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【投稿版】不朽のモウカ

閑話4(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 欧州の古くからあまり変わらぬ街並みに溶け込んでいて、溶け込めていない少女がただ一人で街を歩く。街の中にごく平然と交わっているようでありながら、人とは少し雰囲気を滲み出してもいるのだが、すれ違う人々はそれに感づくことは出来ずにいた。
 その夜の中に溶けこむような黒く、腰にも届くほど長い髪は、欧州人のそれとは違い東アジア人系のそれに近い。欧州では珍しい色の髪を靡かせているはずなのに、誰も注視しないのは彼女の空気が薄いからではない。存在を馴染ませているから。
 幼い顔立ちだ。しかし、無表情のせいからか幼さをあまり感じさせず、瞳の中の強い光には意志と決意が垣間見れ、行き交う人々より頭一つ二つ以上に小さな体に不釣り合いな理性と凛々しさを自然と出している。

 今は上手く溶け込んでいるが、以前の少女であればこの人混みの中に交じることさえ出来ずにいた。
(これも鍛錬の成果と言えよう)

 重厚で威厳の溢れるような声にならない声で、彼は言った。
 その声を唯一聞き取れる彼──``天壌の劫火``アラストールの契約者『炎髪灼眼の討ち手』は、同じく声にならない凛とした、どこか幼さの残る声で、うんとだけ少し不服そうに答える。
 彼女がなぜ不服なのかすぐに察したのか、アラストールは励ましのつもりで補足をするのだが、

(我とて知らぬ事が多かったのだ。不備を恥じる必要はない)

 不備の言葉に少女は僅かに反応してしまう。
 表面上は全くの無反応の様に見えるが、少女の内心ではやや膨れていた。
 自らに大きな力を与えた``紅世の王``の不器用な励ましに、聡明な彼女は勿論気付くも、不必要な言葉を交わす必要のない強い信頼関係であるため、ありがとうの言葉は告げずに心内だけで感謝したのみ。
 『不備』に必要以上に反応してしまったのは、やはりこの間ようなことがあったばかりだろう。完璧のフレイムヘイズであれと育てられ、それに見合う力と知識を付けてきたが、実際に人間社会と向き合った時には、己の不備を指摘され、諭された。
 悔しかったというよりは、情けない気持ち。自分を育ててくれた彼・彼女に申し訳が立たない気持ちで一
杯になった。

(それでも、良かったと思えてる)

 結果的にはいい経験だったと断言できる。
 いや、そうさせてくれたのは教えてくれた師の一人になったゾフィー・サバリッシュのおかげと言えよう。
 先日までゾフィーと共に行動して現在のフレイムヘイズの戦い以外での生き方、潜み方(常識)を学んだ。彼女に感謝の念は絶たない。

(でも、面倒なことばかり)

 フレイムヘイズなのに人間となるべく同じように振舞わなければならない。それは例えば、お金を得るには盗むだけでは駄目だったり、人間との関わりを断絶しないで紛れることであったりと、ゾフィーに会うまで全く問題視してなかったものばかりだった。
 これが今のフレイムヘイズの在り様だとゾフィーは言うのだ。そう言われれば、彼女を在り方とする『完全なフレイムヘイズ』としては守らざるを得ない。
 外界宿の利用もその一つだ。フレイムヘイズに必要不可欠な``紅世の徒``の情報を始め、なりたての討ち手への訓育、金銭面と交通面での援助など、現代の形に沿った支援を行う。それらを組織の力を有効活用するのも現代のフレイムヘイズに求められる技量であるらしい。
 積極的に使うか否かについては個人の判断でとのことであるが、利用法は心得よとのことであった。
 それが便利であることを聡明な彼女は考えるべくもなく理解は出来たが、それは彼女の感性や感情とは異なる所でもある。
 他を気にしなくてはならない組織は、フレイムヘイズとしての役割を忠実にこなすためには面倒であり、何より相手は組織だ。利用していたはずが利用されている何てことも起こりかねない。率直に他者との慣れ合いなんてごめんという感情もある。

(でも、私は完全なフレイムヘイズだから……)

 感情を抜きにすれば、外界宿を有効活用する方がメリットが大きいと考え、実行する。それがフレイムヘイズ足らんとする彼女の在り方だから。

「では、これよりどこへ向かうとする?」
「東。外界宿の資料に``紅世の徒``の活発化が見られる」
「ならばそうするが良い」

 アラストールは彼女を意見に口を出すこともなく肯定し、彼女は「うん」と言い切らない内に、足はすでに東へ向いていた。





 少女は初めて口説かれた。それも初対面で。
 口説くことの意味を知らない少女はそのよく喋る男、ピエトロ・モンテヴェルディの言っている意味のほとんどを理解できずにいたが、意味を問うこともなく自身の要求のみを告げる。
 東へ行きたい、と。

「完全にスルーか。これはまた厳しい反応だ。これはそうだな、かつての『炎髪灼眼の討ち手』を思い出す」
「全く何言ってんだい。無視された経験なんて一人や二人なんて数じゃないだろうにさ」

 ピエトロの喋る声とは別の声、野太くも明るいその声はピエトロと契約した``紅世の王`である``珠漣の清韻``センティアのものだ。ピエトロは自身の契約した``王``を僕のおふくろと少女たちに告げて紹介した。
 おふくろの言葉にやや少女は首を傾げたが、特に気にすること無く少女は『贄殿遮那』のフレイムヘイズとだけ答えて、無言の圧力で話をすすめるよう促す。

「まあそう睨まないでくれ。東、というと日本への橋渡しでいいのかな?」

 顎髭を触って考える素振りをしたのは本当に素振りだったのか。少女の意思を的確に読み取ったピエトロに内心では、喋るだけの男からそこそこ使えるフレイムヘイズにランクアップする。ただの馬鹿から馬鹿なだけじゃないと評価が変わったに過ぎないが。
 『天窮の聞き手』ピエトロ・モンテヴェルディはこう見えて、外界宿の重任。自らが束ねている数十人の運行管理者からなる『モンテベルディのコーロ』を率いて、欧州を中心に世界各地に交通支援を行なっていた。その活動は多岐に渡り、討ち手らのための交通手段の確保と提供、資金面の援助。その交通ネットワークから得る情報を用いての``紅世の徒``の捜索を行なっている。
 少女がゾフィーに有効利用するように言われた組織の一つであり、また今日は手紙を手に握っていた。
 愛想なく手紙をピエトロに手渡すと、ピエトロは怪訝そうに手紙を受け取りながらもすぐさまに確認すると、顔に驚きの表情が浮かんだ。

「おお、これはこれは」
「驚いたね! 『肝っ玉母さん(ムッタークラージェ)』からの紹介状さ!」

 驚きの声を出した後は、黙々と手紙の内容を読み取り始めるも、それほど内容は書いていなかったのかすぐに顔を上げた。その顔には先程までの気取った雰囲気が失せ、真剣な表情を作っていた。
 
「君が強力なフレイムヘイズであると認めて頼みたいことがある」

 手紙の内容には何が書いてあったのか。
 ピエトロの改まった態度に、少女は人の変わり身の速さを知る。

「オーストリアに居たとされるとある``紅世の徒``が東へ逃げ、日本で目撃されたらしい」

 ``紅世の徒``の言葉に大きく少女は反応する。少女の内に宿る``紅世の王``も深く唸り、ピエトロの言葉に耳を傾ける。
 少女たちが東へと歩を進める理由は唯一つ。この世を我が物顔で跋扈し、世界のバランスを崩壊せしめんとする``紅世の徒``の討滅する──フレイムヘイズの使命に他ならない。
 その天命である``紅世の徒``の話題ともなれば、軽い発言を繰り返した男の言葉であろうが、見逃せるはずがない。

「討滅の依頼?」
「その通り。目標の名は``皁彦士``オオナムチ。古来より顕現している強力な``紅世の王``だ」
「……``紅世の王``」

 少女は声にならない声で、自身の``王``へと呼びかけた。
 
(アラストール、知ってる?)
(古来より存在する強力な``紅世の王``だ。しかし、此奴が敵だとすると些か……)
(私では力不足?)

 寂しげに言う少女の声。
 普段は平坦で感情の起伏を感じさせないだけに、色を纏ったその声にアラストールは、「い、いや……しかし」とこちらも普段では見せない慌てた様子を見せる。
 少女は、困らせてしまったというのに不思議と笑ってしまった。自分でもよく分からない気持ち。それでも、少女の次の言葉は自信と誇りの溢れたものであった。

(大丈夫。私は『フレイムヘイズ』だから)

 故に、少女のその依頼への回答は``紅世の徒``の討滅が内容の時点で決まっている。

「その依頼、受ける」
「おお! それはありがたい!」
「これで祈願の達成もあと僅かってね!」

 少女を置いて騒ぎ始めるピエトロらに、少女は不甲斐ない念を向けた。彼らも一端のフレイムヘイズなら、誇りを持ち、自らで解決するぐらいの意気込みを持つべきだ、と。それこそ自分の師の一人である戦場にて無敵とも言うべき戦果を誇る彼女のように。
 これも一つのフレイムヘイズの形であることは頭の片隅で理解出来るも、十分な納得には至らなかった。

(だけど関係ない。私は使命を全うすればいいだけだから)

 感情は捨て置き、使命に全身を委ねる。それが彼女の全てであり、今の彼女の唯一の支えでもあった。
 落ち着きを取り戻した彼らは、少女の日本行きへの話を進める。日本へと向かうのは明日の朝。ここモスクワより飛行機で東京に到着の手順だった。
 途中、飛行機の言葉に首を捻り、その反応から少女がまだ飛行機に乗ったことが無いことにピエトロは気付いたのか、問題ないよと少女の不安を削ぐようなフォローをする。

「電車と基本的には変わらないよ。今、君は荷物を持っていないようだから手ぶらで大丈夫だろうし、ゲートでチケットを見せて、ハイ終わりさ。それでも不安なら案内役を出すが」

 暗に未熟、経験不足と言われているようでやや不服な顔を少女は反応してしまった。
 最近、どうにも自分が思った以上に完成されていないことに、自分自身への不甲斐なさがこういった反応になって出てしまったようだ。
 他者にも察されるほどの反応だったようで、明るく野太い声に諭される。

「なに、おかしな話じゃないさ。近代的になっていく世の中についていけないフレイムヘイズなんて幾らでもいる。意固地になって昔のやり方を変えないより、なんでも利用していくほうがずっと柔軟で頭が良いと思うんだけど、どうかい?」

 取り繕うように無表情をもう一度作り直し、小さく頷く。
 その様子を微笑ましそうに見るピエトロに、ちょっと強めの視線を送りつつ、案内役については断った。他人に甘えることを許さないと自らに課したことを、僅かでも違えないように。
 日本行きの予定もあらかた決まると、ピエトロはため息を一回吐き、「これで借りが多少は彼に返せる」と呟いた。
 その言葉に疑問を含んだ視線を送ると、ピエトロは苦笑しながらも答えてくれる。

「いや、ね。彼、『不朽の逃げ手』には『革正団』の時には大きな借りを作ってしまってね」
(ほう、『不朽の逃げ手』はまだ現存か)

 知っているフレイムヘイズだったのか、アラストールが思ってもみない反応を見せる。
 誰? と尋ねると古き知り合いだとだけ返事が返ってくる。
 どうやら『不朽の逃げ手』は歴戦の討ち手らしいことだけは理解する。

「西へ東へ大忙し。彼の居る場所が戦乱の嵐ってさ! 各所に散らばる『革正団』相手によくもまあ戦ってくれたんだよ」
「『大戦』以来の``紅世の徒``との大きな戦いで、旗揚げの『炎髪灼眼の討ち手』もいなければ、指揮を執っていた我らが『肝っ玉母さん(ムッタークラージェ)』は、親友の死で早々にリタイア。頼れるのは自分たち外界宿の住人だけ」

 『肝っ玉母さん(ムッタークラージェ)』、師のゾフィーが戦いから戦線離脱したことがあったとは驚きだった。それも怪我などの自らが戦闘不能になるのではなく、友の死という不可解な理由。
 アラストールには会得する所のがあるのか、深く唸るだけ。
 意味はやっぱり分からない。

「でも、その住人も元は復讐を終えて第一線から遠のいた者や、戦闘に向かない者が多いのが現実だったのさ。そんな中で、外界宿が主導で戦線を率いていくのは無理難題だった。そこで、満を持して『不朽の逃げ手』の登場さ!」
「我らが外界宿の顔役が最前線で荒らすものだから、外界宿側の士気もようやく向上。まして彼は、現フレイムヘイズの時の人の一人だからね! 彼の参戦を機に続々と名のある者が集まって終息を迎えたってわけだ」

 一通り説明を終えたのか、ふうと息をつき水を一杯飲み切る。
 彼の話をまとめると、先の戦は『不朽の逃げ手』が引っ張ったから勝てたということだろうか。
 アラストールとも知古のようだし、他者にあまり興味を持たない彼女も多少ながら興味を持った。

「日本に着いたら、まず最初に外界宿東京総本部に行くといい。``皁彦士``の詳しい情報を得るのもそうだけど、彼に会うことも出来るよ」





◆  ◆  ◆





 黒い髪に瞳。それだけなら自分と同じようないで立ちだが、雰囲気が柔らかい。それとも緊張感がないだけだろうか。フレイムヘイズらしさを感じさせないのも、その雰囲気に大きく影響しているだろう。
 『不朽の逃げ手』と名乗ったその人物は、ピエトロが言ったような猛者とも言うべき活躍を見せるような強いフレイムヘイズには見えない。

「久しぶりだな。『不朽の逃げ手』と``晴嵐の根``」

 違和感を抱いているのは、自身だけだったのか、アラストールはやや親しみの込められた挨拶をした。
 その声で声の主が誰か悟ったのか、『不朽の逃げ手』の顔が驚きに染まる。

「サバリッシュさんに聞いていたとはいえ、実際に聞くと感慨深いな。いやはや、お久しぶりです。『炎髪灼眼の討ち手』に``天壌の劫火``」
「まーた、堅物と再会するなんてねー。長生きするもんだね、モウカ。初めまして幼いフレイムヘイズさん?」

 かたや感嘆が大きくも礼儀正しく挨拶した青年、かたやおちゃらけとした適当な挨拶に少女を小馬鹿にしたように言う笑い声を伴った女性の声。
 女性の声は自分が馬鹿にされているようで何だか腹が立つ。
 それを知ってか知らずか、モウカと呼ばれたフレイムヘイズは苦笑しながら謝ってくる。本当にフレイムヘイズらしからない。

「旧交を温めるような親しい仲でもないから、仕事の話をしようか」
「依頼の詳細を」

 どこかの女と違って必要以上の言葉は発さず、端的に答える。
 今度は逆に、相手側がその態度が気に食わなかったのか、ぶーたれる様に言う。

「モウカと違って愛想良くない。つまらなーい。これだから堅物のフレイムヘイズは」
「ウェル、いい加減おちょくるの止めてよ。相手は天下の『炎髪灼眼の討ち手』なんだからさ……」

 誰よりもフレイムヘイズ然とする『炎髪灼眼の討ち手』の討ち手と、誰よりも人間らしさ然とする『不朽の逃げ手』。
 ``紅世の徒``を討滅することこそが使命とする少女と``紅世の徒``の討滅の使命から逃げ続ける青年。
 真逆の性質を持つ、二人の初めての邂逅だった。

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特別編『お酒』(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

・妄想話です
・キャラ崩壊です
・作者は狂ってます
・作者は欲求不満なのでしょうか?

ウェルのほうが可愛い可愛い言われるので、「ぬまだとー!」と反抗して生まれた結果の特別編です。
色々とおかしいので、どんな内容が来ても笑って誤魔化してくれる人や暖かな目で見てくれる人に限り読んでください。
では、どうぞ




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第五十七話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 ──嫌だ。
 この気持ちで心の中を埋め尽くされることはままあることだ。
 ウェルにからかわれた時然り、``紅世の徒``との遭遇然り、偶然による面倒事への巻き込まれ然り、どれもこれもが、俺にとっては嫌悪感を示させる対象だ。ウェルのそれは長年の付き合いから諦めているし、``紅世の徒``とはフレイムヘイズの因果関係上仕方ないかもしれないし、偶然なんてものはいもしない女神を呪うしか手立てはない。
 対処法なんてものは我慢であったり、逃げであったり、たまには少し強気に出たりなんて殆どは弱腰ではあるが、千差万別で意外と対応できなくもない。そうやって5世紀もの間を生きてきたのだから。何も疑いようもない。
 それでもやはり嫌悪感を抱かせる物。今回の場合は恐怖感にも近いが、それを知ってしまうのは非常に嫌なことだ。

「どうしたの? 最近じゃ珍しいくらい引き攣った顔して」

 リーズがお盆に乗せたお茶を手慣れた手つきで俺の前に置き、流れるような仕草でソファーの隣に座ると顔を覗き込みながらそう言った。
 ここは外界宿東京総本部の自分の私室。東京総本部の創設者であり、一応の責任者のための部屋であるからか、ソファーやベッドを含めた生活に必要不可欠な家具や電化製品を入れても、余裕を残している。余分なものが無いのも大きいかもしれない。だが、この無駄な広さの理由はどう考えても立場以外の邪なものが絡んでいるようにしか思えない。何故か部下の配慮により、リーズとの共有の部屋になっているのだから。
 この本部の設計にもいくつか口出しはしていたが、こんな部屋をあてがわれたのに驚いたことは覚えている。この状況を良しとする、リーズにも驚いた。
 それでも最初の頃は、必要最低限の時以外はここに詰めることもなく、今まで通りに気ままな逃亡生活をしていたので、問題はなかった。ここに詰めいるようになったのは忌まわしき『革正団』戦争以後だ。それ以来、このようなまるで家族のような生活をしている。
 これはこれで最初の頃は、長年付き添ってきたとはいえ、違和感の拭えない毎日であったが、人間はやはり慣れる生き物らしい。今ではとんと違和感を覚えないのだから、不思議なものだ。
 
「この手紙を見れば嫌でも、引き攣った顔になるさ」

 いや、読まなくても分かるかもしれない。ウェルが必死に笑いをこらえているのが、リーズにだって聞こえるはずなのだから。
 刺激を求めるウェルは、ここ約50年の平和な生活には飽き飽きしていたのかもしれないが、考えてみても欲しい。俺の生きてきた年数の中では、戦乱に巻き込まれている時間自体はさしたるものではない。それは戦闘時間が短いなどの問題ではなく、フレイムヘイズとしても戦闘に立っている回数も時間も圧倒的に少ないはずだ。
 19世紀から20世紀初頭の間が異常だったのだ。
 『内乱』に``海魔(クラーケン)``騒ぎにサブラクの不意打ち、止めは久々の大戦に相当する『革正団』戦争。過去最大の危機の一つであった``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``の時のように、死に瀕することはなくとも十分に傍迷惑な戦いであった。
 
「``仮装舞踏会(バル・マスケ)``に動きあり?」

 リーズは手紙の最初の一文だけを読み上げて頭にクエッションマークを浮かべ、すぐにこちらに小首を傾げ縋るような目をする。説明を求めているようだ。
 ``仮装舞踏会``の説明をリーズにしたことはあるはずだが、この子は結構残念な頭の持ち主なので、最初の一文で躓くことも安易に予想できた。
 
「何よ、その今にも溜息を吐きたそうな顔は。分からないんだからしょうがないじゃない」
「ああ、いいいい。分かってたから。最初から説明するつもりだったから」

 俺が呆れたような返しをすると、リーズは少し拗ねたような表情をした。それでも、教えて貰いたいようで、文句を言わずに説明を頼んできた。
 
「``仮装舞踏会``と言えば、``徒``の組織の中で最も巨大な力を持ってる組織だ」

 自分自身の欲望を叶えようとこの世界に跋扈する``徒``は、その理由からも分かる通り非常に自分本位な輩ばかりだ。しかし、そんな彼らが本当に好き勝手にこの世界を使いたい放題にしていれば、当然のことながら世界を守る使命を帯びて、または復讐とばかりに討滅者たるフレイムヘイズが``徒``の野望を阻止せんとする。
 ``徒``とフレイムヘイズの一騎打ちとなれば、どちらに軍配が上がるか。真っ当に戦えばフレイムヘイズが勝つことが出来るだろう。跋扈する``徒``の力も上から下までピンきりではあるが、フレイムヘイズはある種一定以上の力は保証されているようなものなのだ。フレイムヘイズとは、確固たる意志と器を持ち得た人と``紅世``の世で王とまで言わしめる力を持つものが契約して生まれる。フレイムヘイズの内包されている力は最初から``紅世の王``以上が確定しているのだ。使いこなせるか否かは、契約した人に左右されるも、地力の点では、並の``紅世の徒``とは格差があるのだから。
 相性、力の方向性、才能により、勝負の結果は危ぶまれるものの、理屈上はフレイムヘイズが有利だ。
 一騎打ちでは勝てない。要するに個人の力だけで自らの野望を成し得ないものが当然のことながら現れてしまう。或いは一人だけでは叶えられない野望を持ったり、無駄な同類の死を防ぐために。もしくは、同じ野望持った同士に、そういったモノたちが集まって組織や徒党を、``紅世の徒``も人と同じくして作った。
 ``仮装舞踏会``もそれらと同じだ。

「フレイムヘイズにとっての外界宿みたいなもの?」
「組織だってたのはもっと昔からだったはずだけどねー」

 かの組織の歴史は外界宿より古いかは俺には分からないが、組織として成り立っていたのはウェルの言うとおり外界宿よりも圧倒的に昔だろう。むしろ、外界宿が組織として機能し始めているのはここ最近だ。
 そう考えると、愚直に復讐ばかり考える討ち手らより、野望を叶えようと他を利用することを考える``徒``のほうが協調性があるのかもしれない。
 ふと、全く協調性のない大嫌いなあの``紅世の王``が頭をかすめたが、アレに限って言えば``紅世の徒``にとっても迷惑をしているので、色々と例外だろう。というか、アイツのことは考えちゃいけないことだった。なんかこういう話をしていると本当に現れそうな気がするのだ。
 
「ただ、``仮装舞踏会``はあまり表立ってフレイムヘイズと戦いをしてこなかったんだ」
「抑止力にもなっているらしいよ」
「``徒``の組織なのに?」
「そう、``徒``の組織なのに、だ」

 これは比較的有名な話だ。
 ``仮装舞踏会``が積極的に、フレイムヘイズとの敵対を避けようとしている訳ではない。現に小さな小競り合いはどこにだって存在しているが、逆に言うならこれだけ大きな組織となっているのに、フレイムヘイズと全面対決になる雰囲気がないのは驚くべきものだ。
 ``徒``の多くはフレイムヘイズに『討滅の道具』と軽蔑を顕し、憎しみを込めて呼称した。そんな彼らが集団となれば、それを機に憎たらしいフレイムヘイズを一掃しようと動こうとする。そうでなくても、感情のままに行動する隣人たちを押さえつけるのは並大抵のことじゃないだろう。
 憎しみを主な力の源としている討ち手の前に、敵を来ずさえて、今にも暴れだしそうなのを抑えているのと同じなのだ。
 ``仮装舞踏会``の抑止力の高さには舌を巻くものがある。図らずもフレイムヘイズが彼らの組織のおかげで助かっている一面もあるということだ。
 
「この間の『革正団』の時も協力的だったらしいし」
「あのババアが協力的だったっていうんだから、裏に何があったもんじゃないけどね」

 ウェルが滅多に見せない嫌悪の感情を色濃くする。
 ``紅世``は``紅世``で、人の世のような人間関係があるようだが、ウェルがどういった経緯でウェルがババアと言う``逆理の裁者``ベルペオルとの関係があったのか、俺には想像の余地もなかった。度々垣間見えるウェルと他の``徒``については、本人に聞いても「何もないよ。面白みの欠片もないし。今のほうが楽しい」と俺からすれば返答に困るような返事をされ、深い事情を知ることはできないでいた。
 それでも、ウェルはベルペオルの情報が必要と考えてか、嫌々なのが見て取れるように言う。

「あのババアはさ。自分が楽しくなるように物事を動かそうとするんだよね」

 それってウェルみたいじゃないか。
 口に出しては言わなかったが、俺もリーズも同じようなことを思ったらしく、二人で顔を見合わせてしまった。

「お主みたいだな」
「うわー、気にしていることを言ってくれるよね」

 俺とリーズがあえて口に出さなかったことを明確にフルカスが突っ込んだ。
 雰囲気や空気に惑わされず言えるフルカスをちょっとだけ尊敬。

「ウェルが何かを気にすることがあるなんて」

 だから、俺がポロッと言葉を零したのはフルカスのせいだ。
 俺の隣で座っているリーズは、首を二度ほど素早く縦に振って同意した。
 三人の反応に納得がいかないのか、むーと頬を膨らます姿を想像させるように唸ってから「失礼ねー」と言い、自分とベルペオルの違いについて弁明をしだす。
 その例えに最初に出したのが陰と陽。あいつは陰。根暗で薄気味悪く、狡猾な謀略を使い、いつだって自らが表舞台に出ずにコソコソとやる卑怯者。かたや自分は陽。いつだって自分自身で行動し、狡猾さの欠片もない純白な正直者。
 つまり、二人の関係は簡単だった。

「それ同族嫌悪なんじゃないか」
「あ、やっぱり? 私もそう思ったわ」
「まさしく」
「一緒にしないでくれるかな。私がいつモウカに自分の意思を押し付けたことある? あいつはそれを気付かせずに、自分の思惑通りにさせるっていう一種の能動的だけど。私はいつだって、相手を尊重した上で楽しむ受動的。ぜんぜん違うから気をつけてほしいな」

 言われてみれば、ウェルが故意に自分自身の面白い方向へと首を突っ込ませたことはないかもしれない。所々では、会話に口を挟んで場をかき乱すことはあれど、俺の行動にケチつけることはあんまりなかった。
 この平和な五十年間もたまに愚痴るものの否定はしない。あくまでも、俺の意思を尊重してくれていたということなのだろうか。
 見方を考えると物凄く出来た人? に見えてくるから不思議だ。
 騙されてはいけないのは、ウェルはすでに俺という人間をセレクトした時点で、自分の望んだ面白楽しい日々になると信じて疑っていないところだ。
 それでも流れを俺に委ねている意味では、ウェルが自分で言ったように受動的ではあると言えなくもない。
 頭の中ではベルペオルをウェル(悪性)の立ち位置で認識することにする。

「話がだいぶずれたけど、``仮装舞踏会``は比較的敵対心の薄い敵の認知が一般的だった理由は分かっただろ」
「…………え、ええ。分かったわ」

 微妙な間。
 もしや、本筋から話が逸れている間に、肝心の内容が飛んでしまった、なんてことはないだろうな。不自然に空いた間を訝しみながらも、今更最初から説明し直すのは嫌なので、リーズが分かってなくてもフルカスの方で補完はしてくれるだろうと期待して続きを話す。
 
「これでようやく、手紙の内容に入れる訳だ」

 ここまでが前知識。最前提。
 フレイムヘイズと積極的な戦闘を避けてきた``徒``の組織``仮装舞踏会``はいわゆる停止状態だったとするなら、動きがありと書かれた手紙の意味するところは、

「フレイムヘイズと``仮装舞踏会``の全面戦争?」

 さすがのリーズも事の重大さが分からないわけではなかったのか、神妙な顔になり、表情には不安を隠し切れないでいる。
 俺だって同じだ。
 何度も比べているが過去の大戦であった``とむらいの鐘``はフレイムヘイズの歴史に残るずさんな戦いだった。ほとんど負けが決めつけられてる戦いで、たった一つの勝ち筋を辿れて、奇跡的に勝てたに過ぎない。
 予想される``仮装舞踏会``との戦いの規模は、前回のそれを上回るだろうと俺は見る。前回は都市一つ分の存在の力を溜め込んだ絶対的な``王``がいたが、組織自体の規模は``仮装舞踏会``の方が上を行く。近年でほぼ``徒``の組織が``仮装舞踏会``に一本化されたためだ。それだけでなく、フリーである``徒``たちも``仮装舞踏会``がフレイムヘイズと全面的な戦闘となれば、協力してくることが分かりきっている。これは、前回の時と同様だ。
 数は絶対的な暴力だ。
 一つの圧倒した力もまた強い力だが、数はそれ以上に恐れなくてはならない。

「現段階じゃ一つの可能性の段階らしいけどね」

 最悪の想定ってやつだ。
 こうなって欲しくないという願望でもある。
 俺はもちろん、そんなことになっても生き残りたい精神でどうにかこうにかならないだろうかとパッと考えたが、さすがに全面戦争が起きてしまったら、逃げる云々の問題ではなくなる可能性が高い。
 フレイムヘイズが負けてしまえば、世界のバランスはあっという間に崩れ、この世界に生きることが出来なくなるとされている。

「それで、内容はそれだけじゃないんだよ。下をもっと読んでみな。俺が嫌な顔をした理由が分かるから」

 ``仮装舞踏会``がフレイムヘイズに今の今まであまり手を付けなかったことに、何故と疑問に思う者は多々いた。同郷の出をフレイムヘイズから守る要素が、強いのは確かだったらしいが、それだけではないとどうしても思えなかった。
 そして、何故今頃になって急に動き出そうとするのか。
 その意図とは何なのか。
 外界宿側からすれば、非常に気になる疑問であったに違いない。

「ええと、『``壊刃``が``永遠の恋人``を襲撃し、謎の自在法を打ち込み、``永遠の恋人``が消滅』? ``壊刃``ってまさか」
「更に続きを」

 そこも重要だけどね。個人的にももう二度と会いたくない奴の名前が出てきて、すこぶる顔色悪くなってると思うけど、もうちょっと読み進めて欲しいんだ。
 今度は腹痛と頭痛と目眩が一気に押し寄せそうだけど。

「『零時迷子の探索と情報を求む。``仮装舞踏会``の狙いである可能性高し』の部分?」
「正解。書いてある意味は多分、リーズにはまだ分からないと思うけど、これは多分俺もひと働きしなくちゃいけなくなるかもしれない」
「どこらへんが?」
「『零時迷子』ってのは、宝具の名前なんだよ。指定した宝具を探すことの無意味さってのは理解できるだろ?」
「なんとなく、大変なんだろうなってくらいには」

 大変なんてものではなく、本来であれば不可能と言ってもいいものだ。
 まずは宝具を見つけられる事自体が稀で、大抵の場合は宝具を所有している``徒``を撃破した際におまけのような形で手に入ることが多い。そうでなければ、偶然見かけたトーチに内包されている宝具を見つけるしか無い。
 宝具は持ち主がいないと『この世に開いた``紅世``の穴』であるトーチに無作為転移で内包される。この状態のトーチをミステスと呼び、これを数あるトーチから見つけ出さなくてはいけない。無作為転移のために転移の軌跡は追えず、完全な運頼みと言って間違い無いだろう。
 ミステスに内包されている宝具の効果によっては、そのトーチがミステスであるかも判断できないこともある。
 ダイヤモンドが眠っているかも分からない石の山から、ダイヤモンドを見つける行為に等しいのだ。これは不可能といっても過言ではない。
 だからこそ、俺が動かざるを得ないのかもしれない。

「いつかの時に戦乱の中心に俺を導いた自在法が、また導くかもしれないなんて」
「モウカって本当に持つべくして持ってるよね。契約して本当に良かったよ」

 哀愁を漂わせる俺に、どこまでもにこやかなウェル。
 俺たちの言ってることについていけないリーズはポカーンと思考を停止させ、フルカスは口を開く気配すら見せない。
 今回ばかりは仕方ないのかもしれないな。そういう星の下に生まれたと思って諦めよう。
 図らずも巻き込まれかねない全面戦争を未然に防ぐためにも、牽制するためにも、不服ながらも就かねばならならない役回りがあるようだった。
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第五十八話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 宝探しと言えば、海賊の地図を片手に持ち、その地図に記されている海賊の財宝を探す、この流れが非常に有名であるだろう。現実的には海賊が、そんな自分たちの財産の隠した場所を安易に地図に書き込む、なんてことをするとは思えないが、言ってしまえばロマンだろう。
 それで財宝を見つけるのもロマンであれば、見つからないのもロマンである。占いと同じで、当たるも八卦当たらぬも八卦というやつだ。
 宝を探す時に非常に大切なのは、このような地図──ではなく、端的に、総称すれば情報だ。どこに何があるか、とここまで具体的な事を求めるのは無理ではあるが、噂話のような、むしろ都市伝説のような物を追いかけて行く事が、手段の一つに挙げられるだろう。
 トレジャーハンター。冒険家。
 これらの響きは実に男の心をくすぐるが、そのロマンだけで生きていけるなら、人間は何と身軽な生き物なのだろうか。
 人間には夢やロマンを追いかける時間が少ない。有限なのだ。それらしい噂や都市伝説など、地域や地区、それこそ人の数ほど溢れていて、その中の幾つが本当の宝に辿り着くとも知れない。どれ一つとして宝に辿り着かないことだって十分にありえる。
 志半ばで死は当たり前で、その意志を引き継ぎ息子も冒険者に、となれば恰好の冒険譚ではあるのだろう。そんな映画だって、小説だってある。
 夢に生きる男は格好良いが、夢を果たせぬ男は哀れみが付き纏う。本人が幸せなら、それもまた人生かも知れないが、俺は果たせない夢を淡々と追いかける行為はどうにも出来そうにない。とっとと諦めて、叶えられそうな夢に方向転換しそうだ。
 打って変わって、フレイムヘイズはその時間の猶予こそは無限大。終させられることがなければ、驚くような長寿をし、老いだってない。
 おお! まさしくトレジャーハント向きな存在ではないか! と言う訳でももちろん無く。彼奴らフレイムヘイズのほとんどは、そんな人間社会の財産やら宝には見向きもせず、己が復讐心か、はたまた正義感か使命感に心通わせる。
 俺だってその例外ではないのだ。
 しかし、フレイムヘイズの誰よりもトレジャーハントに向いているとも自負している。
 人間のように噂に縋る必要もなく、自分の力で、宝の地図よりも確かな方法で、俺は``宝具``と呼ばれる``紅世``の人あらざるものが作りし宝を探すことが出来るのだ。
 全く使っていなかった自在法『宝具探し』によって。
 本来であったなら使い道の多かった能力であったと思う。この自在法の使い道は、名前の通り``宝具``を探し出すことに尽きる。明確な指針を示すわけではないが、感覚的に、超直感的に、どこらへんに``宝具``があるかを知ることが出来る。
 物によってはフレイムヘイズに力を与えてくれるものであったり、外界宿でも使っている``テッセラ``のように身を隠す便利な能力を携えていたりする。
 戦いを避け、生き残ることを第一に考える俺にとっては、身を隠すことの出来るアイテムは持っていて損するものではない。手に入るのであれば、手に入れたい代物が``宝具``である。
 事情、そう甘くはいかないのが世の中である。
 まず、目的の``宝具``を手に入れることは困難だ。
 鉱山を知っていても、そこから出てくるのが目的の鉱石とは限らないのだ。ダイヤモンドが欲しくて穴を掘ったのに、手に入れたのはルビーであった。もしくは大した価値にならない鉱石であったとなる。
 これでも無事に鉱石を手に入れられたのなら良い方だ。その鉱山は実は誰かの所有物で、奪わない限り使わせてもらえないことのほうがザラだろう。
 つまり、``宝具``の中身は分からないが在り処は分かる。ただその``宝具``にはすでに持ち主がいて、それが``紅世の王``だった。
 こんなことが起きえる。
 戦いを未然に防ぐために、争いを起こすのは手段として間違っていない。
 現に俺は、これから起きうる未来であるフレイムヘイズ対``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の大戦を未然に防ぐために``零時迷子``を先に見つけ出そうと考えているのだから。
 たった一つの宝具を見つけ出すことの難しさたるや、想像もつかないが、果てしない努力の末に、大戦が防げるなら、必要な労力だ。

「モウカ様、その……お客様がお見えに」
「お客?」

 私室のドアをノックし俺の類まれなる決意の過程を遮ったのは、パウラ・クレツキーその人である。ハワイではドレルの伝言を俺に告げ、そのまま東京総本部の幹部となった人物だ。
 彼女は執務の殆どをこなさない俺とレベッカに代わって、非常によく働いてくれる素晴らしき人材だ。フリーダーは俺たちと違って執務もこなすが、それでも事務処理専属といっていい彼女の働きには劣る。
 総本部での役割分担は、レベッカは実務(戦闘)主任、フリーダーは実務監修(レベッカのお守り)兼執務担当、パウラは執務主任、という感じに成り立っており、俺は総責任者(張りぼて)である。
 威張ってる言えることではないが、組織の運営の何たるかも、戦闘の指揮のなんたるかも知る由もないのだ。
 誰かに指示されたら、その通りに動くだけの簡単な立場。個人的にはとっても都合の良い場所を手に入れることが出来たと思っている。
 こんな俺(役立たず)が、ここに居て意味があるのかと疑問は湧くのだが、居座っているだけで意味があるとのこと。
 ……まあ、どうしてかは何となく冊子はつくから、あえてその事に言及はしなかった。ウェルが笑っていれば、それだけで大体の事は予想できるというもの。

「お客って誰かな」
「モウカに直接訪ねてくるような友人っていないよね」
「貴方に思い当たる節は?」
「交友のある人物は要人ばかりだから、急にはここに来れないと思うけど。あとウェルはさらっと変なことを言うな」

 フレイムヘイズならサバリッシュさんやピエトロにドレル、この辺なら個人的に付き合いの多かった人ではあるだろうが、こんな場所に来るような人たちではない。後者二人なら予め連絡をするだろうし、サバリッシュさんは現在はご隠居状態。
 果たして誰だろうか。
 俺とリーズが首を傾げていると、パウラは非常に言いづらそうにしながら、衝撃と言っていい言葉を口にした。

「それが……お客様は人ではなく``紅世の徒``です」

 ``紅世の徒``……フレイムヘイズの敵……襲撃……
 俺たちの決断は速かった。
 二人にして四人の言葉は一斉に放たれる。

「よし、逃げるぞ」
「逃げるんだよね! モウカ!」
「面会謝絶って言っておいてもらっていいかしら」
「これはまた久しぶりな感じだな」
 
 ついにアレを使う日が来たのか。
 そう思うと、いつもは鬱蒼と恐怖に駆られながらの逃げ支度もなんだか楽しい気分になってくる。初めてのことを試す時は、いつだって心が踊るものだ。
  非常用と書かれたボタンを手に取り、緊急脱出を行なおうとした矢先、そのボタンが奪われた。

「パウラ、どういうつもり?」
「気をつけた方がいいよ、パウラちゃん。いくら臆病なモウカでも、逃げの一手を妨害されたら、嵐になって周囲を巻き込みながら逃げかねないよ?」
「ち、違います! ちゃんと私の話も聞いてください! お客様は──」



 「こんな時ばかり、物凄い威圧感を出して」とブツクサ言いながら、パウラが部屋を出ていくこと、数分後。
 彼女にはあまりにも似つかわしくない姿で旧き友に挨拶するように「やあ」と呑気に現れた。

「ここ最近は懐かしい顔によく会えるな。久方振りだ」
「よくも抜け抜けと顔を出せたもんだよ。まあいいさ。とりあえずは、再会を喜ぶよ」

 ``螺旋の風琴``リャナンシー。
 彼女は確か、可憐で儚気な容姿だったはずだが、今はどういった理由から老紳士の恰好をしていた。``紅世の徒``に容姿の変わり様に疑問を抱くのはどこか的外れのような気もするが、彼女の元の姿を知っていればこそ、この違和感は大きい。
 リャナンシーのことだから、理由があってその姿であるのは間違いないだろうが、人知れぬ理由が誰にでもあるだろう。
 親しき仲にも礼儀ありである。
 だけど、憶測としては``螺旋の風琴``だとバレないための処置と、存在の力を使用しないようにいったところだろうか。昔はここまで用心はしていなかったと思うけど、時代が変われば振る舞いも変えざるを得ないというところか。

「抜け抜けと、か。随分嫌われてしまったようだ。どうしてかは分かっているつもりではある」
「モウカは怒ってるけど、私はそれほどでもないから安心して。楽しかったし」
「楽しくなんか無い! でも、過去のことだからいつまでもグチグチ言ってても仕方ないのも分かってる。それで、ここに来た要件は何? これた時点で色々と問題なんだけどさ」

 外界宿は基本的に秘匿の場所である。フレイムヘイズには別け隔てなく公開し、積極的な支援に取り組む組織の活動拠点だ。
 そんな重要な場所が、おいそれと``紅世の徒``にバレていいはずもなく、平然とここに訪れたリャナンシーはあらゆる問題を含んでいる。リャナンシーが他の``紅世の徒``に場所を公にし、フレイムヘイズに戦争を仕掛けてくるとは到底思えないが、あってしかるべき危惧である。
 ただ、彼女にここを知れた方法を問い詰めても、『自在法』という魔法の言葉一つで片付けられかねない。

「モウカの変わりなきその器に感謝する」
「別に感謝される言われはないよ。どっちかって言えば、俺だって打算に変わらない。リャナンシーとは友であった方が何かと都合が良いし。それに……数少ない友を失うのはどうかと思うわけだ」

 ただでさえ、友だちが少ないんだ。
 もしかして、もしかしたらリャナンシー以外にはいないかもしれない。
 なら、自分の癇癪で失うのはあまりにも虚しい。

「``晴嵐の根``の契約者は変わらず面白い。少し、それが羨ましくもあるよ」
「自慢の契約者だから当然! 譲らないよ、誰にも」
「お前ら、それ褒めてるのか?」
「私は良いと思うわよ、貴方のそういうところ」
「旅をしてて飽きないからな」

 やっぱりそれは褒めてるか微妙だろ。
 俺を抜きにして、俺のことで楽しむ三人に少々辟易していると、リャナンシーが「さて」と前置きをして、ようやく本題に乗り出す。

「私が君等を尋ねてきた理由だが、一つは先の謝罪。もう一つは容認して貰えないだろうか」
「謝罪は分かったけど、容認? ここに居ることを許容して欲しいのか?」
「正確には日本に、だな。『不朽の逃げ手』の箔を付けて貰えれば、私も大分動きやすい」
「あー大体分かった、前と一緒か。それは問題ないけど、俺が言ってどうにかなる問題かな」

 東京周辺なら、一応東京総本部の長ではあるので、ある程度の抑制は効くだろう。ただ、日本全域となればそれは過信というものだ。俺にそこまでの影響力はない……はずである。
 すると、俺の思考を読み取ったようなタイミングで、リャナンシーは問題ないと言葉を紡ぐ。

「君が思っている以上に、君の発言力は大きい」
「…………あんまり嬉しくないよ。その言葉は」

 なにはともあれ、旧友との会話はそれなりに楽しかった。
 改めて友達の大切さを見に染み込ませながら、楽しい時間に身を委ねる。彼女の見識や知識のある話は、聞いているだけで楽しませてくれるし、言葉を交れば知的好奇心を満たしてくれるものだった。

「いささか会話に興じすぎたか」

 そう言ってリャナンシーが視線を落とした先には、会話の途中でソファーで眠りについてしまったリーズの姿。
 話の終始、眠たそうに半眼で、暇さあればあくびをしていた彼女だが、ついには眠りこけてしまったようだ。
 リャナンシーはこれでお開きだというように、自然な動きで出口へと進みだした。
 俺は慌てて、別れの挨拶をしようと口を開こうとした時、リャナンシーがドアに手を掛けようとしてその手を止めた。

「これは独り言なのだが、とある街、ここからそう遠くない場所で実に面白いミステスを見かけた」
「ミステス?」

 いきなり何を言い出しているのか理解できず、オウム返しに言葉を返したが、リャナンシーはそれを聞かず、独り言を続けた。

「封絶の中を動き、自らの炎の揺らぎに不安を持たない、真珍しいミステスだった」
「……」
「私にはその中身が何か、皆目検討がつかなかったな」
(モウカ! これって!)
(ああ、もしかすると、もしかするかもしれない)

 リャナンシーが、そこまでミステスの特性に気付いて中身が分からない? そんなことあるのだろうか。いや、おそらく彼女は分かっていてそう言っている。一つに特定は出来なくても、候補の幾つかは挙がるはずだ。
 それを皆目検討がつかないと言うだろうか。言わないはずだ。
 なら、これは──

「借りは返したぞ。どうするかは君たち次第だ」

 そういうことなのだろう。
 ``紅世の徒``というフレイムヘイズに目の敵にされる立場であるはずの彼女が、``仮装舞踏会``の不利益を被り、敵と認定されかねない行動した。
 思わず出てしまった俺の「大丈夫なのか」の言葉に、彼女は「どちらに転ぼうとも、私の不利益にならないよう言っただけだ。案ずるな」と、実に頼もしい言葉で持って返してみせた。
 リャナンシーが俺たちに見送られて部屋を出て行ってから、沈黙が訪れる。
 彼女が最後にもたらされた情報の貴重さ、彼女にとっても危うくなりかねない情報の危険さ故にだ。
 けれども、その思い雰囲気は結局のところ俺たちには不釣合いだったのか。あくびを手で抑えることもせず、ふしだらに大口を開けながらリーズが沈黙を破る。

「で、これからどうするの?」

 そんなの決まっている。考えるまでもない。

「よし、援軍を呼ぼう」

 俺たちだけで対処するなんて馬鹿なことをするはずがないじゃないか。
 まずは、頼りになる味方を増やして、それから順次対処に入ろう。
 
「楽しくなってきたね! モウカ!」

 カラカラとひとしきり笑ったあと、ウェルは実に生き生きとそう言った。

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第五十九話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 援軍としてやってきた彼女に俺は言い聞かせるように言う。
 これはフレイムヘイズと``紅世の徒``の全面戦争を未然に防ぐための対策である。
 彼女自身はフレイムヘイズと``紅世の徒``との戦いにはここ百年程度で慣れているかもしれない。実際に名をわずか百年で``紅世``に轟かせ、密やかに``紅世の徒``からは『天路少艾』と呼ばれ畏怖されるに至っている。華奢な彼女には不釣り合いな言葉かもしれないが、十分に猛者と言うべき実力者である。
 とはいえ、経験はたかだか百年。俺の五分の一にも届いていない。葬ってきた``紅世の徒``を競っては負けるだろうが、生きていた時間と経験だけは、何においても負けるはずがない。
 最大規模の戦いを経験した俺にとって、過去のそれを超えるだろうフレイムヘイズと``バル・マスケ(仮装舞踏会)``の争いは、何としてでも未然に防ぐ必要性があるのだ。
 あの大戦におけるフレイムヘイズの勇姿を語るには、彼女のフレイムヘイズたる所以の王である、彼女ら、``破暁の先駆``ウートレンニャヤと``夕暮の後塵``ヴェチェールニャヤが適任かもしれないが、大戦におけるフレイムヘイズに襲いかかった恐怖を語るには、自分以上にふさわしい人物はいないだろう。

「なんてモウカは大仰なことを言ってるけど、シンプルな話なんだよね。一言、人手足りないから手伝って?」
「おい、せっかく人が上手く誤魔化そうとしてるのに」

 ウェルの言葉で、彼女──『極光の射手』たるキアラ・トスカナは苦笑を漏らした。
 ただ、ウェルもこの時ばかりは気を遣ってくれたしく、いつもよりやんわりとした、茶化しの入らないものだった。
 キアラはそれに一寸の憂いもなく「いいですよ」の明るい一言で、協力を約束してくれた。そも、遥々日本に来てくれている時点で、了承を取り付けたようなものではあったが。
 彼女ら、特にキアラの契約する王の二人にとっては、日本は鬼門ではなかったのではないだろうか。『極光の射手』の先任であったカールは、その武勇を欧州に轟かせながらも、この日本の地にて無残にも謎の死を遂げた、とは当初の話で、今となってははっきりと原因は分かっている。
 それはミステス``天目一個``によるものだった。
 俺自身にも苦い思い出であるこの敵は、小細工を通用させないことにより一切の自在法を受け付けず、膨大な存在の力を持っているとされているにも関わらず気配を感じさせない。この二つの要素から、フレイムヘイズと``紅世の徒``の双方問わず消し去ってきた。
 ``紅世``の関係者には『史上最悪のミステス』とまで言わしめている、正真正銘の化け物。
 かく言う俺も、偶然の産物で``天目一個``の襲撃より生還できただけ。二度目があるとするなら、生き残るの可能性はゼロに等しいだろう。
 事前察知が不可能、神出鬼没な時点で、``紅世``では天災扱い。対策など考えるだけ無駄なのだから、俺も会わないことを祈るしか無い。
 故人について触れるのもデリカシーが無いので、俺は疑問には思っても口には出さず、話題には今の話を振ることにした。

「そう言えば、キアラは『鬼功の繰り手』と一緒に行動しているんじゃなかったんじゃ?」

 『極光の射手』と『鬼功の繰り手』の二組は、一匹狼の多いフレイムヘイズには珍しいペアで有名な討ち手である。
 その名が馳せたのは、俺たちが命からがらの戦いを繰り広げたハワイ沖で戦闘の後で、ハワイに潜伏していたと思われる``革正団(レボルシオン)``との戦いがきっかけであった。
 元よりすでに名を広めつつあった『鬼功の繰り手』に付き従う形で、まだ不完全であったキアラはその力を開放することになったという訳だ。
 もし、あの場所でドレルの東京行きの話がなければ、サブラクに続いて連戦になっていたかもしれない事実には、ゾッとするものがある。
 そんな彼・彼女は師弟関係であったはずなのだが、最近聞くはなしでは二人は晴れて恋人の関係へと進展したらしい。
 フレイムヘイズ同士の恋人は以外にも珍しかったりするのだが、フレイムヘイズらは誰も彼もが一癖も二癖もあるので、真っ当なお付き合いは出来そうにないというのが俺個人の意見である。とはいえ、本当に出来ない理由は他にあって、内なる王がその最たる要因ではないだろうか。ウェルなんかは絶対に嫌な姑になりそうだ。
 王が保護者的な役割を持つフレイムヘイズが多い中で、その王と契約した人間が恋仲になることもままある。というか、そっちの方が多いのではないだろうか。
 前の大戦なんて、結局のところ愛する契約者が死んじゃったから生き返らすために引き起こしたものだし、それを止めた『炎髪灼眼の討ち手』もそういう関係だったという。
 俺に当てはめると俺がウェルと恋仲になるということだが………………ないな。絶対に。
 キアラは実に優良物件ではあったのだと思う。従順そうで健気で、何でこんな子がフレイムヘイズなんだろうと疑問に持つほど良い子である。『鬼功の繰り手』が羨ましいくらいに。
 羨ましいので一言言わせてもらうと、こんないたいけな少女を堕としておいて、このロリコンめと言っておく。
 フレイムヘイズに年齢は関係ない? は! 結局見た目が幼かったら、ロリコンだ! と俺は思うのだが、やっぱりフレイムヘイズからすれば年齢は関係ないので、こういった感情を持つのは俺だけなのかもしれない。

「う、それは、師匠が……」
「また痴話喧嘩しちゃったんだよねー!」
「今回はお揃いの服装が恥ずかしい、だっけ?」
「い、いいから黙ってて!」

 キアラは顔を真っ赤にして、余計な口を挟む二人を黙らすためか神器と思われる髪飾りを握る。その髪飾りからは「むぐー」「むごー」と必死にもがく声。
 キアラの喧嘩別れをした話に、何故かリーズはにやけ顔をして、俺に腕を絡めてペタリとひっついてくる。

「私は喧嘩したことないわ」

 とキアラに得意顔を向けると、キアラは悔しそうに表情を歪めて「リーズさんが羨ましいです」とボソリと呟いた。
 喧嘩を全くしないのもどうかと思わなくもない。喧嘩するほど仲が良いとも言う訳だし。
 キアラには勘違いされるのも困るので、

「まあリーズは妹みたいなもんだけどな」

 事実をしっかり告げるのを忘れない。
 それには何故か二人からジト目で責められ、キアラの王からは空気読めないだの、鈍感だのと言われる。
 解せない。
 鈍感ではない。リーズからの好意には当然気がついているが、どうしても自分とリーズの男女の仲が想像出来ない。やはり、家族であり仲間であると思う感情が先立ってしまう。
 この感情を説明しただけで言い訳と取られるだけでなく、余計に冷ややかな視線をぶつけられそうなので、言葉にせず、鈍感男の称号を甘んじて受ける。
 鈍感男と言われるのはいいが、この居た堪れない雰囲気は望む所ではない。

「『鬼功の繰り手』のことだけどさ」
「は、はい、師匠がどうしました?」
「あ、モウカがわざとらしく話を戻した」
「こういう男をヘタレっていうんだね!」
「年数だけは一人前に重ねてるはずなのに、情けないこと」

 いけしゃあしゃあと発言する王らは黙っとけ。
 ウェルが三倍に増えたようで、俺の胃袋が限界を迎えかねないぞ。

「喧嘩したって言うけど、いつものことなんだろ?」
「……はい。師匠はいつもいつも私の気持ちを知ってるのに──」
「ほらさ、二人でベタベタするだけが愛情じゃないと思うんだよ」

 『約束の二人(エンゲージ・リンク)』と名乗っている``紅世の王``とミステスがいた。この二人は``紅世``の誰もが認める激甘カップルで、周囲の状況を問わずに、イチャイチャをすることで有名だった。
 イチャイチャで有名というのは俺が勝手に付け足したものだが、話を聞く限りでは間違いないはないはずだ。
 彼女たちのようなどストレートな愛情表現であると言えるのだが、それだけが愛情の表現方法ではない。
 キアラは「──でも」と言いかけたが、俺はそれを塞ぐように言う。

「一応、同じ男として言わせてもらうが、好きな人に好きというのはそれはもう恥ずかしいことなんだ。だから、つい喧嘩になっちゃったりするのは、照れ隠しなんだよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうもんなんだよ」

 柄にも無いことを喋ってしまったが、キアラは意外にも納得した表情をしているので、たまにはこういう役回りも悪くない。
 ただ、こういう話をするともれなく突っ込んでくる奴がいるわけで、

「じゃあモウカの私への態度も、それって照れ隠──」
「んなわけ無いじゃん」
「…………あのさ、モウカ。さすがの私も傷つくことがあるんだよ?」

 ウェルはそう言って「うっ、うっ」とさもショックを受けたような反応をした。
 いつも俺をからかってばかりなんだ、たまには立場が逆転してもいいだろ。
 いい気味だ、とさえ思ったのだが、ウェルの啜り泣きが何故かすぐに止まらない……あれ、もしかして本当にショックだったのか!?





 「モウカにいじめられた」といつまでもブツブツ言うウェルを慰めつつも、俺たちはいよいよ持ってその街へと辿り着いた。場所は東京よりそれほど遠くない首都圏の某県。そこは県下の中でもそれなりの大きさを誇る市であった。
 最初は、特にどこの地域は特定は出来ていなかった。
 キアラが来るまでの間に、自在法『宝具探し』を使って、近場にある``宝具``の場所を感覚的に察知。すると、非常に大きな異常が見つかった。
 本来であれば一つ二つでも自在法探知内で見つかれば上々の成果であったはずが、少なくない数の``宝具``が同方角に存在を察知することになった。
 もちろん、そんな怪しさ満点の場所に行って``宝具``を確認することが出来るはずもなく、キアラたちの合流を大人しく待つことにした。
 電車やバスを乗り継ぎ、徐々にその宝具の場所を割り当てて言った結果、その街へと辿り着くことになった。
 異常はそれだけにとどまらなかった。
 多数の宝具が一箇所にある事が判明したのなら、そこにどうして集まったのかと疑問が浮かぶ。自然に、なんてことはありえるはずがなく、それならば故意に誰かが集めたことになる。
 問題の誰かだがそんなものは分かりきっている。``紅世の徒``、それも飛びきりの``王``がいる可能性が高い。
 理由を至極簡単で、手に入れたのなら持ち主から奪う必要があり、作ったのであればそれだけの数を作れる技量が必要だ。どっちに転んでも、相当な力を持つ``紅世の徒``がいる。そこには当然ながら、``宝具``の力も使用されるわけで、討滅は困難を極めるだろうことが予想されていた。
 つまり、異常とはいるはずの``紅世の徒``の気配がすぐ近くに来てもなかったことである。
 虎が住んでるはずの穴はもぬけの殻で、虎のいる気配がなかったのだ。たまたま居なかっただけとは考えれず、一番存在の力に敏感な俺が、最大の集中を持って察知に励めば、僅かに感じる自在法の匂い。

「モウカ、これって」
「試す価値があるな」

 判断は速かった。
 何者かが封絶のような空間を構築する自在法を発生させていると思われる御崎市(・・・)よりも、大きな封絶を展開。
 元より封絶などの空間系対策に作られた『崩し雨』を発生させ、一時的に断絶された空間の内部への干渉を図る。
 しかし、面での侵食は出来ず、内部の様子は伺えない。

「面で駄目なら一点集中!」

 一点を集中するようにすれば、僅かにだが空間を断絶していた一部に穴が開く。

「キアラ、私たちの``ゾリャー``で!」
「逃しちゃ駄目よ!」
「皆さん、捕まってください!」

 巨大化した鏃に俺とリーズは慌てて掴み、内部への侵入を果たした。
 
「なんだこれは」
「何かの自在法のようだが」

 侵入を果たした内部には、山吹色の木の葉がどこからともなく舞い、視界をぼやかすような霧が漂っていた。どこからどうみても、敵中ど真ん中。自在法の真っ最中である。
 予想をしていた状況ではある。自ら危険に飛び込んでいく初めての感覚で戸惑いもあったが、思ったよりも頭は冷静だ。
 これを危機敵状況とは考えない。
 これはチャンスだ。すでに自在法が展開しているということは、戦闘中であることを示唆し、そのまますでに``紅世の徒``とフレイムヘイズの戦いがあることを告げている。
 となれば、自分たちの参入により、形勢は一気にこちらに傾く。
 くいくいと袖を引っ張られた。

「ねえ、どうするの?」
「うーん……近くに大きな存在があるな」

 
 自らでこれから高確率で起きるだろう大戦を防ぐために、初めて自ら戦乱へと身を投じた。
 後悔はないとは言わない。生きることで精一杯で、そのための手段として逃げることしか選択できなかった俺が、どうして渦中の戦いに参戦できようか。
 だけど、考えるまでもなく大戦になってしまったら、死ぬ可能性は今の比ではなくなる。
 起きるにしたって、こちらに有利になるように事前に動かなくてはいけない。
 今のうちから生きる術を見出していかなくては、いざという時に死の選択しかなくなってしまう。そうなってから後悔するのは遅すぎるのだ。
 だから、今この時ばかりは、逃げるという選択肢を泣く泣く切って、戦うという選択肢を初めて選ぶ。
 しかし、俺は知る由もなかった。
 その初めての相手が泣く子も黙る将軍(・・)であったことを。
 

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第六十話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 こんな事態になることを坂井悠二は想像することは出来なかった。
 それも当然である。
 ほんの数ヶ月遡れば、彼は至って普通のありふれた日常を送る少年でしかなかった。桜吹雪の中、これから訪れる高校生活にこそ想像は絶えなかったが、命の駆け引きを繰り広げる非日常が出迎えているなどと誰が予測できようか。
 いや、その命すらも彼女らからすればすでに無い。駆け引き以前に、賭けるべきである坂井悠二の命はすでに無い。
 彼女──悠二自らがシャナと名付けた少女は、不躾に愛想もなく、実に清々しい潔さで言ってくれた。
 本物の坂井悠二はすでに死に、残ったこの意識はそれの残りカスに過ぎず、人ですら無い、モノである、と。
 そうして知った自分の本当の正体。本物の残りカスでトーチと呼ばれる存在であり、いずれは世界から消えてしまう存在であること。それから一つの出来事を境として、特殊な宝具を宿すミステスであったために、消えること無く、悠二は日常と非日常の境界を跨ぐことになった。
 ``この世の本当のこと``。知りたくなかった、知らなければよかった、真実を知った日から。
 名前すらもなかった少女であるシャナは、その``この世の本当のこと``を守る存在であるフレイムヘイズだ。あまりに小さな体躯からは、その見た目以上の身体能力と他を圧倒する存在感を放ち、彼女が戦う時に真紅に染まる髪と瞳と同様に、燃えるような熱い使命感を携えている。
 悠二はそんな彼女に世界を守るヒーロー(ヒロイン)を連想させる。
 人知れず、人を喰らう化け物である``紅世の徒``から世界を守り、どんな敵にも臆しない強い心を持っている。彼女自身が何より、フレイムヘイズであることを体現しようとしている。
 だけど、年端もいかない少女に見える時もある。夢中でメロンパンを頬張っている時なんて、それの最たるものだ。
 フレイムヘイズは人間とはかけ離れた力を持っているが、人間と変わらない存在であることにも、つい先日ある人物に思い知らされた。
 気高かった彼女は思ったよりも身近で、フレイムヘイズは完全無敵のヒーローではない。
 そんな彼女を想うと、彼女は絶対に負けないという想いと、彼女の力になりたいという想いが、気付けば悠二の中で芽生え始めている。
 悠二には戦いのイロハは分からない。
 ほんの一瞬で命を散らしかねない危険なものであることは想像に難しくないが、むしろ危険なものという認識でしか理解出来ていない。
 それでも悠二はシャナの力になりたかった。
 フレイムヘイズである彼女は強く、無力に等しい自分の力など必要としないかもしれないが、それでも何か彼女の為になることはないか、と考えを止めることは出来ない。
 ある意味、恵まれてもいた。
 はたしてその力は自分固有のものだったのか、それとも身に宿す``宝具``のおかげなのかは見当もつかないが、その鋭敏な感覚を用いることによって、時には敵の真意に、時には敵の計略に嗅ぎつけることが出来るのだから。
 シャナの負担にならないため、困らせないためという想いから始まった強くなりたいという願いは、この内なる``宝具``の力もあって、道のりは楽ではないが決して不可能なものではないと思い始めている。
 それなりの修羅場だって乗り越えた、はずである。が、やはりそれは一人で乗り越えたものではなかった。
 傍ら、とはとても表現できないが、常に悠二よりも前ではシャナが戦い、悠二はそれに必死こいて付いて行くのが精一杯だったに過ぎない。金魚のフンと言われる方がまだ正しい。
 今日だってそうだった。
 ``紅世の徒``の自在法の仕組みには気付くことは出来たが、言ってしまえばそれだけであり、個人でその自在法を打ち破ることすら叶わない。
 マージョリー・ドー。『弔詞の詠み手』と呼ばれるもう一人のフレイムヘイズの力を借りて、ようやくここまで辿り着くに至った。
 結局は他人頼り。最後は人任せと言われても仕方がないのかもしれない。
 現実逃避に華が咲いたが、この状況こそ人任せの極地だったりする。
 最初はどうしようか困った。
 予期せぬ遭遇に自分では対応しきれないと考えた。``紅世の徒``との対峙は、すぐさま死を彷彿させる。悠二はこの空間、封絶(正確には今置かれている状況下は封絶とはやや異なる)を初めて認識した時、``紅世の徒``にも満たないその下僕の燐子にさえ、足がすくみ、何も出来ずに情けない姿を晒して殺されようとした。それがまして、``紅世の徒``との遭遇であるなら、一も二もなく容易く自分は殺されてしまうだろう。
 しかし、殺されるのは容易だが、生き残る術は何かないかとすぐに考え始める事が出来た。
 こんな状態ではあるが、不思議にも自分は冷静で、どうすればこの場を凌ぎきる事ができるか、全力で脳が働く。
 ``紅世の徒``を倒すことは自分には出来ない。ならば、倒すのは誰かに任せないといけない。
 逃げることも出来ない。相手の力は未知数であり、どんなに低く見積もってただのミステスである自分よりは強く、速いはずである。
 つまり、ここで自分が出来る最善手は、時間稼ぎ以外にありえない。
 延命処置である。
 そして、悠二は結果だけを見れば、ものの見事に時間稼ぎに成功することが出来た。
 内包する宝具``零時迷子``が露見しただけの悠二にとってはおおよそ最高の結果──尤も、その結果は悠二だけの満足するものではなく、対峙していた``紅世の徒``である``千変``シュドナイにとっても十分な成果であったことは、悠二の知る所ではなかった。





◆  ◆  ◆





 マージョリー・ドーは生粋のフレイムヘイズと言える存在であった。
 簡単な話が復讐者である。
 フレイムヘイズのその多くは、どす黒い感情の下に``紅世の王``と契約する。知人友人、家族、大切な人を理不尽な``この世の本当のこと``によって失い、その元凶たる``紅世の徒``への怒りをエネルギーに替え、憎しみを糧にフレイムヘイズとして``紅世の徒``に復讐を誓う。
 典型的とも言える彼女は、その大きな殺意を剥き出しにして数多の``紅世の徒``を葬ってきた。
 ``紅世``に名だたる殺し屋であった。
 憎しみは原動力だ。それは多くのフレイムヘイズに共通することであり、これを失ってしまえばフレイムヘイズ、復讐者足り得ない。
 それを彼女は身を持って体験した。
 牙を抜かれた状態で、ある主の因縁とも言える``千変``との対峙に至ったが、彼女が自在師として名を馳せた所以である即興の自在法を組むことが出来なかった。
 それには思わず、やっぱりねと言葉を零すしかなかった。激情家で、敵を見れば敵もろとも心をも燃やし尽くしそうになるのだが、心が滾ることもなく、また文字通り火をまともに扱うことも出来なくなっていた。
 フレイムヘイズも脆い。
 たった一つの想い、あるいは感情を失っただけで、こうも人間と同じ無力に成り下がる。
 こんな自分にさえ嫌気が差す。こんなやさぐれ状態なら普段以上にお酒もすすむというものだ。
 復讐もまともに出来ないフレイムヘイズに、果たして生きている意味はあるのだろうか。
 ──しかし、まあどうにもこうにもフレイムヘイズは単純に出来ているらしい。
 いや、今までだってやっぱりたった一つの感情で生きてきたのだから、単純であることは見事に的を射ていると、マージョリーは思わざるをえない。
 マージョリーは初めて、今まで抱えてきた憎悪以外の感情で、この場へとやってきた。
 何故だか得体の知れない奇声を上げて喜んでいる``千変``と、無謀にもあの炎髪灼眼の討ち手の力になりたいと言っていたミステスの少年の居る戦場に。
 今のマージョリーの姿はまさしく獣。
 欧州系特有の鼻筋の通った美貌も、スラリと長い脚や女優顔負けのプロポーションも、艶やかな栗色の髪も、その全てを覆うずんぐりむっくりした群青色の着ぐるみじみた獣の形状こそ、マージョリー・ドー『弔詞の詠み手』の炎の衣であり、『屠殺の即興詩』の戦闘態勢だった。
 御崎市での三度目の``千変``との衝突は、手応えの感じ無いものだった。
 一度目と二度目は違う意味(自身の力がそもそも十全ではない)で全く手応えを感じなかったが、三度目は敵が、かの``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の三柱臣が相手だというのに、強さをいまいち感じられない。例え、腕の一本を``千変``が失っていたとしても、だ。
 どうにも、焦っている感じがある。

(……おかしいわね)
(連戦ちゃあ、連戦かもしれねーが、ちぃーっとばっかし手応えが無さすぎだぜ)

 マージョリーが感じたことを彼女と契約した``王``、``蹂躙の爪牙``マルコシアスも同調する。
 戦いの主導権をマージョリーが完全に握る。
 ``千変``は将軍と呼ばれていることもあり、``紅世``屈指の戦闘能力を持つ強大な``王``である。マージョリー自身も、引けを取らない力を持っていると自負しているが、それでもここまで戦いで優勢を保つことが出来るだろうか。
 自分の調子が絶好調で、相手が絶不調、地の利が完全にこちらで、周囲の戦況もこちらが完全有利。ここまでの圧倒的な攻勢でない限り、こうも主導権を握れるとは思えない。
 何より、マージョリー自身は何度も``千変``と戦闘を交えているのだ。相手の実力を見極め間違えるとは考えられない。
 
(ま、関係ないわね)
(ヒッヒ、そういうこった! 我が非情の殺し屋、マージョリー・ドー)

 ようは討滅してしまえばいい。
 敵側の都合なんてお構いなし。
 ``紅世の徒``は殺してなんぼで、今までだってそうやって戦ってきたのだ。何を今更考える必要があろうか。
 敵は殺す。
 ``紅世の徒``は殺す。
 それだけなのだから。
 とは言え、

「ん!?」
「なぬっ?」

 この行動にはさすがに驚きを隠せなかった。
 あの``千変``が逃げを打ったのだ。
 ──が、それも

「なっ!?」

 ``千変``のさらなる驚きに上書きされる。
 兆候などは無く、唐突にそれは起きた。
 身体を海蛇のように変化させ、物凄い勢いで逃げようとした矢先、``千変``ごと水が急に浮かび上がり、その周囲に風が巻き起こり、あっという間に一つの竜巻のようになり完全に包囲する。

「これは……自在法ね」
「どーも、こいつはあ、臭う自在法だなあ。どこぞのお気楽自己中な同胞の臭いがするぜ」

 竜巻はなおも拡大を続け、周囲の物を巻き込みながら風の層が分厚くなっていく。中に閉じ込められているはずの``千変``の様子は、外からは丸っきり見ることは叶わない。
 マージョリーはトーガを解かずに戦闘態勢こそ崩していないが、その様子を眺めるのみ。
 見たことがない自在法ではあるが、推測が正しければ、この自在法の予測は難しくはない。
 ``紅世``においては有名である。特に集団戦においては。
 この嵐は敵味方関係なく飲み込み、味方を優勢に、敵を劣勢へと一気に陥れ、形勢をひっくり返す戦略級の大型の自在法。
 活躍の噂は定期的に流れ、つい最近まではとある外界宿で長をやっていると聞いていたが、なるほど。その外界宿はこの国にあるのだから、いつも大きな戦いの中心に居た彼がここ(闘争の渦疑惑のかかっている)に居ても不思議はない。むしろ、必然とすら思えるくらいだ。
 推測は案の定当たっていた。

「それでいつまで観戦してるつもり? 高みの見物だなんていい性格してるじゃない」
「そういう訳じゃなかったんだけど。さっきのタイミングで出て来なかったのは悪いとは思うけどさ」

 声を投げかけてみれば、スッキリと聞き取りやすい声が応答し、希薄だった存在が明確に感じ取れるようになる。
 姿を現したのは、濃い青色のローブに包んだマージョリーと然程身長の変わらない黒髪黒目の男。その男を守るように立ち並びながら現れた、甲冑を装備した大きな盾、ランスに部類されるだろう太く大きな槍を携え、金が焦げたような髪色に青色の瞳の少女だった。

「えーと、とりあえず、自己紹介を──」

 男のその言葉にマージョリーは軽く手を振って遮り、呆れながら言う。

「いらないわよ。あんた達のことは知ってるし、そっちも私が分からない訳じゃないでしょ」
「ヒッヒ、お互い長生きしてんだあ、色々と噂は聞いてるぜ。大戦の立役者殿ってなあ」
「モウカ良かったね! 有名人になれて!」
「あー、うーん、良くはないかなーと俺は思うんだけど」

 フレイムヘイズらしくない男だった。
 確かにこの場で放っている存在の力はかなりのものであるのだが、本人から漂う雰囲気はそれと相反している。正直に言えば、ミステスの少年と大差ない平凡な人間のような雰囲気だった。
 しかし、だからといってあのミステスとこのフレイムヘイズでは、積み上げていたものが違いすぎる。生きてきた年数であれば、マージョリーと同等であり、自身よりも早く名を馳せらせている。
 事実、目の前ではかなり大規模の自在法が展開しているにもかかわらず、本人はまるで苦にしていない様子。噂を信じきるつもりはないが、少なくとも噂になる程度の実力はあると見ていい。

(『炎髪灼眼』に『不朽の逃げ手』、敵側では``千変``がいる。それに、まだもう一人同業者がいるようだしね。はあ、戦でも開戦できそうな面子じゃない)
(ヒッヒッヒ、さらには我が戦乱の歌い手、マージョリー・ドーってか。敵は``千変``と``愛染``兄妹だけじゃーちょーっと、物足りなゴフッ!)
(おだまりバカマルコ。その``千変``だけでも下手したら私たち全員を相手できるんだから十分よ)

 それはさておき、これだけの戦力が居るのだからマルコシアスの言葉も理解できなくはない。
 本来は、一箇所に留まることにないフレイムヘイズらが一つの街にこれだけ集まるのは異常である。
 さらに疑問を重ねるのであれば、

「それで、あんたは何で逃げようとした``千変``を捕まえるようなことをしている訳?」

 逃げる敵は放おっておけばいい。
 一時期は固執して``紅世の徒``を追っていたマージョリーが自分で言うのもおかしな話だと思いながらも、『不朽の逃げ手』に尋ねる。
 相手はあの``千変``だ。ヘタに突いて手痛い反撃を食らう可能性だってある。さっきは、``千変``との戦闘の感触に疑問を持っていたが、それでもやはり敵の存在は大きいのだ。
 それに『不朽の逃げ手』は、心底嫌そうな顔をしながら答えた。

「大戦を開戦させる訳にはいかないから、ね」

 その言葉の意味をマージョリーが理解するのは、もう少し後になってからであった

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第六十一話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 個人的な願望を言えば、``千変``シュドナイにはここら辺で息を引き取っていただきたい。
 これから敵対することが確定した``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の戦力を削ぐ意味も多分に含まれているが、その巨大な``紅世の徒``の組織を背景にしなくとも、``千変``の脅威度は逸脱している。
 ``千変``の戦闘能力は単騎決戦において、ほぼ無敵であると俺は思っている。
 これは決して過剰反応ではない。俺がいくら死をもたらす敵に臆病であっても、これだけの年数を生きていれば、ある程度の脅威度を測定することは可能。むしろ、そういうのに最も敏感であると自負できる。
 その力は、かつて最強とまで謳われた先代『炎髪灼眼の討ち手』を比べてもなお上にいる。
 『炎髪灼眼の討ち手』が強いといわれる理由は様々あるが、その最たるものは彼女の自在法だろう。
 先代は一騎にして騎士団を創造し、騎士団の一つ一つの存在が並の``紅世の徒``を凌駕していたとされるほどのものだった。彼女一人にして戦略級と呼ぶに相応しい最強の騎士であった。
 ``紅世``の魔神の契約者だからこそ出来る圧倒的な存在の力とそれを許容し、扱い切る度量が先代マティルダ・サントメールの強さであったし、それでも埋まらぬ死角を、完全に補っていたもう一人の強力なフレイムヘイズ『万条の仕手』との二人組であったからこそ、彼女らを敵無しへと変えた。
 当代最強と呼び名が高い二人が常にお互いを協力、協調し、生かし合ってるのだから、そりゃ強いわけだ。
 対し、``千変``の強さとは一番に経験であると考える。
 まず千変たる所以である、``紅世の徒``では珍しい七変化(実際にはそれ以上だろう)をし、戦闘において有利な形状へと自身を変える適応力。それに加え、古代より生き、大戦を少なくとも二度経験しているほどの圧倒的な戦闘経験に裏付けられた戦闘力。
 500年を生き。平和な日本生まれの自分ですら戦闘経験蓄積させれば、こんな素人でも多少の戦闘が行えるようになってしまうのだ。それが、もとより戦闘をするために生まれたかのような戦闘民族がそれの十倍以上の年数の戦闘経験と考えれば、どれほどの強さになるかは想像するのも恐ろしい。
 経験は何よりも力なのだ。
 簡単な話、戦闘分野において、彼より秀でた戦闘者はいない。
 これが自分の``千変``への分析だ。
 敵を知り己を知れば百戦危うからずとは言うけど、敵を知れば知るほどに、手を出したのが誤りだったような気がしてくる。
 なんで俺はこいつを補足しちゃったんだろうか。

(目先の欲に釣られた哀れな魚? あーあー、いつも通りに逃げてればよかったのに、大戦を止めるぞ! なんていつになく意気込んで、戦闘を自分からふっかけるからー)
(だ、だって勝機がありそうだったじゃないか! あいつの得物である『神鉄如意』も持ってなかったし!)
(うん、うん。反撃にあって死ななければあとで私が慰めてあげるから、ファイト!)

 ``千変``は身体を変化させ、身体自体が武器のようなものだが、彼は有名な武器を所有している。それが宝具『神鉄如意』。
 巨大な穂先を持つ鈍色の剛槍で、持ち主の体形や意思に応じて、大きさや形を自在に変える、まさに``千変``のための武器であり、``千変``が使ってこそ真価を発揮する武器と思われる。
 敵の武器ながら、ここまで知られていられる事自体が馬鹿馬鹿しいほどに将軍がこの世で力を振るってきた証明であり、これだけ知られているにもかかわらず、俺の知る所ではこれを持った``千変``はおそらく負けたことがない──逆に言うなら、これを持って戦闘に出ている``千変``はフレイムヘイズにとっては勝てない敵として存在することになる。
 俺が勝機有りと睨んだ理由の大きな一つだ。『神鉄如意』を持った``千変``なら逃げの一手だっただろう。
 もう一つの大きな理由が、彼自身の存在の力が普段と比べ大幅に削れていること、である。
 自分がこの場にたどり着いた時、まさしくその瞬間に、``千変``の存在の力の塊である腕の一本が、どう見ても唯の少年の中に吸収されていった。
 知識としては知っていたが、初めて本物を見た。
 宝具の箱であるミステスを守るための自在法『戒禁』。それも、あの``千変``の片腕を飲み干すほど強力なもの。
 さしもの``千変``もありえない現象を前に驚くと思った。いや、確かに猛獣の断末路のような絶叫を上げたが、次には彼の顔は歓喜していたのだ。求めて止まないものを見つけた時のような反応だった。
 それを見て俺は確信する。
 その少年のミステスに蔵している宝具が、彼の求める宝具であると。それがしいては``仮装舞踏会``へと繋ぐか否かは、ミステスの中身に左右されるが、『封絶の中で動くミステス』なんて言ったらほとんど特定されたようなもんだ。
 俺の知識じゃ、二つのミステスしか当てはまらないしね。
 最悪を想定し、ミステスが『零時迷子』であると仮定すると、この場は一にミステスの保護か転移、ニに``千変``の撃退の二択へと絞られる。
 ここで俺は思ったわけだ。
 これほど勝機のある戦闘は今後あるのか、いやない。
 ``千変``はどう考えても、全力を出せない状況下。対してこちらは、戦力的に見れば自分含め三組みのフレイムヘイズが連動できる。内一人は、屈指の強さを持つ『極光の射手』も居る。
 それでも真っ当な戦闘ができるのも『極光の射手』たるキアラのみだから、戦略が必要だった。

「大戦? 物騒な言葉ねぇ」
「冗談にしてはちぃーっとキツくはねーかなご両人さんよ」

 言いたいことはとても分かる。大戦なんてそうそう起こるものではないのだ。
 起こる時は大抵、現体制の秩序が乱れようとした矢先である。
 ``紅世の徒``と『フレイムヘイズ』の力関係がどちらかに偏ることが起きたり、世界のバランス自体が脅かされようとする時。そのほとんどが``紅世の徒``の危険過ぎる行動を阻止しようとして、フレイムヘイズが立ち向かう形を成している。
 ``紅世の徒``はたびたび大きな企てをすることがあるが、大きすぎる野望はその野望を過剰に危険視した討ち手らによって未然に防がれるのが相場。また、その企てる``紅世の徒``の大体が個々であり、野望も具体性や計画性に欠けることが多いので、大戦と発展することはまずないのだ。
 大きな戦いへと発展する野望とは、それは個人の愛らしく感じるほどの馬鹿で単純な願望ではなく、大きな組織を背景にした巨大な思惑なのである。
 現在、``紅世の徒``の組織と言える程のものは``仮装舞踏会``しかないが、その``仮装舞踏会``は長年に渡り主だった動きを見せず、時にはこちらに協力とも言える行動をしてたことから、危険視はそれほどされていなかった。
 生真面目に大戦が起こるかもしれない、と言う方が馬鹿らしいのだ。一匹狼を主として行動する大概のフレイムヘイズにとっては。

「冗談だったら俺もこうは焦ってないんだけどな」
「モウカがこうして動いてるって事実を知る人が知れば、相当驚くこと間違いなしだもんね」
「リーズなんか未だに頭をひねりながら着いて来てるもんな」

 もしかして貴方は偽者なんじゃ、とか呟きながらも俺を護衛するように盾を構えているリーズ。
 いつも従順とも言えるリーズにこうも言われては、さすがの俺でも傷付くというものだ。
 そのなんとも緊張感の欠ける自分たちらしい雰囲気に、『弔詞の詠み手』は不思議なものを見るような視線を向けてくる。
 分かってる。自分たちがフレイムヘイズらしからぬ事は500年前から知ってたことだ。
 いたたまれない状況を脱するべく、次の言葉を告げる。

「『弔詞の詠み手』に協力をして貰いたい」
「協力? この私に?」

 思い掛けない言葉を聞いたからか多少驚いたが、すぐにちゃんちゃらおかしいと笑みを浮かべた。
 フレイムヘイズらしい彼女からすれば、協力の二文字は可笑しな言葉なのだろう。

「気持ちは察する。だけど、同時に考えて欲しいんだ。相手はあの``千変``だよ?」
「さっきまで私が一方的に押して、追い返してやったんだけど?」
「んー、まあそうだったけど、倒せるなら倒すべきなんじゃないかと思うわけだよ。フレイムヘイズ的に」

 俺的には逃げが最善策です。
 
「倒せると踏んでるってわけ?」
「勝算はあるんじゃないかな、と」

 この封絶もどきに突入するにあたって、覚悟していた``紅世の徒``との激突。
 並の``紅世の徒``なら、俺がどうとかする前にキアラの前に敵無しだろう。ならば、その場合は戦闘はキアラに丸投げするつもりだった。彼女の王たちとウェルにはさんざん笑われるだろうけど。
 ``王``だった場合、この時は単騎撃破は非常に面倒になる。『極光の射手』ほどの討ち手が遅れを取ることはまずないとは思うのだが、有利に事が進められるなら、それに越したことはない。
 考えた戦法は常に優勢な状況を作ること。
 『嵐の夜』は自在法を編んだ俺以外にとっては視界はおろか自分以外の気配を察することが出来なくし、主たる俺はその中に存在するモノを雨によって察知できる自在法だ。
 本来の用途は、相手が大勢いようが自分だけが安全に離脱できるものだが、使い道は意外にも様々ある。今回はそれの応用だった。
 相手だけを自在法内に閉じ込めることによって、自分は安全圏から相手の位置情報を取得できる。相手がその範囲から離脱しようものなら、離脱位置を先回りして、出てきた所を叩く。一度叩けば、再び『嵐の夜』を発生し、以後同じ事の繰り返しだ。
 元は出てきた敵をリーズが槍で遠距離ないし、ゼロ距離でグサッと一撃を刺すのが戦法だが、今回は速さの申し子である『極光の射手』がいるので、彼女の攻撃を主軸に戦う。相性は不思議と良いのではないかと思ってる。
 机上の理論なので、実戦ではそこまで事が上手く運ぶとは思わない。だが、何も考えずに正面から戦うよりは余程有利に事が進められるとは思うのだ。
 予測してた``王``との戦闘だが、予想以上の大物だったが十全ではなく、こちらにはさらに『弔詞の詠み手』の戦力強化が出来るのなら、数の上でも必要以上に差を付けられる。
 数は力だ。
 『弔詞の詠み手』に全部説明すると、ふうんと言いながら多少考える素振りをすると、勝気な笑みを向けた。

「放って置くってのも私らしくはないわね」
「ヒヒ、そう言うこったご両人。我が暴食の追撃者マージョリー・ドーも、お手つきした品を残すなんてもったいないとさ」
「協力助かるよ。それで早速だけどこの封絶もどきについてなんだが」
「これなら大丈夫よ。チビジャリ──『炎髪灼眼の討ち手』がなんとかするから」
「……なるほど、それなら安心だ」

 もう一人のフレイムヘイズの正体が同時に割れ、想像以上に有利な局面に、心内でほくそ笑む。
 『炎髪灼眼の討ち手』がもう一つの存在の力の主を撃破すれば、こちらにさらに戦力が増えることになる。
 『炎髪灼眼の討ち手』『弔詞の詠み手』『極光の射手』、それに俺とリーズが並べば5対1で``千変``を向かい討つことが出来る。
 時間が経てば経つほど有利になるのだ。時間稼ぎなら``千変``相手でもどうにかなる、と思いたい。

「それで私はどうすればいいのかしら、あの嵐の中にでも突っ込む?」
「いや、基本的には迎え討つだけでいい。今、中での動きもないなら時間稼ぎにもなって好都合なんだけど……なんで、動かないんだ?」
「普通に考えれば罠を警戒だろーが、将軍様の考えるこたぁなんか想像もつかねーな」

 俺程度の戦略なら将軍が読めないはずもない、ということなのだろうか。
 敵の立場になって考えてみる。
 出れば叩かれるのを予測して出てこないのはありえそうだが、現状そのままでは膠着状態が続くだけ。待機して、自在法が切れるのを待っている可能性もあるが、それならそれでこっちから内側へ攻撃を加えていけば一方的に嬲れる。リーズの槍もあれば、屠殺の即興詩とまで呼ばれるフレイムヘイズきっての殺し屋自在師『弔詞の詠み手』もいるのだ。不利になるのも十分に承知であるはずだ。
 他の可能性としては……逃げか。
 俺ならこれほど絶望的な状況なら逃げる。まず間違い無く逃げる。
 だがその際の逃げ道は?
 水による経路は、すでに失敗しているし、制空権もほぼないと分かっているはずだ。だからと言って陸はほぼ不可能。
 自分で言うのもなんだが、こんな状況に追い込まれた時点で、俺なら諦めている。相手に泣いて土下座して許しを請うだってありえる。

「あ、いや、ちょっと待て!」
「どしたの、モウカ?」

 一つの思いつきが浮かぶ。この方法なら逃げることが可能だ。
 慌てて声を上げる。
 『弔詞の詠み手』とリーズが同時にうるさいと目で訴えてくるが、無視をして、遠話の自在式を練り、同時に指示を出す。

「『弔詞の詠み手』もキアラも中心部へ突撃して! リーズは槍を投擲して急いで攻撃開始!」

 と、言ってるそばから目標は動き始める。
 下へ、と。
 気付くのが遅かった。
 『嵐の夜』を解いて、『弔詞の詠み手』とキアラによる追撃の速度上昇を図るも、``千変``が居た場所はもぬけの殻で、穴があったと思われる場所には、コンクリートとは違う色違いの地面があるのみだった。
 その光景を見て俺はため息をつくことしか出来ない。
 相手の戦力を削れるチャンスを、自分の戦略ミスによって逃してしまったのだ。最悪の事態は防がれたのから、それだけで良しとするべきなのかもしれないが。
 成果は得られた。
 ``千変``の決定的な瞬間を捉えたことにより、あのミステスの少年が蔵す宝具によっては、相当のアドバンテージ及び、大戦を未然に防ぐことも不可能ではなくなる。
 これは宝具が『零時迷子』であることを前提としているが、そうでなかった場合は振り出しに戻る事になる。``千変``に喧嘩を売っただけとも言うかも知れないが。
 ただ今回の一件でよりハッキリ分かったのは、

「俺は戦闘とか戦略向かないな」
「モウカは必死に逃げ回ってるのが一番性にあうってことだね!」

 言い返す言葉もなかった。



※あとがきという蛇足。本編だけを所望なら飛ばしていってね!

二話更新なんて不可能だったんだ……たいへんお騒がせしてすみませんでした。
結局月一更新になってしまいました。と、とりあえず投稿しておきます。修正もなるべく早くします。
が!
大量に買ったゲームやなのセントをやりたいです……はい、すみません! でも正直な気持ちです!

と、まあおいといて結局戦闘はなく終了。
本当は……うん、色々有りましたが、考えに考えた結果こうなりました。
ココらへんの葛藤は完結した時にでもお話させて頂きます。
次回からいよいよ原作主人公組との会話を予定。
自分も書くの楽しみなので、色々と落ち着いたら更新します。
おそくても、一ヶ月以内には更新します。
長くなりましたが、いつもお読みいただきありがとうございます。
個人ブログにもかかわらず、こうもたくさんの感想に恵まれてて、自分は幸せものです。
どうかこれからもよろしくお願いします(おねだり)。
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第六十二話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 人様の家の屋根の上で会合するのは、いくら人として気付けば大きく外れてしまった自分でも、斬新さがある。シュールな光景とも言う。
 零時を迎えようとする時間のこんな場所に小さい封絶を張り、この世の理から外れてしまった自分を含めた三組と一人が揃っていた。

「『弔詞の詠み手』は?」

 自分の胸ほどの身長しかない炎髪灼眼の少女──当代の『炎髪灼眼の討ち手』が、言葉少なく、視線すら飛ばさずに問いてくる。
 
「今日はパス、だそうだ。ま、俺の手間が増えるだけだから問題ない」

 彼女の問に返答するもさしたる反応はなく、集中を崩さずに存在の力をゆったりと練るのみ。それに同調するように少年の存在の力も、何かを掴もうとして揺れ動く。
 身の内にある存在の力を把握し、操るための鍛錬のようだ。
 俺とリーズもその光景を静観する。
 要件は急ぎのものではある。だからこそ、``千変``との戦闘から間もなくこうやって話し合いの場を作ってもらったのだ。けれども、これはいい確認の場になる。
 フレイムヘイズの今後を、もっと大きくはこの世を動かすかもしれない大事ではあるが、最も重要なピースは幸いにもこちら側に転がってきたはずなのだ。
 まもなく、その瞬間が訪れるはず。

「……零時ね」

 リーズが時計を見て時間を告げると同時に、少年の鍛錬によって希薄になってしまった存在が元に戻る。失ったはずの存在の力が回復した。
 この現象こそが、求めていたものの証。

「やっぱり、零時迷子だったか」

 リャナンシーからのもたらされた情報は確かだったことになる。
 正確には、この場に『炎髪灼眼の討ち手』が居るのだから、すでに関わり済みであったというだけなのかもしれない。
 零時になることによって少年の存在の力が回復を迎えると、『炎髪灼眼の討ち手』はその名の理由たる燃える髪と目を元の状態へと戻し、封絶を解いた。
 一言二言、彼女と彼女の契約者たる魔神は少年へと短く反省点を告げると、こちらに向き直り鋭利な視線とこれまた短く一言を告げる。

「要件は?」

 コンビニの店員のように愛想笑いをしろとまでは言わないが、これはいささか可愛げがない。生意気な口調ながらも付き従ってはくれるリーズが可愛く見えるほどだ。
 彼女とこうやって言葉を交わすのは三度目になる。
 一度目は外界宿での仕事で、二度目は戦闘後に今日の予定を組むため、そして今。その交わした全ての言葉を足したとしても100字もいかないのではないだろうか。
 ウェルなんかはさっそく愛想が悪いとぶーたれる始末だ。
 知らぬ仲ではないので、空気作りのために話を持ちかければ、

「旧交を温めるとかないのか?」
「別に、話す内容なんてない」

 呆気なくぶった切られてしまう。そのあまりな反応に余計な口を挟もうとウェルがやっかむ。

「うわぁー筋金入り。これだから堅物の契約者は」
「ふん、おしゃべりな貴様とは違って、我の契約者はまともだからな」
「んー契約者自慢? なら、私だって──」
「はい、ウェルは黙ってようね。アラストールすまないね、こいつはいつも減らず口だから」

 俺の謝罪にアラストールは無駄に重い声色で構わぬと答えた。本当はちょっと怒ってるのではないかと勘繰ってしまうような声。ちょっと怖い。
 この二人が相性が悪いのは知っていた。
 それでもちょっとは努力して、仲良くやっていけたらなと思った俺が馬鹿だったんだ。
 予想通りすぎる展開に俺があからさまに肩を落とせば、隣に立つリーズがちょっとだけ背伸びをして頭を撫でて慰めてくれる。その優しさに少しだけ救われる。
 
「え、と、あのー」
「ああ、すまんすまん。一番重要な人物を置いてけぼりにしてしまった」

 会話に参加できず、隅へと追いやられてしまっていた少年。俺の目的である少年はおずおずと声を出した。
 今回のもろもろの中心になっていくであろう彼を外して話が進むわけがない。

「あ、いえ。あなたもフレイムヘイズなんですよね? 僕は坂井悠二って言います」
「曲がりなりにもフレイムヘイズだね。『不朽の逃げ手』って呼ばれてて、モウカと呼んでくれていいよ。よろしくね坂井くん」
「それで私がこの冴えなさそうなモウカと契約した``王``の``晴嵐の根``ウェパル、ウェルと新愛をこめて呼んでね」
「冴えないは余計だ」

 俺とウェルのいつものやり取りに、坂井くんは目を丸くして驚いている。
 普段関わっているフレイムヘイズが、目の前に居るペアなら自分たちとの落差に驚くとは思うが、彼は『弔詞の詠み手』とも関わりがあったはずだ。あそこも、堅物とは程遠いやり取りだったはずなので、ここまで驚くほどのものではないと思うのだが。
 俺に続いてリーズが極めて簡潔に自己紹介をした。これには坂井くんが「あ、フレイムヘイズっぽい」と呟いた。あれかな、坂井くんの中では俺はフレイムヘイズの色物に分類されてしまったのだろうか。否定出来ないのが悔しい。

「自己紹介も終わったのだ。要件を述べるといい」
「では、お言葉に甘えまして」

 速やかに話が進むのは悪いことではない。
 他愛もない話をするのも楽しいとは思うけど、そういうのは気心の知れた仲間とやるべきで、彼女たちとはまだそこまでの親交はない。
 もう少し協力的だとありがたくはあるのだけど。

「俺がわざわざここまで出向いたのは、これから起きるであろう大きな変事に備えてのこと」

 全員の視線が集まり、息を呑む音が聞こえてくるようだ。
 ここは俺にとって交渉の場。
 彼らの協力を仰げるのなら、これ以上は無い好条件。

「『弔詞の詠み手』にはすでに一言言ったけど、起こる変事とは大戦」
「大戦だと」

 いち早く反応したのはアラストール。事の重大さをおそらくはこの中で最も理解できるモノ。

「具体的な根拠は?」

 彼の契約者は、よく言葉の意味を吟味しながら冷静に続きを促してくる。
 それとは相対して坂井くんのリアクションは薄い。大戦の意味を測りかねているのだろう。
 分かる。その気持ちはこの場にいる誰よりも俺が分かる。この形だけとはいえ平和な日本で大戦なんて言われた所で、夢物語、雲の上のような存在にしか感じられないだろう。意味はわかる、でも実感は得られない。
 ああ、彼の今陥ってる心境が手に取るように分かる。
 それで彼は言うのだろう。

「それってどういうこと……?」
(どういうことなのか、と)
(モウカの同類……)
(同種族だったとでも言うべきなんだろうね)

 坂井くんのあまりにもずれてる発言に、アラストールとその契約者は、何故分からないといった類の自覚の足りなさを責める叱責がとぶ。
 ああ、可哀想に。俺はどちらの立場もわかるから、止めることが出来ないんだよ。
 彼という人間をよく理解出来る一幕である。

「そ、それで、大戦ってどういう……いてててて、シャナいい加減に」

 シャナと呼んでいるらしい『炎髪灼眼の討ち手』に腕をひねられながら、格好つかない姿で話を進めようと坂井くんは努力する。
 その知ろうと努力する姿勢には好感を抱く。
 最近はからっきし思考を俺に預けてしまうリーズとは大違いである。

「うん、これが話の本題なんだけど、``仮装舞踏会(バル・マスケ)``が──」
「『零時迷子』を狙ってるんでしょ、あの時のあいつの言動から察するにね」
「そーいうこった。自体は俺達の想像以上に緊迫してるみてーだぜ。な、オーケストラのオーナーさんよ」

 俺の言葉を遮り、降って湧いたように忽然と現れたのは今夜の会合を酒を呑むからと言って欠席を公言した『弔詞の詠み手』だった。
 彼女の神器であろうかなり大きめの本に乗り、悠々と屋根の上に降り立つ。
 彼女たちの来訪にはため息をついて呆れながらも、彼女らの予測には肯定して、余計な言葉には否定をした。
 オーナーってなんだよとやけくそ気味に思う俺の心を知りつつも、ウェルは俺にしか聞こえない声にて、からかうような笑い声を発した。



 坂井くんと『弔詞の詠み手』の二人による``千変``と戦闘時の言動の再確認とともに、こちらの持っている外界宿の情報を繋げ合わせる。
 自体はいよいよ確信に近づきつつあるようだ。

「『これほど早く見つかるとは』か」

 アラストールが意味深に呻くように出た言葉は、``千変``が零時迷子を探してたことを暗喩する言葉であり、``千変``の背景を想像すればまさしくそれは、

「``仮装舞踏会``の探しものが零時迷子。それも、『殺し屋』に頼んで強制転移をさせてまで欲した物とくれば、あとは分かるだろ?」 
「事態は急を要すると、そう言いたいのか『不朽の逃げ手』」

 アラストールの言葉で、周りの空気は一層に重くなる。かの『弔詞の詠み手』でさえも、考えこむほどに。
 ``千変``が引いては零時迷子を``紅世の徒``が欲するのは、別段おかしなことではないのだ。
 零時になれば存在の力を回復させる秘宝中の秘宝である``宝具``零時迷子があれば、この世界にただ在るだけで存在の力を消費する``紅世の徒``にとって、これほど優れたものはない。
 しかし、手に入れるには元々の持ち主と造り主である``約束の二人(エンゲージ・リンク)``、強大な``紅世の王``と零時迷子を宿す自在法に優れたミステスから奪わなくてはならなかった。そのために、わざわざ奪うものは現れず、零時迷子があるため人を襲わなくなり、フレイムヘイズの討滅の対象とならなかった。
 加えて``千変``という男は、ここ近年では自身の所属する``仮装舞踏会``とは関わりが薄いとみられる行動を続け、依頼によって``紅世の徒``を護衛する道楽に更けていた。
 今の``千変``が零時迷子を襲い、求めるとは表面的には考えにくいのだ。
 零時迷子を襲っていたのは『誰か』に雇われていたと思われるやはり生きていた``壊刃``サブラク。
 偶然にも零時迷子を見つけて歓喜したのは``仮装舞踏会``幹部の``千変``シュドナイ。
 表面的には繋がらなかったものが``仮装舞踏会``を背景に据えた時、この2つは繋がっていると考えるほうが自然に見えてくる。

「慌てる必要はまだない、と俺は思うよ」
「へぇ、意外と呑気じゃないの」
「おーいおい、大戦の立役者からすれば、この程度は些事ってか?」
「いや、そういう意味じゃ」

 大戦の立役者なんて仰々しくて自分に合わないどころか、『弔詞の詠み手』のそれは過大評価しすぎだった。
 そこまでの勘違いは許容できない。
 こればかりは慌てて、否定しようものなら、お調子者のウェルが一際声を大きく軽快に口を動かす。

「さっすが、私のモウカ! そんなふうに考えてたんだね! 惚れ直したよ!」
「面白そうだからって乗るなウェル。分かってて言ってるだろ! ほら、『炎髪灼眼の討ち手』ペアが呆れてるって!」

 重たい空気とやらはどこへ行ってしまったのか。
 俺とウェルの掛け合いのせいで、『炎髪灼眼の討ち手』は半目でこちらを鬱陶しそうに見て、その力を与えし魔神は『何をやっとるのだ』とあきれ果ている。かと思えば、『弔詞の詠み手』ペアは二人して笑い、指を指して面白いと俺たちを評した。
 坂井くんは「僕の中のフレイムヘイズのイメージが……」と壊れたように言葉をこぼしていた。

(せっかくの空気が台無しじゃないか)
(ごめんごめん。でも、モウカに真面目とかシリアスは似合わないと思って、空気を読んだの)

 どこか誇らしげで、偉いでしょ褒めてと言いたげなウェル。
 誰が褒めるか誰が。

「貴方、続き」
「ああ、リーズ。ありがとう」

 裾を引っ張って、場の流れをリーズが戻してくれた。

「慌てる必要がないというのは、単純に準備がお互いに必要だろうってこと」
「向こうはこちらの人数を知ってるから……ってことですか?」
「うん、坂井くん正解だ」

 この中ではどうしても平和ボケした感覚を持ってしまっているはずなのに、中々どうしてか彼の発言は的を射ている。実はかなり頭がいい子なのだろうか。

「``千変``は少なくともこの街に五組のフレイムヘイズが居ることを知ってしまった」

 それもとっておきの名のあるフレイムヘイズばかりだった。
 大方、自分もその名のあるの中に入ってしまっているだろうが、構うものか。利用できるものは利用するのだ。名前だけで抑止力になるのなら大歓迎。戦わずに勝利する。甘美な響だ。

「そーいえば、もう一人嬢ちゃんが居たはずだが」
「キアラには外界宿への連絡を頼んでおいた。いざという時は、やっぱり彼女が一番速いからね」
「そうだろうと当たりはつけてたけど、あの娘は今代の『極光の射手』だったわけね」
「ヒッヒ、こりゃあマジもんで戦争できる面子だったてっーわけだ」

 改めて面々を見る。
 中世では最強と謳われた『炎髪灼眼の討ち手』の二代目、``紅世の徒``に死の同義語とまでされている『弔詞の詠み手』、ここには一時的にいないが一番槍で誇れ高かった『極光の射手』の二代目、形だけは有名な自分。
 そもそも一つの街にこれだけの数のフレイムヘイズが居るのが異常なことだ。

「ついでにこの街には調律師も早急に来るように頼んでおいた」

 随分と昔に知り合った``紅世``屈指の壊し屋だ。
 それこそ何かあった場合には、彼にも助力を願う算段である。他にも、キアラの片割れともいうべき者や、最悪の事態には外界宿東京総本部からの援軍も呼べる。
 数を揃える上でもこちらが圧倒的に有利だ。それこそ、相手が軍団で攻めてでも来ない限り。
 局面は優勢を築けている。それならば慌てて行動するよりも、着実に堅実に立ちまわって、詰まないように動くべきである。

「まずは調律師が来るまではこの街で待機でいい」

 この街の歪みは少々異常だ。この間の戦闘に限らず、近い期間で何度か``紅世の徒``の襲来が合ったとしか考えられないレベルで、存在が抜け落ち、歪みが現れている。世界の歪みが大きすぎると、誰も想像出来ない致命的な事態が起きる可能性がある。
 この状態は見過ごせるものではないため、歪みを調律できる調律師がやってくるまでは、街を離れる訳にはいかない、と普通のフレイムヘイズは考えるのだ。
 俺の言葉に反対意見はないようで、それぞれの反応で肯定をした。

「問題はその後、つまり零時迷子である坂井くんの将来についてだ」
「僕の将来?」
「そう。簡単な選択肢をあげよう」

 俺は指を二本立てて、坂井くんに選択を迫る。
 坂井くんは俺の指を真剣に見て、そのかなりの真剣さに彼のつばを飲む音が聞こえてきそうだった。

「一つは戦うこと、そしてもう一つは」

 ──この世の全てから逃げること



大変お待たせいたしました。第六十二話、副題をつけるなら分岐点、であります。
長らくまたせた原作主人公組との会合第一回です。
ここまでが前提のお話です。次回から違いのお話になるかと。
会話と背景描写にちょっとばかり力を入れてみました。楽しんでもらえれば光栄だと思います。

ご指摘感想などお待ちしております。
原作主人公組の会話は初めてといっても過言ではないので、違和感などがあれば積極的にお願いします。
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第六十三話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 意表を突かれた言葉に思わず絶句する当事者たち。言葉をなくし静寂が訪れた空間に、リーズの小さなため息のみが耳に聞こえる。

「それはどういう意味か説明してもらおう。『不朽の逃げ手』よ」

 最初にフリーズから溶けたのは、アラストール。その後に、話の展開が理解でき始めたのか『弔詞の詠み手』がにやけた顔をし、隠す気のない下品な忍び笑いを始めた。ウェルは大爆笑である。
 アラストールはそんな彼らに厳粛な態度を崩さず、空気を乱す不真面目な``王``らを一喝した。

「俺があえて説明しなくても、予想はできているんじゃないかと思うんだけど」

 とりわけ難しい選択肢を迫ってる訳ではなし、難しい話をしている訳ではないのだ。
 誰もが考えられるほど単純で、ありふれた思惑。
 
「戦う。つまり仕向けられる可能性のある``紅世の徒``を打ち倒すこと?」

 二代目(『炎髪灼眼の討ち手』だといい加減長いので二代目と略す)は的確に正解を言い当てる。

「出来れば徹底的に、かな。軒並み迎え撃ち、全てを滅する」

 彼女の正解に、自分の希望も付き添える。
 かなり好戦的な方針である。俺が当事者なら絶対に選ぶことのない選択だ。
 そして、この選択を迫られているのが『炎髪灼眼の討ち手』でなければ、俺はそもそもこれを選択肢として掲げることも出来やしない。
 相手は一大組織の``仮装舞踏会(バル・マスケ)``。戦闘の激化や『零時迷子』の価値次第では、一軍を差し向けて来ることも十分に考えられる。
 それを蹴散らせる可能性を秘めている、過去にも天下無双を魅せてくれた『炎髪灼眼の討ち手』でなければ、考慮するに及ばない選択肢だった。

「二代目は──」
「二代目?」

 呼ばれた当人は、歳相応の可愛らしい眉をよせて訝しんだ。
 呼ばれたことのない呼称に、違和感を感じてるのかもしれない。とはいえ、こちらもいちいち長い称号で呼ぶのは面倒。
 二代目と呼んでもいいかと聞けば、『別に』と実に素っ気なく許可をもらった。
 呼ばれ方にこれといったこだわりはないようだ。

「二代目は自分がどれほどの敵なら討滅できるか分かる?」
「……っ」

 フレイムヘイズ然としているのは、初めて会った時から感じ取れたし、世界のバランサーとしての自覚や決意、実力も申し分ないものだろう。契約した``王``が``紅世``の魔神であることが、それの何よりの証明でもある。
 500年以上も生きることのみにしがみついて、その為だけに知恵を絞ってきた自分とは、フレイムヘイズとしての差は天と地ほどもある。
 彼女は賢い。だからこそという訳ではないが、自分自身を客観的に見つめることが出来て正当な評価を下すことが出きるはず。
 過大評価せず過小評価せず、彼女の実力を考えるに現状では``千変``はおろか有名所の``紅世の王``相手では劣勢に立たされることの方が多くなるのが予想される。
 全てを完膚なきまでに跳ね除けられるか。これの現実味の無さと組織を相手取る事の意味を加味すると、俺の質問を安易に首を縦に振ることは躊躇われるだろう。
 それでも、凛々しい顔をやや険しくしながらも、苦いものを吐き出すように言う。

「できるできない、じゃない。するのが使命。それが」

 フレイムヘイズだから、と誇った。
 悠二くんはそんな彼女に見惚れ、マージョリーはどこか呆れたような目をした。二代目のその発言でアラストールからもどこか我が子を自慢するような雰囲気が伝わってくる。これはもしかしたら、ウェルとウェルと同じくらいにちゃらんぽらんなマルコシアスに対し、貴様らとは違うと威張ってるのかもしれない。
 俺とおそらくはリーズも、自分たちの違いをまざまざと見せつけられる。
 フレイムヘイズとして、彼女の言うことは正しいが、どうやら彼女も普通のフレイムヘイズとはややズレていることも感じ取った。
 この世界のバランスを乱す``紅世の徒``の討滅を目指すのはフレイムヘイズとしての在リ様としては間違っていない。
 しかし、多くのフレイムヘイズにとって世界のバランスへの使命は``紅世の徒``の討滅で起きる延長線上の結果であって、目的ではない。いや、人間と契約をした``紅世の王``にとってはまさしく、それこそが目的だが、人間側はそうではないのだ。
 契約した理由は、``紅世の徒``に復讐できる力と機会を与えられるから。そこに『世界のバランスを取る』などという大層な理由はない。
 どちらにせよ、``紅世の徒``を討滅するという役割を果たしている内はやってることは変わらず、俺よりよっぽどフレイムヘイズであるし、その定義から言うと俺はフレイムヘイズ失格である。

(なんとなく、彼女の事が分かったきた気がする)
(あの堅物が好みそうな子だねー。全くもっておそろいだこと)

 どこまでも真っ直ぐで、己の信念を曲げることがない。そういう意味では俺と同じかもしれない。俺も自分の信念を曲げることはない。
 けれども、あまりにも方向性が違いすぎる。

(逃げるなんて選択は絶対に取らないだろうな。分かってたけど)
(あの堅物のフレイムヘイズって時点で、ね? この子の場合は使命だからって言ってるけど、先代なら先代で全部跳ね除けてやろうと好戦的になったんじゃないかな)

 その光景はありありと想像できる。
 それも相方のヴィルヘルミナさんと二人で無双している姿だ。``仮装舞踏会``の組織員全員を相手でも、打ち滅ぼしてしまいそうな。そんな凄みが彼女らにはあった。
 二代目の意気込みは確かに伝わった。並々ならぬ意思を持ち、絶対の使命感を抱えており、何よりもフレイムヘイズに誇りを持っていることを。
 
「ヒーッヒッヒ、嬢ちゃん、そいつは笑い草にもならねーぜ。そんな簡単にあいつらをとっちめられるんなら俺達が何度もあいつを取り逃がしゴフっ!」
「うるさいバカマルコ。余計なことを思いださせるんじゃないわよ。チビジャリの崇高な心意気は結構だわ。それで、具体的な対策は出来るのかしら?」

 二代目はマージョリーを睨みつけ、それにマージョリーは挑戦的な笑みを返す。

「で、でも、シャナは強いんだ……これから現れる敵がどんなに強いかは僕には分からないけど、それでもシャナはいままでのように」
「悠二……」

 雰囲気がやや剣呑なものになると、悠二くんが耐え切れなくなったのか呻いた。
 万感の思いを込めて発した言葉に、各々が各々の思いで彼を見る。
 一般人により近い感性の彼からすれば、フレイムヘイズである『シャナ』の存在はどこまでも絶対的な強さを持つ正義の味方のような存在だったのかもしれない。あるいは、節々に垣間見える憧れか。それとも、もっと青い感情か。
 ごほんと適当な咳払いで、周囲の視線を自分に集めた。

「戦うについての詮議はおいといて、もう一つの選択肢の話も進めよう。方針を決めるのはそれからでも遅くない」

 個人的にはとっと零時迷子には行方をくらましてもらって、``仮装舞踏会``の手の届かない場所に逃げ手欲しいのが本音ではある。
 ここからの話こそ、俺にとっては本題なのだ。

「逃げる、でしたっけ? フレイムヘイズが``紅世の徒``を相手に逃げるんですか?」

 不思議そうに尋ねてきた。
 悠二くんの言い分は重々承知だ。その言葉の裏にものも理解できる。
 ``紅世の徒``を滅することが使命であり、また元来は復讐者たるフレイムヘイズが、復讐相手を前にして逃げる意味があるのか。逃げることは自らの存在意義を否定するのではないか、ということだろう。
 まさしく、普通のフレイムヘイズなら例え大戦が起こるであろうと取らない選択肢だ。零時迷子が手元にいて問題なら、適当に外界宿にでも預けてしまうのが、ありがちな行動だろう。
 しかし、この方法を取られるのは困るのだ。外界宿に預けて、それを守るのは誰だ? どこの誰が危険が付き纏う零時迷子を守るのだ?
 故に、あくまで彼の護衛は『炎髪灼眼の討ち手』じゃないといけないし、何よりそれが最も都合がいいのだ。
 『炎髪灼眼の討ち手』のビッグネームの存在は規格外に大きい。
 隣に居たリーズがトントンと腕を叩きながら、小声で言う。

「貴方が実は一度も``紅世の徒``を葬ったことがないって言ったら驚きそうよね。この調子だと」
「悠二くんはもちろんだけど、二代目は相当じゃないかな」
「堅物は使命を果たしてないことに憤慨するどころか、呆れ果てそうだよねー」
「かの『弔詞の詠み手』ですら、度肝を抜かれるのではないか?」
「なーに、あんたたちコソコソしてんのよ」

 何でもないといい加減に返事をして、余計なことを言わないように改めて慎重に話を進める。

「問答無用で逃げろって意味じゃない。適切に逃げろってだけだよ」
「話が見えてきたな。『不朽の逃げ手』が言いたいのつまり、``仮装舞踏会``との接触を極力避ける方向に動けと言った所か」
「逃げるだけならそれほど難しくはないと踏んでるよ」

 フレイムヘイズが常日頃から``紅世の徒``を避けて逃げる事自体は、異例中の異例であり、それだけに徹すれば、戦闘力皆無の自分ですら生き残る術があったのだ。
 これが二代目ともなれば、状況に応じては降りかかる火の粉は払うことも可能であり、自分以上に柔軟な対応が出来るはずなのである。
 逃げることを躊躇しなければの話しであるが。
 だが、彼女の場合は間違いなく『フレイムヘイズの誇り』が邪魔をするだろう。現に今も顔を顰めて俯き、楽で簡単な逃げることを選べずにいる。

「選択肢がたった二つだけ……もっと、他には」
「あるにはあるよ、坂井くん」
「じゃあ、何でそれを言わないんですか?」
「君たち二人が望まないだろう選択だからね」

 俺の思ってもいない反応に、坂井くんは驚きの声を上げた。
 実際には選択肢は二つと限らずもっとある。俺が思いつくものでも、あと二つ。むしろ道理で言えば最も最優先に上がる方法だろう。

「『零時迷子』の無作為転移か、摘出ってところよね」

 俺の思いつく二つをあっさりとマージョリーが言い当てた。
 
「でも、『戒禁』はどうするのよ?」
「知り合いに優秀な自在師もいるし、君だって自在師だろう? それに``仮装舞踏会``の件が表面化したのは、``約束の二人(エンゲージ・リンク)``の襲撃された事から始まったんだよ。あ、これはまだ秘密事項だから他言無用で。そんな訳で、『戒禁』も彼女の手による緊急処置かもしれない」

 自らの恋人を守るための最終手段として、『戒禁』を咄嗟に掛けたのかもしれない線が非常に濃厚である。
 このことは皆も予想できていたので、一様に頷いている。
 ``約束の二人``の片割れを呼ぶのは難しいことではない。彼女は必死になって恋人の宝具を探しているだろうし、こちらで居場所を公布すれば、好きな人のためなら藁をも掴む思いで迷いなくやってくるだろう。
 なので『戒禁』自体は、それほど難しい問題ではないと俺は考えている。確かに、ブラックボックスが多く、手を出すには少々臆病になりがちだが、多少の無茶をやった方が得られるものは大きいかもしれない。
 にも関わらず、実行はおろか提案すらしなかったのは、今の二代目の表情を見れば一目瞭然。
 彼女が悠二くんを大なり小なり想っていることは、前回の戦闘後の二人から十分伝わるものがあった。
 今、彼女はフレイムヘイズと人としての心の間で揺れている。フレイムヘイズとしてなら、マージョリーが言った通りのことが『最適』である。ただ、『零時迷子』を失ったミステスの坂井くんは器を破壊されるか、されなくともトーチとして短い命しか残らない。
 余程の合理的主義でなければ、こんな彼女から『零時迷子』を除外しようとは言わないだろう。マージョリーも気付けば見守るような目で見つめているし、リーズなんかは「うんうん」と頷いている。
 労力を最小限にして、大戦は回避したいと願ってる俺は、悠二くんと二代目のことがなければ、無作為転移を行なっていた。いや、悠二くんだけなら彼を保護するだけでも済んだかもしれない。

「俺の思いつく限りではこんなもんだけど。悠二くんの言うとおり、もっといい案は出るかもしれない。今すぐ決めろって訳じゃないんだ。とりあえずは、調律師がこの街に来るまで。それを期限にしよう」

 反対意見はなく全員が肯定を表した。
 切羽詰まった状況下で日和った考え方なのは十分承知。だが、大戦の危険度は誰もが分かりきっているので、最後の強硬手段はいつでも取れると信じよう。
 いざという時は、致命的な敵が来なければ逃げることも出来る。相手側にもこちらの過剰戦力が分かっているのだから、時間が許す限りは、話し合いで事を進めて納得の行く結論を求めよう。

「どうして」

 悠二くんが気を必死に張り詰めてこちらを見てくる。

「どうして、あなた達はこんなに親切なんですか?」
「質問の意図がいまいち──」

 分からない、と言おうとした所で、悠二くんがさらに語気を強くして言葉を遮った。

「マージョリーさんが来た時はフレイムヘイズ同士で争うことになった。でも、あなた達は争うどころか、助けてくれて。協力までしてくれて、友好的な条件で手助けをしようとしてくれています」

 一拍を置いてから、分からないと言葉を吐き、真剣な眼差しはそのままに困惑の表情を浮かべた。
 彼の『分からない』には色々な『分からない』が詰まっていたのだろう。
 時に敵対し、時に友好的なフレイムヘイズに。
 突きつけられた結論の出しにくい選択肢に。
 あるいは、自分の持つ『零時迷子』の不透明さか。
 俺は彼の立場を最も理解できている自信がある。今、彼が悩んでいる問題もどういったものか分かるのだが。

「それじゃ、次は約束の期限の日に」

 答えは返さずに、去って行く。
 リーズがこれでいいのかと視線で訴えてくるが、くしゃっと髪を撫でて、別にいいのさと答える。
 彼の問いに答えたところで意味はない。どんな答えを返そうが、彼の抱えている悩みへの解決にはならないのだから。

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短篇集2(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

・本編とは関係ないと思ってください
・作者の妄想が入り交じってます
・本編の雰囲気を破壊する可能性があります
・ネタです
・ネタなのです
以上のことが含まれるので、それでも良いと思う方だけお読みください。
勝利条件:リーズを読者に可愛いと思わせること

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第六十四話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 夕日を背景に様々なお祭りの飾り付けが黒く塗りつぶされていく光景は、お祭り前夜の雰囲気を最大限に醸し出している。そんな雰囲気に踊らされてか、リーズの隣を歩く男──モウカはどこか浮き足立っている。
 彼がお祭り好きであることを発覚したのは今更のことではない。外界宿東京本部に所属となってからも、この時期がやってくると毎年のようにお祭りへ出かけた。
 リーズ自身もお祭りとは全く縁がなかったわけではない。フレイムヘイズになる前から、祭り事が開かれていることを知っていたが、行きたいと思うことはあまりなかった。
 お祭りの独特の高揚感漂う雰囲気は嫌いではないが、人混み自体がそれほど好きではなかったのだ。それが、東京に来てからちょくちょくモウカと祭りを付き添うようになってから、避けていた人混みにも慣れることが出来た。
 一人ではおそらく無理。だけれど、彼と一緒ならお祭りを共に楽しむことが出来る。
 そっと、彼との距離を縮める。彼はそれを気にも留めないが、それが逆に自分の存在を際限なく受け止めてくれているように倒錯する。一方通行な気持ちではあったが、確かに幸せの感情が存在する。ずっと、出来れば永遠にこの時間が訪れていればいいとさえ思える。
 戦いはリーズだって好まない。
 これには少なからず彼の影響はあるだろうが、むしろそういった影響は両手を上げて喜びたい。長い時がお互いを影響するなら、彼にだって自分の影響があるはずだ。
 フレイムヘイズは殺されさえしなければ時間は無限にある。たとえ人類が滅亡しても、人間としての営みを放棄して生きることも可能なフレイムヘイズなら、生きることは出来るのだ。
 だから、モウカは生きるために殺されないための方法をとにかく必死に取っている。その生へのしがみつきに、昔は何度か見苦しいと感じることも多々あった。

(私も貴方とまだまだ生きたいからそれに乗じてる……人って変わるものね)

 長い時間を掛けての変貌だっただろう。昔のリーズはただ、自分が生き残るだけの術をモウカから盗み取ろうとしてただけなのに、気付けば共に生を歩むと信じて疑わなくなっていたのだから。
 ただ、これだけ彼と歩んでいれば当然見えてくるものがある。

(貴方は一体、何者なの?)

 まずは見た目。
 黒髪黒目は欧州では珍しい。いないわけではないので、彼がたまたまそういう人種だったというだけの可能性もある。だが、あまりにもこの国の今の時代の人間と類似し過ぎていないだろうか。
 彼の持つ知識。 
 モウカは自身でそんなに頭が良くないと言いつつも、何かしらの教育を受けたであろう知識を披露することがたまにあった。その知識の出処はどこからなのか分からない。リーズは300年程一緒にいたが、彼の過去について問たことはない。
 フレイムヘイズの過去は往々にして重い。復讐者たる彼の過去に無遠慮に触れるのは禁忌とも言える。良からぬ争いの種になることもあり、軽々しく聞けるものではない。
 自分と彼の関係ならもう聞けるほどの仲になっているはず、という自負はリーズの中にあるが、踏み込むのには躊躇してしまう。
 しかし、それではやはり疑問は解消されないのだ。
 リーズも自分の頭が良くないことを自覚している。考える事自体もかなり苦手な部類だ。いや、だからこそかも知れない。長年に蓄積した僅かな違和感があるからこそ疑問は明確になったのかもしれない。
 モウカはリーズよりも古い時代の人間とは到底思えない。
 彼の考え方は非常に現代的であることが、目下で見て取れた。彼がどんな先見の明に長けていたとしても、それぞれの時代に紛れ込み、違和感を薄め、適応するのが得意だったとしても、根本の彼を構成している部分は、どうにも現代(いま)よりなのだ。
 そうでなければ、モウカとあの少年が似通ってるなんて思うはずがない。いくら容姿の特徴が類似していて、二人共地味だからといって、モウカの積み上げた500年とたった十数年の少年では『生きてきた』ことの重みが違いすぎる。
 
「いい雰囲気だね。たまらない」

 商店街でそこかしこで祭りの準備に勤しむ人らと、そんな人らに煽られて活気溢れた顔になる人達を見て、モウカは非常に満足気だ。
 人通りが多いから彼のうるさいパートナーのウェルは音には出してないが、感想を彼に言ってることだろう。
 リーズはその楽しそうな顔のモウカを見て、自分自身も楽しくなっていた。
 こんな平穏がずっと続けばいい。
 彼ならきっとこんなことを思っているだろう。リーズもまた同じことを思っている。
 他のフレイムヘイズがこの光景を見てどう思うか。自分たちと同じく、感傷に浸るのだろうか。それとも、争いがないことに居場所の無さを感じて、いたたまれなくなってしまうのか。こんな平穏を世界に齎せるように目標を立てるのだろうか。

「ねえ、あの子のことはいいの?」
「悠二くんのことか。思うところがないわけじゃなかったけど」

 モウカが悠二の質問を突き放したのは意外だった。
 モウカもやっぱり悠二とは似通ってる部分があることを自覚しているようで、相談に乗るかと思っていた。
 
「いやね。多分、あの場にいる誰よりも彼のことを理解できるとは思うんだよ」
「なんとなく、分かるわ」

 同じ人種、という言い方は変かもしれないが。モウカと悠二は同じ時代に生まれたと言われても違和感はない。それはやっぱり容姿の特徴が似てるから、というだけでは説明がつかない。
 リーズの言葉に、何かを感じ取ったのかモウカは「わかっちゃうかー」と、頭を掻いて苦笑いをした。困ったようには見えない。
 彼ももうバレても構わないと思っていたのかもしれない。今までにだって、疑わしいことは多かったが、隠す素振りは見せたことはなかった。
 モウカがゆっくりとリーズに体を向け、リーズに視線を合わせた。顔は真剣そのものだ。

「秘密にしてたわけじゃないけど、俺の秘密聞きたい?」

 長年の違和感と疑問が解けるチャンスが訪れた。
 肯定すればそれだけで、モウカは包み隠さず答えてくれるはずだ。嘘を答えることはないだろう。リーズには嘘をつかれたこともないが、つかれても彼の嘘を見抜く程度にはよく見てきた自信がある。
 だからリーズは、その質問には喜色を混じえながら答えられる。

「別にいいわ」

 そう答えると彼は不思議そうな顔をした。
 話してもらえることが分かれば、リーズは十分に満足できる。彼からの無条件の信頼を得られたように受け取ることだって出来る。

「今まで、結構気にしてた素振りがあった気がするんだけど……」
「いいの。それより今晩の調達をしましょ」

 戸惑うモウカの腕を引っ張って、近場のスーパーへと入っていく。
 リーズはモウカと共に過ごすようになって炊事を担うようになった。それは御崎市にきたほんの僅かな時間であろうと変わらず、ウィークリーマンションを仮宿として、キッチンで腕を振るう。これは口うるさいあいつには出来ない、リーズだけの特権である。

(やっぱり、こんな平穏が一番よね)

 しかし、生きることが戦いなら、リーズは率先して戦おう。
 生き残る方法は全てモウカが模索してくれる。ならば、リーズは彼の盾となり槍となる。
 これから起こるだろう大戦の大騒動を前に、リーズは自身の役割に忠実を誓う。





◆  ◆  ◆




 判断を下さないといけない時は着々と迫ってきている。判断を下すことは、悠二本人の意思だけで決まるような軽いものではないが、悠二自身に大きく関わるものである。判断の時であると同時に、悠二の中で『覚悟』を決める時が近づいているように感じていた。
 悠二の出会った二組のフレイムヘイズよりも地味で、自分と同じく平凡そうな身なりのフレイムヘイズに突きつけられた『戦う』と『逃げる』の選択。悠二がどこかで考えないようにしていた問題に強制的に向き合わされた結果になった。
 考えたくはなかったのはこの街を、御崎市を今すぐに離れること。
 生まれ育ち、慣れ親しんだ街を離れる。長い時間を通して学校での勉学とともに築き上げ、育んできた友人たち。心機一転ではない地元の学校とはいえ、新たな環境と新たな友を得て、始まったばかりの高校生活は、少々予想外の闖入者も混じりながらも、最近ではそれをも溶け込み、日常となった。
 非日常へ片足を突っ込んではいるが、それなりに日々を謳歌できる今は、幾つもの問題を抱えていたとしても悠二の中では捨てがたいものへと変貌していた。

「ターッッッチ!」

 軽快な声と同時に、人肌独特の生ぬるい感覚が悠二を襲う。それは思考の渦から周囲の喧騒へと意識を浮かび上がらせた。
 授業中だというのにやけに騒がしい。それもそのはず、夏真っ盛りなこの時期に、体育のプールとは名ばかりの憩いの水遊びの時間だった。
 プールの授業は例え泳ぐことをノルマに課せられていたとしても、ひたすらに熱されていく教室の中での授業とは異なる開放感と、火照り過ぎた体を冷やす中和剤となり、些か激しい運動も多少では苦にしない。
 この時間に限っては夏休み直前の授業とあって、その僅かに邪魔なノルマすらも存在しない完全なる癒やしの時となっている。
 暑さからの反動と夏休み前の独特の高揚感を重ねれば、テーマーパーク並みの喧騒がこの大きくもないプールであっても上がるのは当然であった。
 他人から見れば悠二の思考はただぼーっと突っ立っていただけにしか見えなかったのかもしれない。鬼ごっこをしている最中に呆けているなと、冗談交じりの罵声が遊んでいる友達から飛び交う。
 シャナには何をしているんだと半ば叱られ気味に聞かれれば、思考してた内容をこんなところでおおっぴらにいうことも出来ない。なので、目についた競泳用コースで泳いでいる仲の良い女の子を理由にすれば、軽く一発殴られた。それにまた周りが面白おかしく反応すれば、笑顔を作る。
 『今』を維持できるのが一番幸せで、楽なのではと思うことさえある。それが保留や先延ばしという、断じて良いとは言えないなあなあなものでも。仮初の平穏であっても。

(ここに居たい)

 トーチであり、本物の残りカスの自分が。本当はその残りカスも消えて、存在が無かったことにさえなっていたかもしれない自分が、異質となってしまったが生前と変わらない生活を送っている。
 その中にはシャナも混じって、不自然を感じないほど交わり、問題と直面しているのに、このままで脳天気に、あるいは楽観的に想う。

(ここにいるのは、全然おかしなこと……じゃない)

 だから、もっとここで在りたいと。
 あのフレイムヘイズも言っていた。選択肢は投げられたが、それ以外の案だってあるかもしれない。それを模索するための限られてはいるが期間だって、まだある。
 悠二はそう思い始めると、居ても立ってもいられなくなった。
 まだいい案は思い浮かんではいないけれど、自分の意志は決まった。

(いつもの僕なら、うやむやにしてたのかも)

 意思が弱い訳ではないとは思うのだが、平凡な日々に浸っていると、ついぞ非日常のことを曖昧にしてしまいがちだ。
 楽観的と言われれば、否定はできない。
 自分がトーチであると言われたときは、それは情けない様をシャナに見せていたに違いない。思い出すと、苦笑いが出る。それでも、次には言い方を良くすれば驚くほど冷静になれていた。
 自分は自分だと開き直ったのかもしれないし、そうは言われても、変わらずに日常を過ごせたから薄れていってしまったのかもしれない。
 ふと、このことを思い出しては悩み、また保留をしていく。
 何か決定的なことがない限りは、そんな毎日を過ごしていたのではないかと容易に想像できる。

(なら、これはいい機会だったのかも)

 最後の決定打が、何かを失った後とかだって考えられたのでは。そう考えるのならば、失う前に決意を固めることが出来たのは、良かったとさえ言える。
 そして、何よりも自分たちに協力してくれそうなフレイムヘイズがいる。あの日、屋根の上では無碍に別れを告げられたが、マージョリー・ドーのような話しかけづらさや、シャナのようなある種の硬さを感じない。悠二にとってはシャナよりも相談しやすそうな相手だった。
 その日、悠二は学校が終わるとシャナに適当な理由をつけて、学校を飛び出した。フレイムヘイズの気配は独特でわかりやすい。この街にいれば、見つけ出せる自信はあった。

(本当はシャナにも相談するべきなんだろうけど)

 彼女には中途半端とにべもなく切られる可能性があると思うと、出だしから相談するのは避けたかった。
 しっかりと構想を練って、彼女を納得させられるような案を上げて、少しは頼りになる所を見せたかった。
 しかし、それは──自分の感情を最も理解してくれていると勝手に思っていたフレイムヘイズに否定されることになる。

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第六十五話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 沈みかけの太陽が三崎市の新シンボル、御崎アトリウムマーチに隠れようとする中、周囲の視線を少々集める肩で息をする少年の姿があった。
 彼は自分を見つけると先日までの気の弱そう表情ではなく、意を決した光を灯した目をして、睨むように見据え、大きな足取りで近づいてくる。どうやら、自分と会うために悠二くんはここにやってきたようだ。

「すみません──」
「あ、ごめん。歩きながらでいい?」

 俺の水を差す言葉に悠二くんはコケそうになる。
 それにリアクションいいなあと思いつつ、リーズの持つスーパーのビニール袋を指した。我が家はリーズ頼みの完全自炊派である。なので、袋の中身は新鮮な卵や野菜、肉が入っている。日が沈み始めてきたとはいえ、暑さが和らがない夏の夜は食材によくない。
 悠二くんは高校の服装そのままでここに来たようで、ワイシャツが汗だくになっていた。リーズが気を利かせて悠二くんにタオルを渡す。

「時間は大丈夫なのかな?」

 悠二くんよりも大人であるわけだし、こういう部分へのフォローは大事だ。
 自分が高校生だった頃、本当に遠い昔の記憶になってしまうが、門限こそなかったものの、夜遅くまで遊んで帰ってきた自分に親はいい顔をしなかったような気がする。
 俺の気配りに悠二くんは「いえ!」と勢いで言ったあと、「あ」と思い出したように言葉を発してから、すみませんと一礼入れてから、ポケットから携帯電話を取り出した。

「大丈夫です」
「まあ、遅くならないようにはするけどね。じゃあ、話しながら歩こうか」

 悠二くんがわざわざこうやって来た理由は、なんとなく察しがついていたりする。
 以前に会合した時は何か言いたげにしていたし、相談事で十中八九は間違いないだろう。

(そもそも無茶な話だもんなあ)
(モウカは逃げるの選択しかしないでしょ?)
(あくまでフレイムヘイズだったらの話だよ。人間だったらどうだったか)

 自分が人間だった頃、こんな状況下に置かれること自体想像すらできないが、仮に究極の二択を突きつけられたとしたら。しかも考える時間をほとんど与えられずに、自分の人生に留まらず世界の命運を握っていると言われたら。
 答えを出せる自信はない。それこそ本当に現実から目を背け全力で逃げるに違いない。
 生きるための前向きの逃げではない、保留の後ろ向きな逃げ。何にも繋がらないただの最悪の選択肢だ。

(モウカが人間だった時も私は逃げてると思うけどなあ)
(何を基準にそう言ってるんだよ、おまえは)
(今までの500年?)

 逃げてばっかしだったのは認めるというか、どう考えてもそれ以外のことはしてこなかったけども。それで人間時代まで、否定されるのは悔しい。

(答えをどうしてもと言われたら、そりゃあ『逃げる』しかないだろ)
(やっぱり、そうじゃん!)

 あははと軽快にウェルは笑った。
 俺は確かに逃げるを選択したかもしれない。しかし、この決意の光を灯した少年も同じとは限らない。

「悠二くんはどうしてここに来たのかな? いや、それよりもよくここが分かったね」
「それは、二人の存在が分かりやすかった……いえ、分かりにくかったからです」

 悠二くんはどうやって答えればいいか困りながらも言葉にしてくれた。

「分かりにくかったから分かった?」

 その言葉に俺は目を丸くした。
 リーズは我知らずとスーパーで買ったおやつのイチゴのコッペパンを美味しそうに頬張った。

「ええと、例えばシャナやマージョリーさんはすごく分かりやすいんです。ここに居ることをこれでもかと主張している感じがしてて」
「それは物凄く分かる」

 俺が二人に受ける印象は派手だった。存在の自己主張が激しい。見た目も周囲の目を引き付けるような二人でもあるけど、それは周囲に溶け込むことで誤魔化せている。
 俺とリーズは周囲へ溶け込むと同時に、存在の力も出来る限り薄くするようにして、``紅世の徒``への予防線のために、ひたすらに存在の力を目立たせないようにしているはずなのだが。

「はい、でもあなたは」
「貴方はダメ」

 今まで素知らぬ態度をとっていたリーズが、間髪入れずに否定し、悠二くんを睨みつける。存在の力も放出してこれでもかと。
 これには悠二くんだけでなく、俺も驚きである。
 慌てて止めに入ろうとすると、リーズが「あなたは黙ってて」と介入を認めない。彼女に力を与えている``王``は仕方ないと頼りなく呟き、ウェルはしょうがないなあと分かったような事を言う。

「モウカて呼び捨てにすればいいわ。貴方もそれでいいよね?」
「あ、ああ。それでいいよ悠二くん」
「そ、それじゃあモウカさん、と」

 別に呼ばれ方にさしたるこだわりはない。
 リーズは満足気に頷いて、再びコッペパンに夢中になる。

「ええと、それではモウカさんは存在が薄いというか平べったいんです」

 こだわりがないと言った端からだが、さん付けで呼ばれることにむず痒さを感じた。

「薄くて平べったいね」
「はい。たぶん、普段なら全然気にならないし、それこそ普通の人よりも分かりづらいんです。だけど、気にかけると普通とは違うからこそ特徴的だなって……」
「特徴的……」

 分かりづらいのは望んだ通りの効果だが、それをして特徴的と言われるとは思わなかった。
 フレイムヘイズの中でも、特に周囲の気配について敏感な自分でも、俺から直伝されたリーズを存在の力を元に街で見つけるのは困難だ。長い時間を掛けて精錬された技術をこうも簡単に見破られるのは、ショックを受ける。それも、高校生の少年に。

「『零時迷子』か」
「はい。シャナやマージョリーさんも同じよなことを」
「存在の力の段違いな感知か。それがかのミステスの自在したる所以だったのかもしれないな」

 本人の資質ももちろんあったのだろうが、『零時迷子』による恩恵を大きく受けていると考えるのが妥当だ。
 つまり、それを宿す悠二くんには自在師としての才能があり、自分を驚愕させた感知能力を組み合わされば……

「羨ましい、というのは失礼かもしれないけど、羨ましいと俺は思うな」
「フレイムヘイズのモウカさんが、ただのミステスに羨ましい?」

 分からないという顔をする。

「ああ、そうか。悠二くんは今まで二代目の近くで『フレイムヘイズ』という存在を見てきたんだよね。なら、そう不思議に思うのは無理もないか」

 彼女の傍に居たのであれば、さぞかしフレイムヘイズが高尚な存在に見えたことだろう。
 俺から見てもそうだ。
 彼女、『炎髪灼眼の討ち手』の在り方は高尚で誇り高く気高い。それが美しさを伴うような存在だとも言える。どこまでも純粋で、一筋で、揺るがない心で使命感を果たそうとしている。
 けれど、それは。純粋すぎる使命感は、実はフレイムヘイズにとしては、大きくズレている。
 彼女は理想のフレイムヘイズなのかもしれないが、現実のフレイムヘイズは違う。
 それに……彼女だってフレイムヘイズである前に、一人の少女であるはず。

「続きは中で話そうか」

 我が家に初めてのお客さんである。





◆  ◆  ◆





「一緒に住んでるんですか?」

 そう言った悠二くんは物珍しそうに家の中をキョロキョロと忙しなく視線だけを動かしている。
 ウィークリーで借りているだけで、備え付けにあるもの以上の物がない家ではあるが、備え付けで十分に物が足りるようになっているのがこの手の仮宿だ。ここは立地もいいばかりか、部屋もそれなりに大きい場所であり、今夜の話がもつれ込んで、悠二くんを泊めることも可能である。
 そうならないように心掛けるが、時間はすでに18時を回っている。 いざとなれば、特急便でお届けすればいいので、さほど心配はしていないが。

「この状態見たら色々と否定出来ないよね……はあ」

 さもありなん。台所で景気良く包丁を振るってるリーズの姿を見れば、色々と察せてしまうというものだ。見た目の関係以上の関係を。
 悠二くんは少し羨ましそうな顔をした。
 何を思ってそういう顔をしたのか。おそらくは自分に当てはめて、羨ましいと思ったのだろうけど。

「普通だろ?」

 え、と悠二くんは意表を突かれたような声を出した。

「ほら、普通の人間と生活が。何か違ってたりした?」
「い、いえ。なんというか本当に、自分たちと変わらないっていうか」
「俺は極端な例かもしれないけどさ。実際、フレイムヘイズは人と変わらないんだよ。ほら、悠二くんも知ってるとは思うけど、元は人間なわけだし」
「以前に……同じようなことを言われました」

 言われた時のことを思い出したのか、悠二くんは苦笑いをした。
 フレイムヘイズはこの世の理から外れてしまったとはいえ、元は人間であり。その力こそは常識外れであるが、精神基盤は人間の頃と変わらない。それこそ数百、数千年も生きて、生き過ぎて枯れない限りは。

「うん。何故こんな話をしたかというと、君は選択のどちらを選ぶとしても彼女と一緒にいることになるよね?」

 悠二くんは思いっきり「はい」と肯定した後、「ずっと一緒にいたい……です」と告白まがいのことを段々と声を小さくして言った。
 なんともまあ、青春だこと。自分の青春はどこに行ったのか。気付いたら齢い500歳の老人なんだが。
 その初々しい姿ににやけていると、その俺の反応で気付いたのか、顔を真っ赤にして、「ぱ、パートナーとしてって意味です!」と慌てて否定した。

「パートナーか」

 チラッと軽快な音を立てて調理しているリーズを見て、また自身の中に宿るウェルを浮かべる。
 やはり彼とは似てる箇所が多そうだ。

「形はどうあれ一緒にいるからには、フレイムヘイズへの理解が必要だと思っただけだよ」
「フレイムヘイズへの理解ですか?」

 真剣な眼差しをこちらに向けて、言葉の意味を探るように復唱した。

「そう。さっきも言ったけど、フレイムヘイズは神聖なものとは程遠いんだよ。本来は。むしろ、人よりも俗物的で欲深くて執念深い。そういうのもちょっとは頭の隅にでもね」

 幾ばくの時間をおいてから、悠二くんはゆっくりと「はい」と言葉を返した。
 今の悠二くんは彼女の邪魔にならないようにと必死みたいだから、自分のことで手一杯なんだと思う。それに、今の二代目に人間として扱うような対応をしてしまえば、バカにされたと考えるかもしれない。彼女は悠二くん以上にフレイムヘイズという存在を神格化してしまっているようだから。
 サバリッシュさんも彼女については、まだ危ういと言っていた。彼女の精神のそれはフレイムヘイズの誇り一辺倒で他の支えはない。純粋培養して精錬されすぎてしまったからこそ、まだ幼く成長過程であるとも。
 一言で言えば、大人顔負けの態度や思考力はあるけど、肝心の心はまだまだ女の子てことなのだろう。たぶん、きっと。

「ああ、それで。家に着く前にちょっと言った俺が君を羨ましいというのは、単純にその『零時迷子』の能力のことがだね」

 悠二くんは今までの彼女の話題の時の威勢とは打って変わって、「はあ」と要領を得ない反応を示した。
 分からないのは無理もないか。その力がどれほど優れたもので、どれほど逃走に向いたものかを彼はまだ知る由もない。
 彼の秘めたるポテンシャルは俺の想像を遥かに超えるかもしれない。『零時迷子』の元だったミステスだって名だたる自在師だったのだ。引けは取らないだろう。
 この力を活かすように訓練を重ねていけば、俺の当初に掲げた『逃げる』ことによって導き出される未来は``仮装舞踏会(バル・マスケ)``からの逃げ切り──大戦の回避だ。
 是非とも彼には成し遂げて欲しい。

「なあに、モウカ。私じゃ不満だって言うの?」

 ぶーぶーと拗ねたようにウェルが言う。

「能力は、不満じゃないよ。ウェルも『零時迷子』もね。ただ、その境遇がなあ」

 私自身には不満なのね! と黄色い声を上げるウェルをいつものように無視をする。

「特に『零時迷子』は大戦が絡まないんだったら正直関わりたくない」

 『零時迷子』に限って言えばおっかないなんてもんじゃない。常日頃から``仮装舞踏会``に狙われるなんてのは嫌すぎる。逃げるのに向いてると言っても、精神を常時張り詰めらせなければいけない生活はあまりにもゆとりがない。
 長く生きるにしても緊張感とゆとりは共にあっても、命に別状がない程度でなくては。

「そ、そんなに僕の立場って」
「悠二くんが思っている以上に深刻だよ」

 決意の灯っていた瞳に影が差し、顔を俯ける。
 たった十数年しか生きていない少年には本当に酷な話だ。
 だからさ、逃げちまおう。
 なあ、少年。こんな才能もない俺だって生きることに必死で、逃げることに徹すれば500年生きてこられたし、まだ終わる予定もないんだ。
 ようやく、俺にとっての過去が終わって、これからは未来に進む。
 人間だった頃には生きて見られなかったような、人の作る未来を覗いていける。
 素直にそれが楽しみだと思ってる。 
 大戦は、そんな楽しみの将来を奪われかねない。

「それでも……僕はここに──」
「ここに居座るなんて考えは、最も甘えた答えだと俺は思うんだよね。悠二くん」

 そのままでありたい。今がいい。
 まだ離れたくない。もう少し時間がほしい。
 気持ちは分かるし、理解できる。
 だけど、悠二くん。それは状況が許さない。

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第六十六話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 決意をして言い放とうとした言葉を、言わせる間もなく否定したために、悠二くんは顔を俯いたままだ。
 まさか否定されるなどとは思ってもいなかったのかもしれない。
 しかし、悠二くんのこのままで居たいという気持ちは痛いほど理解できるつもりだ。
 俺の常々に平和な毎日が、ずっと続けばいいのにと思っているくらいだ。今の彼にはただの日常が愛しくさえあるだろう。
 友達と賑やかに過ごし、時には馬鹿をする。そんな死の淵から遠い、本当に何てこともない一日に幸せを見出し、噛み締めていることだろう。

「悠二くん、根本的な話をしよう」

 声を掛けても、悠二くんは顔をあげない。それでも構わず、言葉を続ける。

「二代目、君の言うシャナのことだが、彼女が見た目通りの年齢じゃないことは、もちろん知っているよね?」
「……はい」
「そう。フレイムヘイズは``紅世の王``と契約した、その瞬間から人の時間の流れからはみ出る。それはつまり、見た目からの年齢なんて当てにならないことだよ。俺を見るといいよ」

 悠二くんはようやく顔を上げ、俺を見た。
 二代目以上に俺は、わかり易い例だろう。見た目は完全に日本人で、年齢は悠二くんからすれば、大学生くらいにしか見えないはずだ。

「俺は君の四十倍は生きている。そうは見えないだろ?」

 自虐的に俺が言うと、悠二くんは小さな声で「見えません」と素直に答えた。
 
(彼に関わらず、同じフレイムヘイズでもそうは思わないんじゃないかなー? 風貌とかどう考えても新人並だよね!)
(実際に俺を馬鹿にしているフレイムヘイズも結構いるし、やってることも逃げてるだから否定出来ないんだよなあ)

 外界宿の責任者として新人のフレイムヘイズに会った時に、言われる一言の大体が『弱そう』『こんなので大丈夫なのか』である。
 俺も自分自身を強いと思ってないし、責任者として大丈夫なのかと問われたら、大丈夫と言える自信はない。だからといって、新人にそこまで言われるのは癪だったりもするわけで。
 本当に戦闘力はないのでその無遠慮な発言に俺自身が咎めることは出来ないが、リーズが槍で突いて脅したり、レベッカが面白半分に俺の武勇伝を聞かせ、新人いびりをしたりするオチがつくことが大抵である。
 完全に舐めきっていた表情は、次の瞬間にはころりと畏怖を含んだ眼差しになっていたりする。
 こうやって更に俺のイメージが本来のものと、遠ざかっていくんだなあと呑気に眺めつつも、この立場を意外に便利と思っているのが最近の俺の心情である。

「でも、これを他人事だと思っちゃいけないよ?」

 悠二くんは「え?」と素頓狂な声を上げ、驚いたように目を見開いた。

「『零時迷子』を宿す``ミステス``である坂井悠二である君も、俺たちフレイムヘイズと大差ない」
「そ、それってつまり、僕は歳を取ることが出来ないってそう言いたいんですか?」

 俺は深く頷いた。
 
「でも、シャナはそんなこと──」
「君のことを想って言わなかったのかもしれないし、不確定要素だから言えなかったのかもしれない」

 二代目は不確かな事を言うような子には見えなかったし、中途半端な推測は``天壌の劫火``が嫌うものであったかもしれない。
 ``ミステス``は謎の多いものばかりであるし、その中でも特級に分からないこと尽くしの『零時迷子』だ。『戒禁』のこともあるから慎重になっていたのだろう。
 しかし、そんな彼らの悠二くんへの気遣いは、俺には関係ない。彼に決断をしてもらうためにも、これは必要な情報だ。

「悠二くんがフレイムヘイズと一緒で不変であることは、可能性として大いにあり得るんだ。『零時迷子』の以前の持ち主、『永遠の恋人』の片割れであるヨーハンは、``ミステス``となったその時の容姿を維持し続けてたらしいからね」
「…………そう、ですか」

 それっきり、重たい沈黙が場を支配し、リーズの調理をする音だけが聞こえる。
 不変がどういうことを意味するのか、すぐに理解できたらしい。今まで、普通の日常を生きていた高校生の少年とは思えない頭の回転速度である。そして、到底認めがたい事実を、必死に消化しようとしているのかもしれない。
 自分で突きつけた事実が元とはいえ、同情は禁じ得ない。もっと時間があれば、と思わずにはいられない。
 それでもいつかは、もっと決定的な場面で、どうしようもなくなった状況で発覚するよりは、マシなのだと信じたい。
 本人の覚悟もなく。友人たちとは違う存在であることがバレて化物と呼ばれ、決別するかもしれない未来だって存在するのだから。
 人間は成長する。それは不変の存在であるフレイムヘイズだって変わらない。ただ、内面的な変化は訪れても、外面的変化は起こりえない。だから、フレイムヘイズはどんなに街に愛着が湧いても一つの街に十年と定住しない。
 悠二くんの選択しようとした、ここに居残り続けるということは、ある種、彼を最も傷つける可能性を秘めている。大戦云々は置いておいても、彼のためにもならない選択だと俺は思う。
 ただ、これらは不変の負の側面に過ぎない。

「悠二くん、希望だってあるにはある」
「希望、ですか」

 悠二くんの悲痛な顔色に、少し明みが戻る。

「二代目と一緒にずっと在り続けられる、ということだ」
「それは! ……そうかも、しれないですけど」

 悠二くんはどう答えればいいか分からないのか、困った表情をし、言い淀む。
 彼は二代目と一緒に居続けることを願った。その反面、今の日常も捨てがたいものだと知り、手放すことを惜しんでいる。
 ここまで驚異的と言っても差し支えない、理解力を示している彼が分からないわけがない。この事実を知り本当はどちらを選ぶべきなのかを。
 だが、やっぱりこれは、16歳の彼には酷な話なのだ。
 パンッと手のひらを叩いて、悠二くんの思考を一度止める。

「あくまで可能性の話だよ。とはいえ、いつか来るかもしれない事実でもあるから、これを踏まえて、もう一度考えてみるといいよ」
「はい……でも、僕は自信を持てません……」
「自信というと?」
「何が正しい選択なのか。どうすれば、一番うまくいくのかなんて、全然分からないんです」

 半分は縋ってきているかのような喋り方だった。
 彼は頭の中は、本当にごちゃごちゃになりかけているのだろう。日常の友達や家族のこと。非日常のフレイムヘイズと``紅世``のこと。それから、現実と理想の間でどうすればいいかを悩み、苦しんで、今もその最中で、答えは迷宮の中で。
 
「そんなもんは、俺にだってわからないぞ」
「え……」

 俺が悩む素振りもなく、分からんと言い放ったら、悠二くんが今まで纏っていた負のオーラが吹き飛んで、完全に停止した。
 瞬間、ウェルの笑い声が部屋を響き渡り、「さっすが私のモウカだねっ!」と、ウェル本人にとっては俺への賛辞らしい言葉を、大笑いでおかしくなった喉でヒーヒーしながら言った。
 悠二くんは再起動したものの、困惑はこれに極まってる様子だ。

「悪いが、相談相手が悪かったと諦めてくれ」
「モウカに相談するのが間違いだったんだよー」
「え、あ、いや……え?」
「あと、別に友人を捨てろというわけじゃない。今生の別れ以外の方法は無きにしもあらずだしな」
「そ、それって!」

 身を乗り出す勢いで、悠二くんは食いついてきた。

「それには君が『ミステス』であることを、『この世の本当のこと』を友達に教えないといけなくなるよ。それが、どれだけ酷なことか、君自信が一番知っていると思うけど」

 見るからに悠二くんは肩を落とし、「結局、一つしか選択が無いじゃないですか……」と力なく椅子に深くもたれかかった。
 何もかもをぶっちゃけられるのであれば、どれだけ簡単なことかと思う。話をしてはいけない秘密を公開出来るのなら、隠し事をしているという後ろめたい気持ちも緩和されるだろう。あとは、友人の鑑定待ちだ。煮るなり焼くなり好きにしろと吹っ切ることも出来る。
 では、残された友人はどうすればいいのだろう。『この世の本当のこと』を教えられ、死ぬよりも酷い、自分すら気付くことが出来ずに『世界にいなかったこと』になり、存在自体を否定されるのだ。
 ただの人間には抗うことすら出来ない、理不尽な本当のこと。知らないほうが幸せでいられる事実。
 悠二くんはそれを無責任に、友人たちに明かすことが出来るのだろうか。友人思いの彼であれば、彼自信が化物と罵られるよりも辛いことかもしれないのに。

「貴方、ご飯出来たけど?」

 最近お気に入りの白いエプロンを身に着け、ご丁寧にも自家製のとても切れ味のいい包丁を握り、キッチンから出てきたリーズが小首を傾げた。
 彼女の空気を読まなさは天下一品だが、重苦しい空気を打ち破る救世主に今日は見えた。

「気持ちを整理する上でも、切り替える上でも、ご飯食べていく?」
「あ、ありがとうございます。でも、母には家で食べると言っておいたので」

 悠二くんが柱にかかっている時計をちら見するのに、合わせて時計を見れば19時半を過ぎている。
 立派な夜ご飯時だった。
 
「うーん……となると、もう悠二くんを帰さないといけないな」

 さて、と膝に手をやり席を立つ。それに合わせ、悠二くんも席を立った。玄関まで先導して歩く。

「なんか中途半端に終わらせてごめんね」
「い、いえ、僕も色々と考えなくちゃいけないことを教えてもらえたので」

 玄関を出て、家まで送ろうかと聞けば、悠二くんは苦笑いしながらも、一人で大丈夫ですと俺の誘いを断った。一人で考えたいこともあるので、と付け足して。

「ああ、それと最後に一つだけ」

 とぼとぼと歩いて行こうとした、悠二くんを引き止める。

「最後に言ったことだけど、仮に君が友人たちに全て打ち明けられたら、おそらくは俺にも協力できることがある。だから、そうなった時には頼ってもらっていいからね」

 「はい」とやや驚いたふうに返した悠二くんを今度こそ見送って、俺は家に戻った。
 リビングでは、テーブルの上に食器を並べ終わり、料理が入っているだろう鍋をテーブルの真ん中に置いているリーズの姿があった。どこか、うきうきしている。
 鍋を覗き見ると、今夜のご飯は肉じゃがだった。すごく、ものすごく家庭的で取り返しの付かない事態な気がする。
 黙っていつもの席に着けば、リーズのあまり見たことのない、花が咲くような笑顔で、ご飯の入ったお椀を渡してきた。
 ありがとうとお礼を言って受け取り、頂きますの掛け声で食事を始めた。
 リーズの手料理は、俺の作るものよりも美味い。

「お疲れ様のようね?」
「そりゃあ、神経使ったさ。おかげさまで悪役ぽかった気もするけど」

 本当は俺じゃなくて、もっと身近である二代目や``天壌の劫火``、あとはもう少し頭の良い奴にこういう立場は任せるべきなのかもしれない。
 出来れば俺の望んだ通りに。そして、彼にとっても不幸にならない結果になるように。





◆  ◆  ◆





 悠二くんと神経をすり減らす話をした一週間後。
 御崎市に巨大な存在の力の接近したのに気付く。しかし、特に気にせずもお昼すぎまで怠惰に家でだらけきっていると、その存在の力が徐々にこちらに向かってくる。いやいやまさかと思っていたら、家のインターホンが鳴った。
 外のカメラと繋がっているインターホンの映像を見れば、フードを被り、背中には得体の知れない大きなものを持った人の姿が映った。
 だらけきった身体に鞭を打ち、停止していた脳を活性化させ、玄関へと走り、ドアを開ける。

「ああ、お久しぶりです『不朽の逃げ手』」

 自分が見てきたどのフレイムヘイズよりも背が小さく、褐色の肌に不自然なまでに傷を残した少年が、落ち着いた口調で話す。

「わざわざ、ここに挨拶に来てもらえるとは思ってなかったよ。カムシン」
「ふうむ、これも仕事じゃからな」

 答えたのは老人口調の声だった。カムシンが内に宿す``紅世の王````不抜の尖嶺``ベヘモットだ。最古のフレイムヘイズと呼ばれるに値する、数千年という長い時間を戦い生き、今は調律師として世界を跨ぐ『儀装の駆り手』その人。
 俺が外界宿を通して、この街の調律を頼んだフレイムヘイズである。

「てっきり、調律の準備を付近でしてるものかと……それで、仕事って?」

 彼は旧交を温めるようなフレイムヘイズではない。仕事──フレイムヘイズとしての自分の役割に忠実で、その上で必要なことを必要な分だけ行う、余計なことをしないタイプのフレイムヘイズだ。
 彼らが仕事と言って、俺に会いにわざわざ来たのだから、調律の仕事以外の仕事があったのだろう。

「ああ、それが外界宿を出立する直前に頼まれたのですが」
「ふむ、これがどうも急を要することらしいのでな」

 急ぎならキアラに頼んだほうが良かったのではと思ったのを、あっさりとカムシンに察せられる。

「ああ、『極光の射手』なら別件で動いてましたよ」
「ふうむ、だから我々がついでにというわけじゃ」
「……そっか、なら仕方ないか」

 カムシンの到着で戦力急上昇と考えていた所での手痛いキアラの離脱だった。計画通りなんてそうそう出来ることではないようだ。
 カムシンは「これを」と言い、封筒を手渡してきた。

「ああ、それでは『不朽の逃げ手』、またいつか会うこともあるでしょう」
「ふむ、それが大戦での共闘ではないことを祈っておるぞ」

 まるでこの街から去るかのような違和感のあるセリフを残し、足早にカムシンたちは去っていく。
 「誰だったの?」と遅ればせながら、ちゃっかり外着に着替えてきたリーズが後ろから近寄ってくる。

「最古のフレイムヘイズっていう、フレイムヘイズ最強の一角が来てたんだけど」
「元祖堅物一号二号が来てただけー。それよりモウカ、その手紙」

 ウェルに促されるように、封筒の封を切り、逆さにして中身を出そうとすれば、はらりと紙が複数枚落ちてきた。
 その中の一枚は、

「これは航空券? 場所は」
「貴方、チューリヒってどこ?」
「どこってスイスの外界宿がある……ああっ!」

 街から去るのはカムシンたちではなく、俺たちのようだった。

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第六十七話(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

 現時刻は早朝の五時半頃。夏ということもあってこの時間でも暑く、ただ立突っ立っているだけでも汗がにじみ出てくるような陽気だった。
 服に汗の不快感が出る前に『清めの炎』を使うことによって、それを回避すること数十回。ようやく目的の人物が現れた。

「あ、あれ、モウカ、さん?」

 息を切らしてやってきたのはジャージ姿の悠二くんである。

「ど、どうしてここに?」

 悠二くんは膝に手をつき、息を整える。
 「ここ」というのは、俺が待っていたのは悠二くんの家の前である。昨日、話したばかりなのに、どうしてここにいるのかと疑問を持ったのだろう。

「ちょっと挨拶をしようと思ってね」
「挨拶、ですか?」
「そう、お別れのね」

 俺がそう言うと、悠二くんは一瞬目を見開くと慌てて、バッと一気に距離をとった。
 相手の動きを一切見逃さないようにこちらを観察する姿は、普段のありふれた高校生らしい姿とはかけ離れたものだった。修羅場を超えたことが、彼にこういった異常事態になりかねない事態への姿勢を作ったのかもしれない。
 それにしてもこの切り替えの早さ。ほとんど一瞬で『お別れ』の示す意味の可能性について、分かったのなら並の頭のキレではない。
 俺よりも頭良さそうだな……軽く凹みそうだ……

「うーん、あー、勘違いさせたみたいで悪いけど、そういう(・・・・)お別れじゃないよ?」
「本当にそういう(・・・・)のじゃないんですか?」
「仮にそうだったとしたら、わざわざ二代目の目が届きそうなところでやると思うかい?」

 つい最近に「壊すのも手段」という話をしたばかりだったから、デリケートになっているのだろう。
 昨日の話でも、結論を出せていないことからの焦燥もあってのことだろう。

「……分かりました」

 納得してくれたようで警戒を解いて、元の距離に詰めてくれた。

「じゃあ、お別れっていうのは」
「俺とリーズがこの街から離れるってことだね。昨日に通達が来てね。スイスのチューリヒに行くことになった」

 スイス、チューリヒ、と悠二くんは小さく呟く。
 意味するところがいまいち分かっていないのだろう。いつ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``がやってくるかも分からない状況で、街を離れる意味が。

「チューリヒには欧州の外界宿(アウトロー)の総本山と言っても過言ではない場所があるんだ。外界宿については知ってる?」
「ええと、すみません、あまりは」
「簡単に言うとね、フレイムヘイズにお金を供給したり、新人を育成する場所かな」
「フレイムヘイズの会社みたいなものですか?」
「……言い得て妙だね」

 外界宿が会社だなんて、悠二くんは面白いことを言う。
 外界宿が会社ならフレイムヘイズは社員か。ドレルが本社の社長で、俺は支社の社長になるのか?
 いや、表の立場的にはドレルよりも上扱いされることもあるから会長とかオーナーとか大株主とか、そんな感じか。
 なんにしても、俺なんて肩書きだけのドレルの都合の良い人形かも知れないが。

「そんな会社の本社、とでも言えばいいのかな。そこにお呼ばれしてね。相談相手になると言ったのに、ごめんね」
「いえ、それはしょうがないこと、ですし……」
「まあ一時的に会議に参加するためだから、帰っては来るよ。だけど、その時には覚悟を決めておいて欲しい」

 悠二くんは一度黙りこんだ後、急に「あ!」と声を上げた。

「その会議っていうのは!?」
「うん、そういうことにもなるかもしれないって話だね」

 本当に頭のキレがすごい。
 東京にいる自分がわざわざ出向いて、外界宿の総本山で会議をすると言っただけで、『零時迷子』についての談義が行われるかもしれないと察しを付けた。

「前にも言ったけど、何が正解かなんて分からない。でも、『大戦』だけはなんとしても防がなくちゃいけない。君が好きな二代目だって、大戦が起きれば死んでしまうかもしれない」
「す、好きってシャナとはそういう関係じゃ……」

 悠二くんってそういうのに弱いね。
 二代目とずっと一緒にいられると前に言った時も、眼の色変えてたんだけど……自覚ないんだろうなあ。青春してんなあ。

「とにかく! 悠二くんと二代目の仲もだけど、俺が帰ってくる頃には、しっかり決めておかないと、本当に君を壊すなんてことになるからね」
「あ、は、はいっ!」
「よし! じゃあ、今日も鍛錬頑張ってね」

 俺の鍛錬という言葉に悠二くんは、ハッとした表情をした。
 「頑張ってください!」とかなりおざなりな言葉を俺に残し、急いで自らの家へと駆け込んでいった。

「悠二、おっそーーーい!!」
「ご、ごめんシャナ!」

 そんな声が塀の向こうから聞こえてくると、何かを叩いたような音と悠二くんの叫び声が住宅街に響いた。
 彼と彼女の光景を思い浮かべて、二度三度頷く。
 青春を謳歌しろよ少年。
 なんて、じじ臭いことを思いつつ、そこを離れた。

「ねえ、貴方」

 御崎駅へと向かう途中、不思議そうな目をこちらに向けた。

「連れて行かなくてよかったの?」
「悠二くんのこと?」
「ええ」

 カムシンから渡された封筒に入っていた航空券は全部で三枚だった。
 二枚は俺とリーズの分で、残りの一枚に関しては同じ入っていた手紙に理由が書かれていた。
 曰く、坂井悠二もチューリヒに召喚するように、と。
 なにわともあれ『零時迷子』を保護しようというのか、それとも本当に顔合わせで、『零時迷子』を見極めようとしたのか。はたまた「壊す」つもりだったのか。
 詳細は分からないが、ドレルのことだ。ぞんざいに扱うことはないとは思うが、万が一がないとも限らなかった。
 ドレルが平気でも、面倒を嫌った荒っぽいフレイムヘイズが強引に、なんてことくらいはありえそうなものだ。
 だから、というわけでもないが、悠二くんを連れて行くことを俺はしなかった。
 彼にはここでの生活があるのだ。
 あまり時間の残されていないかもしれないここでの生活が。

「ま、いいんじゃないかな」
「そう、貴方がいいなら別に構わないわ」

 リーズはそう言うと視線を元に戻した。

「それで……貴方は……私のことが好きなのかしら……」

 そして、ボソッと、それこそ俺にも微かにしか聞こえない声でつぶやいた。

「嫌いならこんなに長くは付き合ってないよ」

 思わず、なんだか気恥ずかしくなりそうな言葉に、同じく気恥ずかしくなりそうな言葉を返してしまった。

「そう……よかった……」

 少し熱のこもった様な「よかった」だった。
 お互い恥ずかしくなって思わず俯いてしまったが、もちろんこんな美味しい状況を見逃す彼女ではなくて、

「ねえねえ、モウカ! 私は! 私は!」

 煩わしく迫る勢いで言う俺の相棒には、調子に乗らすわけも行かないので。

「うーん、割りとだな」
「何が!? 何が割りとなの!?」

 適当に流すことにした。
 その後の執拗なまでのウェルからの追求は、チューリヒへの足取りを更に重くした。



◆  ◆  ◆



 その男は周囲から一つ浮足立って存在していた。
 黒髪と口元の髭を整え、昔と相変わらぬ気さくそうな垂れ目は美男子と言って違わぬ容姿。ただそれだけなら、空港という老若男女人種民族乱れる場所において浮くことは難しかっただろうが、薄紫の上下のスーツは特異性が高く、またそれを着こなしていることからも常軌を逸した存在となっていた。
 その男は誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し、俺と目線が合うと、気安く手を上げながら近づいてきた。

「やあやあ、久しぶりだねお二方! 『革正団(レボルシオン)』の時は世話になったよ」
「今でもあたしらイタリアの地では、あんときのあんたたちの活躍で祝杯が掲げられるくらいさ!」

 欧州を中枢に世界の交通支援を行なっている『モンテヴェルディのコーロ』、ドレルと並ぶ外界宿の顔役であるピエトロ・モンテヴェルディとその``王``センティアだ。
 ピエトロの言うとおり、彼らと面したのは100年ほど昔にも関わらず、見た瞬間に彼と分かるのは、彼のその美男子振りのおかげなのか。はたまた、印象的な服装のせいなのか。

「『革正団』の話はどうでもいいでしょ。そんなことより、てっきりドレルかオーケストラの誰かが迎えに来ると思ってんだけど」
「モウカにとって『革正団』はトラウマワードだもんね」
「うっさい、ウェル。あの時は、ウェルだって珍しいくらいにテンション低かったじゃないか」
「だってー、楽しくお喋りする余裕もないんじゃ辟易するでしょ?」

 楽しむ余韻を残さない``紅世の徒``の波を右へ左へ回避する毎日は、今思い出すだけでも顔が青くなりそうだ。

「ど、ドレルかい? 彼は今一番忙しいだろうね」

 そんな俺たちの不穏な気配を敏感に感じ取ったのか、『革正団』の話題を逸らすピエトロ。
 なにか後ろめたいことがあるのか、動揺しているようにも見える。
 そういえば『革正団』は、俺の逃げる場所に的確に襲ってきていた。逃げることと潜伏することが得意な俺を巧みにしつこく追ってきていた。まるで、どこから情報を得ていたかのように……まさかね?
 逃げる際に知らない土地も多く、そういう時は大抵『コーロ』に道を教えてもらっていたのだが、まさか敵に意図的に情報を流したりしてないよね?

「君たちが来る前にね、客人が大勢来たのさ」
「客人……他のフレイムヘイズか?」

 会議をすると手紙に書いてあったからには、フレイムヘイズを集めているのだろうと予想はしていた。
 案の定、イタリアからは『コーロ』のピエトロが来ているし。サバリッシュさんあたりが来て、対応でもしているのだろうか。

「僕もお呼ばれした身だけどね。彼とは『革正団』以前からの付き合いだからご覧のとおり、身軽なものさ」
「俺も似たようなものだけど……『震威の結い手』のサバリッシュさんは顔役として呼ばないと話にならないとして、他にはどんな面々が?」

 ピエトロはふふんとちょっと自慢げな顔をし、「聞いて驚くなよ」と大袈裟に前置きをする。

「『震威の結い手』は君の言った通りすでに来ているよ。『傀輪会』からは代表して『剣花の薙ぎ手』と大老の一人が。個人で有名なのといえば『犀渠の護り手』が──」

 以下、ピエトロによる謳うようなお歴々なフレイムヘイズたちの名前が続いていく。
 並の``紅世の王``なら裸足で逃げ出してしまいかねない戦力がここに集まっているようだった。

「ねえ、貴方」

 ピエトロは紹介に熱が入ってきたのか名前の紹介とその人物の活躍ぶりを語り出す始末だった。自分から誰が来てるのかを聞いたので、話を切るのも悪いと思って半分以上聞き流していると、リーズが横で軽く裾を引っ張ってきた。

「『傀輪会』って、なに?」
「リーズは知らなかったか。東アジア一体を束ねてる中国に本拠地をおいてる外界宿の組織の一つだよ」

 ただその成り立ちは普通の外界宿と大きく違う点がある。というのも、組織のてっぺんに立っているのは「大老」と呼ばれる人間である。フレイムヘイズの組織にもかかわらず、だ。
 組織の母体が元は人間の組織で、国への反抗やらなにやらの秘密結社だったらしい。
 詳しくは俺も知らないが、中国版ドレルパーティってことで認識している。それくらい大きな組織だということだ。
 リーズは俺の適当な説明を聞き終えると、興味を失ったのかあくびをして、それっきり大人しくなった。

「──そしてそして! 変わらぬ美しさに危険な香りを纏う戦技無双の舞踏姫、『万条の仕手』ヴィルヘルミナさ! 彼女はその身一人ではなく、なんと『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の片割れ``彩飄``フィレスを伴ってきたのさ!」
「『約束の二人』だって!? ……そうか、『零時迷子』のことを聞きつけてか」

 どうやってフレイムヘイズと渡りを付けたのかは知らないが、彼女が来ていたのなら、悠二くんを連れてこなくて正解だったようだ。
 彼女がいれば悠二くんは問答無用で、破壊、もしくはそれに類似した何かが起きていたに違いない。

「おや、そういえば、チケットは『零時迷子』の分を合わせて、三枚送ったはずだが」

 『零時迷子』を連れてきていないことに今更気づいた、ピエトロは整えられた顎髭に手を添えて考える素振りをした。
 さて、なんとか誤魔化そうと口を開こうとしたら、ピエトロがぼそぼそと言う。

「そうか……いや、今はその方が都合が良いかもしれない。なに、気にすることはないさ! 私が一枚送り忘れてしまったようだ」

 ピエトロ側にもなにかありそうだが、そういうことでいいなら、ありがたくその案に便乗させてもらうことにしよう。
 俺が頷くと、ピエトロも二度頷いた。

「では、外界宿へ向かうとしよう!」

 空港からはタクシーでの移動だった。
 ドライバーも外界宿の構成員らしく、車の中での話題で``紅世``に関する考慮は特に必要なかった。
 ピエトロからは最近の欧州でのフレイムヘイズの活躍と``紅世の徒``の暗躍を。俺からは『大戦』に関する情報と考察を話題とした。

「にしてもだ、『零時迷子』がどういった理由で必要かがまるで見えないね。君らの証言がなければ、結びつくなんて思いもよらないよ」
「同意だけど。シュドナイは確かに求めているようだった。アレがあの宝具を見つけて喜ぶ、なんてのはどう考えても``仮装舞踏会``関係だろうさ」
「ハッハッハ! 考えるだけ無駄さ! 『革正団』の時のように予想外な出来事ってのはついて回るものさ。理屈じゃなくてそういうものって捉えるほうがいざというときに動けるってものさ!」
「僕のおふくろの意見にも同意だが、僕としては相手の目的や意図が分かってこそ潰せるものもあるというものだと思う。ま、考えても無駄なことも存在すると思うけどね」

 ピエトロはその立場上、色々と考えているようだが俺の考えはもっとシンプルだったりする。
 『零時迷子』が鍵ならそれを渡さなければいい。最終的にはそれに行き着くだろうと考えている。問題はその過程で、いつかの『大戦』の時のように一つの宝具を求めた戦争が起きるなんてことが起きれば、俺の今までの努力は元も子もなくなるが。

「そういえば、キアラはこっちに来てるのかしら?」
「あー、忘れてたな彼女のこと」

 キアラと結構仲の良いリーズがピエトロに尋ねた。
 キアラは俺が東京に援軍に呼んだ後、速達便としてドレルに手紙を送ってもらった。その後、御崎市に来たカムシンから別件でさらに動いてるとの事だったが、今はどこで動いてるのだろうか。
 フレイムヘイズ御用達のキアラ便。

「『極光の射手』かい? 彼女は彼女を追って東京に行った『鬼功の繰り手』を追っかけて東京に戻ったよ。『鬼功の繰り手』に追っかけるように言ったのも僕たちだからね。すれ違わせちゃったのは少し申し訳なかったかな」
「そう、キアラたち東京に行ったのね」

 キアラが気を利かせてくれれば、御崎市には俺とリーズの代わりにあの二人が滞在することになるかもしれない。
 一応、手紙を出して御崎市の様子を見てくれるように頼んでおくとするか。

「雑談に花を咲かせる時間は惜しいがここまでだ」

 タクシーが止まり、降りた目先に立っている建物は得体の知れない存在感を放っていた。

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短編(不朽のモウカ) 

【投稿版】不朽のモウカ

本編とは何ら関係のない(ry
趣味に走った短編です。
入れ替わり要素ありの変わった内容なので、そういったものが苦手な方は回れ右でお願いします。
TSFではないのでご安心を。




 別段リーズは感情表現が乏しい訳ではない。外界宿東京本部に所属しているフレイムヘイズや人間なんかは、リーズのことを無愛想だと思ってる人が大多数のようではあるみたいだけれど。
 まあ確かに、ウェルのように快活に笑ったり、目に見えて表情をコロコロと変えるようなタイプではない。笑う時もにんまりと微笑むような感じであったり、起こるときはジトッとした目つきで怒鳴らず静かに声に怒りを混ぜるタイプな気がする。
 イタリア生まれの彼女に大和撫子なんて言葉が当てはまるかは疑問であるが、お淑やか嫋やかという言葉が相応しい気がする。ようは落ち着いてるってことなのだろう。ウェルと比べれば断然に。
 しかし、言うなれば大人っぽいリーズが──リーズの身体が。

「モウカ!」
「おい、抱きつくな!」

 でへへーと彼女らしくない笑い方をし、人目も気にせず抱きつき、全身で親愛の表現を行なう、大きな違和感と。
 普段は彼女が口にしないモウカという呼び方にドギマギさせられ、異様に恥ずかしく感じてしまい、顔が真っ赤になってしまう。
 リーズは酔っているわけではない。それ以上に奇っ怪で面妖な……

「ちょっと私の身体で甘えたりしないで!」
「えーいいじゃん。今は私の身体なんだから。ねー? モウカ」

 内に宿る``紅世の王``とフレイムヘイズの入れ替わりなんて事件に巻き込まれてしまったのである。





 事の発端は欧州の外界宿から依頼だった。
 とある街では、定期的に性同一性障害の新しい患者が病院を訪れ、3日もすれば性同一性障害を克服するという事例が頻繁に発生していたという。
 性同一性障害は珍しいというほどの病ではないが、その頻度が少し異常であること。また克服がたったの3日で出来るものではないこと。さらにいうなら、その患者が、まるで自身の身体が自分の物ではないかのような発言が多々見られること。これらの事例がありふれた現象で収まるものではなくなったためか、マスコミの目に留まることになり放置するわけには行かなくなった。
 ``宝具``の暴走、もしくは``紅世の徒``による事象ではないか、との意見が生まれ、そうであるなら大きな歪みが出かねず、そうなるまえに対策へと欧州の外界宿は踏み切った。
 ``紅世の王``であればまだ容易いのだが、現地のフレイムヘイズはその存在を認知することは出来ず、歪みも発生していたことから``宝具``によるものと断定。そうなれば探すのが非常に困難となり、``宝具``の探索に優れている俺にスポットライトが当たった、という経緯を欧州の外界宿からの使者から聞いた。
 それを俺は、おかしな現象があるとはいえ、命に別条はない様子なので、久々にヨーロッパ旅行と洒落こむか! と意気揚々と承諾。
 挙句、奇っ怪な事象の被害者となってしまったと訳だった。
 もっとも、被害にあったのは俺ではなくウェルとリーズ。``紅世の王``とフレイムヘイズではあるのだが。
 身体がない者まで入れ替えるとは、さすがは``宝具``、なんでもありだなと思った。

「モウカぁモウカだぁモウカの身体だぁ」
「引っ付くな引っ付くな!色々当たってる!」

 あまりリーズとボディタッチをしたことがなかったと記憶している。
 恋人のように腕を組み、身体を密着させているせいで、彼女の胸が当たったり、当たらなかったりするせいで、柔らかな感触が腕に一際感触が残る。歩く度にポニーテールが揺れ、俺の首筋に当たりくすぐったくなる。
 ちょくちょくリーズの顔がこちらを見上げ、目を合わせる度に幸せいっぱいの笑顔を浮かべ、一層密着する。
 先程からそれの繰り返しで、一向に歩は進まず、周囲の視線を集めるばかり。
 一方では、

(ふふ、ふふふふふふあなた)
(な、なんだよ)
(いいえ、呼んだだけよ。あなた……あなた……あなた……ふふふふ)
(こええんだって!)

 外に聞こえない、俺の頭の中だけで響く声が、ひたすら俺のことを呼ぶ。ホラー状態。
 カラコロと表情を変えるリーズinウェルと俺にしか聞こえない声inリーズという内も外も混沌だった。ただし、周囲から見ればバカップルがいるようにしか見えないのが救いだった……救い、なのか?
 幸いなのは自在法を使うのには影響がなく、『宝具探し』を使用できるため、宝具の捜索は牛歩とはいえ、進んでいる点であろうか。依頼元の読み通り、確かにこの街の近辺からは宝具の存在を感知できている。
 一刻も早い事態の収拾を!
 過去500年で一番の気合を入れて自在法を練り続けた。


 さすがに一日での解決とはならず、ホテルでの宿泊となった。
 ウェルはいつもと違う身体で疲れたのか、俺に抱きついたまま眠りについてしまった。
 ツインの部屋をとったはずなのに、なんでシングルで2人で寝てるんだろうか。狭い熱い云々の前に、すやすやと眠るリーズの顔、常に感じる胸にもやもやした気分にさせられる。このリーズの中身がウェルであるから遠慮はいらないと暗示をかけても、意識をすればするほどもやもやは大きくなっていく。

(ねえ?)
(なんだいウェ……じゃなかった、リーズ)

 なんだか思いつめたような声色で、音にならない声で語りかけてきた。

(あなたはああいう私の方がいいの?)
(ああいうっていうのは?)
(ウェパルみたいな私のことよ)

 積極的な女性が好みか、という話なのか。それとも子供っぽいか。はたまた、快活なだろうか。
 好みなんて考えたことがなかったので、どういう女性がいいかなんて俺にはいまいちピンとは来なかった。それに……考えてみたら、俺500年童貞なんですけど。いや、フレイムヘイズだし、そういうあははんなことは二の次になるのはしかたない、うん。フレイムヘイズには童貞とか、そういう概念がそもそも存在しない。だって、童貞や処女を捨てたって元の体の状態に戻せるのだから!!!

(まあ魅力的じゃないって言ったら嘘になりそうな気がする)

 普段と違う行動や言動には少なからず、ドキッとさせられているのは間違いのないことだった。

(それじゃあ、このままでもあなたは……)
(いや、それは困るだろ。あんな破天荒が俺の盾じゃ信用ならないし)
(そう……それならいいわ。あなたも早く寝なさい。明日こそ元に戻らないといけなんだから)

 俺の答えが満足のいくものだったのかどうかは分からないが、どこか弾んだ声ではあった気がする。

(おやすみ、あなた。こうやってあなたの中を独占出来るってのも本当は魅力的だったのだけど、あなたにそう言われちゃったらしょうがないわよね)

 もう二度とは来ない異常で不可思議な夜が訪れた。





「モウカの中はやっぱり暖かいね!」
「うるさい住人が帰ってきてしまった。引っ越しを所望する」

 翌日、当たりを付けていた場所に行けば、原因と思われる``宝具``を発見。「我学の結晶」と胴体部に書かれていたのを確認し、すぐさま破壊を実行。妨害もなくすんなり破壊に成功し、事態は収束した。
 ようするに``教授``の何らかの実験後の暴走であったようだった。果たしてそれが何を目的にしていたのか。それは``教授``本人以外には分かるわけもないが、ただ一つ言えるのは、フレイムヘイズ相手だろうが問答無用に作用する恐ろしい効力。悪用すれば簡単大規模な歪みの発生源にもでき、フレイムヘイズにも大きな混乱をもたらすことが出来るであろう恐ろしい``宝具``であり。

「あなた、次はあそこ行ってみたいわ」
「お、おう分かったから、そんなに引っ付くな!」

 人にも様々な変化をもたらす、``宝具``であった。




本当に久しぶりの更新が短編ですみませんでした。
本編も現在書いているので、年内目標におまちいただけたら……

第六十八話 

【投稿版】不朽のモウカ

「『ヨーハン』を渡せ」

 感情を感じさせない張りつめた声が、会議室を凍り付かせていた。
 その音の発生源は、黄緑色の長髪と瞳をした美女だった。普通の人間では出し得ない尋常ならない存在感を放ち、敵意を剥き出しにして、彼女は会議室の俺から対角線、出入り口から最も遠い位置にいた。
 絶対零度の瞳が会議室を見渡し、俺の視線と交錯したところで動きを止めた。
 会議が始まろうとするいの一番の出来事。俺の胃袋は加速度的に自傷を始めた。つまり、お腹が痛くなってきた。

(俺は今この時ほどこの場に来たことを後悔したことはないな)
(それ何度目?)
(じゃあ、ここ5年で最高の後悔ってことで)
(明日にはここ10年で最高の後悔とか言い出すにいっぴょー)

 そんなことにならないことを祈りたい。

「『不朽の逃げ手』、あなたに言っている」

 声の主──``彩飄``フィレスが俺に死刑宣告に等しい言葉を突きつける。
 『約束の二人(エンゲージ・リング)』の片割れ。フレイムヘイズ同士の会議に呼ばれるkことが本来であればないはずの``紅世の徒``。この場において異端であるはずの彼女は、『万条の仕手』ヴィルヘルミナによって招かれた客だった。
 俺的には招かれざる客。
 これが『零時迷子』現保持者である坂井悠二にもチケットが届けられた理由であるのだろう。であれば、連れて来なかった俺の行動は正解だったのだろう。彼がこの場にいれば、問答無用で襲われる、なんてことにもなっていたかもしれない。
 俺グッジョブ。
 名のあるフレイムヘイズが並ぶ場において、そのようなことをするのは正気の沙汰ではないが、それを厭わずやりかねない鬼気迫る雰囲気をフィレスは出している。
 会議の主催者であるドレルへと視線を向けるが、彼は顔を俯けたまま視線を上げない。他の参加者のほとんどはこちらに顔を向け、様々な熱を篭った視線を俺に浴びせている。
 胃に穴が飽きそうな光景だった。
 俺っちの胃が爆発四散。

(現実逃避はやめようね、モウカ?)
(ウェルに優しく諭されると涙が出そうだよ……)

 そもそも、なんで俺が糾弾されそうな雰囲気になってるんだよ。どう考えても``紅世の徒``を招待した『万条の仕手』をせめて然るべきだろう、と心では激しく思っても、場の空気に逆らえない俺からはとてもじゃないが、口からその言葉は出ない。『万条の仕手』と『不朽の逃げ手』では、格が違うので、思いを口にできても場の空気を変えられるとは思わないけどさ。
 苦々しく思いつつも、こういった状況に陥ることはある程度は予想が出来てはいたため、イメージで戦う系フレイムヘイズの俺は必死に小物感を隠す努力を行なう。
 
「『ヨーハン』なる人物の事は知らないが──」
「は?」
「知らないが!」

 すみませんと反射的に言いそうになったが、鋼の精神によってねじ伏せた。
 フィレスの視線と表情は『ヨーハン』のためには全て切り裂かんとする意志と手段を選んでいられないという焦燥とも衝動とも思えるような必死さを感じさせ、死に物狂いを体現していた。
 余裕が無いことが見て取れるのだ。
 最愛の人を亡くしたせいでもあるのだろうし、その最愛の人と誓った「人間を食わない」という製薬を未だ守っているとすれば、顕現するための存在の力にも余裕が無いのかもしれない。
 風の噂に聞いた彼女の雰囲気と大きく違うことから全盛期とは程遠いのかもしれない。この場に招集することを許可した理由の一つだろう。

「『零時迷子』についてなら、報告がある」
「それを渡せ!」
「……結果的にではあるけど、``彩飄``に渡さないほうが良いと俺は考えている」

 殺気が一気に濃くなるが、いくら余裕のない彼女とてこの場で俺を襲って脅すという一番の悪手は選ぶことはない。
 フィレスを連れてきたという『万条の仕手』ヴィルヘルミナさんは、無言の圧力を俺にかけてはいるが、何かを発言、行動する様子はない。
 何かを知っているのか、サヴァリッシュさんは笑みを浮かべて様子見を決め込んでいる。
 歴戦の古参たちは一様に黙り、事情を知らぬ者らは呟きを漏らした。

「詳しくはすでに『愁夢の吹き手』ドレルには話をしてあるが……」

 ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``と『零時迷子』の関わりについての前振りをする。

「それについては私から説明をしよう。今回、無理を言ってみんなに集まってもらった理由でもあるからね」
「シーッ! ドレルが分かりやすく説明するんだから、静かにしてね!」

 ドレルは俺と視線を交錯させ、俺が頷くとそれを合図に席から立ち上がった。
 ドレルから話されるのは``仮装舞踏会``の今までの静観とは打って変わった積極的とも取れる活動について。``壊刃``サブラクによる外界宿の襲撃。『約束の二人』(エンゲージ・リンク)、主に『零時迷子』への執拗な攻撃。シュドナイの『零時迷子』を求める発言によるサブラクとの関連付け。御崎市が『闘争の渦』と呼べるほどの、``紅世の徒``の出現頻度。
 誰もが良いイメージのない大戦。
 大戦の勃発するかもしれない、という冗談では済まされない事実と緊迫した現実を感じ取り、会場がざわついた。
 さもありなん。当然の反応と言える。
 『大戦』が起きるかもしれないと言って落ち着いていられるフレイムヘイズはごくわずかで、かのサヴァリッシュさんでさえ、笑顔を崩している。
 かつてに起きた大戦は二度。一度は``祭礼の蛇``が、``仮装舞踏会``が起こした古の時代に。もう一つは俺とも因縁深い``とむらいの鐘``が起こした中世のもの。どちらも大きな被害と世界の歪みを引き起こし、失ったものはあまりにも多すぎた。
 大戦を引き起こしてはならない。
 主義主張が激しく、俺様ルールや戦闘狂とも言えるフレイムヘイズが、この時ばかりは同じ思いを抱いたに違いない。

「『零時迷子』が大戦の導火線だと言うのか!?」
「『零時迷子』を守るか、隠すかすれば大戦を回避できるのでは?」
「無作為転移をさせれば、時間は確実に稼げるということですね?」

 当たり前ながら、俺が予想していたとおりの対策案が、会場の各場所から上がっていく。『零時迷子』が大戦を呼び起こすのであれば、元をどうにかしてしまえばいい。単純な帰結であるし、その意見には俺も同意である。
 だがしかし、坂井悠二という存在を俺は知ってしまった。
 悠二くんと会話をし、可能な限り彼に協力をしたいとも思ってしまった。
 彼の境遇への同情ももちろんあるし、二代目から彼を奪うことの残酷さを考えて、躊躇もしてしまってもいるが、そんなことよりも。

(けんかの元のおもちゃを壊して解決なんて、そんな横暴な親みたいなこと、あまりにも器が小さすぎないか)
(間違ってない選択だとは思うけどね)
(手段の一つなのは違いないけど、最初に選ぶべき選択肢でもないだろ)

 奇しくも、ウェルとそんな会話をしていると、やはり脳筋なフレイムヘイズたちは期待を裏切らない。

「なー、それってもっと簡単に『零時迷子』を壊しちまえばいいんじゃねーか?」
「おー!確かにそれはシンプルでいいな!」
「『不朽の逃げ手』が『零時迷子』を補足しているんだろう? それならば今すぐにで──ッ!」
 
 フィレスのこれ以上はない殺気が、不用意な言葉を吐いた者たちを貫く。
 馬鹿なのこいつら……うん、単純馬鹿だったわ。
 復讐鬼たるフレイムヘイズのほとんどは頭の中が復讐ばかりの馬鹿ばっかであるのは、周知の事実である。歴戦の古参たちは復讐を終えたことと年季を重ねてることもあり、落ち着いて、各々の思考を張り巡らせているが、それだって決して頭の回るやつは多くはない。ドレルが台頭するまで、外界宿は真っ当に機能していなかったことからも、分かりきっていた。
 ……まあ俺も元々現代人だが組織運営とか頭の隅にもなかったし、自分が生き残ることばかり考えていたわけだから、ブーメランといえばブーメランなのかもしれない。
 でも、さすがに彼らほど脳筋でも空気を読めないことはない。元とは言え現代っ子は空気を読む天才なんだぞ。
 ずっと沈黙を保っているお隣のリーズは、特に何も考えていないようで、各自に配られた資料に落書きを描いている。どこであいあい傘なんて知ったのこの娘は。期待した目でこちらをみない。周りの空気を読んで。

「フィレス落ち着くのであります」
「心頭冷却」
「うん、ごめん」

 ヴィルヘルミナさんの一言であっさり矛を収めるフィレス。思った以上に仲が良さそうである。あと、俺のときにも諌めて欲しかったと思うは当然だ。
 衝撃的な事実で沸騰した会場だったが、フィレスの言葉で沈静化されると、今度は楽観的な意見が飛び交うようになった。
 「『零時迷子』で何をするつもりか分からないのに、本当に大戦へと発展するのか?」「``紅世の徒``短期間に3体来ただけで闘争の渦と認識するのは早計ではないのか?」「そう簡単に大戦になるはずがない」など、『零時迷子』についての発言に比べれば幾分かまともな意見ではあったが、どれも逃避的なだけで、具体的な否定の根拠は付随してこなかった。

「一人一人の考えがあるとは思うが、どうか冷静になって私の話を聞いて欲しい。ここからは外界宿からの声明だ」
「シーッ! シーッ! まだ私のドレルの話が終わってないんだから、静かにして!」

 場の視線がもう一度ドレルに集まった。

「観測できている限りで、最初の襲撃はホノルルの外界宿だった。これは``壊刃``サブラクのものであったと、『不朽の逃げ手』が証言している。``壊刃``は貴君らも知っての通り『壊し屋』の通称を持っており、外界宿を襲撃し壊滅する事自体は……あってはならないが可能であるのだろう」

 サブラクの名はもぐりでない限り、有名すぎる``紅世の王``の一角である。この場に集っているのにもぐりは存在しないため、皆一様に頷く。

「しかし、やつの『壊し屋』たる所以は雇われという介在があってこそのものであり、背景があると今の今まで考えられてきており、そしてその背景を発覚していなかったが、『零時迷子』を狙う``壊刃``の所業と、御崎市における``仮装舞踏会``幹部の``千変``シュドナイの行動及び発言の関与から推察。『万条の仕手』と『不朽の逃げ手』の協力により背後関係が発覚、ホノルルでの外界宿の破壊工作を``仮装舞踏会``によるものと外界宿(・・・)は判断した」

 以上が正式に外界宿からの出された声明だった。
 世界への直接的(・・・)な関与をしていなかった``仮装舞踏会``は、それが率いる``紅世の徒``の規模を考えみて、無闇に突く必要がないと外界宿は見解を出してきたが、たった今を持って、それを撤回。
 明確に打倒すべき敵となる。

「これら一連の行動の真意は未だ不明であるが、外界宿への間接的な攻撃は``仮装舞踏会``が大規模に動く予備行動、後に我々の出足を挫く作戦の一環とドレル・パーティは推察する」

 今後、似たような破壊工作が行われる可能性への危惧、もしくはすでに水面下で行われている可能性がるという可能性の示唆。
 俺が構えている東京総本部もその例外ではないだろう。
 まさしく、非常事態宣言だ。

「``仮装舞踏会``が狙っている『零時迷子』については、``仮装舞踏会``に渡らせないこととを現状の最優先課題とししたい。そして、『零時迷子』ついては『不朽の逃げ手』から見解がある」

 ドレルはそこまで言い切ると、俺に目線をくれる。
 私の手伝えることはここまでだ、と言わんばかりに。
 薄情なとは思うが、仕方ないことでもある。彼は外界宿をまとめ上げた実績はあれど、戦績は大したものがない。並みいるフレイムヘイズと比べれば、生きてきた年数が少ないし、脳筋が多いフレイムヘイズは何よりもその戦いぶりを評価する傾向が強い。
 分かるものはちゃんとドレルの凄さが分かるのだが、それを教えて説いたところで、気付きはしないだろう。彼が死んだ時、その時こそ真に評価される時が来るのかもしれない。どれだけ、現代の様式に合わせてもらって、戦う場を整えてもらっているのかを。
 一度大きく深呼吸をし、改めて気合を入れ直す。

「みんなも『零時迷子』をどうするべきかを真剣に考えてくれているとは思うが、現在『零時迷子』は``天壌の劫火``の保護下にある」

 会場が本日何度目かのどよめきに包まれた。
 ドレルに戦績が足りなくて発言力を高めるために外界宿を媒介とするなら、戦績は言わずもがなであり、魔神──``紅世``において神の一柱である彼の発言力は計り知れない。
 フレイムヘイズは単純だ。単純であるがゆえに、説得の仕方を心得ていれば、ある程度の主張を押し通すことも出来る。
 どよめきの中から一人のフレイムヘイズが挙手をした。

「それはつまり『炎髪灼眼の討ち手』が復活した、そう思っていいんだな?」
「ああ、もちろん。その名にふさわしいフレイムヘイズの使命を背負って立っている立派な打ち手だ」
(ちんまいのだったけどね!)
(余計な事は言うなよ。いくらフレイムヘイズが見た目と年齢が噛み合わないと言っても、見た目はイメージの大切な要素の一つなんだから)

 『炎髪灼眼の討ち手』という看板は目立つなと言う方が難しいのだ。それが今の今まで知る人ぞ知るで収まっているのだから、誰もがまだ生まれて間もないということを察することが出来る。その生まれて間もないフレイムヘイズが中学生とも言えないようなちっちゃい少女なら、いくら``天壌の劫火``を宿しているとは言え、不安材料にならないなんてことは断言できない。
 今はとにかく魔神に一任すれば間違いないという意見を押すことで、現れるだろう無作為転移や破壊の強硬派を牽制する必要がある。
 偉大なり、虎の威を借る狐戦法。
 そして、最大の問題は、

「そう、日本にヨーハンは居るのね」
「貴女はその地に……」
「懐古」

 ヴィルヘルミナさんは冷静な判断も出来る人だ。外界宿から正式に制止がかかれば、暴走はしないだろうが、フィレスは違う。彼女はフレイムヘイズではなくこの世界で拘束されることなく存在する``紅世の徒``だ。例え、ヴィルヘルミナさんの制止でも、己のための行動を抑えたりはしないだろう。
 ヨーハンと悠二くんをうまいこと分離出来たとしても、『零時迷子』は一つだけ。片方に渡れば片方は悠久の時を生きられない。
 片方を生かせば片方が死ぬ。
 全く、世の中はうまくいかないことだらけである。
 ヨーハンか悠二くんどちらを助けるのかと聞かれれば、俺は悠二くんを選ぶし、それすらも危険があるならば……その時こそ最終手段だろう。
 会議一日目、俺の最大の課題であった『零時迷子』の処遇については、うまいこと『炎髪灼眼の討ち手』の一時的な一任とし、事なきを得た。
 大戦の回避ひいては俺の平和への大きな第一歩である。

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