自宅に帰り、パソコンでレン君の言っていたヤンデレを検索してみれば、こんなのが書かれていたという訳だ。
「小耳に挟んだことはあったけど、調べるとちゃんとあるんだな」
 オタク用語恐るべし、とでも言うべきか。見つけた瞬間は思わずすごいと声を上げてしまったほどだ。誰が作ったのかは知らないが、ネットの深さを思い知らされた気がする。
「さて、まずは必要な知識の収集をしなくちゃな」
 当然ながら心理学用語の中にヤンデレなるものは存在しない。それに類似したものはあるのかもしれないが、自身の知識の中にはない。圧倒的に対象への情報が足りないのだ。
 ヤンデレの概要の中には「病み」やら「精神的に病んだ状態」と書いてあることから、臨床的な療法が必要な可能性も捨て切れないでいる。
 レン君に話を聞いていた時点では、思春期における少年と少女のちょっと変わった恋の形程度かなと思って、「初心な少年の可愛い相談か」なんて侮っていたのだが、調べてみれば怖い文字が並んでいる。レン君はヤンデレなんて言葉一つでまとめていたが、事態は思った以上に根深いものかもしれない。
 簡単な経緯ではあったが、所々に気になる点もあったのも事実だ。
 他の女子生徒との挨拶程度の会話への異常な嫉妬。ちょっと嫉妬深いというだけなら、愛されてるじゃないかの一言で済む話だが、レン君の様子からしてもそれだけでは無いっぽい。
 なんにしても知識不足、情報収集が必要だ。
「あいつの電話番号はー、と」
 オタク文化に詳しいというよりはオタク真っ盛りの大学生時代の友達。アニメーターになることを夢として大学時代には語っていた彼だが、果たして彼の就職状況はどうなったのか俺は知らない。院に行ってたので、約ニ年ぶりに声を聞くことになる。電話がつながるかどうかも怪しいが。
 プルルルルという電話の掛かる音が聞こえて一安心した。
「もしもし、久しぶり」
『んー誰かと思えばなるなる久しぶり』
 なるなるとは俺に付けられたあだ名である。成瀬成海、略してなるなる。同じ語が並んでいるため、語感がよく韻を踏んでいる見事なあだ名、とは大学時代の変わった先生の総評だ。
 この電話の相手、木下──本人推奨のあだ名はキノだが、誰にも呼ばれたことはない──は、教授とは違った見解を持っているらしく、なるなるという響きはどこぞのアニメキャラの響きに似ているらしい。
『どしたの、急に。なるなるからなんて珍しい。というか初めて?』
「初めてだと思うな」
 大学時代は実に閉鎖的な日常を送っていた。日々一緒に行動する仲間はいても、その数は少なく、大学生活全てを通しても、自分と日常的に会話をする面子は三・四人に限られていた。その少ない面子に対しても、比較的受動的な付き合いだったため、自分から連絡を取ることは滅多になかった。
 会話のきっかけを掴むため、とりあえずとりとめのない話を振る。
「就職は結局どうだった?」
「普通にリーマンだよ」
 世の中はそう甘くはない。夢を実現させるには、大量にある小石の山からたった一つのダイヤモンドを手探りで探すのに等しい。山の中に埋もれているのは分かっているのに、その一つを探し当てるには、生半可な作業では一生をかかっても見つけることは出来ない。努力は必須だが、人によっては偶然転がってきた石が実はダイヤモンドであった何てことも珍しくもない。運も重要になる。しかし、石が転がってくるには、山を崩さなくてはならないのだから、その経過──手探りで小石を拾っては投げ、拾っては投げる作業は必要なのだ。
 片方だけでは時間が足りない、片方だけでは引き寄せる力が足りない。
 双方が揃って、ダイヤモンドの光を目にすることが出来る。
「今でも夢目指して努力だけはしてるんだよね」
「……努力が報われるといいな」
 彼の努力がどれほどのものなのか、小石の山がどれほど高いものなのかは分からない。自分にも昔は確かに目指していたものがあったはずなのに、気付けば無くしてしまった──諦めてしまっていた。
 今も諦めずに明確に定まる夢に向かって努力できる彼がなんだか羨ましく感じ、心なしか木下が自分よりも若者に見えてくる。
 まさかこれが歳を取ったってことなんじゃ……ッ!?
 これ以上のこの話題は危険だ。
 「それで用は何?」と都合よく訪ねてきた木下の尻馬に乗って、方向修正を図る。
「聞きたいことがあって電話したんだ。今大丈夫かな」
『大丈夫。今、仕事落ち着いてるから。それで聞きたいことって何かな? パソコンとアニメなら任せてよ』
「実はそのアニメのことで聞きたいことがある」
『え、マジ? 冗談だったのに。というか、なるなるからアニメのこと聞かれるなんてレア体験』
 まさか大学院でついにオタク化? とか余計なことを言ってくる木下に違うと即答。
 アニメを否定する気もなければ、オタク嫌いでもないが、否定するべきところは否定する。
 木下は「ですよねー」と口癖を挟んでから、「それで?」と話の続きを促した。
「ヤンデレについて聞きたいんだが」
『ググれカス』
「ん? 今なんて」
『別に、何も』
 なんか今、カス呼ばわりされた気がするが……
『それでヤンデレがどうしたの。僕らの中じゃそれなりに大きなジャンルだけど』
「あ、ああ。俺の今の勤務先で相談を受けてさ。彼女がヤンデレで困ってるっていう相談なんだけど」
『リアルヤンデレとか怖すぎだろ』
「リアル? まあ確かに本当に病んでるっぽいが。それでな、ヤンデレって言葉自体にあまり馴染みがないから、分かりやすく説明してくれないかと木下を頼ったわけだよ」
『ふむふむなるなる』
「ん、呼んだか?」
『あ、納得しただけだよ。分かりやすく、ね。でも、思うんだけどさ』
「うん?」
『二次元のことが三次元に通じるとは考えにくいと思うんだよね』
 ええと、二次元は確かアニメや漫画の世界って意味で、三次元は自分たちのこの世界で合ってたよな。つまり、木下は漫画の世界での掟が現実でも通じないんじゃないかと言ってるわけだ。
 確かに、言われてみれば一理ある。
 漫画の世界の出来事なんて、現実離れしているものが数多いし、その世界の中のキャラクターの心理が現実でも言えるかは非常に微妙なところだ。
 だけど、『事実は小説よりも奇なり』とも言うし、全く参考にならないとも言い難い。
「木下の言う通りかもしれないが、一応教えてもらえると助かる」
 それでも、知らないよりは知っている方が断然いい。人によっての主観が入り交じることもあるが、多角的と捉えればそれほど大きな問題ではないだろう。
『僕的には全然構わないけどね、好きなことについて語るのは吝かでもない。むしろ語らせろ。それで、ヤンデレについて聞きたいというのは具体的には何?』
「ヤンデレになった背景とか、ヤンデレになった際の行動とかかな」
『了解。ヤンデレの原因と実害についてだね』
 『ヤンデレの原因と実害について』こんなタイトルの本が並んでいたら、ちょっと売れそうだなと思いつつ、木下の解説に耳を傾けた。
 原因は、愛が足りなかったから。これだけでは、意味を察しにくいだろうがそのままの意味合いだ。人は誰しも親の愛を受けて育つ。この愛は必要不可欠であり、これが欠けてしまえば、人としては正しい成長をすることが困難になる。
 赤ちゃんは自然に愛を求めてくる。例えば、アタッチメント──肌に触れることがそれに値する。赤ちゃんは触れられたりすると、自然と笑みを浮かべ、その愛くるしさ故にもう一度触れたくはならないだろうか。いや、なる。子供が比較的好きな自分は確実になる。世間一般的にもなるはずだ。
 こうやって親の無制限の愛を注がれて人が育つわけだが、これを受けられなければ愛を求め狂ってしまう──とはなかなかに的を射た詩的な表現ではないだろうか。
 つまり原因とは、一種の幼少期、児童期以下での不文律によるものであり、親からの愛を十分に求められなかった結果、他の人に注ぎ、注がれることを強要してしまっているのではないか。
 実害。これは多分に漫画色の強いものだった。
 人を刺すなどの攻撃性の強い行動。威圧的行動が主で、どれもこれもが理不尽極まりないものばかり。
 自分の愛が人に保証される。また、返してくれることを当然とするあまりにも我の強い行動には、戦慄を通り越して恐怖を感じさせるものがあった。特に、好きな人を殺して自分も死ぬには、共感めいたものを一切感じることが出来なかった。
 「怖いなそれは」と率直に感想を言えば、木下は「そういうものだ」とにべもなく肯定した。どうやらそういうものであるらしい。
『怖いなんてのは当たり前だよ。それでもこのヤンデレに求めているのは』
「無制限の愛といったところなんだろ。愛されるのはやっぱり嬉しいことだからね。それが現実味を帯びていない漫画の世界なら、より一層深い愛に憧れを持つのはしょうがないことかもしれないな」
 木下はそれには『男のロマンだろ』と言い、俺はこれに『自殺志願者だろ』と冷静沈着に答えてやる。
「うん、色々参考になる話をありがとう。仕事中に時間を取らせて悪かった」
『いや、いいって。こっちも楽しかったしね。趣味について語れるのは我らオタクにとって最高に有意義なことだからね』
 オタクの部分を誇らしげに言う。その偉そうに言ってる様を電話の向こうに想像して、大学時代の彼の名言『オタクは恥ずべき存在ではない』を思い出す。卒論もそれに類似したな要だった時は驚いたものだ。よく卒業できたものである。
 けれど確かに、このヤンデレにしてもかなり興味のそそられる内容ではあった。
『ところでなるなる、一つ物は相談なんだが』
「おう、どうした。こうやって助けてくれたんだ。相談くらいならいくらでものるぞ」
 ちょうどそんな仕事もしているし、何より助けてくれた友人の頼みは友だちとして看過できない。
『そう言ってくれると嬉しいよ。それでさー……僕興味あるんだよね』
「何に?」
『そのヤンデレっ──』
「あーすまない、通信が切れてしまったようだ」
 忌まわしきは最新型のスマフォ。通信が切れてしまうのはよくあることなんだ……残念ながらね。
 友達の相談にのることすらも出来ない無力な自分が嘆かわしい。悲しきかな。だけど、しょうがない。新米の俺にはその相談はあまりにも重すぎたんだ……
 それに学校の一教師として、生徒を狼の下に送る真似なんて出来ない。友人をみすみす犯罪者にさせるわけにも行かない。
「いや、待てよ」
 ヤンデレの娘に、刺されたとなればそれはそれでいい薬になったかもしれない。
 いやいや、そうなったら警察沙汰になるわけで──
「……ま、どうでもいいか」
 木下のことはいい加減に念頭から追い出し、件の相談についての対策を練ることにした。
 次に必要なのは本人たちの情報だ。偏った情報は、間違った判断と想像を生む。本人たちの証言も大切だが、如何せん主観が混じりすぎて信じこむのは危ない。客観的な情報収集もまた欠かせないものだ。
 次の対策を講じようと再び思考の海に沈もうとした時、それを妨害するかのように玄関のチャイムが鳴り、ドアを開ければ、
「やっほー、来ちゃった」
 片手を振りながらはにかむ来訪者の姿があり、
「来ちゃったじゃないだろ……」
 何よりも、彼女の後ろで手を繋ぐちっちゃな子供が異質だった。

拍手ボタン
関連記事
  ↑記事冒頭へ  
←迷いに迷って    →第五十七話(不朽のモウカ)
*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←迷いに迷って    →第五十七話(不朽のモウカ)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。